伊藤系の計画 伊藤計劃・村瀬修功 『虐殺器官』
去年くらいからですかね。早逝の天才・伊藤計劃氏の一連の代表作をアニメ化しようというプロジェクトがありまして、これが一応ラストになるのかな? 本日は氏のデビュー作にして最高傑作とも誉れ高い『虐殺器官』のアニメ映画版を紹介します。
米軍特殊部隊に所属するクラヴィスはある任務で某国の独裁者を追う中、様々な国で虐殺を扇動していると思われるジョン・ポールなる男の存在を知る。米政府は彼をとらえるべく潜伏先と思われるチェコへクラヴィスを差し向ける。そしてクラヴィスはジョンの元恋人ルツィアに接触するが、任務を越えた感情を彼女に抱くようになる。
原作は2,3年くらい前に読みました。知り合いのあるお方が激賞してたのと「衝撃の問題作!」みたいな帯にひかれて読みました。まず印象に残ったのは巧みなストーリーテーリングもさることながら、その徹底して乾いた文体。
読者も主人公も突き放したような本作のうすら寒いムードは、日本のエンターテインメントには珍しいものでした。ハードボイルドを通り越してハードコールドとでも申しましょうか。ほかにはその道のマニアである伊藤先生の映画ネタや、なかなか想像しづらいSFメカ?「肉の鞘」、そして本作の要となるアイデア「虐殺の文法」などに興をそそられながら読んだのを覚えています。
さて、劇場版はどうだったかと申しますと、こちらではまるでガラス細工のような透明感あるキャラデザが目を惹きました。クラヴィス君は小説を読んでいてたぶんイケメンなんだろうな…とは思っていたんですが、そのあまりの美形っぷりは完全に趣味の世界の領域でありました。普段ハリウッド映画を見慣れているものとしては、軍人といえば筋肉ムキムキのいかついタイプが念頭にあったので、それなりに違和感を覚えたのは確かです。一方でその生気や感情に乏しい造形が原作の冷え切った空気になかなかマッチしてるな…とも思いました。
監督は村瀬修功氏。わたしとしては『ガンダムW』や『アルジェント・ソーマ』などの作画でなじみ深い方です。ただ今回は村瀬氏自身ではなくredjuice(れっどじゅうす)という変わったペンネームの人がデザインを担当されたとのこと。
そんなギリシャ彫刻のような美男子たちがスクリーンでアップになるだけで、それはそれで目の保養にはなります。ただSFアクションを期待していくと、動く時は動くものの、止まってる場面もけっこう多かったりしてフラストレーションがたまるやも。まあ原作がもともと薀蓄や科学理論でふんだんに彩られた小説なので、語りの部分が多くなるのは致し方なきことかもしれません。
あと前日に観た『ハードコア』にひきつづき、こちらもかなり人体グチャグチャ描写がくどくて、またしても胸焼けに襲われました。鑑賞後、無性に小動物のモフモフしたかわいらしい動画が観たくなりましたよ…
もっとも気になってた「肉の鞘」ってのがどんなものなのか見られたのはよかったけれど、『虐殺器官』ってやっぱりあまり映像化向きではなかったかも…とも思いました。ここんとこ『君の名は』や『この世界の片隅に』など、生活感にあふれたロマンスあふれるアニメ映画が続いてて(この2作はわたしも好きですが…)、「アニメはやっぱりメカだろう? SFだろう? ここら辺でそういうアニメの王道たる映画を…」と感じてた身としてはこの映画には大いに期待していました。まあ決して失望したわけではないんですけど、うーん… もう一歩なにか突き抜けるようなものがほしかったというのが正直なところです。去年日本を席巻した先の二作品には、確かにそれがありましたからね。
ですから日本のアニメクリエイターたちには、日常系・ロマンス系に負けずに熱くド派手なSF映画をここらで一発作っていただきたい。月村了衛氏の『機龍警察』を実力あるスタッフで映像化したら面白いと思うんですが… どないでしょう。
ちょいとくさしてしまいましたが、アート系の作品として見ればそれなりに楽しめると思われる劇場版『虐殺器官』。こちらは遅れてかかってたので完全に公開が終わりました。まだ発売日は不明ですが、ぼちぼちDVDが出るのではないでしょうか。
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