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April 28, 2014

レッド・ウィング・ダウン ピーター・バーグ 『ローン・サバイバー』

20110一連の「アカデミー有力候補!と言われながら実際にはノミネートされなかった!」作品の最後の一本。もう公開終わっちゃってるっぽいですが… 知られざる「レッド・ウィング作戦」の真実を描いた『ローン・サバイバー』、紹介いたします。

2005年、米軍最強ともうたわれるシールズの精鋭4名は、タリバンの指導者を暗殺すべくアフガニスタンに潜入する。だが作戦遂行中に身を潜めていた彼らは、運悪く土地の羊飼いたちに見つかってしまう。生きて帰せば200人以上のタリバンの追跡を受けることになるのは必定。任務遂行のために、そして生還するために子供を含む民間人を殺すべきなのか。チームのリーダーがくだした決断とは…

監督はピーター・バーグ。この人もよくわからない人で『キングダム 見えざる敵』のような重厚な社会派作品を作ったかと思えば、『ハンコック』『バトルシップ』のような単純おバカなエンターテイメントも撮ったりする。で、今回の作品は実話が元になっているということもあって『キングダム』よりの作品。米軍人が主人公だとそれだけで反米派から「プロパガンダプロパガンダ」と言われたりするもので、本作品もそんな評価をよく見ます。
ただ監督は『キングダム』でいつ果てるともしれない報復合戦のむなしさを嘆いたりもしていたので、「米軍最強! 俺たちが正義だ!!」という主張の人ではないと思うのですよね。『バトルシップ』を思い出すとその印象がちょっと揺らいだりもするのですが(^_^;

わたしがむしろ印象に残ったのは、イデオロギー云々よりも「人の良心」に関してでした。たとえばシールズの隊長は国際世論のことも気になったんでしょうけど、自分を窮地に追いやるとわかりつつ一度つかまえた子供を解放します。「軍隊は人を洗脳する集団」みたいなことも言われますが、「無関係の子供を殺したくない」という思いまでは支配できなかったようで。あとタリバンを敵に回すと知っていながら、それでも主人公を命をかけて助けたアフガンの人たちもいます。立場も国も違えど、世界共通の「これだけはやっちゃいけない」というモラルは確かに存在するんだな、と思いました。そういうモラルが麻痺してしまう例もまた多くありますが…
あととかく人は「○○人はみんなこう」と考えがちですけど、ひとつの国の中にも様々な考え、立場の人がいるということも認識を新たにしました。わたしたちだって「日本人はみんなこう」と思われたら腹が立ちますからね。強いて共通点をあげるとするなら「みんな日本語を話す」ってくらいのものじゃないでしょうか。だから他の国の人たちもなるべくステレオタイプに考えないようにしたいものです。

映画は中盤あたりからとめどなく痛いシーンが頻出しますので、そういうのが苦手な人にはおすすめできません。幾らピンチとはいえ断崖絶壁から躊躇なくジャンプするシールズさんたちには背筋が凍りました。まあコツがあるのかもしれませんが、普通死ぬよね… でも着地してちょっと痛がりながらもまたガンガン戦闘を続ける主人公たちを見て、「シールズすげえ…」って思いました。
一方で地獄のような訓練を積み、最新鋭の装備を持っていても「ダメな時はダメなんだな」ということもよくわかる映画となっています。まあダメとわかっていてもやらなきゃいけないということも時にはありますけんど。

Rsvv2『ラッシュ』『大統領の執事の涙』『LIFE!』『ウォルト・ディズニーの約束』、そして本作と一連の「惜しくもノミネートされなかった」作品群、どれも見ごたえありました。その中では『ラッシュ』が頭一つ抜けて気に入っております。あと『LIFE!』を除いて全部「実話を元にした」話ですね。
そんなわけで『ローン・サバイバー』は主な公開は終わってしまいましたが、惜しくも見逃された「痛い映画」好きな皆さんはDVDか二番館での公開をお待ちください。先に原作『アフガン、たった一人の生還』を読んでおくのもよいかも。


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April 23, 2014

メリーさんの秘密 ジョン・リー・ハンコック 『ウォルト・ディズニーの約束』

Wdy1いやあ、『アナと雪の女王』、100億越えの大大大ヒットですごいですねえ。そんなアナ雪大ヒットの影に隠れて、同じディズニー関連なのにひっそりと公開を終えようとしている映画があります。名作『メリー・ポピンズ』の知られざる秘密に迫った『ウォルト・ディズニーの約束』、ご紹介します。

