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July 29, 2014

ローマ風呂は一日にして成らず ヤマザキ・マリ 武内英樹 『テルマエ・ロマエⅡ』

Tr21_2更新がずいぶん空いてしまいました。理由はけっこう遊ぶのに忙しかったからなんですが… そんな風に遊びにかまけているうちに、これはもう公開終わっちゃってるな… スルーするつもりだったんですけど誘われちゃったので今月初めに観て来ました。『テルマエ・ロマエⅡ』、ご紹介します。一作目の記事はコチラ。

風呂を通じて、古代ローマから現代日本へ転移する能力を持つ男、ルシウス。彼は21世紀の日本の風呂文化を巧みにパク…流用し、ローマで随一の風呂技師として知られていた。折りしもローマは軍備増強が進み、コロッセウムでも残酷な出し物がもてはやされていた。世の中が暴力的な傾向に進んでいくのを憂うルシウス。そんな彼に、剣闘士用の風呂を作れとの命令がくだる。あれこれ悩んでいるうちに、ルシウスはやっぱり現代へタイムスリップしてしまうのだった…

今回は観る前に「これは相当つまらん! ダメだ!」という噂を聞いてまして、戦地に赴く覚悟で鑑賞に臨みました。で、どうだったかというと… あれ? そんなに悪くないよ? ていうか普通に面白いよ?(あくまで「普通」レベルですが) 映画館で怒りのあまり血をはかなくて済んで本当によかったです。
わたしが楽しめた理由の一つは、原作がけっこう好きだから、というのがあります。前作もそうですが、冒頭と終盤以外はただただ原作のエピソードをオムニバス的に羅列しているだけなので、「ああ、こんな話もあった」と無邪気に楽しんでおりました。特にわたしが好きだった山賊が更正する話とウォータースライダーの話も映像化されてましたし。
逆に思い入れのない人は「前作とまったくやってることが一緒じゃないか!」「儲けたからって安易に二匹目のドジョウを狙いやがって!」と腹立たしかったのかもしれません。でもねえ、原作も前半はひたすらこういう定型のパターンを踏んでいく漫画なので。

ただ、前作と決定的に違うところもありました。『Ⅰ』はルシウスの作った風呂で兵士たちが元気になり、周辺国家の戦争に勝ってますますローマは拡大していった…という結末でした。でもそれだと国の右傾化、軍備増強を肯定的に描いたように思えなくもありません。
スタッフも反省したのでしょう。いまの日本もなんとなくそんな方向に傾いていってますし。だから今回はひたすら「平和平和平和! 戦争はよくない! 戦うのではなく愛と平和を!」ということがくどくどと語られています。そう、たとえ国や環境が違っていても、お互い裸一貫になって風呂の中で語り合えば、体も心もほぐれていって仲良くなれると思うんですけどね… 永田町のみなさん、この「お風呂外交」、真剣に考えてみるのはどうでしょう。

あとひとつこの映画の見所をあげるとするなら、それは阿部寛氏のお尻でしょうかね。今回もバックから執拗にスクリーンに映し出されます。まさにお好きな人にはたまらない。ただわたし、男の尻はそんなに好きじゃないのでねえ… おまけに数日後に観た『オール・ユー・ニード・イズ・キル』でも男の尻がバーンと出てくるシーンがあったので、なんだかやり場のない怒りがふつふつと沸いてきたのでした。

Tr22_2というわけで『テルマエ・ロマエⅡ』ですがもうほぼ劇場での公開が終了しました。観そびれた方はDVDをお待ちください。
ただわたしがこちらよりも勧めたいのは、ヤマザキ・マリ先生ととり・みき先生がタッグを組んで発表された新感覚歴史漫画『プリニウス』です。ローマに興味がある人はこちらもぜひ。『ポンペイ』と噴火の様子がまるで違うのが笑えますw


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July 17, 2014

藤島、「ぶっ殺す」言ってたってよ 深町秋生・中島哲也 『渇き。』

Photoじめじめした日が続きますね。こういう日はとかく洗濯物が乾きにくいもの。そういえば先日映画『渇き。』を観たのでした。感想を書くとします(強引だなあ)。

ある事件で警察を辞めた藤島のところに、別れて暮らす元妻から「娘の加奈子の行方がわからない」という連絡が入る。妻と一緒に加奈子の居場所を探す藤島だったが、その途中で加奈子が不良グループや暴力団と関わっていたことが明らかになり、藤島自身も何度か彼らから襲われる。それでも藤島は愛情とは違う妄執にかられて必死で娘の消息を確かめようとする。
一方三年前、いじめに遭っていた少年瀬岡は、加奈子に助けられたことから彼女に急速に惹かれていく。瀬岡は彼女に誘われるままに不良少年たちのパーティーに赴くのだが…

