June 13, 2008

山田風太郎に関しては色々言わせてもらいたい その22 『明治忠臣蔵』

20080613181724昨年の頭から始めた(笑)、河出文庫の「幕末妖人伝」というか「明治もの」短編集レビュー。ようやく最後の一冊です。
「明治編」と銘打たれた『明治忠臣蔵』。当然絶版ですがはりきって参ります。

☆東京南町奉行

維新の嵐もまだ冷めやらぬ明治4年、東京と名を改めた江戸に一人の老人がやってくる。林頑固斎と名乗るその老人は、かつて幕府の要職を務めていたものの、派手な不祥事を起こして長い間罰せられていたらしい。行く先々で煙たがれる頑固斎。果たしてその正体とは?
「南町奉行」といえば普通みんな想像するのは桜吹雪のあの人。しかし読み進めていくと、どうにもイメージがかみあわない・・・・ 
ワースト忍法帖(笑)の呼び声も高い『天保忍法帖』(『忍者黒白草紙』)の後日談ともいえる話。あわせて読むと、山風は悪名高きこの人物も、それなりに理想のあった男としてとらえている模様。
失われた「江戸」を懐かしむ元奉行というところは、『警視庁草紙』の「隅老斎」先生とも通じるものがあります。明るさの点ではだいぶ開きがありますが

☆天衣無縫

やはり明治四年、参議広沢雅真臣が邸宅にて斬殺されるという事件が起きた。事件が起きた際、同じ部屋にいた広沢の愛妾、かねは目撃者、あるいは容疑者として警視庁に連行される。激しい拷問にたえかねたかねは、思いつくまま容疑者の名を並べ立てるが、どの人物も真犯人というには決め手を欠き・・・
作者が初期の「探偵小説」時代に著した一編。そのせいかかねに加えられる拷問の描写がやけにきめ細かく、エログロ風味の強い作品。にも関わらずユーモラスな風味が強く、暗い話が多いこの短編集では唯一の救いとなっています。
山風はこの事件には思い入れが強かったのか、後に『警視庁草紙』の一編でもう一度アレンジを試みております。『警視庁草紙』といえば、そちらでの重要キャラが特別出演しているのも嬉しいところ。

☆首の座

江戸時代、激しく弾圧されたキリシタンたち。維新となれば信教の自由が与えられるかと思いきや、九州総督してやってきた沢宣嘉卿はなおも厳しい迫害をもって彼らに望む。しかしキリシタンたちは厳罰を与えられても信仰を捨てない。沢卿は彼らの中心人物である千助をなんとか「ころばせ」ようと画策するのだが・・・
死を覚悟した人間の決意を揺るがせるには、どんな手が最も効果的か? キリシタン千助と、幕末において非凡な戦士であった沢卿の姿を重ねつつその答えが語られます。
戦中派として、多くの人の死に様や生き様を見つめてきた山風の「人間観」が光る一編。

☆斬奸状は馬車に乗って

ちょっと下って明治十七年。福島から出てきた血気盛んな青年広谷錠四郎は、下宿先の長屋に住むお秋という娘に心を奪われる。しかしお秋は父親の借金の方に芸者として売られることに。不公正の横行する世の中に憤った錠四郎は友人らとともに、政府を倒し、奸物たちに成敗を与えようともくろむ。
「明治もの」のウリである「著名人のすれ違い」がほとんど出てこない話
この短編集には特に「理想の敗北、転落」をモチーフとしたストーリーが多いのですが、それがもっともよく現れた作品。世に「悪者」とされている人物だって、実はそれなりに高潔な人間であるかもしれない・・・・ そのことを錠四郎が標的と狙う三人の人物を通して語りかけます。
山風は本当に頭でっかちで目的を選ばない連中がお嫌いだったようですね。反面、「うらやましい」という思いもあったんじゃないでしょうか

☆明治忠臣蔵

表題作。明治の世に「気が触れてる」ということで、屋敷の一室に閉じ込められていた元大名家の若様がいた。そのことを知った下級藩士の錦織儀助は、「主君を家臣がないがしろにしている」と憤り、なんとかして若様を外の世界へ連れ出そうとしますが・・・・
これまた探偵小説時代に書かれた作品。実際にあった事件を題材としています。「忠臣蔵」といっても47人もの浪士が出てくるわけではなく、ほぼ錦織一人の孤軍奮闘状態。その忠誠心&不屈の闘志には「がんばれ!」と応援たくなりますが、相手側にもやはりそれなりの事情があり・・・・ そして彼もまた、活動の途中で殿の狂気を認めざるをえなくなります。しかし世間の注目を浴びてしまった以上、いまさらやめるわけにもいかず・・・
「ひっこみがつかないことの恐ろしさ」を描いた作品。何かを世に訴える時には、入念にリサーチをしてから臨みましょう。

☆明治暗黒星

なにやら乱歩チックなタイトル。自由党の巨魁であった星亨と幕末のヒーローの弟、伊庭想太郎の長年にわたる因縁と、その結末を描いた作品。山風は星氏がお気に入りだったようで、上の「明治忠臣蔵」や長編『明治十字架』にも彼を登場させています。著名人と、著名人の縁者を組み合わせるこのやり方は、このシリーズにあった『おれは不知火』と一緒。違うのは星さんが河上彦斎よりかっこよくないこと(笑)。『明治十字架』では主人公を助ける頼もしいイメージでしたが、こちらでは野卑で型破りな描かれ方。それでも不思議と好感の持てる印象を受けました。

20080613181601『伝馬町から今晩は』『おれは不知火』と比べると、この三冊目は古本屋でもあまり見ないかな・・・・
でも収録されてる作品は他のアンソロジーにも色々収められてますんで、興味を持たれた方は根気よく探してみてください。

さーて、次の山風は何を読もうかな?

