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July 24, 2015

羊がかけめぐる冒険 マーク・バートン リチャード・スターザック 『ひつじのショーン バック・トゥ・ザ・ホーム』

Sos1『ウォレスとグルミット ベーカリー街の悪夢』から6年。ようやくアードマンのクレイアニメが劇場で観られる日がやってきました(CGアニメならば2011年の『アーサー・クリスマスの大冒険』がありましたが…)。大人気テレビシリーズを映画化した『ひつじのショーン バック・トゥ・ザ・ホーム』ご紹介します。

来る日も来る日も牧場主にせかされて、納屋と牧場を往復するひつじたち。そんな毎日に嫌気がさしたひつじのショーンは牧場主をぐっすり眠らせて、その間に好き放題に遊びまくろうという計画を立てる。計画は無事成功したが、牧場主が休んでるキャンピングカーがふとしたはずみで坂道を転がり落ちてしまう。キャンピングカーはそのまま大都会まで突き進んでしまい、牧場主は行方知れずに。責任を感じたショーンたちは都会へ彼を探しに行くが…

主な登場人物・動物は次の通り。
まず主人公のショーン。もともと『ウォレスとグルミット 危機一髪!』に登場したキャラクターで、大抵のことは機転と工夫で解決してしまうヒーローというにふさわしい男の子ひつじです。
ほかのひつじで見分けがつきやすいのが並はずれて大きいシャーリー。三倍の厚みはあろうかという羊毛でなんでも吸収してしまいます。あとマスコット的な赤ちゃんひつじのティミーと、そのお母さんがいます。
これらのひつじを束ねるのが牧羊犬のピッツァ。牧場主からはこき使われ、ひつじたちは言うことを聞かず、中間管理職の悲哀を漂わせているキャラクターです。まあ彼も隙を見つけては仕事をさぼったりしてますが… ちなみに監督によると牧場主はお父さん、ピッツァは長男、ひつじたちは弟たち…というポジションなんだそうです。
そしてお父さんたる牧場主。映画になっても名前がつかず「牧場主」のままです(;_;) 。それなりに自由気ままに牧場を経営しているようですが、この人まだ若そうなのにTVシリーズでもあんまり人と会話をしてるところを見たことがありません。もしかして動物としかコミュニケーションが取れないかわいそうな人なんでは… と心配になったり親近感が増したり。

さて、先にも述べたように『ひつじのショーン』は『ウォレスとグルミット』のスピンオフとして始まりました(いまではさらなるスピンオフの『こひつじのティミー』というのまであります…)。だもんでテレビシリーズもそれなりに楽しんではおりましたが、「『ウォレス~』のオマケ」という感は否めませんでした。でも今回の劇場版を観て考えを改めました。これはある意味『ウォレス~』を越えたと言ってもいい。その理由は、なんと約100分セリフなしで最初から最後まで突っ走ってるから。TV版の約数分ならともかく、長編映画の尺でそれをやりきるとは近年のアニメでは他に『ミニスキュル 森の小さな仲間たち』くらいしか思い当りません。あのピクサーでさえ『WALL・E』では途中でそれを諦めましたからね… まさに至難の業というほかありません。しかも他の形式よりさらに手間暇と根気のいるクレイアニメでそれをやってんですから。いくら「すげえ!すげえ!すげえ!」と言っても言い足りません。

で、この「無言のスタイル」が映画を本当に深いものにしてるんです。基本的にうっかりちゃっかりしたムードですすむ本作品ですが、途中でいくつか悲しくなるシーン、胸に迫るシーンがあります。普通ならそこで「嬉しい」とか「哀しい」とか言うものですが、ショーンたちは何も言わないので(動物ですし)、彼らの喜び、悲しみがどれほどのものかは観客が想像するしかないんです。それがかえってこちらの感情を極限までゆさぶるという。違う意味ながら「沈黙は金」という言葉がありますが、そんな「無言の強さ」が特に光る映画でありました。
「『WALL・E』はあきらめた」と書きましたが、このスタイルはハリウッドほど「ヒット第一!」ではない欧州のスタジオだからこそできたのかもしれません。ギャグセンスもアメリカのとにかくにぎやかで騒々しいそれとくらべると、のんきなムードがあふれた作りになっております。

