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August 31, 2016

三匹がイキる ラドヤード・キップリング ジョン・ファブロー 『ジャングル・ブック』

Jgb1♪わーおわーおわおー ぼぼんばぼんぼんぼんばぼんぼぼば 『オオカミ少年ケン』や『少年ケニヤ』(若い人は知らんだろ)に大きな影響を与えた児童文学の名作『ジャングル・ブック』。これまでもたびたび映画化されてきましたが、本日はその最新バージョンを紹介しましょう。『ジャングル・ブック』(タイトルそのまんま)です。

旅の途中、父親が命を落としたため、ジャングルに放り出された赤子のモーグリ。だが彼は心優しい狼のラクシャに育てられ、たくましく成長していく。しかし人間に恨みをもつトラのシア・カーンはジャングルに人間がいることに異を唱え、モーグリを自分に差し出すようラクシャたちに迫る。モーグリは群れのみんなに迷惑をかけないため、一人旅に出るのだが…

えー、原典の『ジャングル・ブック』は子供のころに読みました…が、だいぶ詳細を忘れています。数編のエピソードからなる短編集で、半分くらいはモーグリの話なんですけど、ほかは彼と全く関係ないアザラシやゾウが主人公を務めています。
わたしが特に思い出深いのは1994年に『ハムナプトラ』のスティーブン・ソマーズが作ったバージョン。たしかモーグリがすぐに大きくなって、青年といってもいい年齢で活躍し、ヒロインといちゃいちゃしたり悪者の人間たちと戦ったりしてました。
それに対して今回のジョン・ファブロー版ではモーグリは子供のまんまです。あと彼以外に人間がほとんど出てこず、ついでに『銀牙』よろしく野生動物が言葉を話したりしてます。これ、ディズニーの遺作となった1967年版のアニメがこういうスタイルだったようなのですね。というかこのお話、やはりディズニーの『ライオン・キング』と構成がそっくりだと思いました。ソマーズ版とファブロー&アニメ版、どっちが原作小説に近いかといえば… すいません、忘れました。

さて、わたしこういう野生動物が友達だったり子分だったりする話にめちゃくちゃ弱いんですよ。先にあげた『少年ケニヤ』しかり、『怪獣王ターガン』しかり、ちょっと違うけど『バビル二世』しかり。40過ぎのおっさんになった今もこういうシチュエーションの話に出会うと「クキェーツ!!」とハートが燃え滾ったりします。
ソマーズ版でもちゃんと狼、豹、熊が登場しますが、そちらではモーグリの家来的な扱いで個性もそんなに描き分けられてなかったような。でもまあそれはそれで好きな作品であります。
今回は動物たちにもそれぞれ性格があり、たとえばモーグリを拾った黒豹のバギーラはいいやつなんですが、ちょっと口やかましい長男的な立場のキャラクターです。そして途中から登場するクマのバルーはガタイはいいものの、いい加減で働くことを嫌うのんき者の次男みたいな役割。そして人間のモーグリは二匹のお兄ちゃんに振り回されながら無邪気にはしゃぎまわる末っ子的な存在。コントみたいなやり取りを繰り広げていた三匹が、クライマックスでは凶悪な敵に対して、桃太郎侍のようにそろって見栄を切るあたりが猛烈にかっこよく、これまた「フガー!!」と燃え上がったのでした。あとジャングルも盛大に燃えてました。

出さなくてもいいのにサービス的に怪獣っぽいものを出してくれるのも嬉しかったです。今夏は『シン・ゴジラ』は当たり前として、『ゴーストバスターズ』や『インデペンデンス・デイ:リサージェンス』、そして本作品でも怪獣が暴れまわっていてはしゃいじゃいました。ここまで怪獣が獣実してた夏は近年ちょっと記憶にありません。

