« February 2014 | Main | April 2014 »

March 31, 2014

河は流れてドロドロ行くの ジェフ・ニコルズ 『MUD』

Mud1今年で三回目となる『未体験ゾーンの映画たち』。昨年はこちらでも十本ばかり上映してくれたんですが、今回は代表的な一本だけがやってきました。でもそれが一番観たかったので良いのです。アカデミー主演男優賞に輝いたマシュー・マコノヒー出演の『MUD』、ご紹介します。

アメリカ南部。エリス少年は友人と探検に行った河の中の無人島で、MUDという風変わりな男に出会う。彼はある「用事」のためにその島に着の身着のままで滞在しているという。両親の不仲で気の塞いでいたエリスは、不思議な魅力を持つMUDにどんどん親しみを覚えていく。だがエリスはMUDを追って恐るべき男たちが町にやってきたことを知る…

ポスターには大きく「現代版『スタンド・バイ・ミー』」と書かれてるんですが、わたしが思い出したのは西部劇の名作『シェーン』。とある町にやってきたガンマンと少年の交流。心温まるエピソードが続く中、やがて男とならず者たちの対決の時が迫る…というあたりが。
ちょっとひっかかったのはMUDという男がそれしか手段がなさそうとはいえ、子供たちに危ないことをやらさせすぎなんですよ。いい大人だったら彼らが無法者たちに襲われることも考えて、「もう俺のことはかまうな」と遠ざけるはず。しかしこのMUDさんはよくも悪くも子供がそのまんま大人になったような男なんですよね。よく言えば純粋。悪く言えばずうずうしい(笑) そんな大きな少年のようなところに、エリスは友達として魅かれていったのだと思います。

個人的に「あるあるある」と思ったのはエリス少年の初恋のくだり。彼は三つ年上の高校生を好きになり、彼女もまんざらではない感じだったのですが、結局はエリスを「年下の男の子(ガキ)」としか見てないのですね。ひとしきりかわいがったあとガラッと冷たくなってしまう。
年上の女性に限らず、そして少年に限らずこういうことってありますよね。めっちゃ盛り上がって楽しいひと時を過ごしたから「俺のことが好きなんだな!」と調子に乗ってたら、次に会ったとき「いや、別に」みたくなってる(笑) ひどいや… ひどいよ… それとも単にわたしが非モテだからそういう目に逢うのでしょうか。

印象的だったのはエリス君がお父さんの運転するトラックの荷台から、通り過ぎる町並みを眺めるシーン。環境も友人も矢つぎばやに変わっていく少年時代を象徴するかのような場面でした。最近はSNSの発達でむかーしの友達ともひょっこり会えたりできますけど、それでもどこへ行ったかわからない友達もいたり。そんな古い友人のことを思い出してちょっと感傷的になったりしたのでした。

Mud2『MUD』は決して公開規模は大きくありませんが、日本の各都市でこれからも細々と上映される予定。アメリカ南部の風景や自然、R・R・マキャモンの小説が好きな人におすすめです。


| | Comments (0) | TrackBack (3)

March 26, 2014

ワタシの名前はワジダ ハイファ・アル=マンスール 『少女は自転車に乗って』 

Sjjn1サイクリング・サイクリング・ヤッホー・ヤッホー
なんとサウジアラビア初!となる記念すべき映画がわがジョ○ランド沼津でも上映されるというのではりきって行って来ました。『少女は自転車に乗って』、ご紹介します。

サウジアラビアでもっぱら母と二人で住んでいる少女ワジダは、幼馴染のアブダラに自転車の上からからかわれて、猛烈に「自転車が欲しい!」と願うようになる。しかし年端もいかない少女にとって自転車は高額。さらにサウジの社会で女子が自転車に乗ることは好ましくないこととされていた。ワジダは果たして幾多の困難を乗り越えて、自転車を手に入れることができるのか…