1961年、作家のトラヴァース夫人は、代表作『メリー・ポピンズ』映画化の交渉のため、イギリスからアメリカへと渡る。彼女は映画化にはあまり乗り気ではなかった。『メリー・ポピンズ』にはトラヴァース夫人の少女時代の辛い思い出が封じ込められていたからだ。オーストラリアでやさしい父親とともに過ごした少女時代と、60年代のディズニーとの激しいやり取りを交差させながらお話は進んでいきます。

きっといつの時代も原作者って映像化には複雑な思いがあると思うのです。単純に評価されて嬉しい、という気持ちもあるでしょう。しかし自分が込めた思いがきちんと反映されずに気落ちすることもあるのでは。ことに『苦○列車』の西村○太氏のような偏屈者の場合は。
トラヴァース夫人もよくいえば真摯な人なのでしょうけど、とにかく自作へのこだわりがものすごい。彼女にしてみれば巨人ディズニーに自分のメリーさんを好き放題されてたまるものか、という作家としての矜持があったのでしょう。傍から見てると「それくらいいいじゃん」と思えるようなことさえ一歩もゆずりませんw 「赤は一切使うな!」とかね。絶え間ないダメだしを受けながら映画を作らねばならなかったスタッフに感情移入すると、げっそりとやせそうな気分になります。というか、よく映画完成したよなあ… まあそんなものづくりの現場を社会科見学してるようで、面白くもあったのですが。
社会科見学といえば60年代のディズニーランドを見られたことも面白かったですね。今から比べればかなりシンプルですが、そこに集う人たちの笑顔は今の夢の国とも変わりなく(今の人が演じてるんですけど…)。わたしもちょっとスペースマウンテンもエレクトリカルパレードもないかの時代のディズニーランドで遊びたくなってしまいました。
もう一つ面白いというか興味深かったのはトラヴァース夫人がとにかくアニメを毛嫌いしていたこと。今はさすがに「アニメは低俗」という人も少ないでしょうけど、勃興期にはこういう風に「軽いもの」として嫌悪感を示す保守派もいたのでしょうね。

とまあ60年代編はいろいろ考えると楽しいんですが、少女時代編はズシーンと胸にこたえます。彼女がなぜ『メリー・ポピンズ』を書いたのか。その理由があまりにも悲しいものだったからなんです。以下は若干ネタバレくさいですが…
人は辛いとき、悲しいとき、フィクションに慰めを求めることがあります。文才のある人は叶えられなかった望みや理想を、フィクションの中でかなえようとすることもあります。『メリー・ポピンズ』もまたそういう作品のひとつだったということなのですね。そしてディズニーもまた『メリー・ポピンズ』を映画化することで、悲しい思い出に決着をつけようとしていたことが語られます。
トラヴァース夫人の父親もまた夢物語に逃げ場を求めた人でした。あまりにも優しくて繊細だったために、銀行の仕事に耐えられなくなってしまった彼は、酒を飲むことと娘と遊ぶことで現実の辛さをまぎらわそうとします。
わたしが実は一番共感したのがこの辺だったりして… いや、わたしはそれほど仕事に追い詰められてるわけじゃないですけど、それでも疲れて帰って来た時に小さな女の子が「遊ぼ~♪」と満面の笑みで駆け寄ってきたら、そりゃあもう「遊ぶ!遊ぶ!遊んじゃるわおりゃああああああ!!(# ゚Д゚) 」 …となります。
でもやはり子供を逃げ場にしてはいけませんね。これ、わたしの子供じゃなくて姪っ子のことなんですけどね。次は8月まで会えなそうなんですよね。会いたいなあふううううう…

なんか、さびしくなってきちゃったので今日はこれでおしまい。
20070826191216『ウォルト・ディズニーの約束』はそんなわけであと二日くらいで終わりそうなので、興味のわいた人は金曜までにがんばって観にいくか、名画座でかかるのを待ってください。

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April 22, 2014

熱き血のフィフティーン 『平成ライダー対昭和ライダー 仮面ライダー大戦 feat.スーパー戦隊』

090325_173351気がつけばいわゆる「平成ライダー」ももう15作目。そしてその前に活躍していた仮面ライダーも15人。というわけで東映さんがこんな企画思いついちゃました。仮面ライダーたちの年号をまたいだガチンコバトル『平成ライダー対昭和ライダー 仮面ライダー大戦 feat.スーパー戦隊』(タイトルなげええ)、ご紹介します。