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January 21, 2008

山田風太郎に関しては色々言わせてもらいたい その21 『地の果ての獄』

20080121161536今日は雪の中の半泣きでお仕事をしておりました・・・・
だからというわけでもないですが、久々の(・・・・)山風コーナー、『地の果ての獄』をお送りします。一番最近出たのはちくま文庫の上下本ですが、例によって品切れです。すいません。

明治19年、極寒の地、蝦夷へ向かう船の中に、一人の勇壮たる青年の姿があった。彼の名は有馬四郎助。「益満」という呪われた一族の出であったゆえに、故郷薩摩での出世に限界を感じた有馬は、全てを一からやりなおすため、北海道は樺戸集治監(ま、刑務所です)の看守募集に応じたのだった。
果たしてそこで彼を待ち受けていたのは、どこまでも広がる大平原、自然の猛威、人を斬る事に快感を見出す上司・騎西銅十郎、笑顔を絶やさぬ教誨師・原胤昭、変人としか言いようのない医師・独休庵、そして海千山千の凶状持ちたち・・・・
後にクリスチャンとなり「愛の典獄」と呼ばれた有馬四郎助。その青春が、山風独自の虚実入り交ざった語り口で描かれます。

北海道というと、みなさんはどういうものを連想されますか? 大抵は「大自然」「銀世界」「カニ」「旭山動物園」「白い恋人」・・・・こんなとこではなかろうかと
しかし明治中ごろではまだまだインフラ整備もままならず、豪雪地帯ということもあり、シベリアや南極とさほど変わらぬような土地柄だったようです。まさにタイトルにあるような「極寒地獄」であったわけで。
しかも舞台は刑務所周辺。当然出てくる人物も半分以上は看守か囚人。明治政府は囚人たちを労働力としか考えてないので、ムチャクチャハードな仕事をさせる上に、死んでも「どうせ囚人だし」という認識。いやでも「暗い」「寒い」「ひもじい」どん底のイメージをかき立てられます。
しかしこれが不思議なほどに明るいムードの作品でして。理由としては刑務所ものにしては野外のシーンがほとんどを占めていること、そして登場するキャラクター・・・有馬や原胤昭、独休庵、「五寸釘の寅吉」、「牢屋小僧」・・・があまりにもエネルギーに満ち溢れていて、「人間ってたくましいなあ」ということを強く感じさせるからだと思います。特に有馬くんの素朴で青年らしいまっすぐな性格には、多くの人が好感を抱くことでしょう。

他作品との関連キーワードとしては「細谷十太夫(『警視庁草紙』)」「加波山事件(『幻燈辻馬車』)」などがありますが、やはり『明治十字架』の主人公・原胤昭が重要な役どころで登場していることがあげられるでしょう。
ちゃきちゃきの江戸っ子だった『十字架』の彼とくらべ、なんだかとっても礼儀正しくなってしまった感がないでもないですが、ここは人格的に丸くなったとみてあげるべきでしょうか。もっとも権威に対しても一歩も譲らない反骨精神はそのままです(書かれたのはこっちが先ですけどね(^^;))。
そしてもう一人、回想で語れられる「益満休之助」という男。幕末「御用盗」として江戸を震え上がらせ、西郷のダークサイドをになった人物です。彼については文春ネスコから出ている『飛騨忍法帖』でけっこう詳しく語られております。西郷さんの暗部について早くから着目していた点でも、山風はすごいな、と思います。

これほど魅力にあふれた作品にも関わらず、山風本人の評価は「B」。たぶん他の「明治もの」に比べてフィクション部分の割合がかなり多いことと、終盤思い切ったファンタジックな展開を用いたためかと思われます。しかし意外な人物が意外なところですれ違う「明治もの」の醍醐味は健在ですし、何より「明治中期の北海道」という題材が、山風作品の中でも異彩を放っております。決して他の「明治もの」に劣るものではない!ということを声を大にして申し上げたい。

20080121185417この作品、読むのは二度目になります。最初の時は気にもとめなかったのですが、今回巻末のその後の有馬氏の経略を読んだ際、不覚にも鼻水が「ツスー」と垂れ流れてしまいました。

読むたびに新たな発見がある山田風太郎作品。今年はもっと気合入れて読まないとな~

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July 18, 2007

山田風太郎に関しては色々言わせてもらいたい⑳ 『おれは不知火』

20070718193355 ほんとーに久方ぶりの山風コーナー。本日は河出文庫より「山田風太郎コレクション」と銘打って刊行されたシリーズの第二巻、『おれは不知火』を紹介いたします(絶版ですが・・・)。ちなみに第一巻は今年二月に紹介した『伝馬町より今晩は』。第一巻が「幕末」を中心にした短編集であるのに対し、第二巻は「維新」のあたりが舞台となるお話が集められております。


☆首
誰もが知ってる幕末の大事件「桜田門外の変」をモチーフとした作品。悲願かなって井伊大老の首を討ち取った水戸浪士たち。だが彼らが持ち去ったはずの「首」は、様々なものたちの思惑により、あっちこっちにリレーさせられるはめに。果たして首の落ち着く先はどこなのか。
山風がまだ推理小説を書いていた時代の作品。このころの山風ってやたら暗くて救いようのない話が多いんですが、こちらは趣味が悪いながらも首をめぐって右往左往する群像を、かなりユーモラスに描いております。終わりにはちらっとホラー風味も追加。
「桜田門外の変」に関しては司馬遼太郎がタイトルそのまんまの短編を、筒井康隆が『万延元年のラグビー』(笑)という作品を書いておられます。後者は『首』をさらにバカバカしくした内容。新潮文庫の「ユーモア短編集①」に収録されていました(まだ出ていればの話ですが・・・)