あと個人的にやられたのが都会に出てきたショーンたちを助けてくれるブス犬。先の『マッドマックス』のマックスや『ミニスキュル』の昆虫たちもそうでしたが、決して押しつけがましくなく、ごく自然体で「そういうもんだろ」と言うように無償で善意を示す… そういう話にわたし弱いんです(;_;) ほんで去る時も何も言わずに気が付いたらいなくなってたりとかね… あ~ も~ あああああ~~~

いろんなパロディが詰め込まれてるのもこの作品の楽しいところ。無駄にホラーのテイストを混ぜ込んでくるのは『ウォレス~』からの伝統ですかねw どこかの劇場ではお子さんが泣いてたとのことですが…

Sos2『ひつじのショーン バック・トゥ・ザ・ホーム』は夏休み映画と比べても互角のヒットを飛ばし(予想外でした(^_^;))現在まだまだ全国の映画館で上映中。クレイアニメがこれほど拡大公開されて、そして十分の成功を収めていることがこれまた嬉しい。この余波をかってアードマンの未公開の作品『ザ・パイレーツ! バンド・オブ・ミスフィッツ』もなんとかならんもんでしょうか。こんなに! こんなに面白そうなのに!→(予告編


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July 22, 2015

サラリーマン近未来 テリー・ギリアム 『ゼロの未来』

41x0hyu29zl強烈な個性で根強い人気を持つ英国の作家テリー・ギリアム。そのギリアム氏の新作が日本では5年ぶりの公開となりましたので観に行ってまいりました。『ゼロの未来』、ご紹介します。

近未来、プログラマーのコーエンは、勤め先で来る日も来る日も数式の解析をやらされてうんざりしていた。自分にいつかどこかから重要な電話がかかってくると信じ込んでいたコーエンは、会社に自宅勤務に変えてくれるように直訴する。彼の才能を評価していた会社はこれを承諾。晴れて望みがかなったコーエンだったが、仕事の能率は思うようにははかどらない…

管理社会を描いた作品は多くあります。そうした作品というのは未来への警鐘を鳴らすためか、暗く重苦しく殺風景になりがちなもの。しかしこの『ゼロの未来』はギリアム氏のセンスゆえか、町の風景や会社の中などが実にとっちらかったデザイン・色調となっております。コーエンのやっている「数式の解析」というのもテレビゲームで遊んでいるようにしか見えないw だからかある種のディストピア作品でありながら、あまり「暗い」という印象は受けませんでした。コーエンが仕事をさぼっても機材を壊しても、具体的に何か制裁を受けるわけでもないし(ゆるい会社…)。むしろ彼を監視している会社は、甘い幻想やお色気たっぷりの美女を用いてコントロールしようとします。「アメとムチ」という言葉がありますが、ひたすらアメだけ与えて依存させていくようなやり方。考えようによってはそっちの方が怖いかもしれません。

ここまで読まれた方は「お、なんか楽しそうじゃん」と思われるかもしれません。しかし正直に言うと、今回のこれ個人的にはちょっと厳しいものがありました(^_^;
考えてみればわたしギリアム作品って、『バロン』以外ウマがあったことがなかったんですよね… 『12モンキーズ』『Dr.パルナサスの鏡』は観終わったあとなんか釈然としなかったし、『ブラザーズ・グリム』はもうほとんど印象に残ってないし。まあ最高傑作と言われている『未来世紀ブラジル』と『フィッシャー・キング』をまだ観てないんですが(^_^;
ともかく今まで観た作品は、相性が悪くても一応わかりやすいストーリーがついておりました。ですが『ゼロの未来』はのっけからシュールなやり取りがえんえんと続いていて、観てる側がそれなりに思索をめぐらさないと置いてけぼりを食うこと必至です。たまにはそういう作品も悪くないですけど、この日は一日働いて大盛りラーメンを食べあとに観たせいか、いまひとつ映画の中に入っていけず残念でした。メガシャキかなにかをキメてから臨むべきでしたね…