女の子が自転車に乗っている姿というと、『はいからさんが通る』やアニメ版の『時をかける少女』などを思い出します。若くはつらつとしたさわやかなイメージですね。しかし土地や時代によってはそうしたことに眉をひそめる風潮もあったようで。『二十四の瞳』や『若草物語 ナンとジョー先生』にそんなエピソードがあったかな? 
たしかに女子が自転車に乗ったらパンツが見えてしまうかもしれません。ですがそれならばズボンか長いスカートをはけばよいだけのことです。子供が思うように自転車さえ乗れずに悩んでいるのは、見ていてとてももどかしい。
そう、これ『少女は自転車に乗って』というタイトルですけど、少女が自転車に乗るまでが本当に長いんです…
サウジアラビアといえば「サッカーでよく日本と当たる」「石油がよく出る」ということと、映画『キングダム 見えざる敵』で知ったことくらいしか情報がありませんでしたが、「女性が大変苦労している」ということをこの映画を通じて知りました。このことに関してはわたしがああだこうだ書くよりもこの町山智浩氏の解説聴いていただいた方がよほどいいかと。女性の地位が148ヵ国中145位というのですからこれはまあ、相当なもんですねえ…
わたしは基本的によその国の習慣に別の国の人間がああだこうだいうのはよくないと思ってるんですが、これはそういうレベルをはるかに超えていると思いました。あとのんきに自爆テロが賞賛されているのにもドキッとするものを感じました。

とはいえそこに住み、暮らしている人たちはわたしたちとそれほど大きく変わっているようには見えません。普通の生活があり、家族を大切に思い、怒ったり笑ったりする。ことに子供たちの無邪気さはどこの国でも同じことかと。
欲しいもののために悪戦苦闘するワジダの姿は、息苦しい環境にあってもまことにほほえましく、「がんばれ!」と思わずにはいられません。
一方ムカーッと来るのが始終ワジダをガミガミ怒っている校長先生。まだそれなりに若くてきれいなのに、一体なんでそんなにイラついてばかりなのか。最近『きっと、うまくいく』や『モンスターズ・ユニバーシティ』など校長先生が悪者になる話が幾つかありましたが、この映画の校長が一番むかつきました(笑)

以下ネタバレで…

dash
dash
dash
dash

自転車をいよいよ諦めなければならなくなった時、ワジダはアブダラからさくっと「あげるよ」と言われます。これまでの苦労はなんだったのか… しかし喜ぶと思われたワジダはそれを断り、「それじゃ競争ができない」と言います。彼女は自転車が欲しかったというよりも、アブダラと対等の立場になって、その上で彼を好きになりたかったのかな…と思いました。Sjjn2かの国の女性にとってまだまだ状況は厳しいのでしょうけど、こういう映画を撮る女性も登場してるのですから、事態が改善するといいなあ…と無力な身なりに願うのでありました。
『少女は自転車に乗って』はわがジョイランド沼津ではあさってまで(…)上映中です。他のとこでも大体終わっちゃったようで、あとは群馬、宮城、ギンレイホールなどで公開される予定です。
タイムリーなことにさきほど「ためしてガッテン」で「自転車は心臓病を防ぐのにいい」みたいなことを言ってました。中年ですけど今度どこかへサイクリングにでも行ってこようかしら。チャリ~ンと


| | Comments (2) | TrackBack (3)

March 24, 2014

苦労執事 リー・ダニエルズ 『大統領の執事の涙』

Img00581毎年アカデミー賞の時期になると「最有力候補!」と宣伝されてるのに、いざ蓋を開けてみると「ノミネートされなかった…」という作品が幾つかあります。しかしそういう中にももちろんいい作品はあります。先日レビューした『ラッシュ』、そして今日ご紹介する『大統領の執事の涙』(邦題長いよ)がそうです。ではあらすじから。

20世紀初めのアメリカ南部。綿花農場で働いていたセシルの父は、横暴な領主に逆らったために撃ち殺されてしまう。セシルを哀れに思った領主の母は、彼が家の中で働けるよう「ハウス・ニガー」としての作法を教えたのだった。やがて成長したセシルは農園を出て、町で「執事」として働くようになる。そしてその働きを買われて、ついにはホワイトハウスに雇われることになるのだが…

