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May 31, 2015

愛とブラックホール ジェームズ・マーシュ 『博士と彼女のセオリー』

Hks1長々続いたアカデミー賞関連の感想もこれでようやく終わり…かな? 天文学者として名高いホーキング博士の半生を描き、エディ・レッドメインがアカデミー主演男優賞に輝いた『博士と彼女のセオリー』、ご紹介します。

1960年代の英国。オックスフォード大学で天文学の天才と噂されていたジム・ホーキングは、カフェで同じ学内で学ぶジェーン・ワイルドと知り合う。お互いひかれるものを感じた二人は急速に絆を深めるが、その矢先、ジムは難病のALSにかかっていることが判明。全身の筋肉が徐々に衰え、二年後には死に至ると宣告される。自暴自棄になったジムはジェーンを遠ざけようとするが…

原題は「The Theory of Everything」。直訳しますと「万物の理論」ってことです。「万物の理論」とはなんぞや。それは「自然界に存在する4つの力、すなわち電磁気力(電磁力とも言う)・弱い力・強い力・重力を統一的に記述する理論(統一場理論)の試み」のことです。ちょっと… 頭が… くらくらしてきましたね… 足りない頭でわかりやすく説明させていただくと、「世の中のひっぱりあう力はすべて本質的に同じものである」ということを証明する試みとでも申しましょうか。詳しい人、あってますか!? 教えていただければすぐ訂正します!

ま、ともかく、この理論がホーキング博士の研究しているブラックホールの解明に欠かせないものなのですね。
すべてのものに等しく働いている法則といえば、引き合う力のほかにもうひとつ「時間」というものがあります。どんなものも程度の差こそあれ、時間と共に変化していきます。光の速さで動くとか、そういった極めて異常な状況を除き、この法則を逃れられるものはありません。
わたしたちは「そんなのあたりめーだろー」とのほほんと思いますが、余命二年と宣告された若きホーキング博士にしてみたらどうでしょう。一分一秒が貴重なものに思え、時の流れがなんとも早くて無情なものに感じられたに違いありません。しかし彼はあきらめずに研究にうちこみ、ついにはその道で革新的な学説を確立するまでに至ります。その支えとなったのは難病であると知りつつも迷わず博士と結婚した、ホーキング夫人の愛にほかならないでしょう。
ただよくわからないのは、余命が二年だったはずのホーキング博士がえんえんと生きながらえ、2015年現在もまだご健在だということです(^_^; 映画ではその点についてなんの説明もありません。
そういえば昨年末の『インターステラー』でもありましたが、ブラックホールの付近のような高重力にさらされると、時間の流れというのは限りなく遅くなるそうです。もしかしてブラックホールについて真剣に研究し、その権化となることには病気の進行を遅らせる効果があるのでしょうか…!(んなわきゃーない) ともかくお医者さんの見立てが間違っていて本当にようございました。
といっても、ホーキング博士がALSなのは間違いなく、車いすから離れられない彼の世話をするのは、夫人にとって想像をはるかに上回る苦労であったに違いありません。
物質の状況が時間とともに変化していくように、人の心も年とともに変わっていくことがあります。永遠と思えた天体の運行も、外からやってきた惑星の影響で乱れが生じることがあります。
永遠不滅と思われたホーキング夫妻の愛も、幾人かの人々との接触により次第に前とは違うものになっていきます。大抵のフィクションや『プロジェクトX』などは、サクセスが成し遂げられたら「めでたしめでたし」とそこで幕を閉じるものです。しかし前に紹介した『イミテーション・ゲーム』やこの『博士と彼女のセオリー』は、「ひとつのプロジェクトが成功しても、そのあとにはまだ大変なことがたくさん待っている」ということを教えてくれます。ふう… 明日からまた一週間仕事だってのに、なんだかぐったり来ちゃいましたねえ… まあ映画を観終わった時の後味は、決して悪いものではなく、むしろさわやかなくらいでありましたが。

冒頭でも述べましたが、そのホーキング博士を演じてオスカーを見事手にしたのはエディ・レッドメイン氏。わたしのこれまでの印象は「『レ・ミゼラブル』に出てきた甘っちょろいイケメン」というものでした。しかしこの度体に不自由がある博士の役を、本物としか思えないような見事な演技でやりきっていて、そのイメージがだいぶ変わりました。そもそもアカデミー賞って若い男には冷たく、若い女とジジイにはめちゃくちゃ甘い傾向があります(そのあおりをもろに食らってるのがレオ君)。その逆風に打ち勝っての受賞は本当に大したもの。審査員のじじいたちでさえ認めざるをえなかった演技力とでも申しましょうか。
そういえば彼、ついこないだの『ジュピター』にも出てましたが、あちらでは実力の1/10も出してないように見えました。バイトしてたんですかね。

Yjimage『博士と彼女のセオリー』はまだちょぼちょぼと公開が残ってる劇場がありますね… 小難しい宇宙論とかよくわからなくても十分に理解できる内容ですので、夫婦の擦れ違いなどに興味のある方はぜひごらんください。


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May 26, 2015

プロフェッサー・ストレンジ モルテン・ティルドゥム 『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』

T02200183_0410034111468321156まだアカデミー関連作品の話をしてます… 地方は流れてくるのが遅いんです… 今回はナチスの暗号解読に挑んだ実在の数学者の物語『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』、ご紹介します。