それでも最後まで寝ずに映画を観ることができたのは、ヒロインを演じるメラニー・ティエリーのインパクトに負うところが大きいです。この方『海の上のピアニスト』では幻想的な美少女を演じておられましたが、あれから16年(笑)、今回はこれでもかってくらいムチムチなボディでビッチ役をがんばっておられました。昔あこがれてた同級生が夜の蝶になってしまったようで少しさびしいですが、こうなったらこのままこの路線をつきすすんでいってほしいです。

0mri『ゼロの未来』はまだぽつぽつ上映館が残っている模様。くわしくはこちらをご覧ください。ギリアムさんが好き!という人におすすめします。わたしが観た回は平日レイトだったのにも関わらず、そんなオーラを放つひとたちが5人ばかり来ていてほっこりしました。
ギリアム監督は2000年から立ち上げては頓挫している『ドン・キホーテを殺した男』がようやく軌道に乗り、来年から撮影に入る模様。今度こそ実現するといいですね…


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July 17, 2015

スターク・ウォーズ ドローンの攻撃 ジョス・ウェスドン 『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』

127bq『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』から約10ヶ月。ようやく待望のマーベル・シネマティック・ユニバースの最新作が公開されました。個人的には今年もっとも楽しみにしていたと言っても過言ではない『アベンジャーズ エイジ・オブ・ウルトロン』、ご紹介いたします。ちなみに一作目のレビューはコチラ

超人たちが力を結集し、なんとか宇宙からの侵略者を撃退したニューヨーク決戦。しかし異次元の穴の向こうで想像を上回る大軍勢を見てしまったトニー・スターク=アイアンマンは、「彼らがまたやってくるのでは…」という不安をつのらせる。
折しもアベンジャーズは秘密結社ヒドラにより奪われた「ロキの杖」を奪回。人類のそれをはるかに上回るテクノロジーで作られたそのアイテムをもってすれば、地球防衛の要となる人工知能の軍勢を作り出すことができるかもしれない… そう考えたスタークは、ブルース・バナー博士と共に人口知能プログラム「ウルトロン」の開発に取り組む。だがプログラムは不可解なハプニングにより暴走。「平和を生み出す」ことを目的として作られたウルトロンは、「人類を絶滅の淵においやる」ことが平和の達成と考え、アベンジャーズに牙をむく。

というわけでどうでしょうこのストーリー。ヒーローものとしてはすごくスカッとしないですよね(^_^; 言ってみれば自分たちが引き起こした災害の事後処理にヒーローたちが奔走する話なわけですから。
でもこの映画はヒーローものであると同時に、歴史のヒトコマ的な物語であるととらえていただきたいです。スターウォーズやロード・オブ・ザ・リングの1パートのように。
アベンジャーズが直面してる状況は黒船来航時の日本とよく似ています。こちらをはるかに上回る技術・国力をもった相手に、どう立ち向かったらいいのか? 普通のエンターテイメントなら強引な脚本とか根性とかですいすいっと解決してしまうわけですが、MCUはそういう安易な道を選びません。実際の歴史と同じように、夜明け前の苦闘や試行錯誤をきっちりと描きます。明治維新もその前には多くの衝突や犠牲がありました。そういう「暗黒時代」の話だから爽快でないのは仕方なきことなのです。しかしそうした試練を経ることで、やがて大いなる勝利へと至っていくわけです。

