月の光は愛のメッセージ バリー・ジェンキンス 『ムーンライト』
これもまあ「今更」という感がありますが。本年度アカデミー作品賞を『ラ・ラ・ランド』の鼻先から奪い取っていった意欲作『ムーンライト』を本日はご紹介いたします。
海沿いの街に暮らす少年シャロンは、薬物依存症の母と学校でのいじめに悩まされ、鬱々とした日々を送っていた(ついこないだもこんなあらすじ書いたような)。そんなシャロンの慰めは対等に接し、いつも彼を励ましてくれる友人のケヴィンだけだった。やがて成長したシャロンはケヴィンに友情以上の思いを抱いていることに気が付くのだが…
物語はシャロンの子供時代が舞台の第一部「リトル」、十代のころを描く第二部「シャロン」、そして大人になった第三部「ブラック」に分かれています。それぞれの時代を別々の俳優が演じるという、映画ではあまり見ないスタイル。やせっぽちだったシャロンが第三部ではいきなりムキムキマッチョになっていてたまげましたが、先日の酒席である方が「目元がとても似ていた」と語っていて、そうか… そういうとこに着目せねばな… と恥じ入った次第です。
まだ子供なのにシャロン少年の置かれた環境はあまりにも過酷で、観ていてやるせない思いがつのります。子供の周囲でも平気で薬物が売られてる環境は西原理恵子の『ぼくんち』なども思い出しますが、あちらの兄弟はまだ開放的でありました。。
そんな痛ましいストーリーとは裏腹に、弦楽器をメインにしたスコアと、シャロンが訪れる海の風景はとてもやさしい。これらの要素のおかげで全体的にこの映画はとてもここちよい余韻を残します。
あともうひとつシャロンにとって「やさしい」存在に、友人であり思い人のケヴィンがおります。このケヴィンとの絆が一度壊れかけるくだりこそが、この映画で最もハラハラしたところでした。べつに恋までいかずとも、親しかった友人とあることで擦れ違い、その後大人になってもずっと悔いをひきずることってあるじゃないですか。そしてできることならばいつか再会してわだかまりを解消したい… そんな誰もが抱きそうな願いがシャロンとケヴィンの物語を通して描かれていた気がします。
ただまあやっぱりこの映画、「愛」を描いた作品でもあるのですよね。自分が最も語るのが苦手なお題のひとつです。トンチンカンなことを書くかもしれませんがご容赦ください。
シャロンがケヴィンに抱く感情は紛れもなく恋心ですが、半分友情もまざってるあたりが独特であります。よくある恋愛と違って、シャロンは別に親友を独占したいわけではないし、恋人として付き合いたいわけでもない。ただただ純粋に慕い、いとおしく思ってるだけなのです。そんなささやかな思いをすら台無しにされた時に、初めて彼は我を忘れて怒ります。人が一番大切なものを踏みにじられた時にブチ切れる瞬間というのは、スカッとする反面、とても物悲しいものでありますね…
で、ケヴィンの方はシャロンに恋してるのかというと、あまりそうは見えなかったり。彼は単に相手の望むことをしてあげたい、心を安らかにしてあげたいという、そんな懐の深い人間なのだと思います。子供のころのシャロンをやさしく包み込む海のような、そんな男なのでは。
タイトルの『ムーンライト』がまた意味深というか、いろいろなにか込められてる気がします。安直ではありますが狂気を表す「ルナティック」という語と関連があるのではないかと。月の光というのは、人を狂わせる作用があると言われてます。普段秘めている思いも激情に駆られて吐き出してしまったりする。わたしのような朴念仁は「月見そば食いたいわ」くらいしか思わないわけですけど。
『ムーンライト』はさすがにもう名画座か、幾つかの地方の劇場でしか公開予定が残ってないですね。まあ再来月には早くもDVDが出ますし。
作品賞は取ったものの興行的に『ラ・ラ・ランド』と大きく差をあけられてしまったのは何とも皮肉です。でもこちらはこちらで大変しっとりしたいい映画でした。
Comments
お久です。
これ地味な作品ですよね。
「珠玉」とか「小品」とか呼ばれるのがぴったりなのに
アカデミーであの華やかな「ラ・ラ・ランド」をおさえて作品賞。
ブロークバックマウンテンが落選した時代ははるか彼方なんですね・・・・
さて、第三部のシャロンが人が変わったようにマッチョになって
わたしも??とは最初思いましたが、やはり彼がしゃべりだすと
「ああ、目が似てる」と思いました。
見かけは変わっても同じ魂が覗いてるというか・・・
美しい作品でした。
まだまだ暑いのでご自愛ください。
Posted by: なな | August 23, 2017 03:12 PM
>ななさん
おいでませ。残暑が厳しいですね。
アカデミーのあの珍事からはや数ヶ月。どちらもいい映画なんですよね… 賞をもってかれたエマ・ストーンがとっさに「わたし『ムーンライト』大好き!」と言っていてこの子ええ子やなあ、と思ったものです。
見かけは変わっても、人の本質というのは目に出たりするのでしょうか。その辺を上手に見抜くケヴィンはやはりいい男だと思うのでした
Posted by: SGA屋伍一 | August 23, 2017 09:45 PM