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May 22, 2018

帰ってきたアイアン・ジャイアントとその他大勢 スティーブン・スピルバーグ アーネスト・クライン 『レディ・プレイヤー1』

Rp11おそらく世界で最も有名であり、いまだ製作意欲の全く衰えないカリスマ的映画監督、スティーブン・スピルバーグ。その最新作はゲーム、アニメ、映画その他の著名キャラが大挙して出演するという一大エンターテインメント。世界でヒットを続けている『レディ・プレイヤー1』、ご紹介します。

ネットは発達したものの退廃した空気が漂う近未来。人々は生活そっちのけで、仮想空間「オアシス」の中でのゲームや投機に夢中になっていた。ある時オアシスの創設者ハリデーは、仮想空間に隠された三つのカギを見つけたものに、システムの所有権をそっくり譲渡すると宣言する。平凡な若者ウェイド・ワッツもその争奪戦に挑むが、ハリデーの課題は恐ろしく難解で時間が経っても誰も最初のカギを見つけられずにいた。

原作はアーネスト・クラインの小説『ゲームウォーズ』。オアシスではプレイヤーは自分の好きなキャラになれるのですが、架空のキャラをいっぱい考えるのが大変だったのか、それとも単に「その方が面白そうだから」ということなのか、原作でも映画でも他の作品の有名なキャラクターがわんさか登場します。映画の方が権利問題がややこしいのか、やや幅が狭まった感がありましたが。
その例のひとつがアイアン・ジャイアント。原作ではウルトラマンが占めるべきポジションを、円谷から許可が出なかったということでこのマイナーキャラが務めることになりました。どのくらいマイナーかというと、公開時大赤字になってしまい、その後監督が10年以上かけて借金をコツコツ返してたというほどです。あんなにいい映画なのに… 世の中まちがっとる!! それはさておき、ウルトラマンとIGの共通点っていったらトサカがついてて、目が真ん丸で、でかくて、空飛べて、宇宙からやってきて、ビームが放てて、正義の味方ということくらいじゃないですか!(けっこうあるな…) でもおかげさまでわたしの大好きなIGを実写でスクリーンで18年ぶりに拝めることになったのですから、こんなに嬉しいことはありません。円谷さん、断ってくれて本当に本当にありがとう!!(もう一番言いたいことを語ってしまいました…)

それにしても最初に企画を聞いたとき、こんなにサブカルまみれで他からふんどしを借りまくるような映画を作るなんて、スピルバーグ大先生らしくないなあ…とは思いました(まあこれほどにふんどし借りまくりの映画って他には『レゴRムービー』くらいしかありませんが)。しかし実際に観てみると主に昔のスピルバーグ作品のあれやこれやを思い出させるムードに包まれておりました。特に目立つわけでもない少年が勇気を胸に冒険に挑み、かけがえのない何かをつかみとっていく… この直球のジュブナイルっぽさ、『E.T』『グレムリン』『グーニーズ』『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を彷彿とさせますよね(『E.T.』以外はプロデュース作品ですが…)。
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そんなわけで大変楽しませていただいたのですが、この「オアシス」世界どうにもおかしいところがあります。「そのくらいスルーしろよ」とか言われそうですけど、オタクなのでどうしても看過できないのです。
ひとつは近未来が舞台なのにやけに元ネタが古いものばかりということ。90年代以前のキャラはわんさか出てくるのに、わたしたちの時代より後に生まれたキャラは出てきません。実際の理由としましてはやっぱり「オリキャラをたくさん考えて混ぜるのが大変だったから」なんでしょうけど、オタク的には「2010年代より後は架空のキャラクターを作るのを禁止する法律でもできたのだろう」と脳内補完することにします。

もうひとつは今現在人気絶頂のキャラがみあたらないこと。本当ならオアシス世界にはもっとミッ○ーマウスとかマーベルヒーローとか、はっきり言うとD系のキャラがうろついてないとおかしい。これまた先に述べたように著作権上の問題で仕方なかったんだと思います。でもそれじゃつまらないので、おそらくD社は「我々はオアシスには参加しない」とつっぱねて、独自のバーチャル空間を作ろうと試みるも失敗して衰退した…と考えることにします。ただスターウォーズだけはちょろちょろっとオアシス内でも見受けられるので、たぶんものすごく課金すれば使えることになってるんでしょうね。