またMCUの物語は神々の葛藤の物語でもあります。コミック研究家の小野耕生氏はアメコミを「現代のギリシャ神話」に例えておられました。ギリシャ神話の神々というのは超人的なパワーをもってはいますが非常に人間臭い存在で、弱さや欠点もあれば失敗もします。ありがたい存在である反面、人間たちに多大な迷惑をかけたりもします(笑) アベンジャーズの面々もまさにそんなギリシャの神々のようなキャラクター。メンバーの多くは罪の意識を背負いながら戦っています。
アイアンマンはそもそも今回の元凶ですし、かつて自分が作った兵器で被害にあった人々を目の当たりにします。ハルクは変身時己がもたらした被害のことを絶えず気にかけています。キャプテン・アメリカ、ブラック・ウィドウ、ホークアイは国の命令とはいえ多くの人命を奪ってきたことが心にのしかかっています。新顔のマキシモフ兄妹は復讐心に駆られてやったことの惨状を見せつけられて、深く後悔します。ソーは本来は王として故郷を治めるべきなのに、その勤めを果たしていないことに良心の咎めを感じているようです。こういう風に誰もが「業を背負っている」ことが強調されているのも、「エイジ・オブ・ウルトロン」の独特なところですね。
ただそういった罪の意識から解放されているキャラが二名ばかりいます。アベンジャーズの宿敵となるウルトロンと、切り札となるヴィジョンです。先ほどアベンジャーズのメンバーをギリシャの神々に例えましたが、この二人はどちらかといえば旧約聖書などに出てくる唯一神をモデルにしているのかもしれません。ウルトロンは災害などで悪行者を滅ぼしてきた神の苛烈な面を、ヴィジョンはすべての生き物を慈しむ情け深い面をあらわしている気がしました。

また、この映画で特に重要なキーワードに「おうち」というのがあると思いました。マキシモフ兄妹はおうちを奪われたことに深く傷つき、復讐の炎を燃やします。そのワンダに傷つけられたアベンジャーズの面々はホークアイのお家で心の怪我を癒します。かようにお家というのは重要な場所なんだなあ…と。アベンジャーズが結集して戦っている目的だって元はといえば地球という大きなおうちを守るためですしね。
で、特にその「お家」を求めてさまよっているのがキャプテン・アメリカ。彼にとってのお家は21世紀の現在ではなく、慣れ親しんだ人々が生きていた第二次大戦時だから。それでも新しい仲間たちのことを思い「ここが家だ」と自分を納得させるように言うキャップに、またしても鼻水をすすらされたのでした。

あと昨年から『ロボコップ』『チャッピー』などでも描かれてましたが「ドローン兵器に対する不安」みたいなものも含まれていると思いました。いまや実戦でもバンバン投入されているドローン兵器ですが、米国民の皆さんも人道的な面でどうかとか、得体のしれない恐ろしさみたいなものを感じてるんじゃないでしょうかね。「このままじゃ俺たち、機械に支配されちまうぜ!」というメカ沢新一の言葉が頭をよぎります。

Cteteというわけで全体的にはどんよりとしていてスカッとしない『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』ですが、思ったより子供たちには浸透していたのか今年の洋画ではNo.1のヒットスタートとなりました。これから強敵となる大作が公開されるので油断はできませんが、まずは一安心といったところでしょうか。

さて、ひとつの戦いは終わったものの、アベンジャーズにはまだまだ苦難が待っているようで(やーねー)その話は来年中ごろの『キャプテン・アメリカ/シビルウォー』で語られるようです。それとその前にMCUシリーズでは世界最小のヒーロー『アントマン』が公開されます。こちらはまたえらく気の抜けた話のようで気分転換にはちょうどよさそう! アベンジャーズとMCUがこの先どこに向かっていくのか、引き続き固唾をのんで見守っていく所存であります。

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July 14, 2015

宇宙からかもしれないメッセージ ウィリアム・ユーバンク 『シグナル』

Sgnl1ガールフレンドの引っ越しのためアメリカを旅していたニックは、その途中以前大学に侵入しようとしていたハッカーの居場所を突き止める。自分の病気のことで恋人とすれちがっていたニックは、気晴らしとばかりにハッカーをとっちめるため、その家に立ち寄ることにする。だが突然ニックは意識を失い、気が付くと病院の一室に寝かされていた。不気味な研究者らしき男は、ニックが謎の病気に感染した恐れがあると言う…

