December 12, 2018

ル・アーヴルのワンツーパンチ サミュエル・ジュイ 『負け犬の美学』

ボクシングというとなんとなくアメリカのスポーツ、というイメージがあります。ボクシング映画も大概は米国製ですし。ですが先日珍しくフランス製のボクシング映画が近場で公開されたので観に行ってきました。『負け犬の美学』、ご紹介します。

40代でいまだ現役のボクサー、スティ―ブは敗戦が続いていたが、引退する踏ん切りがなかなかつかないでいた。そんな折、最愛の娘のためにピアノを買ってあげようと決意したスティ―ブは、欧州チャンピオンのスパーリングパートナーに強引に志願し、まとまった金を得ようと奮闘する。

舞台はル・アーブル。少し前カウリスマキ監督の作品で『ル・アーヴルの靴磨き』というのがありましたが、たぶん同じ町です。『ル・アーヴル~』ではなんとなく寒々としたひなびた印象がありましたが、こちらは時代と多少場所が違うのか取り立てて派手でもないけど、それなりにひらけたにぎやかな感じで描かれておりました。

ボクシング映画というか格闘技映画には2通りあると思います。ひとつは自分の夢や求道のために格闘技をやる作品。もうひとつは家族(特に息子・娘)のためにお父さんががんばるタイプの映画です。どういうわけか今年は『パパは悪者チャンピオン』『ファイティン!』とそんな作品が続いてしまいました。ボクシングに限って言うと少し前ジェイク・ギレンホール主演の『サウスポー』というのがそうでした。そしてこの『負け犬の美学』もそっち側の映画です。
で、ボクシング映画における主人公というのはかなりの確率でチャンピオンの座を狙うものですけど、スティーブはちいともそんなことは考えてません。年も年ですし、負け試合も多いですし。じゃあなぜこんな痛いスポーツを続けているかといえば、やはり好きだからということと、「お嬢ちゃんの憧れる自分でありたい」という動機があるかと思います。それは日本だろうとフランスだろうと関係ない、どこの父親も抱くごくごく普通な感情なのでは。こういうシンプルな親子の絆を微笑ましく描いたわかりやすさはフランス映画らしからぬ気がします。逆におフランスらしかったのは、スターじゃなくてどちらかといえば底辺の方のボクサーを、日常生活含めて淡々としみじみと描き出してるところでした。スポ根的な熱さは感じられませんでしたが、こういう「知られざる格闘選手」たちの物語も地味に胸を打ちます。

おフランスの人ってお洒落第一で汗をかくことを嫌い、ワイン片手に「トレビア~ン」とか言ってるようなイメージがありましたが、もちろんそんな人ばかりでなく、不器用に家族のためにがんばる人もいるのだな…と感じ入りました。
ボクシング映画は来年の年明け早々に『ロッキー』シリーズの最新作である『クリード2』も控えております。こちらは王道中の王道的なジャンル映画になりそう。やっぱり楽しみです。

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December 11, 2018

闇肉街で生きる ギョーム・“RUN”・ルナール/西見祥示郎 『ムタフカズ-MUTAFUKAZ-』

Mfk1日本製アニメとしてはかなり異彩を放っていた『鉄コン筋クリート』。そのスタッフがまたなかなかヘンテコそうな作品をこしらえたので先日観てきました。『ムタフカズ』、ご紹介します。

掃き溜めのような街「ダーク・ミート・シティ」で親友ヴィンスと暮らす青年アンジェリーノ(リノ)は、不真面目ではないのだが不幸を呼ぶ体質らしく、どんな仕事もすぐ首になってしまう。ある日ピザの配達中女の子に見とれていたリノは車と激突。怪我は大したことなかったが、それ以来彼は人に化けて街に潜んでいる怪物たちを見分けられるようになってしまう。

と書くとそれほど珍しくもないSFジュブナイルのようですが、変わっているのはメインとなるリノとその二人の友人も外見的には人間でないところ。リノは多少かわいらしいヴェノムのようですし(上画像参照)、ヴィンスは燃える骸骨(中画像参照・ゴーストライダーかよ!)、ウィリーはどうやらコウモリっぽいのですが翼もないし謎の生き物としかいいようがありません(下画像参照)。Mfk2ですが町の人々は彼らを見ても別段驚きません。ドラえもんやオバQが歩いていてもあの世界では普通に受け入れられてるような、そんな感覚なのかもしれません。ちなみに「ムタフカズ」とはヒスパニック系ギャングのスラングだそうで、人間ではないっぽいですが、ルチャ・リブレとナチョスを愛好してるのを見ると彼らも一応メキシコ系の若者のようです。