Jgb2ジョン・ファブロー版『ジャングル・ブック』は全米では大ヒットとなりましたが、日本では邦画や『ペット』に押されていまいち売れてないようです。いい映画なんだけどなあ… ちなみにディズニーは早くも続編の製作にとりかかっているそうですが、間の悪いことにワーナーさんも再来年モーション・キャプチャーの第一人者アンディ・サーキスを監督に据えて『ジャングル・ブック』を作ることが決まっています。ハリウッドのみなさんはそんなにこの話が好きなんですか! まあやるならやるで一生懸命差別化にがんばっていただきたいものです。
すぐ上のイラストは今回のモーグリを自分流に描いたつもりなんですが、ちょっとずれてしまったような。もう少し幼い雰囲気を出したかった…


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August 29, 2016

磁力と黙示録 ブライアン・シンガー 『X-MEN アポカリプス』

Apocalypse前作『フューチャー&パスト』で感動的な大団円を迎えた映画「X-MEN」シリーズ。もうこれで終わりでいいんじゃない?とも思いましたが、60年代の『ファースト・ジェネレーション』、70年代の『フューチャー&パスト』と来たら、「やっぱり80年代が舞台の作品も作りたいよね!」とスタッフが考えたのでしょう。そんなわけで現在公開中の最新作、『X-MEN:アポカリプス』、紹介します。

エグゼビアらの活躍によりテロ事件が未然に防がれた80年代。世間はミュータントにわりかし好意的になっていた。だがそのためミュータントを神とあがめるカルト教団が誕生し、紀元前より眠りについていた最古の超人・アポカリプスを目覚めさせてしまう。現代の退廃した世界を見たアポカリプスは激怒。自分の手でそれを滅ぼし、新たな世界を作り上げることを決意する。その配下として選ばれたミュータントの1人に、東欧で穏やかな暮らしを送っていたエリックことマグニートーもいた…

映画の「X-MEN」シリーズが始まったのは2000年ジャスト。かれこれ16年前ですよ… あのころはわたしもまだ若かったなあ。ふううう。…と余計な感傷にひたるのはやめます。いま年にバカスカ作られてるアメコミ映画のブームの礎を築いたのは、このシリーズといっても過言ではありません。
おそらく「アメコミ映画とかバカバカしいし~」と言う層を引き込むためでしょう。シリーズ初期はとにかく「地味に地味に」というアレンジがなされました。原色派手派手のコスチュームはフラットブラックになり、メンバーは基本的にノーマスクの素顔丸出しがデフォルトであり、舞台は常にわたしたちと地続きの世界であり…といった具合にです。
コミックのX-MENももちろんシリアスで社会的なテーマがこめられてはいますが、そこはやっぱり漫画なんで、宇宙へ行ったり魔界へ行ったり、大勢のメンバーがバンパイアになっちゃったりとトンでもな展開も時々はあります。そういうのをなるべく避けて映画版はここまで来たわけですが、今回はとうとうやっちゃいましたね… なんせ敵は古代エジプトから生きていた「神様」ですから。この「アポカリプス」の設定も実は原作通りなんですが、これまでの映画シリーズの流れから見るとかなり浮いてます。なんというかこう、「ムー」というか「MMR」的発想ですよね。

しかしまあそこに目をつむればけっこう痛快です。うじゃうじゃいるX-MENのキャラの中でも、特に最強と言える4人のミュータント(プロフェッサーX、マグニートー、ジーン・グレイ、アポやん)が一堂に会すわけですから。これらのチートキャラが入り乱れてくんずほぐれつの大合戦を繰り広げるわけですから、これが面白くないわけがありません。そしてそれら最強キャラの周囲で、物理攻撃しかできないメンバーも一生懸命がんばっています。
特に今回目立っていたのは1作目から登場しているサイクロップス。思えばコミックでは主人公と言ってもいいほどの存在なのに、映画ではずっとウルヴァリンの引き立て役でさんざんな扱いでした。ですが今回はウルヴァリンがほとんど出てこないこともあっていつも以上にはつらつと活躍しておりました。まあ一番おいしいところはチートキャラ達に持って行かれちゃうわけですが。

