May 22, 2018

帰ってきたアイアン・ジャイアントとその他大勢 スティーブン・スピルバーグ アーネスト・クライン 『レディ・プレイヤー1』

Rp11おそらく世界で最も有名であり、いまだ製作意欲の全く衰えないカリスマ的映画監督、スティーブン・スピルバーグ。その最新作はゲーム、アニメ、映画その他の著名キャラが大挙して出演するという一大エンターテインメント。世界でヒットを続けている『レディ・プレイヤー1』、ご紹介します。

ネットは発達したものの退廃した空気が漂う近未来。人々は生活そっちのけで、仮想空間「オアシス」の中でのゲームや投機に夢中になっていた。ある時オアシスの創設者ハリデーは、仮想空間に隠された三つのカギを見つけたものに、システムの所有権をそっくり譲渡すると宣言する。平凡な若者ウェイド・ワッツもその争奪戦に挑むが、ハリデーの課題は恐ろしく難解で時間が経っても誰も最初のカギを見つけられずにいた。

原作はアーネスト・クラインの小説『ゲームウォーズ』。オアシスではプレイヤーは自分の好きなキャラになれるのですが、架空のキャラをいっぱい考えるのが大変だったのか、それとも単に「その方が面白そうだから」ということなのか、原作でも映画でも他の作品の有名なキャラクターがわんさか登場します。映画の方が権利問題がややこしいのか、やや幅が狭まった感がありましたが。
その例のひとつがアイアン・ジャイアント。原作ではウルトラマンが占めるべきポジションを、円谷から許可が出なかったということでこのマイナーキャラが務めることになりました。どのくらいマイナーかというと、公開時大赤字になってしまい、その後監督が10年以上かけて借金をコツコツ返してたというほどです。あんなにいい映画なのに… 世の中まちがっとる!! それはさておき、ウルトラマンとIGの共通点っていったらトサカがついてて、目が真ん丸で、でかくて、空飛べて、宇宙からやってきて、ビームが放てて、正義の味方ということくらいじゃないですか!(けっこうあるな…) でもおかげさまでわたしの大好きなIGを実写でスクリーンで18年ぶりに拝めることになったのですから、こんなに嬉しいことはありません。円谷さん、断ってくれて本当に本当にありがとう!!(もう一番言いたいことを語ってしまいました…)

それにしても最初に企画を聞いたとき、こんなにサブカルまみれで他からふんどしを借りまくるような映画を作るなんて、スピルバーグ大先生らしくないなあ…とは思いました(まあこれほどにふんどし借りまくりの映画って他には『レゴRムービー』くらいしかありませんが)。しかし実際に観てみると主に昔のスピルバーグ作品のあれやこれやを思い出させるムードに包まれておりました。特に目立つわけでもない少年が勇気を胸に冒険に挑み、かけがえのない何かをつかみとっていく… この直球のジュブナイルっぽさ、『E.T』『グレムリン』『グーニーズ』『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を彷彿とさせますよね(『E.T.』以外はプロデュース作品ですが…)。
Rp12
そんなわけで大変楽しませていただいたのですが、この「オアシス」世界どうにもおかしいところがあります。「そのくらいスルーしろよ」とか言われそうですけど、オタクなのでどうしても看過できないのです。
ひとつは近未来が舞台なのにやけに元ネタが古いものばかりということ。90年代以前のキャラはわんさか出てくるのに、わたしたちの時代より後に生まれたキャラは出てきません。実際の理由としましてはやっぱり「オリキャラをたくさん考えて混ぜるのが大変だったから」なんでしょうけど、オタク的には「2010年代より後は架空のキャラクターを作るのを禁止する法律でもできたのだろう」と脳内補完することにします。

もうひとつは今現在人気絶頂のキャラがみあたらないこと。本当ならオアシス世界にはもっとミッ○ーマウスとかマーベルヒーローとか、はっきり言うとD系のキャラがうろついてないとおかしい。これまた先に述べたように著作権上の問題で仕方なかったんだと思います。でもそれじゃつまらないので、おそらくD社は「我々はオアシスには参加しない」とつっぱねて、独自のバーチャル空間を作ろうと試みるも失敗して衰退した…と考えることにします。ただスターウォーズだけはちょろちょろっとオアシス内でも見受けられるので、たぶんものすごく課金すれば使えることになってるんでしょうね。

…といろいろこじつけてみましたが、それでも『バカルー・バンザイ』や『ビルとテッド』が若者たちの間で共通言語として成り立ってる世界ってどうにも無理があります(笑) クライマックスのあの3メカにしたって、わたしのような日本のオタクおじさんは大喜びですけどアメリカの一般の若者は「???」だったのでは。あ… もしかしてそうやってマイナーだけど質の高い作品をどんどん表に出すことで、それらの名作が忘れられないように、今の若者に興味を抱かせることが本作品の狙いだったのか!? やられたぜスピルバーグ… どうやらわたしは御大の手のひらで踊らされていたようです。

Dt2でもしつこくもう一点不満をあげますと、アイアン・ジャイアントの出番がもっとほしかった。正直予想よりはかなり多かったけど、もうIGが最初から最後まで出ずっぱりだったらなおよかったです。オタクはすぐ調子にのってこういう図々しいことを言いいます。