第二次大戦が勃発してまもないころ、イギリスはドイツの暗号機「エニグマ」を入手することに成功。英国軍は数学者アラン・チューリングら数名の専門家をあつめ暗号解読に挑むが、チューリングの協調性のなさとエニグマの高性能さゆえに、プロジェクトは困難を極めた。苛立ちを募らせる上層部は、ついにチューリングの解任に踏み切ろうとするが…

「エニグマ」については『U-571』という映画で聞いたことがありました(主演はいまをときめくマシュー・マコノヒー)。米軍がドイツのUボートに潜入してエニグマを奪取しようとするストーリーで、史実とはいろいろ違うところがあるものの、まあ実際にも似たような作戦があって無事成功したわけです。
ところが手に入れたはいいものの、こいつをどう使えば暗号を意味の通った文章に変換できるのかがわからない。取説もなしにスマートフォンだけかっぱらってきたようなものでしょうか。あ、でもスマホって元々取説ついてなかったっけ… まあそれはともかく。
遊びでクロスワードを解くようなものならともかく、その情報解読には多くの英国民の生命がかかっているのでイギリス軍もあせるわけです。だのにチューリングはふんふん~と意味不明の機械をこしらえてそれこそ遊んでいるようにしか見えず、めっちゃ周りの空気をピリピリさせてるんです。観ているわたしたちまで気まずくなってきます。でもですね… お話が進むにつれそれは決して遊びではなく、彼のひたむきな愛ゆえの行動であることがわかってくるのです。

最近なにかと叩かれることが多い映画宣伝ですが、この作品の配給担当さんについては二つほめてあげたいです。
ひとつは副題の「エニグマと天才数学者の秘密」。「また余計にベタな文章つけたしおって… 「秘密」っても雰囲気的に似合いそうな言葉もってきただけで、大した秘密なんてねーんだろー!」と踏んでいたのですが、これが本当にびっくりするような秘密がありましてね… これに関してはばらしませんので実際に映画を観て確かめていただきたい。
もうひとつは洋画・邦画を問わずやたらと宣伝コピーには「愛」という言葉が使われるものですが、この映画はまぎれもなく愛の物語であるにも関わらず、あえてその言葉を外した点。「挑むのは、世界最強の暗号」だったかな。そんな風にクールでドライな内容と見せかけて、実はすごく切なくてやるせないお話だったのですよ… ある意味期待を裏切られたわけですが、裏切られて実に爽快でした。

アラン・チューリングを演じるのは今大人気のべネディクト・カンバーバッチ氏。彼が変人の天才を演じてるとなると、どうしても思い出してしまいますよね。ブレイクしたドラマの「シャーロック」を。
しかし同じ変人天才でも、チューリングとシャーロックには大きな隔たりがあります。シャーロックは架空のキャラで超人です。内面の葛藤に苦しむことはあっても鋼のような精神でそれを乗り越えていきます。
一方チューリングさんは懸命に平静を装ってはいますが、心の強度はわたしたちとさほど変わりません。社会的・肉体的な暴力にさらされる度に彼はどんどん消耗していきます。ワトソンのようなパートナーがずっと脇で支えてくれたらよかったのに…と思わずにはいられませんでした。
実は一人そんなパートナーになることを申し出てくれる人物が登場するんですが、これがどうにも難しい条件がひとつありまして… 「パートナーの大切さ」ということに関しては、同時期に公開されてたやはり実在の天才を扱った『博士と彼女のセオリー』でも語られておりました。
ちょっとネタバレしてしまうと、彼が作っていた馬鹿でかい色々回ってた機械、それこそが我々が使っているコンピューターの基礎となるものだったのでした。チューリングはその機械「クリストファー」に対しまるで人間に対するような愛情を注ぎます。クリストファーの性能を上げることが彼にとっては孤独を忘れられる唯一の道だったのですね。
最初PCが出はじめたころは、「これゲームと資料の保管以外何に使うんだろう」と思いましたが、いまは多くの人が寂しさを埋めるために使ってますよね。なよなよとクリストファーにすがるチューリングを見てそのことに不思議な符号を感じたのでした。

E7acac9e59cb0e58cba02thumbnail2ご存知のようにこの作品、先のアカデミー賞で脚本賞を受賞。その際に脚本のグレアム・ムーア氏は劇中のセリフを少し変えて「どうかそのまま、変わったままで、他の人と違うままでいてください」とスピーチされました。
チューリングさんの個性は当時の英国社会に受け入れられませんでしたが、それと比べて現代の社会はどうでしょう。やっぱり人にせよ、映画にせよ、生態系にせよいろいろあるから素晴らしいのだと思います。そういう多種多様な個性を受容できる人間でありたいと思います。

…柄にもなくまじめなことを書いたので疲れました。『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』はまだ全国でポチポチと上映劇場が残っております。わがシネプラザサントムーンでもバッチさん人気ゆえか二週限定のはずが一週間延長されました。それもあと三日ほどですので、静岡東部で観そびれている方はお急ぎください。


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May 22, 2015

北斎動画 杉浦日向子・原恵一 『百日紅~ miss hokusai~』

Ssb1『クレヨンしんちゃん オトナ帝国』『河童のクゥと夏休み』『カラフル』など、いま最もわたしのツボにはまるアニメ映画を作ってれる才人、原恵一監督。その原氏の最新作は、知られざる葛飾北斎の娘にスポットをあてた杉浦日向子原作の江戸時代体感絵巻であります。『百日紅~ miss hokusai~』ご紹介します。