対照的に気の毒なのが人気的には二軍っぽいキャラクターたち。シンガー監督は自分の作り上げたX-MEN世界は愛していても、おそらく原典のほうはそれほど好きではないんだと思います。これはX-MENに限らずアメコミ映画にはよくあることですが、漫画では何十年と生き延び続けたベテランキャラが非常にあっさり死んだりするので。特に『ファースト・ジェネレーション』で初登場したキャラたちのその後には涙を禁じえません。わたくし『ファースト・ジェネレーション』公開時に「初期三部作に出てこない面々は、壮絶な殉職シーンを免れないかもしれませんね・・・」なんてことを書いてたんですが、その予言が当たったかどうかは… うふふ♪な・い・しょ♪

さて、この『X-MEN:アポカリプス』、人気絶頂のジェニファー・ローレンスをメインにすえても日米ともに売上はぱっとしないようです。少し前、同じユニバースの『デッドプール』があんなにヒットしたのに… なぜでしょう。思うに初期は観客のとば口をひろげたX-MENシリーズですが、いまや百花繚乱となってしまったアメコミ映画の中では、かえってその地味スタイルが裏目にでちゃったのかもしれません。かといってここから急に派手派手にして人気が出るかといえば… うーん、難しいところですね(^_^;

D521678c343b633a3cf098d1d22514a7d533作かけてようやく21世紀に追い付いてきたX-MEN。今度こそ完結のように見えなくもありませんが、20世紀フォックスはまだまだ次なる計画を練っています。とりあえず製作が確定してるのが『ウルヴァリン』の3作目と『デッドプール』の2作目。ほかにはアウトローの伊達男を主人公にした『ガンビット』や、若い候補生がメインの『ニュー・ミュータンツ』、攻撃的な暗殺部隊の活躍を描く『X-FORCE』などが企画中です。プロフェッサーの狂気の息子の名がタイトルの『リージョン』というドラマも作るみたいです。そうそう、『ファンタスティック・フォー』とのコラボはどうなったんだろう。
来年もアメコミ映画は激戦区のようですが、どこも末永く続きますように… おまけにこれまで書いた感想のリンクを貼っておきます。
1作目
2作目
ファイナル・ディシジョン
ウルヴァリン
ファースト・ジェネレーション
ウルヴァリン:サムライ
フューチャー&パスト
デッドプール

原作60年代編
原作70年代編
原作80年代編

お暇な方は読んだってー

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August 23, 2016

お化け退治プリキュア ポール・フェイグ 『ゴーストバスターズ』

Gost2ゴジラやニモも久方ぶりでしたが、こちらはもっとすごい。なんせ27年ぶりの再誕ですからね… ♪お化けが出たら誰を呼ぶ? (新生)ゴーストバスターズ!ご紹介します。

大学で出世のために奮闘していた学者のエリンは、ある日自分が若かりし頃に友人と書いたお化けの研究書がネットで出回っていることを知る。この本の存在を学長らに知られたら立場が危うくなると考えた彼女は、販売を差し止めるため共同執筆者のアビーのもとを訪ねる。アビーは同僚のホルツマンと共に、いまもなおゴーストの研究に打ち込んでいた。久々の再会なのに衝突しかけたエリンとアビーだったが、信憑性の高い幽霊の目撃情報を聞き、なりゆきでともに調査に出かけることになる。

『ゴーストバスターズ』1作目公開当時わたしはまだ小学生でした。当時『グレムリン』と復活した『ゴジラ』と合わせ「3G」なんて呼ばれていたのを覚えています。主人公のモンスターが表題である内容のわかりやすい他二作と比べて、困り顔のお化けが禁止マークに挟まれているポスターはかなり謎で、「いったいどういう映画なんだろう?」と首をひねったものでした。それはともかくお化けというと普通は怖いもので出てくる映画はホラー映画と相場が決まっていましたが、こんな風にお化けを茶化してコメディに仕立て上げた作品はそれまでほぼなかったように思えます。わたしが知らないだけかもしれませんが…

