バットマン来るかとゴッサムの外れまで来てみたが マット・リーブス 『ザ・バットマン』
世界有数の繁栄を誇りながら、犯罪や貧富の差など多くの闇を抱えた都市・ゴッサムシティ。選挙を目前に控えたその町で、市長がリドラーと名乗る愉快犯に惨殺されるという悲劇が起こる。2年ほど前から蝙蝠の装束に身を包み、自警団活動を続けていた富豪の青年ブルース・ウェインは、市警のゴードン警部と協力しながらリドラーを捕まえるべく奔走する。だが彼の捜査をあざ笑うかのように、リドラーは挑発めいたメッセージと共に第二、第三の犯行を繰り返すのだった。
1989年の『バットマン』から数えると、『バットマン・ビギンズ』(2005)、『バットマンVSスーパーマン』(2016)と来て、実写映画としては4度目の起点となる作品。今回の特色はまずバットマンであるブルース・ウェインが比較的「若い」ということ。『バットマン・ビギンズ』でも駆け出しのころは描かれてましたが、始めた時点で既にいい年だったのであまりヤングマンな印象はなく、むしろそれなりに落ち着いた感じでした。しかし今回のロバート・パティンソン演じるバットマンは自分の殻にこもりがちだったり、衝動のコントロールに苦労していたり…という面がこれまで以上に強調されていて、「大人」と呼ぶには未完成な若者として描かれております。自分を心配する執事のアルフレッドにまで心無い言葉を吐いたりして、まるで反抗期の中学二年生のよう。一方で子供や動物には気遣うそぶりを見せたりしていて、「根は悪くない子なんだな」と思わせられます。
もうひとつの特色はこれまでのシリーズの中で最も現実的である点。今回メインの悪役であるリドラーにせよ、町の顔役であるペンギンにしても実際に存在してそうなキャラであります。今回のリドラーのモデルは全米を震撼させた連続殺人鬼「ゾディアック」だそうですし、ペンギンにいたっては暗黒街の顔役にこんなタイプごろごろいそう。はっきり言っちゃうとバットマンが一番現実離れしております。…それはともかく、ブルースはリドラーとの戦いを通してゴッサムという町の抱える闇や社会問題とも対峙せざるを得なくなっていきます。この映画でいま一人バットマンの前に立ちふさがるのが、ペンギンのさらにボスであるファルコーネという男。コミックでは『イヤーワン』『ロング・ハロウィーン』などで重要人物として登場しますが、ぶっちゃけちゃうと名前の通りバットマン版ドン・コルレオーネ=ゴッドファーザーであります。警察内部も脅しと賄賂で掌握し、ブルースとゴードンを悩ませます。権力者の腐敗、それによりもたらされる不公正というのは、珍妙なヴィランよりよほどリアルで手ごわい相手であります。『ザ・バットマン』ではこれまで映画ではそんなに踏み込まれなかった、大都会のコンフィデンシャルに果敢に踏み込んでいきます。
いわゆるDCEUの作品ではスーパーマンと肩を並べ宇宙人と戦うバットマンが描かれました。自分はそういうのも嫌いじゃないですが、やはりバットマンって超自然や超科学の関わらない状況で、地道に町の問題に取り組んでいく姿が一番しっくり似合ってしまうんですよね… というわけでスーパーなヒーローとしてのバットマンはDCEUで、リアルな世界観で犯罪と戦うバットマンはこちらで…とユニバースを分けたのは賢明だと思いました。お子様たちに説明するのがちと難しいですけど。
「キャラクターが多くてストーリーがばらける」という批判もあるようです。しかし自分としては監督は「親を失ったブルース」「親に捨てられたセリーナ」「親のいないリドラー」の対比がやりたかったのかな…と思いました。家庭環境が恵まれなくても前向きに奮闘するものもいれば、ダークサイドに落ちてしまうものもいる。その狭間で揺れる者もいる…ということで。ただペンギンに関しては確かにいる意味そんなにあったかな?と思いました。この後スピンオフも作られるようですし、どうも監督のお気に入りキャラという疑いが晴れません。
ゴッサムについて調べていくうちに、父は本当に清廉だったのか信頼がゆらぎはじめるブルース。けれどもアルフレッドの言葉を信じて、父が目指していたものを自分なりに引き継ごうと成長していきます。バットマンといえば「取り締まる者」「制裁を加える者」というイメージがありますが、この映画では終盤「救出者」「奉仕者」としての面も描くことによってその成長を明らかにします。そういうバットマンってあまり観たことがなかったので、なんか新鮮でありました。
