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October 25, 2017

わたしたちのマーキュリー計画 セオドア・メルフィ 『ドリーム』

Drm12月に行われたアカデミー賞作品賞ノミネートの、ようやっと最後の1本です。NASA草創期に宇宙開発を陰で支えた女性たちを描く『ドリーム』、ご紹介します。

1960年代、NASAはソ連に追い付くべく初の有人宇宙飛行プロジェクト「マーキュリー計画」に血道をあげていた。キャサリン、メアリー、ドロシーら有能な黒人女性たちもその能力を買われ、日夜計算と実験に励んでいたが、肌の色のゆえに、女性であるがゆえに不当な待遇に耐え忍ばねばならなかった。それでも彼女たちの奮闘はやがて実を結び、徐々に計画の中心を担っていくようになる。

原題は「Hidden Figures(隠された数式)」。宇宙飛行において必要なのにいまだたどりつけない正解的な数字のことを表すと共に、上司から嫌味半分でマーカーで塗り消された書類のことも指しています。またfigureには「人物像」を指すこともあります。彼女らの存在が大々的に知られるようになったのことはごく最近のことであり、ようやく日の目を見た…という意味も含められています。

NASAといえば時代の先をいってるというイメージがありますが、さすがに創設まもないころは内部で偏見や差別的措置もあったようです。加えて当時はキング牧師の活動が注目を集めていたこともあり、黒人と白人の間で緊張が高まっていたことも彼女らを脅かします。そうした逆風にあってもキャサリンたちが妥協することなく、自分の道を邁進する姿は実にすがすがしい。二重の差別を乗り越えてしかも3人とも現役のお母さんだったりしますからね。逆に子供たちがいることが彼女らを強くしたのかな…なんてことも思いました。
あとそういう時代においても人種・性別に囚われず人を尊敬できる者たちもいる、ということも慰められます。ケビン・コスナー演じるキャサリンの上司や、グレン宇宙飛行士、マハーシャラ・アリ演じるキャサリンの恋人などがそうでした。余談ですがマハーシャラさんはドラマ『ルーク・ケイジ』のすぐに切れるギャングの役が強烈だったため、いつDVを振るいだすかと、とてもハラハラさせられました(大丈夫でした)。

『ズートピア』でも言われてましたが、「わたしは差別してない」と思ってる人間でもそれなりに差別意識はあるもの。だからこそ、余計気をつけてそういう意識をなくしていかねばならない。この映画はそういうことに気づかせてもくれます。わたし自身も以前はこの映画の一部の男たちのように、「女子は機械や科学が苦手」と漠然と思っていたことがありました。その誤解をただしてくれたのは『魁!! クロマティ高校』に出てくるロボット番長メカ沢君です。彼の言葉を引用すると「女が機会に苦手というのは偏見にすぎない。現に携帯が流行ってから女たちはバンバンメールやその他の機能を使いこなしてるだろ」とのことです。『ドリーム』を観ていてそんな真理を思い出しました。つか、計算や機械が苦手なのは自分の方だった…

wikiの項目を見ると史実と映画とではちょこちょこ異なるようですが、当時こういう闘いは全米のいたるところにあったものと思われます。そういうのを集約してわかりやすくことの本質をあらわしたってことなんでないでしょうかね。杉田玄白の『蘭学事始』でも『解体新書』翻訳の苦労を表した「フルヘッヘンド」という語のエピソードがありますが、実際に『解体新書』にその文章はないそうですし。

あとこの映画、邦題を巡るあれやこれやで騒がれたりもしました。最初に発表されたのはもちろん原題の『ヒドゥン・フィギュア』ではなく『ドリーム わたしたちのアポロ計画』というものでした。ところがアポロ計画に関しては最後にちょっと触れられるだけで、実際はマーキュリー計画がメインの作品なのでSNS等で非難が殺到。ついには副題が外れてただの『ドリーム』になってしまいました。
わたしとしては洋画不振のこのごろにあって、有名な「アポロ計画」を使って親しみをもたせようとした意図もわかるんですよね。アポロもまるっきり無関係というわけではないし。むしろ『ドリーム』だけじゃ何の映画かさっぱりわからないと思います。
邦題もほんと難しいですよね。原題そのままだと一般の人には意味不明なことも多い。だからといって直接関係ない語やダジャレを使って客を集めようとすると非難をあびる。わりと最近よく聞くのは「○○と○○の○○を○○」みたいな「の」や「と」が入った長めのタイトル・副題。確かにこれなら内容をわかりやすく伝えられるかもしれませんが、どうもオシャレじゃありません。
自分はその方がよいのであれば日本独自のタイトルをつけちゃってもいいと思ってます。ただその場合は的外れじゃない、短いながらも作品をよく表した題をつけてほしいな、と。でもって広く一般の人の興味を引きそうな題…となるとやっぱり相当難しいですね… なにはともあれ配給会社の皆さんがんばってください。

Drm2わかりやすく力強いテーマがあり、教養も身につき、しかもスカッとする『ドリーム』。大勢の人に自信を持ってすすめられる映画です。タイトルが意外と功を奏したのか?公開館が少ないながらもまずまずの成績をおさめております。あともう二週くらいはやってるのでは。


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October 23, 2017

アダムはバス・ドライバー ジム・ジャームッシュ 『パターソン』

Ptsn1一筋縄ではいかないシュールな作風で根強い人気を誇るジム・ジャームッシュ監督。以前BS系で初期の2作『パーマネント・バケーション』と『ストレンジャー・ザン・パラダイス』を観たのですが、淡々としすぎていて正直よくわかりませんでした。そんな苦手意識を持っていたのに心安らぐ予告編につられて、先日新作を観てまいりました。『パターソン』、ご紹介します。

