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January 29, 2019

センシ、シカリオしなさい! ステファノ・ソッリマ(テイラー・シェリダン) 『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』

『メッセージ』や『ブレードランナー2049』のドゥニ・ビルヌーブ監督がベニチオ・デル・トロを主演に据え、凄惨なメキシコ麻薬戦争を描いた『ボーダーライン』。しかし1作ではやりたりないことでもあったのか、脚本家テイラー・シェリダンが再びあの暗殺人をカムバックさせて来ました。『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』、ご紹介します。

メキシコから密入国してきたテロリストによる連続自爆テロ。業を煮やした米国政府は麻薬組織にくわしい暗殺者アレハンドロを再び雇い、メキシコで組織同士の戦争を起こさせることでテロリストのルートを断とうとする。その引き金としてアレハンドロは麻薬王の娘イザベルを誘拐するが、計画は思わぬ方へ転がっていく。

前作の感想はこちら。ひさしぶりに読んでみたらヴィルヌーブ作品としてうんたらかんたらと書いてましたが、続編を観て少々考え直しました。これ、どっちかというと脚本家テイラー・シェリダンがメインの作品ですね。今回監督変わっちゃいましたし…
で、テイラー・シェリダンとは何者か。自分も最近名前覚えたんですけど、脇役俳優からネットフリックス映画『最後の追跡』や『ボーダーライン』で脚本家として注目を浴び、『ウィンド・リバー』では監督デビューも果たしております。テキサスの牧場で育ったという背景ゆえか、3作通じてアメリカの辺境・国境で貧しいながらも必死で生きる人々にスポットをあてています。残酷な現実を直視しながらも、その中にほんの少し優しい視線を織り交ぜるのが上手な作家ですね。あと理不尽なことに対し毅然と立ち向かう女性が好きみたいです。

原題は前作に引き続き『Sicario: Day of the Soldado』となっております。シカリオというのは先の記事でも書いたようにユダヤ人の暗殺者のことです。ただ今回は『ボーダーライン』という邦題が非常によく作品の本質を表していると思いました。このラインとは米国とメキシコの間にひかれた国境のことであり、人でなしと人でありの境目のこともさしております。その二つの線を越える越えないで多くの命が奪われたりします。

そしてとっくに人でなしのエリアに踏み込んでいるアレハンドロさんですが、1作目の時と比べてやや変化が生じているような。以前は復讐のためならどんな手段も択ばない悪鬼のような印象さえありました。今回も政府の命令とはいえけっこうひどいこと色々やらかしてるんですが、巻き込まれたイザベラに対しては優しい態度を崩しませんし、命がけで守ろうとします。彼女は間接的にアレハンドロの家族を殺した顔役の娘であるにもかかわらず、です。ひとまず復讐を果たしたことでそのむなしさに気付いたのか。エミリー・ブラント演じる捜査官との出会いが何か影響を及ぼしたのか。

以下はラストまでネタバレしてますのでご了承ください。

この映画、ピンチを脱したのかどうかもわからないところで突然話が飛び、「どうなってるの?」と観客を当惑させたところで突然の幕となってしまいます。どうもこれまた続編へとつなぐ流れのようなのですが、あーーーーー 本当にもうやめてくださいよそうゆうのーーーーーーーー そういえば『最後の追跡』『ボーダーライン』『ウィンド・リバー』で監督は「フロンティア3部作」と称しているとか。トリロジーが錯綜していてややこしいですね。シェリダン先生は現在テレビシリーズ『イエローストーン』でお忙しいようですが、『ボーダーライン』の続きもお待ちしております…

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January 28, 2019

すけすぎちゃって困るの~ ハリー・クレフェン 『エンジェル、見えない恋人』

Amk1ONE WAY! SO FAR AWAY! STAND BY ME ANGEL~♪ いきなり歳がばれそうな出だしですが、本日はベルギー発の風変わりな天使ちゃんの映画『エンジェル、見えない恋人』をご紹介いたします。

親がイリュージョニストだったゆえか、生まれた時から透明人間だった少年エンジェル。彼を感知できるのは療養中の母親だけなので、エンジェルにとって世界は長い間病院の一室のみだった。しかしある日窓から同い年の少女を見かけたエンジェルは吸い寄せられるように彼女に近づいていく。驚いたことに少女はエンジェルの存在を感じ取る。それは彼女が盲目ゆえに目に囚われない感覚を有していたからだった。

