February 04, 2017

ロシアの森からこんにちは ユーリー・ノルシュテイン特集上映

Scan7あいかわらず1ヶ月おくれでの感想アップです… ロシアの伝説のアニメーション作家、ユーリー・ノルシュテイン。その特集上映が年末から行われていたので正月早々張り切って行ってきました。その紹介と雑感をば。

☆「25日・最初の日」(1968年)
ロシア革命の日を振り返った勇壮な絵アニメ。一言でいうなら共産主義のプロパガンダアニメなのですが、労働者側の描き方があまりにも迫力ありすぎてあまり正義の側には見えないような。現代人からのフィルターがかかった目から見ているせいでしょうか。

☆「ケルジェネツの戦い」(1971年)
AD988年にあったロシアとタタールの戦いを題材にした作品。バロック調の絵画を切り抜いたような絵柄が独特な印象を残します。クライマックスの激戦はさながら切り絵版『300』のような迫力があります。

☆「キツネとウサギ」(1973年)
前二作とはうってかわった子供向けの動物童話。ただ絵柄はなかなかにシュール。凶暴なキツネに家を追い出されたウサギくん。森の猛者たちは彼を助けようとするがことごとく敗退。誰もがキツネにはかなわないとあきらめたとき現れたのは…
後の「霧の中のハリネズミ」と同様、損得抜きの純粋な友情が胸をうちます。腐女子の皆さんが妄想をかきたてられそう。

☆「アオサギとツル」(1974年)
純情なアオサギと気位の高いツルの擦れ違いの恋模様。まあ最後はうまいとこおさまるところにおさまるんでしょう?と予想していたら笑えるサプライズ・エンディングが。例えて言うならつげ義春の「ねじ式」のような。
淡い色調と細い描線は日本の浮世絵を意識したとのこと。

☆「霧の中のハリネズミ」(1975年)
ノルシュテインの最高傑作との誉れ高い1本。友達の熊のもとへイチゴを届けようとしたハリネズミだが、道は霧が深くどんどん迷ってしまう。「迷う前と後でハリネズミの価値観が変わる」「我々が見ている世界は全体のごく一部でしかない」という深遠なテーマも含まれていますが、それはともかくハリネズミ君がほんと~~~~にかわいい。高畑勲激賞もなっとくの満足感です。

☆「話の話」(1979年)
へんてこな子犬を狂言回しに、脈絡もなくつむがれる幾つかのシュールな情景。ほかの作品はすべて10分ですが、これだけ30分弱です。
十代のころ深夜放送で一度見たのですがわけがわからず、今なら理解できるかな~と再挑戦したのですが、やっぱりちんぷんかんぷんでしたw ただ今回はそのわけわからなさを楽しむ余裕がありました。
解説を読むとどうもノルシュテインの幼少期の記憶や原風景をつなぎあわせたらこうなった…とのこと。そう考えるといろいろうなずけるところがあるような。

Scan6気に入った順は上からハリネズミ、キツネ&ウサギ、話の話…というところでしょうか。噂に名高い傑作を一挙に観られてようございました。
ノルシュテイン特集上映はひきつづき横浜、川崎などで細々と公開中。今回はデジタルリマスターを記念してのイベントだそうなので、近々DVDも出ると思います。


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January 27, 2017

第13回SGA屋漫画文化賞

え… もう13回目なの… 本当、バカみたい
例年なら年末に行う年間漫画ベスト記事ですが、死ぬほど忙しかったので一か月遅れのいまごろになっての発表です。誰も待ってやしないだろうけど…

では各部門の発表にうつります。

090310_130332☆少年漫画部門 井上敏樹・横山一 『仮面ライダークウガ』

現行の平成ライダーの玩具販促が露骨になっていく一方で、残酷性と「ヒーローとは」というテーマを前面に押し出した原点がコミックで復活しました。
最初こそぱっとしない印象でしたが、オリキャラの外道刑事の登場や第二作「アギト」の影がちらついたあたりからグングン面白くなってきました。今後の発展に大いに期待です。
ヒーローコミックでは『鉄のラインバレル』コンビによる『ゲッターロボ DEVOLUTION』も楽しみですが、まだまだ序盤の様子。

Ksks☆少女漫画部門 こうの史代 『この世界の片隅に』

実はこの漫画には何年か前に賞をあげてるんですが、映画化に伴ってひさしぶりに読んでみたらその素晴らしさを再認識というか、前はまだまだ味わい方が未熟だったことに気づきました。そういうわけで再受賞です。
まあここんとこ本当に少女漫画を読んでいないという理由もありますが…
あ、『海街diary』の新刊は相変わらずよかったです。完結まであと1,2巻でしょうかねえ。

Photo☆青年漫画部門 松原利光 『リクドウ』

週刊ヤングジャンプ連載のボクシング漫画。当初は『軍鶏』の影響かひたすらどすくらい人間模様が続いていましたが、最近はそういうものに頼らずともまっとうな少年の成長ストーリーとして、そしてなによりスポーツ漫画としてハラハラドキドキ読めるようになりました。
昨年も申しましたがここんとこ青年誌はヤンジャンが独走状態で『キングダム』『銀河英雄伝説』なども目が離せません。ほかの雑誌もがんばりましょう!