突然ショッキングな場面からお話は始まります。しかし目を覆いたくなるのはせいぜい冒頭の10分くらいで、そのあとしばらくは平和で平凡な一家庭の風景が続きます。あまりの落差に戸惑わずにはいられませんでした…
原題は『Batler(執事)』。そのまんまです。けれど話の半分近くは執事さんの長男に割かれています。この長男というのがなかなかの親不孝者でして、過激なデモ運動ばかりに精出してお父さんを困らせるんですね。その身勝手振りには少々腹は立ちますが、わたしたちは彼の目を通して主だった黒人の政治運動の流れを追体験することができます。このあたりはなかなか勉強になりました。
一方お父さんのセシルは地道に勤勉に働くことによって、黒人の立場を向上することに努めます。劇中でキング牧師が「彼らはそうすることによって戦ってきたのだ」と語っていますが、セシルは息子とは180度違うやり方で同じ目標を目指していたわけです。また、彼の次男はベトナム戦争に参加することでアメリカ国民として認められようとします。
南北戦争のあとも米国の黒人たちはずっと人としての基本的な権利を、対等に扱われることを求めてきました。しかしそれにも本当にいろいろな試みがあり、そのどれもが忍耐を強いられるものだったことを思うと彼らには頭が下がるばかりです。それこそアカデミー賞受賞作品のタイトルではないですが、いつ来るともわからない夜明けをひたすら待ち続けるような、そんな戦いだったのではないでしょうか。
アメリカの事情には全く疎いので、今米国における黒人の立場がどの程度のものなのかはよくわかりません。もしかしたらそうした戦いも未だ続いているのかも。それでもオバマ氏が大統領になったことで、確実にひとつの目標を達したと言えるでしょう。
もちろんタイトルどおりに歴代の著名な大統領も次々と登場します。アイゼンハワー、ケネディ、ニクソン、レーガン… 自分のイメージとどれくらい違っているか確かめながら観るのも一興かと。

Img00583…とここまで書いてまいりましたが、『大統領の執事の涙』、近隣ではもう上映が終わってました(あちゃー)。興味を持たれた方は二番館の上映かDVD発売の情報をチェックしてみてください。
やはり黒人差別を扱った『それでも夜は明ける』も観たいんですが、相当ハードな内容らしいのでまだ二の足を踏んでおります…

| | Comments (2) | TrackBack (2)

March 20, 2014

マジカル・樽ルート・ツアー J・R・R・トールキン ピーター・ジャクソン 『ホビット 竜に奪われた王国』

51foe881fol__sl500_aa300_んんんー んーんんんんんー(「はなれ山の歌」だと思ってください)
ロード・オブ・ザ・リングの世界を再び銀幕に持ってきた『ホビット 思いがけない冒険』から早一年と二ヶ月。新三部作の第二作が本国からちょい遅れて公開となりました。『ホビット 竜に奪われた王国』、ご紹介します。ちなみに当初は『スマウグの荒らし場』というサブタイで予告されていました。

ドワーフたちの久々の帰省に成り行きで付き合うことになったホビットのビルボ・バギンズ。頭目のトーリンを仇とつけねらうオークたちの追撃をなんとかかわしたものの、行く手にはまだまだたくさんの難所や怪物たちが待ち受けていた。そして旅の目的地では最強の怪獣「スマウグ」を倒さなければならない。ますます困難を極める冒険の途中で、しかし引率の魔術師ガンダルフは「悪ィ、ちょっと用事思い出した」と姿をくらませてしまう。果たして知能指数があんまり多くなさそうな残りの連中だけで、ミッションはコンプリートできるのか? んんん- んーんんんんんー♪