さて、今回新生となった『ゴーストバスターズ』。もうみなさんご承知だと思いますがメンバー全員が女性です。『セーラームーン』にでも影響受けたのかな?とも思いましたが、彼女たちはピチピチのティーンではなくみんなもっさりしたおばさんなので、さすがにそれはなかろうかと思います。この設定、最初こそ驚きましたが同時にうまいところをついたと舌を巻きました。だってもっさりおばさんがチームを組んでモンスターと戦うなんて映画、これまた今まで観たことありませんからね。シリーズ作品の続編・リブートで理想的なのは、前作のコアな部分をしっかり受け継ぎ、そのうえで新しい要素を組み込んでくることだと思います。
ちなみにいくつかあった続編の構想のひとつには「前作の主人公ベンクマン博士が幽霊になって出てくる」といのもあったそうですが、これは本当に実現しなくてよかったと思いました(^_^;

話をもとに戻しますと、予告編で縦横無尽に駆け巡っているおばさんたちを見て、「こりゃいける」と思いました。実は彼女らは全員「サタデーナイトライブ」などで活躍してるコメディエンヌなのですが、さんざん笑わせてくれたあとでクライマックスではアメコミヒーロー顔負けのアクションを見せてくれます。あのぽっちゃり体型のアビーさんでさえ。仮面ライダーにはよくぱっと見「なんじゃこりゃ」というデザインのものも多いのですけど、そういうライダーがキレのいいアクションを決めると、デザインがいいヒーローの2,3倍かっこよく見えるものです。男も女も、やはり見かけで判断してはいけませんね。

そんなお化け退治プリキュアのサポートをするのが、クリス・ヘムズワース演じるイケメンメガネのケビン…と思ったんですが、本編を見てみると言うこともやることもアホ全開で、まったく役に立っていません。それどころかおバカのあまりみんなの足をひっぱったりもしています。最近のアニメでいうと『おそ松さん』の「十四松」にかなり近いキャラです。監督によると当初はそこまでおバカじゃなかったようですが、クリヘムが悪ノリでアドリブをエスカレートさせているうちに「完全おバカ」なキャラになってしまったんだとか。でもいくら役立たずでも、足をひっぱっても、見かけがかわいいので愛され、許されてしまうアホなペットのようなキャラでもありました。正直ちょっとうらやま…いえ、なんでもありません。

旧作にない要素をもうひとつあげますと、今回はオタクとオタクの戦いの話でもあります。かつての夢を忘れていたオタクが、夢を見失わないオタクと再会して本来の自分を取り戻すのが主人公サイド。一方で周囲の無理解と孤独ゆえからダークサイドに落ちてしまったオタクが悪役サイドであります。人生いろいろ、オタクもいろいろ。わたしもオタクの1人ですが、ちゃんと人と交流して異次元の怪物とか呼びださないよう気をつけようとおもいました。
80~90年代の映画ネタがポコポコ出てくるのも楽しゅうございました。わたしは直撃世代だったからよかったけど、あれらのネタ、若い人たちにはどれくらい通じたんだろう… ちと心配であります。

Photo新生『ゴーストバスターズ』は現在全国の映画館で公開中です。ツイッター見ますと8月公開の作品では一番くらいの高評価なんですが、アメリカではいまひとつの入りで中国でもやらないようなので、残念ながら大赤字が確定いたしました。次に彼(女)らに会えるのは果たしていつか… わたしが生きているうちによろしくお願いします。


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August 14, 2016

残酷な遺伝子のテーゼ 庵野秀明 『シン・ゴジラ』

Photo蓋をあける前は昨年の『進撃の巨人』の再現か、と危ぶまれていましたが(わたしは大好きですけどね…)、公開されるや否や日本特撮映画久々の快作!と各所で大評判を呼んでいる本作。そんなわけで今回は日本では十二年ぶりの復活となりました『シン・ゴジラ』、ご紹介します。