ある日仮面ライダー鎧武・葛葉紘汰は、沢芽市の地下に地上とほぼ変らぬ世界が広がっていることを発見する。そこで彼は不思議な力を持つ少年、シュウと出会う。怪人に追われているシュウを助けようと奮闘する紘汰。その前に伝説の仮面ライダー「1号」が姿を現す。1号は鎧武をライダーとは認めず、シュウを引き渡すよう要求する。同じ頃時空の様々な場所で、「平成ライダー」と「昭和ライダー」の激突が始まりつつあった。

昭和ライダーと平成ライダーの違いは何か? それはぶっちゃけ「作風」だと思うのです。だって昭和グループに入ってる「シン」って平成4年発表の作品だしね…
で、どんな作風かといえば昭和はわかりやすい悪者たちがいて、正義の味方の仮面ライダーがそれをさっそうとやっつけるというもの。これは仮面ライダーが、というより当時のヒーローものがみんなこんな感じでした。そしてこのスタイルは主に平山亨プロデューサーが作り上げたものかと。
対して平成ライダーの方は自分は何と戦うべきか? 自分の戦いは正しいのか? と迷う場面が多く観られます。これは主に本作品のプロデューサーでもある白倉伸一郎氏の影響が強いようです。石ノ森章太郎先生が描かれた漫画の陽の面と陰の面を、それぞれ強調したような形になっています。でもまあ「弱い者を守る」という共通の柱では結ばれているわけです。

今回の映画には二つの目的があったように思えます。ひとつは「ヒーローの姿勢」について考えること。ヒーロー…特に仮面ライダーは万能の存在ではありません。すべてのかわいそうな子供を救えるわけではないし、時には目の前の人間でさえ救えないこともあります。しかしだからといって後悔し続けるのではなく、助けられなかった者たちのことを思いに刻み、なおも全力で戦っていく… それが仮面ライダーというヒーローなのでは、ということが語られていました。
もうひとつは昭和と平成のバトンをきっちり渡しておくこと。未だ仮面ライダー1号の藤岡弘、氏は健在ですが、永遠にアクションが可能かといえばそういうわけにもいきません。昭和世代でもライダーマンを演じた山口豪久氏は既に鬼籍に入られています。そこでまだ元気な昭和世代が残っているうちに、次の世代へとライダーの精神を受け渡す場を作っておきたかったのだと思います。

ただ… 今回はいつにもまして脚本が強引というかぶっとんでまして(^_^;その思いがどれほどの人に伝わったかは正直怪しいところです。東映特撮映画ともつきあいが長いので、ちょっとやそっとのことでは動じませんが、予想を上回る超脚本でしたw

それでもわたしは観てよかったと思ってます。それはこの映画に仮面ライダー555=乾巧が出ていたから。もちろんTVシリーズと同じく半田健人氏が演じています。
『555』という作品は平成ライダー中特に悲劇性の濃い作品で、主人公はやっと夢を見つけたにも関わらず、遠からぬ死を迎えることを予感させて物語を閉じます。
まあこの映画の世界とTVシリーズの『555』の世界とはまたパラレルワールドなようなんですが、それでも「前を向いて生きていこう」と決意する巧の姿に、10年ぶりに慰められたというか、希望を与えられた気がしたのでした。うんうん、いいもん見せてもらいました

Img00436まあそんな風に『555』に過剰な思い入れのある人にでもないとすすめづらいのですが、『仮面ライダー大戦』、まだ全国の映画館で上映中です。
東映さんが次に準備している特撮ヒーロー映画は、あの『人造人間キカイダー』を新生させた『キカイダーREBOOT』。予告編を見た限りではいつもよりだいぶ手間隙がかかってる様子でした。これは期待してもいいんですか!?