☆笊ノ目万兵衛門外へ
幕末の混乱期、内外の問題に対し辣腕を奮った老中安藤信正。その配下に笊ノ目万兵衛という男がいた。同心として、己の職務を誠実に果たし続ける万兵衛。だが時代の波は、彼に対しあまりにも苛酷な運命を用意していた。
誰もが知ってる(略)「桜田門外の変」。しかしその後安藤信正なる人物が井伊大老の後を次ぎ、彼もまた「坂下門外」という場所で襲撃されたことを知ってる人は、どれほどいるでしょう。もちろんわたしは知りませんでした(笑)。そのまた影に、大義を掲げた連中の無法のせいで、人生を狂わされた男がいた・・・という話。
主人公笊ノ目万兵衛は、たぶん架空の人物。つーか、こんな話が実際にあったとしたらあまりにもやりきれません。警察にせよ軍隊にせよ、「前線に立つ者はいつも虫けら扱い」ということが痛烈に皮肉られております。

☆大谷刑部は幕末に死ぬ
嘉永三年末に、磔にされた一人の男がいた。彼の遺児で僧見習いの千乗は、浪人沢田正三郎にそそのかれ、世のために討幕運動へと身を投げ出していく。
タイトルにある大谷某とは戦国末期の人物ですが、もちろん彼がタイムスリップして・・・・という話ではありません。もともとビッグネームを背負っていた主人公が、あることから大谷刑部の名前も継ぐことになったゆえに、こういう題となっています。
これまた「天狗党の乱」の影に隠れた「出流天狗」という事件に材を得たエピソード。「こんな人・事件、よく見つけてくるよなあ」という作者の着眼点にはほとほと感心するものの、「最後に得をするのは一番悪いヤツ」という結末に、限りなくフラストレーションが高まる一編。

☆おれは不知火
表題作。幕末の傑物・佐久間象山を暗殺し、「人斬り」と恐れられた河上彦斎。その彦斎を父の仇とつけねらう象山の遺児・格二郎。ふたりの長年に渡る奇妙な運命の交錯を描いたエピソード。
河上彦斎といえば、マンガ『るろうに剣心』のモデルとなった人物。実際は美形というわけでもなかったようですが、「微笑をたやさず」「女のようにやさしい声を出す」というあたりが、和月信宏氏の創作意欲を刺激したのかもしれません。
この話もちょっと「救われない」タイプの筋ではあるのですが(そんなんばっかしや・・・)、彦斎のキャラクターがあまりにも突き抜けていて、一種爽快ですらあります。
対して「凡人」格二郎の方は煮え切らないこと甚だしい(笑)。この人、新撰組に入っていたこともあるそうで、その辺もなかなか面白かったです。

☆絞首刑第一番
江戸が明治となりまして、処刑もぐっと近代的な「絞首刑」へと改まる。その第一回に秘められた、ある哀れな兄妹と、彰義隊の残党の物語。
これまた山風のキャリアの中では、かなり初期に書かれた作品。実在の人物がほとんど出てこないあたり、普通の時代小説にかなり近い印象。それでも「日本最初の絞首刑」なんてものを題材してしまうところは、やはり山風でしょうか。「純粋さ」と「邪心」の対比や、魔性の女にいいように操られてしまうバカ男なども、後に繰り返し使われているモチーフであります。

20070718194923どちらかといえば前の巻のほうがバラエティに富んでいたかな・・・ でもこちらでも山風ならではの、他ではお目にかかれない様々な題材、ストーリーを堪能させてもらいました。できれば第三巻『明治忠臣蔵』も年内には読みたいところ。
第一巻『伝馬町より今晩は』のレビューはこちら
http://sga851.cocolog-izu.com/sga/2007/02/post_cbbc.html 

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March 27, 2007

山田風太郎に関しては色々言わせてもらいたい⑲ 『柳生忍法帖』

20070327213603忘れたころにやってくる山風コーナー。今回は初心に帰る(なんで)という意味で、わたくしが一番最初に読んだ山風作品であり、現在コミカライズ『Y十M』が連載中の『柳生忍法帖』をお送りします。

暴虐の君主として名高い会津の加藤明成。彼は配下の「会津七本槍」を用いて、自分に逆らった家老・堀主水ゆかりの女たちを、次々と手にかける。だが将軍の孫娘たる千姫の制止により、なんとか七人の女が生き延びた。千姫はこの復讐を彼女らの手で果たさせてやりたいと願うが、仇の「七本槍」はみな人技を越えた奇怪な武芸を有する者ばかり。 たおやかな女人たちが太刀打ちできる相手ではない。そこで千姫は一人の男を彼女たちの武芸指南役として呼び寄せる。その男の名は、柳生十兵衛三厳・・・・・