東京湾を漂流していた謎のボート。調査に向かった海上保安庁のチームは、突如として海底で起きた爆発に飲み込まれ消息を絶つ。海底火山の噴火か…と内閣は推測するが、その後海中から巨大な尻尾が出現。爆発は未知の巨大生物に関わりがあることが明らかになる。やがて沿岸に上陸しその姿を現した怪獣。政府はある島の伝承に基づき怪獣を「ゴジラ」と命名する。ゴジラは付近の建物を盛大に破壊し海に帰って行ったが、それはまだ日本が直面する未曾有の災厄の始まりにすぎなかった。

最初にあまり語られることのない「1984年版」と重なるところが多いな、と感じました。対抗する怪獣が出てこない、政府がゴジラのために核兵器の使用を許可するか苦慮する、生物学的なアプローチからゴジラ退治の方法を考え出す…といったあたりが共通してます。ただ公開当時自分は小学生だったので、スクリーンでゴジラが観られただけで大満足でしたが、現在観てみて傑作かといえば幾分微妙と言わざるを得ません(^_^; 理由に関しては後ほどまた触れます。

そして何より思い出されたのは庵野監督の代表作『新世紀エヴァンゲリオン』です。襲来する未知の怪物、ブリーフィングルームで対策を練る特務機関の面々、都市機能を利用した迎撃方法、工場の生産ラインの細かい描写、そして画面にでかでかと映るテロップの数々、。最後のはもともと岡本喜八監督が好んで用いていた手法ですが、そういった演出を見て『エヴァ』を連想した人は多かったようです。
しかし『シン・ゴジラ』には『エヴァ』とは決定的に異なる点が二つあります。それについて述べましょう。

まずひとつは(当たり前ですが)この映画にはエヴァンゲリオンは登場しません。ウルトラマンも巨大ロボットも1984年版にさえ出てきた未来の超兵器さえありません。あくまで現実にある科学技術で、ミサイルも戦車砲も受けつけないバケモノをどのように倒すのか… そこがこの映画の見どころのひとつでもあります。一昨年のギャレス版でも描かれていましたが、ほとんど神とも言えるゴジラを前にして、人間たちは虫けらとほぼ変わりない存在です。そんな虫けらたちが頭を寄せ合い、あらん限りの知恵を絞って、集めて、ゴジラに立ち向かう。そう、今回ゴジラと戦うのはあくまで同格の怪獣ではなく、ちっぽけな人間たちなのです。

時々怪獣映画を観ていて「人間いらなくね?」と思うことがあります。怪獣映画の主人公というか語り手たちは、偶然その場に居合わせた一般人ということが多く、怪獣退治のヒントを見つけたりはするものの、自らがモンスターに立ち向かうことはあまりありません。まあ普通の人間がゴジラやその他の怪獣に立ち向かってもまず勝てませんからね。そこで最近どこぞのキャッチコピーにもありましたが、怪獣には怪獣をぶつけて事態の収拾をはかるわけです。しかしそうなると主人公たちはほとんど傍観者となって怪獣同士の闘いを見守るだけになり、先ほど述べた「人間いらなくね?」につながるわけです。あくまで人間が怪獣と真っ向から闘いを挑むのは、それこそ一作目『ゴジラ』や、平成ガメラ三部作、やはり平成に入ってからのメカゴジラ関連作品、『パシフィック・リム』くらいでしょうか。ちなみに対抗する気など全くなくてただひたすら逃げることに徹したのが『クローバーフィールド』です。

で、現実に怪獣が出現した場合、そいつと戦うことになるのは誰になるでしょうか。それは自衛隊であり、また自衛隊に指示を下す政府のお役人さんたちであります。居合わせた少年でもなく事件記者でもなく、このお役人とゴジラの戦いを真っ向から描いたところが、今までなかった『シン・ゴジラ』の新しい部分と言えるでしょう。