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April 16, 2014

0.090909… 中村尚儁 片岡翔 『1/11 じゅういちぶんのいち』

1111短編上映などでここ数年追いかけてきた片岡翔監督が、ついに商業長編で監督デビュー。勝手に応援していた身ではありますが、なんつーかこう、じ~んと来るものがありますなあ。そんなわけでちょっと離れたベルマーレの本拠地・平塚まで観にいってまいりました。『1/11 じゅういちぶんのいち』、ご紹介します。

とある町の高校の門で、毎日チラシを配る二人の生徒がいた。二人はサッカー部キャプテンのソラとそのマネージャーの仁菜。部員の足りないサッカー部になんとか人を集めるために、ソラと仁菜は地道に活動し続けるが、なかなか11人の枠は埋まらない。そんな二人を苦々しい目で見る元野球部の凛也。演劇部から借り出されてきた気のいい下級生の俊。ソラのまっすぐな思いが、いつしか彼らや他の部活の生徒たちにまで不思議な影響を及ぼしていく。

原作は『ジャンプスクエア』連載中のコミック。少年誌連載のスポーツ漫画というと迫力満点の試合のシーンが多いものですが、この映画ではほとんど試合のシーンはありません。ソラと彼に関わっていく人たちの心情を丁寧に追った作品となっています。

タイトルの『1/11』はもちろんサッカーチームの中の1名、という意味が込められていますが、この映画の主要人物がちょうど11名であります。ソラ、仁菜、凛也、俊、ソラにつきまとう四季、仁菜の両親、演劇部の部長とその親友、カメラを愛する千夜子、そして四季の母。出番の多い少ないはありますが、彼ら一人一人にスポットライトがあてられていきます。
メインのサッカー部のお話が、演劇部やカメラ女子のキャラにまで連動していくところが面白いですね。様々な高校生の話といえば『桐嶋、部活やめるってよ』がありましたが、『桐嶋』の各グループは連動するというよりも孤立していたり対立したりしてましたからね(笑) その辺の違いを比べながら観るのも一興かと思います。

さて、サッカー部のメインとなる男子たちはいずれも挫折を経験しています。いつもニコニコ笑って超然としているソラですら、一度サッカーから遠ざかっていた時がありました。しかし彼らを思いやる女の子たちに励まされて情熱を取り戻していきます。この恋というよりも純粋な思いやりが観ていて心地よかったです。
一方女子たちも単に応援するだけではなく、並行しながら自分の目標を追い求めていきます。そんな女の子たちの力強さに心打たれるというか、頭が下がる映画でした。

個人的に好きだったところは舞台となる学校の風景。まわりにあんまり建物がなくて山の中にぽかんと建ってるような感じなんですよ。そんな校舎に夕暮れ時や暗い時間、少年少女たちが一生懸命何かに打ち込んでいる姿が、微笑ましかったり懐かしかったり。
あと片岡監督は子供を撮るのが上手だな、と前から思っていましたが、本作品でも子供時代のソラとその友達のシーンはじんわりくるものがありました。ボールを抱える彼らの姿が氏の代表作『くらげくん』を思わせるところもあり。

というわけでわたしのようなオッサンにも十分心に訴える作品でありましたが、特に十代や二十代初めの若い人たちに観てほしいです。夢をかなえる途中で壁にぶつかったとき、きっとこの映画は何らかの励ましになると思うので。
余談ですが先日弟が日本代表にもなったU選手のチームメイトと飲んだそうです。彼から聞いたところによると、U選手は超人的なテクニックやスピードがあったわけではないけれど、「ここで決めなくてはならない」という時に必ず決めてくれる、そんな力があったのだとか。とてもかなわないと思えるような才能にあうことがあるかもしれないけれど、やっぱり最後にものをいうのはそういう「意思の強さ」なんじゃないかな…と。

1112ちょっと脱線した気もしますけれど、『1/11 じゅうぶんのいち』、ぜひ多くの人に観てほしい作品です。現在全国の映画館で上映中ですが、わたしの観た平塚では来週25日までとなっていますので興味を持たれた方はお早めに。上映館一覧はコチラを参照ください。


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April 15, 2014

職を捨て、旅に出よう ベン・スティラー 『LIFE!』

Life1とはいうもの、いまどき再就職も大変だよねえ… 俳優としても大活躍のベン・スティラーが1947年に作られた『虹を掴む男』をリメイク。『LIFE!』、ご紹介します。

ウォルター・ミティは世界的に有名な写真報道雑誌『LIFE』で、長年ネガの管理を担当している男。私生活ではいい年こいて未だに独身とさえないウォルターだったが、彼にはいつでもどこでもスイッチが入ると突然妄想に入り込んでフリーズしてしまうという特技?があった。
2007年春、『LIFE』誌は厳しい状況からオンラインのみでの発行となることが決定。大幅なリストラが断行される中、ウォルターは大事な最終号の表紙を飾るネガをめぐって窮地に立たされる。

