アマレス地獄変 ベネット・ミラー 『フォックスキャッチャー』
アカデミー賞関連の感想が続きます。こちらは主演&助演男優賞のみのノミネートでしたが、作品賞に選ばれた映画にも決して劣っていない力作でした。『フォックス・キャッチャー』、ご紹介します。
1984年のロス五輪で、兄と共にレスリングで金メダルを獲得したマーク・シュルツは、しかし忸怩たる思いをずっとぬぐえないでいた。メダルを獲得したのは兄のデイブで、自分はそのおまけのようなもの… そんな風に世間が評価しているように思えてならなかったからだ。
そんなマークにあるときアメリカを代表する財閥の当主、ジョン・デュポンから声がかかる。デュポンは彼が所有するチーム「フォックスキャッチャー」のリーダーをマークに務めてほしいと要請してきたのだ。莫大な資産を持ちながら気さくな人柄で、しかも自分の能力を高く評価してくれるデュポンにマークは心酔する。そして彼の望みであるオリンピックでの金メダル獲得を、全力で果たそうと励むのだが…
これまたアカデミー賞が好きな「実話に基づく」映画であります。先に公開された『アメリカン・スナイパー』と同様、米国では大々的に報道された事件だと思うのですが、日本ではそんなに知ってる人はいないんじゃなかろうかと。わたしも全然知りませんでしたし。で、この事件というのがですね… 以下完全ネタバレなのでご了承ください。
ジョン・デュポンが自らチームに招いたレスリング選手、デイブ・シュルツを殺害したというものです。
わたしたちは理不尽な事件や逆恨みによる犯行を耳にした時、「なんて身勝手な」と憤ります。しかし当の実行犯たちには自分なりの「正当な理由」があることが少なくありません。この映画を観ますと、ジョン・デュポンがなぜそのような凶行に至ったのか、それなりに推測することができます。
はっきり作中で語られるわけではないので、ここでそれを書いてしまうとなんだか野暮な気がしますが、どうせ野暮天だからいいです。ヒントは殺害前にデュポンが観ていたビデオにあると思われます。あれほど自分を慕っていて、息子のようにかわいがっていたマークが自分から離れていってしまったのは、兄のデイブがそそのかしたからだ… そのようにジョンは考えたのでしょう。本当の原因はデュポンの言ってることややってることがコロッと変わってしまったところにあるんですけど、身勝手な人や思い込みの激しい人というのはそういう風に自省したりはしないものなのです。
とはいえ、この映画もあくまで「事実をもとにした」話であって、事実そのものではありません。デュポンの真の動機が映画の通りなのかは藪の中です。デュポン氏について「素晴らしい人格者で、本当にあんなことをしたなんて信じられない」という声もあるようですし、彼の警備顧問が様々な悪影響を与えたからという意見もあるようです。名探偵コナンが言うように「真実はいつもひとつ!」とはなかなか限らんものです。
そういった「映画のフィクション性」をふまえた上で、わたしが最も感動したのはラストシーン。マークは父代わりであった二人の人物を失い、ようやく彼が欲していた「真の強さ」を得たように思えます。しかし強くなるということは同時にとても悲しいことだなあ…と柄にもなくマークの背中を見つめながらほろほろと涙したのでありました。
ただこのマークさんという人も実際の評判を聞きますと、「俺をホモっぽく描きやがって許せねえ!」と怒り狂った数週間後に「『フォックスキャッチャー』は素晴らしい映画だ! 最高!」なんて言ってるのでけっこう不安定な方みたいです。
その他に特に強い印象を残したのはやはりメイン3人の男優によるムチムチとした演技力ですね。不気味極まりないデュポンを演じたスティーブ・カレルは、とても『ラブ・アゲイン』のほのぼのパパと同じ人とは思えませんでしたし、禿頭&ヒゲダルマのマーク・ラファロも、『アベンジャーズ』でのナイーブなバナー博士とは全く別の人物に見えます。
しかしなにより輝いていたのは「全米女子が熱狂」と言われているチャニング・テイタムが、かわうそ君のようないじめて君のようなキモメンを鬱々と好演していたこと。少し前の『ジュピター』で型通りのイケメンヒーローをやっていたかと思えば、『21ジャンプストリート』では頭カラッポのお気楽男子がめっちゃはまっていたりする。その演技の幅にはほとほと感服いたしました。マジでこれからの活躍が最も期待できる男優の一人です。
月並みな言葉ではございますが、本当に「事実は小説よりも奇なり」ですね… 連休明けにやはりそんな話を扱った『イミテーション・ゲーム』『博士と彼女のセオリー』も遅れて公開されるので、こちらも楽しみにしております。
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