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December 12, 2018

ル・アーヴルのワンツーパンチ サミュエル・ジュイ 『負け犬の美学』

ボクシングというとなんとなくアメリカのスポーツ、というイメージがあります。ボクシング映画も大概は米国製ですし。ですが先日珍しくフランス製のボクシング映画が近場で公開されたので観に行ってきました。『負け犬の美学』、ご紹介します。

40代でいまだ現役のボクサー、スティ―ブは敗戦が続いていたが、引退する踏ん切りがなかなかつかないでいた。そんな折、最愛の娘のためにピアノを買ってあげようと決意したスティ―ブは、欧州チャンピオンのスパーリングパートナーに強引に志願し、まとまった金を得ようと奮闘する。

舞台はル・アーブル。少し前カウリスマキ監督の作品で『ル・アーヴルの靴磨き』というのがありましたが、たぶん同じ町です。『ル・アーヴル~』ではなんとなく寒々としたひなびた印象がありましたが、こちらは時代と多少場所が違うのか取り立てて派手でもないけど、それなりにひらけたにぎやかな感じで描かれておりました。

ボクシング映画というか格闘技映画には2通りあると思います。ひとつは自分の夢や求道のために格闘技をやる作品。もうひとつは家族(特に息子・娘)のためにお父さんががんばるタイプの映画です。どういうわけか今年は『パパは悪者チャンピオン』『ファイティン!』とそんな作品が続いてしまいました。ボクシングに限って言うと少し前ジェイク・ギレンホール主演の『サウスポー』というのがそうでした。そしてこの『負け犬の美学』もそっち側の映画です。
で、ボクシング映画における主人公というのはかなりの確率でチャンピオンの座を狙うものですけど、スティーブはちいともそんなことは考えてません。年も年ですし、負け試合も多いですし。じゃあなぜこんな痛いスポーツを続けているかといえば、やはり好きだからということと、「お嬢ちゃんの憧れる自分でありたい」という動機があるかと思います。それは日本だろうとフランスだろうと関係ない、どこの父親も抱くごくごく普通な感情なのでは。こういうシンプルな親子の絆を微笑ましく描いたわかりやすさはフランス映画らしからぬ気がします。逆におフランスらしかったのは、スターじゃなくてどちらかといえば底辺の方のボクサーを、日常生活含めて淡々としみじみと描き出してるところでした。スポ根的な熱さは感じられませんでしたが、こういう「知られざる格闘選手」たちの物語も地味に胸を打ちます。

おフランスの人ってお洒落第一で汗をかくことを嫌い、ワイン片手に「トレビア~ン」とか言ってるようなイメージがありましたが、もちろんそんな人ばかりでなく、不器用に家族のためにがんばる人もいるのだな…と感じ入りました。
ボクシング映画は来年の年明け早々に『ロッキー』シリーズの最新作である『クリード2』も控えております。こちらは王道中の王道的なジャンル映画になりそう。やっぱり楽しみです。

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December 11, 2018

闇肉街で生きる ギョーム・“RUN”・ルナール/西見祥示郎 『ムタフカズ-MUTAFUKAZ-』

Mfk1日本製アニメとしてはかなり異彩を放っていた『鉄コン筋クリート』。そのスタッフがまたなかなかヘンテコそうな作品をこしらえたので先日観てきました。『ムタフカズ』、ご紹介します。

掃き溜めのような街「ダーク・ミート・シティ」で親友ヴィンスと暮らす青年アンジェリーノ(リノ)は、不真面目ではないのだが不幸を呼ぶ体質らしく、どんな仕事もすぐ首になってしまう。ある日ピザの配達中女の子に見とれていたリノは車と激突。怪我は大したことなかったが、それ以来彼は人に化けて街に潜んでいる怪物たちを見分けられるようになってしまう。

と書くとそれほど珍しくもないSFジュブナイルのようですが、変わっているのはメインとなるリノとその二人の友人も外見的には人間でないところ。リノは多少かわいらしいヴェノムのようですし(上画像参照)、ヴィンスは燃える骸骨(中画像参照・ゴーストライダーかよ!)、ウィリーはどうやらコウモリっぽいのですが翼もないし謎の生き物としかいいようがありません(下画像参照)。Mfk2ですが町の人々は彼らを見ても別段驚きません。ドラえもんやオバQが歩いていてもあの世界では普通に受け入れられてるような、そんな感覚なのかもしれません。ちなみに「ムタフカズ」とはヒスパニック系ギャングのスラングだそうで、人間ではないっぽいですが、ルチャ・リブレとナチョスを愛好してるのを見ると彼らも一応メキシコ系の若者のようです。