さて、この時点でもう大概ネタバレですが、以下はさらにネタバレ大全開で好きな要素・ポイントを列挙してみます。
・夕焼け(朝焼け?)を背に浮かび上がるバットマンとセリーナの真っ黒なシルエット
・手持ちの武器が乏しくなった時、胸のシンボルをガチャッと取り外すバットマン。それ、着脱可能だったんだ…と
・警官たちに取り囲まれた際、「俺をなぐってカギを奪え」と小芝居でバットマンを逃がそうとするゴードン警部。自分の首が飛ぶかもわからんのに… おそらくこの前の2年間に色々あったんでしょうけど、そんな二人の絶対的な信頼関係が微笑ましゅうございました。
・その直後、ムササビスーツで滑空したものの、豪快に車両や地面にバウンドしてしまうバットマン。過去の映画でもそうでしたが、蝙蝠モチーフのくせに自由自在に飛べないんですよね。そんな不自由というか不器用なところが好きです。
・アルフレッドと言えばダークナイト三部作までは「じいや」、DCEUでは「叔父貴」という感じでしたが、今回は中二の青年を温かく包み込むようなオカンみに溢れていました。きつい言葉を言われてもじっと耐え、「ちゃんとバランスとってベリーも食べなさい」と健康の心配までする。演じるアンディ・サーキスはこれまでモーション・キャプチャーで怪獣・猛獣・妖怪を名演し、凶器と憤怒の権化みたいな方でしたが、人間体だとこんなに母性豊かになられるんだと…とその役者力に感服いたしました。あとこの人昨年『ヴェノム』続編の監督までやってましたよね。
・ラストシーン。バックミラーでつかの間セリーナの影を追い、きっとむきなおるブルース。こういう一抹の寂しさを感じながらも揺るがぬ決意を感じさせる描写がツボでありました。セリーナが口にしてた「ブルードヘイブン」は初代ロビン=ナイトウィングのホームグラウンドですが、ロビン登場の伏線でしょうか。
全米ではまたしても大ヒットを記録し、ほぼ続編も内定している『ザ・バットマン』。先に『猿の惑星』で神話を見事に完成に導いたマット・リーブスの手腕に期待してます。最後に映像作品を中心に各バットマンのキャラ付けをまとめた表をこしらえてみました。今回初めて闇の騎士に触れた方は今後の作品の鑑賞の参考になさってください。
Comments
伍一くん☆
この「「バットマン」良かったですよね~
少年ジャンプ的に言うと悪者がどんどん強くなって最後宇宙人的になっていくのがシリーズものの常ですが、バットマンに関しては、逆に地に足が付くようになってきて、私はとっても気に入りました。
アメコミだから仕方ないかな?と諦めていたのが、ダークナイトから徐々にリアルになっていって今回最も現実的で良かったです。
ホント、ブルースが逆に「コスプレ野郎」と言われても仕方ないかんじでしたよね。笑いました、そこ。
Posted by: ノルウェーまだ~む | April 15, 2022 03:06 PM
リドラーが「愉快犯」なら、バットマンは「愉快自警団」であるので、警察としてはやはりそんな愉快な奴に現場検証とか手伝わされたくないだろうなあ。例えばロングコートにマスクだけならともかく、バットマンスーツって武装バリバリですからね。
Posted by: ふじき78 | April 17, 2022 11:46 PM
>ノルウェーまだ~むさん
アメコミ映画疲れしてらっしゃったようだけど、こちらは楽しめたようでよかった!
バットマンは肉体的には自分より弱い相手と戦うことの方が多いかな? まあ彼の本当の敵というのはキャラというより町を覆う「悪意」なんですよね
最初暗がりから出てきた時はあんなに怖かったのに、明るい場所では浮きまくってたのは笑いましたw
Posted by: SGA屋伍一 | April 20, 2022 03:26 PM
>ふじき78さん
まあその場で逮捕されても全然文句言えないと思うのですが、そこはゴードン警部の必死の根回しでなんとか見逃してもらってるんでしょうね
Posted by: SGA屋伍一 | April 20, 2022 03:28 PM