そんなゆるキャラのような3人が宇宙人の陰謀に巻き込まれ、ギャングたちの抗争にも関係し、ルチャ・リブレの神話にも関わったり、若者らしい恋や友情のドラマもあり…はっきり言ってかなり詰め込みすぎです。にもかかわらずあんまりそれがうっとおしく感じられなかったのは、ひとえにポップな美術背景とそのゴチャゴチャ感がマッチしてたからでしょうか。フランスの作家がメキシコ系アメリカ人を描き、日本人スタッフが映像化という多国籍な製作環境もいい感じのごった煮感に貢献しております。あと相当バカバカしい話でありながらリノやヴィンスの友を思う気持ちにはホロリとさせられました。

Mfk3自分がなんとなく気にいってしまったのは謎の生き物のウィリー。うるさいし小ずるいしブサイクなデザインなんですが、どうしてかかわいそうな目にあってるともらい泣きしそうになってしまいました。声を演じるは『花筐』での好演が印象的だった満島真之介氏。あちらではにおい立つような男の色気を放ちまくっておりましたが、こちらではすっぱだかの珍獣を違和感なく演じた上にEDではラップまで披露していて芸達者だなあ…と感服いたしました。

あんまり話題にもならずにどんどん公開も終わりつつあるようですが、気になった方はこちらの予告編をご覧ください。陰謀に巻き込まれた貧乏青年の映画と言えば先日『アンダー・ザ・シルバーレイク』というのも観ました。こちらについても近々書きます。


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December 07, 2018

ミッション・インテリジェンス シドニー・シビリア 『いつだってやめられる 闘う名誉教授たち』

半年ほど前好評を博したイタリアン・コメディの続編が早くも公開。前作は少々都会と時間差がありましたが、今回は時差なしで観られました。『いつだってやめられる 闘う名誉教授たち』、ご紹介いたします。前作の感想はこちら

麻薬組織の摘発の途中、ある人物のテロ計画に気づいてしまったピエトロたち。だが彼らは協力者の女警部に裏切られてまたしても刑務所に入れられてしまった(ここが前作のファーストシーンでもありました)。ピエトロは各地の刑務所に散らばってる仲間を集め、脱獄してテロを未然に防ぐ作戦を立てる。かくして不良教授たちの最後のミッション・インポッシブルが始まる。

先の記事にも書きましたが、これ実はシリーズの3作目にあたります。2作目『10人の危ない教授たち』はそれなりに全国公開されたので鑑賞できましたが、1作目『7人の危ない教授たち』は限定公開の上ソフトも未発売だったので結局いまにいたるまで観ておりません。今回どうも1作目で主人公たちとやりあったらしいキャラが重要なポジションで出てくるのですが、この度もなんとか想像で補いました。そしてなんとかなりました。

で、『闘う名誉教授たち』のひとつのウリは「脱獄モノ」であることですね。厳重にハイテクで警護された監獄から、目立つむさくるしい10人もの男どもがどうやって脱獄するのか。とても不可能に思えるこの命題を、頭脳とお笑いでなんとか実行していきます。IMFのようにスマートにかっこよくではなく、思ったようにうまくいかないながらも強引にずっこけながらクリアしていくところが面白かったです。
そんな素っ頓狂なメンバーは2作目の公式サイトでチェックすることができます。うむ、それぞれちょっとくどめで個性があり見分けやすい。

ここで意外だったのがピエトロのメタボな女房役アルベルトの堂々たる歌唱力。ラリッてる分析官としてのイメージしかありませんでしたが、中の人は歌手としてもそれなりのキャリアがあるようで。歌唱力がどうして脱獄に必要なのか?ということは本編を観てご確認ください。

今回はそういったドタバタの他に、イタリアの教育に対する政府への批判も込められています。なんかいま彼の国では大学や研究施設への予算がどんどん削られているみたいで。ピエトロが大学をお払い箱になったのもその影響ですし、さらに陰謀の首謀者がテロを企てた理由もそこに起因しております。この映画は本国で大ヒットしたようなので、そうした問題も改善されるとよいのですが…