監督はウィリアム・ユーバンク。どっかで聞いた名だなあ…と思って調べてみたら、2013年のマイ・ワーストムービー『地球、最後の男』の監督さんでした。普通なら「もう君の映画は観るまい!」となるところですが、知らずに観た予告編がすげ~面白そうだったんですね。というわけで「もう一回くらいだまされてやるか!」という気持ちで観に行ったのでした(だまされやすい)。
で、結果から申しますと、ユーバンクさん、成長しましたね! まあ前作は予算もかなり少なかったんでしょうけど、趣味に走ったPVみたいなところがあってすごくげんなりしたのですね。しかし今回の『シグナル』は荒削りなところもありましたが、ちゃんと多くの人がついていきやすいエンターテイメントとして成立しておりました。

わたしが予告編で特にひかれたのは、主人公たちが謎の義手や義足を使って超人的なパワーをふるっているカット。まるで皆川亮二先生の『ARMS』みたいじゃないか!と。ところがそういう展開に入るまで、かなり時間を要します。どちらかというと彼らがおかれた謎の状況や、怪しい研究者(ローレンス・フィッシュバーン)からの逃避行の方が中心。その辺がちょびっと不満ではありましたが、「閉じ込められる系」の話も嫌いではないのでこれはこれでよしかと。昔の『トワイライトゾーン』みたいな雰囲気も好みでしたし。

まあラストが投げっぱなだったところは前作と変わってませんでしたけど(^_^; ただこのラストも見せ方が「???」が頭にあふれる『地球~』とは異なっていて、それなりに腑に落ちる幕切れとなっていました。あとなんというか、とても『スカイライン 征服』的でよかったです。
この作品、詩情あふれる心理描写や、みずみずしい自然の風景などもいちいち印象的でした。前作もSF描写よりも孤独に苦しむ主人公の心情の方がメインでしたし。だからユーバンクさん、SFとかよりも、普通に現実的で等身大の青春ドラマやった方が才能を発揮できるんじゃね? と思いました。でもきっと二作続けて作ってるくらいですから、相当SFが好きというか、このジャンルにこだわりたいんでしょうね…

Wg11187『シグナル』は大体公開終わっちゃってますが、西日本の方にまだ少々上映予定が残ってますね。くわしくはコチラをどうぞ。
ブラックエンジェルズの某松田さんのように「(勢いがあれば)細けえこたいンだよ」という方におすすめです!


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July 10, 2015

黒い帽子が舞い降りた マイケル・マン 『ブラックハット』

Yjimage5始まりは台湾の原子力発電所のメルトダウンだった。間を置かずして起きた作物の価格の異常な高騰。それらはハッキングを得意とする犯罪者「ブラックハット」の仕業だった。彼のねらいは何か。次なる犯行を防ぐため、中国当局のチェンは旧友でアメリカに収監されているハッカー、ニコラスの助けを借りようとする。身柄の釈放と引き換えに米中の捜査に協力することを承諾するニコラス。だが敵の正体はなかなかつかめない。その最中、ニコラスはチェンの妹といつしか惹かれあうようになっていく。

現代にもし魔法使いというものがあるのなら、それは「ハッカー」ではないかと思います。ついさっきも米国で膨大な量の個人情報がダダ漏れしたというニュースをやっていましたが、えらく遠く離れた場所からいくつもの網をかいくぐり、でかいものを動かしたり機密情報を盗み出したりするわけですから。PCを扱うのに一苦労してる身からすれば魔法としか思えません。んで、漫画なんかにはかわいい魔法使いもいますが、基本的にはおどろおどろしくて不気味なもんですよね。顔も企みも明らかにせず地球のどこかでほくそえんでるハッカーのことを考えると、ますますそんな妄想がつのるのでした。