スピルバーグ氏は早くも次のプロジェクトに取り掛かっており、その中にはこの映画でちらっとおちょくったスティーブン・キング原作のものもあるとのこと。とうとう夢のWスティーブンのタッグが実現するのか… ワクワクしますね! でもその前に一応スピさんはキングに軽く詫びを入れといたほうがいいと思うよ!


| | Comments (3) | TrackBack (2)

May 21, 2018

あんたちょっといい女だったよ、だけどやばい女 チョン・ビョンギル 『悪女/AKUJO』

Akj1常にヒリヒリする暴力ムービーを提供しつつづける韓国映画界。この度もまたそんなブテチゲのような映画に、さらにあらたなエッセンスを加えた作品を送り出してくれました。『悪女/AKUJO』、ご紹介します。

たった一人で暴力団に殴り込みをかけ、その場にいた者すべてを葬り去った恐るべき女がいた。なんとか身柄を拘束した当局はその能力を惜しみ、工作員として養成することにする。妊娠していた彼女はおなかの子のため、当局の申し出を受け入れる。やがて訓練を終えた女は無事生まれた子供と施設を出、任務に臨む。幾つかのミッションを終えたら平穏な生活が待っているはずだった。だが彼女には哀しい再会と運命が待っていた。

「悪女」というと皆さんはどんな女性をイメージされるでしょうか。お色気を武器に純真な男心を惑わして、さんざん甘い汁を吸ったあげくポイ捨てするようなそんな女ではないでしょうか。ただこちらのヒロインは全然そういう感じではなく、むしろだまされてる側。「悪いのはわたし、それとも運命」というコピーですが、この場合は悪いのは断然当局と悪男です。ただこういうタイトルになったのは敵側からすれば彼女が「とんでもなく凶悪な女」に見えるからでしょう。それほど人間離れした戦闘力を持つヒロインです。

前から思ってたのですが、韓国の映像作品って映画は血みどろバイオレンスなのに、TVはメロメロの恋愛ものが多いんですよね。TVじゃ血しぶきは流しにくい、という事情もあるんでしょうけど。で、この『悪女』は従来の暴力ムービーに巧みにメロドラマを織り交ぜた作品になってました。任務のためにクールに徹するはずだったのに、いつのまにかタイプの違う二人の男に心揺られちゃってるヒロイン。しかしそういう甘~~~いムードが漂うのは本当にちょっとの間です。あとはひたすら映像的にも精神的にもいたぶられ続ける「悪女」。あまり人をSとかMとかにわけたくはありませんが(ちなみにわたしはLLです)、監督のチョン・ビョンギル氏は地上でも有数のサドだと思いました。前作が『殺人の告白』というのもその確信を強めさせます。

で、面白いことにこのビョンギル氏、スタントマン出身なんだそうで。その経験が生かされたのか、格闘シーンもカーチェイスも恐ろしいほどの気迫がみなぎっております。そしてそれをほとんど自分でこなしたという主演のキム・オクビンさんがまたすごい。まあ最近はハリウッドなどでも女性主体のアクション映画は珍しくないですが、あちらは爽快感やたくましさを感じさせるものが多いような。対してこちらは強いながらも痛々しさややるせなさも印象に残る作品となっておりました。それだけに観終わったあとはどっと疲れが押し寄せてまいりました。

Akj2『悪女/AKUJO』は公式サイトを見るとまだぽつぽつ公開が残ってる地域もありますが、もう来月22日にDVDが出るのでその方が見やすいかと思います。
実はさっきここまで書いたところでPCがフリーズして記事が全部消えました。一瞬悪女のように暴れたくなりましたが、「暴力は何も生まないわよね…」と思い直して静かに書き直した次第です。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 14, 2018

翔べ! パシリム スティーブン・デナイト 『パシフィック・リム アップライジング』

20180225_1849562013年、ハリウッドが本気を出して巨大ロボットと怪獣の一大バトルを描き、一部で熱狂的な人気を博した『パシフィック・リム』。一時は製作が危ぶまれたものの、5年の歳月を経て再びスクリーンに帰ってきました。『パシフィック・リム アップライジング』、ご紹介します。前作の紹介記事はこちら

人類が巨兵「イェーガ―」を駆って、未知なる侵略者の攻撃を退けてから数年。戦争の英雄ペントコストの息子ジェイクは盗品売買を生業とした自堕落な生活を送っていた。ある日目当てのブツを横取りした相手を追って、彼は手製のイエーガーを作っていた少女アマーラと出会う。軍当局に捕まった二人は、ジェイクの姉マコの計らいで防衛軍にそれぞれ教官と訓練生として迎え入れられる。望まぬ仕事を嘆くジェイクをよそに、侵略者たちは次なる陰謀をひっそりと進行させていた。