Photo_2☆中年漫画部門 杉作 『にゃん組長』

『クロゴウ』『猫なんてよんでもこない』の杉作先生が次に挑むネコ漫画は、裏社会で孤独を抱えて生きる暴力団組長と、ぐうぜん彼に拾われた我儘な子猫のハートフル・ストーリー…と書くと、なんか違う気がするな。実際は『ホワッツ・マイケル』の「ヤクザK」にかなり近い内容です。
オヤジ漫画誌は相変わらず漫画ゴラクが快調ですね。というか連載作品的に「中年ジャンプ」といっていいような気もします。男塾シリーズとか銀牙シリーズとか。

090906_184610☆ギャグ漫画・ウェブ漫画部門 田中圭一 『田中圭一のペンと箸』

下ネタを扱わせたら右に出る者はいない田中K一先生が、あえてその得意技を封印して、有名漫画家さんたちの素顔をご家族の証言から描き出すという意欲作。さきごろウェブでの連載がめでたく完結し、単行本化もなされました。いやあ、田中先生、こんな心温まる漫画も描けるんですね! やればできるじゃないですか!!
不幸なめぐり会わせで同時に連載されている吉沢やすみ先生のご息女による『ど根性ガエルの娘』も共に読むと、家庭やノンフィクションの奥の深さが垣間見えておすすめ…というか、胃が痛くなります。

20160611_200432☆翻訳部門 『デッドプール Vol.3 グッド・バッド・アンド・アグリー』『グレイソン』

今年は(も?)デッドプールさんの年でありましたが、読んだ中でとりわけ面白かったのが。個人誌の第3巻。70年代の絵柄をトレスしたハチャメチャな前半と暗く重い後半の落差が強いインパクトを残します
もう一作はナイトウィングのコスチュームを捨ててさらに地味になった初代ロビンの活躍を描いたシリーズ。ところがこれがなかなか面白い。特に巻末の一編は読者の推理力が試される意欲作です。

C1o1zgvucaeav7o☆アニメ部門 長井龍雪 『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』

昨年より続いているガンダムシリーズの最新作。ぶっちゃけここ数年で一番熱いロボットアニメです。
子供が搾取されてる社会で、それでも自分の足で生きようともがき、戦う少年たち。ブラジル映画の『シティ・オブ・ゴッド』をたぶんに意識しているものと思われます。
ほとんど世界を相手にしてしまっている鉄華団の行く末はいずこか。残りあと10話くらいなのに収拾のつく気配がまったくありません。

そしてトリです。

120107_202925☆大賞 望月三起也先生と『ワイルド7』シリーズ

2016年惜しくも亡くなられた望月先生。その遺作は先生の代表作サーガの最新作『ワイルド7R2』でした。思えば学生時代、入手しづらかった第1シリーズの単行本を探して古書街を歩き回ったこともあったなあ…
巨匠がこの世を去っても、彼が生み出した伝説のヒーロー・飛葉大陸は新たな書き手によってこれからも生き続けると信じたいところです。

いやあ、最近本当に漫画を読む量が減りました。オタクとしてこれはいかんですねえ。今年は忙しい合間を縫っても面白い漫画をバリバリ読んでいきたいです。


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November 26, 2016

呉の花嫁 こうの史代・片渕須直 『この世界の片隅に』

Ksks2016年も残すところあとわずか。そんな大詰めに来て年間ベスト1,2を争うド傑作と巡り合ってしまいました。こうの史代原作によるコミックをアニメ映画化した『この世界の片隅に』、ご紹介します。

昭和初期。広島市に住む「ぼーっとした」少女すずはやがて成長し、呉の青年周作に見初められてその地へ嫁ぐ。慣れない土地でしかしすずは持ち前のおおらかさと周作の愛情により、次第にその家と呉になじんでいく。だが戦局が悪化するにつれ食糧事情はひっ迫。さらに絶え間ない空襲によりすずと家族の神経は次第に疲弊していく。彼女はそんな時代にあっても、なお明るさを失わずにいられるか…

こうの作品に出会ったのはかれこれ10年以上前に出会った『夕凪の街 桜の国』。その叙情性とメッセージ性、構成に感動し、5年後くらいにやはり戦時中を舞台にした本作品にも手をのばしまた。その時もいたく感動しお気に入りの作品になったのですが、「アニメ化進行中」というニュースを聞いても「大丈夫なんかなー」という印象しかなく。それが昨年ユーロスペースで予告編を見たらその見事でさわやかな映像にすっかり心を奪われてしまい、「よっしゃ観るぞおおお!!」という気持ちにさせられたのでした。

この作品が映画になるにはふたつの苦しい戦いを経る必要がありました。ひとつは大口の出資者が見つからずクラウドファンディングという方法で製作費を募らねばならなかったこと。一時など監督のご家族の食費は1日100円という状況にまで落ち込んだそうです。そんな厳しい食生活が偶然にもすずさんちのそれとシンクロしておりました。
もうひとつの戦いは独立問題で芸能界界からほされている元・能年玲奈ののんさんを主演に起用したこと。なんでまたそんなわけありそうな子を…と思ったのですが、「この役をやりたい」というのんさんの情熱とそのあまりのはまりっぷりに監督も感激してすず役を任せたそうです。実際聞いていて海女のアキちゃんの顔が全く浮かばないほど役に同化されておりました。ただそのためにTV関係では全く宣伝してもらえず、どれほどの人に観てもらえるか暗雲がたちこめているような状況になっておりました。
ところが公開されるやいなやSNSの口コミ効果か、公開館60数館にも関わらず週末の興行ランキング10位を獲得。2週目には1週目の売り上げを上回ったというから驚きです。中心館となっているテアトル新宿では連日の満席を記録。そして上映館の数は日を追うごとに増えていっています。
数々の逆境をはねのけてこれだけの成果を収めていることはまことに痛快ですが、それはやはりこの作品の底力があったればこそでして。こうの先生の原作、片淵監督の表現力、そしてのんさん初めとするキャストたちの奇跡的なめぐり会い、これだけの傑出した要素がそろっていて人の心を打たなかったら、もうそれは世の中おしまいってなもんです。