…といろいろこじつけてみましたが、それでも『バカルー・バンザイ』や『ビルとテッド』が若者たちの間で共通言語として成り立ってる世界ってどうにも無理があります(笑) クライマックスのあの3メカにしたって、わたしのような日本のオタクおじさんは大喜びですけどアメリカの一般の若者は「???」だったのでは。あ… もしかしてそうやってマイナーだけど質の高い作品をどんどん表に出すことで、それらの名作が忘れられないように、今の若者に興味を抱かせることが本作品の狙いだったのか!? やられたぜスピルバーグ… どうやらわたしは御大の手のひらで踊らされていたようです。

Dt2でもしつこくもう一点不満をあげますと、アイアン・ジャイアントの出番がもっとほしかった。正直予想よりはかなり多かったけど、もうIGが最初から最後まで出ずっぱりだったらなおよかったです。オタクはすぐ調子にのってこういう図々しいことを言いいます。

スピルバーグ氏は早くも次のプロジェクトに取り掛かっており、その中にはこの映画でちらっとおちょくったスティーブン・キング原作のものもあるとのこと。とうとう夢のWスティーブンのタッグが実現するのか… ワクワクしますね! でもその前に一応スピさんはキングに軽く詫びを入れといたほうがいいと思うよ!


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May 21, 2018

あんたちょっといい女だったよ、だけどやばい女 チョン・ビョンギル 『悪女/AKUJO』

Akj1常にヒリヒリする暴力ムービーを提供しつつづける韓国映画界。この度もまたそんなブテチゲのような映画に、さらにあらたなエッセンスを加えた作品を送り出してくれました。『悪女/AKUJO』、ご紹介します。

たった一人で暴力団に殴り込みをかけ、その場にいた者すべてを葬り去った恐るべき女がいた。なんとか身柄を拘束した当局はその能力を惜しみ、工作員として養成することにする。妊娠していた彼女はおなかの子のため、当局の申し出を受け入れる。やがて訓練を終えた女は無事生まれた子供と施設を出、任務に臨む。幾つかのミッションを終えたら平穏な生活が待っているはずだった。だが彼女には哀しい再会と運命が待っていた。

「悪女」というと皆さんはどんな女性をイメージされるでしょうか。お色気を武器に純真な男心を惑わして、さんざん甘い汁を吸ったあげくポイ捨てするようなそんな女ではないでしょうか。ただこちらのヒロインは全然そういう感じではなく、むしろだまされてる側。「悪いのはわたし、それとも運命」というコピーですが、この場合は悪いのは断然当局と悪男です。ただこういうタイトルになったのは敵側からすれば彼女が「とんでもなく凶悪な女」に見えるからでしょう。それほど人間離れした戦闘力を持つヒロインです。

前から思ってたのですが、韓国の映像作品って映画は血みどろバイオレンスなのに、TVはメロメロの恋愛ものが多いんですよね。TVじゃ血しぶきは流しにくい、という事情もあるんでしょうけど。で、この『悪女』は従来の暴力ムービーに巧みにメロドラマを織り交ぜた作品になってました。任務のためにクールに徹するはずだったのに、いつのまにかタイプの違う二人の男に心揺られちゃってるヒロイン。しかしそういう甘~~~いムードが漂うのは本当にちょっとの間です。あとはひたすら映像的にも精神的にもいたぶられ続ける「悪女」。あまり人をSとかMとかにわけたくはありませんが(ちなみにわたしはLLです)、監督のチョン・ビョンギル氏は地上でも有数のサドだと思いました。前作が『殺人の告白』というのもその確信を強めさせます。

で、面白いことにこのビョンギル氏、スタントマン出身なんだそうで。その経験が生かされたのか、格闘シーンもカーチェイスも恐ろしいほどの気迫がみなぎっております。そしてそれをほとんど自分でこなしたという主演のキム・オクビンさんがまたすごい。まあ最近はハリウッドなどでも女性主体のアクション映画は珍しくないですが、あちらは爽快感やたくましさを感じさせるものが多いような。対してこちらは強いながらも痛々しさややるせなさも印象に残る作品となっておりました。それだけに観終わったあとはどっと疲れが押し寄せてまいりました。