以下は結末までネタバレしておりますのでご了承ください。

協力と奮闘の末になんとか目的を果たした教授たち。夕焼けをバックにさわやかにム所へと戻っていきますが、彼らかなりの確率で懲役は免れないものと思われます。事情があったにせよ、刑務所の壁ぶち壊して脱獄してるわけですからw まあメンタル面でしぶとそうな彼らのこと、これからもタフに愉快に生きていくのでしょうけど、せっかくあれだけがんばったのになんとも気の毒です。それとも女警部が力添えしてくれてなんとか赦免してもらえるのか。その辺のことは想像するしかありません。

あとこの映画に限らず最近の洋画の傾向として、「事件を無事解決しても元奥さん、元恋人とよりが戻るところまではいかない」というのがあると思います。険悪なムードではなくなるものの、これからは良い友達としてお互いの道を行きましょう、みたいな。以前は主人公のかっこよさにほれなおして元のさやにおさまる、というパターンがほとんどだったと思うのですが。まあこれに関しては今の流れの方が好みなんでべつにいいです。

『いつだってやめられる』3部作は12月の14日から20日まで全作がアンコール上映されるようで、近場の方はその間にコンプリートすることが可能になりました。地方の私はちょっと行けそうにないので年明け早々に出るというDVDか配信を待ちます。


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December 05, 2018

永遠なる女王様 ブライアン・シンガー/デクスター・フレッチャー 『ボヘミアン・ラプソディ』

Drm1主に1970年代から80年代にかけて活躍した伝説のバンド「クイーン」。そのクイーンの足跡をたどった映画が2018年の今日本でも大ヒットしております。本日はその『ボヘミアン・ラプソディ』についてダラダラと書きます。

1970年英国。空港で働く青年ファルーク(後のフレディ・マーキュリー)は音楽にのめりこみ、押しかけのようにしてブライアン・メイとロジャー・テイラーが組んでいたバンドに加わる。もう一人ジョン・ディーコンを加えたバンドは「クイーン」と名を改め、瞬く間にスター街道を驀進。世界各地でコンサートを重ね、さらに不朽の名作「ボヘミアン・ラプソディ」をリリースする。この世の栄華を極めたかに見えたクイーンだったが、フレディは人知れず孤独と己のアイデンティティに苦悩し続けていた。

わたしがクイーンの名前を知ったのは十代のころ、「レディオ・ガガ」じゃないですけどラジオの古めの曲を紹介する番組を聞くようになってから。「ジェット・ストリーム」とか「クロスオーバー・イレブン」とかそういうやつですね。その後フレディの死後、ロック好きの弟がはまって、隣でビデオを見ながら「なかなかいいじゃん」と思ったり、『クロマティ高校』での出演?にインパクトを覚えたり。そんな風に本当に上っ面のことしか知らないままこの年まで生きてきました。
ただクイーンの曲というのは本当にいまいろんなところ…CM、TV番組、映画で使用されているので、わたしたちの日常にすっかり浸透してしまった感があります。ここ数年の映画だけでも「ロック・ユー」(『ピクセル』)、「フラッシュのテーマ」(『テッド』)、「ボヘミアン・ラプソディ」(『スーサイド・スクワッド』予告)、「キャント・ストップ・ミー・ナウ」(『ハードコア』)、「アンダー・プレッシャー」(『SING』)、「レディオ・ガガ」(『T2 トレインスポッティング』)、「キラークイーン」(『アトミック・ブロンド』)、「ブライトン・ロック」(『ベイビードライバー』)とわたしが知ってるだけでもこんだけ使われおり、「さすがにクイーンかけすぎじゃね!?」状態でありました。そして真打とばかりに彼ら自身の物語を描いたこの作品が公開されました。

前半の山場はやはりタイトルである名曲「ボヘミアン・ラプソディ」が作られていくくだり。この曲についてもちょくちょく耳にはするものの、歌詞の内容については今回初めて知りました。二転三転する曲調とシュールな言葉で聴く者を翻弄しますが、これ自体ひとつの物語であり、人を殺してしまった少年が裁きの場へと向かうお話を曲にしたものであります。「ボヘミアン」というのはかつてジプシーと呼ばれたロマのことであり、漂泊の民のことであります。フレディは自分のことを世間から迫害された、どこにも居場所がないそんな存在のように考えていたのでしょうか。あれだけの成功をおさめても彼がそんな風に感じていたとしたなら、本当に世の中どうやっても幸せになれないのでは…なんて思えてきます。
でもまあ、彼の真の居場所というのはやっぱり「クイーン」であり、観衆が前に立つステージであったわけで。それをフレディが心から実感するまでのお話ということもできます。「人間3人いれば派閥が出来る。バンドはだから必ずもめる」とは中島らも氏のお言葉です。クイーンも色々もめはしましましたが、とことんまでこじれなかったのは、やっぱり彼らがバンドである以前に「家族」だったからなんでしょうね。