そんなゆるキャラのような3人が宇宙人の陰謀に巻き込まれ、ギャングたちの抗争にも関係し、ルチャ・リブレの神話にも関わったり、若者らしい恋や友情のドラマもあり…はっきり言ってかなり詰め込みすぎです。にもかかわらずあんまりそれがうっとおしく感じられなかったのは、ひとえにポップな美術背景とそのゴチャゴチャ感がマッチしてたからでしょうか。フランスの作家がメキシコ系アメリカ人を描き、日本人スタッフが映像化という多国籍な製作環境もいい感じのごった煮感に貢献しております。あと相当バカバカしい話でありながらリノやヴィンスの友を思う気持ちにはホロリとさせられました。

Mfk3自分がなんとなく気にいってしまったのは謎の生き物のウィリー。うるさいし小ずるいしブサイクなデザインなんですが、どうしてかかわいそうな目にあってるともらい泣きしそうになってしまいました。声を演じるは『花筐』での好演が印象的だった満島真之介氏。あちらではにおい立つような男の色気を放ちまくっておりましたが、こちらではすっぱだかの珍獣を違和感なく演じた上にEDではラップまで披露していて芸達者だなあ…と感服いたしました。

あんまり話題にもならずにどんどん公開も終わりつつあるようですが、気になった方はこちらの予告編をご覧ください。陰謀に巻き込まれた貧乏青年の映画と言えば先日『アンダー・ザ・シルバーレイク』というのも観ました。こちらについても近々書きます。


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December 07, 2018

ミッション・インテリジェンス シドニー・シビリア 『いつだってやめられる 闘う名誉教授たち』

半年ほど前好評を博したイタリアン・コメディの続編が早くも公開。前作は少々都会と時間差がありましたが、今回は時差なしで観られました。『いつだってやめられる 闘う名誉教授たち』、ご紹介いたします。前作の感想はこちら

麻薬組織の摘発の途中、ある人物のテロ計画に気づいてしまったピエトロたち。だが彼らは協力者の女警部に裏切られてまたしても刑務所に入れられてしまった(ここが前作のファーストシーンでもありました)。ピエトロは各地の刑務所に散らばってる仲間を集め、脱獄してテロを未然に防ぐ作戦を立てる。かくして不良教授たちの最後のミッション・インポッシブルが始まる。

先の記事にも書きましたが、これ実はシリーズの3作目にあたります。2作目『10人の危ない教授たち』はそれなりに全国公開されたので鑑賞できましたが、1作目『7人の危ない教授たち』は限定公開の上ソフトも未発売だったので結局いまにいたるまで観ておりません。今回どうも1作目で主人公たちとやりあったらしいキャラが重要なポジションで出てくるのですが、この度もなんとか想像で補いました。そしてなんとかなりました。

で、『闘う名誉教授たち』のひとつのウリは「脱獄モノ」であることですね。厳重にハイテクで警護された監獄から、目立つむさくるしい10人もの男どもがどうやって脱獄するのか。とても不可能に思えるこの命題を、頭脳とお笑いでなんとか実行していきます。IMFのようにスマートにかっこよくではなく、思ったようにうまくいかないながらも強引にずっこけながらクリアしていくところが面白かったです。
そんな素っ頓狂なメンバーは2作目の公式サイトでチェックすることができます。うむ、それぞれちょっとくどめで個性があり見分けやすい。

ここで意外だったのがピエトロのメタボな女房役アルベルトの堂々たる歌唱力。ラリッてる分析官としてのイメージしかありませんでしたが、中の人は歌手としてもそれなりのキャリアがあるようで。歌唱力がどうして脱獄に必要なのか?ということは本編を観てご確認ください。

今回はそういったドタバタの他に、イタリアの教育に対する政府への批判も込められています。なんかいま彼の国では大学や研究施設への予算がどんどん削られているみたいで。ピエトロが大学をお払い箱になったのもその影響ですし、さらに陰謀の首謀者がテロを企てた理由もそこに起因しております。この映画は本国で大ヒットしたようなので、そうした問題も改善されるとよいのですが…