会津といえば幕末において最後まで徳川に忠誠を尽くした藩として知られていますが、その初代藩主・松平正之の前に、加藤という一族が支配していた時期がありました。これはその時代のお話。
主人公は柳生十兵衛。彼に関しては将軍家光の武芸指南役であったのに、まったく手加減をせず、家光をコテンパンにうちのめしたため、将軍家の怒りを買いクビになったという話が残っています。おとうさんの必死の根回しを一瞬にしてパーにしてしまう息子。笑えますね。
こうした十兵衛の気質を「融通の利かない剣術バカ」と見るべきか、あるいは「ついつい権力に逆らってしまう反骨の男」と見るべきか。とりあえずエンターティメントにおいては断然後者の方がかっこいいに決まっております。こうして、山風ワールドにおける最大最強のヒーローが誕生いたしました。数ある山風キャラクターの中でも、三本もの長編の主役を勤めているのは彼だけです。
「わずかな女人さえ守れぬのであれば、徳川幕府など存在する価値がない」
天下の江戸幕府にさえ、臆することなく傲然といい放つ十兵衛。このセリフについて作家の田中芳樹氏は、「まず現実的にありえない」と評していましたが、お稽古とはいえ最高権力者をも容赦しない柳生十兵衛ならば、これくらいのことは言いそうな気がします。ついでながら、田中氏は「柳生十兵衛というのは、もう山田風太郎が作り上げた伝説の剣豪ということでいいのではないか」とも述べております。こちらは素直に賛同したいところです。

この十兵衛の豪放なキャラクターもさることながら、自分が直接戦うのではなく、美女たちのサポートに徹するという設定が独特です。また悪役の「会津七本槍」、こいつらが七人とも変った芸・容姿・名前を持ち、大変覚え易く面白いやつら。大道寺鉄斎(鎖鎌)、 平賀孫兵衛(槍使い)、具足丈ノ進(犬使い)、 鷲ノ巣廉助(強力)、司馬一眼坊(鞭使い)、 香炉銀四郎(投網漁)、漆戸虹七郎(隻腕の剣士) ・・・・と、なぜかみな名前が五文字でそろっているのがご愛嬌です。

一方で難点・・・というほどでもないにせよ、ちょいと「うむ?」というところを。
まずこの話、「忍法帖」特有の悲劇性があまり感じられません。忍法帖の主人公というのは登場した時点で「かわいそうな目に遭う」というのが保証されてるようなものですが、この作品における十兵衛にはそういう暗い面がまったくない。最初からコメディ調のものは例外として、これほど爽快な忍法帖は大変珍しいです。
もひとつ。この作品「忍法帖」と銘打っているのに、忍法の出番がほとんどない(笑)。一応ちょびっと出てくることは出てきますが、どちらかといえばメインは「忍法」ではなく「武芸」。でも『柳生武芸帖』にしてしまうと五味康祐氏の名作とかぶってしまいますしねえ。
しかしまあ、反権力的な姿勢とかゲーム的な戦闘形式、そして何より貪欲な娯楽性などは、紛れも無く忍法帖のそれであります。

20070327213635前にも書きましたけど、わたしが最初に手に取った版は、毎日新聞社から「柳生十兵衛三部作(トリロジー)」と銘打って出されたものの第一弾でした。そこに書かれていたコピー・・・・「非道の権力者に天誅を。淫虐の魔王・会津四十万石加藤明成に立ち向かう若き剣侠・柳生十兵衛。」・・・・にはコテコテながら、ハートにビリビリくるものがあったんですねえ。
その後も色んな版が出てますが、現在では講談社文庫のものがお手軽かと存じます。

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February 03, 2007

山田風太郎に関しては色々言わせてもらいたい⑱ 『伝馬町から今晩は』

20070202175108久しぶりだぜおっかさん! というわけで間が空いてしまった山風コーナー。本日は短編集『伝馬町より今晩は』をお送りいたします。
忍法帖から明治ものに移行する過程で、山風は「プレ明治もの」ともいうべき幾つかの短編をてがけています。それが後にファンから「幕末妖人伝」と言われる一連の作品。これに同時代を舞台とする初期短編を加えた作品集が、10年くらい前に河出文庫から出たことがありました(全三冊)。
幸い最近古本屋で全部そろえることができたので、5編が収録された第一巻をざーっと紹介させていただきます。

☆からすがね検校
明和九年一月、行き倒れて柳生家にかつぎこまれた一人の盲人がいた。彼の名は平蔵。ハンデを持ちながらも金貸し業に並々ならぬ才能を持つ彼は、着実に盲人の位階を上っていき、「からすがね検校」の異名を取るまでに出世する。そしてその道の行く先々で、落日の柳生家と関わりを持つことに。
「検校」って言葉、たまに見るものの何のことなんだか知りませんでしたが、これ盲人の位のことだったんですね。金と性に異常な執着をみせる平蔵。いわば幕末版『銭ゲバ』とでもいうべきでしょうか。見方によっては裸一貫で田舎から出てきた若者のサクセスストーリーといえなくもないですが、主人公の性格があまりにもギラギラしているせいか、かなりピカレスクな印象を受けます。
この「からすがね検校」、実在の人物でして、貸本劇画の大家平田弘史先生も彼をモチーフにした作品を描いてるとか。忍法帖に嫌気がさしていたせいか、十兵衛さまのご実家の柳生家が徹底してこきおろされるという「山ちゃんそりゃないよ」的な一面もあり。

☆芍薬屋夫人
この短編のみデビューまもない昭和20年に発表されています(他は同46~48年)。鎖国の世で例外的に日本で塾を開くことを許された外人医師シーボルト。その弟子で、一途な恋ゆえに心を病んでいく、ある青年の悲劇を描いた作品。なんでわざわざ「シーボルトの弟子」という設定になってるかというと、このお話が「出産」をテーマにしているから。シーボルト先生は産科においても日本に多大なる恩恵を施してくださった方のようで。冒頭で描写される本邦初公開の帝王切開の描写は、医学生だった山風の経験も大いに生かされています。
もひとつ作品から感じられる主張は「日本の女は怖いぜェ~」というもの。ま、女の人がおっかないのはあちらだって変りないと思いますけどね。まだ山ちゃんが結婚前の若々しいころに書かれた話なんで、後のものより女性観が厳しくなってるかも。
山風のかなり最初期の時代小説であり、後に繰り返して現れる「妊娠と出産」というモチーフが早くも現れているという点でも、注目に値する一編。