前作の主人公ローリーは姿を消し(劇中で理由は触れられず)、次世代、次々世代に焦点を当てた今回の作品。同じ世界を舞台とし、同じ設定を使用しているのにも関わらずどことなくムードが違うあたり、まるでどこかの『Zガ○ダム』を連想させます(冒頭のエピソードはどちらかといえば『ZZ』でしたが)。
この『アップライジング』を担当したスティーブン・デナイト氏は正編の監督であり、今回製作に回ったギレルモ・デル・トロと綿密な打ち合わせをしたそうですが、やはりそれぞれの資質の違いみたいなものが浮き彫りになってしまいましたね。すなわちデルトロ監督は生物描写や粘液に執拗なこだわりを見せていたのに対し、デナイト監督はどっちかというとメカのかっこいいバトルの方に興味があるようで。イェーガーのアクションに関しても前作がどっしりとした重厚感溢れるものだったのに対し、今回はどちらかというとスピード感を重視したものに変わっていました。
20180303_223732
ただ自分などは続編を作るからには新しい何かを盛り込んでほしいと思うし、前作と同じ路線でいくにしても違うアレンジを試みてほしい。その点で今回の『アップライジング(UR)』は申し分ないものでした。思えば前作のメンバーはみな失敗したり挫折したりすることはあっても、基本的に完成された「大人」でした。
一方『UR』のジェイクはなりこそでかいけれど、まだ発展途上というか子供っぽさが抜け切れてないキャラクター。だからかストーリーに陽気なムードを醸し出しておりました。ひねくれながらも義理の姉であるマコの前に出ると素直になってしまうあたりがなかなかにかわいかったり。ちなみにボイエガ君はこれまで演じた役の中でもかなりジェイクに自分との共通点を感じたとのこと。「若いころのジェイクは、16歳や17歳の時の自分みたいだった。自分の欲しいものに関しては向こう見ずで、たくさんの危険を犯す。現実的なお金の問題や人生の辛い部分をまだ経験していないからね」(「THE FASHION POST」のインタビュー記事より )。
そしていまひとりの主人公であるアマーラはそのジェイクよりさらに幼い女の子。マコと同じく辛い過去を経験しながら、その恐怖を克服しようと必死にもがいております。やっぱりおじさんはそういう厳しい環境の中でも一生懸命子供たちががんばる話に弱いんです。
そして未完成な二人がいつしか互いに励ましあい、それぞれの壁を乗り越えていく… その辺が非常に心地よかったです。

ちょうど三日ほど前1作目の地上波放映があったのですが、正直申しますとやはり『UR』はインパクトその他の点で色々先代に及ばないところがありました。それでも彼らは自分たちのやり方で全力を尽くしてバトンをつないだと思います。その点、映画のジェイクやアマーラとと重なるところを感じました。

20180402_184805公開前のデナイト監督の発言によると、すでに3作目の構想があり、いわゆるユニバース的な発展も考えているとのこと。ただ今回もヒットはしたものの、またしても赤字になりそうなことを考えるとどこまで実現するかは怪しいところです。でもせっかくバトンをつないだのだからなんとかしてそれを次に渡してほしい…! そう、たとえ状況が怪獣のように手ごわかろうとも、あきらめてはいけないのです。『パシフィック・リム アップライジング』はまだ全国で公開中(今週いっぱいかな…)


| | Comments (4) | TrackBack (2)

May 07, 2018

ゼロの指導者 谷口悟朗 『コードギアス 反逆のルルーシュⅡ 叛道』

Cghr21放送終了後10年を経て総集編の劇場版三部作が公開されている『コードギアス 反逆のルルーシュ』。本日は第二部にあたる『叛道』について思ったことをつらつら書いてみます。第一部『興道』の感想はこちら

捨てられた復讐のため、妹ナナリーの居場所を作るため、仮面をかぶり武装組織「黒の騎士団」を立ち上げた大国ブリタニアの王子ルルーシュ。偶然手に入れた特別な力「ギアス」と持ち前の兵法の才能で、旧日本「イレブン」において彼の勢力は増していった。だがブリタニアで人気の高い皇女ユーフェミアが黒の騎士団に和平条件を提案してきたため、事態は意外な方向へ進み始める。振り上げた拳をひっこめてナナリーのために仇の国と和睦すべきか。ルルーシュは思い悩んだ末、決断をくだす。

TVシリーズ一期の終盤と二期の序盤(というかほとんど前半)が扱われた本作品。やはり最大の山場はシリーズ最大の悲劇であるユーフェミアの虐殺。リアルタイムで観てた時は「なんて残酷で意地悪なこと思いつくんだろうなあ…」と画面の前で崩れ折れたものでした。さすがはやる時は徹底的にやりすぎてしまうことで定評のある谷口悟朗監督です。10年経ってるしどうなるかも知っているので、初見時よりはショックが和らぐかな…と思いながら鑑賞してましたが、辛い展開があるとわかっていながら観ているとそれはそれでかなりこたえるものでありますね。
『叛道』で第一部よりさらにエスカレートしてるのがこの『はだしのゲン』なみの残酷描写。老若男女、幼い子供ですら平等に戦火の中で散っていく様子が丁寧にネチネチと描かれていきます。これを露悪的と見るか、リアリズムと見るか(ロボや超能力が活躍する作品でリアリズムもないもんですが…)。ともかく、単なる娯楽作品の中では納まりきらない強烈な毒がこのアニメには含まれております。

話は変わりまして。第一部『興道』はほぼTV版の忠実な総集編でしたが、第二部では途中からかなり独自の展開が増えてまいります。まるでどこかの『エ○ァン○リオン』みたい。古いファンを飽きさせないためか、はたまた噂されてる新シリーズへの布石なのか。その意欲は買いますが、あまりにもその辺が矢継ぎ早だったためか、大変わかりやすい入門編であった第一部に比べ、第二部はTV全話観ていたわやしですらよくわからない仕上がりになってしまったような(単に脳の退化でついていきづらくなった…という考え方もできますけど)。これも『エ○ァ』がアニメ残していった影響のひとつですが、精神の内面を描いたシュールな描写は高尚に思えるかもしれませんけど、観ている側には混乱を招くばかりではないでしょうか。