映画が優れている点はやはり色と音がついていること。「楠公飯」にしても「進駐軍の残飯雑炊」にして色がついたことでまるで匂いがこちらに漂ってくるかのような存在感がありました。すずが初めて経験する空襲の時のカラフルな爆発や、水原に描いてあげた兎の跳ねる海の絵も目と脳にさわやかなインパクトを残していきます。ミリタリーマニアであるという監督の飛行機や爆発のサウンドもまるで我々がその場にいるかのような臨場感を醸し出しております。

一方原作には原作ならではの良いところもあります。本編に挿入されるオマケ漫画や、すずたちの日々の暮らしを描いた数ページなどは「漫画にはこういう表現・演出もあったんだ」と思わせるほど自由奔放で楽しい。
そして映画化で大幅に削られたリンさんに関するあれやこれや。映画は映画でマッシュアップするためにこれらのエピソードを削らざるを得なかったのでしょうが、わたしにとってすずさんとリンさんの交流は『この世界の片隅に』おけるとてもひかれた部分だったのでそれらもぜひ見たかったです(エンドロールなどで少し補完されてはいましたが)。

まあ要するに何が言いたいかというと、漫画もアニメもどちらもいいということです。お互いがお互いのいいところを引き立て、補い合ってるような素敵な関係。漫画原作映画は数あれどこれほどに素敵な「結婚」はそうないでしょう。

以下、後半ネタバレしてるのでご了承ください。

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前半のずっとほほんとしてたすずさんも中盤をすぎるとある悲劇を境に激しい悔恨に苦しめられることになります。この作品は状況設定がいわゆる「朝ドラ」のパターンに似ているところもありますが、ここが決定的に違うところかもしれません。すなわち肉体的にも精神的にも人が引きちぎられていくショックをまざまざと見せつけているという点です。前半は皆で楽しそうに笑っている場面ばかりなので、なおさらそれが胸にこたえます。
さらに追い打ちをかけるようにすずは妹から「広島に帰ってこない?」とすすめます。広島がこのあとどうなるか知っている我々とすれば「そこだけには行ってはいかん!」と青筋を立てながらすずさんに叫びたくなります。
あるいはそこですずさんが広島に戻り、原爆のせいでこの世を去ったなら戦争の悲惨さはより一層効果的に伝わったことでしょう。でもこうの先生も、もちろん片淵先生もそうはされなかった。それはおそらくこの作品が「戦争の悲劇性」だけを主眼としたものではなかったから。そのことに本当に「ありがとう」と言いたいです。

あともう一点書いておきたいのがすずさんや周作だけでなく、その周りの人々が誰もかれも本当にいとおしいということ。先にも述べたリンさん、周作の姉の圭子とその娘の晴美ちゃん、すずの幼馴染の水原、最後にすずがめぐり会う広島の少女。もうおっさんで涙腺がバカになっているということもありますが、彼ら彼女らのことを思い出すだけで鼻水がダラダラ垂れてきてしまうのはなぜでしょう。本当に悲しいけれど優しくて一生懸命な「この世界」の人々が大好きです。

こんだけウダウダ書いたあとになんですが、こんな駄文読む必要はないです。ただ映画『この世界の片隅に』を観に行ってほしい。たとえ合わなかったとしても、とりあえず映画館で鑑賞してほしい。こんな風にお願いすることは自分で言うのもアレですけど、数年に一回あるかないかなので。わたしの本気度がわかっていただけたでしょうか。

Sga1いつも以上にとっちらかったよくわかんないレビューとなってしまいました。好きなものを効果的に語るのって本当にむずかしい。『この世界の片隅に』は現在のところこちらの映画館で公開中・公開予定。今年突発的に生じた日本映画ルネサンスはここに至って頂点を迎えたといっても過言ではありません。その「事件」をぜひご自分の目で確認していただきたいです、


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November 04, 2016

ナニワ陰陽道 奥浩哉・さとうけいいち 『GANTZ:0』

Gantz012004年アニメ化、2011年実写映画化、そして2013年堂々連載完結した『GANTZ』。
このまま勢いも収束していくかに思われましたが、ここに来て突然の新作CGアニメが公開となりました。『GANTZ:0(オー)』ご紹介します。

死んだ者を生き返らせ、ゲームのコマのように得体のしれない怪物と戦わせる謎の球体GANTZ(ガンツ)。通り魔の犯行を防ごうとして命を落とした高校生・加藤勝もまたGANTZに召喚され、第二の生を得た。わけがわからぬまま、彼はこれまでゲームに参加してきた者たちとともに、そのステージである大阪の地へと転送される。だがその地で遭遇する怪物たちは、先の参加者たちでさえ怖気をふるうほど圧倒的に強大な存在であった。たった一人の身寄りである弟のもとへ帰るため、加藤はその不条理で絶望的な戦いに身を投じる。

というわけで今回映像化されたのはシリーズでもやや中盤を過ぎた「大阪編」。ここでは本来の主人公である玄野計が死亡しているため、副主人公的な存在である加藤君がお話を引っ張っていきます。ちなみに最初ひねくれていた(だんだんいいやつになっていくんですが)「ごく普通の高校生」玄野に比べると、加藤君は他人のために命を張るのをいとわない、まさに正義の味方のような青年です。

だいぶ前に書いた原作漫画の紹介記事でも触れましたが、『GANTZ』の魅力というのは「死がすぐそばまで来ていて、それを鼻先で交わしていく恐怖感、緊張感、高揚感、爽快感」「不条理極まりなくてユーモラスなんだけど、過剰なまでに残酷だったりするヴィジュアル」にあると思っています。「大阪編」はそうした『GANTZ』の持ち味がピークに達したエピソードと言っても過言ではありません。今回の敵はぬらりひょん、天狗、ダイダラボッチといった日本古来の妖怪たち。ぱっと見クスッと笑ってしまうような外見です。でもこいつらがものすごく強い上に残酷度も半端ない。何度もゲームをクリアしてきた猛者たちですらあしらわれてしまうほどに。原作を読んでいた時、自分は何度も何度も「いや、こんな文字通りのバケモノたちを倒せるわけないだろ…」と震撼いたしました。この度の劇場版は先に原作を読んでいたのでなんというか再確認みたいな鑑賞になってしまったのですが、初めてこのエピソードを見る人はもっともっとこの絶望感とカタルシスを味わえるんだろうな…と少しうらやましく思いました。