序盤で驚かされるのはこのウォルターさんの妄想力ですね。駅のホームで、オフィスのど真ん中で、突然ラブロマンスやサイバーパンクのワンシーンをロールプレイングし始めてしまう。そんな彼の奔放なイマジネーションが楽しい一方、あまりにもちぐはぐで都合が良すぎる妄想に失笑させられましたcoldsweats01 しかし中盤あたりからウォルターは失われたネガを追い求めて、妄想並みの大冒険を実際に繰り広げることになります。

ベン・スティラーがこの前に撮った『トロピック・サンダー』と比べると、これでもまだ「だいぶ落ち着いたなあ」という印象を受けますが、「想像と現実」というテーマにおいては似通ったものを感じました。『トロピック・サンダー』では理想どおりの映像を作ろうとして色々苦労する話でしたが、この『LIFE!』も「こうなったらいいなあ」ということばかり考えている男の話。けれど二作品とも途中から主人公が自らの肉体を駆使して奮闘することによって、自分の殻を破ることに成功します。
あと『LIFE!』ではそこはかとないオンライン批判のようなものも感じられました。オンライン化を推し進める上司がすごくイヤミなやつだったり、意中の女性と話すためにSNSに入会しようとするウォルターを滑稽に描いているあたりなどに。
ただ妄想にしてもネットにしても完全に否定してるわけではなさそうです。妄想がウォルターが実際に冒険に踏み出すのを後押ししたり、SNSの担当者が彼を励ましたり助けてくれたりするところなどからそれが伺えます。要するにベンさんが言いたいのは「インドアで空想にふけるのもいいけれど、そこで終わるのじゃなくて、その空想をアクションを起こすための起爆剤としなければいけない」ということなのかな… 偉い人どうでしょう。

それはともかく、後半の水・陸・空と地球をまたにかけるウォルターの冒険は見ていて本当に楽しい。そして冒険を続けるにつれさえなかった彼の顔が、だんだんとひきしまった「男」のフェイスへと変貌していきます。この辺はベン・スティラーの役者としての見せ所というべきでしょう。まあ個人的にはベンさんにはあまりかっこいい役はやってほしくないんですけどね… 彼にはやはり『メリーに首ったけ』や『ズーランダー』のような挙動不審で微妙にキモいキャラでいてほしい。そんなベンさんが好きなんです(ごめんなさい)

Life2『LIFE!』は現在全国の映画館で上映中ですが、既にだいぶ一日の上映回が減ってきています。ので、興味の沸いた方はおはやめに。
ベンさんには次こそは懸案中であるという『ズーランダー2』を作っていただきたいもの。待ってますよ! ベンさん!

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April 10, 2014

アイスを溶かすのは愛っす クリス・バック ジェニファー・リー 『アナと雪の女王』

Ayj1ノリのいい主題歌からそこそこヒットはするだろうと思ってましたが、まさかここまでバカ売れするとはね… 今や社会現象とも言われているディズニー王道のプリンセスストーリー、『アナと雪の女王』ご紹介いたします。

近世ヨーロッパっぽい雪深い国アレンデール。その国の王女エルサは不思議なことに周りのものを凍りつかせる力を持っていた。エルサには仲の良いアナという妹がいたが、ある時その力のせいでアナは命を落としかけてしまう。以後、エルサは自らの望みもあり、城の一室に閉じこもりの暮らしを送るようになる。
それからしばらく後、国王夫妻は海難事故で帰らぬ人となった。エルサは女王として即位することになるが、彼女は戴冠式の際、もしあの「力」のことが公になったら…と不安に苛まれる。

…と書くとなんだか主人公はエルサさんみたいですが、どちらかといえば表のヒロインはタイトルにもあるように妹のアナさんの方です。『きまぐれ☆オレンジロード』に例えるとクールで影のあるエルサはまどかタイプ、陽気で惚れっぽいアナはひかるタイプ… って若い人にはわかりにくい例えですね。すいません。

昔は悪者がプリンセスをピンチに追いやり、ハンサムな王子様が颯爽と助けに現れる…という童話の世界を忠実に再現していたディズニー。ところが最近はこうした王道的な展開をひねくったような作品が目立ちます。『アナと雪の女王』では本当は悪者になるはずの「雪の女王」が同情を誘うような愛情豊かな女性として描かれています。じゃあ悪者はいないのかというと、これがなかなか意外なところから出てきます。
ほかにも『塔の上のラプンツェル』などディズニーご本家でこうした実験的な作品が増えたのは、ピクサーの創設者ジョン・ラセター氏が、デイズニー・アニメーションスタジオのCEOに就いたことが大きいかと思われます。その影響で最近はピクサーと本家の境界がだいぶあいまいになってきた…というより、ピクサーの方が力が抜けてきた感があります。長年のピクサーファンとしてはここらでいい加減盛り返してきてほしいものですが…