監督は新作を撮るごとに注目を集めている中島哲也氏。『下妻物語』から『パコと魔法の絵本』にいたる初期三作はひとをおちょくったようなエネルギッシュなユーモアが溢れる映画でしたが、前作『告白』で急にシリアスな作風に転換。今回の『渇き。』はさらに笑うところのないヒリヒリするようなムードに溢れています。
それを際立たせているのがねちっこい残酷描写。ひたすら殴ったり刺したり撃ったり…という描写が最初から最後まで均等に割り振られています。このドカバキグシャグシャした暴力描写、近年の韓国映画に近いテイストを感じました。たとえば役所広司演じる藤島のモジャモジャした不潔感や、切れやすい粗暴な性格は『チェイサー』の主人公のポン引きを思い出させます。ただあのポン引きが最低なりに親しみを覚えさせるキャラだったのに対し、こちらの藤島は最低の下を行く最最低とでもいいましょうか。本当にいいところが全然見当たりません。やることなすこといちいちイラつくしムカつきます。強いて長所をふたつあげるとするなら、諦めの悪いところと異常に怪我の治りが早いところでしょうか。
最低なのは藤島だけではなく、この映画には多くの「クズ」が登場します。ざっとカテゴライズすると
①保身のためにバンバン人を殺していく権力者たち…妻夫木君、青木崇高君など
②その権力者に逆らって暴走する者たち…藤島、オダジョー、不良グループのリーダー(仮面ライダー龍弦)
③加奈子たん
④その他モブとして登場するアホな若者たち
あとこれらクズたちに翻弄されて傷ついていく「かわいそうな人たち」でこの映画は構成されています。
で、これら多くの登場人物の中心にいるのがヒロインの加奈子さん。現在編では生きてるのか死んでるのかわからないためほとんど登場しないのですが、演じる小松菜々さんの魅力ゆえか強烈な存在感を放っておりました。そして加奈子たんはその魔性の魅力でもって関わるものたちを片っ端から破滅の渦へ投げ込んでいきます。
劇中で「あんた(藤島)と加奈子はよく似てるよ。どうしようもないクズ同士」みたいなセリフがありますが、わたしにはあまり二人が似てるとは思えませんでした。ルックス的な面だけでなく、藤島が絶えず腹を空かしているギラギラした野獣のような男なのに対し、加奈子たんはどこまでも透明というか、透明すぎて中身がすっからかんな女の子です。すべてが遊び半分で欲望らしきものはなにひとつなさそう。
そんな娘でもやはり親としての情があるから藤島は彼女を探すのか…といえば、この男はとんでもないことを言い出します。以下ネタバレしてますのでご了承ください。

punch
wobbly
punch
wobbly

加奈子を捜し求める理由を問われて藤島はこう答えます。「オレがあいつを探すのは、あいつをオレの手でぶっ殺すためだ!」

…なんつー親父でしょう。ミステリーには「本当に自分のものにするために殺してしまう」みたいな殺人犯がよく出てきますが、そういうものともちょっと違う。異常者の心理はなかなかわかりにくいものですけど、ヒントになるのは藤島がどうやら「暖かい幸せな家庭」に対して破壊衝動を抱いているということ。加奈子ちゃんはその「幸せな家庭」の象徴だってことなんでしょうかねえ。
そしてラストで懸命に「ぶっころす!」と言いながら彼女の遺体を捜す藤島が、それまでと違って妙にスッキリ爽やかに感じられたのもよくわかりません。
Photo_2原作は未読なのでそちらの方でも二人の関係がそういうものなのかはわかりません。いずれ読んで確かめてみたいところです。
ちなみにこの作品、元になった事件が二つあるそうです。うひゃー… フィクションも怖いけど現実も怖いですねえ…
『渇き。』は現在全国の映画館で上映中。『告白』に比べて伸び悩んでいるようなので、あと1,2週でしょうか。