あと前の実写版(特に第1部)もがんばっていましたが、『GANTZ』に登場する装備や怪物を最も迫力豊かに描けるのは、やはりこのCGアニメという手法かもしれません。特にこの大阪編に登場する巨大ロボのインパクトと存在感は、紙上に描かれた絵をはるかに上回っておりました。はっきり言うと『パシフィック・リム』みたいでした。「大阪編」はパシリムより前に描かれているので「真似した」ということはないと思うのですが、映画版では動きや構図の点でもいかにもパシリムを意識したシーンが幾つかあって嬉しくなっちゃいましたね。残念なのは(これは原作にも言えることですが)この巨大ロボットの出番があまり多くはないこと。これを最初から最後まで大暴れさせてくれたらもっとよかったのに… まあその辺は次回作に期待するとしますか。ていうか次回作あるのかしらん(^_^;

少し残念だった点。未映像化だった「大阪編」をやると聞いたので、「もしかしたら実写版の続きなのかも?」と淡い期待を勝手に抱いたのですが、そちらとは関係ない完全リブートというかパラレルワールドのような仕様になっていたこと。実写版の結末はあまりに玄野君が気の毒でわたしはまだ納得がいってないんですよ! でももうさすがにあちらのその後が語られることはないんだろうなあ~ もう自分の脳内で独自に妄想を繰り広げるしかないんだろうなあ~ つか、今回も玄野くんえらい損な役回りでしたね… 続編が作られないとこのまま死にっぱなしなんですが。

45697048あまり「大ヒット!」とはいかなかったのでさらに映画が作られるかは微妙ですが、やるならばおそらく後半の山場である「カタストロフィ編」妥当なところでしょうか。あるいはもう原作は無視してオリジナルのエピソードを作ってしまうか。どちらでもいいのでこのCGアニメの新たなる可能性を探求し続けていってほしいものです。

『GANTZ:0』は現在全国の映画館で公開中。あと奥浩哉先生の漫画で『GANTZ』と同じ路線の『いぬやしき』がそろそろクライマックスに突入している感じです。興味を持たれた方はこちらもどうぞ。


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October 31, 2016

舞浜の空、再び 下田正美 『ゼーガペインADP』

20161017_134546皆さんは『ゼーガペイン』というアニメをご存知でしょうか。『ガンダム』で知られるサンライズが10年ほど前に作った硬派なSF作品で、一部のファンには大変高い評価を得たものの、世間一般に大ブレイクというほどにはいかず、以後ひっそりと「よかったよね…」と語られ続けておりました。わたしも放映時こんな記事を書いたりしてました。その『ゼーガペイン』が放映10周年を記念して、限定ながら特別編が劇場公開されることになりました(もう終了しましたが…)。『ゼーガペインADP』、ご紹介します。

舞浜南高校に通うソゴル・キョウは快活な男子生徒。自分以外部員がいない水泳部をなんとか存続させようと日々奮闘していた。そんな風に学校生活を謳歌しながらも、キョウは知っていた。その世界が巨大なコンピューターの中の仮想世界だということを。人類はすでにほろび、自分たちはサーバーに蓄えられた電子情報にすぎないということを。そしてこの世界は4か月に一度リセットされ、無限に同じ時間をループしなければならないということを…

企画のニュースを聞いたとき、てっきり旧作の映像を再編集した特別編になるのかと思いましたが、嬉しいことに流用もあるもののほぼ新作映画と言っていい内容になっていました。TVシリーズではオリジナルの「ソゴル・キョウ」が大破し、復元体が目覚めてからが物語のスタートとなっていました。対して『ADP』ではオリジナルのキョウがどんな日々を、戦いを続けていたのかが描かれます。早い話が前日談ですね。

先の記事でも書きましたが、『ゼーガペイン』は要するに『マトリックス』です。ただあちらでは辛うじて肉体が存在していましたが、『ゼーガペイン』ではそれすらなく、人間はプログラムとホログラムの融合体と化しています(それを「人間」と呼べるならばの話ですが)。キョウたちは肉体を取り戻すべく、人類を滅ぼした元凶に対して絶望的な戦いを挑むことになります。
この度再びその世界に触れて一層強く感じたのは、その「喪失感」。容量に限界があるため、舞浜サーバーは定期的に4か月前に時間が巻き戻されることになります。まるで短いスパンのRPGを何度も何度も繰り返しプレイするように。せっかくがんばって成し遂げた友達との仲直りも、大切な思い出もすべて「なかったこと」になってしまう。さらに状況が切迫するにつれ、周りにいた大切な人も少しずつ消滅していく。持ち前の明るさでれらを偲んでいたキョウの精神も、だんだんと疲労と虚無感にむしばまれていきます。それでも誰にもその悲しみをぶつけずに、黙々と戦い続けるソゴル君。劇中のセリフにもありましたが、「なんでもかんでも自分一人で抱え込んでしまう」ところが彼のいいところであり、悲しいところでもあり。十年経ってそんな変わることないソゴル君に再び会えて、おじさんは暗闇の中ハラハラと涙を流しておりました。