江戸時代も後期の文化文政のころ、世をにぎわしている葛飾北斎という浮世絵師がいた。多くの人は知らなかったが、北斎には助手を務めるお栄という娘がいた。その腕は父の北斎も一目置くほど。父と二人、ひたすら依頼された絵を描いて描いて描きまくるお栄。目の見えない妹のお猶や、北斎の弟子善次郎なども絡ませながら、物語はお栄が体験する江戸の日常と非日常を次々と映し出していく。

はっきりとした起承転結のあるお話ではなく、日記のように細かいエピソードが淡々とつづられていく形式です。お栄やお猶の五感を通して、観ているわたしたちにも江戸時代の空気や匂いが感じられるような、そんな映画。例えばそれは大橋を通る人々の喧騒だったり、火事の際にパッと舞ってくる火の粉であったり、お猶がおそるおそる触れる雪の感触であったり。
原監督はこれまでも『オトナ帝国』のレトロな町並みや『カラフル』の肉まん、『はじまりのみち』の濱田岳などで「映像を通じてモノの質感や手触りを観客に伝える」ことに心を砕いておられましたが、今回はその集大成という感じでした。
 
特に考えさせられたのはそれぞれの「想像力」ということでした。
まずお栄の妹のお猶は、生まれた時からものを見ることができません。彼女はもっぱら音と触った感覚でそこに何があるのかを感じ取ります。暗闇の中でお猶はモノの形をどのように思い描いているのか? わたしたちには見当もつきません。話がそれますけど、わたしがこの映画で特にじーんと来たのは、お猶がすぐそばにいるともわからず、父北斎を「困らせたくない」と語るシーン。年をとるとこういう素朴ないじらしさに涙腺をやられやすくなります。
一方ちゃんと目が見えるお栄も、この世に存在しない龍やあの世の情景を描く際には想像力を働かせなければなりません。彼女はそういう才能に長けていたようで、見た人が腰をぬかすほどに迫力のある架空の情景を描きます。ところがお栄にも苦手な分野があって、実在するのによく知らない男の肉体に関しては筆が鈍ったりする。みんなが知らないモノに関しては想像力が重要になってくるけれど、多くの人が知っているモノに関しては、やっぱり実際に体感してみることが大事…ってことなんでしょうか(^_^;

あとこの映画自体も、杉浦先生・原監督の想像力によってささえられています。江戸時代に関しては多くの資料が残されていますが、その時代に生きていた人はもういませんし、映像もありません。ですから文章や絵、今も残る史跡などを元に「こんな風だったんだろうなあ」と色々想像をめぐらされたことと思います。その細かい想像力でもって描き出された江戸の町並みや風景は、確かな存在感をもってわたしたちの前に迫ります。
ぼんやり思い描くことは誰にでもできますけど、この「どこまできめ細かに想像できるか?」という点が優れたクリエイターの条件なのかもしれません。
800pxlagerstroemiaindica5できれば絵を描く人に観てもらいたい『百日紅~ miss hokusai~』。現在全国の映画館で上映中ですが、それほど大ヒットしてるわけでもないようなので、ご興味おありの方は早めに行かれたほうがよろしいかと。
『しんちゃん』は幼児むけ、『河童のクゥ』は児童向け、『カラフル』はティーン向け… と徐々に対象年齢を上げてきた原監督。こちらはいい意味で「オトナ向け」な映画だったと思います。この線でいくなら次は「お年寄り向け」に挑戦されそうな気がします。期待してます。


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May 20, 2015

ムチをふりふりチャーリー・パーカー デミアン・チャゼル 『セッション』

20100320092339661チャーリー・パーカー 見つけたよ ぼくを わすれたかな(森田童子「ぼくたちの失敗」) 3月、4月と立て続けに公開されたアカデミー賞関連作品。その中でも作品賞『バードマン』に匹敵するほどの熱風を巻き起こしたのがこの作品。新鋭デミアン・チャゼルの手による暴力ジャズ映画『セッション』、ご紹介します。

ジャズドラマーとして名をはせることを夢見る若者アンドリューは、努力の甲斐あって音大の最高峰シャッファーへと入学。ある日彼はシャッファーきっての鬼指導者フレッチャーに目をとめられ、大学の精鋭が集まるスタジオ・バンドにスカウトされる。実力が認められたと思ったアンドリューは有頂天になるが、それもつかの間、フレッチャーの指導は噂以上にヒステリックなものだった。彼の容赦ないしごきに疲弊していくアンドリュー。だがフレッチャーへの怒りは、いつしかアンドリューに激しい闘志を湧き立たせていくのだった。

公開されるやいなや、あちこちで大絶賛。さらに某ジャズミュージシャンが「こんなの漫画だ」とdisったところ、名物評論家町山智浩氏の怒りを買い大炎上(笑)。最初「鬼教官に気弱な学生がゴリゴリといじめられる話」と聞いた時には、「そんな気が滅入りそうな映画、だれが観に行くかあああ!」と思っていたのですが、そういった記事を目にしてるうちにどんどん気になってしまい、連休中に東京まで行って観てきました(^_^;

で、予想したほどに不快な映画ではなかったですね。むしろすがすがしいくらいでした。それは主人公アンドリューが理不尽とも思える師のしごきに、途中から立派にはむかっていったから。みなさんは乱暴な上司や威圧的な先輩から恫喝されて、「こんちくしょー」と思ったことはありませんか? ありますよね? でもそういう時なかなか面と向かって「やんのかゴラアアア!!」とは言えないものです。だから鬼コーチに堂々と「このクソ野郎!」と言えるアンドリューが実に爽快だったのでした。「そうそう、俺も本当はあの時そう言いたかったんだよ!」と思った人も少なくないのでは。
この映画は実は監督のデミアン・チャゼルが学生時代の実体験を膨らませて作ったものなんだそうです。フレッチャーほどひどくはなかったでしょうけど、チャゼルさんも先生から「このへたくそが!」とこっぴどく怒られて、「ちくしょおおお。有無を言わさぬようなすげえ演奏をして、このハゲ頭をだまらせてやりてえええ」と願ったんでしょうね。その時の恨みつらみがこんなパワフルな映画となって昇華され、世界中の人びとを感動させているわけですから、パワハラも時にはいい場合があるってことでしょうか? いや、やっぱりよくないと思います(^_^;