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July 16, 2014

ミステリーテーブル 西加奈子・行定勲 『円卓 こっこ、ひと夏のイマジン』

Etk1昨年『きいろいゾウ』が映画化された西加奈子氏の作品を、『GO』などで知られる行定勲氏がこれまた映画化。いまをときめく人気子役の芦田愛菜ちゃんの出演最新作でもある『円卓 こっこ、ひと夏のイマジン』ご紹介します。

昭和なのか現在なのかよくわからない大阪。小学校三年生のことこ(通称こっこ)は好奇心旺盛で、気になった言葉をすぐに学習帳に書き留めては空想をめぐらす、そんな女の子。こっこにはすでに3人の姉がいたが、ある日の夕飯時、両親からもう一人兄弟が誕生することを知らされる。喜びに沸く一家とは裏腹に、あまり嬉しいと思えないこっこ。その時からこっこは自分と他人の「感じ方のズレ」を特に意識するようになる。

この映画、そんなにびっくりするような大事件が起きるわけではなく、基本的にはこっこと周りの人々の日常を淡々と追った内容。おかしいところもあるものの、わかりやすいギャグはあまりなく、じんわりくすくす笑えるようなテイストであります。だから『ちびまるこちゃん』のような内容を期待していくと、そのアバンギャルドな作風に少々面食らうことでしょう。さくらももこ的なところもありますが、吉田戦車のカラーもけっこう入っています。それでも『ぴあ』のアンケートで満足度№1だったのは、ひたむきに演じる子供たちの姿が微笑ましかったからなのか。

先ほどもあげた行定監督の『GO』は邦画オールタイム・ベストに入るくらい好きな作品です。その『GO』の中で父親が主人公にボクシングを教えながらこう語るシーンがあります。「円の中にとどまっていれば身を守れる。それでも円の外へ踏み出すことを選ぶか?」だったか。『GO』の杉原はケンカっぱやい思春期の少年なので、ドカバキ周囲とぶつかりながら前に進みますが、『円卓』のこっこちゃんはま10歳かそこらなので、おそるおそる確かめるようにして外界との接触を図ります。
家族が増えるのは嬉しいはずなのに、自分は嬉しいとは思えない。自分はかっこいいと思うことが、当人には恥ずかしいことだったりする。こっこちゃんはちょっとテンションの上下が激しいお子様ではありますが、そんなに変わったお子様ではないと思います。わたしももう40なんで幼少のころの感覚を思い出すのが年々難しくなっていますが、子供のころって自分の感覚と世間一般の感覚が時として大きくずれていて、戸惑うことがあったものです。その後周りと合わせるために、「こういうものなんだ」と自分に言い聞かせてるうちに、そうした違和感はだんだん消滅していったりするものです。こっこちゃんの独白はわたしに子供のころのそんな懐かしい感覚を思い出させてくれました。

わたしが特ににんまりしたのは子供たちの間に垣根がないというところですね。ここでは在日韓国人の子も普通にみんなと溶け込んでいて「パクくんパクくん」と呼ばれて親しまれていあくます。あと当たり前だけど男女の差もあまり意識されてない。「大きくなると、男と女であまり話さんようになるらしい」「ふーん」なんて会話からそれがうかがえます。そんでこっこちゃんの一番の親友も「ぽっさん」と呼ばれるメガネの男の子です。こっことぽっさんの間には恋愛感情らしきものはまったくなく、同性同士と変わらない友情で結ばれています。ただどちらかといえばこっこの方がぽっさんを頼りにしていて、ぽっさんもいざという時にはこっこを守らなきゃ、と思っている。友情というよりは兄妹のような関係に近いかもしれません。「大きくなったらしゃべらなくなる」とは言ってましたが、この二人の関係がいつまでも続けばいいのにな…とおじさんは思うのでした。

主演は皆さんご存知の芦田愛菜ちゃん。愛菜ちゃんといえばかわいらしい、いじらしい「いい子」のイメージがあるかもしれませんが、この映画では時として激しく怒るあまりかわいくない子を演じています(笑) さすが愛菜ちゃんというべきか、「可愛くない子」も堂々たる演じっぷりでした。監督によると彼女はいつもどうやって演じるか自主的に考えていて、他の子たちのお手本にもなっていたとか。早熟ですなあ… まあわたしが彼女の演技で最も
「すげえ」と思ったのは『パシフィック・リム』なんですけどね。あれはマジで怪獣におっかけられている表情をしていましたから。
Etk2 『円卓 こっこ、ひと夏のイマジン』は大体あさってで上映終了かしら… くわしくは上映一覧をご覧ください。規定の枠にはまらない、でもほっこりする映画を求めている方におすすめです。


