シロクマは出てこない レオス・カラックス 『ポーラX』
つい先日、惜しまれつつ閉館した吉祥寺バウスシアター。その名物の「爆音上映」というイベントに行かないかというお誘いがあったので、貴重な機会とばかりに行ってきました。お題はレオス・カラックス監督の『ポーラX』。あらすじから参ります。
森の中の屋敷で母と二人暮らす青年ピエール。覆面作家として人気を博し、美しい恋人と親友にも恵まれ、彼は幸福そのもののはずだった。しかし身の回りに怪しい女性の影がちらつきはじめた時から、ピエールの平穏はゆっくりと崩れ始める。ついにその謎の女性と相対した時、ピエールは自分と女との意外な関係を知る。彼女はピエールの腹違いの姉だと言うのだ…
カラックス作品としては4本目となる映画。ほかの長編もたまたま全部観てたので、ついでにリンク張っておきます。全然たいしたこと書いてませんが。
・『ボーイ・ミーツ・ガール』(1983) 『汚れた血』(1986)
・『ポンヌフの恋人』(1991)
・『ホーリーモーターズ』(2012)
『ポーラX』は1999年の作品。タイトルはシロクマとなにか関係しているように思われますが、wikiによりますとハーマン・メルヴィルの原作タイトル「"Pierre ou les ambiguïtés"の頭文字"Pola"に映画に使われた10番目の草稿を示すローマ数字"X"を加えたもの」だそうです。
というわけでこの映画、カラックスのキャリアの中では少し異質な作品。これだけが(大胆にアレンジしてはありますが)「原作付」なので。そして短編を除くとドニ・ラヴァンが主演でないのもこの作品のみです。
あと前三部作のアレックス君は、愛する女性にかなり依存しているようなところがありましたが、ピエール君はどちらかというと女性の方から依存されております。さして頼りがいがありそうなわけでもなく、けっこう自分勝手なのにも関わらず二人の美女から言い寄られているのは、やはり彼が美形で文才があるからなのでしょうか。
「後先考えずに衝動的に行動する」という点においてはピエールもアレックスとまったく一緒であります。家も母も恋人も投げ捨てて、なぜ彼は姉と離れた街で暮らそうと決意したのか。自分とは対照的に哀れな人生を歩んできた姉に負い目を感じたからか。あるいは直感的にこの女性と共に新しい世界に踏み出せば、創作のインスピレーションが得られそうだと思ったのか… なんとかそれまでにないものを生み出そうとあがくピエールの姿は、ジュリエット・ビノシュとの別れを経て映画監督として再起を図ろうとするカラックス監督の姿とも重なりました。
しかし傍から観てる側からすれば、ピエールの行き着く先は悲劇以外予想できません。実際彼に関わった人間はことごとく不幸になっていきます。正直言うとそういう映画を2時間見続けているのはけっこう辛うございました。主演二人が現在では故人というところも一層悲劇性を際立たせています。『ボーイ・ミーツ~』や『汚れた血』も悲劇といえば悲劇ですが、不思議と観ていてあまり暗い気分にはなりませんでした。しかし『ポーラX』はなんかこう、ひたすら陰鬱な気分になります。
ひとつ独特だな、と感じたのはこれが姉と弟のラブロマンスであるところですね。妹に恋してしまった…という話は割かしよくある気がします。昨今のライトノベルではそんな話が人気ですし、聖書の中にもそんなエピソードがあります。しかし姉に恋焦がれるというのは不勉強ながらあまり聞いたことがありません。浦賀和宏先生の『記憶の果て』くらいかな? あと全作観ていまさら気がつきましたが、カラックス監督は乗り物が好きですよね。時にゆったり、時に爆走する水・陸・空の乗り物のシーンが作品の中で定期的に出てきます。その辺の分析はあとで偉い人のレビューでも探して読んでみよう…
ぺシミスティックな空気に満ちた『ポーラX』ですが、それから13年後(…)の『ホーリー・モーターズ』はかなり軽快でぶっとんだ作品になっておりました。これでようやく監督も吹っ切れたと思っていいのかな(^_^; どんどん次回作の間隔が空いていくカラックスさんですが、次はそう間を空けずに新作を作ってほしいものです。
そうそう、噂の爆音上映について。込み合ってた関係でなんと最前列のスピーカーのまん前になってしまい、冒頭の爆撃のシーンでは死ぬかと思いましたが、そのあとは全体的に静かめの映画だったりので助かりました。そんでぼーっとしてきたあたりで大音量の演奏シーンがちょこちょこ入ってきて、ちょうどいい目覚ましになりましたね。
こういう変わったイベントをやってくれる映画館がなくなってしまうのは残念ですが、現在静かに復活への動きも進行しているようです。実現を祈っております!
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