そのパワハラ魔人フレッチャーですが、果たして彼は根っからのサディストなのか? それとも次世代のアーティストを育てるために仕方なく鬼コーチの役を演じているのか? 観ていて疑問を感じずにはいられません。
わたしはやっぱり普通にサドなのではと思ってますw ただジャズ界のレベル向上のこともちゃんと考えはているんでしょうね。「しごいてしごいてしごきぬいて、そこで潰れてしまったら仕方ない。でも与えた試練に耐え切って、ずば抜けた実力を身につけてくれたらめっけもん。残れるやつだけ残ればいい」というスタンスなんではなかろうかと。趣味と実益を兼ねたサド行為と言うべきか。そういう先生に目をつけられた生徒はたまったもんじゃないでしょうけどね(^_^; ただ困ったことに現実にシゴキが名プレイヤーを生み出すこともありますし、才能に秀でてる人が他者の感情を全く考えない人格破綻者だったりすることもよくある話なのでございます…

さて、最近少し気になっているのが、米映画界で「スキンヘッドのムーブメント」が起きていることです。ワイルドスピード新作のお三方に、この映画のJ・K・シモンズ。さらにジェームズ・マカボイやジェシー・アイゼンバーグも新作でスキンヘッドになった写真が公開され話題を呼びました。日本代表では我らが浅野忠信氏が遠藤周作×スコセッシの『沈黙』でツルピカ頭を披露してくれるそうです。
なぜいまこんな風にスキンヘッドがもてはやされているのか。まあ坊主頭というのは本来僧侶のヘアスタイルですよね。「坊主頭」って言うくらいだから。そして僧侶というのは迷い無く信じる道を歩み続ける人たちであります。そういうわき目もふらずに自分の道を邁進するヒーローが、今の時代に求められてるってことなんじゃないですかねえ。こじつけにもほどがありますねえ。

Ssn1以上、芸術とか音楽とかあんまりよくわかってない立場から感想書かせていただきました。そんなわたしでもクライマックスの演奏シーンは「圧倒された」の一言でした。ちなみに音こそプロの演奏をかぶせてあるものの、目にも止まらぬ超人的なスティックさばきはマイルズ・テラー君本人が演じているそうです。『嵐を呼ぶ男』の石原裕次郎を超えたことは間違いないでしょう。
『セッション』は話題が話題を呼んで、当初ちょびっとしかなかったのにかなりスクリーン数が増えてまいりました。さっきのぞいてみたら近場の沼津でも7月から公開されるそうです。わざわざ東京まで見てきたのに… ははは… これまたよくあることでございます。

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May 14, 2015

後悔する航海 シム・ソンボ 『海にかかる霧』

Umkkk1韓国映画の鬼才ポン・ジュノの新作!と聞いて色めきたったものの、よく観たらポン・ジュノは監督じゃなくて製作のみでございました。それでも評判がよいのと題材が興味深かったのでGWに観てきた韓国映画『海にかかる霧』、ご紹介いたします。

かつては羽振りのいいときもあったものの、すっかり実入りが少なくなってしまった漁船「チョンジン号」の船長チョルジュ。このまま不漁が続けば愛するチョンジン号も廃船になると聞いた彼は船を買い取るため、つてを頼って中国からの密航を手伝う仕事を引き受ける。見つかれば刑務所行きは免れないため、おびえる船員たち。それでも船長を信じて、彼らは密航者たちを乗せた船との合流海域へと向かう。

冒頭をのぞけば、あとはずっと船の中でお話が進んでいきます。『マスター・アンド・コマンダー』『パーフェクト・ストーム』『コン・ティキ』あと『蟹工船』などをみてるとわかるように、とかく狭苦しい船の中でむさくるしい男どもがひしめきあっていると、なにかと衝突やいがみあいがおきやすい。逃げ場もほとんどない環境でそうなってしまうと、これはもう地獄というほかありません。だから遠洋漁業の船長さんなんかはそういう状況を避けるためにみんなでAVを観るんだとか。なぜかそうすると船員たちの間で和気あいあいとしたムードが保たれるんだそうです。
話がそれましたが、まあ船の中というのはみんなが努力しないと秩序が保たれない、デリケートな空間だということです。いつ警察に捕まるかもわからない緊張感が漂っていたり、サークルクラッシャーのような娘っ子が現れたりしたらあっというまに修羅場と化してしまうことさえあります。『海にかかる霧』は、そんな人間たちの極限状況における執着心のぶつかり合いを描いたお話です。何に対する執着かといえば、単純に自分の命であったり、保身であったり、性欲であったり。
そんな中やはりひときわ強烈なのが、船長チョルジュの船への愛。妻からどれほどコケにされようとも感情を乱さなかった彼が、チョンジン号のためにまさしく鬼と化していきます。たしかにそれはひとでなしの行為かもしれませんが、苦楽を共にした船をどうしても守りたかった彼の心情を思うとどうにもホロホロと泣けてくるのでした。こないだどっかの国で真っ先に船を見捨てて逃げ出した船長もいたらしいですけどね…