フレディを演じるのはエジプト系のラミ・マレック。これまで最もメジャーな役は『ナイトミュージアム』3部作のファラオでしょうか。こういってはなんですが、そんな大スターとは程遠い彼がカリスマのフレディになるのは相当なプレッシャーがあったかと思います。しかしそれこそフレディが乗り移ったかのような熱演ぶりで高い評価を得ております。

大概ネタバレですが、自分が最も鼻水を垂れ流したのはフレディが病院でやはり先の長くなさそうな少年の「エオ」に応えるシーンと、長年険悪だったお父さんに迎えられ、彼の口癖だった「善き行い」を果たしに行くシーン。後者はアメコミ者としてはちょっと違いますが、『スパイダーマン』の「大いなる力には大いなる責任が伴う」というあれを思い出したりしました。

Srzksu5f_400x400『ボヘミアン・ラプソディ』は現在3週連続で前週の収益を上回るという驚きのヒットを記録しております。正直今の日本でクイーンの映画が売れるわけなかろう…とか公開前は思っておりました。ごめんなさあいごめんなさいごめんなさい。おそらくこれまで彼らのことを知らなかった若い人々も、その力強いメロディでひきつけているのでしょう。かつて酔いしれた世代はなおさらのこと。恐るべしクイーンであります。


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December 04, 2018

この怒り、どうすレバいいノンか ジアド・ドゥエイリ 『判決、ふたつの希望』

荒唐無稽な映画の記事が続いてましたが、今回はぐっと落ち着いた社会派作品の紹介を。第90回アカデミー賞外国語映画部門にノミネートされた『判決、ふたつの希望』について書きます。

現代レバノン。右翼的な政治集団に所属している自動車修理工のトニーは、自宅近くで工事を監督していたパレスチナ人のヤーセルが気に入らず、仕事を妨害したうえ侮辱的な言葉を浴びせる。かっとなったヤーセルはトニーにケガを負わせてしまい、二人の諍いは裁判へと発展する。だがトニーについた弁護士が彼を政治的に利用しようとしたために、その論戦は国中が注目するものとなってしまう。

レバノンというとまれに伝え聞く情報や、映画『レバノン』(まんま)『戦場でワルツを』などから内戦で大変だったんだなあ…というイメージがあります。ただ調べたところによるといまはおおむね落ち着いているようで、作品の中にうつる街並みもなかなか風情があって、ちょっと行ってみたい気分になるくらいでした。ただ以前の悲惨な時代の記憶は人々の胸にまだ十分刻まれていて、時折社会に軋轢を生じさせたりするようです。

我々観客から見ると、最初はやはりヤーセルの方の肩を持ちたくなってしまうところ。彼はただ真面目に仕事をしてるだけなのに、トニーの方は明らかに悪意があります。自分も建築関係の仕事なもので、現場の近くにこんなひとがいやだな、とか思いながら観てました(笑)。そしてヤーセルに対して叩きつける暴言がまたひどい。つい殴られても当然だ、なんて感じてしまいます。
けれど裁判の流れの中で彼の過去が明らかになるにつれ、次第にトニーがなぜそんな男になったのかがおぼろげにわかってきます。もちろんどんな生い立ちだろうと他の誰かを傷つけていい理由にはならないわけですが、諍いを解決するにはまず相手の背景を理解することが必要なのでしょう。それを怠るとこちらを攻撃してくる人々はみな悪鬼のように思えてきますし、問題はますます深刻になっていきます。お互いが集団の一員である場合はそれこそ流血沙汰にまで発展しかねません。

ただそんな憎たらしい相手でも、心情を推し量ること、ちょっとした親切を示すことでわだかまりが解きほぐれることもあります。現実にはそう簡単ではないかもしれないけれど、誰にだってできることなのでは。少なくともこの映画の監督はそうした希望を捨てていないようです。わが国はこんな風に難民ががっつり混在してる環境ではないですけど、ほかの国や民族に対するヘイトは頻繁に耳にするので、決して他人事ではありません。

いたずらに観客の感情をあおりたてずに、熱くなる周囲とは反対に二人の心がゆっくりと穏やかになっていく過程が心地よい作品でした。これがハリウッド映画かメジャー邦画だったら最後は二人抱き合っておいおい泣くとこまでいくと思うのですが、その辺も実につつましやかだったのもよかった。レバノンの人々はシャイな人が多いのかもしれません。