普通透明人間になるには怪しげな薬を飲むとか危ない実験をするとかそういったプロセスを踏むものですが、赤ちゃんのころから普通に透明だったという例は『ジョジョの奇妙な冒険』の第4部くらいしか知りません。そんな出だしからわかるように、SFというよりかは童話風、アート系のお話であります。製作は『ミスター・ノーバディ』や『神様メール』などのジャコ・ヴァン・ドルマル。確かにこの風変わりな着想はジャコ氏のそれと通じるものがあります。一方で話がこんがらがらずシンプルにすすんでいくあたりは監督独自のカラーでしょうか。

上のポスターを見ますとかなりかわいらしいというかメルヘンチックなムードでございますけど、少年少女が大人になっていくとだいぶセクシャルなシーンも多くなってきます。ただエロシーンもこんだけ堂々とみずみずしく撮られるとあまりいやらしさを感じません。そんな風にエロとアートの境界線についても考えさせられたり。いずれにしてもそういった体当たり的なエロシーンを一人でえんえんと演じておられた主演女優さんには頭が下がります。

見えない体を持つ少年と、見えないゆえに「見る」ことができる少女。やはりテーマは「目に映るものだけがすべてではない」「純粋な愛は視覚に囚われない」といったあたりでしょうか。そんな文芸的な主題が少年漫画のラブコメのように主人公に都合のいい感じで進んでいきます。「人から見えない」ことはかわいそうではありますが、隣に気立てのよい美少女が引っ越してきて一途に自分を慕ってくれるというだけで1千兆円くらいお釣りがくるのでは。ずるいよなあああああ!! こういう皮肉でも悪魔的でもない、全体的に人の好さが感じられるストーリー、欧州アート系ではちょっと珍しいですね。

観ていてわたしが思い出したのはチェコのアニメ作家ポヤルがてがけた『ナイト・エンジェル』という作品。事故で視力を失った青年は暗闇の中手探りで周囲の状況を探っていきます。そして彼が触れると初めてその物体が明るく映し出されるというコンセプト。こちらに道がありますんで気になった方はください。約18分です。

「見えない恋人」という点では先ごろ『ア・ゴースト・ストーリー』という映画も話題を呼びました。こちらも観て来たので近々感想書きますです。

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January 18, 2019

燃えよドラゴ スティーヴン・ケープル・Jr. 『クリード 炎の宿敵』

ようやく今年初鑑賞の映画の感想です。ロッキーの魂を受け継いだ新世代ボクサーの戦いを描いた第二弾『クリード 炎の宿敵』についてだらだらと書きます。1作目の感想はこちら

前作での激闘からしばらく後、ついにアドニスはヘビー級王者の地位を掴み取る。しかし栄光に酔いしれる間もなく、次なる挑戦者ヴィクターが現れる。彼こそはかつてリングの上でアドニスの父、アポロを死に至らしめたイワン・ドラゴの息子であった。復讐心に駆られ挑戦を受けたアドニスだったが、トレーナーのロッキーがその試合を避けることを勧めたため二人の間には溝が出来てしまう。

というわけで前作以上に『ロッキー4(炎の友情)』をひきずっている本作品。『4』は「アメリカ万歳! すばらしいUSA!」という感じで作られた映画でしたが、あれから30年。スタローンもだいぶ心境に変化が生じたのか、そういったプロパガンダとは無縁の、ライバルの心情にもだいぶ寄り添ったストーリーとなっていました。復讐に燃えるアドニスをやんわりとたしなめるロッキー。リングにあがる目的はもっと崇高で純粋なものでなくてはならないということでしょうか。「ボクシングは相手を憎んで憎んで憎み切らないとやってられないスポーツ」なんて話も聞きますが。ともあれ亡父の後を追ってボクサーになったアドニスは『がんばれ元気』を、厳父に鍛えられて同じ道を歩むヴィクターは『巨人の星』を連想させて少年漫画ファンとしては燃えるところです。

パパドラゴを演じるのはもちろん『4』と同じくドルフ・ラングレン。たしかこのあと『レッド・スコルピオン』というランボーみたいな映画で「スタローン、シュワルツェネッガーに次ぐ第三の筋肉スター!」みたいな売り方をされてましたが、ヴァンダムと共演した『ユニバーサル・ソルジャー』以外はそんなにぱっとした活躍がなかったような。あと何気にアメコミ映画がほとんどなかったころに『パニッシャー』を演じたりもされてますね。若いころはしゅっとした美青年でしたが、その後厳しい人生を歩まれたのか『エクスペンダブルズ』ではすっかり怪獣みたいな顔つきになってしまいました。まあその方がますます星一徹っぽくてよかったと思います。