北米の一都市パターソンに住むパターソンさんは、平凡なバス運転手。彼の愛するものは白黒にこだわる妻、ペットのブルドッグ、詩を読むことと作ること、マッチ箱の収集、夜の散歩のついでにいきつけのバーでひっかけること… 映画はそんなパターソンのある一週間を追う。そして彼の前にはなぜか双子がよく現れる。

というわけで今回もわかりやすい起承転結のある作品ではないのですが、ずいぶんとっつきやすく感じられたから不思議です。それはたぶん穏やかで上手に日常を楽しむパターソン氏が、とても親しみやすい造形だったから。演じるのは『スター・ウォーズ』のカイロ・レンが記憶に新しいアダム・ドライバー。正直あちらの絶えずイライラしてるキャラより、こちらの何があっても決して怒らない仏のような役の方がよほど合っていると思いました。パターソンさんは普通に行動してるだけなのに、彼も周囲の人もどことなくユーモラス。こういう静かでちょっと変わった雰囲気、荻上直子監督の『めがね食堂』とも似ています。

パターソン氏が特に熱中しているのが詩作。ひとつのマッチ箱に関して様々な表現でもってえんえんと語っていたりします。こんなにマッチにこだわった映画といったら他には『不思議惑星・キン・ザ・ザ』くらいしか知りません。その詩が美しいものかどうかわたしにはちょっとわかりかねる(文芸学科卒なのに…)のですが、ありふれた直方体についてこれだけ文章をつむげるのだから、それはやっぱりひとつの才能なのでは…という気がします。どうも日本でポエムというと、気取ったり気恥ずかしかったりするイメージが先行してしまいますが、こういう肩の力の抜けた自然体の詩はなかなかいいものだな~と思いました。

パターソン氏が街中ですれ違ったり歓談したりする人も人種、年齢が様々ながら、詩を愛する人が多く、同じ趣味について楽しそうに語らっているシーンを見てるとなごみます。

あとこの映画で特に目を惹くのが、ブルドッグのネリーさんは昨年のカンヌ映画祭でパルムドッグを受賞したほどの演技派。特に奇抜なことをしているわけではないのに、醸し出す存在感はなかなかのものです。残念ながらネリーさんは映画完成直後に亡くなってしまい、自身のの受賞について知ることはなかったそうで。…いや、生きてても知ることはなかったかな。「なんか褒められてるな」くらいは感じたかもしれませんが。

余談ですが最近はまっている漫画に『ハンチョウ』という作品があります。ギャンブル漫画『カイジ』のスピンオフなのですが、これまたいい年のおっさんがごく限られた一日を、それほど大金をかけずにどこまで楽しめるか…ということに挑んだ内容。こちらもおすすめです。『パターソン』と比べるといささか即物的というか、食欲中心ですが。

Ptsn2『パターソン』は地方ではまだこれからかかるところも多い模様。ドライバーさんは年内に強盗と闇落ちジェダイの役で2本の新作が待機しております。うーん、無理してないかい?


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October 18, 2017

烈轟忍法帖 チャーリー・ビーン 『レゴ・ニンジャゴー・ザ・ムービー』

Lng11『レゴRムービー』『レゴバットマン・ザ・ムービー』と連続して傑作を世に送り出したレゴ映画シリーズ。しかし第3弾のこれはどうなんだ…?と心配しながら観に行ったのですが、全くの杞憂でありました。今回もめちゃくちゃ面白い! そんな『レゴ・ニンジャゴー・ザ・ムービー』ご紹介します。

そこは香港と西海岸を足して割ったような街、ニンジャゴーシティ。豊かな自然に囲まれたにぎやかな都市だが、ひとつ難点があるとすると、それは定期的に悪の魔王ガ―マドンが侵攻してきてなんでもかんでもぶっ壊していくこと。幸い街には守り手たる正義のニンジャたちがおり、ガ―マドンは毎回彼らに敗北しては去っていく。ニンジャたちを人々は称賛するが、実はリーダーのグリーンニンジャはガ―マドンの息子であり、父親が悪者であることに人知れず悩んでいた。

ちなみに同名のTVシリーズがすでに数シーズン放映されていますが、そちらとは設定の異なるパラレルワールドの関係だということ。それでは面白い点を片っ端からあげていきましょう。

①最初に目を引くのはやっぱり主人公のロイドが駆るドラゴン型ビーグル(上画像参照)。ダイレンジャーの龍星王とか好きだったんでこいつはたまりませんわ… 他のメンバーのビーグルも正統派からヘンテコなものまで個性派ぞろいです。

②主人公のロイドことグリーンニンジャ。お父さんが悪の帝王であるがゆえに学校ではハブにされてるという泣けるけど笑える設定。ただ現実にも親父が町内きっての問題児で家族が肩身の狭い思いをしてる…という例はあると思います。他のメンバーがきらびやかな属性を持ってるのに彼には特にそういうのがない、というのも泣けます

③悪の帝王ガ-マドン。CVが山寺宏一さんのため闇落ちしたレゴバットマンに見えて仕方ない。4本ある腕で色々変わった芸を見せてくれます。あと最近の流行に合わせてかサメ型のメカがお好きみたい

④ガ-マドンの持つ「最終兵器」。その威力はこちらの予想の遥か斜め上を行く。レゴ風の核弾頭のようにも見えるが…(下画像参照)

⑤メンバーの中でとりわけ異彩を放つのがホワイトニンジャ。R・田中一郎のような天然っぽい発言が目立つが、実はその正体はロボ。機械らしい薄情な一面もあり。

⑥ジャッキー・チェン。どこまでもいつも通りのジャッキー・チェン。

⑦ガ-マドン配下のなぜか魚介系で統一されてる将軍たち。いらんことを言っては豪快に粛清されていく様子が哀れであり、おかしくもあり。

⑧キラキラこまごましてて抒情性あふれるニンジャゴーシティの風景。前二作とはまた違った味わいがあります。

…とまあざっとあげただけでこんだけ魅力あふれる要素があります。すごいでしょう。
そしてどこまで作り手が意識してるかわかりませんが、レゴムービー、レゴバットマンと共通するテーマも幾つかあります。