で、魔法使いに対抗するには魔法使いを…ということで連れてこられるのがニコラス(演じるは『マイティ・ソー』などでおなじみのクリス・ヘムズワース)。彼も別に正義感に駆られて悪事を暴こうとするわけではなく、当局に協力するのはシャバに出たいからです。友人のチェンはともかく、CIAの捜査員はニコラスのそんな動機がわかってるから、あんまり感じよく接しません。主人公は好感度が低く、チームのムードもギスギスしてて序盤は観ていて気持ちよくありませんでした。が、不思議なものでひとつの目標に向かって共に行動していると、いつの間にかそれなりの連帯感が生まれたりするものです。ワルを気取っていたニコラスも、徐々に打算以上の動機で任務に打ち込むようになります。そういえば監督は『ヒート』などで知られるマイケル・マン。男たちのたぎるような熱い戦いを描くことには定評のある方です(チームには女性もいましたが… でもこの女性もなかなか男気のある人だったりして)。
そんな浪速節がたかまるにつれて、インターネットの要素はだんだんと薄まっていきます(笑)。ハッキングが得意だったはずのニコラスもガンアクションと格闘戦の方がメインになったりしましてね… わたしとしてはそっちの方が好みの展開ではありますが。マン監督ももしかしたら「PCがどんなに便利でも、最後にものを言うのは男の鉄拳だ!!」ということが言いたかったのかもしれません。

というわけで後半はなかなかの盛り上がりを見せてくれました『ブラックハット』。わたしがこの地味っぽい映画をなぜ観に行ったかというと、「レジェンダリー・ピクチャーズ」の製作だったからです。
レジェンダリーは投機家だったトーマス・タル氏が好きなボンクラ映画を作りたいがために立ち上げた会社。これまでの代表作は『ダークナイト』『パシフィック・リム』といったところでしょうか。最近だと昨年暮れの『インターステラー』などが記憶に新しいところ。「客の観たいものではなく、俺たちの観たいものを作る!」のがモットーだってんだから大したものです。
ただそういう方針だからかたまに盛大にコケたりもするんですよね(^_^; この『ブラックハット』も本国では製作費の1/10しか儲からず、日本でもごく小規模の公開と相当な大赤字となってしまいました。ほぼ同時期に作られた『セブンス・サン』(日本未公開)も同じく惨憺たる結果でファンとしては「レジェンダリー大丈夫かなあ…」と気をもみもみしておりました。
ところが先日米国で公開された最新作『ジュラシック・ワールド』は歴代興行成績で第3位に届くのでは…というくらいの大当たり。これで当分はレジェンダリーも安泰…かな? まったくもってハラハラさせてくれる会社です。

20110717_782781『ブラックハット』は気が付いたらもう3館くらいしか上映館が残ってませんでした。私が観た駿東郡清水町でも今日で終了なはず。ていうかもうDVD出てるじゃん! 今見てみたらアマゾンで「在庫なし」となってましたが、気になる方、『ヒート』が好きな人はそちらを探してごらんください。


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July 08, 2015

そして姉妹になる 吉田秋生・是枝裕和 『海街diary』(劇場版)

吉田秋生の人気漫画を、『そして父になる』などで海外からの評価も高い是枝裕和氏が映画化。『海街diary』、ご紹介いたします。

あらすじは…前に感想書いた漫画版といっしょです。そっから引用いたしますと


鎌倉に姉妹たちだけ住んでいる幸、佳乃、千佳のもとに、ある日消息がわからなくなっていた父の訃報が届いた。父に対し強いわだかまりを抱いていた幸は、佳乃と千佳の二人だけで、葬儀に出てくるように申し渡す。
観光気分でその場所へ赴いていった二人を待っていたのは、腹違いの妹であるすずだった。その後結局やってきた幸はすずと話をするうちに、彼女に「一緒に住まない?」ともちかける