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July 10, 2014

君はコスモ星丸をかじったことはあるか 車田正美・さとうけいいち 『聖闘士星矢 LEGEND of SANCTUARY』

Ssls1せいんとせいやーッ!! しょおーねんーはーみーんな~
80年代後半に週刊少年ジャンプに連載された人気漫画が、フルCGとなってよみがえりました(こないだ似たような企画で『キャプテン・ハーロック』もありましたが…)。
「車田正美熱血画道40周年」記念作品」でもある『聖闘士星矢 LEGEND of SANCTUARY』、ご紹介しましょう。

これは太古より今の時代まで世界を見守り続けていた女神アテナと、彼女に仕える戦士たち、「聖闘士(セイント)」の物語である。城戸財閥の後継者である城戸沙織は、16歳になった日、執事から自分が現代における「アテナ」の化身であることを知らされる。その直後、彼女は謎の超人的な力を持つ「聖闘士」の一団に襲われた。絶体絶命の彼女を救ったのは、襲撃者たちと同じ鎧「聖衣(クロス)」に身を包んだ4人の少年たちだった。彼らは聖闘士たちの本拠地「聖域(サンクチュアリ)」で起きている陰謀からアテナを守るため、城戸財閥の先代に幼いころ引き取られ、聖闘士となるべく育成されたのだった。

『星矢』原作が連載されていたころ、わたしはいわゆるリアル中二でした。ガンダムなどのロボットアニメが衰退し始めた時期で、男子系のメカっぽいアニメに飢えてたところへちょうど『星矢』のTV放映が始まり、あっという間にはまってしまいました。その後話がマンネリ気味になるにつれだんだん興味は薄れていきましたが(笑)、意地で単行本は最後まで買いましたし、なんだかんだ言って思い入れのある作品です。終了した後も続編やスピンオフが大量に作られましたが、そのあたりはわたしはあんまりよくしらなかったりして。で、この度の映画は一から設定とお話を練り直したリメイク版となっております。

今回特に大幅に変わっていたのはヒロイン的な立場に当たるアテナ=沙織さん。原作の沙織さんは生まれついてのお嬢様というか女王様で、基本的にいつも険しい顔をしていて命令口調だったりします。ところが新作の沙織さんは少し気弱げな顔をした等身大の女子高生になってました。主人公である星矢も基本明るい性格は変わってないものの、原作にあったストイックで反骨的なところは影をひそめ、かなりお嬢様にフレンドリーに接していました。
この元気印の星矢に加え、堅物で長髪の紫龍、すかした金髪の氷河、女顔でボクっ子の瞬、一匹狼でちょい悪の一輝ら五人の美少年が「沙織さんはオレが守る!」と張り切るわけです。女子にしてみれば夢のようなシチュエーションでしょう。なんだか流行の恋愛SLGに近いものがありました(^_^;
ただ女子サービスだけでなく、燃えるビジュアルやアクションも随所に用意されています。『星矢』最大の特徴は星座をかたどったアーマー「クロス」でありますが、今回は状況に応じて着用されたまま変形するという新機能がありました。玩具で再現するのは大変むずかしそうですが、バンダイさん、がんばってください。
強敵たちが待ち受ける十二宮の戦闘シーンも力が入ってました。およそ50分の間に10人の対戦相手をさばいていかなければならないんですが、なんとか全員登場し終えた時には思わず拍手したくなりました(出た途端に終了したようなキャラもいましたが…)。ちなみに個人的に特に燃えたのは牡牛座のアルデバランと星矢のバトルシーンです。
あとぶったまげたのはこの世界における「サンクチュアリ」の描写ですね。宙に橋や宮殿が浮いていたりと、まるでファイナルファンタジーそのものみたいな風景が広がっています(笑) すげえ… すごすぎるぜギリシャ!と圧倒されます。これに比べればハリウッドが時々描くヘンテコな日本なんかまだまだかわいいもの。それともこの映画におけるサンクチュアリはギリシャではなくどっかの異次元空間なのかなあ。

Ssls2そんな『聖闘士星矢 LEGEND of SANCTUARY』ですが客入りはちょっと微妙…といったあたりで来週は既に大体のところで一日一回上映となっております。東映さんは日本よりも南米や欧州での興収をあてこんでいるのかもしれませんが、本国でももうちょっと伸びてほしいところ。君はコスモを感じたことはあるか!?