…といろいろ詰問するような文章になってしまいましたが、今回も色々力が入っていたことは認めざるを得ません。特に中盤スザク視点から話を追うことで、本当にルルーシュの記憶がよみがえったのかつつみくらますように持っていく展開はうまいと思いました。学園のみんながナナリーのことをどうして忘れてしまったのか…という謎も補完されましたし。オミットされたのは中華連邦のゴタゴタを黒の騎士団が収めるあたりくらいでしょうか。あと偽の弟ロロ君の存在感がだいぶ小さくなってるような。彼の活躍?は第3部に持ち越しというところでしょうか。

Cdhr22大都市では今月末にも第3部であり完結編の『皇道』が公開予定。いまんとこ劇場一覧にうちの近くの映画館の名前はありませんが、1・2部はやってくれたのでたぶん大丈夫でしょう…!(そう信じたい)
そしてそのあとはいよいよ魔神君が復活するのでしょうか? 期待半分、不安半分でシリーズの行方を見守っております。


| | Comments (2) | TrackBack (1)

May 02, 2018

ひこう少年と不良中年 コーネル・ムンドルッツォ 『ジュピターズ・ムーン』

Jsm1『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲』(未鑑賞…)で第67回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリを獲得したコーネル・ムンドルッツォ監督が次に撮ったのは、ちょっと不条理な少年と親父の社会派SF。『ジュピターズ・ムーン』、紹介いたします。

シリア難民の少年アリアンはハンガリーに上陸した際警官に撃たれ死の淵を垣間見る。だがその時いかなる作用の故か、少年は病気を癒す力と空中を舞うパワーを身に着ける。彼と偶然出会った転落中の医師シュテルンは、アリアンの力を利用してもう一度病院での地位を取り戻そうと画策するのだが…

木製には「エウロパ(ヨーロッパ)」という衛星があるようで。監督は「もうひとつの架空のヨーロッパの物語」ということでこういう題を付けたそうですが… わかりにくいですね!
ともかくこの映画のコンセプトのひとつは「空中浮遊」であります。昨今映画でもヒーローがバビューン!と空中を舞う映像は珍しくもないですが、こちらのアリアン君の浮き方は立ち泳ぎかクリオネのようにゆっくりゆっくり漂うようなもの。そのバックにブダペストのちょっとくすんだ歴史ある街並みが写し出され、詩情と郷愁と宗教画が組み合わさったような独特な映像世界が展開されます。

冒頭で「SF」と書きましたが、あらすじを読んでもわかるように科学的考証の入る余地は全くありません。難民の問題を取り上げてはいるものの、どちらかといえば「寓話」「童話」に近い映画であります。偶然ですがこの辺いま公開中の邦画『いぬやしき』とちょっとかぶっております。
いっぺん死んで復活したり、奇跡的な力を有していたり、無神論者を改心させたり…とアリアン君はあからさまにキリストっぽいところがあります。劇中でも「天使だ!」と言われたりしてますし。確かにそういう存在なのかもしれませんが、その一方でとてもナイーブだったり、ごく普通の少年っぽい面もありまして。超能力を有してはいても救世主というよりは傷ついた子羊のような印象が強かったです。
いまひとりの主人公シュテルン氏は当初小ずるい利己主義者として登場します。それがいつしかアリアンと接していくうちに、自分のためではなく彼のために身をなげうって行動するようになります。この辺がちょっとすんなりついていきがたいところではありましたが、こういうのは理屈ではないのかもしれません。シュテルンの中にもともとあったわずかながらの善性が、奇跡を見たり少年の純真さに触れたりすることで呼びさまされた…ということなのかな。

かようにやや宗教色の強い作品のようにわたしには思えました。大半の日本人には馴染みにくい考え方でしょうけど、やっぱり欧州の方たちは神様がいること、神様ならなんとかしてくれるだろう…ということを信じてるのでは。実際シリアの惨状に直面している人たちは神にでもすがらなければやっていけないのかもしれません。あるいは難民問題が深刻化しているハンガリーにあって、愛と寛容な精神でもって対処していこう…ということが言いたいのか。外国の人と接することも少ないわたくしですが、そういう主張には心から賛同いたします。

Jsm2ムンドルッツォ監督は『ホワイト・ゴッド』と本作品、そして構想中のもう一本の作品をもって「信頼三部作」を完成させたいとのこと。三作目が公開される前に『ホワイト・ゴッド』も観ておきたいものです。
あと先にもあげた『いぬやしき』やネットフリックス映画『念力』、ロック様の『スカイスクレパー』など今年は空中浮遊とおじさんがからむ映画が流行なようです。地にしっかり足をつけることも大事ですが、映画の中でくらいはプカプカ浮いたっていいですよね~

| | Comments (2) | TrackBack (0)

April 30, 2018

スゴロクからスーファミへ ジェイク・カスダン 『ジュマンジ ウェルカム・トゥ・ジャングル』

Jjwj1もう4月もおしまいですが、本日は今月公開された大作群で先陣を切ったあの名作の続編を紹介いたします。『ジュマンジ ウェルカム・トゥ・ジャングル』、参ります。