『判決、ふたつの希望』は日本では当初4館でのスタートでしたが、評判を呼んで50館に増えたというのが嬉しいですね。さすがに概ね公開終了したようですが、まだ少々残ってるところもあります。詳しくは公式の劇場一覧をごらんください。

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December 03, 2018

続・宇宙清掃 リアル・オドネル 『スカイライン 奪還』

2011年、「低予算でこんだけがんばった!」という感じの『スカイライン 征服』という映画がありました。感想はこちらに書きましたが、とにかく脳みそにこだわっていたことと「俺たちの戦いはこれからだ!」的な投げやりENDが特に印象に残っていました。で、少年ジャンプではそういう結末の作品は大抵それっきりだったりしますが、こちらは驚くべきことに7年の歳月を経て帰ってこられました。『スカイライン 奪還』、ご紹介します。

休職中の刑事マークは、やんちゃでつかまった息子を署に引き取りに行った帰り、大大的な宇宙人の来襲に遭遇する。人々をまるでバキュームカーのように片っ端から吸い上げていく宇宙船。マーク親子は居合わせた人々と懸命に逃れようと死力を尽くすが、ついには全員異星の母船に吸引されてしまう。果たして彼らに生還の道はあるのか。

前作は1千万$で作られたゆえか(それでも11億円)、前半はなかなか宇宙メカが登場しませんでした。が、今回は予算が二倍に増えたおかげですぐにSFガジェットがバンバンと登場してきます。ただまあかっこいいというよりかは、悪の組織が作った的なダサさが漂うところがご愛嬌です。なんせ掃除機のノズルが装備されてますからね。『ロボコン』にそんなやつがいたようないなかったような。
そして今回も脳みそへのこだわりは健在でした、。なぜエイリアンがそこまで脳にこだわるのか。我々がカニみそを珍味としてありがたがるようなものなのか。1作目を予習する暇がなかったのですっかり忘れていたのですが、あ~、なるほどね~、奴隷ロボットの生体コンピューターとして利用するんだっけ~と観ているうちに思い出しました。しかしSDカードかICチップならともかく、血液のぽたぽたしたたってるアレが部品として互換性が効くモノなのか…と思わずにはいられません。そこを無理やり可能にしてしまえるのが宇宙人の超科学なのかもしれませんが。

そういった強引な点もありますが、ボンクラ男子の好きなあれやこれやをぎゅうぎゅうに詰め込んでくれているので、「細けえこたいンだよ」という気分になってくるからオタクはちょろいです。「奪還」のサブタイが示すように今回は人類もけっこう反撃してるのですけど、はるかに文明の進んだ相手にどうやって立ち向かうのかというと、ブービートラップだったり格闘技だったり、敵の武器を利用したりムニャムニャが味方してくれたりと、あの手この手で宇宙人バトルを披露してくれました。相手がエイリアンやプレデターだったらシラットで戦うのは死にいくようなものですが、こちらの宇宙人さんは1名を除いて大体モブっぽいのでホモ・サピエンスでも気合次第でなんとかなるのです。

さて、前作は思いっきり10週打ち切り的な幕切れだった『スカイライン』、今回はどうだったかというと… やはり大変このシリーズらしい結末でした(と言うと大体わかってしまいそうな…)。リアル・オドネル監督の次回作にご期待いたしましょう(笑)
そういえばやはり低予算SFものの『アイアン・スカイ』も2作目を作るとか言ってましたが、その後どうなってしまったのでしょうか。ま、気長に待つとしますか。

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November 28, 2018

シン・キングギドラ 静野孔文 瀬下寛之 『GODZILLA 星を喰う者』

はやいもので1年前始まったアニメゴジラ3部作も、先ごろめでたく完結編が公開されました。これがまたなんとも扱いに困る代物でして… ともかくその『GODZILLA 星を喰う者』をご紹介します。第1部『怪獣惑星』の記事はコチラ。第2部『決戦機動増殖都市』の記事はコチラ

あと一歩でゴジラを殲滅するところまでいったものの、部下のユウコを見捨てられずその機を逃してしまったハルオ。もはや万策尽きたかと思えた人類軍だったが、ハルオの盟友である異星人メトフィエスは、異次元から恐るべき存在を召喚して悲願を成就しようと企んでいた。