☆獣人の獄
日本の未来のため、暗愚な将軍の世子家祥を暗殺しようと謀る四人の旗本ら。彼らはその実行犯としてうってつけの豪放な武士・馬頭漢兵衛を見出す。しかしいざ時期が熟すや、主謀者たちは急に腰砕けになってしまい、やる気満々の漢兵衛をもてあまし始める。
「馬頭漢兵衛」という名前検索してみましたが、ひとつもヒットしませんでした。恐らく創作上の人物かと思われます。こういっちゃなんですが、五編中もっとも印象が薄い一編。「天下のためとかいいながら、女の色香に迷って道を踏み外す小人たち」「慰み者にされて散った恋人のため、復讐に燃える主人公」 こういうの、山風作品ではおなじみのパターンですしね。
強いて特徴を一つ上げるとするなら、「幕末(特に安政)って相当真っ暗な時代だったんだなあ」ということがよくわかるところ。大地震は起きる、疫病は流行る、しまいにゃ異人たちに征服されちゃうかもしんない・・・・ 庶民が「ええじゃないか」と現実逃避してしまうのも、無理ないですな。

☆ヤマトフの逃亡
兵学・医学・語学など、様々な才能に長けた掛川藩士・立花久米蔵。彼の政治批判や毒舌は、周囲を片っ端から敵に回してしまう。しまいに藩内に監禁されることになる久米蔵だが、彼がそのままおとなしくしているはずはなかった。
この立花氏も検索してみました。今度はそこそこ出てきましたが、みんなこの小説関連(笑)。しかし経歴とかやけに細かく書いてあるんで、この人は実在してたんじゃ・・・と思うんだけどなあ。
悲運の天才と言えなくもないですが、この人の場合自分から災いを招き寄せているようなところがあるので、あんまり同情できません。それはともかく、オチの切れ味は収録作品の中で随一。タイトルにある「ヤマトフ」。これはある著名な書の中に、ちょこっとだけ出てくる言葉なんですが・・・ 食い物っぽい名前ですが、もちろんそうではありません。

☆伝馬町から今晩は
弘化二年。伝馬町から火が出たため、牢内の囚人たちは外に避難することを許された。その中には「蛮社の獄」で不当な罰を下された大学者・高野長英もいた。大手を振って外にいられるのはわずかに三日間。長英はその期間をフルに活用し、昔恩を売ってやった連中のところへ「地獄の家庭訪問」に行く。
のんきなタイトルとは裏腹に、五編中一番きっつい話。高野長英といえば「時代に早すぎた悲劇の人物」というのが世間のイメージ。けれどもこの作品では、行く先々の人々を積極的に不幸にしていくという、ダークサイド満載な描かれ方です。恐らく山ちゃんとしては、幾ら自由がほしいからといって、自分を慕う若者を放火犯にしてしまった時点で、長英は断罪すべき対象だったのでしょう。自分は長英氏にはすくなからず思いいれがあるので、ちと辛かったですが、彼にはこういう一面があったこともまた確か(やや誇張されてはいますが)。えー、まーなんつーか、善意ってのは見返りを求めた時点で善意ではなくなってしまうっつーか。

五編とも独立しながらもリンクしている部分もあり、そういう関連を見つけて楽しむこともできるでしょう。
共通して感じられたのは、「善玉であれ悪玉であれ、エネルギッシュな人間のそばにいると、とばっちりを食いやすい」ということ。あと山風は偉そうなこと言って庶民を犠牲にする輩が「大大大キライ」なんだなあ、ということも改めて感じられました。

20070202175215当然現在品切れかと思われますが(ここまでやっといて・・・)古書店では比較的見つけやすい本だと思いますので、興味を持たれた方はがんばって探してみてください。ちなみに二巻は『おれは不知火』、三巻は『明治忠臣蔵』というタイトルです。

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December 04, 2006

山田風太郎に関しては色々言わせてもらいたい⑰ 『エドの舞踏会』

20061204190300これはだいーぶ前に読み終えてたんですけどね。『幻燈辻馬車』を読み終えてからにしようと思って。理由は後ほど説明します。

後の海軍大将・総理大臣である山本権兵衛は、上官である西郷従道から奇妙な任務をおおせつかる。政府が企画した鹿鳴館の舞踏会に、参加を渋っている夫人たちをひっぱり出してほしいというものだった。惚れた女を遊郭から強引にかどわかすほどの豪傑も、こうしたデリケートな仕事にはただ困惑するばかり。それでも彼はダンスの指導者である大山巌夫人とともに、明治の大物たちの家庭を地道に回っていく。

そんなわけで山本氏は主人公というよりか狂言回しですね。主人公はそのエピソードごとにスポットがあたるマダムたち。章題も「井上馨夫人」「伊藤博文夫人」という風になっております。明治ものの中でも特に「女性」「妻」をテーマにすえた作品といえるでしょう。
冒頭で西郷弟の「綺麗に着飾ってはいるものの、こないだまで芸者・花魁だった人たちがどれほどいるか」なんてセリフがあります。「人間は口から肛門までの一本の管」ということを山風は言っておりました。それじゃ幾らなんでも即物的すぎ、とは思いますが、ようするに「人間はみな同じ。生まれは関係ない」みたいなことが言いたかったんじゃないでしょうか。外見はいくらでも繕える。でも真に気高いかどうかは、生まれではなくてその生き様が決めるもの。誇りのため、あるいは夫のため、懸命に生きる八人の夫人の物語を読んでいると、そんな風に感じられます。

