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March 09, 2015

そげキングの光と影 クリント・イーストウッド 『アメリカン・スナイパー』

Asn1そげきの島で~ 生まれたオレは~
本日は先日行われた第87回アカデミー賞において6部門にノミネートされたクリント・イーストウッド最新作『アメリカン・スナイパー』について語ります。

9.11のアメリカ同時多発テロに端を発したイラク戦争。米国最強とうたわれる特殊部隊シールズもその戦いに投入された。戦いが続くにつれ、敵味方の間で二人の狙撃手の名が尊敬と恐怖をもって噂されるようになっていく。一人はイラク側の元五輪選手ムスタファ。もう一人はシールズのエリート、クリス・カイル。幼少のころから狙撃の並外れた才能を持っていたクリスは、戦場においてその才能をフルに発揮させる。だが引き金をひき、友を失うたびにクリスの精神は徐々に消耗していく。しかし彼は国のため、友のためと自分に言い聞かせて4度に渡ってイラクに赴くのだった。

原作はクリス・カイル自身が著した自伝であります。今回はわたしの駄文を読むより映画秘宝最新号の特集を読んだ方がよほど理解が深まるかと思います(^_^;
冒頭でクリスのお父さんはこんな印象深い言葉を言います。「人間には三種類ある。羊(守られるもの)、狼(ならず者)、番犬(守る者)だ。わたしはお前たちを羊にも狼にもするつもりはない」と。実にカウボーイ的であります。きっと今もアメリカ南部ではこういう「強気をくじき、弱きを助く」カウボーイの姿が男の理想像なんでしょうね。
その言葉に忠実に育ったクリスはカウボーイとなり、次いで祖国を守る男たちの頂点とも言えるシールズに入隊します。
しかしとうとうやってきた戦いの場において、クリスは皮肉な現実をつきつけられます。彼が最初に殺さねばならなかったのは、武器を持っていたとはいえ「狼」には程遠い女子供だったからです。「番犬」としてやってきたつもりだったのに、イラクの人たちから見れば彼らこそは「羊」を脅かす「狼」だったわけで。
そういえば先の秘宝の記事によれば『ローン・サバイバー』の語り手であるマーカスとクリスは訓練生のころからの親友だったそうです。二人は奇しくも戦場において同じ選択を迫られます。「仲間の命を守るために子供を殺すべきか」という。敵国に攻め込むということはそういう事態もよくあることなんでしょうけど、もうじき「父となる」クリスにとってそれがどれほどのストレスになったか… 想像しただけで胃が痛くなります。

もっとも自伝においてクリス・カイルは自分の果たしてきた仕事について「蛮族を殺したことはまったく後悔していない」と発言しているとのこと。立場上そう述べなければならなかったのか、そう思わなければ精神を安定できなかったのか、心の底からそう思っていたのか… それはクリスさんにしかわかりません。ただ除隊するころのクリスさんはかなりのストレスから飛蚊症や異常な高血圧に悩まされていたとのことです。

ちなみにイーストウッド御大ははっきりと「イラク戦争には反対だった」「国がろくに調べもしないで戦争を始めたから、多くの犠牲が出た」と述べておられます。ですが御大はその主張を声高に作品の中で語るタイプではないので、例によって「アメリカ万歳映画」「プロパガンダ」と見る人も多くいるようです。戦場で苦悩するシールズ若者たち、葬儀で息子の手紙を読む母親、イラクで米軍と地元の武装勢力の板ばさみになる人たち、そしてエンドロールの一文… そういう描写を見ていくと、決して「好戦的な」映画ではないと思うんですが。一方でクリスさんがエンターテイメントのヒーローよろしく目のさめるような活躍を見せたりもするので、アクション映画としても面白く見られたりするのが困ったところです。