今回は大体ネタバレの観た人向けで…
前作は意外な形で(笑)メカゴジラをフィーチャーしたアニメ版ゴジラですが、完結編では満を持して最大のライバル「キングギドラ」を持ってきました(劇中では単に「ギドラ」)。普通の怪獣としては出てこないだろうな…とは予想しておりましたが、特異点(ブラックホール)から時空を超えてやってくるエネルギー体のような形での登場。時空の層が違うゆえか向こうは自由に攻撃できても、ゴジラの方は接触することさえかなわない恐るべき存在。「恐るべき」といえばその飽くなき食欲のゆえについには地球すら破壊してしまうという超弩級の破壊神でもあります。そんなゴジラ・アースをも上回るモンスターをどうやって撃退すればいいのか。退けられたとしてじゃあ残ったゴジラはどうすればいいのか… 頭の中を「無理ゲー」という言葉が縦横無尽に飛び交います。

それはともかく、なぜメトフィエスが自分たちまで滅ぼしてしまうようなそんな怪物を呼び寄せたのか、というのが本作品の重要なポイントのひとつです。早い話が人間も文明もいつかは終焉を迎えるのだから、どうせなら宇宙で最強の存在の犠牲になった方が華々しいじゃないか、ということでありました。キムタクならずとも「ちょ、まてよ」と言いたくなる思想ですが、人間なら誰でも一度は「どうせいつかは消滅してしまうんだから、自分の存在に意味なんてないのでは」と考えたことがあるのでは。当たり前すぎてそれこそ「中二」と言われてしまう論題かもしれませんが、これってやはり生涯かけて考え続けなきゃいけないことだと思うんですよね…

自分はこのシリーズを「3作かけてゴジラを倒す話」だと思い込んでいたのですが、そうじゃありませんでした。「3作かけてゴジラに対する敗北を受け入れる話」だったのです。家族を殺されて復讐にいきりたつハルオでしたが、文明を破壊することが地球の意思だとしたら? その「怒り」こそが種族や自然環境を滅ぼす原因だとしたら? 地球の意思を受け入れてゴジラと共存していくことこそが道理ではなかろうか…と問いかけられてるような結末でありました。

ただハルオはすんなりゴジラと和解…という風にはいきませんでした。怒りを捨て、子孫を残したところで彼の物語は完結したということなのでしょうか。機械と一体化することを拒み、宿敵を倒すことよりも地球を守ることを選んだ彼には、どこまでもしぶとく生きつつづけてほしかったのですが。この点に関しては果たしてあれで正しかったのか、観てから10日以上経った今もぐるぐると考え続けております。

真面目すぎたがゆえの欠点もありましたが、アニメ版ゴジラ三部作はかつてない怪獣映画であり、意欲作・実験作だったと思います。スタッフの皆さん、どうもお疲れ様でした。

アニゴジは終わりましたがゴジラ映画は来年5年ぶりのハリウッド作品が公開。さらに翌年にはキングコングとの対決も控えております。平成が終わってもまだまだその咆哮がやむことはないでしょう。ガオッ!!

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November 27, 2018

俺たちはガンダムじゃない ルーベン・フライシャー 『ヴェノム』

「マーベル史上最凶の悪」という触れ込みだったものの蓋をあけてみれば…? そんなわけで本日は現在ヒット中のアメコミ映画最新作『ヴェノム』を紹介します。

野心家のジャーナリスト、エディ・ブロックは大富豪にして科学者である(トニー・スタークみたい)カールトン・ドレイクのスキャンダルをつかもうとして失敗。職も恋人も失ってしまう。それからしばらく後。すっかり落ちぶれたエディはドレイクの下で働く研究者から、彼が非道な人体実験を繰り返しているという情報を得る。エディは迷った末にリベンジしようと研究所に忍びむが、そこには宇宙より飛来した寄生生命体「シンビオート」が保管されていて、アクシデントの末に彼はその内の一体に取りつかれてしまう。

「ヴェノム」が正式にアメリカン・コミックスに登場したのは1988年。元々はスパイダーマンに寄生していたコスチューム型エイリアンが、宿主から一方的に別れを告げられ、ピーター・パーカーに恨みを持つ新聞記者エディと合体して「ヴェノム」となったのでした。このキャラクターが面白いのは筋違いの復讐心に燃えるヴィランである一方、赤ん坊やホームレスといった弱者には滅法やさしいヒーローでもあるということ。凶悪でシンプルなデザインも手伝ってヴェノムは90年代のマーベルを牽引するほどの大大人気キャラになるのですが、その後徐々に失速。宿主をエディから何回か乗り換えてマーベル世界の片隅で細々と命を永らえておりました。