そのチョルジュを演じるのはいま韓国でやさぐれた男を演じさせたら右に出る者はいないキム・ユンソク。『チェイサー』『ファイ 悪魔に育てられた少年』では最低ながらも心の底にわずかな情を残している男を、『哀しき獣』では人間離れした殺人鬼をそれぞれ好演しておられました。このたびのやさぐれっぷりも実に大したものでありました。韓国を代表する中年オヤジ俳優といえばもう一人ソン・ガンホさんがおられますが、二人を比べるとソンさんの方が人がいいというか、温かみを感じさせる役が多い気がします。

ちなみにこの映画の題材となった「テチャン号事件」、実際はこういう事件だったようで、映画とはいろいろ違っていたようです。そもそも船の名前からして違いますからね… 欧米で「実話をもとにした話」をやる場合、それなりに事実を再現しようとするのが定石ですけど、韓国の場合は大胆にフィクションを混ぜ込んでしまうことが多いですね。おおらかなお国柄です。
Yjimage3『海にかかる霧』は第一陣の劇場があと一週くらいで上映が終わるころです。わたしは今話題のゴジラの頭がくっついているTOHOシネマ新宿で『セッション』と共に観てまいりましたが、実に疲労困憊する組み合わせでございました。次の記事ではその『セッション』の感想を書きます。


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May 11, 2015

起き上がれ起き上がれ起き上がれイングラム 押井守 『THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦』

Img00227宮崎駿や富野由悠季と並んで日本アニメ界のカリスマとして知られる押井守氏。その押井氏の新作は、80年代人気を博した『機動警察パトレイバー』の実写版であります。『THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦』、ご紹介します。

かつて作業用ロボット「レイバー」がもてはやされた時代は、多忙を極めていた警察内のレイバー所有中隊「特車二課」。だがレイバーがあまり使われなくなった2010年代、彼らが使用する「イングラム」の老朽化のせいもあり、特車二課はいたずらに待機の時間を重ねる警視庁のお荷物的な部署となってしまった。
いつものようにお気楽に慰安旅行に繰り出していた彼らは、レインボーブリッジが爆破されたという知らせを聞いて急きょ東京に舞い戻る。事件の裏には自衛隊内部のテロ集団と、極秘裏に開発されていた「視認されないヘリ」グレイゴーストが絡んでいた。戦闘のプロたちを相手に惰眠をむさぼっていた特車二課はどう立ち向かうのか…

『機動警察パトレイバー』はいわゆる「リアルロボットアニメ」が瀕死の状態にあった1980年代後半、救世主的存在として登場した作品でした。オリジナルビデオと週刊連載漫画がまず始まり、テレビアニメや劇場用アニメにも発展してなかなかに息の長いシリーズとなったのでした。ロボットアニメとして特殊だったのはその徹底した「日常性」。このままロボット技術が進化すれば当然その種の犯罪があり、それを防止するための部署もできるだろうな…という発想がまず」根底にあります。ロボットも十数メートルなどという無茶なサイズではなく、約8mととっても現実的なサイズ。さらに等身大の公務員たちの生活感や存在感もあいまって、ガンダムなどとは違った意味での「リアル感」「日常性」が醸し出されることになったのでした。実はわたしはそのあまりの「お茶の間的」な雰囲気にあまりはまれなかったのだけれど(^_^;

さてこの度の実写版、まず全12話のTVシリーズがあり、その総決算としての映画化となっております。等身大のイングラムまでこさえてしまったというからなんともすごい。ただ現在の技術では忠実な再現モデルを作ることはできても、縦横無尽に動かすレベルにはまだ至っていません(^_^; だからとにかくこのイングラムが動かない。それは製作スタッフも覚悟の上のようで、そのために「老朽化ですぐ壊れる」なんて言い訳めいた設定があったりします。
確かに実機にはCGにはないどっしりとした存在感・たたずまいがあります。しかしさすがにここまで動かないと『トランスフォーマー』や『パシフィック・リム』を見慣れた目にははっきり言ってさびしい。もしかして劇場版ではバリバリ動いてくれるんじゃなかろうか、と淡い期待もしましましたが、まったくそんなことはありませんでした。当然出番もかなり少ないです。

ではロボ・メカが出ない間どうやって尺を埋めているのかというと、人間たちの地道な捜査や押井さん独特の社会論がえんえんと展開されます。まあ押井監督ってもとからそんなにロボが好きではないんでしょうね… どちらかというと社会のシステムとか、それを破壊したがる人間たちの反社会性の方によほど興味が向いてるような。そういうのにひかれる人もいっぱいいるからカリスマとしての地位を得ているのでしょう。ただ迫力あるメカ描写を期待してる人は、クライマックスまでかなりの我慢タイムを強いられることになります。

押井監督、A海在住らしくて今回もなじみの風景が冒頭でいろいろ出てきたのでたまげました。同じ市に住むものとしてひいきしてあげたいのはやまやまなんですが… 「やっぱりあんまり合わないなあ」ということをあらためて実感いたしました(^_^; 『イノセンス』なんかは例外的にけっこう好きなんですけどね。

Nyf1『THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦』は現在全国の映画館で上映中。さらに20数分の映像を追加した「ディレクターズ・カット版」も近々公開されるそうです。その映像の中に、たぶんメカ描写は入ってないと思われますが。