主演のマイケル・B・ジョーダンも変わらぬ…というか『ブラックパンサー』のキルモンガーを経たせいか一層ファイターとしての凄みを感じさせてくれました。『クロニクル』『ファンタスティック・フォー』のころのガリベン優等生の面影はもうありません。彼の忍耐し、躍動し、鍛錬する筋肉がただひたすらに美しい。その肉体だけでも観る価値はある映画です。

以下はラストまで完全にネタバレしてるのでご了承ください。

わたくしボクシング映画・漫画の傑作には、敗者を美しく描いたものが多いと思うのです。6作中もっとも評価の戦い『ロッキー』1作目がそうですし、『クリード チャンプを継ぐ男』もそうでした。漫画でいうなら『あしたのジョー』がありますし、初期の『はじめの一歩』も敗れていったライバルたちを本当に魅力的に描いていたと思います。やっぱり栄光をつかんで超ハッピーに終わる話より、負けはしたけど全力を尽くして悔いなく静かにリングを去っていく姿の方が心に残りやすいのです。
本作品でいうと前半こそ「敗者」はアドニスなので彼を俄然応援したくなるわけですけど、ドラゴ親子のなめた辛酸や負けられない事情が伝わってくると、なんだかライバル側にも肩入れしたくなってきてしまいました。もうどっちも勝ち…というかドローでいいじゃん!と。しかしストーリーの構造上ヴィクターがもう一度勝つことはないのです。二度までも母に裏切られたヴィクターの哀しげな表情を見た時、「いやー、今回は泣くまででもないかな」とか思いながら観てたのに突然鼻水がブシュッとロケット噴射してしまいました。あと勘違いかもしれませんが、お母さんがそんなにも簡単に自分を見限ったのに対し、アドニスが逃げずに真摯に向かい合ってくれることがすごく嬉しくなったのでは。そんなことを想像したらさらに鼻水が爆散してしまったのでした。

監督が変わった二作目というのはダメダメになることが多いですが、『クリード 炎の復讐』はこの例にあてはまらなかったようです。よかったよかった。スタローンは次は終わったはずの『ランボー』やシュワとの共演作『大脱出』の続編が待機している模様。ドルフさんには来月早くも『アクアマン』で再会できます。お二人ともまだまだ元気いっぱいで頼もしいかぎりですね!

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January 15, 2019

クワガタから時計まで 『仮面ライダー平成ジェネレーションズ FOREVER』

平成ももうじき終わりですね… 昨年最後に観た映画は平成に別れを告げるかのような、そんな作品でした。『仮面ライダー平成ジェネレーションズ FOREVER』ご紹介します。

仮面ライダージオウこと常盤ソウゴはある時自分の記憶が消滅したり回復したりしてることに気付く。その現象は彼だけでなく仲間のゲイツやツクヨミにまで及び始める。原因を探るうちにソウゴは仮面ライダービルド・桐生戦兎と再会し、何者かが時空改変を企んでいることを突き止める。

当ブログでも初期は熱く語っていた平成ライダー。いつのまにやらとうとう20作に突入してしまいました。使われたモチーフを順にあげていくとクワガタ、龍、龍とカード、携帯とφ、トランプ、鬼、カブトムシ、電車と昔話、吸血鬼、バーコード、USB、メダルと動物、宇宙飛行士、魔法使い、鎧武者とフルーツ、自動車、幽霊、医者とゲーム、化学実験、時計…とよくいえばバラエティに富んだ、悪くいえばカオスすぎるラインナップです。まあそんだけ毎年東映さんが飽きられないように、マンネリに陥らないように試行錯誤を続けたということなのでしょう。

大集合映画はこれまでも何本か作られてきましたが今回は「平成最後」「20作記念」ということがやけに強調されていたので、かつてなく感傷的になってしまいました。劇中でクウガのことを「そんな昔のライダーよく知ってるね!」とか言われてましたけど、(え…そんなに昔かな… そうだよね、10年一昔というくらいだから、20年といったらもう二昔だよね… 当時生まれた赤ちゃんがもう成人式を迎えるくらいだものね… 思えばその20年自分はなにをやっていたのだろう… 果たしてどれほど成長したのだろう… ぐあああああああ!!)と何気ないセリフに頭をかきむしりたくなりました。ははははは

