必殺シカリオ人 ドゥニ・ヴィルヌーヴ 『ボーダーライン』
情念漂う一風変わったサスペンスをよく手掛けている俊英ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督。そのドゥニ監督の新作は、メキシコ麻薬戦争を題材にしたこれまたビンビンに緊張感溢れる物語。『ボーダーライン』、ご紹介します。
FBIの捜査官ケイトは麻薬カルテルのアジトを制圧したことから、警察内のある組織に引き抜かれ、カルテルのボスを確保する作戦に参加する。メキシコ国境へ向かう途中、彼女は同僚となるアレハンドロという謎めいた男に出会う。作戦が進行していく中、ケイトはカルテルの非情さと捜査側の強引なやり方に苛立ちを募らせていくのだった。
その合間に何度か挿入されるサッカー少年とお父さんの心温まるやり取り。果たして本筋とはどういう関係が…
原題は『シカリオ』。古代ユダヤに存在した「熱心党」というグループのことだそうです。当時彼らを支配していたローマ兵士をゲリラ的にネチネチと追いつめて血祭りに上げていったとか。なんでそれがタイトルになってるのか、ということは終盤になるとおぼろげにわかってくる… ような…
ポスター(上画像)を見ますと主演のエミリー・ブラントさんが実に勇ましく写ってますよね。最近の映画界の流れからいってエミリーさんが男顔負けのアクションを見せて悪党どもを片っ端からぶっ殺していく、そういうストーリーを予想していました。やはり彼女がメインキャストだった『オール・ユー・ニード・イズ・キル』ではそういう役柄でしたし。
ところがこちらでは一応戦闘スキルも持ってるものの、もっと恐ろしくえげつないやつらに翻弄されてえんえんと悩む、そんなポジションでした。そうですよね… 監督がドロドロの情念の好きなヴィルヌーヴさんですもんね… そんなズバッと解決スキッと爽快な流れにはならんですよね…
ただ今回はなかばを過ぎてもあんまりその情念みたいなものは漂ってきません。えぐくてグロい残酷描写こそふんだんにありますが、基本的にドライにドライにお話は語られていきます。だもんでいつもと違うタッチでいくのかな…と思ってたらクライマックスでそれまで抑えられていた情念がドバ―――――ッと噴出して、圧倒されました。うーん、これこれ。これこそがやはり本来のヴィルヌーヴ節であります。
あとヴィルヌーヴさんは「人はどうしてこれほどまでに残酷になれるのか」ということをずっと考えてる気がします。『灼熱の塊』や『プリズナーズ』ではそうした残酷性から生み出される暴力の連鎖をとめたい、という願いも感じられました。しかし『ボーダーライン』ではもうそれは無理なんじゃなかろうか…みたいな諦観が漂っていてさみしゅうございました。それほどにここで描かれている暴力は圧倒的で支配的であります。
わたしがこの映画で特に印象に残ったのは麻薬カルテルのボスの正体。以下、かなりネタバレしてるのでご了承ください。
顔の皮をはいだり、手足のもげた死体をつるしたり、敵組織の娘を酸のプールにつきおとしたりする。そんな蛮行を指示する男はどんなバケモノなのだろうと思っていました。ところが終盤明らかになるボスは、ごく普通のパパさんとして妻子となごやかにご飯をたべているのですね。そこだけ見るならば一般のお父さんと違うところは家と料理が豪華なことくらいです。これはフィクションですけど、きっと本物のカルテルの親玉もそんな感じなんじゃじゃないでしょうか。血の気も凍るような残酷な命令をくだしながら、家ではよき家庭人として穏やかに暮らしている。そういう割り切りがきちっとできなければ麻薬戦争の大物なんて務まらないのかもしれません。その陰で蟻んこのように踏みつぶされていく命のことを思うと、本当にぞっとしますけどね…
そんな組織のボスをおいつめていくのがベニチオ・デルトロ演じるアレハンドロ。おそらく原題の「シカリオ」は彼のことを指しているのでしょう。わたくしこれまで観てきたベニチオさんというと、『シンシティ』の首が取れかかってた悪役とか、ジャングルで衰弱してるゲバラとか、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のへんてこな商人とかそんなんばっかりだったので、今回の鬼気迫る演技にはそのギャップにびっくりしました。というか、こちらの方が本来の姿なのでしょうね。いままで変な役でしか見てなくてどうもすいませんでした。
『ボーダーライン』というか『シカリオ』は好評を受けてはやくも続編が決定したとのこと。え… ここで終わっておくのが美しいと思うけどな…
またヴィルヌーヴ監督は次はあの『ブレードランナー』の続編を手掛けるとのこと。かなり意外なチョイスですけど彼があの名作をどう料理してくれるのか楽しみです。
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