サトシくん、ハイ! 大崎善生・森義隆 『聖の青春』
伝説の棋士、「村山聖(さとし)」について知ったのは20年くらい前、『月下の棋士』でモデルとなっていたキャラが登場した時。病に冒されているため、血を吐きながら「将棋をなめたやつは殺す!」と叫ぶような鬼気迫るキャラでした(左イラスト参照)。その時はまだご存命でしたが、亡くなられたあと彼のことについて書かれたノンフィクションが出版。この度それが映画化されることになりました。『聖の青春』、ご紹介します。
1993年、幼いころより難病に苦しめられていた青年棋士・村山聖は、持ち前の負けん気と才能で頭角を現しついに7段にまで昇格する。しかし東京の天才・羽生善治に敗れた聖は、「彼の地位に近付く」ために住み慣れた大阪から上京。やがて羽生とタイトルを争うほどまでに成長した聖だったが、病魔はすでに彼の肉体を深く蝕んでいた。
『月下の棋士』では痩躯のスキンヘッドだった村山氏ですが、写真を見るとぼさぼさの髪に大黒さんのようなふくよかなほっぺたをしています。そんだけふっくらしていたのは病気のためだったようですが。
普通難病モノというと主人公は美男美女か、いたいけなお子様と相場が決まっております。しかしこの映画の村山さんはいま述べたようにむさくるしいぽっちゃりした風貌で、動きものそのそしてたり、挙動不審だったり。それで性格がよけりゃまだいいのですが、親身になって世話してくれる人たちにもまるで感謝してる様子がない。それどころか「もっとこうしてよ」と文句を言ったりする(^_^; なかなかの問題児であります。
ただ、世の中にはいるんですよね。ずるいことに「何もしなくても人々から愛される」才能を持つ人が。だから師匠も弟分も車にゲロらしきものを垂れられた友人も彼のことを甲斐甲斐しく面倒見るのですね。わたしもどうしてかこの映画を観ていて松山ケンイチ演じる村山君が大好きになってしまいました。ちらかった部屋で少女漫画読みながら半ケツ出してるような青年をですよ。それは彼が傍若無人でありながら一生懸命生きてるから…ということもありましょうが、どうにも説明できない、理屈を越えたものがある気がします。
そんな誰に対しても無礼な村山君が、天才・羽生善治の前だけでは純情な乙女のようにもじもじしてしまう。おっかなびっくり後をつけたり、おそるおそるお酒にも誘ってしまう。そんなところがまた面白く、微笑ましい。これがフィクションなら主人公にかわいい恋人がいたりするんでしょうけど、残念ながら村山氏にはそういう人はいなかったようで、なんでか代わりに羽生さんがヒロインのようになってしまっている。実物より3割増し美形の東出昌大君がキラキラした目で演じているため、一層そんな風に見えてしまいました。
この映画は村山氏に限らず、「将棋指し」という独特な人種の特徴も描いています。スポーツものなら負けると地面に額づいたり絶叫したりして悔しがったりするものですが、棋士たちは低い声でぼそっと「負けました」と言うだけです。それでも腹の中では「死ぬほど悔しい」と思ってたりするそうですから、本当に棋士のみなさんというのはつつましやかですね。
それは村山氏が亡くなった時の反応にも表れています。「亡くなりました」と淡々と言う森先生。携帯をもったまま微動だにしない友人の荒崎(先崎)氏。静かで言葉すくなだからこそ、逆にその悲しみの深さが伝わってくるというか。こうした抑制の効いた描写ひとつとっても、最近の邦画は着実に進化してるな…と感じます。
そんな「静かなる名作」とでも言うべき『聖の青春』ですが、興行的には苦戦してるようで二週目にして早くも10位。やはり将棋というのは一般の皆さんにとっつきにくい素材なのかなあ。将棋わからなくても十分感動する映画なので(たぶん)、もっと多くの方に観てもらいたいものです。
将棋の映画といえば羽海野チカ先生が描かれている青年棋士が主人公のコミック『3月のライオン』も、来春映画化されるそうです。今ノリに乗ってる神木隆之介くんが主演ということで、こちらは大ヒットを狙えるかな?
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