ひとつめは孤独や疎外感。主人公は一見楽しくやっているようで、心に満たされない空洞を抱えていたりします。

ふたつめは親子の絆の話であるということ。『レゴ・ニンジャゴー』は特にそれが強調された作品でありました。

みっつめは悪者への深い愛情と理解。どうしてこのシリーズは悪者にこんなに優しいのか。嫌われ者を排除するのではなく、温かく迎えてあげよう!という点でこの上ない教育映画だと思います。

あと山寺宏一。もうミスターレゴムービーといっても過言ではないと思います。

Lng4これほどまでに面白くて感動する『レゴ・ニンジャゴー・ザ・ムービー』ですが、日本ではやっぱり大爆死してますcryingcryingcrying 一般の方々が「なぜレゴをわざわざ映画館で見ねばならんのだ?」という気持ちもわかります。でもどうか、だまされたと思って観てほしい… こんな調子だといよいよ次の『レゴRムービー2』は日本ではDVDスルーになってしまうかも。そうならないために、焼け石に水とわかっていても自分はこの映画を必死に応援し続けます。
『レゴ・ニンジャゴー・ザ・ムービー』は一応まだ全国の映画館で上映中。タイムリミットはあと10日か… 少しでも興味を持たれた方、猫・レゴ・ジャッキー・チェン、いずれかが好きな人はぜひごらんください!


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October 17, 2017

素晴らしきかな、犬生 ラッセ・ハルストレム 『僕のワンダフル・ライフ』

Bwl1「犬好きは感涙必至!」と評判のこの映画。果たして猫好きのわたしが観ても泣けるのか… そんな実験精神とともに鑑賞いたしました。『僕のワンダフル・ライフ』、ご紹介します。原題は『A Dog's Purpose(犬の目的)』。

彼は犬としてこの世に生を受ける。最初の犬生はごく短い儚いものだったが、生まれ変わった二度目の犬生で、彼はイーサンという少年と運命的な出会いを果たし、「ベイリー」と名付けられる。その後もベイリーは転生を繰り返し、様々な犬種で色々な人とふれあっていく。

前から思ってたんですけど、猫に比べて犬って本当に形がバラバラですよね。大きいのから小さいのまで、もじゃもじゃしたのからツルツルしたのまで。ハイレベルな愛犬家は犬ならばやっぱり全種類いとおしいのでしょうか? 個人的には柴犬が一番かわいいと思うんですけど、それはさておき。

犬が何度も生まれ変わっていく… こういう発想、米映画では珍しいですよね。転生というのは東洋的というか仏教的な思想なので。そういえば『百万回生きた猫』なんて絵本もありましたな。昨年の『TOO YOUNG TO DIE!』ともちょっとアイデアがかぶってます。
あれは『グーグーだって猫である』のセリフだったかな。ペットを飼ったことのある人はわかると思うんですけど、小動物というのは人間より寿命が短いので「いつの間にかこちらの年を追い越していく」んですよね。飼い始めた時は赤ちゃんだったのに、気が付けば飼い主より年老いている。その時間のずれが不思議であり、悲しくもあります。自分も少し前に猫を看取ったばかりだったので、この映画を観ていて改めてそのことを強く感じました。

ベイリー君(CV高木渉)があまりにもよくしゃべるんでちょっと感動をそがれたかな、というところはありますが、そう言いつつもポリスメンとコンビを組むあたりはけっこうやられました。ずっとワンコに厳しく接してた彼が、別れの際に初めて見せる想いとかね… ああいうのにおじさんは弱いのです。
あと犬猫っていうのは苦しくても人間みたいに愚痴こぼしたりぎゃあぎゃあ泣きわめいたりしないんですよね。辛そうな顔でただじーっと耐えてる。その辺はよく描けてましたが、かえって胸が痛んだりして。

監督はスウェーデンの名匠、ラッセ・ハルストレム。わたしはこの人の『マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ』という作品がとても好きでして。実はこの映画を観に行ったのは邦題がそれと似というてたから、という理由もあります。『マイライフ~』の方は実はあんまり犬は出てこなくて、親と離れて暮らす少年の田舎での日々をほのぼのとつづった作品。これが特にどこがどういいとかは説明しづらいんですが… いいんですよ! 気になった方はDVDでご覧ください。HDマスター版他がアマゾン等で入手できます。

Photo『僕のワンダフル・ライフ』は、犬好きの人たちの支持を集めてかわが国でもなかなかのヒットを飛ばしております。こういう地味な洋画が売れてくれるのはなんか嬉しいですね。
猫好きとしては遅れてかかる『ボブという名の猫』も楽しみにしております。


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October 16, 2017

マイルズ・テラーは参らない ベン・ヤンガー 『ビニー/信じる男』

Bso1ボクシング映画にはずれなし…とまでは言いませんが、名作が高確率で多いのも確か。今日とりあげるのもそのうちの1本です。『セッション』のマイルズ・テラーが主演を務める『ビニー/信じる男』、ご紹介いたします。原題は『Bleed for This(このために血を流す)』です。

「実話をもとにした物語」。80年代後半。すでにデビューから数年を経ているスーパーライト級のボクサー、ビニー・パジェンサはタイトルマッチで敗退。プロモーターから引退を勧められる。納得のいかないパジェンサは新たなコーチ・ケビンの指導のもと奮起し、二階級あげて見事な戦果を収める。順風満帆かに思えたその矢先、ビニーは突然の事故に見舞われる…

見てて思ったんですよね。開始30分くらいのところでもう人生逆転に成功してる。いくらなんでもはやすぎでしょ、残りの1時間半くらいどうすんの…とか考えてたらやっぱりとんでもないアクシデントが待っていました。