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July 07, 2014

動物バンザイ、人間NG ダーレン・アロノフスキー 『ノア 約束の舟』

Nyf1『ブラック・スワン』で観る者を戦慄させたダーレン・アロノフスキー監督の最新作は、なんと旧約聖書の有名な1エピソード。『ノア 約束の舟』、紹介いたします。

アダムとエバが罪を犯し楽園を追われてしばらく後。地上には暴力や強欲がはびこり、神は洪水により人間を滅ぼすことを決意する。だが神は良い心を持つノアという男にだけ、それを逃れる道を教えた。ノアは教えられた通り巨大な箱舟を作り、それに動物たちを乗せ、やがてくる大洪水に備えるのだが…

アロノフスキー監督といえばオリジナル性の高い、救いのない現代劇ばかり作っている人、というイメージ。その彼が超有名原作のある信心深いお話を作るということで、少なからず驚きました。てっきり制作会社から「この辺でアロちゃん一般受けしそうなスペクタクル映画でも撮って、ぼくらに金儲けさせてよ♪」と頼まれたのかとでも思ったのですが、調べると監督は前々からこのエピソードを映画化したかったんだそうで。これまた意外でした。

今回はもう普通に観た人向けで(笑) ラスト近くまでバンバンネタバレしていくのでご了承ください。

聖書に関しては少し調べたことがあったので二つばかし解説させていただくと、まずノアを助ける岩の巨人、あれは原典にはああいう形では出てきません。神に逆らった天使たちが人間の女と子供を作った結果、ネフィリムと呼ばれる怪力の人間が生まれたということになっています。いわゆる異類婚姻譚や半身半人伝説の元祖ですね。
あと後半ノアが自分の子孫を殺そうとするくだりですが、聖書にはノアから数代下ったアブラハムという人物に関して似たような話が出てきます。神はアブラハムの信仰を試そうと最愛の息子イサクを殺すように命じるのですが、アブラハムが苦悩の末に従おうとすると、直前にストップをかけた…という話。終盤の展開はこの物語を意識しているように思われてなりません。

原典の教訓は非常にシンプルです。「心の善い人は生き残り、悪い人は滅ぶ」といったもの。でもアロノフスキーさんはこのお話にずっと疑問を感じてたのでしょうね。たとえば、ノアは自分の家族だけ助かるということに心が痛まなかったのか…とか。ちなみにわたしが昔読んだ童話の絵本では、ノアが洪水について一生懸命周囲に警告したにも関わらず、人々は「そんなこと起きるはずがない」と彼を馬鹿にして、箱舟にはいろうとしなかった…という風になってました。

この映画で最も興味深いのはやはりこの西洋人…というかアロノフスキーの「神様観」というやつ。神様は基本何を考えているのかよくわからない。人類一般に関してもどれほど愛情を注いでいるのか怪しい。それでもひたむきに考え、とことん努力した者の決定は尊重し、それなりに評価してくれる… さして悪人でもない人たちが追い詰められて破滅していく映画ばかり作ってる彼でも、そんな複雑な信仰心なら持ち合わせているってことでしょうかねえ。
その神様の不可解性を際出せているのが、セリフが一切ないということ。でもこれはなくて正解だと思います。実際に神様が映画で肉声でしゃべったら、なんか安っぽくなりそうな気がするので。これは宇宙人映画にも言えることですが、謎の存在が共通の言語でしゃべりだすと恐ろしさが薄れ、身近な存在になってしまうというのはあると思います。

誰でも知ってる話だけに「確認」のため観にいったような本作品ではありましたけど、さすがはアロノフスキーというべきか、結末がわかっていてもハラハラドキドキする映画になっておりました。その辺の手腕は素直に感嘆いたしました。
Nyf2日本人にはなじみの薄い聖書の物語である上に、残酷にも感じる人も多いのでは…と思いましたが、『ノア 約束の舟』は公開初週は『アナ雪』につぐヒットを記録。以後も順当にランキングに残っております。アロさんもこれですっかりヒットメーカーになってしまった感がありますな…
年末には先のアブラハムからまた数代後のモーセのお話が、リドリー・スコットの手により映画化の予定。これまたかなりアレンジの効いた映画化になりそう…