Akj2『悪女/AKUJO』は公式サイトを見るとまだぽつぽつ公開が残ってる地域もありますが、もう来月22日にDVDが出るのでその方が見やすいかと思います。
実はさっきここまで書いたところでPCがフリーズして記事が全部消えました。一瞬悪女のように暴れたくなりましたが、「暴力は何も生まないわよね…」と思い直して静かに書き直した次第です。


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May 14, 2018

翔べ! パシリム スティーブン・デナイト 『パシフィック・リム アップライジング』

20180225_1849562013年、ハリウッドが本気を出して巨大ロボットと怪獣の一大バトルを描き、一部で熱狂的な人気を博した『パシフィック・リム』。一時は製作が危ぶまれたものの、5年の歳月を経て再びスクリーンに帰ってきました。『パシフィック・リム アップライジング』、ご紹介します。前作の紹介記事はこちら

人類が巨兵「イェーガ―」を駆って、未知なる侵略者の攻撃を退けてから数年。戦争の英雄ペントコストの息子ジェイクは盗品売買を生業とした自堕落な生活を送っていた。ある日目当てのブツを横取りした相手を追って、彼は手製のイエーガーを作っていた少女アマーラと出会う。軍当局に捕まった二人は、ジェイクの姉マコの計らいで防衛軍にそれぞれ教官と訓練生として迎え入れられる。望まぬ仕事を嘆くジェイクをよそに、侵略者たちは次なる陰謀をひっそりと進行させていた。

前作の主人公ローリーは姿を消し(劇中で理由は触れられず)、次世代、次々世代に焦点を当てた今回の作品。同じ世界を舞台とし、同じ設定を使用しているのにも関わらずどことなくムードが違うあたり、まるでどこかの『Zガ○ダム』を連想させます(冒頭のエピソードはどちらかといえば『ZZ』でしたが)。
この『アップライジング』を担当したスティーブン・デナイト氏は正編の監督であり、今回製作に回ったギレルモ・デル・トロと綿密な打ち合わせをしたそうですが、やはりそれぞれの資質の違いみたいなものが浮き彫りになってしまいましたね。すなわちデルトロ監督は生物描写や粘液に執拗なこだわりを見せていたのに対し、デナイト監督はどっちかというとメカのかっこいいバトルの方に興味があるようで。イェーガーのアクションに関しても前作がどっしりとした重厚感溢れるものだったのに対し、今回はどちらかというとスピード感を重視したものに変わっていました。
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ただ自分などは続編を作るからには新しい何かを盛り込んでほしいと思うし、前作と同じ路線でいくにしても違うアレンジを試みてほしい。その点で今回の『アップライジング(UR)』は申し分ないものでした。思えば前作のメンバーはみな失敗したり挫折したりすることはあっても、基本的に完成された「大人」でした。
一方『UR』のジェイクはなりこそでかいけれど、まだ発展途上というか子供っぽさが抜け切れてないキャラクター。だからかストーリーに陽気なムードを醸し出しておりました。ひねくれながらも義理の姉であるマコの前に出ると素直になってしまうあたりがなかなかにかわいかったり。ちなみにボイエガ君はこれまで演じた役の中でもかなりジェイクに自分との共通点を感じたとのこと。「若いころのジェイクは、16歳や17歳の時の自分みたいだった。自分の欲しいものに関しては向こう見ずで、たくさんの危険を犯す。現実的なお金の問題や人生の辛い部分をまだ経験していないからね」(「THE FASHION POST」のインタビュー記事より )。
そしていまひとりの主人公であるアマーラはそのジェイクよりさらに幼い女の子。マコと同じく辛い過去を経験しながら、その恐怖を克服しようと必死にもがいております。やっぱりおじさんはそういう厳しい環境の中でも一生懸命子供たちががんばる話に弱いんです。
そして未完成な二人がいつしか互いに励ましあい、それぞれの壁を乗り越えていく… その辺が非常に心地よかったです。

