ダーティー・サリー クリント・イーストウッド 『ハドソン川の奇跡』
『アポロ13』で宇宙から生還し、『キャプテン・フィリップス』で海賊の襲撃を生き延びたトム・ハンクスが、今度は航空機事故のサバイバルに挑みます。まあ彼が主演というだけでもう絶対大丈夫って気がするんですけど… 御大クリント・イーストウッド監督による実話の映画化、『ハドソン川の奇跡』、ご紹介します。
2009年1月15日。チェスリー・"サリー"・サレンバーガーの操縦するエアバスは離陸からほどなくして鳥の群れと衝突。そのため二つのエンジンが壊れたエアバスは推力を失い、不時着を余儀なくされる。出発した空港まで戻る余裕はないと考えたサリー機長はとっさにハドソン川への着水を決行。奇跡的に全スタッフ、全乗客が無事であった。だがその選択は果たして正しかったのか、国家運輸安全委員会はサリーを厳しく追及する。
原題は『Sully』。機長さんのニックネームであります。全員助かったんだからいいんじゃねえか!と、普通は思います。しかし頭でっかちの委員会は「普通に空港まで戻れたんじゃないの? 勝手な判断で乗客を危険にさらしたんじゃね?」ということをネチネチと主張します。ま、お仕事だから仕方ないのかもしれませんが、そのためにサリーちゃんのハートはチクチクとさいなまれることになります。「機転で乗客の命を救った英雄!」から「いかれた危険運転パイロット!」に転落してしまうかもしれないのですから。
というわけでこの映画のクライマックスは飛行機の不時着ではありません。普通にこの題材を約90分で撮るのであれば、最初の30分は飛行機に乗る前の機長や乗客たちのキャラ紹介があり、実際は数分だった離陸から着水までを40分くらいかけてひきのばし、終盤20分で救助と感動のラストシーンを描く…とそんな風になるかと思います。しかしそんなよくある感動ドラマ仕立てでないところが、この映画に一層さわやかな印象を与えているのが不思議です。
まず思ったのは米国の人は「ヒーロー」を求める傾向が強いのだなあ、ということ。事故のあとにサリーさんとすれ違う人々はみな、彼を熱烈な勢いでほめそやします。本人がいたたまれなくなるほどに。でも若い美女からハグされたりするのは、ちょっとうらやましかったです。いいなあ。
それはさておき、ここで思い出すのは監督の前作『アメリカン・スナイパー』。あちらもいわゆる実在の「アメリカの英雄」を扱った作品でしたが、たくさんの人を殺し自身も銃で命を奪われたクリス・カイルと、自分とともに多くの命を救ったサリー機長はまことに好対照であります。世間から向けられる敬意のまなざしに、プレッシャーを感じていたのは二人とも同じでしたが。イーストウッドもダーティー・ハリーや荒野の用心棒でもてはやされていたころ、「俺は実はあんなタフガイ・ヒーローじゃないんだ…」と悩んでいたのかもしれません。
あと毎日バカスカ誰かが暴力死している時代なのに…、というかだからこそ?人は「奇跡的に助かった」という話にカタルシスを感じるものなのだなあと。まあめったにこういう話ありませんからね。「絶望視されていたのに全員が助かった」っていう話。まさに奇跡であります。自分はおじさんなので逆噴射事故とか123便の事故とか覚えてますけど、あの時も結構な方が亡くなられましたから。もしハドソン川が近くになかったら、もし衝突がもう少し遅かったら、そして機長と副機長がこの二人でなかったら、この「奇跡」は起きなかったのではないかなあと。
映画はサリーさんをあくまで「英雄」というより「仕事に誠実な一人のプロ」として描きます。そのプロの仕事が、他のプロの協力もあって犠牲者ゼロという結果に結びつきました。うん、やっぱり仕事はマジメにやらないといけないなあ。たとえ人の命がかかわってない場合でも。いや、いつも真剣にやって… いるかな?(^_^; 分が悪くなってきたのでこの話はこれでおしまいw
さて、御大イ-ストウッド、86歳にしてまたしても重厚な名作を世に送り出してくれました。まさに名匠と呼ぶにふさわしい存在です。ただ映画を離れた政治的な発言では最近「大丈夫か!?」というものがチラホラ。老いてかつてのダーティー・ハリー的な一面がよみがえってきてしまったのでしょうか。人格と才能は別物とはいえ、ちょっと心配になってまいりました。まあ前から単なるヒューマニストというよりは、ちょっと変人っぽいところのある人だとは思ってましたが。才能ある方って大抵そんなもんなのかもしれません。
『ハドソン川の奇跡』は、現在全国のシネコンで普通に公開中。もはやバケモノ映画と化してしまった『君の名は。』には及ばないまでも、二週連続二位を記録しています。こういう落ち着いたいい映画が売れてると、なんか嬉しくなりますよね。
Comments
伍一くん☆
トム・ハンクスが機長だってだけで、確かに奇跡的に助かるような気がするね(笑)
イーストウッド監督はあの年齢で本当に名匠よね。
ある意味こっちが奇跡的な気もするわ。
ところでサリーちゃんはダーティーじゃなくてよ。
Posted by: ノルウェーまだ~む | October 07, 2016 09:29 PM
>ノルウェーまだ~むさん
どうしても『ダーティーハリー』にひっかけたダジャレを使いたかったんです… ごめんなさい…
本当はハンクスじゃなくてイーストウッドに機長演じてほしかったですけどね。さすがに年が違いすぎるかな、と
Posted by: SGA屋伍一 | October 09, 2016 08:45 PM
ご無沙汰。
誰もハドソン夫人に一言も無い・・・・・・・・・・・
でも上手いぞ。
Posted by: まさとし | November 19, 2016 10:00 AM
>まさとしさん
おお、お元気でしたか! ありがとうございます
確かこの人(犬)最初「エリソンさん」と呼ばれてたような気も
まあわかりにくいネタでした
Posted by: SGA屋伍一 | November 20, 2016 09:18 PM