この事故によりパジェンサはボクサーとしてはもちろん、普通の生活すらおぼつかなくなります。回復を確実にするには脊椎固定手術というものがベストなのですが、それを受けるとボクサー人生は確実に終了(というかどう考えてももうボクシングなんかできなさそうなんですけど…)。 で、パジェンサが選んだのが「ハロー」というものを装着する療法。わたしの画力でわかっていただけるとありがたいのですが、上画像のように肩に金属のやぐらのようなものを取り付けるわけです。これを半年間つけっぱなしなので当然何をするにも不自由が付きまとう。さらに頭にボルトが刺さってるので、麻酔なしで抜くと想像を絶する激痛がともないます。だのに「神経を鈍らせたくない」と拷問のような痛みに耐えるビニー。なしてそこまでして… と思わずにはいられません。

正直序盤のパジェンサはそこまで堪え性のある人物には見えないんですよね。減量には苦労してるしギャンブル好きだし、ボクサーには厳禁の試合前のエッチまでやらかしてる。ところが誰もが「あきらめろ」という状態になっても、彼だけは復帰を決してあきらめない。異常なまでのストイックさでもってあらゆる苦労を乗り越えていきます。とはいえ果たして一度壊れかけた脊髄でまたリングに上がれるのか? そこは実話なんで「ビニー・パジェンサ」で検索すればすぐわかります。

自分も『はじめの一歩』とか愛読してたのでボクシングのことはとりあえず上っ面くらいは知ってますが、この話のことは知りませんでした。これけっこう当時アメリカでも話題になったと思うんですけどマイク・タイソンやジョージ・フォアマンのことはともかく、彼のことまでは耳に入ってこなかったなあ。これほどに「小説よりも奇なり」な事実も珍しいと思うんですけどねえ。不思議ですねえ。

それにしてもマイルズ・テラーは『セッション』に続いてこちらでも交通事故にあっていて、本当に車には気をつけてほしいものです。対照的に今回はお師匠さんには恵まれています。暗い過去やアルコール依存症を抱えながら、ビニーをずっと支え続けるケビン。丹下段平や鴨川会長にも匹敵するその献身ぶりには男涙を誘われました。

なんかもうラストシーンまでばらしちゃいますけど、ビニーがインタビューで語っていた言葉が印象に残っています。「みんなそう簡単じゃないと言うけれど、大切なことはいつだってシンプルなんだ」と。地獄の底から這い上がってきた男が言うからこそ、重みと説得力があります。

Bso2『ビニー/信じる男』はうちでは遅れて公開されてたのでもう2、3館くらいしか予定が残ってないですね… 興味を抱かれた方は来年1月にDVDが出るのでそれまでお待ちください。つか、もう来年ももうすぐそこですね…

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October 13, 2017

ハリー・ポッターと死の放屁 ダニエル・クワン&ダニエル・シャイナート 『スイス・アーミー・マン』

Sam1毎週毎週映画を観てるとたまーにとんでもなくヘンテコな作品に出くわすことがあります。本日は今年のヘンテコ映画の中でもベスト3に入る1本、『スイス・アーミー・マン』をご紹介します。

船の事故で無人島に流れ着いた青年ハンクは、孤独と飢えからいままさに死のうとしていた。だが首に縄をかけようとした瞬間、流れ着いた男の死体が目に止まる。絶え間なくオナラを噴出するその死体をジェットボートのように利用して、島を脱出するハンク。それ以後も彼を様々な仕方で利用して、ハンクはなんとか故郷へ戻ろうと奮闘する。

最初にあらすじをちらっと聞いたとき、『キャストアウェイ』のバレーボールが死体に変わったような話かと思いましたが、ハンクが島を脱出するのはわりとすぐでした。そのあとがむしろ本番と言えます。
タイトルはスイス特製の十徳ナイフから来ています。まるでいろんな用途に使える多機能ツールのような男、ということですね。死んでますけど。
さらにナイフでもボールでもなく人間の形をしているので、さびしさをまぎわらすのにももってこい(人によっては不気味に感じるでしょうが…) ところがそのうちテレパシーのような形で本当に意思を通わせてくるので、正直ひきます。死体を演じるのはご存知ダニエル・ラドクリフ。元ハリー・ポッターゆえ死してなお意識を保つことができるのか、それとも青年(ポール・ダノ)の孤独が呼び込んだ妄想なのか。シュバンクマイエルによくありますけど、この辺を上手にぼやかしてあるところがにくいですね。

そういえばラドクリフ君の姿を映画館で観るのはそれこそハリー・ポッター以来。ハーマイオニーことエマ・ワトソンが『美女と野獣』で変わらずスター街道を歩んでいるのに対し、ダニエル君は実在のゲイ文学者やフランケンシュタインの助手、推理すると角が生えてくる青年ととんがった役が続いています。そして今度は「意思を持つ多機能死体」と来ました。もう一生働かなくてもいいくらいの財産を稼いでしまったようなので、それこそ遊びで面白そうな役だけ選んでやってるのかもしれません。

楽しかったのは森を探検する途中で二人が映画ごっこに興じるあたりですかね。君たち極限状況じゃないのかね…というツッコミはおいといて、手作りの小道具で名作を再現するあたりは『僕らのミライへ逆回転』とか『リトル・ランボーズ』などを思い出させます。なかでもハンクがひいきにしているのが『ジュラシック・パーク』。そんなにもジュラパを引用するのには何か深い意味でもあるのだろうか…と思いましたが、わかりませんでした。普通にないのかもしれません。