すんません。今回はだいたいお話ばらしちゃってます。観た人だけ以下にお進みください。


二作目『竜に奪われた王国』を観て改めて思いましたのは、ドワーフさんたちがとにかく「すぐ捕まる」ということ。なんとかピンチを脱してもちょっと目を離すとまたすぐ別の何かに捕らえられてます。一作目から通算何回捕まっているのか数えてみましたが、わたしの記憶が確かならば少なくと5回はしばられるか閉じ込められたりしておりました。もしかしてドワーフって重度の「捕まりフェチ」なんでは…と疑いたくもなります。まあその度になんとか上手に逃走に成功しているのは大したものですけどね。LOTRではすでに『旅の仲間』の時点でポチポチ死人が出てましたが、まだ一人も犠牲者が出てないのも立派でございました。

前作『思いがけない冒険』との大きな違いは、主人公ビルボ・バギンズが立派に主人公として機能しているところでしょうか。旅のはじめこそドワーフたちのお荷物というか足手まといだったビルボですが、「スマウグの荒らし場」に近づくにつれどんどん頼もしくなっていきます。ビルボ演じるマーティン・フリーマン氏は別作品ではシャーロック・ホームズに「このニブチン!」とこきおろされてますが、こちらではうってかわって見事な機転や推理を働かせておりました。
一方ドワーフたちの方はビルボにおんぶに抱っこで、まるきり主体性がありませんでした(^_^; すぐあきらめたり、危険な作業をまかせたり、きれいなおねーさんにポーっとなったり… 「お前らやる気あんのか」と言いたくもなります。特にぶれまくりだったのがリーダーのトーリン・オーケンシールド氏。おまけに何か腹黒なことをたくらんでいるようでもあり… この辺は次回への伏線でしょうかね。

もうあと二つばかり不満点をあげておきます。一点は仕方がないとはいえゴラムが出てこなかったこと。代わりに旧レギュラーからレゴラスが出張してきていろいろがんばってましたが、わたしかっこいいイケメンとかあんまし興味ないしー 存在感やインパクトの点においてもゴラムと比べるとちょっと見劣りします。
もう一点は終盤ドワーフたちの対ドラゴン用秘密兵器としてとんでもないもんが出てくるんですよね。見た方はわかると思うんですけど、当然期待するじゃないですか。『パシフィック・リム』的な展開を。
ところがこれが原型をとどめていたのはわずか数秒ほど。イェーガーかと思ったら巨○兵だったのかよ!と。
まあ~わたしの期待するようなことをやったらさすがにやりすぎというか、おしまいという気がしますけど。それでもやってほしかったんですよ! もう!

…不満点というか完全に言いがかりですね。いや、この映画すっごく楽しかったんですよ。特に痛快だったのが樽やトロッコを利用したTVゲームのようなアクションシーン。ピージャクは前に『キングコング』も撮ってますし、絶対に『ドンキーコング』のファンに違いありません。
あとちっこい連中がちょこまか走り回って怪物に立ち向かうあたりは『ガンバの冒険』みたいでよかったです。わたし『ガンバの冒険』ものすごい好きなもので大変興奮いたしました。

すごくいいところで「バサッ」と終わってしまうのは完全に想定内だったので腹は立ちませんでした。これはまあ『スターウォーズ』旧三部作からの伝統ですよね。

20071126184957完結編となる『行きて帰りし物語』は来年のこのくらいの時期の公開となるようです。もっと早く見たいですけど、暮れのシーズンはライバルも多いので、少しずらした時期でトップを取ろうという配給さんの計画なんでしょうね。実際今回は初登場4位だった『思いがけない冒険』に対して、堂々の第1位を飾りましたし。
最後にレゴ版の予告のリンクを貼っておきます。これこそが本当の意味でのレゴラ(自粛)


| | Comments (4) | TrackBack (3)

March 14, 2014

オープン・ザ・プライス&ドア ジュゼッペ・トルナトーレ 『鑑定士と顔のない依頼人』

Kanteidan『ニューシネマ・パラダイス』が今もなお多くの人から愛されているイタリアの名匠ジュゼッペ・トルナトーレ。そのトルナトーレ監督の新作は、美術品の老鑑定士を主人公にした一風変わった恋愛ミステリー。『鑑定士と顔のない依頼人』、ご紹介いたします。