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July 03, 2014

新激女版エヴァグリーオン ノーム・ムーロ 『300 帝国の進撃』

3002その独特で鮮烈なアートにより、アクション映画の中でも異彩を放つ2007年の映画『300(ザ・スリーハンドレッド)』。一作だけできれいに終わってたんですが、「まだ使えるネタがあったよ!」ということで7年ぶりに続編が公開されることになりました。『300 帝国の進撃』、ご紹介します。一作目の紹介記事はこちら

紀元前490年。大国ペルシアは「マラトンの戦い」においてアテナイを中心とするギリシャの連合軍に敗北を喫し、王ダレイオスを失う。その息子であるクセルセスは失意に沈むが、勇敢な女将軍アルテミシアの助けを得て別人のような「神王」へと生まれ変わった。
それから約十年後、クセルクセスとアルテミシアは満を持してギリシャへ復讐のため軍を進める。かつてダレイオスを倒したアテナイの将軍テミストクレスは、限られた兵力でアルテミシアが率いる大艦隊と対峙する。

というわけで「おりゃー! かたきをとったるぜー!」と突進していく前作ラストからそのまま続くのかと思いきや、時系列的には一作目よりも過去から始まったりしております。そして『300』でスパルタが戦っていた時にアテナイはどうしていたかを描き、後日談にまで踏み込んでいます。尺はこちらのほうが5分ほど短いんですけどずいぶん詰め込んでますね!(^_^; こういう変わった形式の「第二作」といえば『ゴッドファーザーPARTⅡ』がありますが、あれは前日談と後日談が交互に語られていく構成だそうなので、少し違うのかな(実は観てなかったりする)。

第一作はすでに原作があり、監督ザック・スナイダーが「この絵をどこまでも忠実にコピるんじゃあああ!!」と異常なこだわりを発揮したために、あのような「動く油絵」的な迫力あるアートが生まれました。ところが今回はまだ映画完成時に原作が出版されておらず、恐らくコンセプトアートのようなものを見せてもらいながらコミックと同時進行で作られていったものと思われます。そのためアート的には前作より若干薄味になったというか、普通の映画に近くなっていました。でもまあ、燃えるビジュアルもたくさんありました。冒頭のマラトンの戦いで矢を放つテミストクレスや、予告にある崖から大ジャンプして敵艦に乗り移るシーンなどは鳥肌が立ちました。

で、今回の主人公を務めるアテナイのテミストクレスですが、前作のレオニダスと比べるとやや弱弱しく感じられます。いや、この人だって常人の十倍くらいは強いと思うんですけど、武力よりは智力で戦うタイプの武将。そんで思ったように援助が得られないことや、味方に犠牲を出してしまったことにいちいち落ち込みます。生まれ着いての英雄であるレオニダスもかっこいいですけど、わたしなどはどっちかというとテミストクレスのような苦労人タイプの方が感情移入しやすかったです。
そしてこのテミストクレスと対決するのが、先にも述べたエヴァ・グリーン演じるアルテミシア。邪魔者は表と裏の両方からバッサバッサと殺しまくる恐ろしい女傑ですが、なぜかテミストクレスにはそれなりに敬意を払っております。テミーさんの方でもアルテミシアの軍才には一目置いていて、敵軍の中へノコノコ出て行って、「お前の才能に勝ちたい」なんてことを言います。そんで意気投合した二人はそのままエッチしてしまったりして… えっ?
このお互いの才能に惚れあって「お前やるじゃねえか」「ふっ、お前こそ」と惹かれあう関係、ラブロマンスというより番長漫画とBLを足して割ったようでありました。そして二人が盛り上がれば盛り上がるほど、クセルクセスさんの影が薄くなっていきます。