そんなヴェノムの映画を単体で、しかもMCUと関係なくスパイダーマン不在で作るという話を聞いた時にはいくらなんでも無理があるだろ…と思いました。言ってみれば鶏肉抜きの親子丼(子丼というべきか)のようなものです。アメコミ映画隆盛のこのご時世でも確実にこけると予想しておりました。実際公開前の批評は惨憺たるものでありましたし。

ところがどすこい、『ヴェノム』は公開されると北米で10月公開映画のオープニング記録を作り、それだけでなく中国・日本でも大ヒットを飛ばしております。本当に世の中何が売れるかわからないものですね… 予想を外した身でなんですが、自分なりに成功の要因を考えてみました。

アメコミ映画が乱立しているこの頃ですが、意外とこういうタイプのヒーローはスクリーンにいなかったような。どういうタイプかというとほとんどモンスターのようなやつということです。強いて言うならハルクが近いかもしれません。ただお世辞にもキュートとは言えないハル君に対してヴェノムはツルツルウネウネしててかわいげがありますし(そうか?)、軟体の性質を利用して色々器用な芸を披露してくれます。
あと日本にはこういう設定の伝奇もの多いですよね。人間とモンスターがバディを組んで怪物と戦うお話。『うしおととら』『寄生獣』『キルラキル』『仮面ライダー電王』『仮面ライダーオ―ズ』『ど根性ガエル』… そんなジャパニーズ・オタクの性癖にストライクだったのだと思います。
あと(トマトが)腐っても一応は「スパイダーマン関連映画だった」というのも大きいかと。

批評家ウケがよくないのもなんとなくわかります。特に深いテーマがあるわけでもないですし。ただオタクとしては観ていて本当に楽しい。自分がミギー…じゃなくてヴェノムに取りつかれちゃったらあんなことやこんなこともできちゃう!というのを十二分に体感させてくれます。MCUももちろん大好きですが、ややこしい設定もユニバースの関連も気にせず単純にはしゃげるこういうアメコミものは実に久しぶりです。
しかしいい加減アメコミ映画が飽和に達してる現状で、またしてもスクリーンで人気キャラを生み出してしまったマーベルの勢いにはほとほと恐ろしいものを感じます。

映画版のエディのキャラ造形もよかったです。自分のミスが元で落ちぶれてしまった記者…というところは原作も同じです.ただ逆ギレしてるコミック版と違い、トム・ハーディ演じるエディはそれなりに反省してるようですし、ピンチの時でもいちいち滑稽でどうにも憎めない男になっていました。これに決まったと聞いた時は「ハーディ、地雷に手を出してしまったか!」と心配になりましたが、結果的には世界規模の大当たりになったわけで、胸をなでおろしました。そういえばトムハさんは熱烈な愛犬家だそうですが、凶暴なヴェノムを苦労しながらも手なずけていく様子は猛犬をならしていくブリーダーのようでもありました(笑)

スパイダーマンをディズニーに取られてしまったソニー・ピクチャーズは、引き続き脇役のヴィランたちで映画を作っていくようで、とりあえずの次回作は吸血鬼の「モービウス」を主人公にしたものとなる模様。さすがに本当に今度の今度こそはずすんじゃないか…と思いますが、わたしの予想もよくはずれるからなあ~
あと来年3月には並行世界のスパイダーマンたちが一堂に会すアニメ映画『スパイダーバース』も公開。相乗効果でヒットするとよいですね。

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November 21, 2018

パパはなんでも知っているわけではない アニーシュ・チャガンティ  『search/サーチ』

本日はほぼ100分の間、ずっとパソコンの画面の中でお話が進行していくという奇抜な映画『search/サーチ』をご紹介します。

サラリーマンのデイビッドは妻に先立たれ、残された娘と二人支えあって暮らしていた。だがある日娘は学校に出かけたまま、突然連絡が取れなくなってしまう。失踪か誘拐か。警察に頼るだけでは安心できないデイビッドは、娘のPCやネットの中から手がかりを得ようと必死になるが…

最初この映画のアイデアを聞いたとき、「二時間ずっとPCのモニターを観てるなんて、仕事してるみたいでヤだ」と思いました。が、公開されてから数多くの絶賛評を目にして心変わり。最悪ただでオフィスワークしてきてもいいや、くらいの気持ちで観に行ってきました。幸いテンポがよかったのとエクセルもワードも出てこなかったので、仕事疲れを覚えることはありませんでした。というか、さすが褒められるだけあって、ミステリーとしてよくできてる。