ヴァージルはこの道何十年という名鑑定家。彼は誰も気がつかぬ名画をこっそりサクラに競り落とさせて、自分のコレクションに加えて悦に入っていた。ある時彼の元に屋敷の美術品を鑑定してほしいという依頼が入る。約束の場に彼は向かうが、ものの見事に待ちぼうけを食わされる。その後も電話で連絡してくるだけで、一向に姿を現さない依頼人に激怒するヴァージルだったが、彼女の変わった境遇を知るにつれ次第にその素顔を見たいと願うようになる。

トルナトーレ監督といえば『ニュー・シネマ~』もそうでしたが、主にシチリア島を舞台とした「島映画」でよく知られています。しかし今回の作品はもろに街中・都市部が舞台。あまり彼らしくないな…と思いながら鑑賞にのぞみました。
けれど観てみるとやはりトルナトーレらしい要素が幾つかありました。ひとつは住み慣れた場所からいまひとつ外へ踏み出せない戸惑い・恐れが大きなモチーフとなっているところ。ヒロイン・クレアはある種の神経症からどうしても他人に会えない、家の外に出られないと嘆き続けます。そんなクレアが歩き回った後に転がっている謎の歯車。もしやクレアは…ロボなのか!? と島田荘司的展開を期待しましたが、果たしてどうだったでしょうか(笑)
あともう一個トルトレさんらしいところは、「切ない恋心」ってやつですね。言ってて恥ずかしいですよ! 大体もういいじいさんなのに若いピチピチの女の子に夢中になるってあなたは加藤茶ですか!? トシ考えろ! と言いたくもなりました。けれどまああまり女性に縁のない身としては、じいさんの胸のうちが非常によくわかってしまったりもして。ふうう。わたしもやがてあんな風になっちゃうんでしょうかねえ。

さて、こっからはネタバレで。

pen
pen
pen
pen
pen

壁の中からなかなか出てこようとしないクレア。しかし映画が終わってみると、実は外に踏み出すことを恐れていたのはヴァージルの方だったことがわかります。
ヴァージルはクレアにけっこうきつい仕打ちを受けるのですが、彼が自分の殻を破るにはこれくらいの荒療治が必要だったのかもしれません。生身の人間ではなく美少女フィギュア…じゃなく肖像画の方に安らぎを感じるというのはやはり人間として不健全です。ですからそこから抜け出すためには、オタクコレクションを一気に手放さなきゃいけなかった…ということなのですね。
これ、書くと簡単なことですが、実際にオタクがそこまで踏み切るのは相当なプレッシャーや覚悟を要します。何度か引越ししてそんな経験をしているわたしが言うのですから本当です(まあ手放したのは全部じゃありませんでしたが…)。
 「たとえ老人といえども、未来に向かって歩かなきゃいけないのだよ」という好きな漫画のセリフを思い出しました。
Hyugo2『鑑定士と顔のない依頼人』はたぶんまだ全国で公開中。たしか暮れくらいからかかってるのに、先日都内の某劇場で観たらほぼ満席だったのには驚きでした。


| | Comments (2) | TrackBack (2)

March 11, 2014

まだ逝かぬカウボーイ ジャン=マルク・ヴァレ 『ダラス・バイヤーズ・クラブ』

090116_183005早いモンで第86回アカデミー賞もさくさくっと終わってしまいました。その中で作品賞には届かなかったものの、主演男優賞と助演男優賞をかっさらっていったのがこの映画。『ダラス・バイヤーズ・クラブ』、ご紹介します。

80年代アメリカ。きままで放縦な生活を送っていた電気技師のロンは作業中事故にあい、病院に担ぎ込まれる。そこでロンは医師から、彼が既にエイズに感染していて余命一ヶ月しかないという衝撃の宣告を受ける。激しく動揺し、必死で生き延びる方法を探すロン。彼はメキシコで会った闇医者から、製薬会社の処方する薬品より裏で出回っている無許可の薬の方が免疫を高めるという情報を得る。その効果を身をもって味わったロンは独自のルートでそうした薬品を大量に仕入れ、エイズ患者に売りさばくことを思いつく。