以下から本作品はおろか『ラプンツェル』までどんどんネタを割っていきますので未見の方はご注意ください。

わたくし先日ようやく『塔の上のラプンツェル』を観たのですが、いろいろ『アナ雪』と似通ったところがありました。
「ひきこもりで超能力を持った王女様が登場する」「馬系の生き物がヒーローを発奮させようとがんばる」「ヒーローは身体能力は高そうだけど社会的立場が低そう」「ヒーローが自分の幸福を投げ打ってヒロインを助けようとする」などなど。ただ決定的に違っていたのは「最後に魔女が罰を受けて死ぬ」というところでした。
『ラプンツェル』に出てくる魔女はエルサと違って罰を受けてもしょうがない理由があるんですけど、それでもヒロインと家族のような関係を築いていたことも確かで。そんなキャラクターを悪者とはいえあっけなく死なせちゃっていいものなのだろうか? 『アナと雪の女王』はそういった『ラプンツェル』における反省点を踏まえて作られたような気がしてなりません。

というわけで全編に「やさしさ」があふれた好感のもてる映画でしたが、2点ばかり「おや?」と思うところがありました。
ひとつは「一人でやっていくわ~♪」と氷のお城に閉じこもったエルサ様ですが、従者も何もいない状態でご飯はどうするつもりだったのでしょうか? 寒さエネルギーがみなぎっていればご飯なんか要らない体なんでしょうか… あるいは例の氷のトゲトゲで動物でも狩るつもりだったのか。その辺は想像の翼を広げて見過ごすことにしましょう。
もう一点はこの映画の「悪役」となるハンス王子です。最初かれは高感度100%のさわやかイケメンとして登場します。殺されそうになったエルサ女王を必死で助けたりしてるのですが、中盤過ぎから突然ダークサイドが発動。今度は自分がエルサを殺そうと躍起になります。あれ? それじゃ最初から見殺しにしとけばよかったんじゃ… 何がしたいのかてんでばらばらだよね? と思わずにはいられません。
この問題に関してはこういう考察があったりしてなかなか「深え…」と感じ入りましたが、わたしはもうちょっと単純に考えてました。
ハンス君はたぶん最初は本当に二人のヒロインのことを心配するいいやつだったのではないかと。でもあれよあれよという間に自分に権力が転がり込んで来て、このまま行けば長年欲しかったものが手に入るじゃない?ということに気づいてしまったんでしょうね。その時からさくっと心変わりしてしまったんだと思います。権力を手に入れると人が突然変ってしまうという例は、歴史上でもよくあることですからね。
そんなことは全然考えてなくて単にスタッフのキャラ設定が適当だったのか、それとも深い計算があったのか。気になるところですが、まあ好きなほうに考えるとしましょう。

わたしがこの作品で一番好きだったのはマスコット的なキャラクターである動く雪だるまのオラフ。こいつ、別にいてもいなくても支障のないキャラだし、空気を読まないギャグでいらっとしたりもするんですけど、大事な場面ですごくいじらしいことを言うんですよね。正直アナとエルサにはチラッとしか泣けなかったけど、オラフが「ぼくのことはいいんだよ」というくだりでは鼻水大噴出でした。おお~んcrying

Img00595このまま行くと『風立ちぬ』の記録も超えるか?というほどの『アナと雪の女王』は、まだ当分全国の映画館で上映されてるでしょう。めっちゃ少なかった3D版も公開劇場が増えたとか。わたしゃ平面版で観たのでできれば立体版の方も観てみたいなあ…


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April 07, 2014

ブラックボディに染められてるんだが、俺はもうロボかもしれない ジョゼ・パジーリャ 『ロボコップ』

Rbc180年代に人気を博したあの異色ヒーローが満を持して復活! 色々事情で遅れたものの、まずは無事完成・公開されたことを喜びましょう。『ロボコップ』(2014)、ご紹介します。

近未来、米国政府は紛争地帯の治安維持のため、ロボット兵器を投入。成功に気を良くした米国の右派勢力は、今度は国内の犯罪抑止に向け、その兵器を配備しようとする。だが世論は得体の知れない「ロボット」が警察となることに反発。軍とロボットを開発したオムニ社は、人々にロボットが受け入れられるように、人間とロボットのハイブリッドとなる刑事を生み出すことを決定。その白羽の矢が立てられたのは犯罪組織との戦いで重傷を負ったアレックス・マーフィー巡査部長だった。