気になった点も幾つかあります。まず場面転換が非常にチャカチャカしていてめまぐるしい(もう1時間あれば…)。TVシリーズよりも前の時系列にも関わらず、世界観の説明がわかりにくく一見さんにはちょっときついかと思われます。あとこの作品のテーマが際立てば際立つほど、人型ロボット「ゼーガペイン」の存在意義がどんどん薄くなっていきます。別に人型でなくても、巨大なマニピュレーターでも戦闘機でも十分成立する話なんですよね(まあそれは大半のリアルロボットアニメに言えることですが)。
それでもやっぱりわたしはこの儚げな世界でつづられる喪失の物語が好きで好きで好きでたまりません。しつこいようですが今回またキョウやシズノやカミナギ、シマやルーシェンやクラゲやオミズやトミガイ君や水泳部の面々や「舞浜」の懐かしい風景に出会えて本当にうれしかったです。

Zgp1『ゼーガペインADP』は11月にDVDが発売予定。大概ネタバレしといてなんですが、やっぱりこの特別編はTVシリーズの後に観た方がより感慨深いかも。そんなわけで少しでも興味を持たれた方はバンダイチャンネルやfuluなどで全26話鑑賞されてください。だまされたと思って…


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September 29, 2016

紅の亀 マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット 『レッドタートル ある島の物語』

Rtasm2「亀の名は。」というタイトルも考えました… 「もう新作は作らない」 業界を震撼させたジブリ・ショックから約2年。待望の新作が公開となりました。あれ??? というわけで現在公開中の『レッドタートル ある島の物語』、ご紹介します。

船が難破したのか、過酷な漂流の末に小さな島に流れ着いた一人の男。男はイカダを作って島から脱出しようと試みるが、どういうわけか決まって沖合に出たところで水中から突き上げるような衝撃が起き、イカダを壊されてしまう。何度目かの失敗の後海に落ちた男は海中で大きな紅色の亀と出会う。男は船を壊したのはこの亀だと思い込み、陸に上がったところを襲いかかるのだが…

「スタジオジブリ製作」とはなっていますが、以前とはだいぶ趣が異なっております。まずタッチがいつもの「ジブリ絵」とかなり違う。どうも海外のクリエイターにお金だけ出して作らせたもののようです。
もう一点異彩を放っているのは「セリフがほとんどない」ということ。正確に言うと「へーい!」と「うおーーー!!」だけです。こういうアニメ近年では『ミニスキュル劇場版』と『ひつじのショーン劇場版』がありましたが、これらの主人公は虫か動物かでしたからね。言葉をしゃべらないのは当たり前です。しかし『レッドタートル』の主人公はれっきとしたホモ・サピエンス。いくら無人島とはいえ愚痴や泣き言くらい言いそうなものですが。実際『キャストアウェイ』のトム・ハンクスなんてバレーボール相手にブツブツブツブツ話してましたし。実はちょっとネタバレになりますが、途中から登場「人物」が男のほかに追加されたりします。それでもセリフを言わせない製作スタッフ。まあ、多少の不自然さはありましたが、会話がなくても十分わかるし成立するお話なんですよね。その極限まで言葉を排除した作風は、まるで詩のよう…というか、詩そのものであります。

そんな静かそうな映画、ものすごく寝そう…と思ったあなた、安心してください。20分に1回くらいの割合でけっこう予想の斜め上をいく展開があるので度肝を抜かれます。ここんとこ割とセオリーに沿った娯楽映画ばかり観ていた身としては、この物語の独創性にはただただ感嘆するばかりでありました。
以下、さらにネタバレしていきますので未鑑賞の方はご了承ください。

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ストーリーはごくごくシンプルですが、観る人によって受け取るものはだいぶ異なることでしょう。自分を縛り付けるものをうとましく思っていたけれど、実はそれこそが自分に幸せをもたらすものであった…という話かもしれません。
あるいは意地悪な見方をすれば、孤独のあまり頭がおかしくなった男が、仲良くなった亀を美女と思い込んでしまった話のようにもとれます。まあそれはそれでやっぱり幸福なような気もしますけれど(^_^;

面白いのはこの映画のヒロインが亀だということですね。いわゆる異類婚姻譚でも鳥、哺乳類、蛇、妖怪、ちょっと変わったところでは先日の『ソング・オブ・ザ・シー』のアザラシなどは聞いたことがありますが、「亀」というのは初めて観ました。ほら… 亀っていうと頭がほら… いえ、なんでもありません。ただウミガメというのは涙を流しながら卵を産むという泣ける話があるじゃないですか。あと動きが遅いせいか穏やかで包容力のありそうなイメージがありますよね。そんなところから監督は亀に豊かな母性を見出したのかもしれません。
Rtasm1ちなみに鈴木敏夫プロデューサーによると「海外との共同制作は特例。次は考えてない」とのこと。なんでだよ! やれよ!! と思いましたが、全国でのあまりの不入りぶりを聞くとこの路線はまちがいなく赤字を増やすだけでしょう。赤亀だけに。たしかに広く一般受けするようなアニメではありません。でも末永く伝説として語り継がれる作品になることもまちがいありません。だからもう少し多くの人に観てほしい…

というわけで気になった方ははやく劇場に観に行ってください。来週まではたぶんまだやってると思うのですがそれすらも危うい状況です。公式HPには「大ヒット上映中!」とありますがウソはいかんウソは!! わたしの中じゃ超絶大ヒット中ですがね!!