一方でハンクの相棒がなぜ「死体」なのかというのはわかる気がします。不器用だけどさびしがり屋の人が物言わぬ人形に親しみを抱いたり、慰めを求めたり…という話は時々ありますよね。『空気人形』とか『ラ―スと、その彼女』とか。わたしも人一倍繊細で愛情に飢えた人間なので彼らの気持ちが大変よくわかります。あとでアマゾンで探してこようかしら… あ、ラブドールじゃないですよ? あれは高そうですし… 話が横道にしれましたが、結局無人島に行こうと大都会にいようと孤独な人は孤独なのです。でもそれを皮肉っぽくも温かくあほらしく描いている点に好感がもてました。
特に「これアホだわw」と思ったのはやはりダニエル君がぶっぱなし続けるオナラ。本当に映画の半分くらいはオナラの音が鳴り響いてるんじゃないかという。西洋の人はゲップよりはオナラに寛容と聞きましたが、それでもさすがにここまでやられたら閉口するのではないでしょうか。ともかく映画史上かつてないほどのオナラムービーでありました。オナラ関連でいうと『サンダーパンツ!』という作品もすごいらしいですが、そちらは未鑑賞です。

20170923_141514『スイス・アーミー・マン』はそろそろ終わる劇場もあれば、これから始まるところもあり。くわしくは公式サイトをご覧ください。


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October 11, 2017

ちょっと笛吹いてみただけの異邦人 リドリー・スコット 『エイリアン:コヴェナント』

Ancv1なぜかここにきて70年代の懐かしSFの続編やら前日談やらが相次いで公開されます。本日はそのトップバッター『エイリアン:コヴェナント』をご紹介します。

人類発祥の謎を解き明かしに飛び立ったプロメテウス号が消息を絶って11年。いままた植民のためはるか遠くの惑星を目指し、宇宙を旅するコヴェナントという船があった。途中ニュートリノの衝撃波を受け、コヴェナント号は破損。謎の電波の発信源から近くに居住可能な星があると知ったクルーは、協議の末その惑星を調査することに。だが彼らはその地に想像を絶する怪物がいることを知らなかった。

「コヴェナント」とは旧約聖書において神がイスラエル人と結んだ聖なる契約のこと。また小難しいタイトルつけよったな…と思いましたが、映画評論家の町山智裕氏によるとこの映画には聖書のみならず、北欧神話やワーグナー、シェリー夫妻の詩、エジプトの伝説など様々な古典からの引用、オマージュがあるそうで。1作目のころはあんなに単純なモンスター映画だったのに…
でもまあ自分も触発されて小難しいこと書いちゃおうかな♪(というわけでここから例によってバンバンネタバレしていきます。どうぞご了承ください)

まずコヴェナント号が目的地を手近な場所に変更しこっぴどいめにあうという流れは、聖書の民数記で「約束の地」に向かうことをしりごみしたイスラエル人が神様からめっちゃ怒られるエピソードを思い出させます。
あるいは造物主の命令で宇宙に行ったはいいものの、置き去りにされたロボ(ファスベンダー)が再び地球人類と合流するという流れは、やはりイスラエル人が神の指示でエジプトで移民生活を送ったのち、また故国へ戻ることになったという話を連想させます。
リドスコ監督はそういえば少し前にモーセのお話を直で映画化されてましたよね。彼にはこの辺がとりわけ興味のある題材なのかもしれません。他にも聖書関連でデイヴィッドが異星の巨人族を滅ぼしていくあたりは、彼の名の由来であるダビデ王が巨人を打倒した伝説を思い出させます。

あと謎の惑星に降り立って次から次へと襲われる…というストーリーは「1」「2」「プロメテウス」に続き4回目かよ…とも思いましたが、これもいわゆるコンラッドの『闇の奥』オマージュなのかもしれません。春の『キングコング』や『地獄の黙示録』など、この作品も時を越えていろんなところで流用されてますね。
「なにかいる」という情報をもとに未開の地へ向かい、目的であった謎の多い「王」を見つけはするが、結局は謎がさらに深まって終わってしまうという… そういうスタイルは『コヴェナント』も『プロメテウス』も『闇の奥』の変奏曲と言えるかもしれません。

妄想話はこれくらいにして肩の力を抜きます。

前作『プロメテウス』はわかりやすいオール巨人阪神のどつき漫才みたいな面白さがありました。対して「コヴェナント」は二人のファスベンダーによる極めてシュールなコントが続きます。はじめはいささかぽかんといたしますが、慣れてくるとこれがなかなかツボにはまります。
お笑い関係でいうとヒロインの方がどうにもハリセンボンの春菜さんに見えてしまうのも困りました。『ファンタスティック・ビースト」の時はもっとシュッとした美女に見えたんですが… まあその春菜さん、エイリアンを相手に重機をフル活動しての大活躍ぶりでございました。無駄にきめ細かいメカ描写もこの映画の魅力のひとつです。

Ancv2リドスコ監督の前作『オデッセイ』も大変良い映画でしたが、やっぱり彼にはこういう臓物とか血が飛び散る映画の方がお似合いですよね。御年79歳だそうですがまだまだがんばっていただきたいです。
監督はこの後はエイリアンよりもファスベンダーロボを中心に、あと2本くらい作りたいとのことですが、「コヴェナント」がちょっと赤字臭いゆえに実現は厳しいかもしれません。せめてあと1本くらいに抑えて大団円という風にはいかないでしょうか。
今月末にはリドスコのもうひとつの人気作である『ブレードランナー』の続編も公開。監督がいま活躍中のドゥニ・ヴィルヌーヴということでこちらも大変楽しみにしております。


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October 10, 2017

ストーリー・オブ・騒動 久保茂昭 劇場版『HiGH&LOW』1&2

Hl1♪はいやー はいやー はいやー …あら、どこからか景気のいい出囃子が。本日は日本映画界にあってちょっとガラパゴス的発達を遂げている特異なシリーズ『HiGH&LOW』について紹介します。ニワカ者がなんにも考えずに書いた記事なんでコアなファンはどうか見逃してやってください。