以下ネタバレ

rock
rock
rock
rock

あまりこの辺の歴史に詳しくなかったわたしはてっきりレオニダスの敵をとってスパルタ軍がクセルクセスをぶっ殺して終わり… となるのかと思ったんですが、この映画、非常に「えっ」というところで終わってしまいます。
で、調べたら確かにクセルクセスこの時死んでないしね(笑) 彼がどういう最後をたどるかはご自分で検索して確かめてください。
あとペルシア戦争はこのあとにもう一回「プラタイアイの戦い」という山場があるのでそれでもう一本作ろうともくろんでいるのかもしれません。
3001ちなみにテミストクレスにもこのあと波乱に富んだ後半生があったり、さらにアテナイとスパルタが大々的にぶつかりあうぺロポンネソス戦争につながったり…とまだまだ面白そうなネタが転がっております。

『300 帝国の進撃』は現在中ヒット上映中。まだ二週間くらいはやってると思います。次は『300』よりさらに古い時代の『ノア 約束の舟』について語ります。

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July 01, 2014

怪獣王誕生 円谷英二・本多猪四郎 『ゴジラ』(第1作)

Img00683映画としては約10年ぶりの復活ということでガンガン盛り上がってきた『ゴジラ』。その前夜祭ということで、今から60年前に公開された第一作が大々的にリバイバルされました。先日日比谷まで行って観てきたのでご報告します。まずはあらすじから。

戦争の記憶もまだ新しい1950年代中ごろ。太平洋上で貨物船や漁船が次々に消息を絶つという事件が起きる。未知の生き物が関わっている可能性があるということで、古生物学者の山根教授は生存者のいる大戸島へ調査に向かった。そこで教授は驚愕すべき光景を目の当たりにする。山の陰から前世紀の巨大生物の生き残り「ゴジラ」が姿を現したのだ。やがてゴジラは海を泳いで東京へ上陸し、復興して間もない首都を火の海に包んでいく。

まあストーリーはいまさら語るまでもないというか、誰でも知ってる名作。わたしもいろんなところで聞きましたし、かなり昔ノベライズを持ってて繰り返し読んだりしてました。
しかしやはりいくら話を知っていても、怪獣映画というやつは実際に観てみないと真価がわからないものですね… 読むと観るとでは大違い、でありました。
まず大スクリーンで見るゴジラが怖い。整った造形の時もあれば、時々妙に崩れているときもあるんですが、それがまた怖い。リマスター版とはいえ不明瞭な部分も多い白黒の映像(特に夜のシーン)がまた怖い。そうした怖さが、本当は着ぐるみだとはわかっていても思わずそのことを忘れさせます。本当に巨大な何かが街を闊歩しているようにしか見えなくなります。
先に述べたノベライズでは山根教授の目を通して「泣いているように見えた」という一文があり、わたしはちょっとそこが好きだったんですけど、映画本編を観てみるとゴジラにはそんな甘っちょろい感情は無さそうな気がします。「泣く」ということだけでなく、一切の感情を超越した恐ろしい何か… そんな風に見えました。

少し前、この1作目は反戦映画か否か、みたいな論争が巻き起こりました。わたしはまず第一に怪獣映画であるけれど、その中にずっしりと社会的テーマを織り込んだ作品だととらえています。ゴジラが通り過ぎたあとの、傷を負い打ちしおれた人々の情景や、自分の発明が一層の殺戮を生むのではないかという芹沢教授の恐怖は、嫌でも「戦争を二度と繰り返してはならない」という思いを呼び起こさせます。
こういった真に迫った社会的テーマは、後続の作品にはほとんど受け継がれてませんねcoldsweats01 早くも第3作の『キングコング対ゴジラ』ではお気楽なプロレスショー的な雰囲気が満ちております。以後、時折風刺めいた要素の入ったものも作られますが、この一作目ほどわかりやすく重みのあるものはありません。これはゴジラシリーズのみならず、以後の怪獣映画すべてが追随できなかった部分と言えましょう。

あと21世紀の現代の目から見ると、1950年代の東京の町並みというのが見ていて楽しゅうございました。『ALWAYS』などでも当時の風景は描かれていますが、やはりCGで再現されたものと、実際の映像とでは微妙に違います。ファンタジーのように少々美化された景観も悪くはありませんが、白黒とはいえ本当にあった風景には力強い存在感がありますし、なによりスクリーンで見られたのは貴重な機会でした。

20080106190141『ゴジラ デジタル・リマスター版』はまだ今週4日までは上映してるところがちょこちょこありますね。BSプレミアムでも近々放映するようですが、やはりゴジラ映画はスクリーンで見てナンボのものだと思います。そして新作はいよいよ今月25日公開。胸が高鳴ります!


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