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May 06, 2015

頭文字F 『ワイルド・スピード』シリーズ全作品なんちゃって解説

X0jbxzh4作目からどんどん評判と興行があがって行ってる稀有なシリーズ映画『ワイルドスピード』。最新作『スカイミッション』ではとうとう『アバター』と『タイタニック』に次ぐ歴代3位の13億ドルをマークしたというからぶったまげです。わたくし、このシリーズは今までTV地上波で済ましていたのですが、その熱気にあてられて先日『スカイミッション』を観てまいりました。今回はちょうどいい機会なのでこれまでのシリーズを初心者にもわかりやすく解説していくことにします。

car1作目:『ワイルド・スピード』(原題『その速さとその怒り狂い』・2001年)
昇進の機会をうかがう若き警官ブライアン(ポール・ウォーカー)は、LAの窃盗団のリーダーと思しきドミニク(ヴィン・ディーゼル)に、公道レースを通じて接触する。やがて二人の間には奇妙な絆が芽生え始めるが…
記念すべき第一作目。予告でお尻をフリフリするねーちゃんが目立ってたのでてっきりバカ映画なのかと思ってたら、潜入捜査官の辛さや切ない友情をしっかり描いたハードボイルド作品となってました。ただそういう内容なのでいまと比べるとよくも悪くも地味(^_^;
メイン二人の嫁もすでにこのころから顔を出しております。

car2作目:『ワイルド・スピードX2』(原題『2つの速さ2つの怒り狂い』・2003年)
前作でドミニクを逃がしてしまったブライアンは、落ちぶれてマイアミの公道レースで糊口をしのいでいた。そんな彼にFBIが麻薬組織の潜入捜査に加わるなら復職させてやると持ちかけてくる。
ヴィンが「続編に出たくない」と言った(らしい)ために、ポールがピンでがんばらざるを得なくなった二作目。代わりの相棒に後のレギュラーとして活躍するローマンが登場します。後のレギュラーではもう一人ハッカーで情報屋のテズも参戦。腕っぷし担当だったローマンは最近すっかりお笑いキャラに、お笑い担当だったテズは頼れる突っ込み役にシフトしました。
前回と違い友情とかあまり関係ないため、ごくごくわかりやすいサスペンスアクションとなっております。

car3作目:『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT』(原題『その速さとその怒り狂い:東京横滑り』・2006年)
父の都合で日本で暮らすことになったカーマニアの高校生ショーンは、東京の公道レースでチャンプに挑戦するが見事に惨敗。そんな彼にハンという男がドリフトのコーチを申し出る。
もはや前二作と車映画という以外、全く関わりがないように思える三作目。黒歴史や「別世界の話です」していいところを後続の4作品で見事に正史に組み込んだのはスゴ技という他ありません。例によって微妙におかしな日本描写も見過ごしてあげたくなるというもの。
というわけでこれが時系列的には6作目より後の内容となっています。その目印となるのが以降出ずっぱりとなるハン。彼が後々そんな重要キャラになるとはね… あとシリーズの功労者ジャスティン・リンがこれから監督を務めています。

car]4作目『ワイルド・スピード MAX』(原題『速さと怒り狂い』・2009年)
ブライアンとドミニクはそれぞれの事情である麻薬組織を追跡。やがて再会した二人だが感動の抱擁とはそういかず…
前作ラストのカメオ主演が評判で、気をよくした(らしい)ヴィンが、「俺、復帰してもいいよ」ということで実現した4作目。シリーズの原点に立ち返った男の微妙な友情が描かれた内容となっております。個人的には最近のベタベタ仲のいい二人より、こういう「なぐり合いながらそこはかとなく信じあってる」という関係の方が好きなんですけどね… シリーズの中では唯一といっていいくらい途中でブツッと切れたようなEND。あとワイスピチームではお色気No1のジゼルさんがこの作品から参戦します。

car5作目『ワイルド・スピード MEGA MAX』(原題『速さ五つ目』・2011年)
護送中のドミニクを助けたためまた犯罪者に落ちぶれたブライアンは、ドムや恋人共々リオデジャネイロに潜伏する。彼らは自由を手に入れるため、リオの闇組織の裏金を強奪しようと計画するが、その前に外交保安部の筋肉お化け・ホブス捜査官(ドウェイン・ジョンソン)が立ちはだかる。
お話的な仕切り直しは前作からですが、シリーズのカラーが明らかに変わったのはこの5作目からかと。ロック様ことドウェイン・ジョンソンがレギュラーに加わったため、かなり肉体的アクションも増えていきます。「いくらなんでも無茶やろー」というけれんみの強いミッションが売りになったのもここからだと思います。1~4作目までのわき役が一堂に会し、顔ぶれ的にもかなり派手でした。こんなに過去作のわき役を大切にするシリーズが他にあるでしょうか(バイオ?)。

car6作目『ワイルド・スピード EURO MISSION』(原題『速さと怒り狂い6つ目』・2013年)
自由でリッチな生活を手に入れたはずなのに、やっぱりホブスに尻尾をつかまれてしまったドミニクとブライアン。ホブスは欧州の犯罪組織の計画を阻止することに協力すれば、彼らを免罪してもいいと申し出る。ホブスの情報によると、死んだはずのドミニクの恋人レティが、組織のボスの手足となって働いているという…
3作目から監督を続けてきたジャスティン・リンの(いまのところの)最終作。見どころは中盤の戦車VS乗用車や、先端がヘラのようになっていて正面から来た車を転覆させることができる「車ひっくり返し車」。リン監督の初期からの作風のぶっ飛びぶりには、ただただ感服するのみです。そしてようやくお話は3作目の開始時点へとつながります。もう一回おさらいしときますと時系列的には 1→2→4→5→6→3→7 という順番になります。