そのお役人の中心となるのが長谷川博巳氏演じる官僚・矢口蘭堂です。ここが『エヴァ』と決定的に違う点の二つ目ですが、この矢口さん、基本的にどんな時も恐ろしいほどに前向きです。次々と不測の事態が起きても絶えず次の手段を考え続けます。一秒たりとも迷ったりはしません。あのことあるごとに「戦いたくない」「なんでぼくが」と愚痴っていた『エヴァ』のシンジ君とまるで正反対の存在であります。そこだけ考えるととてもあの『エヴァ』を作った人の手掛けた作品とは思えません。聞くところによるとこの作品を撮る少し前まで、庵野監督はちょっとした鬱状態に陥っていたとのこと。それを聞くとますます「どうしてこんな前向きの映画が出来たんだろ?」と思えますが、そこまでポジティブなキャラクターに自分を投影しなきゃ鬱から抜け出せなかったということなのかな? ともあれ、監督がそうすることで回復したのなら実に喜ばしいことであります。

おそらく、庵野監督に鬱をもたらした原因のひとつに、3.11に起きた巨大地震と原発事故があります。これらの災害を怪獣映画として表現したという点でもかつてない作品です。1954年のゴジラが核兵器の申し子であるならば、2016年のゴジラは原発のメタファーであるというわけです。『エヴァ』がブームだったころ、インタビューで監督は「ぼくたちの世代には何もない」ということを言ってました。前の世代は戦争や安保闘争といった国を揺るがすような事態を体験しているけど、ぼくらにはそれがない。だからサブカルにのめりこむしかなかった…といった趣旨の発言だったかと。しかし不幸なことに、わたしたちも2011年、そうした事態に直面してしまいました。その体験や考えたことを庵野氏はこの映画に全力でぶつけています。「最後まで、この国を見捨てずにいてやろう」と言う矢口。やっぱり庵野さんは、そしてわたしもこの国が好きなんですよ。だってこんなにサブカルにまみれたヘンテコな国はそうないですからね。これは「愛国心」とは違います。「好国心」とでも言うべきか。国のために犠牲になる気はさらさらないけど、平和にサブカルが楽しめるようなんとかしていきたい… そんな気持ちでしょうか(^_^;

まあ正直この『シン・ゴジラ』、完璧な作品ではありません。あえて申しませんが、愛すべきつっこみどころも幾つかあります。それでも斬新で圧倒的な映像で細かい欠点をねじふせております。それが1984年版には足りなかった。この映画がこれだけ高い支持を得ているのは、その映像力にやられた人たちがそれだけいたということなのでしょう。もちろんわたしもその一人です。
B4zzvkmcyaemsa_『シン・ゴジラ』は現在二週にわたって売り上げトップを占めるほどの大ヒットを記録(信じられん…)。これでなんとか「次」にはつながったかな。少なくとも12年待たされることはないでしょう(笑)


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August 09, 2016

やばいサンゴと礁 ジャウム・コレット=セラ 『ロスト・バケーション』

51naqv7c2qlあ~、やっと資格試験終わった。結果はどうあれ(笑) というわけでようやっとわたしも夏本番です。夏といえばビーチ! ビキニ! そして人食いザメ! 今日はその三つの魅力がぎっしりつまった『ロスト・バケーション』、ご紹介します。

とあることがきっかけで、母との思い出のビーチにやってきた医大生のナンシー。軽快に波乗りを楽しんでいた彼女だったが、その入り江に人食いザメがやってきたからさあ大変。命からがら、彼女は干潮の時だけ顔を出す「礁」にたどり着く。陸地はすぐ近くにあるのに、戻ろうとすればサメのご飯になってしまうのは必定。そして刻々と満潮の時間が近づいていく…

どっかのトレンディ・ドラマみたいなタイトルがついてますが、原題は『The Shallows(礁)』と実にシンプルです。最近レンタルDVDの棚にぎっしりと並んでいるくだらなそうなサメ映画の数々。シャークネード、シャークトパス、トリプルヘッド・シャーク、メガシャークVSグレートタイタン、ジュラシック・シャークetc… この映画は「もうそういう色物的なコラボはやめて、サメ本来の味で勝負しようぜ!」という作り手の意気込みがみなぎっておりました。
実はシネコンで予告を見たときに、「いかにも一発アイデア的なスリラーだなあ。それで1時間半以上もつんかい?」と思ったものでした。しかし監督が「かわいそうなリーアム・ニーソン三部作」(『アンノウン』『フライト・ゲーム』『ラン・オール・ナイト』)のジャウム・コレット=セラと知り、考えを改めました。彼ならば限られた状況でいかようにも話を面白く盛り上げてくれるに違いないと。そしてその期待は裏切られませんでした。

