小屋の八人 クエンティン・タランティ―ノ 『ヘイトフル・エイト』
凝った台詞回しとユーモラスなゴア描写で絶大な人気を誇るクエンティン・タランティーノ。そのタラちゃんの新作は、前作『ジャンゴ』に続いて一風変わった西部劇であります。『ヘイトフル・エイト』、ご紹介しましょう。
南北戦争から数年後の西部。賞金稼ぎジョン・ルースは女犯罪者デイジーを護送する旅の途中、同業者のウォーレンと保安官だと名乗るクリスという青年を、自分の馬車に乗せてやることにする。大きな吹雪が来ることを予測して一行は目的地の途中にある宿屋で数日過ごすことにする。すでに宿屋にいた数人の先客はもっともらしく自己紹介をするが、どことなく怪しい。それぞれの思惑をよそに、吹雪はますます勢いを増していく。
題を直訳すると「憎らしい8人」「忌々しい8人」ということになるでしょうか。
その8人を順々に紹介していきます。
1.賞金首をすぐに殺さずに絞首台まで連れて行くことをモットーとする賞金稼ぎジョン・ルース
2.その従者で有能な御者O.B.
3.ジョン・ルースにつかまった凶悪犯デイジー(女)。殴られて片目がパンダになってる
4.雪道で拾われた黒人の賞金稼ぎウォーレン。リンカーンとマブダチらしい
5.保安官だと主張する南軍崩れの若者クリス。正義の名のもとにけっこうえげつないことをやってたらしい
ここまでが駅馬車組。以後は先に宿に到着してた面々です。
6.絞首刑の執行人と自称する上品な男
7.数年ぶりにママに会いに来たという不気味な顔の男
8.偉い愛想の悪いじいさん
9.主人夫妻から店をまかされたというむさくるしいメキシコ人
…あれ。タイトルに「8」ってついてるのに9人いるじゃねーか! おそらくヘイトフルな8人というのはポスターに写っている御者さんを除いた8人のことかと思われます。まあO.B.さんは他の面々と比べると確かにいまひとつキャラ立ちしてないというか影が薄いのでね… 仕方なきこととは思いますが同情を禁じえません。
話は戻りまして。タイトルは西部劇の名作『荒野の七人』の原題(『The Magnificent Seven』=堂々たる7人?)をもじったものだと思われます。ですから世間のはみ出し者たちがチームを組んで悪事を働くとかそういう内容を予想してたんですが、これが全然違いまして… タランティ―ノが「『オリエント急行』や『遊星からの物体X』を意識した」と公言してるように、狭い空間に限定されたミステリーというか心理サスペンスのような趣がありました。最近で似た例と言いますと三谷幸喜氏の舞台とよく似てる。一癖も二癖もありそうな濃いいメンバーがその場を動くことなくえんえんと舌戦を繰り返す…みたいな。ただ三谷氏の舞台と違うのは派手に血しぶきがビシュ―!と飛び散ったりするところですね。あと三谷作品はいろいろあった末にみんなに奇妙な連帯感が生まれてほっこりするのですが、こちらはひたすら凄惨な殺し合いがユーモアまじりで続きます。そんなナンセンスな殺戮劇を見ていて、ちらっと「結局この映画はなにが言いたいんだ?」と思わないでもありません。まあタランティ―ノは映画を通じて「これが言いたい!」という作家ではないんでしょうね。ストーリーの中で残酷性と「誰と誰が生き残るのか」、そういった面白さを追求していく人だと思います。あえてテーマがあるとすれば人間の愚かしさとか嗜虐性とか、「物事はなかなか計算通りにいかない」ってことでしょうか。
ヘイトフルと言われるだけあって、小屋の8人はどいつもこいつも決して友達にはなりたくないようなやつら。ジャンゴに近い賞金稼ぎのウォーレンですらドン引きするようなことをいろいろやってくれます。エンターテイメントの場合、登場人物に誰1人として感情移入できないと、観客としては熱が冷めていくというかむなしさばかりがつのっていくものですが、それでもなんかこの映画にニマニマしてしまうのは、先に名前を出した『遊星からの物体X』を思い出させるからでしょうか。あれはわたしにとっては永遠の中二メモリー的な思いで深い作品なので。人間の情愛というものが一切入り込む余地のない状況で、生き残りをかけた究極のゲームが行われる。そういうテイストはまさしく『ヘイトフル・エイト』にも受け継がれていました。以下、ラストネタバレですが
結末もまた実に『物体X』的なんですよね。生き残るために全力をつくしたけど結局ダメで、「でもやるだけやったんだからまあいいや」と満足してさわやかに終わる。生涯を旅にすごしいつどこで死ぬかもわからないカウボーイの生き様がそこにはあります。『ヘイトフル・エイト』の場合はそれをかっこよくではなくコントっぽく見せていたのがまた印象的でした。あと役どころは違いますがカート・ラッセルが出演してるのも『物体X』へのオマージュかと思われます。
『ヘイトフル・エイト』は現在全国の映画館で上映中ですが、『ジャンゴ』などに比べると公開館が少ないようで… まあたしかに人を選ぶ映画ではありますが。
来年にはタイトルをもじられた『荒野の七人』リメイクも公開されるようでこちらも楽しみです。
Comments
>ポスターに映ってる8人
もしかして、デミアン・ビチルとジェームズ・パークスを勘違いしてません?
でも、「最近良かった映画」にこれが入ってるんですね〜
(と言ってる間に、BvsSに変えられたりしそう…)
私はアーロと少年は吹替しか無いので観に行かない可能性が高いです
ピクサーをスルーしちゃうのはプレーンズ(1&2)以来だなあ
Posted by: とらねこ | March 27, 2016 02:50 PM
>とらねこどん
ポスターというのはこのリンク先にあるこれなんですが
http://chrisreedfilm.com/2016/01/04/the-hateful-eight-offers-two-halves-one-brilliant-the-other-a-bloody-silly-mess/
御者の人、いないよね?
>(と言ってる間に、BvsSに変えられたりしそう…)
よまれてたか(^_^; じゃあもう少しのこしておこう
アーロと少年の美術の美しさは映画館で観た方がいいと思うんだけど、「ピクサーらしい作品か」と言われるとちょっと微妙なとこなんだよね…
Posted by: SGA屋伍一 | March 27, 2016 09:59 PM