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September 12, 2016

犬と猫と鳥と兎とその他諸々の生活 クリス・ルノー&ヤーロー・チーニー 『ペット』

081106_131707夏休み中もっともヒットした邦画といえばご存知『シン・ゴジラ』ですが、洋画はといえばこちらになるのかな… ユニバーサル傘下のCGアニメの雄、イルミネーション・スタジオが送る最新作『ペット』、ご紹介します。

大都会NYで暮らす小型犬マックスは、大好きな飼い主のケイティと日々幸せな毎日を送っていた。だがある日その幸せは突然終わりを迎える。ケイティが保健所からもう一匹新しい犬を引き取ってきたのだ。態度が大きくぬけめない新入りのデュークに、マックスは苛立ちを募らせる。そして二匹の争いは散歩の途中ピークに達し、激しくやりあっているうちにリードが外れ見知らぬところへ迷い込んでしまう。果たしてマックスとデュークは無事ケイティのもとへ帰れるのだろうか。

これまでミニオンとかロラックスおじさんとか謎の物体をメインに作品を作ってきたイルミネーション・スタジオ。しかし今回はぐっと現実的にわたしたちの身近にいる動物を題材にしてきやがりました。ただ身近な動物といってもそこはイルミネーションさんなのでまっとうに描かれるはずもなく、ミニオンも顔負けのヘンテコ軍団として大活躍します。中心となっているのはマックスとデュークのコンビなんですが、彼らをめぐってマックスのアパートのペットチームと、ペットを目の敵にするNYのレジスタンス動物たちが激しいチェイスやバトルをえんえんと繰り広げるという構図になっております。

そんなドタバタの中にさりげなくこめられているのは、「他者を受け入れる」というテーマ。はじめは角突き合わせていたマックスとデュークも、旅の途中助け合っているうちに次第にお互いを仲間と見るようになっていきます。人間とペットたちを敵視していたギャングのボスのウサギ(この辺の設定が爆笑もんですが)も、敵意を捨てることにより真の幸せを得ることになります。そしてこの点で最も懐が広いのは、二匹の飼い主のケイティ。出番は決して多くはないんですが、行き場のなかった二匹を迷わずひきとり、部屋をちらかされても苦笑するだけで怒ったりしない。この世の中には…まだこんな聖母のような女性が存在するのでしょうか? きっとこの子はいいお母さんになると思います。
どちらかといえばテーマよりもバカバカしさに重きを置いているイルミネーションさんですが、この「自分の容量を広くしよう」というメッセージは一貫して訴えてきたことかもしれませんね。「女も子供も嫌いだ!」と言っていたグルーさんはその苦手意識を克服して幸福な家庭を得ましたし、『ロラックスおじさん』はある意味壮大な「許し」の話でありましたし。『イースターラビットのキャンディ工場』はすいません。観てません。

ただそんな暖かなメッセージもスノーボールのあまりのインパクトに伝わりにくくなってるかな、という気はします。このウサギ、見かけはかわいいのに凶暴で狡猾で過激で衝動的で… かと思えば突然ころっといいやつにもなったりして。正直主役を食うほどのキャラ立ちぶりでありました(^_^; 本当、このとんでもねえウサギのためだけにも『ペット』は観る価値があると思います。

A0a5922a189cb9b3656b7b4ca476004a800『ペット』はさすがに息切れしてきましたがまだまだ全国の映画館で大ヒット公開中。正直「こんなノンシリーズで普通の動物が主人公のアニメなんて売れんだろ」とおもってました。ごめんなさい。これがイルミネーション・スタジオの力なのか… 『シン・ゴジラ』もそうでしたが、ますます勘があたらなくなっている今日この頃です。


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September 08, 2016

忘れても好きな人 新海誠 『君の名は。』

Yn1宮崎駿なきあと(まだ生きてる)、日本のアニメ映画を(売上的に)制するのは細田守氏かと思われましたが、ここにきてぐぐっと急成長を遂げた勢力があります。本日はその新海誠監督の最新作『君の名は。』をご紹介します。

都心に暮らす少年・瀧と、山間の町で生活している少女・三葉。ある朝二人は突然お互いの体と心が入れ替わっていることに気が付く。幸いそれは一度眠りにつくと元に戻る現象ではあったが、「入れ替わり」はその後も定期的に起きた。慣れない肉体と見知らぬ環境、そして自分の体で好き勝手動き回るどこかの誰かに、二人は苛立ちをつのらせる。しかしいつしか瀧と三葉は相手の住む場所や交友に愛着を覚えていくのだった。そして遠い場所に住む「入れ替わり」の相手にも…

新海監督の映画でまず目を惹くのは、そのまばゆいばかりに光に満ちた背景。「キラキラ」でも「ギラギラ」でもなく、過剰でありながらしつこくはない。なかなか言葉では説明しづらいですがいっぺん観ていただければわかると思います。自分はアニメファンでありながら「実写でできる話は実写でやれや」と思ってしまうクチなのですが、新海監督の描き出す空や風景はそんなちんけなこだわりを吹き飛ばしてしまうほどの「映像力」に満ちています。
お話はというと、わたしも全部観てるわけじゃないですが、遠く離れた相手を想い続ける…というものが多い。当然恋愛がストーリーの主軸になるわけですが、そのロマンスも濃厚なものではなく、儚い消え入りそうな思慕の念をつづったものというか。あと体の接触はそこそこありますが、チューはまずしない。そんな作風です。

『君の名は。』を語るうえでどうしても避けられないのが監督の出世作『秒速5センチメートル』です。この作品も子供から大人へと成長していく男女二人の恋愛を描いたものなんですが、わたしのように未練がましい男にはグサグサグサグサ突き刺さる話でして(笑)。「かわいい絵柄のアニメだから夢でも見られるかと思ったか? 現実はこれだよ! 現実を見やがれ!!」とゴリゴリ懐に差し込んでくるような作品でした。そういう意味では『秒速…』はわたしにとって『火垂るの墓』となんら変わりありません。序盤の方でヒロインが「〇〇くんは、きっとこれからも大丈夫」というセリフがあるんですけど、観終わったあと「全然ダイジョーブじゃねーよ!!」と絶叫したものでした。ふふふ…