オタクのスペンサー、体育会系のアンソニー、イケイケ女子のベサニー、ガリ勉のマーサは、それぞれ不正や反抗的な態度などの理由で、校長から居残り雑務を命じられる。しぶしぶそれをこなしたりさぼったりしていた彼らは、倉庫の隅から古ぼけたテレビゲーム機を発見する。退屈しのぎにそれをプレイした4人は、突然それまでとは違う容姿で見知らぬジャングルに放り出される。そのゲーム機は遊ぶものを自分の世界に閉じ込めてしまう呪われた玩具「ジュマンジ」だったのだ。

『ジュマンジ』第1作は1996年の作品。CGが本格的に使われ始めたころの映画で、街を行進する動物たちの映像が話題を呼びました。監督はノスタルジー職人のジョー・ジョンストンで、ストーリーに関連ある1969年の描写に力が入ったりしておりました。まだあどけないころのキルステイン・ダンストも出ております。

それから約10年後の2005年には「精神的続編」の『ザスーラ』が公開。精神的続編とは直接つながってるわけではないけれど、設定やコンセプト、スピリットを受け継いだ作品のことを言うようです。こちらは前作ではジャングルをモチーフにしたすごろくが宇宙探検のものに変わっています。のちに『アイアンマン』を作るジョン・ファブロウ監督作品です。

それからまた時を隔てて、今度は元祖の直接的続編である『ウェルカム・トゥ・ジャングル』の登場となりました。今回は「すごろくはもう古い」ということで、いかなるパワーによるものかジュマンジがTVゲーム機に進化を遂げています。四人対戦ができるところを見るとスーファミかプレステくらいのころの機種でしょうか。いずれにせよ、おそらくそんなにCGがもりもりしてないドット絵が似合う感じのゲームで、わたしくらいの世代にはなじみやすそうなソフトでありました。内容としてはスーファミの珍作『おでかけレスター れれれのれ』(下画像参照)を連想させるような。ただしこのゲームは3回死んじゃうと現実の命までゲームオーバーしてしまうようで洒落になりません。

キャラクターで特に目立っていたのはやはり今を時めくロック様ことドウェイン・ジョンソン。中身はオタク高校生なのでしょっちゅう気弱なしぐさを見せるものの、身体能力は恐ろしく高い。そして得意能力に「キメ顔」がある。ゲーム的に何のプラスにもならないと思うのですが、本当に「ここ一番」って表情をばっちりキメてくれるロック様はさすがです。正直いままでスコーピオン・キングかワイスピの髭担当くらいのイメージでしたが、思った以上に器用な方だなあと認識を改めました。これからも『ランペイジ(怪獣もの)』『スカイスクレパー(ダイハードもの』、ワイスピのスピンオフと主演予定が目白押しで、もう世界の危機は全部ロック様に任せておきゃいい、くらいの勢いです。そうそう、ラジー賞も取られてましたけどね…

もう1人異彩を放っていたのは中身がJKの髭デブ親父ジャック・ブラック。いつもオナラかウンコかしてるような下ネタ系の役がメインでしたが、こちらでは心は乙女ということでいちいち所作がかわいらしい。あと髭とめがねのせいかルックスもだいぶ柔らかみが出てるような。『タッカーとデイル』のタッカー、『ファンタスティック・ビースト』のジェイコブと並んで私の中の「キュートな髭メタボオヤジTOP3」にランクインいたしました。

感心するのはゲームの設定、小ネタなどを上手に生かしてこちらを楽しませてくれる一方で、きちんとしたテーマも盛り込まれていること。たとえば中高生というものはとかく仲間の評判とか自分の外見を気にするものです。先に述べたベサニーも冒頭は自分のかわいさを鼻にかけてるやな女なのですが、外見を気にしなくなってからは、だんだんと他の人のために健気にがんばるいい子へと変わっていきます。よけいなプライドを捨てた時、その人のよい性質が表に出てくるって微笑ましいものですよね。

そしてバカバカしいギャグでさんざん笑わせてくれたあとに、切なくもさわやかなオチで〆てくれるという。これがやっぱりアメリカンの青春映画の醍醐味ってやつだと思います。

Jmwtj2ちなみに監督はジェイク・カスダンさんは『スターウォーズ 帝国の逆襲』を手がけたローレンス・カスダン氏の息子さん。この作品の世界的大ヒットによってお父さんと肩を並べたといっても過言ではないでしょう。そしてソニー・ピクチャーズでの歴代興行一位を記録してしまったために、あんなにきれいに終わったのに続編が決まってしまいました。来年12月に全米公開だそうです。こうなったらまた新たなるアイデアに期待したいところです。


| | Comments (4) | TrackBack (2)

April 25, 2018

セラ&ニーソンはつづくよどこまでも ジャウム・コレット=セラ 『トレイン・ミッション』

Tnmn1昨年秋から韓国(『新感染』)、ロシア(『オリエント急行殺人事件』)、フランス(『15時17分、パリ行き』)と映画の中で鉄道の旅を楽しんでますが(そしていつも惨事にあう)、この度はニューヨークの通勤列車でのトラブルを堪能してきました。リーアム・ニーソンとジャウム・コレット=セラ4度目のタッグとなる。『トレイン・ミッション』、ご紹介します。