冒頭で行われるロデオのシーンが象徴的であります。当時エイズに見舞われた人は遠からぬ死を待つほかない。ならばあっさりあきらめるか? それとも暴れ馬にしがみつくように、わずかでも生きる時間を延ばし続けるか… そんなロンの生き様を表していたのだな、とあとで気がつきました。
自分は「あと一ヶ月の命」なんて言われたら彼のようにあがけるかな、とふと考えてしまいました。それこそ重病ともたず馬から振り落とされてしまいそうな気がしてなりません。

ロンは「カウボーイ」であることにこだわり続けます。たぶん南部の男にとってはカウボーイこそが「男の中の男」ってやつだからなんでしょう。イギリスでいうところの紳士、日本でいうところのサムライみたいなもんでしょうか。
ただ最初のころの彼はやることなすことヘナチョコで、差別意識丸出しのカッコだけのカウボーイに過ぎません。ですが死の瀬戸際に立たされ、弱い人たちを思いやれるようになって真のカウボーイへと成長を遂げます。それを促したのが不治の病だというのがなんとも皮肉というか悲しいことですが…

あとこの映画は「オカマのすばらしさ」を描いた映画でもあります。ロンが変わるきっかけとなったのが病院で知り合ったオカマのレーヨンなのですが、このレーヨンがなんともいいヤツなのであります。
そういえば前に観た『レミントンとオカマゾンビの呪い』というフィリピン映画で、「オカマは陽気でオシャレで世の中を明るくするひとたち」と讃えられていましたが、レーヨンもそんなオカマの一人であります。ただ彼ら?が陽気で誰にでも優しいのは、差別を受けたり生きることの悲しさを人一倍知ってるからかもな…と映画を観ながら思いました。

『ダラス・バイヤーズ・クラブ』はアカデミー効果もあって上映館も増え、まだ当分公開してるものと思われます。
最後に主演のマシュー・マコノヒーについても少し触れておきます。わたしが彼の名を覚えたのは1997年の『コンタクト』。そのころは映画雑誌などで「さわやかなハンサムでキャーキャー」なんて書かれてたのですが、数年後の『サラマンダー』でいきなりこんな風になっててたまげました。
Bhymxyscaaa1kekツイッターでどなたかが「これで『サラマンダー』は二人のアカデミー男優賞受賞者が出演したすごい作品になった」とおっしゃってましたが、ここらで再評価の波が高まるとよいですね。
近日中にこちらではやはりマコノヒーが出演した『MUD』という映画が公開されるので、こちらも楽しみでありんす。


| | Comments (8) | TrackBack (6)

March 07, 2014

汝の敵(ライバル)を愛せよ ロン・ハワード 『ラッシュ/プライドと友情』

Rassyu1「レースとジェームズのラウダ」というタイトルも考えましたが、わかりづらいのでやめました。『アポロ13』『ビューティフル・マインド』と、知られざる実話を巧みに映画化することにかけては定評のあるロン・ハワード。本日はその「知ってるつもり!?」シリーズ最新作『ラッシュ/プライドと友情』をご紹介します。

1970年代、F1界で注目を集めていた二人の天才がいた。派手な性格で情熱的な走りを見せるジェームズ・ハントと、メカマニアで冷静なレース運びをするニキ・ラウダ。彼らはサーキットの中では順位を争い、外では舌戦を繰り広げる。そんな二人のデッドヒートが極に達した1976年のドイツGP。雨の中決行された本戦において思いもよらぬアクシデントが彼らを待っていた。

F1のことはそんなに知らないのですが、日本でブームになった90年代後半はわたしもちょくちょく見てたりしました。そんなわけでF1といえば思い出すのは若くして亡くなったアイルトン・セナ。思わせぶりな予告編を見て「これはどっちか死んじゃうのかな…」なんてひどいことを考えてました。
いまはもう少し安全基準も上がったのかもしれませんが、当時のF1は「年間2人が死ぬ」という狂った状況だったそうです。当然ハントもラウダも恐怖を感じるわけです。ハントなんて走行の直前に必ず吐いてるほど(笑) それでも死と紙一重のレースにこそ生きがいを感じている。やっぱり飛びぬけた才能を持っている人ってのは、どっかおかしいところがあるんですよ。そんな変人二人なんで最初のうちはどちらにも感情移入し辛いんです。スポ根漫画だったら主人公は大体好感の持てるキャラになってるんですけどね(^_^; しかし中盤のある「事故」以降は「ラウダもハントもがんばれ!」と、手に汗握って応援するようになってしまいました。監督、脚本、俳優陣の力量に見事にやられたという感じです。
以降はほぼ結末までネタバレで…