そこは架空の日本(っぽい)。山王連合会(湘南爆走族っぽい)、White Rascals(新宿スワンっぽい)、鬼邪高校(クローズ っぽい)、RUDE BOYS(北斗の拳っぽい)、達磨一家(やくざ)…そこを根城にする5つの武闘派集団の頭文字を取り、「SWORD地区」と呼ばれる一帯があった(たぶん神奈川東部あたりだと思う)。
血気にはやり小競り合いを繰り返していた彼らだったが、地区全体を牛耳ろうとする暴力団グループ・九龍会の陰謀を知り、これまでの因縁を忘れて共に巨悪に立ち向かうようになる。

最初はTVシリーズから始まったこの企画(未見です)。劇場版1作目が公開されたのが去年の夏でしたか。最初は全然興味なかったんですけど「なんか奇妙だけど熱くてすごい」みたいな評判が3週目あたりから立ち上ってきまして。それでは観てみるか…と乗り気になったらもうちょうどいい時間がなくなってしまったのですね。今回第二弾の劇場鑑賞と合わせてそちらもDVDで観てみました。

いやあ確かにすごいです。1作目のクライマックスは波止場のコンテナ群をバックに百人以上が大乱闘を演じてるのですが、高低差のある凸凹した環境を利用して豪快にジャンプしたり壮絶に突き落とされたり、怪我人出なかったのかしら…と心配になるくらいの迫力でした。メインのメンバーは個々の身体能力も高く、特に2作目から出てくるジェシーという役を演じてる兄ちゃんは、ちょっと人間には不可能では?と思えるくらいの動きを見せてくれます。

SWORDの各リーダーを務めるメンバーの設定もいちいち面白い。かっこいいというよりちょっと野暮ったいんですけど、そこがかえって魅力というか。たとえば山王のコブラ君なんかはニックネームの由来がコブラツイストで何人も倒してきたからだとか。あとホスト集団ラスカルズの頭であるロッキーは悲惨な過去がある一方で「世界名作劇場」にこだわりがあったりとか。自身の通り名もマイナーな『山ねずみロッキーチャック』から取ったものと思われます。
キャスティングもうまいですね。ニヒルな戦隊青を演じていた山田裕貴君はやる気なさげな番長、さわやかイケメンが定番だった林遷人君は寝不足そうな組長というように、それまでとはまるで違う役をあてられてますが、これが見事にはまっておりました。

そんな風にキャラとアクションは非常にハイレベルなんですが、ストーリーの方はやや強引というか「後からついてこい!!」というところがあります。たとえば先に述べた「コンテナ街の戦い」などはボスが喧嘩で負けたら「じゃあしゃあねっかー」と敵集団が塩をひくように撤退していってしまうのですが、まるで戦国武将の合戦のようでした。21世紀のこの現代に… 他にもいろいろ首をかしげたくなるような奇妙な描写がちらほら出てきます。あと非常に人が多い話なのでドラマを見てない人たちはウィキペディア等で予習をしていかないと誰が誰やらわからなくなると思います。

そういった難点もあるものの、やはりアクションのできる俳優をたくさん集めて本領を発揮させて、成功させている点は大いに評価したいです。『無限の住人』の感想でも書きましたが、せっかく動けるのにイケメンであるがゆえに、恋愛映画にばかり呼ばれてる俳優もいっぱいいるのでね… まあ胸キュン映画は胸キュン映画で需要があるんだと思いますけど、もう少しアクション映画も質・量ともに向上してほしい。このハイロ―シリーズがそのきっかけになれば…と願うわけです。

Hl2これまでは基本的にどつきあいだけで済んでいたSWORDの戦いですが、九龍会が本格的に参戦してきたことによっていよいよ死人が量産されそうな雰囲気。コブラ君も3作目の予告でコンクリートを飲まされたりしてて、彼のおなかがとっても心配です。一応完結編らしいその『FAINAL MISSION』は早くも来月11日公開。2作目の『END OF SKY』ももう一週くらい上映してると思います。


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October 06, 2017

赤ちゃんの泥棒 エドガー・ライト 『ベイビー・ドライバー』

Bdr1血しぶき飛び交うコメディで熱烈なファンを持つ英国の鬼才エドガー・ライト。その彼がガラッとスタイルを変えて挑んだ犯罪映画が注目を浴びています。『ベイビー・ドライバー』、紹介いたしましょう。

とある事情で強盗専門のドライバーをしている青年がいた。彼の通り名は「ベイビー」。いつも音楽を聴いていてひょうひょうとしているが、その運転技術は超名人級であった。ある日ベイビーは食堂で出会ったウェイトレスに恋をする。そのことも手伝っていまの仕事から足を洗おうとするベイビーだったが、彼を重宝している雇い主がそれを認めるわけもなく…

今回のエドガー・ライト、いつもとどう違うかといえば、まず「オタクくさくない」。彼がいままで手掛けてきた作品はそれぞれゾンビもの、ポリスアクション、侵略SFのパロディでありました。どれもオタクさんが大好きなジャンルで、監督のボンクラムービーへの愛情が伝わってくる映画でした。はっきりそれとわかる名作のオマージュがちりばめられてたり、過剰すぎて笑えるゴアシーンがあったりしてね。
しかし『ベイビー・ドライバー』は映像といいキャラクターといいストーリーといい、どこを切り取ってもお洒落で固められています。徹底した音楽へのこだわりはありますが、その使われ方も極めてオシャレ。いったいぼくたちの慣れ親しんだライトさんはどこへ行ってしまったのでしょう。さびしいじゃないですか!! ただ残念なことに?映画自体は大変エキサイティングで、二時間ずっと手に汗握らせるほどに面白い作品でした。