この作品は、できれば『警視庁草紙』『幻燈辻馬車』のあとに読んだほうがよろしいかもしれません。なぜなら『エドの舞踏会』はこの二作品と登場人物が多数重複しているからです。
たとえば『警視庁~』で井上馨と紙幣偽造事件がからむエピソードがありましたが、「井上馨夫人」ではその後のことが語られています。同様に「黒田清隆夫人」は「春愁 雁のゆくえ」(『警視庁草紙』所収)の、「伊藤博文夫人」「大隈重信夫人」は「開花の手品師」(『幻燈辻馬車』所収)の後日談としても楽しめるでしょう。さらに山本氏と共に狂言回しを務める大山捨松はやはり『幻燈~』の「鹿鳴館前夜」でも姿を見せていますし、「陸奥宗光夫人」では「明治もの」でよく名前が出てくる三島通庸が登場します。

川路利良にしろ原胤昭にしろ、山風作品では同一人物なのに出る作品によって微妙に性格が違う場合が多々ありますが、それも山風の狙いなのやもしれません。同じ人間でも年を経ていけば性格は変るかもしれないし、少し角度が違っただけでも、印象がガラリと変わることがあります。井上・黒田も『警視庁~』では極悪人のような印象を受けますが、『エドの~』を続けて読むならば、また少しイメージが変るかもしれません。

20061204190226そんな『エドの舞踏会』、ちくま文庫より少し前に出てましたけど、今はまた入手困難な様子。ネットで古書サイトを探してみてください。実は先日某O市のブックオフでみかけたんですが・・・・

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November 06, 2006

山田風太郎に関しては色々言わせてもらいたい⑯ 隆慶一郎氏との関連について

20061105214905突然ですが、みなさんは「隆慶一郎」という作家をご存知でしょうか。もともと映画やテレビドラマの脚本で長く活躍されていた方ですが、1984年『吉原御免状』で小説家デビュー。以後『影武者徳川家康』『一夢庵風流記』など「こんな題材・切り口があったのか」というような作品を次々と発表。時代小説に新風を吹き起こします。けれど小説家としてはわずかに5年ほど活動された後、惜しまれつつ他界。世間的にもっともよく知られてるのは、恐らく漫画『花の慶次』原作者としてでしょうか。

で、前置きが長くなりましたが、この隆先生、山風を参考にしてたんじゃないかな~というフシが多々ありまして。それは隆作品によく出てくるモチーフが、山風が好んで用いていたものと共通しているからなんです。たとえば隆氏の『吉原御免状』ほか幾つかの作品には山の民・サンカが登場しますが、山風も『いだてん百里』『忍法封印』ほかでこの一族を登場させています。最近このサンカをテーマとした作品もあまり珍しくなくなってきましたが、それも隆作品がメジャ-になって以降からのような気がします。また隆氏(と原哲夫)が一躍有名にした“前田慶次郎”にしても、山風が『叛旗兵』で先駆けて題材としていますし、さらに大久保長安、柳生一族、吉原といった要素も、二人はよく好んで使っていました。
時代設定という点でも二人には通ずるものがあります。けっこう時代がバラけているように思える忍法帖ですが、全27作品中11作品が徳川幕府草創期(家康~家光のあたり)に集中しています。隆作品に至っては全体の8、9割がこの時代を舞台としています。
単なる偶然ということもありえますが、こんだけ色々重なっていると疑りたくなるのが人情ですよね。

とはいっても別人ですから、もちろん違うところもたくさんあります。山風では「男の中の男」である柳生十兵衛が、隆作品ではなかなかしょぼい役回りであるとか。また、全体として山風がシニカルで悲劇的な作風なのに対し、隆さんのほうはもう少し体育会系よりというか、カラッと明るいムードに包まれています。その辺は戦時中戦う機会も与えられず「列外」とされた山ちゃんと、戦地で堂々と上官に逆らってボコボコにされたという隆さんのキャラの違いからくるもんでないでしょうか。ただ、体育会系といっても隆さんにはロマンチックなところもあり、ランボーの詩集を没収されないよう『葉隠』に差し込んで戦地に持っていった、なんていい話が某作品の巻頭に書かれていました。

20061105190449実は一昨日の4日が命日だった隆慶一郎氏。その辺の書店でもまだ普通に手に入りますので、山風と読み比べてみるのも面白いんではないでしょうか。マイベストは『死ぬことと見つけたり』(新潮文庫)と『花と火の帝』(講談社文庫)。ただこの二作品、両方とも未完なのよね・・・(それでも十分面白いけど)。あとウィキぺディアに書かれていましたが、「峰隆一郎」という似た名前の作家さんと間違われる方も多いとか。ご注意を。