ネットサーフィンをしてると本当に膨大な情報が視界に流れ込んできます。この作品はネットのそういう特性をいかして、我々を情報の渦で翻弄します。そして時にはわざとらしく、時にはさりげなく手がかりらしきものを画面に映し出します。そういうミスリードの仕方とか、憎たしいヒントの出し方がミステリーとして非常に上手でした。あと事態が目まぐるしく展開していくので客に考える時間をあまり与えてくれないところもうまい…というか、小ずるいと思いました。

そんな脳容量がオーバーしてしまいそうな状況において、デイビッドお父さんは時々パニックになりながらも、鋭く重要な情報を見つけ出しては少しずつ真相に近付いていきます。そこにいたるまでは何度か見当ちがいもあったり、娘のためだから必死にやってるということもありますけれど、その玄人はだしの推理力にはうならされます。まじめな話、リーマンなんかやめて探偵になった方がいいのでは…と思いました。

あとこの映画目をひくのは、アメリカ映画なのにメインキャストのほとんどが韓国系ということですね。予告時点では韓国映画かと思ったくらいです。非ハリウッドのインデペンデント系だからできたことかもしれませんが、先日アジア中心キャストの『クレイジー・リッチ』もヒットしてましたし、だんだんむこうの映画界ももっとアジアに目を向けようという風になってきているのかもしれません。
主人公のデイビッドパパを演じるのは『スタートレック』のヒカル役などでよく知られるジョン・チョー氏。映画では鬼気迫る怒りっぷり・嘆きっぷりでしたが、コメディにもよく出られてるそうです。

しかしあれですね。最近は単にPCいじってるだけで家から出なくてもいろんなことができちゃったり、わかっちゃったりするもんですね。そんな安楽椅子探偵というか、「座ってる人」気分も味わえる傑作でした。推理小説が好きな方につよくおすすめいたします。

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November 20, 2018

風の川で泣くしか テイラー・シェリダン 『ウィンド・リバー』

秋も深まり、ようやく近隣のシ○プラザサ○トムーンにも小規模公開作品がラインナップに戻ってきました。今日はそのうちの一本。社会派作品であり地味アクション映画でもある『ウィンド・リバー』をご紹介します。

ワイオミング州ウィンド・リバー居留地。コリー・ランバートは哀しい過去を抱えながら家畜を襲う野獣のハンターとして暮らしていた。ある日雪原でヤマネコを追っている途中、コリーはネイティブ・アメリカンの娘の亡骸を発見する。遺体の様子はその少女が何者かにより傷つけられ、走ってそこまで逃げてきたことを示していた。知人の娘だったこともあり、コリーはFBIの若き捜査官バナーに協力して犯人を捜す。

アメリカにおける黒人の差別問題はよくとりあげられますが、それに対してあまり日の当たらないのがかつて「インディアン」と呼ばれていたネイティブ・アメリカンの人たちの現状。本作品は冒頭で「事実に基づいている」と出てくるのですが、事実率は30%くらいだと思われます。ただここに描かれてる彼らの窮状はまぎれもない「現実」なのでしょう。
で、普通のアクション映画ならどこまでも悪い強大な権力者とかが登場するものですが、この映画では犯人の正体がかなりしょぼくさかったりします。同情の余地はまったくないのですが、その卑小さがさらに切なさを増幅してくれます。

そんなどうしようもなさの中、救いとなるのが美しい雪景色と、ジェレミー・レナー演じる主人公の人物造形。一見ぶっきらぼうですが、ひたむきな者にはどこまでも優しく、弱者を虐げる者は絶対に許さない。なぜ彼がネイティブの人たちに家族として迎え入れられてるのかはほとんど語られないんですが、たぶんその人柄・人徳でもって信用を得たのでしょう。彼とエリザベス・オルセン演じる女性捜査官とのほのかな交流もよかったですね。オルセンさんの方は恋だったと思いますが、コリーの方は女性というより自分の娘と重ね合わせてたんでは…と感じました。監督は『ボーダーライン』脚本のテイラー・シェリダン氏。そういやなんか雰囲気似てますわ…

この映画マーベル映画・ドラマの俳優が3人も出ているのですが、現実の悲劇はアメコミヒーローが解決してくれるわけではないということを痛感させてくれました。それは十分わかっているのですが、やっぱりアメコミ映画も大変に楽しみです。ジェレミーさんもオルセンさんも来年の『アベンジャーズ』期待しております。バーンサルさんも『パニッシャー』がんばってー

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