わたくし気づいてしまったのですが、こういうノワールというか犯罪稼業映画にはひとつの定型を踏んでるものがあります。『ヒート』『ドライヴ』『ザ・タウン』『トランスポーター』、古くは『俺たちに明日はない』などもそれにあてはまるでしょうか。
まず序盤の第一のヤマは主人公たちの才能もあって、これ以上ないくらい完璧にことが運びます。しかしチームやスポンサーが調子にのったために、中盤あたりからはミスや不安要素がだんだんと増えていきます。そして終盤になると出だしとは対照的に何から何までうまくいかなくなり、主人公は絶体絶命のピンチにおいやられる…という流れ。
『ベイビー・ドライバー』はまさしくこのパターンを忠実になぞっているので、ストーリー自体はそんなに目新しくはないかもしれません。ただ中心となるベイビーのキャラや、近年のアクションの中でも白眉ともいえる洗練されたカーチェイスで観るもののハートをつかんで離しません。
ベイビー君のスタイルで特に印象に残ったのは、そのでかいサングラス。『Dr.スランプ』の皿田きのこか、ってくらいグラサンがでかい。で、その風貌がなんでかベイビー君をその名の通りとても子供っぽく見せてるんですよね。普通子供はサングラスとかかけないものなのに。「常に音楽を聴いてないと耳鳴りがして平常でいられない」「その時の状況に合わせて音楽をチョイスする」という設定も面白い。
音楽といえばこの映画の重要なところでまたしてもクイーンが使われています。昨年の『スーサイド・スクワッド』予告、『ハードコア』『SING』『T2 トレイン・スポッティング』、少し前の『ピクセル』、あと今度の『アトミック・ブロンド』… わたしが知ってるだけでもこんだけあるんだから、最近の映画におけるクイーンの使用率の高さはちょっと異常ではないでせうか。

で、ここからはふたつばかり不満点をぐちりながらネタバレをかましていきます。
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先ほど「パターンを踏んでる」と書きましたが、終盤の展開は微妙に定型をずらしてきます。普通なら最後ベイビーの前に立ちはだかるのは彼を酷使していた雇い主(ケビン・スペイシー)や血の気の荒い同僚(ジェイミー・フォックス)になるはずですが、やな同僚はさくっと死んでしまい、雇い主は突然いい人になってしまう。代わりにベイビーに好意的だったチームメイトが色々あって豹変し、ターミネーターのごとき不気味さで彼を追いつめます。この辺予想がつかないのはいいんですけど、なんだかちょっとスカッとしなかったな、と。
あと自分はあれだけすごいテクニックを持ってるんだから、クライマックスでもその技術で包囲網を突破してほしかったなーと。そんで恋人と離れ離れにはなってあてどもない逃亡を続ける…みたいな結末の方が好みです。あ、これ『ザ・タウン』そのまんまだ(笑)

ともあれ、これは個人の好みであって『ベイビー・ドライバー』がハイレベルの「本気」がぶちこまれた映画であり、本年有数のド傑作であることには変わりがありません。

Photoさて、これからエドガーさんはどこへ行くのでしょうか。オタク的パロディとは決別して、一般の人にもとっつきやすいオシャレ映画にシフトチェンジしていくのでしょうかね。宮崎駿監督が『トトロ』あたりからオタクをバサッと切り捨てた時のことを思い出します。あなたにはそうなって欲しくないんだけど… でもその方が作家の地位は向上するんですよね。ふううう

『ベイビー・ドライバー』はまだたぶん全国各地で公開中であります。


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October 04, 2017

空と海と陸と君の間には クリストファー・ノーラン 『ダンケルク』

Dnk3新作を撮るごとに注目を集める… そんな監督は珍しくありませんが、いま最もその点で勢いを感じるのが、『ダークナイト』『インセプション』のクリストファー・ノーランです。本日はそのノーランが初の史実ものに挑んだ『ダンケルク』をご紹介します。

1940年の欧州。ナチスドイツの攻勢に後退を余儀なくされた英仏軍は、フランス北端のダンケルクまで追い詰められる。取り残された30万以上の兵士を救うべく、チャーチルは「ダイナモ作戦」を敢行。空から援護を行う飛行隊、民間人でありながら作戦に加わる小型船の船長、そして海岸にて必死で生き残ろうとする兵士たち。三者の時間と行先は、激戦の地においてやがてひとつに重なり合う。

まず構成の点において他に類を見ない映画です。あらすじにも書いたように三つの視点からストーリーが語られるのですが、空軍がこの作戦に参加するのは1時間。小型船の面々が着くまでに1日。そして浜辺にいる兵士たちは一週間もの間助けを待っています。時系列にそって話を進めるなら、当然全体の7割以上は浜辺のグループに割かれることになるわけですが、ノーランは空組、海組、陸組にほぼ均等に時間を割り振っています。そして三つのグループのパートが入れ替わり立ち代わりシャッフルされて進行していくので、気合を入れて見てないと時系列がどの辺だったのかわからなくなること請け合いです。生死を賭けた「ダンケルクの戦い」が、ある者にとっては1時間であり、ある者にとっては1日、またある者にとっては1週間だった… そんな各人の感覚のずれ、点と点が一つに重なり合うカタルシス、そういうものを描きたかったがゆえにこういう体裁をとったのでしょうか。ともかく、この実験精神・チャレンジ精神に拍手を贈りたいと思います。
ノーラン監督は主に「ダークナイト3部作の人」というイメージでしたが、『ダンケルク』を観てからは「とにかく時間軸をいじりたがる人」という風に変わりました。『メメント』『インセプション』『インターステラー』そしてこの『ダンケルク』。全く違う題材を扱ってるようで、自分の個性・テーマをしっかりと持っている作家。こういうクリエイターにオタクは弱いのです。

均等に割り振られてるといっても、やっぱり3組の中でもっとも悲惨なのは救出を待つ「陸組」であります。普通の冒険映画だったら船に乗って陸地を離れたらそこで終わりか、あるいは沈没のピンチを潜り抜けながら話が進んでいくものだと思います。しかしこの映画の軍艦はそれはもうあっという間にあっけなく沈んでいきます。乗っちゃあ沈み、乗っちゃあ沈み…そんなサイクルを繰り返していたらノイローゼになってもおかしくはありません。なので陸組に感情移入すればするほど胃が痛くなってきます。