以下は映画の結末に触れてますのでご了承ください。





この映画、クリス・カイルが生存中に製作が進められ脚本まで出来ていたそうですが、映画を観た方はご存知のように彼は完成前にある退役軍人の手により射殺されるという最期を迎えました。戦場で何度も銃弾の雨を潜り抜けてきたのに、はるかに安全な米国で銃により命を奪われるとは… 恐ろしいまでの皮肉と言わざるを得ません。映画はそれを「運命から逃れられなかった」と表現しています。安っぽい例えですがホラー映画で命からがら逃げて来た主人公が、「もう安全だ」と一息ついた途端怪物の手にかけられる、そんなパターンを思い出しました。クリスが肌身離さず持ち歩いていた聖書には「剣に生きる者は剣に死す」という一節がありますが、「銃(ガン)に生きる者は銃に死す」ということなのかもしれません。

この事件、日本ではそんなに知られてなかったために『アメリカン・スナイパー』は偶然にも「衝撃の結末!」を伴った映画となってしまいました。まあアメリカでは誰でも知ってる話ゆえ、監督はまったくそんな効果は狙ってなかったと思いますが。
ただ日本での公開中にカイル氏を射殺した犯人の判決が出てしまったことにより、一般のニュースが映画のネタバレになってしまうという事態まで引き起こしてしまいました。恐らく映画が注目を集めていなければ、日本ではこのニュースもっとひっそりと扱われたのでは… わたしもそれなりに長いこと映画観てますが、こんな例はちょっと記憶にありません。そんな風に何から何まで異例の作品です。

Asn2先ごろイラクで邦人人質事件があった余波か、『アメリカン・スナイパー』は現在二週連続で興行収入第一位となっています。最近ではおおよそヒットしないような要素ばかりのこの作品が、これほどの成績を残していることもまた異例です。
ちなみに隣のへたくそな骸骨はカイル氏が愛用していたマーベルのキャラクター「パニッシャー」のマーク。パニッシャーは「凶悪犯はその場で射殺」というキャラで、アメコミの中では割と異端なほうだったりします。映画ではこういうキャラ、珍しくもありませんけどね。


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Comments

へ~!
ローンサバイバーと似た感じの映画だなあって思ってたら、友人だったんですね!
確かにあっちもネイビーシールズだった気がするし。
昔のベトナム戦争の映画みたいに、イラク戦争を題材とした映画も今やすごいあるので、割と普通にいい映画ってくらいだったなあ。相対化されちゃいました。
後藤さんの事件で普段こういうジャンルの映画を見ない人も劇場に行ったっていうのが真相なのかも。

Posted by: ゴーダイ | March 09, 2015 10:05 PM

伍一くん☆
イーストウッドは本当に凄いよねぇ。
どちらにも取れるように造っておきながら、きちんと自分の言いたいことを表現できてる。
フランスの風刺画も直接的でなく、「見る人が見ると揶揄している」程度に描けば問題なかったでしょうにね。

Posted by: ノルウェーまだ~む | March 10, 2015 11:47 PM

>ゴーダイさん

どもども。
原作の自伝にもたびたびマーカスさんの名前出て来るそうで。地獄の訓練に耐え切れず鐘をならしていさっていくシーンは、まんま『ローン・サバイバー』にもありましたよね
イラク関連の映画も一通り観たけど、わたしはこれが一番印象深かったかなあ… 理由は記事にも書いたけど、結果的に皮肉なオチがついてしまったことなど。事実は小説よりも奇なり、を地で行くお話しだったと思います

Posted by: SGA屋伍一 | March 11, 2015 03:52 PM

>ノルウェーまだ~むさん

こんちはっすー
普通にまっさらな目で観ればイーストウッドの言わんとしてることはすんなり伝わると思うんですけどねえ。あとイーストウッドの作品は根底に朴訥な優しさがあるから好きなんですけど、この映画はその優しさが帰っせつねえ作品でした
ちなみにイラクで上映された際は一箇所「不快」と言われたシーンがあったほかは概ね好評を持って迎えられたそうです(^_^;

Posted by: SGA屋伍一 | March 11, 2015 03:56 PM

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