「競争」ってあまりいい印象の言葉ではないですよね。下手すると自分が勝利を得るためには相手を蹴落としてでも… そんなイメージすらあります。けれどこの映画では「競争」の最も美しい面が描かれています。「あいつに勝ちたい」という思いが想像を絶するような苦痛をも乗り越えさせ、重傷を負った体を驚異的なまでに回復させてしまう。時として競いあうことは絶望の淵から人を這い上がらせることもあるんだなあ…と。彼の主治医が言った言葉…「あなたのライバルを、神からの祝福だと思いなさい」…が胸にずーんと響きました。

一方でこの映画は「勝利」というもののもろさというかあやふやさも描いています。最終決戦においてラウダは自ら勝負を降ります。奇跡的な復活を遂げ、まだ充分レースができることがわかった。そのことだけで彼は充分満足してたのだと思います。
対してハントは念願の勝利を収めたあと、急激に勝負への意欲が失せてしまったようで。本当に欲しかったものを手に入れてしまうと、また新たな目標を見つけるのはなかなか難しいものなのでしょうね。
勝利よりも大切なものを見つけたラウダ。勝利し続けることへの熱意をうしなってしまったハント。富士GPでの決戦のあとの二人には、最高に盛りあがった祭りのあとのなんとも言えないさびしさが漂っています。
二人が激しくぶつかった1976年という年はF1において恐らく奇跡のような年だったのでしょう。しかし奇跡というものはそうそうあるわけではない上に、あっという間に終わってしまうものなので、それだけに彼らの名勝負のはかなさが際立ちます。

ちなみにウィキぺディアを見ると知りたくなかったことも二三書かれてます(笑) やはりこれは映画ですから、実話が元といっても脚色も色々あるでしょう。しかしそれまでオファーを断り続けてきたラウダが、「この映画は本物だと思った」と述べていますので、完全なる再現ではなくても、実際に起きたことの本質をつかんだ映画なのだと思います。

20060802195244『ラッシュ/プライドと友情』はアカデミー作品賞にノミネートこそされませんでしたが、選ばれた作品と比べて充分遜色のない作品だと思います。おすすめ。まだ公開されてるうちにごらんください。
それにしてジェームズ・ハント、幾らもてるからといってナースにモデルにCAを次々と…ってうらやましすぎだろ… ぼくも今からF1レーサーめざそうかしら。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

March 05, 2014

新・アスに向かって蹴れ! ジェフ・ワドロウ 『キック・アス/ジャスティス・フォーエバー』

Kajf1_2We are young! We are strong! We're not looking for where we belong!
3年前映画ボンクラの間で絶賛を浴びたあのなりきりヒーローと凶暴ロリヒロインが、満を持して帰ってきました。『キック・アス/ジャスティス・フォーエバー』、紹介いたします。
前作の記事はコチラ

ヒットガールとキックアスがマフィアのボス・ダミーコを葬ってから数年。キック・アス=デイブは平凡な高校生に戻っていたが、以前のような興奮を欲する気持ちが抑えられず、ヒーロー業を再開することを決める。
一方ヒットガール=ミンディは変わらず犯罪と戦い続けていたが、養父の強い願いに折れ、暴力沙汰から足を洗うことを約束する。
有力なパートナーを失って気落ちするデイブ。だがかつてのキック・アスの行動に励まされた者たちが彼の復帰を知り、マスクとタイツを身に着けて集まって来たのだった…