オリジナル第一作は「悪趣味の大家」ポール・バーホーベンが監督だったゆえに、隠し味程度の風刺はあったものの、そんなに深いテーマはなかったように思えます。しかし今回はベルリン金熊賞をも受賞した社会派のジョゼ・パジーリャがメガホンを取ったせいか、国や大企業への批判が満ち満ちた作品となっています。
まず人命尊重というよりも、自分たちの権力を広げるために強引に兵器を導入しようとする政治勢力。そして彼らに協力する大企業。その代表者たちはマーフィーのことを実験材料くらいにしか思ってません。貴重な例として扱ってはいますが、保身のためならあっさり廃棄処分にしようとします。
そんなブラック企業の恐ろしさと並行して、「人を人たらしめているものとは何か」「いったいどこからどこまでが人なのか」ということも語られます。なんせ新ロボコップは頭部・心臓・片腕以外は全て機械です。全体の6割は失われているような状態。そんな風にただでさえアイデンティティが危うい状態なのに、ブラック企業はさらにマーフィーを洗脳して機械のように従わせようとします。加えて捜査のためにサーバーから大量の情報が彼の脳になだれ込んで来ます。心も体もじわじわ侵食されていくなかで、マーフィーは果たして自分の「個」を保てるのか? 保てるとすればその力となるのは何なのか? このあたりは『寄生獣』で「既にミギーにのっとられてるんじゃないのか?」と怯えるシンイチ君の姿とも重なるものがあります。

で、そこで重要となってくるのが「家族との絆」であります。この辺は旧作ではあまりなかった要素ですね。異形の体になっても家族を守ろうとするマーフィー。しかしもう彼はかつての彼ではありません。ほぼ全身金属のボディで自分の家に戻り妻子と会話するシーンは、こっけいでもあり、きまずくもあり、悲しくもなる忘れがたい場面でした。

そんな風に痛快さやカタルシスの代わりに重苦しさの方が印象に残ってしまう今作。時々悶絶するほどかっこいいシーンもあるのですが、それが「燃え」や興奮に微妙につながらないというか。
単純にスカッとする映画を作りたいのであれば、ラスボスはもっと滅茶苦茶に悪くてべらぼうに強い存在にすべきです。そうであればあるほど、倒されたときの快感は深いものになります。
しかしクライマックスでマーフィーと対峙するオムニ社社長は確かに悪人ではありますが、「ぶち殺して~」というほどの極悪人でもありません。戦闘能力にいたっては皆無に等しい。そんなやつを倒したところでなんかこう、釈然としません。もしかするとパジーリャ監督はあえてそういうわかりやすいカタルシスを避けたのかもしれません。

話は変りまして。今回改めて思ったことのひとつは、やはり欧米人にとって「ロボット」は怪物の一種であるということです。これはもうその名が作られたカレル・チャペックの戯曲『R.U.R』からしてロボットが人類を征服するという話なので仕方ないのです。日本では友達とか機械・乗り物の延長くらいにしか思われてない「ロボット」ですが、白人社会の人たちは自律して勝手に動く機械というものに、得体の知れない薄気味悪さを感じるようです。古い映画だと『2001年宇宙の旅』や『ウエストワールド』なんかにそれがよく現れていますね。もっとも『トランスフォーマー』や『アイアンジャイアント』のように愛すべきモンスターとして描かれている作品もありますが。

Rbc2新生『ロボコップ』は現在全国の映画館で上映中です。が…興行的にはちょっと厳しい模様。既に一日の上映回数が一回になってしまってるところもあります… がんばれ、ロボコップ!
ちなみにパジーリャ監督はあるインタビューで「子供たちはみんなヒーローになりたいと思うものだけど、ロボコップになりたい子なんていないだろ? そこがいいんだ!」と語っておられました。いや! 俺はなりた… やっぱいいかな。うんcoldsweats01


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April 02, 2014

ブレイク・ザ・ブロック フィル・ロード クリストファー・ミラー 『LEGO® ムービー』

Img00593すべてが最高! みんないい感じ!
最初に予告を見た時は「なんじゃこりゃあああ!?」と思いましたが、早くも今年度№1かもしれない映画と出会ってしまいました。全てがレゴで出来た世界で繰り広げられる、レゴたちの大冒険! 『LEGO® ムービー』ご紹介します。

