フィリップ、君はいかれてる ロバート・ゼメキス 『ザ・ウォーク』
1974年、NY世界貿易センタービルで行われた伝説のパフォーマンスを、名匠ロバート・ゼメキスが3Dで映画化。『ザ・ウォーク』、ご紹介します。
フランス生まれのパフォーマー、フィリップ・プティは子供のころサーカスで綱渡りを見て以来その芸に魅せられ、いつも最高の舞台を探し続けていた。ある日歯医者の待合室で「ツインタワー」こと世界貿易センタービルの記事を見つけたフィリップは、これこそ自分が求めていた綱渡りの舞台であると歓喜する。高さ約500m、命綱なし、もちろん許可が下りるわけもないその無謀とも言えるチャレンジに、フィリップは数少ない協力者たちと入念な計画をもって挑む。
ご存知の方も多いと思いますが、この話をもとにしたドキュメンタリー映画が『マン・オン・ワイヤー』というタイトルで2009年に日本で公開されています(感想記事はこちら)。
そちらはノンフィクションでありながら、クライマックスの場面でサティが流れたりして、上品というか幻想的な造りになっております。プティさんが綱を渡っているシーンも静止画像が大写しになるだけなので、まるで雲の上を悠々と散歩しているかのようなイメージでした(最近知ったところによると、8㎜撮影をしようとしたら協力者が警官に取り押さえられてできなかったとのこと)。まあそれはそれで趣がありますが、「やっぱり動いて綱渡りしてるシーンも見たかったな…」とは思いました。
ロバート・ゼメキス監督も同じように感じたのかもしれません。今回の映像はCGだしプティさんも本人ではなくジョセフ・ゴードン・レビットが演じてるわけですが、最新技術を駆使してわたしたちをいまはなき貿易センタービルのてっぺんまで連れて行ってくれます。
『マン・オン・ワイヤー』の感想でわたくし「自分もなんだか綱渡りがやりたくなってしまう」なんてのんきなことを書いてましたが、『ザ・ウォーク』を観たら全くその気は失せました。死んでもやりたくありません。
ゼメキス監督って前からサド気質のある人だと思ってました。作中人物をシビアな状況に追い込んでいたぶってるようなそういう作品が多いですよね。ただ今回、責められているのは主人公ではなく観客のわたしたちです(主人公はむしろ幸福の絶頂にあります)。自分がのせられやすい体質だからかもしれませんが、本当に一瞬でも油断したらまっさかさまに落ちていくような、そんな緊張感をえんえんと味わわせられました。
プティの協力者である数学者の先生もこちらの恐怖感をあおってくれます。彼はなんと高所恐怖症だったりするので。「じゃあなんであんたはこんなとんでもねえ高所のプロジェクトに参加したんだ!?」と襟首を捕まえて揺さぶりたい衝動に駆られます。世界で有数の高いビルに挑んで苦手を克服しようと思ったのでしょうか? いずれにせよ肝心なところで「あーんこわいよー」とわめく彼を見ていると、すでに結果を知っているのにも関わらず「こんなの無理。絶対死んじゃう」という思いがガンガン高まってきます。本当にねえ… こんな無茶なことよく成功させましたねえ… まさに事実は小説よりも奇なりであります。
ゼメキス監督はサドなだけでなく、その試練を通じて人の成長を物語る作家でもあります。「おじぎなんかしてられっかバッキャロー」と師匠と大喧嘩したプティさんも、神に近い領域にまで近づいて自分が多くのモノに支えられていることを実感し、自然と感謝の思いを抱くようになります。その謙虚な気持ちが伝わったのか、言ってみれば犯罪者でもある彼に多くの人が賛辞を贈ります。この辺がやっぱりお国柄なんですかね… 日本だったら賛辞と同じくらい「世間を騒がせおって!」と非難も轟々湧き上がる気がします。
ともかくさんざん怖い思いをさせられただけに、それが無事終わった時の安堵感と達成感もまた半端ありません。飽きもせず年中映画ばっかり観てますけど、ホラーでもないのにこんなにおっかない映像は観たことがありませんし、ハラハラドキドキさせられた体験もそうはないです。
それだけすごい映画なのに『ザ・ウォーク』、日本ではいまひとつヒットしていない模様。有名スターもゆるキャラも出てないですからね… いい映画が必ずしもヒットするわけではないことは重々承知してますが、今回は本当にやるせない。これ、テレビサイズで観たらほとんど意味のない映画だと思うので、ちょっとでも興味のある人はスクリーンで観られるうちに、ぜひこの貴重な経験を味わってみてください!
Comments
SGAさんこんばんわ♪
国内で今ひとつな結果なのは確かに残念ですけども、それってやっぱり観た人の中に『こんなんリピートできるかっ!!』という、あの綱渡り時の恐怖心を植え付けられてしまった人達が多かったのかもしれませんね^^;
実際終盤の綱渡りなどは予告編で圧倒された通りの映像体験でしたし、その前のビルに潜入するシーンにしても見つかったらどうしようというハラハラが良く伝わって来ましたから、もうかなり心臓に良くない作品でしたねwあと地元の方では3D上映は無くて当初は残念とも思ってましたが、今思うと幸いだったかなぁとも思ったり・・。あの空中散歩を3Dにしたらおしっこちびるどころか、○んこ漏らしてたかもしれません^^;
Posted by: メビウス | February 05, 2016 02:11 AM
伍一くん☆
私はうっかり3D試写会でした。
それが不思議な事に、案外フィリップの真上から真下を臨むカメラワークのときよりも、ワイヤーをかけるまでのあれこれのほうが、ずっと3D感たっぷりでしたねぇ。
数学の先生が私たちの代表となって「あーんこわいよー」と言ってくれてました。
怖い怖いいいすぎて、見る人減っちゃったのかな?
Posted by: ノルウェーまだ~む | February 05, 2016 10:42 AM
>メビウスさん
>『こんなんリピートできるかっ!!』という、あの綱渡り時の恐怖心を植え付けられてしまった人達が多かった
たしかに(^_^; ディズニーシーに垂直に落下するタワー・オブ・テラーというアトラクションがありますが、あれに乗った直後の「いや……… これはいっぺんでいいわ………」という感覚を思い出しましたw
ツイッターでも書きましたが、わたしも地方の普通のスクリーンでよかったと思ってます。IMAXだったらそれこそ失禁&脱糞コンボだったでしょう。あと4DXは動かない場面が多いということでやや不評のようです
Posted by: SGA屋伍一 | February 05, 2016 05:51 PM
>ノルウェーまだ~むさん
ワイヤーをかけるまでは実に「プロジェクトX]でしたよね。ちょっと不運が重なったらこの快挙はなしえなかったわけで。プティさんの強運にも感嘆いたしました
>怖い怖いいいすぎて、見る人減っちゃったのかな?
わたしの高所恐怖症の知人は「絶対見ない」と言ってました(^_^; まあ高いところ好きなわたしでさえ怖かったですからねえー
Posted by: SGA屋伍一 | February 05, 2016 05:54 PM