car7作目『ワイルド・スピード SKY MISSION』(原題『速さと怒り狂い7つ目』・2015年)
無罪放免になり故郷のLAに帰ってきたドミニクとブライアン。そんな彼らに前作で退けたオーウェン・ショウの兄デッカードが、チームの面々を抹殺しようと企んでいるという情報が入る。子育てに疲れていたブライアンは意気揚々と戦いに赴くが…
『SAW』などで知られるジェームズ・ワンが監督を務めた最新作。じくじくねちねち痛々しい作風になるのかと思いきや、『エクスペンダブルズ』と『ミッション・インポッシブル』を足して割ったような壮絶無茶アクション大作にしあがっておりました。
ご存知のように大変残念なことにポール・ウォーカーの遺作となってしまった本作。彼が演じていたブライアンともこれでお別れか…というと映画の中ではその辺ちょっとあいまいでした。できることならダブルを演じてくれた弟のコディ氏を起用して、これからもスクリーンの中で活躍してほしいものですが。

44112720というわけで爆発的なヒットにより早々と8作目の製作も決定している「ワイルド・スピード・シリーズ」。次は宇宙か異次元へでも突入しそうな勢いです。
察しのいい方なら公開中の『SKY MISSION』をいきなり観ても話が通じると思うので、ここから入って過去作を見直してみてもいいかもしれません。(追記:最新作『アイスブレイク』の感想はこちら

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May 04, 2015

パラサイト・ラブ 岩明均 山崎貴 『寄生獣 完結編』

Kisk1昨年暮れに観た第一部が、期待以上のものではなかったので消化試合のような気持ちで臨んだこの度の第二部。ところがこれが「ごめんなさい! ごめんなさい!」と泣いて土下座したくなるような素晴らしい出来でした。『寄生獣 完結編』、ご紹介します。

母親を寄生生物に殺されて復讐の鬼となった泉新一は、右手に宿る「ミギー」の力を借りながら、彼らを人知れず狩る日々を送っていた。だが市長広川と田宮涼子のもと、市役所は寄生生物の要塞と化しつつあり、新一は苛立ちをつのらせる。一方広川のグループも新一の「狩り」に対処するため、最強の寄生生物「後藤」を刺客として差し向ける。そんな中冷酷な怪物だったはずの田宮は、「わが子」の成長と共に自身が変わっていくのを感じていた…

第一部は原作への思い入れが枷になってしまい、あちこちひっかかりを感じて十二分には楽しめまかったのですが、完結編はその原作への愛があったからこそより感動できた気がします。そしてただ原作をなぞるだけでなく、ファンも納得できる心憎いアレンジがあり、「なぜいま『寄生獣』をやるのか」ということに関しても明確なアンサーを出している… 漫画作品の映像化として、ほぼ満点に近い仕上がりでした。

例えば原作では寄生生物の出所について「地球の意思が…」みたいなことをやんわりと暗示するのですが、劇場版では「人類全体の集合意識」が彼らを生み出したということになっています。それにより人間と寄生生物が近しいものとして感じられました。
そもそも、寄生生物は本能的に人間を殺すので「怪物」とされています。じゃあ人間は人間を殺さないのかといえばそうでないことは、作中の浦上や、昨今のニュースを見れば火を見るより明らかです。特に今回の映画版においては、寄生生物とは「人間を殺せる人間」のメタファーのように見えました。
そんな人間の残酷さを描く一方で、人には自分を犠牲にしても誰かを守ろうとする愛情があることも語られます。「誰かを殺したい」と思うのも人間なら、かわいそうな誰かにやさしく助けをさしのべるのも人間。人間つーのはそういう幅広で混沌とした生き物なんですよね… 美しい面と暗黒面のどちらかしか描かれてない映画が多い中で、両方の面を均等に表現しきったことにまず感嘆しました。

あと原作を何べんも何べんも読んだ身としては、よく知ったセリフが最高のタイミングでバーン!と出る度に感動でむせび泣いておりました。実は原作の最終回って昔読んだ時には「やや強引に終わらせた」という感が否めなかったんですよね。意識の中で語りかけるミギーの姿もなんかシュールで、涙を誘われるということはありませんでした。
でも今回リアルな映像となって実際に語りかけてくるミギーを観ていたら、鼻水が華厳の滝のようになって往生してしまいました。これがやっぱり映像の持つ力ってやつでしょうか。そして二十年前には唐突に感じられたエピローグが、見事に作品を通じての結論となっていることに改めて気づかされたのでした。

まだ誉めます(笑)。よく邦画の悪い点として「しゃべりすぎ・説明しすぎ」ということがあげられます。漫画版では新一君が「泣けなくなった理由」についてあからさまにほのめかしはするのですが、それが実際に文章で書かれることはありませんでした。それに倣って映画でもしっかりとその理由について黙っていたのは偉かったです。
あといい加減ネタバレですが(^_^;最後新一君が懸命にミギーに呼びかけるところで、ベタな脚本家だったら例の目玉をウニュッと出して「やあひさしぶり」と言わせちゃうと思うんですよね。しかしただ手を映し出すだけでこらえたところもよかった。この辺はエキセントリックな会話劇で知られる脚本・古沢良太氏が自分のカラーをぐっと抑えていい仕事をしていました。2001年の映画版『GO』と同様、原作・監督・脚本が最高の形で結ばれた好例と言えるでしょう。