マイケルは元刑事の保険屋さん。受験を控えた息子のためにもせっせと働いていたが、ある日突然リストラを宣告されてしまう。失意のうちに電車に揺られていた彼に、学者だというある女性が近づく。そしてこの電車の中から彼女が探しているある人物を見つけ出してくれれば、大金を支払うと申し出る。それが本当かどうかつい確かめようとしたマイケルだったが、それが悪夢の始まりとなった。

前にも「『かわいそうなリーアム・ニーソン三部作』を語る」なんて記事を書きましたが、彼が他のアクションスターと異なっているのは大抵いつも気の毒な、同情を誘う境遇であること(でも戦闘力は半端ない)。ジャウム監督以外の作品でも大体そうですね。わたしが観た範囲でかわいそうな順から並べていくと、

THE GREY
ラン・オール・ナイト
ダークマン
誘拐の掟
フライト・ゲーム
アンノウン
96時間
トレイン・ミッション

とこんな感じです。最新作が一番平穏なイメージ。そりゃリストラだって十分かわいそうですけど、家族はとりあえず全員生きてるし、いきなり生きるか死ぬかという状況でもないし。リーアムさんの幸せを願っていたはずなのに、実際不幸が軽いといまいちテンションが上がっていかない。映画ファンというのはまことに面倒くさい人種であります(自分だけか…)
ストーリーは数年前のダンカン・ジョーンズの二作目『ミッション・8ミニッツ』と似ているところがあります。電車の中で顔もわからぬどこぞの方を数少ないきっかけで見事あててみよ、できなかったら大惨事…というあたり。ただあちらの主人公はリセットし放題だったから片っ端から喧嘩を売って標的を探してましたが、今回のマイケルさんは「元刑事」だけあってできるだけ自然に聞き込み、和やかに調査を進めておられました。とはいっても事件が進行するにつれ頻繁に列車内をウロウロし始めるので、次第に乗客の皆さんから不審の目を向けられていきます。こういう流れ、ジャウム×リーアムの第二作『フライト・ゲーム』ともよく似ていますね。突然初対面の怪しげな美女とお近づきになったりするところも同じです。『フライト・ゲーム』と違うのは電車は飛行機よりゆるい乗り物なので、走行中でも壁や車軸にへばりついて車外に出るのが可能なこと。いや、普通の人がやったらすぐ振り落とされて死んじゃうでしょうけど。リーアムさんもアクションスターとはいえいいお年。必死に電車にしがみついてる姿に「がんばれ!」と思う気持ちと、「あまり無茶しないで…」という思いの両方をかきたてられました。

そういえばリーアムさん、先日「もうアクション引退するわ」みたいなことおっしゃってたかな? その一方ですでにコレット=セラとの五度目のアクション映画も企画中だとか。どこまで本当かわかりませんが、今度はずっと車の中で進行する話だそうで。「どんどんエリアが狭くなるね。しまいには家のクローゼットの中で終始する映画を作るかもしれない」(リーアムさん談)。さすがにこれは冗談か… でもコレット=セラさん(下画像参照)ならそれでも面白いものを作りそうです。

Tnmn2そしてこれまたぼちぼち公開終了です。明日明後日までかしら… ごめんなさいニーソンさんコレット=セラさん。次も必ず観に行きますので。ニーソンさんといえばひと月くらい前『ザ・シークレットマン』という主演作も封切られてましたが、そっちは見逃しました。実話ベースということで、なんかアクション少なそうだったので…

| | Comments (4) | TrackBack (2)

April 23, 2018

愛は宇宙も救う ジャン=クロード・メジエール リュック・ベッソン 『ヴァレリアン 千の惑星の救世主』

Vrn1初期のロマンチックな作風はどこへやら、このごろますます中二的になっているフランスの名物監督リュック・ベッソン。その彼がまたしてもやらかしてくれました。宇宙を舞台にラブ&ピース&ドラッグが駆け回る『ヴァレリアン 千の惑星の救世主』、ご紹介します。

人類が様々な宇宙人と接触し、銀河の隅々まで交易を広げている未来。腕利きの宇宙警備隊員ヴァレリアンは、とある惑星が消滅する夢を見る。その直後相棒のローレリーヌと臨んだ任務で、彼は夢の中で見た真珠を生み出す動物を発見。そんな折、銀河の中心である宇宙ステーション・アルファでは、内部に謎の癌のような空間が発生し拡大を続けていた。夢の疑問を抱えながらヴァレリアンとローレリーヌはアルファの窮地を救うべく奮闘する。

原作はフランスで長年人気を博しているコミック『ヴァレリアンとローレリーヌ』。調べたら自分の生まれる前の60年代から発表されていると知ってちょっとたまげました。日本で言うなれば『コブラ』とか『クラッシャージョウ』といった、ああいうノリのスペースオペラですね。いつも恋人兼部下のローレリーヌと行動していて、ツンデレされたりしてるところが独特です。

この作品でまず嬉しかったのはまず冒頭から多種多様な宇宙人が出てくる点。『スターウォーズ』にせよ『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』にせよ広い宇宙を舞台にしてるわりには、登場する知的生命体はホモ・サピエンス型が多数を占めています。ですが『ヴァレリアン』では動物園さながらいろんな形のエイリアンがひっきりなしに登場するので、宇宙人好きにはたまりませんでした。
わたしが特に気に入ったのは吹替えをアルフィーが担当している関西のあきんどみたいな三人組(下画像参照)。本体はクラゲっぽいのにぱっぱと美女に変身するリアーナの宇宙人もインパクト大でした。