ちょうど三日ほど前1作目の地上波放映があったのですが、正直申しますとやはり『UR』はインパクトその他の点で色々先代に及ばないところがありました。それでも彼らは自分たちのやり方で全力を尽くしてバトンをつないだと思います。その点、映画のジェイクやアマーラとと重なるところを感じました。

20180402_184805公開前のデナイト監督の発言によると、すでに3作目の構想があり、いわゆるユニバース的な発展も考えているとのこと。ただ今回もヒットはしたものの、またしても赤字になりそうなことを考えるとどこまで実現するかは怪しいところです。でもせっかくバトンをつないだのだからなんとかしてそれを次に渡してほしい…! そう、たとえ状況が怪獣のように手ごわかろうとも、あきらめてはいけないのです。『パシフィック・リム アップライジング』はまだ全国で公開中(今週いっぱいかな…)


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May 07, 2018

ゼロの指導者 谷口悟朗 『コードギアス 反逆のルルーシュⅡ 叛道』

Cghr21放送終了後10年を経て総集編の劇場版三部作が公開されている『コードギアス 反逆のルルーシュ』。本日は第二部にあたる『叛道』について思ったことをつらつら書いてみます。第一部『興道』の感想はこちら

捨てられた復讐のため、妹ナナリーの居場所を作るため、仮面をかぶり武装組織「黒の騎士団」を立ち上げた大国ブリタニアの王子ルルーシュ。偶然手に入れた特別な力「ギアス」と持ち前の兵法の才能で、旧日本「イレブン」において彼の勢力は増していった。だがブリタニアで人気の高い皇女ユーフェミアが黒の騎士団に和平条件を提案してきたため、事態は意外な方向へ進み始める。振り上げた拳をひっこめてナナリーのために仇の国と和睦すべきか。ルルーシュは思い悩んだ末、決断をくだす。

TVシリーズ一期の終盤と二期の序盤(というかほとんど前半)が扱われた本作品。やはり最大の山場はシリーズ最大の悲劇であるユーフェミアの虐殺。リアルタイムで観てた時は「なんて残酷で意地悪なこと思いつくんだろうなあ…」と画面の前で崩れ折れたものでした。さすがはやる時は徹底的にやりすぎてしまうことで定評のある谷口悟朗監督です。10年経ってるしどうなるかも知っているので、初見時よりはショックが和らぐかな…と思いながら鑑賞してましたが、辛い展開があるとわかっていながら観ているとそれはそれでかなりこたえるものでありますね。
『叛道』で第一部よりさらにエスカレートしてるのがこの『はだしのゲン』なみの残酷描写。老若男女、幼い子供ですら平等に戦火の中で散っていく様子が丁寧にネチネチと描かれていきます。これを露悪的と見るか、リアリズムと見るか(ロボや超能力が活躍する作品でリアリズムもないもんですが…)。ともかく、単なる娯楽作品の中では納まりきらない強烈な毒がこのアニメには含まれております。

話は変わりまして。第一部『興道』はほぼTV版の忠実な総集編でしたが、第二部では途中からかなり独自の展開が増えてまいります。まるでどこかの『エ○ァン○リオン』みたい。古いファンを飽きさせないためか、はたまた噂されてる新シリーズへの布石なのか。その意欲は買いますが、あまりにもその辺が矢継ぎ早だったためか、大変わかりやすい入門編であった第一部に比べ、第二部はTV全話観ていたわやしですらよくわからない仕上がりになってしまったような(単に脳の退化でついていきづらくなった…という考え方もできますけど)。これも『エ○ァ』がアニメ残していった影響のひとつですが、精神の内面を描いたシュールな描写は高尚に思えるかもしれませんけど、観ている側には混乱を招くばかりではないでしょうか。

…といろいろ詰問するような文章になってしまいましたが、今回も色々力が入っていたことは認めざるを得ません。特に中盤スザク視点から話を追うことで、本当にルルーシュの記憶がよみがえったのかつつみくらますように持っていく展開はうまいと思いました。学園のみんながナナリーのことをどうして忘れてしまったのか…という謎も補完されましたし。オミットされたのは中華連邦のゴタゴタを黒の騎士団が収めるあたりくらいでしょうか。あと偽の弟ロロ君の存在感がだいぶ小さくなってるような。彼の活躍?は第3部に持ち越しというところでしょうか。