他にも「英国視点から見た第二次大戦もの」「プロペラ機でのドッグファイトが描かれてる」という点でも珍しい作品。名画のリストを探って行けばそれなりにあるかとは思いますが、近年の大作の中ではほとんど扱われなかった題材ではないかと。プロペラ機に関しては日本では『永遠の0』がありましたけどね。

また、極めてシンプルなセリフ回しや、ごくごく抑えた感情表現はこれまでのノーラン映画とは一線を画しています。まるで作品に出てくる厚焼きパンのように朴訥であります。それだけに表情の裏を読むにはこちらの想像力もある程度要求されるのですが、慣れてくるとここぞという場面で男たちの静かな決意や安堵感、哀切などがしみじみと胸のうちにしみわたって来ます。つまみはあぶったイカでいいと思います。
わたしが特にジーンと来たのはビールが手渡される場面。こんなにも感動させられるビール・シーンはそうはありません。まさしく映画史に残るビールだったと思います。

映画はいかにも「勝利は目前だ!」みたいなあおりで終わってしまうのですが、実際はこのあと5年も世界大戦が続いたというから泣けます。某誌の解説によると「ここで生き残った多くの兵士たちは、おそらくノルマンディーや他の激戦地で命を散らしたであろう」とのこと。そいつは悲しすぎるじゃありませんか… この映画のあの人やあの人は、無事生きて終戦を迎えてほしいと心から願うのでした。

Dnk2『ダンケルク』はそろそろ公開から一か月経ちますが、わが国でもヒットしたのでもう少しやってると思います。少し前の戦争映画『ハクソー・リッジ』がいまひとつの結果に終わってしまったので、この成績は正直意外でした。これは世間一般にもクリストファー・ノーランの名前がだいぶ浸透してきたということなのでしょうか???


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October 03, 2017

ゾンゲリア超特急 ヨン・サンホ 『新感染 ファイナル・エクスプレス』

Sks1韓国で話題を呼んだ新感覚ゾンビ・ムービーが、とうとう日本に上陸(もう一か月経ってますけど…)。『新感染 ファイナル・エクスプレス』(原題は『釜山行き』)、ご紹介します。

仕事第一で娘と擦れ違いが続くファンド・マネージャーのソグは、別れた妻に会うために親子で早朝の特急KTXに乗車する。列車が発車する直前、異様な形相で乗り込んできた一人の女がいた。実は彼女は生きながらにして怪物となる恐るべき奇病のキャリアだったのだ。やがて女の発症をきっかけに、列車内は阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。

自分はチキンな人間なので基本的にホラーは映画館で観ることができません。それでも年に1,2回、どうにも面白そうなので我慢して決死の覚悟で鑑賞に臨むことがあります。今年はこの映画がそれにあたります。幸い『新感染』は無事楽しむことができました。自分がダメなのは物陰や暗闇から突然「ガーッ」と現れて驚かすような描写なのですが、この映画のゾンビさんたちはもうほぼずっと明るいところに出っぱなしだったので。でもスリルや緊迫感はめっちゃあります。
皆さんはゾンビが襲ってきたら、できるだけ遠くへ遠くへ逃げますよね。しかしこの映画の主な舞台は走行中の列車。いくら距離を取りたくても列車が止まるまでは同じ箱の中にいなきゃいけないのです。そんな中で生き残るなんて無理ゲーじゃん…と普通は思います。しかしそこをアイデアと巧みなストーリー運びで二時間もたせる技量は剛腕というほかありません。

あとこの映画ちょっと三谷幸喜のドラマっぽいところがありまして。基本でてくるのはごくごく身近にいそうな等身大の老若男女ばかり。ほんで最初はみんな微妙にやな感じなんですよ。それが目的を共に奮闘するのを見てるうちに、どなたもすごく応援したくなってくるのです。お願いだからそろって生き残ってくれ!と願わずにはいられません。
ただ、約一名話が進むにつれ逆方向を行くようにどんどんどんどん虫唾が走ってくる男がいます。ある会社の重役のようなんですが、どこまでも徹底して自分が生き残ることしか考えてません。その足の引張ようはゾンビよりもよほどタチが悪かったりします。このキャラクター、どうも数年前韓国で沈む船で、客を置き去りにして真っ先に逃げた某船長がモデルのようです。しかし意外なことに監督が最も思い入れが深いのはこの男なんだそうで。その愛情があればこそあそこまで憎々しく描けるのかな… まあ我々だって本当に彼のようにならないとは誰しも言い切れないわけで。そう考えると作品に深みをもたらしてるキーマンと言えるかもしれません。

新感覚のアジア系ゾンビ映画として、昨年の邦画『アイアムア・ヒーロー』ともよく比較される本作品。実は監督が構想に行き詰ってた時、突破口のヒントになったのが『アイアムアヒーロー』原作だったそうで、なんかにんまりしました。片や「峠の我が家」、片や「アロハ・オエ」と郷愁を感じさせる唱歌が重要なところで使われてるのも共通しています。やはりアジアゾンビにはこういう叙情性やほろりとくる人情が大切な気がします(と書くとその筋のファンから怒られそうな)。

「子どもを怪物から必死に守るお父さん」「閉鎖空間で疑心暗鬼に陥る人間たち」というところはフランク・ダラボンの名作『ミスト』と似ているところもあります。というかこの作品のオチのつけ方も『ミスト』への返歌のように感じました。

Sks『新感染 ファイナル・エクスプレス』は好評を呼んでまだいろんなところで上映してる模様。気になる方は公式サイトをご覧ください。そして先日よりこの作品の前日談となる『ソウル・ステーション パンデミック』というアニメ映画も細々と公開中。こちらは人情を排したそれはそれは胃の痛くなるようなアニメだそうです。こっちは自分はDVDでいいかな…

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