41n3onyrbjl__sx342_というわけで山崎監督にとっても新境地であり、これからもこういう仕事を続けてほしいところなのですが、なぜか興行はここ4作で最もぱっとしない結果になりそうです。「映画秘宝に褒められると伸びない」とは監督の談ですが、やっぱり「泣けそうもない」映画は日本では商売的に不利なのか… わたしゃこれまでのどの山崎作品より泣きましたけどね! 泣きドラならぬ泣きパラ(サイト)ですよ! これは!(苦しい) シンデレラ、コナン、ドラゴンボールとかち合ってしまったのも不運でしたが…
山崎監督が引き続き首ちょんぱ映画を作れるように、『寄生獣 完結編』が少しでも地位を挽回できることを祈っています。現在全国の劇場で公開中です。

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May 02, 2015

アマレス地獄変 ベネット・ミラー 『フォックスキャッチャー』

51a49pyt6glアカデミー賞関連の感想が続きます。こちらは主演&助演男優賞のみのノミネートでしたが、作品賞に選ばれた映画にも決して劣っていない力作でした。『フォックス・キャッチャー』、ご紹介します。

1984年のロス五輪で、兄と共にレスリングで金メダルを獲得したマーク・シュルツは、しかし忸怩たる思いをずっとぬぐえないでいた。メダルを獲得したのは兄のデイブで、自分はそのおまけのようなもの… そんな風に世間が評価しているように思えてならなかったからだ。
そんなマークにあるときアメリカを代表する財閥の当主、ジョン・デュポンから声がかかる。デュポンは彼が所有するチーム「フォックスキャッチャー」のリーダーをマークに務めてほしいと要請してきたのだ。莫大な資産を持ちながら気さくな人柄で、しかも自分の能力を高く評価してくれるデュポンにマークは心酔する。そして彼の望みであるオリンピックでの金メダル獲得を、全力で果たそうと励むのだが…

これまたアカデミー賞が好きな「実話に基づく」映画であります。先に公開された『アメリカン・スナイパー』と同様、米国では大々的に報道された事件だと思うのですが、日本ではそんなに知ってる人はいないんじゃなかろうかと。わたしも全然知りませんでしたし。で、この事件というのがですね… 以下完全ネタバレなのでご了承ください。

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ジョン・デュポンが自らチームに招いたレスリング選手、デイブ・シュルツを殺害したというものです。
わたしたちは理不尽な事件や逆恨みによる犯行を耳にした時、「なんて身勝手な」と憤ります。しかし当の実行犯たちには自分なりの「正当な理由」があることが少なくありません。この映画を観ますと、ジョン・デュポンがなぜそのような凶行に至ったのか、それなりに推測することができます。
はっきり作中で語られるわけではないので、ここでそれを書いてしまうとなんだか野暮な気がしますが、どうせ野暮天だからいいです。ヒントは殺害前にデュポンが観ていたビデオにあると思われます。あれほど自分を慕っていて、息子のようにかわいがっていたマークが自分から離れていってしまったのは、兄のデイブがそそのかしたからだ… そのようにジョンは考えたのでしょう。本当の原因はデュポンの言ってることややってることがコロッと変わってしまったところにあるんですけど、身勝手な人や思い込みの激しい人というのはそういう風に自省したりはしないものなのです。

とはいえ、この映画もあくまで「事実をもとにした」話であって、事実そのものではありません。デュポンの真の動機が映画の通りなのかは藪の中です。デュポン氏について「素晴らしい人格者で、本当にあんなことをしたなんて信じられない」という声もあるようですし、彼の警備顧問が様々な悪影響を与えたからという意見もあるようです。名探偵コナンが言うように「真実はいつもひとつ!」とはなかなか限らんものです。

そういった「映画のフィクション性」をふまえた上で、わたしが最も感動したのはラストシーン。マークは父代わりであった二人の人物を失い、ようやく彼が欲していた「真の強さ」を得たように思えます。しかし強くなるということは同時にとても悲しいことだなあ…と柄にもなくマークの背中を見つめながらほろほろと涙したのでありました。
ただこのマークさんという人も実際の評判を聞きますと、「俺をホモっぽく描きやがって許せねえ!」と怒り狂った数週間後に「『フォックスキャッチャー』は素晴らしい映画だ! 最高!」なんて言ってるのでけっこう不安定な方みたいです。

その他に特に強い印象を残したのはやはりメイン3人の男優によるムチムチとした演技力ですね。不気味極まりないデュポンを演じたスティーブ・カレルは、とても『ラブ・アゲイン』のほのぼのパパと同じ人とは思えませんでしたし、禿頭&ヒゲダルマのマーク・ラファロも、『アベンジャーズ』でのナイーブなバナー博士とは全く別の人物に見えます。
しかしなにより輝いていたのは「全米女子が熱狂」と言われているチャニング・テイタムが、かわうそ君のようないじめて君のようなキモメンを鬱々と好演していたこと。少し前の『ジュピター』で型通りのイケメンヒーローをやっていたかと思えば、『21ジャンプストリート』では頭カラッポのお気楽男子がめっちゃはまっていたりする。その演技の幅にはほとほと感服いたしました。マジでこれからの活躍が最も期待できる男優の一人です。

C0ecd1a968f5aa3a633bdf4b56cf336d月並みな言葉ではございますが、本当に「事実は小説よりも奇なり」ですね… 連休明けにやはりそんな話を扱った『イミテーション・ゲーム』『博士と彼女のセオリー』も遅れて公開されるので、こちらも楽しみにしております。


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