…こんな感じです。で、漫画の方は三女の千佳
Umd1がこんなデザインであることからもわかるように、しんみりするところ、抒情的なところもありますが、同時に笑えてほのぼのする作品です。前にも書きましたがハードバイオレンスとかゲイレイプとか描いてた吉田先生がねえ… 人は変われば変わるものです。
対して映画の方はいまをときめく4人の若手女優さんが競演。鎌倉の美しい風景を、是枝監督のメガホンがさらにみずみずしく彩っております。だからひとつひとつの場面がいちいち透明感にあふれ、ギャグやしらす丼でさえキラキラしてました。ですからストーリーは基本的に原作に忠実であるのに、完全に是枝ワールドとして再構築されておりました。

わたくしこの作品が映画化されると聞いたとき、4姉妹と同じくらいキャスティングが重要なのは佳乃のちゃらい彼氏「藤井君」だろうと思ってました。ですが是枝監督、藤井君に関しては本当にさくっと流しましたね… まあ彼の複雑な背景に関しては前日談である『ラヴァーズ・キス』を読まないとよくわからなかったりするので、きちんと扱うのが面倒くさいと思われたのかもしれません。
で、藤井君のパートがほぼオミットされたので、その分長女の幸と四女のすずに一層焦点が当てられていました。原作では幸がすずを引き取ったのは包容力というか親分気質というか、そういう懐の広さから出た行動のように感じられました。しかし映画では人間の酷薄さもよく題材にされる是枝氏だけに、マイナスの動機…母へのあてつけ、意地…もあったことが語られています。それを知ってしまったすずちゃんの、姉妹たちへの距離感が彼女の返事からよく伝わってきました。姉への返事がせっかく「はい」から「うん」になったのに、また「はい」に戻ってしまったりしてweep
そこで多感な少女なら「うるせー! こんなとこ俺だって来たくなかったわー!!」とぐれたり暴れたりするものですが、逆にお姉さんを思いやってあげられるところがすずちゃんのいいところです。まあゆっくり死にゆくお父さんを、ほとんど一人で看取ったような子ですからね… そんなすずの思いを感じ取って自分を見つめなおし、改めて妹として受け入れようとする幸。これはそんな風に時折さざ波を立たせながらも、一年かけてゆっくり姉妹になっていく家族の物語です。

んで、この映画で特に監督が「挑戦してるなー」と思ったのは、4姉妹のお父さんの顔が最後まで出てこないこと。実は原作では回想場面や写真などでちらっとだけ出てきます。ラスト近くでセピア調の風景と共に、笑顔の似合うおじさんを「お父さん」として出せばいくらでも「泣かせ」に走ることができたと思います。でもあえてそれを封印し、父親の風貌や声は観客の想像にゆだねる。その辺が氏が世界からも評価される所以かな、と感じました。
ちなみに彼女らが父を評して「やさしくてダメだった人」と言うのは原作にもあるセリフです。まあ一般的にお人よしというかベタベタにやさしい人というのは、社会的能力に乏しい、はっきり言うと「役に立たない人」の場合が多いですよね… 逆に仕事のできる人というのは、ある種の非情さというか割り切りを持ち合わせていたりするもの。最悪なのは情けもない上にろくな能力もない人です(他人事のように)。

Umd2話がそれましたが、『海街diary』、まだもう少し全国の映画館で上映されてるかと思います。で、映画が気に入った方はぜひ原作も読んでほしいです。藤井君とすずちゃんがさらっと触れ合うエピソードが本当に良いので。


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July 03, 2015

永遠のロビン・ライト スタニスワフ・レム アリ・フォルマン 『コングレス 未来学会議』

Cgrs1第81回アカデミー外国語賞を『おくりびと』と争ったアニメ映画『戦場でワルツを』。その監督であるアリ・フォルマン氏の新作が本国より二年遅れて公開されると聞き、新宿はシネマカリテまで行ってまいりました。『コングレス 未来学会議』、ご紹介します。