以下は結末までネタバレしておりますのでご了承ください。

協力と奮闘の末になんとか目的を果たした教授たち。夕焼けをバックにさわやかにム所へと戻っていきますが、彼らかなりの確率で懲役は免れないものと思われます。事情があったにせよ、刑務所の壁ぶち壊して脱獄してるわけですからw まあメンタル面でしぶとそうな彼らのこと、これからもタフに愉快に生きていくのでしょうけど、せっかくあれだけがんばったのになんとも気の毒です。それとも女警部が力添えしてくれてなんとか赦免してもらえるのか。その辺のことは想像するしかありません。

あとこの映画に限らず最近の洋画の傾向として、「事件を無事解決しても元奥さん、元恋人とよりが戻るところまではいかない」というのがあると思います。険悪なムードではなくなるものの、これからは良い友達としてお互いの道を行きましょう、みたいな。以前は主人公のかっこよさにほれなおして元のさやにおさまる、というパターンがほとんどだったと思うのですが。まあこれに関しては今の流れの方が好みなんでべつにいいです。

『いつだってやめられる』3部作は12月の14日から20日まで全作がアンコール上映されるようで、近場の方はその間にコンプリートすることが可能になりました。地方の私はちょっと行けそうにないので年明け早々に出るというDVDか配信を待ちます。


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December 05, 2018

永遠なる女王様 ブライアン・シンガー/デクスター・フレッチャー 『ボヘミアン・ラプソディ』

Drm1主に1970年代から80年代にかけて活躍した伝説のバンド「クイーン」。そのクイーンの足跡をたどった映画が2018年の今日本でも大ヒットしております。本日はその『ボヘミアン・ラプソディ』についてダラダラと書きます。

1970年英国。空港で働く青年ファルーク(後のフレディ・マーキュリー)は音楽にのめりこみ、押しかけのようにしてブライアン・メイとロジャー・テイラーが組んでいたバンドに加わる。もう一人ジョン・ディーコンを加えたバンドは「クイーン」と名を改め、瞬く間にスター街道を驀進。世界各地でコンサートを重ね、さらに不朽の名作「ボヘミアン・ラプソディ」をリリースする。この世の栄華を極めたかに見えたクイーンだったが、フレディは人知れず孤独と己のアイデンティティに苦悩し続けていた。

わたしがクイーンの名前を知ったのは十代のころ、「レディオ・ガガ」じゃないですけどラジオの古めの曲を紹介する番組を聞くようになってから。「ジェット・ストリーム」とか「クロスオーバー・イレブン」とかそういうやつですね。その後フレディの死後、ロック好きの弟がはまって、隣でビデオを見ながら「なかなかいいじゃん」と思ったり、『クロマティ高校』での出演?にインパクトを覚えたり。そんな風に本当に上っ面のことしか知らないままこの年まで生きてきました。
ただクイーンの曲というのは本当にいまいろんなところ…CM、TV番組、映画で使用されているので、わたしたちの日常にすっかり浸透してしまった感があります。ここ数年の映画だけでも「ロック・ユー」(『ピクセル』)、「フラッシュのテーマ」(『テッド』)、「ボヘミアン・ラプソディ」(『スーサイド・スクワッド』予告)、「キャント・ストップ・ミー・ナウ」(『ハードコア』)、「アンダー・プレッシャー」(『SING』)、「レディオ・ガガ」(『T2 トレインスポッティング』)、「キラークイーン」(『アトミック・ブロンド』)、「ブライトン・ロック」(『ベイビードライバー』)とわたしが知ってるだけでもこんだけ使われおり、「さすがにクイーンかけすぎじゃね!?」状態でありました。そして真打とばかりに彼ら自身の物語を描いたこの作品が公開されました。