Cdhr22大都市では今月末にも第3部であり完結編の『皇道』が公開予定。いまんとこ劇場一覧にうちの近くの映画館の名前はありませんが、1・2部はやってくれたのでたぶん大丈夫でしょう…!(そう信じたい)
そしてそのあとはいよいよ魔神君が復活するのでしょうか? 期待半分、不安半分でシリーズの行方を見守っております。


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May 02, 2018

ひこう少年と不良中年 コーネル・ムンドルッツォ 『ジュピターズ・ムーン』

Jsm1『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲』(未鑑賞…)で第67回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリを獲得したコーネル・ムンドルッツォ監督が次に撮ったのは、ちょっと不条理な少年と親父の社会派SF。『ジュピターズ・ムーン』、紹介いたします。

シリア難民の少年アリアンはハンガリーに上陸した際警官に撃たれ死の淵を垣間見る。だがその時いかなる作用の故か、少年は病気を癒す力と空中を舞うパワーを身に着ける。彼と偶然出会った転落中の医師シュテルンは、アリアンの力を利用してもう一度病院での地位を取り戻そうと画策するのだが…

木製には「エウロパ(ヨーロッパ)」という衛星があるようで。監督は「もうひとつの架空のヨーロッパの物語」ということでこういう題を付けたそうですが… わかりにくいですね!
ともかくこの映画のコンセプトのひとつは「空中浮遊」であります。昨今映画でもヒーローがバビューン!と空中を舞う映像は珍しくもないですが、こちらのアリアン君の浮き方は立ち泳ぎかクリオネのようにゆっくりゆっくり漂うようなもの。そのバックにブダペストのちょっとくすんだ歴史ある街並みが写し出され、詩情と郷愁と宗教画が組み合わさったような独特な映像世界が展開されます。

冒頭で「SF」と書きましたが、あらすじを読んでもわかるように科学的考証の入る余地は全くありません。難民の問題を取り上げてはいるものの、どちらかといえば「寓話」「童話」に近い映画であります。偶然ですがこの辺いま公開中の邦画『いぬやしき』とちょっとかぶっております。
いっぺん死んで復活したり、奇跡的な力を有していたり、無神論者を改心させたり…とアリアン君はあからさまにキリストっぽいところがあります。劇中でも「天使だ!」と言われたりしてますし。確かにそういう存在なのかもしれませんが、その一方でとてもナイーブだったり、ごく普通の少年っぽい面もありまして。超能力を有してはいても救世主というよりは傷ついた子羊のような印象が強かったです。
いまひとりの主人公シュテルン氏は当初小ずるい利己主義者として登場します。それがいつしかアリアンと接していくうちに、自分のためではなく彼のために身をなげうって行動するようになります。この辺がちょっとすんなりついていきがたいところではありましたが、こういうのは理屈ではないのかもしれません。シュテルンの中にもともとあったわずかながらの善性が、奇跡を見たり少年の純真さに触れたりすることで呼びさまされた…ということなのかな。

かようにやや宗教色の強い作品のようにわたしには思えました。大半の日本人には馴染みにくい考え方でしょうけど、やっぱり欧州の方たちは神様がいること、神様ならなんとかしてくれるだろう…ということを信じてるのでは。実際シリアの惨状に直面している人たちは神にでもすがらなければやっていけないのかもしれません。あるいは難民問題が深刻化しているハンガリーにあって、愛と寛容な精神でもって対処していこう…ということが言いたいのか。外国の人と接することも少ないわたくしですが、そういう主張には心から賛同いたします。

Jsm2ムンドルッツォ監督は『ホワイト・ゴッド』と本作品、そして構想中のもう一本の作品をもって「信頼三部作」を完成させたいとのこと。三作目が公開される前に『ホワイト・ゴッド』も観ておきたいものです。
あと先にもあげた『いぬやしき』やネットフリックス映画『念力』、ロック様の『スカイスクレパー』など今年は空中浮遊とおじさんがからむ映画が流行なようです。地にしっかり足をつけることも大事ですが、映画の中でくらいはプカプカ浮いたっていいですよね~

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