もうひとつ感心したのは宇宙ステーション・アルファの設定。増築につぐ増築で内部に膨大な数のエリアを抱えているのですが、水中に満たされた区域や、電流が絶えず放出されている箇所、濃厚なガスが漂っている部分などがあり、それぞれに適応した生命体が居住しております。そんでそのカオスなステーションの美術がいちいち凝っていて見入ってしまいます。

そういったビジュアルの大洪水の中で、アホらしい描写が次から次へと繰り出されます。クラゲをかぶってトリップしたり、クラゲの宇宙人がポールダンスを踊ったり(クラゲ関連が多いな…)。真面目な人にはむかないでしょうが、こういうラリッたような演出も大変楽しませていただきました。あと毒親のせいで鬱々と悩んでいる役の多いデイン・デハーン君がうってかわってチャラいリア充を演じていたのもほっこりいたしました。

で、この映画原作付ながらベッソンが二十年前に監督した『フィフス・エレメント』のセルフ・リメイクのようなところもあります。軟体動物系の歌姫がいたり、アホらしいストーリーの中でも「愛こそが一番大事」なことを訴えてたりなど。ただ問題はダメなところまで踏襲してしまっていること。『フィフス~』は後半にいくほどおとなしくなってしまう作品でしたが、『ヴァレリアン』も肝心のクライマックスのところでいまいち盛り上がっていきません。自分にはその辺は対してマイナスにはならなかったのですが、世間一般ではそうではなかったようで、「フランス映画史上最大の予算」をぶっこんでいたことも手伝って相当な赤字を記録してしまったようです。気の毒な… やはりここはロケット・ラクーンやポーグのようなあざとかわいいゆるキャラも出して、子供人気を稼いでおくべきだったのかもしれません。

Vrn2日本でもその不遇は変わらず、いよいよ明々後日の木曜日をもって終了のようです。ぶっちゃけ、この宇宙ビジュアルの大洪水はぜひスクリーンで観ておいたほうがいいですよ?(言うのが遅いよ!!) もっともっと早くに応援しておくべきだった… 本当にもう残り少ないですけど最後まで上映ガンバレリアン!!

| | Comments (4) | TrackBack (1)

April 17, 2018

カルタ馬鹿一代・千年伝説 末次由紀・小泉徳宏 『ちはやふる 結び』

Chyf1競技カルタに材を取ったベストセラーコミック『ちはやふる』。劇場版である『上の句』『下の句』連続公開から二年を経て、待望の完結編がお目見えとなりました。『ちはやふる 結び』、ご紹介いたします。

ちはやとクイーンの血を血で洗う激闘からしばらくして。瑞沢高校かるた部の面々も三年生へと進級。いよいよ最後の大会へ臨むこととなった。新入部員も2名入り順風満帆かと思われた時、部長の太一はあることで心を乱しかるた部を退部してしまう。ショックをうけるちはやたちだったが、彼が戻ってくることを信じて勝ち続けることを決意する。

少女漫画でありながら恋愛描写はあくまで添え物だった前二作。しかし今回はのっけから告白シーンがあり、いきなり胸キュンモード全開でおじさんはちょっと照れくそうございました。でもまあ考えてみれば百人一首ってほとんどが恋の歌ですからね。この方がむしろカルタという題材にはふさわしい気も。格闘技みたいにバンバン札をすっ飛ばしてる方がむしろおかしいのかもしれません。

そこでクローズアップされてくるのがちはやちゃんにずっと片思いしている太一君。彼、見かけはさわやかなのに恋路となるとジェラシーを燃やしてたり陰でうじうじ悩んでたり、まことに男らしくない。けれどもそれが嫌味にならないというか、同情心を誘う憎めないキャラであります。さすがに部長なのに大会すっぽかしてどっかへ行ってしまうというのは問題だと思いましたが… ともあれ、そんなひがみっぽい太一くんがあることで恋の迷いを振り切りり、「とてもかなわない」と思っていたカルタのライバルに肉薄していく。気が付けば主人公のちはやちゃんより目立っている…というか、彼の方が主人公っぽい!? というわけで、胸キュンモードに冷めていたわたしも、本来のスポーツ漫画モードに戻ったクライマックスでは手に汗握って画面を見守っておりました。

これは原作に負うところも大きいですが、『ちはやふる』はスポーツものとしてもちょっと変わっています。カルタは一人でもできますし、ちはやちゃんという魅力的な天才キャラがいるんですから、普通は彼女がどんどん勝ち数を重ねていく様子を中心に描いていけばいいはずです。でもこの作品は個人の戦いと並行して団体での試合も丹念に追っていくのですね。映画に関して言えば団体戦の方が個人戦よりも比重が大きいくらい。監督はそうすることで競技を通じて若者たちが励ましあい、競い合う姿…良い影響を及ぼしあっていくドラマを映しだしたかったんでしょうね。友達の少ない自分としてはそういうキラキラした青春がうらやましかったりまぶしかったり。

青春といえばこの映画で特に好きなシーンのひとつは、校舎の屋上で「ずっとこのままいられたらいいのにね」とちはやとカナちゃんが語り合う場面。陳腐な言い方ですが、時の流れは誰にも止めることはできません。でもその時の痕跡をなんらかの形で残しておくことはできます。『結び』ではその辺もテーマのひとつとなっています。後輩にタスキをわたしていくことによっても。この後輩がらみのシーンもいちいち心憎うございました。