で、それから比べると『君の名は。』はかなり優しい、夢のような世界を描いた話です。以下、どんどんネタバレしていきますのでご了承ください。


この二作品の間になにがあったかというと、それは東日本大震災であります。このアニメの特に後半は、あの時失われた多くの命に対し、夢でもいいから会いたい、忘れたくない、という思いに満ちています。『君の名は。』で起きる災厄は「彗星の一部が地球に衝突する」というものでした。正直あまりに現実離れした設定ゆえ、ここでちょっとひきました(^_^; でもまあ「夢の話」であるならそれもありかなあと。あと地震とか津波とかリアルな災害にしてしまうと、いろんなところから抗議が出ると考えたのかもしれません。その点「彗星の衝突」はまず現実に起こりえませんからね。
それはともかく、物語の中盤で感じる「喪失感」はすさまじいものがあります。いつしか観てるわたしたちにも身近な存在であったテッシーやサユリン、一葉ばあちゃんや四葉ちゃん、そして三葉がこの世にはもういない…と知った時のショックは、凡百のアニメではそうそう感じられるものではありません。まあこれは実写でも言えることですが、この「喪失感」を上手に描いてるアニメは良作であることが多いですね。その喪失感が大きければ大きいほど、いつもと変わらぬ三葉たちにまた会えた時の感動もまた大きく。
『君の名は。』は新海監督の作品の中ではわりとファンタジーよりな方でしたが、それゆえに『秒速5センチメートル』にはなかった「優しさ」を感じました。この作品がそれまでよりも多くの人の支持を得ているのは、この優しさに負うところが大きいかと思います。

ただこの映画、終盤の展開を抜きにしてもいろいろ魅力にあふれた作品でした。異常に生活感にあふれた部屋の描きこみとか、地方者が都会に出てきた時の感動とか、田舎の風景や風習のきめ細かい描写や、見知らぬ土地に覚える郷愁…などなど。個人的には二人が入れ替わって男オンナ&女オトコになってからモテ度が上がる…という展開が面白かったです。まああれは二人のモトがいいから、というのもあるんでしょうけど。けっ

Yn2というわけで『君の名は。』は先の『シン・ゴジラ』を上回るほどの勢いで大ヒット公開中です。ほんまに今年の邦画の充実ぶりにはびっくりぽんですわ~


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September 06, 2016

俺の妹がこんなにアザラシなわけない トム・ムーア 『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』

Sots1昨年アカデミー賞の長編部門にノミネートされ、独特の絵柄で世界中の人を魅了した本作品。日本でもようやっと公開となりました。アイルランドの民話を題材に描く『ソング・オブ・ザ・シー』、ご紹介します。

灯台で両親と幸せに暮らしていた少年ベン。だが母親は生まれたばかりの赤ん坊を残し、こつ然とベンと父の前から姿を消してしまう。突然の別れが心に傷を残したのか、ベンは妹シアーシャのことをうとむようになる。彼女が口をきけず、いつも面倒を見なくてはならないことも苛立ちをつのらせた。そんな折、シアーシャはある晩吸い寄せられるように隠されていた白いコートを身にまとう。そしてアザラシの群れと共に、海の中を生き生きと泳ぎ回るのだった。それは母親から受け継がれた妖精の血がなせる業であった。

まず面白いな、と思ったのはこれが兄と妹の話であるということですね。これが日本の長編アニメーションであればボーイ・ミーツ・ガール的なお話となり、少年の淡い恋心なんかも描かれちゃったりするわけですが、こちらは血のつながった二人のお話ゆえ、当然そういう方へは進みません。まあアニメの中には「妹萌え」というジャンルもありますが、ベン君は萌えるどころかうざったく感じていたりする。この主人公の少年が最初あまりいい子ちゃんじゃないところがよかったです。ややひねくれ気味だったベン君が、旅や試練を通じて、「自分こそが妹を守らねば」という思いに目覚めていく。兄として、男としてたくましく成長していく。はじめがアレだった分、感動も倍増するというものです。

で、このシアーシャちゃんがなんで兄が邪険にするのか理解不能なくらいかわゆうてかわゆうてかわゆうてかわゆうてかわゆうてかわゆうてかわゆうてかわゆうてかわゆうてかわゆうてかわゆうてかわゆうて(略)。 あの、わたしロリコンじゃないですよ? 純粋な意味でですねええ! …と、こういうのは必死になればなるほど疑われるんだよな。あの…違いますから…(クールに) こんなにかわいいのはやっぱりドラえもんのように円を基調としたデザインだからでしょうかね。マトリョーシカにもよく似ています。監督さんは「ジブリに影響を受けたと語っておられますが、少なくともビジュアル面はまるで別物と言っていい。妖精が身近にいる世界観などは、なるほどジブリっぽいですけどね。日本のアニメで近いものがあるとすればそれこそ『まんが日本昔ばなし』とか、細かな光の動きが『蟲師』の「蟲」によく似ていたりとか。

いまや世界の劇場アニメはすっかりCGが主流となってしまいました。日本では絵アニメ作ってますけど、こういう絵本みたいなものはほとんど見当たりませんしね。で、ヨーロッパはさすがに細々とこういうの作ってますが、妙にアートに特化して子供よりも大人よりのものが目立っていたりして。CGアニメやアート寄りのものも好きですけど、あくまで子供たちのためのしっとりとした絵アニメももっと作ってほしい。そのためにトム・ムーア監督にはがんばってほしいと思うのでした。

アイルランドの物悲しい楽曲もとりわけ印象深いものでした。わたしアイルランドの音楽っていうとエンヤさんくらいしか知らないですけどね… アイルランドの音楽といえば最近音楽映画を続けて撮っているジョン・カーニー監督の『シング・ストリート 未来へのうた』も昨日見てきたのでこちらについても近々語ります。ちなみに『ソング・オブ・ザ・シー』の副題が「海のうた」で『シング・ストリート』が「未来へのうた」です。ややこしいですね。