まあビキニなんてほとんど素っ裸みたいなもんじゃないですか。まさに丸腰同然であります。そんな状態で巨大なサメにどうやって対処するのか? …というかもうあきらめるしかないですよね… しかしあたりを見回すとそこかしこに利用できそうなものがちらちら浮かんでたり沈んでたりするんですよ。か弱い女の子が知恵を絞ってマスター・キートンのようにサバイバル技術を駆使していくあたりがまことに痛快でした。
実は最近ちょっと似た事故がありまして、海に遊びに来てた少年が沖に流されて、礁にたどりついて九死に一生を得たとのこと。そんでその少年は携帯電話をビニールに入れて腰にゆわえていたため、すぐに助けを呼ぶことができたんだとか。この映画でもそうしていたら40分くらいで話が終わっていたと思うんですけどね。でもまあそれではサスペンスとして面白くないし、「現代人はすぐネットや携帯に頼りがちだ! もっと自分の生き抜く力を信じろ!」という監督のメッセージが込められてるような気もしました。

あと、ただサメとビキニの話に終わらないだけの絶妙なアクセントがふたつ加えられています。ひとつはナンシーがその浜辺に来た理由。そこにサスペンスの添え物にふさわしいくらいの、ささやかな人間ドラマが含められています。
もうひとつはナンシーが礁で追いつめられている間、ずっとそばで見守っている怪我したカモメ。このカモメちゃんが実にかわいらしくて。人がバクバク食べられていく凄惨な映画の、一服の清涼剤のような役割を果たしていました。

前半はサメが来るぞ~来るぞ~というわざとらしい演出が多様されていて、チキンなわたしとしては「どうしてこんな映画観に来ちゃったんだろ」と軽くちびりながら後悔しておりました。しかし一転、ナンシーがサメと戦う決意をかためてからは、こちらも俄然ファイトが燃え上がりまして(影響されやすい性格)。クライマックスなどは思わず「ぐべち」とわけのわからん声が漏れてしまいました。まあそれくらいエキサイトする作品だということです。

61szintbiyl__sl500_sy355_「海はやさしいだけじゃない。怖いところでもあるんだ」ということでぜひ『ファインディング・ドリー』と合わせて観てほしい一本。ちなみに興ザメなことを言ってすいませんが、人がサメに襲われて死ぬ件数は世界でだいたい10~20件くらいのようです。みんな安心してビキニでビーチを楽しみましょう。

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August 04, 2016

サカナはあぶれたタコでいい アンドリュー・スタントン 『ファインディング・ドリー』

090830_152514八代亜紀の声で読んでください… ID4にアリスにゴーストバスターズに、今夏もいろんなタイトルがカムバックしてますが、たぶんもっともヒットするのはこの作品ではなかろうかと。ピクサー草創期の傑作『ファインディング・ニモ』のその後を描く『ファインディング・ドリー』、ご紹介します。

地球をまたにかけたあの大冒険から一年後くらい(現実には12年の月日が経ってますが…)。クマノミのマーリン親子の親友で忘れん坊のドリーは、突然自分に両親がいたことを思い出す。矢も楯もたまらず、おぼろげな記憶を頼りに故郷に向かおうとするドリー。そんな彼女をほっておけず、マーリンとニモはドリーの家族を見つけるため再び旅に出ることに。

