赤ちゃんの泥棒 エドガー・ライト 『ベイビー・ドライバー』
血しぶき飛び交うコメディで熱烈なファンを持つ英国の鬼才エドガー・ライト。その彼がガラッとスタイルを変えて挑んだ犯罪映画が注目を浴びています。『ベイビー・ドライバー』、紹介いたしましょう。
とある事情で強盗専門のドライバーをしている青年がいた。彼の通り名は「ベイビー」。いつも音楽を聴いていてひょうひょうとしているが、その運転技術は超名人級であった。ある日ベイビーは食堂で出会ったウェイトレスに恋をする。そのことも手伝っていまの仕事から足を洗おうとするベイビーだったが、彼を重宝している雇い主がそれを認めるわけもなく…
今回のエドガー・ライト、いつもとどう違うかといえば、まず「オタクくさくない」。彼がいままで手掛けてきた作品はそれぞれゾンビもの、ポリスアクション、侵略SFのパロディでありました。どれもオタクさんが大好きなジャンルで、監督のボンクラムービーへの愛情が伝わってくる映画でした。はっきりそれとわかる名作のオマージュがちりばめられてたり、過剰すぎて笑えるゴアシーンがあったりしてね。
しかし『ベイビー・ドライバー』は映像といいキャラクターといいストーリーといい、どこを切り取ってもお洒落で固められています。徹底した音楽へのこだわりはありますが、その使われ方も極めてオシャレ。いったいぼくたちの慣れ親しんだライトさんはどこへ行ってしまったのでしょう。さびしいじゃないですか!! ただ残念なことに?映画自体は大変エキサイティングで、二時間ずっと手に汗握らせるほどに面白い作品でした。
わたくし気づいてしまったのですが、こういうノワールというか犯罪稼業映画にはひとつの定型を踏んでるものがあります。『ヒート』『ドライヴ』『ザ・タウン』『トランスポーター』、古くは『俺たちに明日はない』などもそれにあてはまるでしょうか。
まず序盤の第一のヤマは主人公たちの才能もあって、これ以上ないくらい完璧にことが運びます。しかしチームやスポンサーが調子にのったために、中盤あたりからはミスや不安要素がだんだんと増えていきます。そして終盤になると出だしとは対照的に何から何までうまくいかなくなり、主人公は絶体絶命のピンチにおいやられる…という流れ。
『ベイビー・ドライバー』はまさしくこのパターンを忠実になぞっているので、ストーリー自体はそんなに目新しくはないかもしれません。ただ中心となるベイビーのキャラや、近年のアクションの中でも白眉ともいえる洗練されたカーチェイスで観るもののハートをつかんで離しません。
ベイビー君のスタイルで特に印象に残ったのは、そのでかいサングラス。『Dr.スランプ』の皿田きのこか、ってくらいグラサンがでかい。で、その風貌がなんでかベイビー君をその名の通りとても子供っぽく見せてるんですよね。普通子供はサングラスとかかけないものなのに。「常に音楽を聴いてないと耳鳴りがして平常でいられない」「その時の状況に合わせて音楽をチョイスする」という設定も面白い。
音楽といえばこの映画の重要なところでまたしてもクイーンが使われています。昨年の『スーサイド・スクワッド』予告、『ハードコア』『SING』『T2 トレイン・スポッティング』、少し前の『ピクセル』、あと今度の『アトミック・ブロンド』… わたしが知ってるだけでもこんだけあるんだから、最近の映画におけるクイーンの使用率の高さはちょっと異常ではないでせうか。
で、ここからはふたつばかり不満点をぐちりながらネタバレをかましていきます。
先ほど「パターンを踏んでる」と書きましたが、終盤の展開は微妙に定型をずらしてきます。普通なら最後ベイビーの前に立ちはだかるのは彼を酷使していた雇い主(ケビン・スペイシー)や血の気の荒い同僚(ジェイミー・フォックス)になるはずですが、やな同僚はさくっと死んでしまい、雇い主は突然いい人になってしまう。代わりにベイビーに好意的だったチームメイトが色々あって豹変し、ターミネーターのごとき不気味さで彼を追いつめます。この辺予想がつかないのはいいんですけど、なんだかちょっとスカッとしなかったな、と。
あと自分はあれだけすごいテクニックを持ってるんだから、クライマックスでもその技術で包囲網を突破してほしかったなーと。そんで恋人と離れ離れにはなってあてどもない逃亡を続ける…みたいな結末の方が好みです。あ、これ『ザ・タウン』そのまんまだ(笑)
ともあれ、これは個人の好みであって『ベイビー・ドライバー』がハイレベルの「本気」がぶちこまれた映画であり、本年有数のド傑作であることには変わりがありません。
さて、これからエドガーさんはどこへ行くのでしょうか。オタク的パロディとは決別して、一般の人にもとっつきやすいオシャレ映画にシフトチェンジしていくのでしょうかね。宮崎駿監督が『トトロ』あたりからオタクをバサッと切り捨てた時のことを思い出します。あなたにはそうなって欲しくないんだけど… でもその方が作家の地位は向上するんですよね。ふううう
『ベイビー・ドライバー』はまだたぶん全国各地で公開中であります。
Comments
ベイビー・ドライバーは足が(ペダルに)つきません。
ゆえに、つかまりません。(そのはずですが、どうでしょうねえ。)
Posted by: ボー | October 12, 2017 09:01 AM
>ボーさん
まあとりあえずベイビーというか幼児は鬼ごっこが好きですよね。
Posted by: SGA屋伍一 | October 13, 2017 09:39 PM