Nsc2『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』はまだたぶん恵比寿ガーデンシネマを中心に地道に公開中。今年はまだ楽しみなアニメ映画がいろいろありまして。『GANTZ:0』に『ゼーガペイン』総集編に『レッドタートル』に『この世界の片隅に』に、なんと『アイアン・ジャイアント』の特別編まである! きゃっほう! まるでこれじゃわたしがアニメオタクみたいじゃないですか! …まあそうなんだけど。


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August 04, 2016

サカナはあぶれたタコでいい アンドリュー・スタントン 『ファインディング・ドリー』

090830_152514八代亜紀の声で読んでください… ID4にアリスにゴーストバスターズに、今夏もいろんなタイトルがカムバックしてますが、たぶんもっともヒットするのはこの作品ではなかろうかと。ピクサー草創期の傑作『ファインディング・ニモ』のその後を描く『ファインディング・ドリー』、ご紹介します。

地球をまたにかけたあの大冒険から一年後くらい(現実には12年の月日が経ってますが…)。クマノミのマーリン親子の親友で忘れん坊のドリーは、突然自分に両親がいたことを思い出す。矢も楯もたまらず、おぼろげな記憶を頼りに故郷に向かおうとするドリー。そんな彼女をほっておけず、マーリンとニモはドリーの家族を見つけるため再び旅に出ることに。

前作でマーリンの相棒を務めたナンヨウハギのドリー。ちょっと泳ぐともう前のことを忘れてしまう彼女を見て、「ナンヨウハギっていうのはそんなに記憶容量が少ないんだ」と思ったものでした。しかし今回彼女の主演の映画を観て、この障害はナンヨウハギすべてに共通する特徴ではなく、ドリー個人(個体)のものであったことが明かされました。まあ考えてみれば魚がどれほど前のことを覚えているかなんて、魚になってみなけりゃわかりませんからねえ。
そんなわけで今回のテーマは「忘却」であります。いつも明るく振舞っているドリーですが、その裏で彼女がどれほど心細く悲しい思いをしていたかがやんわり語られ、冒頭から涙ちょちょ切れました。
あとドリーほどひどくないにせよ、わたしも最近物忘れがどんどんひどくなっているので彼女の障害が他人事というか他魚事とは思えませんでした。まず人の顔を覚えるのがさらに苦手になりました。たぶん前に会った人から道端であいさつされ、「誰だっけこのひと」と悩むことなどしょっちゅうです。ほかにも昨日何を食べたか、ということですらすぐには思い出せません。きっとわたしは人よりボケるのが早いと思います。
ただ不思議なもので好きなこととか、子供のころのことというのは鮮明に覚えているものですね。ドリーも自分の原体験を芋づる式に呼び起こして少しずつ故郷へと近づいていきます。前作のクライマックスはニモに会った時のドリーのフラッシュバックだと思っているのですが、今回はもうフラッシュバックの乱れ打ちで滅法楽しかった反面すこし胃もたれがしました(^_^;
話は少しそれますが先日お酒の席で「自分が一番最初に覚えている記憶は何か」なんて話になりまして。自分の場合は2歳まで住んでた団地から見える山の風景だった…なんてことを久しぶりに思い出したりしました。

あと前作もそうでしたが、ドリーとマーリンの関係というのも興味深いですね。お互い大切に思っている者同士なのに、種が違うゆえに決して夫婦になることはないという。でも二匹も別にそれで十分満足してるように見えます。よく「男と女の間に友情は成立するか?」という問いかけがあります。もてないゆえにお友達レベルから先に進ませてもらえないわたしとしては「そんなもん成立するに決まってんだろバッキャロー!」と言いたいですが、マーリンとドリーはこの性を越えた友情の理想形と言えるかもしれません。

ほかに印象深い点としてはやっぱり「八代亜紀」でしょうか。ドリーが目指す博物館でかかるおごそこなアナウンスの声がなぜか八代亜紀なのですね。登場人物(動物)も「八代亜紀さんがこう言ってた」と連呼したりするので、魚の間でも彼女は有名人のようです。これ、もちろん本国では八代亜紀ではなくシガ二―・ウィーバーが声をあてているそうです。それはもちろんSF好きのスタントン監督の趣味かと思われますが(『WALL・E』でも起用している)、なぜシガ二―が八代になったのかは謎です。聞いたところによると八代さんは霊感が強くこれまでに何度も心霊現象に出くわしてるとのことなので、そういう超常と縁のあるところから日本版シガ二―として選ばれたのかな…(苦しい) いずれにせよ彼女の歌うエンディングはなかなかしっとりしたいい曲でした。もちろん『舟歌』ではありません。
さらによくわからなかったシロイルカの遠視能力をわかりやすく映像で表現してたのも高ポイントでした。実際にあんな風に見えてるのかはやっぱりシロイルカになってみないとわからないでしょうけど、こういう表現、今まで映画の『デアデビル』くらいでしか見たことなかったのでテンションあがっちゃったのですね。

090116_183023というわけで今回も「さすがはピクサー」とうならされた『ファインディング・ドリー』。唯一ひっかかるのは前作の主役であったマーリンさんの影の薄さでしょうか。チラシには「ドリーとニモの冒険が始まる!」と書いてあるし、グッズもこの二匹のばかりだし… まあわたしも時々彼の名前忘れるんでひとのこと言えないんですけどね(笑)
夏休みぶっちぎりのヒットになるかと思った本作品ですが、現在『ワンピース』と『シン・ゴジラ』の三つ巴のような戦いを繰り広げています。奇しくも3本とも海関係。なんにせよ映画館がにぎわってて大変めでたきとことであります。

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