前作でマーリンの相棒を務めたナンヨウハギのドリー。ちょっと泳ぐともう前のことを忘れてしまう彼女を見て、「ナンヨウハギっていうのはそんなに記憶容量が少ないんだ」と思ったものでした。しかし今回彼女の主演の映画を観て、この障害はナンヨウハギすべてに共通する特徴ではなく、ドリー個人(個体)のものであったことが明かされました。まあ考えてみれば魚がどれほど前のことを覚えているかなんて、魚になってみなけりゃわかりませんからねえ。
そんなわけで今回のテーマは「忘却」であります。いつも明るく振舞っているドリーですが、その裏で彼女がどれほど心細く悲しい思いをしていたかがやんわり語られ、冒頭から涙ちょちょ切れました。
あとドリーほどひどくないにせよ、わたしも最近物忘れがどんどんひどくなっているので彼女の障害が他人事というか他魚事とは思えませんでした。まず人の顔を覚えるのがさらに苦手になりました。たぶん前に会った人から道端であいさつされ、「誰だっけこのひと」と悩むことなどしょっちゅうです。ほかにも昨日何を食べたか、ということですらすぐには思い出せません。きっとわたしは人よりボケるのが早いと思います。
ただ不思議なもので好きなこととか、子供のころのことというのは鮮明に覚えているものですね。ドリーも自分の原体験を芋づる式に呼び起こして少しずつ故郷へと近づいていきます。前作のクライマックスはニモに会った時のドリーのフラッシュバックだと思っているのですが、今回はもうフラッシュバックの乱れ打ちで滅法楽しかった反面すこし胃もたれがしました(^_^;
話は少しそれますが先日お酒の席で「自分が一番最初に覚えている記憶は何か」なんて話になりまして。自分の場合は2歳まで住んでた団地から見える山の風景だった…なんてことを久しぶりに思い出したりしました。

あと前作もそうでしたが、ドリーとマーリンの関係というのも興味深いですね。お互い大切に思っている者同士なのに、種が違うゆえに決して夫婦になることはないという。でも二匹も別にそれで十分満足してるように見えます。よく「男と女の間に友情は成立するか?」という問いかけがあります。もてないゆえにお友達レベルから先に進ませてもらえないわたしとしては「そんなもん成立するに決まってんだろバッキャロー!」と言いたいですが、マーリンとドリーはこの性を越えた友情の理想形と言えるかもしれません。

ほかに印象深い点としてはやっぱり「八代亜紀」でしょうか。ドリーが目指す博物館でかかるおごそこなアナウンスの声がなぜか八代亜紀なのですね。登場人物(動物)も「八代亜紀さんがこう言ってた」と連呼したりするので、魚の間でも彼女は有名人のようです。これ、もちろん本国では八代亜紀ではなくシガ二―・ウィーバーが声をあてているそうです。それはもちろんSF好きのスタントン監督の趣味かと思われますが(『WALL・E』でも起用している)、なぜシガ二―が八代になったのかは謎です。聞いたところによると八代さんは霊感が強くこれまでに何度も心霊現象に出くわしてるとのことなので、そういう超常と縁のあるところから日本版シガ二―として選ばれたのかな…(苦しい) いずれにせよ彼女の歌うエンディングはなかなかしっとりしたいい曲でした。もちろん『舟歌』ではありません。
さらによくわからなかったシロイルカの遠視能力をわかりやすく映像で表現してたのも高ポイントでした。実際にあんな風に見えてるのかはやっぱりシロイルカになってみないとわからないでしょうけど、こういう表現、今まで映画の『デアデビル』くらいでしか見たことなかったのでテンションあがっちゃったのですね。

090116_183023というわけで今回も「さすがはピクサー」とうならされた『ファインディング・ドリー』。唯一ひっかかるのは前作の主役であったマーリンさんの影の薄さでしょうか。チラシには「ドリーとニモの冒険が始まる!」と書いてあるし、グッズもこの二匹のばかりだし… まあわたしも時々彼の名前忘れるんでひとのこと言えないんですけどね(笑)
夏休みぶっちぎりのヒットになるかと思った本作品ですが、現在『ワンピース』と『シン・ゴジラ』の三つ巴のような戦いを繰り広げています。奇しくも3本とも海関係。なんにせよ映画館がにぎわってて大変めでたきとことであります。

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