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October 09, 2006

山田風太郎に関しては色々言わせてもらいたい⑮ 『忍法創世記』

20061008201814今回は忍法帖の集大成にして完結編にして、長い間「幻の作品」だった『忍法創世記』について語ります。

時は1390年。長い間小競り合いを繰り返していた伊賀の民と柳生の民は、悪縁を断つためにそれぞれの当主の息子たち、娘たちを娶わせることにする。柳生からは三人の男児を、伊賀からは同様に三人の乙女を。いまままさに婚礼がなされようというその時、突然の邪魔が入る。柳生のほうには剣の達人中条兵庫頭が、伊賀の方には能楽師の世阿弥が。南朝から北朝にゆずられる「三種の神器」を、それぞれ「奪え」「守れ」とけしかける。しかし柳生の次男七兵衛は伊賀に、伊賀の末娘お鏡は柳生にいくことが決まってしまったため、兄弟同士、姉妹同士で剣法と忍術の奇妙な戦いが繰り広げられることになる。

タイトルから想像するに、忍法がどのようにしてこの世に出てきたのか、その成り立ちを描く作品と思い込んでいましが、あてが外れました。まあ正確には『“伊賀”忍法創世記』というところですね。どうして伊賀に忍法が根付いたのか? そしてどうして柳生で剣法が発達したのか? その答えが山風なりの奇想で語られています。
仲の悪い家同士が和平のために、婚姻を結ぶ・・・ どっかで聞いたような話ですね。はい、忍法帖第一作の『甲賀忍法帖』と同じです。『甲賀』も考えようによっちゃかなりおバカな話といえないこともないですが、山風の格調高い語り口のおかげで「感動巨編」といっても差し支えない仕上がりとなっていました。しかしそういうカップルが三組もいたりすると、さすがにこれはバカならざるをえません。ことに柳生の男どもは、悲しいまでのずっこけぶりで我々を笑わせてくれます。自分で自分のパロディを書いちゃうとは・・・・ さすが山風。
さらに、出てくる忍法が下半身系のものばっかり。「そんな忍法、本当に役にたつんかい!」とツッコミたくなることうけあいです。そんな感じで物語の半分過ぎまではバカまっしぐらで話は進んでいきます。
ところがクライマックスにさしかかると、物語は急に殺伐とした空気に。「さっきまであんなにバカやってたのに・・・」と呟く我々をよそに、登場人物の悲壮感はますばかり。この辺はいかにも忍法帖らしい流れです。

このお話、長い間単行本にまとまらず、ファンの間では「幻の作品」ということになっていました。理由について山ちゃんは「あんまり出来がひどいんで」と語っております。しかし実際に読んでみると、さきほど述べたように「バカ要素」が少々くどいものの、全体としてはそんなにひどい出来とは思えません。
この理由として、解説の日下三蔵氏は「天皇についてちょっとタブー的なことを語ってしまったからでは」という点をあげています。この小説が連載されていた昭和44年、天皇家はまだまだ聖域だったということですね。まあご本人も本当にそれほど気に入ってなかったんでしょうけど。
わたし個人の印象はと申しますと、忍法帖全体では中の中という印象です(笑)。とはいえ、一番最後にして、年代的にはもっとも古い忍法帖であったりとか、「柳生」と「伊賀」という忍法帖の二本柱の融合的作品でもあり、はたまた後の「室町もの」への予告編でもあるなど、注目すべきところは多いです。ファンなら必読の一冊です。
20061008201749この本、ハードカバー(出版芸術社より)で買ったら一ヵ月後くらいに文庫版(小学館文庫より)が出てちょっと泣きそうになりました。でも夫人のあとがきや、日下氏の忍法帖年代表や初出タイトル一覧がくっついてるので「惜しくはない」と自分に言い聞かせております。

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September 05, 2006

山田風太郎に関しては色々言わせてもらいたい⑭ 『幻燈辻馬車』

20060904182744夏ですしお化けの話でもしましょうか。・・・ってもう遅いか。
今回は『警視庁草紙』につづく「明治もの」第二作、『幻燈辻馬車』について語らせてもらいます。これもいままで度々『幻灯』と書いていたかもしれませんが、正しくは『幻燈』でした。熱心な山風ファンのみなさん、どうも申し訳ありません。こんな間違いしといてなんですが、この題名、山風作品の中で一番好きかもしれません。

時は明治15年、もと会津藩士の干潟干兵衛は、孫娘のお雛を隣にのせて、辻馬車で生計を立てていた。お雛とふたり平穏に暮らしたいと思う干兵衛だが、自由民権運動が激化するにしたがい、度々危機に見舞われる。そんな時お雛が「父(とと)!」と叫ぶと何たる不思議、西南の役で戦死した息子の蔵太郎が、馬車の中から忽然と姿を現す・・・・

この作品の特徴はなんといっても、「娘が呼ぶと馬車から出てくる亡霊」という独創的なアイデアでしょう。怪談話は数あれど、これに類する発想はちょっとよそでお目にかかった記憶がありません。いわば蔵太郎は呼べば現れる正義の味方なわけですが、死んだ時のままの血まみれ状態で現われるため、ちょっとヒーローとは言いがたいものがあります(笑)。
前作『警視庁草紙』もすばらしい作品ですが、ひとつ物足りない点をあげるなら、山風作品の特徴である「幻想味」が乏しかった。その点、『幻燈辻馬車』のファンタスティックなムードは、忍法帖と比べてもひけをとりません。与太話が成立しにくい「明治」という時代にあって、見事にひとつの「伝説」をこしらえることに成功しています。『警視庁』と第一話の題材が同じなのに、解釈がまったく違うというのも面白い点ですね。