かつてはスター女優だったロビン・ライト。だが年を重ねたことと我儘を繰り返してきたことが災いし、彼女はプロダクションからある決断を迫られる。それは彼女の容姿と演技パターンを映画会社に「キャラクター」として売り、今後はCGキャラがロビンの代わりに演技をするというものだった。女優としてのプライドを傷つけられたロビンは激昂するが、病気の息子のことを思うと条件を飲むべきか深く迷うのであった。

原作は『ソラリスの陽のもとで』でなどで知られるスタニスワフ・レムの『泰平ヨンの未来学会議』。なんともすっとぼけたタイトルです(^_^; 奇矯な冒険家泰平ヨン(原語は違う名前だと思うんですが)が、未来や宇宙で様々な文化に出会うというシリーズの一編。ただ今回の映画化はかなりアレンジが加えられているようです。主人公である泰平ヨン氏が登場せず、代わりに現代の実在の女優ロビン・ライトがその役を担っていることからもその点は明らかです。
わたしはこの映画、それは変わったアニメだと聞いて楽しみにしていたのですが、アニメに入るまでにちょっと時間がかかります。ロビンさんが女優としての進退に悩む話が、どこでどうやってアニメにつながっていくのか? なんだかハラハラしながら鑑賞しておりました。
しかし中盤からある設定によりアニメのパートに入っていくと、それはもう予想をはるかに上回るぶっ飛び具合を見せてくれます。まるでだれかがラリっている時の脳内をそのまんまビジュアル化してみせたよう。
一方で現実に目をそむけ妄想の中で生きざるを得ないことのさびしさも、ちゃんと描かれています。まるでしっとりとした『マトリックス』か『ゼーガペイン』のようでもありました。
アニメは優れた美術表現のひとつでもあると思うんですけど、非現実的なビジュアル・世界を扱うことも多いだけに時として受け手の現実逃避の場所となってしまうこともしばしば。この映画などは妄想の世界のパートがすべてアニメで描かれているため、アニメが持つ現実逃避の側面が一層強調されてた気がします。しかしその逃避を批判的に描くのではなく、「これもまた仕方ないのよね…」という論調で語られていたせいか、アニメファンとしても不快感は感じませんでした。
もうひとつ考えさせられたのは映画の今後、ということについて。ご存知のように現在の映画界はかなりCGが幅を利かせています。もう死んでしまった人に喋らせたり演技させたりすることさえできます。『アバター』のように最初から最後までほぼCGで作られた映画も数多くあります。
だとしたらもう生身の役者が演技をする必要もないのでは…? そう考える映画製作者もいることでしょう。いまの段階ではまだコンピューターの技術がそこまで追いついてないですし、「そんなこととんでもない!」とお怒りになる映画ファンも大勢いるでしょう。ただCGの技術の進歩をずっと目の当たりにしてきた身としては、そっちの方がが主流になる時代も来るのかなあ…なんて思ったりもして。わたしだっていやですけどねー

さて、この映画で変わってるところがもう一点あります。それはヒロインを実在の女優ロビン・ライトがそのまんまの名前・経歴で演じていることです。ロビンさんというとわたしはショーン・ペンの元妻で『フォレスト・ガンプ』『ベオウルフ』に出てた人…くらいの印象。日本でもそんなに知名度高くないと思うんですが、この映画ではまるで一世を風靡したスター女優のように語られております。もしかしたら欧米では本当にそれくらい人気があったのでしょうか。『プリンセス・ブライド・ストーリー』とかどのくらい売れたのかよく知らないのですが…
まあそれはともかく、この映画はロビン・ライト自身がテーマの映画とも言えます。大林宣彦監督は「監督の仕事は女優に惚れること」とおっしゃってましたが、フォルマン監督のロビンさんへの愛情があまりにも激しくて心和みましたw

Cges2『コングレス 未来学会議』は上映館は決して多くありませんが、新宿シネマカリテをはじめ全国で順次公開中。くわしくはコチラをごらんください。ラブライバーよ、これもアニメだ!


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