レゴの町で建設作業員として暮らすおばかで陽気なエメットは、仕事が終わったある晩、現場で怪しい女の子を見かける。彼女に気をとられて転落したエメットが目を覚ましたとき、背中には奇妙なパーツが付いていた。その時からエメットはレゴ世界を支配する「お仕事社長」に狙われる身となった。戸惑うエメットは現場にいた女の子「ワイルドガール」に助けられる。彼女が言うにはエメットは世界の救世主で、背中のパーツはお仕事社長の秘密兵器に対抗する切り札らしいのだが…

わたしがなんであきもせずこんだけ映画を観ているかというと、ひとつには今までに見たことがなかったものを、あるいはこちらの上回る何かを見せてくれるかも… そんな期待があるから。そしてこの『LEGO® ムービー』はその期待に十分に応えてくれた映画でした。
まず「すべてがレゴでできた世界」。いままでこんなの見た事ないです。そしておもちゃのレゴの背景を活かして、近代都市から西部劇の世界、メルヘンの国と次から次へと楽しい場所へわたしたちを案内してくれます。まるでデ○ズニーランドを巡っているような気分にさせてくれます。
ディ○ニーといえばこの『LEGO® ムービー』、初期のピクサー作品に満ちていた「しっちゃかめっちゃか精神」に満ちています。劇中で「なんでここにバットマンがいるんだ!?」というセリフがありますが、この言葉がこの映画の性質をよく表しています。それこそ子供が遊びで脈絡もなく場違いな人形を寄せ集めたみたいに、時空を越えたコラボレーションが展開してるんですね。ガンダルフみたいな老魔術師や、スーパーマン、グリーン・ランタンといったJLAの面々、レトロチックな宇宙飛行士やマイリトルポニーのバッタモン、善悪二つの顔を持つポリスマン… 実在・架空・有名・オリジナルと、画面の橋から端までにぎやかな連中がひしめいております。そして映画ファンであればあるほど楽しめるベタなパロディが満載。気持ちよすぎて頭がおかしくなりそうでした(笑)
そしてそんな超キャラ立ちしたやつらの中にあって、主人公をつとめるのが没個性的な肉体労働者というのがまたいい… なんせ同僚からも「こんなやついたっけ?」「個性ってもんがない」と言われちゃうくらいシンプルなキャラです。そんな将棋の歩みたいなやつが有名人どもを押しのけて縦横無尽の活躍を見せるのですから、『美味しんぼ』じゃありませんが「うほーわしをこれ以上喜ばせんといてやー」と快感のあまり悶絶しまくり状態でした。

と、こんなにまでに無茶なサービス精神に満ちた本作ですが、それだけじゃないんです。単純なバカ映画としても間違いなく楽しめる一方、教育とか「理想の社会」に関するふかーいテーマもこめられているのです。
ご存知の通りレゴには一応マニュアルがあります。図の示す通りに作るなら箱の絵に沿った完成品が出来上がるわけですね。しかしそれはあくまで「ひとつの理想形」にすぎない。子供たちはそれを踏まえた上でさらに自由に発想を広げていくことができるわけです。大人たちはつい子供たちを理想の型にはめてしまいがちですが、事細かに指示することや禁止することよりも、お手本を示しながら「自分で考える力」を伸ばしていくことこそが真の教育といえるのではないでしょうか。子も妻もなく教職にもついてないわたしがこんなことを言うのもアレですけどcoldsweats01

で、こっからは若干ネタバレですが…

そんな深いテーマをどうやってレゴで示すのか?というとこれがチェコアニメのシュバンクマイエルを彷彿とさせるような思い切った実験を試みてまして。これまたこちらの想定をびょびょーんと越えていく超絶技巧なクライマックスでした。とにかく本当にすごい! とにかく騙されたと思って観て欲しい! 年に一回か二回会えるかどうかの、そんなごん太な作品でありました。

Img00592『LEGO® ムービー』はアメリカでは大ヒットを飛ばしているのですが、日本では『アナと雪の女王』や『ドラえもん』とぶつかったのが災いして、興行はあまり芳しくない模様。納得…いきませんよ!
世界は再生と破壊を繰り返しながら進化していく。硬直化した思想や変化を嫌う姿勢は何も生み出さない。この映画はそのことをわたしたちに教えてくれるのです(たぶん)

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