ちはやちゃんについても一応書いておきます。先ほど「太一の方が主人公っぽい」と言いましたが、ちはや=広瀬すずの顔面力はやはり堂々たるヒロインのそれでありました。普段の彼女はまことに子供っぽい…というか、うちのめいご(6才)に喋り方とか動きとかかなりよく似てました。ですからおじさん目線としてみるとかわいくて仕方がない。ただもう一応それなりのおっぱいがついてるのですから、気安く男子に抱き着くのは控えた方がいいのでは?と思いました。…いや、そういうことじゃなくて。そんな幼児のような彼女が、試合になるときりりと気迫ある若武者のような表情を見せるのですね。この幼児と戦士の二面性を持つ女の子を広瀬さんは見事に演じ切っていたと思います。

Chfr2そんなわけで見事すぎるほどに「完結」を描き切った『ちはやふる』映画三部作(先日飲んだフォロワーさんたちは「肝心なところで逃げやがって!」「いやあれはまだ完結してない原作に気を使ってだね…」と語ってましたが…)。さすがにもうこの先はないかな? 最近の人気コミックは完結しても数年間を置いて次世代ストーリーを始めるというのがセオリーですけどねw

| | Comments (2) | TrackBack (1)

April 11, 2018

メキシコ地獄編 リー・アンクリッチ エイドリアン・モリーナ 『リメンバー・ミー』

Rmbm1ディズニーご本家と両輪のように良作のCGアニメを作り続けているピクサー・スタジオ。その最新作はメキシコの「死者の日」をモチーフにしたミュージカル風作品。本年度アカデミー賞長編アニメ部門でオスカーを獲得した『リメンバー・ミー』、ご紹介します。

メキシコに住むミゲルはギターと歌が大好きな少年。だが彼の一族は何代か前に、歌手を夢見て家族を捨てた不心得者がいたという理由で音楽を禁忌としていた。けれども歌うことをやめられないミゲルは、「死者の日」に行われる音楽コンテストにこっそり出場することを試みる。それで壊されてしまったギターの代わりに、記念館に展示されている地元の大スター、デラクルスの名品をこっそり拝借するのだが、それを奏でた途端彼の体に異変が起きる。なんとミゲルは生きながらにして死者たちの領域に入り込んでしまったのだ。

「死者の日」とはメキシコのお祭りで、亡くなったご先祖様の霊が現世に帰ってくるのでそれをお迎えしようというもの。…まるっきり日本の「お盆」じゃないですか! 映画『007/スペクター』や『エンドレス・ポエトリー』では骸骨の仮装をした一団がパレードを行なったりしてましたが、地域によって差があるのかこちらではそういうのはなく、普通にご馳走を食べたり音楽を奏でたり、お墓にお供えをしたり花びらで道を作ったりしてました。

メキシコというのも思えばなかなか縁遠い国です。本格的に舞台になってる映画もいろいろあるんでしょうけど、自分は昔の『荒野の七人』や『ボーダーライン』、それにDVDスルーになった『ブック・オブ・ライフ』くらいしかぱっと思い出せません。R・ロドリゲスの「マリアッチ三部作」というのもありますがそっちは未見…
ともかく、『リメンバー・ミー』を通して彼の国の文化や習慣を色々学ぶことができます。家族の絆が強いこととか、ご先祖様や年長者をとても敬っていることとか。こんなところも一昔前の日本とよく似ています。このアニメでミゲルの他に重要な位置を占めているキャラは彼のおばあちゃんとひいおばあちゃん、それに霊になってるご先祖様たちであります。そして主人公の両親もちゃんといるのに影がとても薄い。そんなところがキッズアニメとしてはなかなか変わっております。

あの世の描写もかなり華やかで独特です。普通死後の世界というのはどんより暗くて辛気くさく描かれるものですが、こちらではキラキラと美しくて複雑に入り組んだ、見たこともない歓楽街のような世界を映しだしています。アカデミー長編アニメがここ数年ずっとディズニー系が独占してしまっているのはやはり問題なのでしょうけど、受賞も納得の美術力でありました。
あとご本家ディズニー映画には頻繁に歌が挿入されますが、「歌」そのものをテーマにした作品はほとんどなかったのでは。邦題ともなっている「リメンバー・ミー」という曲、宣伝で何回も聞かされましたが、よくある男女の別れの曲かと思いきや鑑賞後ではがらっと雰囲気の変わるところが心憎いです。途中主役コンビが演奏する「ウン・ポコ・ロッコ」という曲もなかなかよかった。自分は時間の都合で吹替え版で観たのですが、ミゲルをあてている男の子の歌声がとても朗々としてて思わず聞きほれてしまうほどでした。

中盤過ぎからはあの世の青年?ヘクターとのバディものになるところも楽しい。やっぱりピクサーの王道はバディものでありますよね。あと自分は青年と少年が対等のパートナーで冒険するという話が好きなので、そこらへんも高ポイントでした。

Rmbmここんとこ日本ではディズニーご本家やドラえもんに押されていた感のあるピクサーですが、『リメンバー・ミー』は歌を前面に押し出したのが効いたのか、『グレイテスト・ショーマン』と並んで粘り腰のヒットを続けております。タコスをかじりながら踊りたくなる快活な1本でした!

| | Comments (4) | TrackBack (2)

より以前の記事一覧