おじいちゃんは復讐鬼 アトム・エゴヤン 『手紙は憶えている』
カナダ映画界にその人ありと言われている実力派作家アトム・エゴヤン。そのアトムさんの作品が珍しくこちらでも上映されたので、先日(もう一か月前…)行ってまいりました。『手紙は憶えている』、ご紹介します。
グループホームに暮らすゼブは齢90。最愛の妻を亡くしたばかりだが、一度寝るとそのことすら忘れてしまうほど記憶の機能が衰えていた。しかしそんな彼を友人のマックスは「独り身になったいまこそ、私たちの復讐を果たそう」とせきたてる。かつてアウシュビッツで彼らの家族を殺し、いまだ隠れ暮らしているナチ高官の居所をつきとめたと言うのだ。マックスは足が不自由なため施設を出られないので、すべてをこと細かくしるした手紙をゼブにもたせ、仇とおぼしき四人のもとにむかわせるのだが…
アトムさんの経歴をさらっと読んでみたのですが、犯罪や暴力といったモチーフを好み、ある人物の秘められた素顔が徐々に暴かれていく…そんな作品が多いようですね。ただわたしがこの映画を観ようと思った最大の動機は「あっと驚くどんでん返しがあるから」と聞いたからでした。確かに社会派作品というより、ミステリー・サスペンスとしてよく出来ています。
グループホームでの友情から始まるあたりは名作アニメ『しわ』を思い出させますが、ゼブが旅に出てからはクリストファー・ノーランの初期の傑作『メメント』を彷彿とさせます。なんせ自分の状況をすぐ忘れてしまうゼブおじいちゃん。手紙を見ればなんとか事情を把握できるため、腕にマジックで「手紙を読め」と書いてはあるのですが、いろいろと不安です。足元だっておぼつかないし、旅の目的は温泉やグルメではなく処刑であります。90過ぎのおじいちゃんにそんなことが可能なのか?と全力で止めに行きたくまります。少し前の『100歳のおじいちゃんの華麗なる冒険』の人だったら余裕でできそうな気はするんですけど。
そんな風にハラハラする一方で、おじいちゃんがよたよたしながらも旅を続けているのを見ていると、その恐ろしい目的のことも忘れてなんだかほのぼのした気持ちになってくるから不思議です。北米の雄大な風景もなごやかムードを増してくれます。なんか最近旅行してないからめっちゃ観光とか行きたくなりましたよ。
ただやっぱり、ゼブが真の標的に近付けば近付くほど、そんなのんきな空気はかぎりなく薄くなっていきます。アトム・エゴヤン監督は迫害された歴史を持つアルメニア人でもあるゆえ、ユダヤ人には共感を覚えるのかもしれません。しかしゼブに負わされた業の痛々しさを思うと、復讐を是としているわけではないことは明らかです。自分は正義の側で正当な理由があると信じていても、それはどれほど確かなものなのか? そんな問いも投げかけられているかのようです。結局、暴力に頼って報復をなしとげるということは、公ではなく個人のエゴやん?みたいな?
………
ごめんなさい… 主演のクリストファー・プラマー氏はさすがに90代ではないですが、あとわずかの御年87歳。まさにその生涯現役的な熱演には心を打たれました。恥ずかしながら調べてようやく知ったのですが、この方『サウンド・オブ・ミュージック』のトラップ大佐の方だったのですね。あちらではナチスの手から脱出する役柄でしたっけ。まだまだ長生きしていただきたいものです。
昨年も多かったナチス関連映画。この作品のほかにも「ヒトラー」とついたタイトルをいくつか見かけました。わたしゃ『ヒトラーの忘れもの』というのが観たかったんですが、来月ようやくこちらでかかります。『手紙は憶えている』はまだ少し公開予定のところもありますが、さすがにそろそろ興行も終わりのよう。5月にDVDが出るようなので観そびれた方はそちらでどうぞー
Comments