まあそんな個人的な事情はともかくとして、さんざんうるさ方から叩かれてきたせいか、ここのところようやく平成ライダー映画も質がよくなってきた気がします。相変わらずあらすじが強引だったり、初心者にはわかりづらいところもありますが、どうすれば過去作のファンが喜ぶか、ということをようやくスタッフが理解してくれたような。これは『ジオウ』テレビシリーズにも言えることですが、要するに個々の作品の設定をちゃんと踏まえて、出来るだけ元の俳優さんが演じてくれたらそれでいいのです。
今回はギリギリまで昨年の福士蒼汰君のようなサプライズ的発表がなく、キャスト的には地味だなーと思っていましたが、本編観たらギャラ的に無理かと思われていた佐藤健氏が登場していてたまげました。公開3日目くらいから公にされましたけど、いやあ、これはよく封切りまでがんばって隠し通した。まさに最初の週末に観た人だけが味わえるご褒美のような特別出演でした。最近はゲゲゲの鬼太郎に推されがちなニチアサですが、20年かけてようやく出身役者が胸を張って帰って来れるようなシリーズになったのかもしれませんね… あと今年からはとうとういわゆる「春映画」を作らなくなったようなので、そっちの費用をギャラに回せるようになったということもあるかも。

まさか『クウガ』を観ていたころはこんなにも続くとは夢にも思ってなかった平成ライダー。年号が変わっても引き続き作られていくのでしょうか。少子化の影響は厳しいでしょうけど、こうなったらいけるとこまでいってください!

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January 09, 2019

ワイスピバトルでつかまえて リッチ・ムーア/フィル・ジョンストン 『シュガー・ラッシュ:オンライン』

世界を制覇せんばかりの勢いで次々と力作を贈り続けるディズニー帝国。その最新作は5年前TVゲームを題材にして好評を博したあの映画の続編です。『シュガーラッシュ オンライン』ご紹介いたします。前作の紹介はこちら

前作での出会いと冒険からしばらく後。壊し屋のラルフとレーサーのヴァネロぺはますます仲良しになり、二人は毎晩ゲームセンターの色々な機械に潜り込んで楽しい日々を過ごしていた。だがいつしかヴァネロぺは決められたコースを走ることに退屈を覚えるようになる。そんな彼女のためにラルフは強引に新コースをこしらえるのだが、そのことがきっかけでヴァネロぺのゲーム「シュガーラッシュ」はクラッシュしてしまう。二人は店主が新たに備え付けたWifiを利用して、ネットの世界でゲーム機を修理する方法を探すのだが…

というわけで今回の舞台はインターネット。「物質でない世界を可視化する」という試みはピクサーの『インサイド・ヘッド』でも行われておりました。あちらはあちらですごかったですが、やはりオタクにとっては様々な見知ったキャラがうろつきまわってるこちらの方が楽しい。また普段利用してるあのサービスやSNSがいかにもといった形で表現されていていちいち舌を巻かされました。「どんなに人気を得ようとしても、結局は猫動画がトップ」とかね(笑)

相変わらずのゲームパロディにも爆笑させられました。ディズニーのプリンセスがグランド・セフト・オートのようなバイオレンスゲームに迷い込んだらどうなるか… これがけっこうそれなりに自然に溶け込んでたりして。予告でうざいくらい流されてた「大きな男の人に幸せにしてもらった?」というアレですが、「現代のお姫様は男に頼らなくたって十分活躍できる」ことへの逆説的なギャグだったようです。

さて、以下は結末までネタバレで。

そんなわけで一見にぎやかで愉快そうに見える『シュガーラッシュ オンライン』ですけど、芯の部分は題名とは裏腹に相当ビターでございました。ラルフとヴァネロぺの関係はいろんなものに重ねあわせることができるかと思いますが、自分はやはり「親友」という言葉が一番しっくり来ると思います。その無二の親友が自分とは違うことを望んでいたら?というお話なんですね。このままの安定を望むラルフ。新しい世界へ旅立つことを願うヴァネロぺ。どちらも決して悪いわけじゃないのだけど、ずっと一緒にいることはどちらかに無理を強いることになってしまうわけです。こういうのって現実にも実際にありそうな例ですよね。