前半の山場はやはりタイトルである名曲「ボヘミアン・ラプソディ」が作られていくくだり。この曲についてもちょくちょく耳にはするものの、歌詞の内容については今回初めて知りました。二転三転する曲調とシュールな言葉で聴く者を翻弄しますが、これ自体ひとつの物語であり、人を殺してしまった少年が裁きの場へと向かうお話を曲にしたものであります。「ボヘミアン」というのはかつてジプシーと呼ばれたロマのことであり、漂泊の民のことであります。フレディは自分のことを世間から迫害された、どこにも居場所がないそんな存在のように考えていたのでしょうか。あれだけの成功をおさめても彼がそんな風に感じていたとしたなら、本当に世の中どうやっても幸せになれないのでは…なんて思えてきます。
でもまあ、彼の真の居場所というのはやっぱり「クイーン」であり、観衆が前に立つステージであったわけで。それをフレディが心から実感するまでのお話ということもできます。「人間3人いれば派閥が出来る。バンドはだから必ずもめる」とは中島らも氏のお言葉です。クイーンも色々もめはしましましたが、とことんまでこじれなかったのは、やっぱり彼らがバンドである以前に「家族」だったからなんでしょうね。

フレディを演じるのはエジプト系のラミ・マレック。これまで最もメジャーな役は『ナイトミュージアム』3部作のファラオでしょうか。こういってはなんですが、そんな大スターとは程遠い彼がカリスマのフレディになるのは相当なプレッシャーがあったかと思います。しかしそれこそフレディが乗り移ったかのような熱演ぶりで高い評価を得ております。

大概ネタバレですが、自分が最も鼻水を垂れ流したのはフレディが病院でやはり先の長くなさそうな少年の「エオ」に応えるシーンと、長年険悪だったお父さんに迎えられ、彼の口癖だった「善き行い」を果たしに行くシーン。後者はアメコミ者としてはちょっと違いますが、『スパイダーマン』の「大いなる力には大いなる責任が伴う」というあれを思い出したりしました。

Srzksu5f_400x400『ボヘミアン・ラプソディ』は現在3週連続で前週の収益を上回るという驚きのヒットを記録しております。正直今の日本でクイーンの映画が売れるわけなかろう…とか公開前は思っておりました。ごめんなさあいごめんなさいごめんなさい。おそらくこれまで彼らのことを知らなかった若い人々も、その力強いメロディでひきつけているのでしょう。かつて酔いしれた世代はなおさらのこと。恐るべしクイーンであります。


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December 04, 2018

この怒り、どうすレバいいノンか ジアド・ドゥエイリ 『判決、ふたつの希望』

荒唐無稽な映画の記事が続いてましたが、今回はぐっと落ち着いた社会派作品の紹介を。第90回アカデミー賞外国語映画部門にノミネートされた『判決、ふたつの希望』について書きます。

現代レバノン。右翼的な政治集団に所属している自動車修理工のトニーは、自宅近くで工事を監督していたパレスチナ人のヤーセルが気に入らず、仕事を妨害したうえ侮辱的な言葉を浴びせる。かっとなったヤーセルはトニーにケガを負わせてしまい、二人の諍いは裁判へと発展する。だがトニーについた弁護士が彼を政治的に利用しようとしたために、その論戦は国中が注目するものとなってしまう。

レバノンというとまれに伝え聞く情報や、映画『レバノン』(まんま)『戦場でワルツを』などから内戦で大変だったんだなあ…というイメージがあります。ただ調べたところによるといまはおおむね落ち着いているようで、作品の中にうつる街並みもなかなか風情があって、ちょっと行ってみたい気分になるくらいでした。ただ以前の悲惨な時代の記憶は人々の胸にまだ十分刻まれていて、時折社会に軋轢を生じさせたりするようです。

我々観客から見ると、最初はやはりヤーセルの方の肩を持ちたくなってしまうところ。彼はただ真面目に仕事をしてるだけなのに、トニーの方は明らかに悪意があります。自分も建築関係の仕事なもので、現場の近くにこんなひとがいやだな、とか思いながら観てました(笑)。そしてヤーセルに対して叩きつける暴言がまたひどい。つい殴られても当然だ、なんて感じてしまいます。
けれど裁判の流れの中で彼の過去が明らかになるにつれ、次第にトニーがなぜそんな男になったのかがおぼろげにわかってきます。もちろんどんな生い立ちだろうと他の誰かを傷つけていい理由にはならないわけですが、諍いを解決するにはまず相手の背景を理解することが必要なのでしょう。それを怠るとこちらを攻撃してくる人々はみな悪鬼のように思えてきますし、問題はますます深刻になっていきます。お互いが集団の一員である場合はそれこそ流血沙汰にまで発展しかねません。

