パン屋が再襲撃 ハニ・アブ・アサド 『オマールの壁』
ここんとこシネコンのわかりやすいエンターテイメントをずっととりあげていましたが、今日は久々に渋い社会派の映画の話をします。パレスチナに生きる若者たちの壮絶な青春を描いた『オマールの壁』、ご紹介します。
イスラエル統治下のパレスチナに生きるオマールはパン屋で生計を立てる一方、地下組織の一員として政府に一矢報いる機会をずっとうかがっていた。それは若さゆえの反骨心と、組織のリーダーに認められて彼の妹のナディアと晴れて結ばれたいという願いがあったからだった。やがて決行に踏み切ったオマールたち。だが秘密警察はたやすく実行犯を突き止め、オマールは彼らの手に落ちてしまう。果たして彼は自由を取り戻すことができるのか。
というわけで海老で有名なオマール地方とは何の関係もありません。オマールという兄ちゃんの話であります。この映画はオマールが10メートルはあろうかという壁をえっちらおっちら登っていくシーンから始まります。この壁はベルリンの壁のように「越えたら即死刑」というほど厳しいものではなく、政府が地域を支配しやすいようにするために便宜上こしらえたもののようで。ただ越えているところを見つかったら銃で狙われたりするので、命がけなことに変わりはありません。
この映画を観て少し前に公開された『ディーパンの闘い』を思い出しました。パンつながり…というわけではなく。結婚して穏やかな家庭を築く。それは人にとってごく当たり前のささやかな幸せです。しかし世界にはそれすら許されない悲しい社会があります。わたしは普通にゆるされてる環境で独り身ですがそれはおいといて。
一方でオマールが銃を取らなければここまで八方ふさがりの状況にはならなかったのでは…とも思います。まあ彼は暴力の世界に身を置くことになろうとも恋人のナディアがほしかったんでしょうね。好きなあの子を「何が何でも自分のものにしたい」と願って周りが見えなくなるのは、若者にはよくあることです。
ただこのナディアちゃんというのが、なかなかに小ずるいと言うかしたたかと言うか。はたで見ているおっさんとしては、「その娘っ子、そこまでつくしてやるほどの嬢ちゃんやないで…」と思いました。たとえばオマールが独房に入れられてるシーンで彼は「お前みたいに自由に飛んでいけたら」と小さな虫に親近感を抱いちゃうのですが、別のシーンでナディアは家の中に入ってきた虫を容赦なく「ぶちゅ」と踏みつぶします。そのあたりでもうオマールにハッピーエンドは望めないのだろうなあ…とハラハラと涙せずにはいられませんでした。
オマールを地獄につきおとすもう一人のメフィストフェレスに、秘密警察のラミ捜査官がいさんます。初めこそ悪魔のような憎たらしい男でありますが、いいように利用していながらオマールに同情心や親しみを抱いていることもうかがえます。中盤に至っては疑似的な親子のように見えなくもないです。そんな二人の関係が痛々しくも興味深かったのですが、ちらちら優しさを見せたところで、やっぱりオマールにとっては彼は悪魔には変わりないんですよね。というかこのラミさん、ちょっと喪黒福造に近いものがありました。
以下、ラストについて少々ほのめかしているのでご了承ください。
さんざん体制や仲間から虫けらのように利用され続けてきたオマール。しかし一寸の虫にも五分の魂。最後の最後で彼は自分を苦しめてきた者に「ドーーーーン!!」とやり返します。普通ならスカッとするところなのに、ここがとても哀しい。いろんなしがらみにがんじがらめになってしまったオマールが、自由を得るにはこの方法しかなかったのかなあ…と思うと。その直前に青空の下ランチを食べてる彼の顔が、とても気持ちよさそうで晴れやかなのがまた哀しかったです。
この映画、本国のパレスチナでは2013年製作だったにも関わらず日本では3年経ったいまごろになって公開となりました。おそらく買い付け料が安くなったからだと思いますが、配給の皆さんの尽力も大きかったと思われます。お疲れ様でした。
下の画像は入場特典のコースター。パンのおともにおいしいコーヒーでも飲んでくださいということでしょうか。
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