で、こういう時つらいのはより深く相手に依存してる方。要するにラルフです。元嫌われ者でかわいくもないおっさんが奇跡的にプリンセスとお友達になれたのですから、そりゃべったりになるのは当たり前でしょう。だけど本当に親友ならさびしくても相手の望みを優先してあげなくてはなりません。そこでトチ狂って親友に執着しすぎると、それこそ友情がぶちこわしになってしまいます。いまなら友達が遠くに行ってしまっても、それこそオンラインでいろいろ使えるサービスもあるわけですし。
…とえらそげに書いてみましたし、それが正しいことは十分わかっているのですが、ラルフの身になって考えるとさびしすぎるしつらすぎる。それでも男は(女も?)耐えなくちゃいけない。こんなシビアな現実をつきつけてくれるとはにくい… にくいぜディズニー…!! エピローグでの様々な悪ふざけはこのさびしさをまぎらわそうという狙いだったのかもしれませんが、全然中和されてねーから!! 思えば1作目も「どんなになりたくてもなれないものがある」というきついテーマだったしなあ~ ここ最近のディズニーの定番であった「一見親切そうな人が黒幕」というパターンから脱却したところは評価しておりますけど。

こんなほろ苦いお話、子供たちにうけるんかいな、と思いましたが、カラフルな世界を愉快なキャラが駆け回るだけで十分楽しめるのか、本作品は日本では公開から3週連続のトップを飾っております。こうなるともう売れたもの勝ちでしょう。いろいろ申しましたが大傑作なことには間違いないと思います。

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January 07, 2019

きっとぼぎわんが 澤村伊智・中島哲也 『来る』

正月も終わり、仕事が始まったので一緒にブログも再開します。新年最初にとりあげるのは2018年最高のクリスマス映画『来る』です。ではあらすじから。

平凡なサラリーマン田原秀樹はスーパーで香奈という女性と知り合い、結ばれ、やがて知紗という娘を授かる。幸せな家庭を築こうとしていた田原だったが、ある日を境に家で怪奇現象が続発するようになる。おびえた彼は旧友の民俗学者のつてで比嘉真琴という霊能者の力を借り、悪霊を退けようとするが…

この作品のことを知ったのは去年の秋だったか。中島哲也監督の新作ということで興味を抱き予告を見てみたら、これが半端なく怖いんですよ。「こりゃあ、俺、無理だ…」と思ったのですが、中島作品は一応コンプリートしてるでやっぱり観たい。そこで原作『ぼぎわんが、来る』を先に読んでおけばどの程度の怖さか見当がつくだろうと考えトライしてみました。いやあ、怖かったですね(笑)
というわけで当初は完全スルー予定だったのですが、例によってツイッターの妙にいい評判を読んでいたらがまんできなくなり、厳重におむつを装備して鑑賞してきました。
で、実際どうだったかというと、これがなんとか耐えられるくらいの怖さでした。よかった! というのは原作と違い、要所要所でベタなギャグが入ってくるから。これがわたしのようなチキンにはありがたかった。『告白』『渇き、』ではほとんどギャグがなかったことを思うと、ちょっと以前の中島監督が帰ってきたような気がしました。
こんなアレンジをしたら原作者の澤村先生は怒らんかな?と気になったのですが、とりあえず表向きは喜んでらっしゃるようで。そういえば中島監督はもっとひどく茶化してた『嫌われ松子』でも原作者から褒められてたしな。人徳でしょうか。
原作では悪霊の正体やなぜ田原が狙われたのか…ということについて民俗学やミステリー的構造でもって説明してるのですが、映画ではその辺ばっさりカットしているゆえ、謎だらけのように感じる方もおられるやも。贔屓目に見てあげるとそのわけのわからなさがかえって特色となってたような。

映画版で特に印象に残ったのは「家庭」と「子供」の二面性でしょうか。家庭は一般には憩いの場であり癒しの場であるはずなんですけど、ちょっとしたことでストレスの溜まり場となり地獄と化すこともあると。特に一家の主が外見ばかり取り繕うことに躍起になってる場合は。ちょっと家庭の地獄面ばかり強調されてるきらいはありますが、その辺は現実味あるだけに超常現象よりある意味怖いかもしれません。
「子供」に関しても同様かと。ラスト数秒前で大半の人はずっこけるでしょうけど(わたしもそうでした)、あとから振り返ってみると、「子供は天使であり怪物である」ということを上手に表現していたと思います。

映画はこれ1本の気がしますが、原作は登場人物が共通した続編が2作と短編集が1冊描かれております。わたしは2作目の『ずうのめ人形』までしか読んでませんが、怖いながらもよく考えられた構成や意外な展開が楽しいシリーズとなっております。興味ある方はお休み前にでも読み進めてトイレにいけなくなってください。

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