ただそんな憎たらしい相手でも、心情を推し量ること、ちょっとした親切を示すことでわだかまりが解きほぐれることもあります。現実にはそう簡単ではないかもしれないけれど、誰にだってできることなのでは。少なくともこの映画の監督はそうした希望を捨てていないようです。わが国はこんな風に難民ががっつり混在してる環境ではないですけど、ほかの国や民族に対するヘイトは頻繁に耳にするので、決して他人事ではありません。

いたずらに観客の感情をあおりたてずに、熱くなる周囲とは反対に二人の心がゆっくりと穏やかになっていく過程が心地よい作品でした。これがハリウッド映画かメジャー邦画だったら最後は二人抱き合っておいおい泣くとこまでいくと思うのですが、その辺も実につつましやかだったのもよかった。レバノンの人々はシャイな人が多いのかもしれません。

『判決、ふたつの希望』は日本では当初4館でのスタートでしたが、評判を呼んで50館に増えたというのが嬉しいですね。さすがに概ね公開終了したようですが、まだ少々残ってるところもあります。詳しくは公式の劇場一覧をごらんください。

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December 03, 2018

続・宇宙清掃 リアル・オドネル 『スカイライン 奪還』

2011年、「低予算でこんだけがんばった!」という感じの『スカイライン 征服』という映画がありました。感想はこちらに書きましたが、とにかく脳みそにこだわっていたことと「俺たちの戦いはこれからだ!」的な投げやりENDが特に印象に残っていました。で、少年ジャンプではそういう結末の作品は大抵それっきりだったりしますが、こちらは驚くべきことに7年の歳月を経て帰ってこられました。『スカイライン 奪還』、ご紹介します。

休職中の刑事マークは、やんちゃでつかまった息子を署に引き取りに行った帰り、大大的な宇宙人の来襲に遭遇する。人々をまるでバキュームカーのように片っ端から吸い上げていく宇宙船。マーク親子は居合わせた人々と懸命に逃れようと死力を尽くすが、ついには全員異星の母船に吸引されてしまう。果たして彼らに生還の道はあるのか。

前作は1千万$で作られたゆえか(それでも11億円)、前半はなかなか宇宙メカが登場しませんでした。が、今回は予算が二倍に増えたおかげですぐにSFガジェットがバンバンと登場してきます。ただまあかっこいいというよりかは、悪の組織が作った的なダサさが漂うところがご愛嬌です。なんせ掃除機のノズルが装備されてますからね。『ロボコン』にそんなやつがいたようないなかったような。
そして今回も脳みそへのこだわりは健在でした、。なぜエイリアンがそこまで脳にこだわるのか。我々がカニみそを珍味としてありがたがるようなものなのか。1作目を予習する暇がなかったのですっかり忘れていたのですが、あ~、なるほどね~、奴隷ロボットの生体コンピューターとして利用するんだっけ~と観ているうちに思い出しました。しかしSDカードかICチップならともかく、血液のぽたぽたしたたってるアレが部品として互換性が効くモノなのか…と思わずにはいられません。そこを無理やり可能にしてしまえるのが宇宙人の超科学なのかもしれませんが。

そういった強引な点もありますが、ボンクラ男子の好きなあれやこれやをぎゅうぎゅうに詰め込んでくれているので、「細けえこたいンだよ」という気分になってくるからオタクはちょろいです。「奪還」のサブタイが示すように今回は人類もけっこう反撃してるのですけど、はるかに文明の進んだ相手にどうやって立ち向かうのかというと、ブービートラップだったり格闘技だったり、敵の武器を利用したりムニャムニャが味方してくれたりと、あの手この手で宇宙人バトルを披露してくれました。相手がエイリアンやプレデターだったらシラットで戦うのは死にいくようなものですが、こちらの宇宙人さんは1名を除いて大体モブっぽいのでホモ・サピエンスでも気合次第でなんとかなるのです。

さて、前作は思いっきり10週打ち切り的な幕切れだった『スカイライン』、今回はどうだったかというと… やはり大変このシリーズらしい結末でした(と言うと大体わかってしまいそうな…)。リアル・オドネル監督の次回作にご期待いたしましょう(笑)
そういえばやはり低予算SFものの『アイアン・スカイ』も2作目を作るとか言ってましたが、その後どうなってしまったのでしょうか。ま、気長に待つとしますか。

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