もう一点目をひくモチーフは、あまり小説でとりあげられることもない「自由民権運動」。「自由の名の下に権力に戦いを挑む」といえば聞こえはいいですけど、ようするに中央から弾かれた士族たちの不満のやりどころだったというのが実像だったようです。『警視庁』での西郷派・神風連とほぼ同じポジションですね。
その自由党の面々に、主人公干潟干兵衛は奇妙な親近感を抱きます。傍から見ればいずれ敗れるの明らかなのだけれど、当人たちは熱意のあまり周りが目に見えなくなっている・・・ そんな姿が維新直前の会津の様子と重なるゆえに。山田先生はその干兵衛の思いをさらに「戦中派が赤軍派をみるようなもの」と例えます。この作品が書かれたのは1976年で日本赤軍がもっとも活発だった時代。この年いわゆる「戦中派」の先生は54歳で干兵衛(50なるやならずや)にかなり近い年齢。つまり干兵衛の思いはまんま当時の先生の思いだったということです。
はじめは高い理想のもとに始められた活動だった。欲と金にまみれていく社会にあって、それは先生の目に軍国青年だったころの自分を思い出させ、まぶしく、あるいはもどかしく映ったことでしょう。しかしやがて「目的のためには手段を選ばない」陰惨な暴力へと転じていく。それをただ見ることしかできない悲しみ。そんなところで干兵衛と先生はシンクロしています。
おおむね若い男性が主人公となる山風作品にあって、こうした初老の男が主人公という点でも、この作品は独特です。

とまあ紹介してみましたが、この『幻燈辻馬車』、現在どこへいっても品切れ状態という極めて残念な状態にあります(もっとも最近の刊行は、ちくま文庫より二分冊で)。少し前に亡くなられた映画監督・岡本喜八氏は晩年この作品の映画化を考えていたそうですが、それが実現すれば、きっとドカーンと増刷かかったろうに。この企画って、やっぱ流れちゃったんでしょうか。古本屋でみかけたら速攻ゲットをおすすめします。
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左はわたしが持ってる文春文庫版(古本・1980年刊)。他に河出文庫からも出てたことがあります。
右は蔵太郎さん。オチャラケご容赦。

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August 08, 2006

山田風太郎に関しては色々言わせてもらいたい⑬ ミステリネタばれ大会

気がつけばもう十三回目ですが、そういえば山風のミステリについては、第一回以来ほったらかしだったことに気がつきました。この辺最近読んでないもので。すいません。
で、少ない記憶を振り絞って思いついたのが、こんなシャレにならない企画(笑)
第一回で、「現代で傑作とされてる多くのミステリのネタを、山風が先取りしていた」みたいなことを書きましたが、今回はその具体例を幾つか挙げてみたいと思います。
「ネタばれ」とはありますが、もちろん肝心な部分はばらしません。ただふたつ並べて書いてある時点で、勘のいい人は気づいてしまうんじゃないかなあという・・・
そういうわけで用心深い方はスルーしてください。ではまず安全なあたりから

『妖異金瓶梅』・・・・・ 竹本健治 『ウロボロスの偽書』
『うんこ殺人』・・・・・ 同 『ウロボロスの基礎論』
この『ウロボロス』二部作に関しては、はっきりと著者が「これ真似しました」と文中で述べています。『妖異~』からは「シリーズ犯人」というアイデアを。『うんこ~』からはうんこを。ただふたつとも中心の柱として借りたわけではなく、幾つかある材料の一つとして拝借した、という感じです

以下は「まあ、偶然かぶっちゃったんだろうな」という作品群です。

『厨子家の悪霊』・・・・・ 山口雅也『解決ドミノ倒し』(『ミステリーズ』所収)
一本の短編の中に、「どれほどどんでん返しを盛り込めるか」ということに挑戦した作品。山風がギリギリシリアスにとどまっているのに対し、山雅作品は完全にスラップスティックの領域に。読み比べてみるのも一興かと

『帰来抄殺人事件』・・・・・ 東野圭吾『名探偵の掟』
両方「名探偵もの」の連作短編集。オチの付け方がちょっと似てます。もしかすると山風の方はバロネス・オルツィの『隅の老人』を意識してたのかもしれません。『警視庁草紙』でお奉行に「隅老斎」とか名乗らせているので

『太陽黒点』・・・・・ 京極夏彦『絡新婦の理』 
作品の骨子のアイデアが共通しています。京極先生はそこそこ山風作品を読んでおられるようですが、これもたぶん偶然似てしまったんだと思います。勘ですが。

『明治断頭台』・・・・・ 加賀美雅之『双月城の惨劇』
前者のあるエピソードのトリックが、たまたまかぶってしまいました。ただ両作品ともトリックの数が一つや二つではないので、一個くらいわかっても十分楽しめます。加賀美作品はすこしひねった名作のパスティーシュでして、そういう点でも山風のあれやそれと通ずるものがります。

『黄色い下宿人』・・・・・ 島田荘司『○○と倫敦ミイラ殺人事件』
説明が一番ヒヤヒヤする組み合わせ(笑) そうですね。できれば『黄色』を先に読んでから、後者を読んでいただきたい。正式なタイトル名は「島田荘司 倫敦」で検索すれば一発で出てきます。かなりオススメ。『黄色』は光文社文庫『眼中の悪魔』で読めます

なんかまだあった気もしますが、いま思い出せるのはこれくらい。うっかりネタに気づかれてしまった方、もうしわけございません。ちなみに先生の自己評価が高かったのは『妖異金瓶梅』『太陽黒点』『明治断頭台』。ほかに『十三角関係』『夜よりほかに聞くものもなし』がA評価でした。低かったのは『厨子家』『帰来抄』など。
最後にETV特集で先生が語っていたこの言葉でしめたいと思います。
「ぼくは一つの作品に四つも五つもどんでん返しを入れないと気がすまないんだ」
おみそれしました。
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