前作は主人公が日常から一歩飛び出して、異常な日々を送った後、また日常に帰っていく… そんなお話だったと思っています。いささか予定調和ではありましたが、全体的にうっかりちゃっかりしたカラーの作品だったので、そんなおとぎ話じみたENDが似つかわしくもあったのでした。
ところがどすこいです。現実では好きに暴力を振るいまくったら、そのまますっと日常に戻るのはとても難しいことなのです。
たとえば一度引退したデイブですが、正義の名の下に振るう暴力の快感を覚えてしまったら、そいつを忘れ去ることは至難の業なんですよね。この辺、ドラッグの惑溺性にも似たものがあります。
また、殴られた側もそのことを忘れてはいません。なんとか復讐を試みようとあの手この手をめぐらします。
前作がやや現実的なおとぎ話風の物語だったとすれば、『キック・アス/ジャスティス・フォーエバー』はそんな現実の難しさや厳しさがちくちくする映画でありました。

あと今回はキック・アスの仲間として適当ななりきりヒーローがたくさん登場します。前作は「思いつきだけでヒーローを初めてしまう」のがキック・アスだけだったし、そういうキャラが斬新だったので笑って見ることもできたのですが、実力も覚悟もともなっていないゆるキャラのような連中が群れをなしていると痛々しいことこのうえない。そしてそんなゆるゆるヒーローがうっかり暴力に手を染めれば、悲惨な事態が待ち受けていることも作品は教えてくれます。

なんだかネガティブなことばかり書いてしまいましたが、多少の「痛さ」に目をつぶれば痛快な映画でありました。特に成長したミンディちゃんが学校でいけすかないチアリーダー?とやりあうシーンは胸がスカーーーッとしましたねえ。ずっと封印していた「ヒットガール」としての素顔が復活するあたりでも拳を握ってしまいましたし。
あと前作で「レッドミスト」だった悪役「マザーファッカー」はやることがいちいち抜けていて、見ていてほほえましい。中途半端な正義の味方にはいらつくのに、中途半端な悪者には癒されるのはいったいどうしてなんでしょう。
マザーファッカーを半端な悪者だとすれば、あまりにも突き抜けちゃってるのがファッカー配下のマザーロシア。恐らく今作中最強のキャラかと思われます。見た目も怖いが腕力もすさまじい。そして女子というところがなぜか一層恐ろしさを引き立てます。

個人的に『ジャスティス・フォーエバー』で特に気に入ってるのはデイブとミンディの関係でしょうか。ミンディちゃんはそんじょそこらの悪党なんかよりもはるかに強いし、精神的にもかなりタフであります。でもそこは十代の女の子ですし、最愛のパパを亡くしたということもあって年相応に繊細な部分もあります。そんな無敵なヒットガールの支えになるのが、へなちょこで実力も乏しいキック・アスだというのがなんかいいjはないですか。ベタベタした恋人同士のようではなく、兄と妹、あるいは年の離れた友人のようなところがまたいい。『ミレニアム』や『バナナフィッシュ』のコンビにも通ずるものがあります。

Kajf2というわけでますます日常へと戻れなさそうなデイブとミンディ。原作者マーク・ミラーは未発表の第3部をもって『キック・アス』の真の完結とすると述べてますが、果たして映画の方は続きがあるでしょうか。ちなみに現時点で世界興収は一応黒字となっております。
『キック・アス/ジャスティス・フォーエバー』は現在全国のシネコンで上映中。一作目んときゃほとんど単館系みたいな扱いだったんだがなー 出世したなー


| | Comments (4) | TrackBack (5)

March 02, 2014

氷の世界の車窓から ポン・ジュノ 『スノーピアサー』

P1020358sパク・チャヌクに続けてハリウッド進出を果たした韓国映画の雄ポン・ジュノ。本日はフランスのコミック(BD)を原作としたそのディストピア映画『スノーピアサー』をご紹介します。

近未来、人類は温暖化を防ごうと大々的に化学薬品を散布した結果、世界全域を極寒の地へと変えてしまう。半永久的に走り続ける列車「スノーピアサー」に逃れた人たちのみが、人類の生き残りとなった。その最後尾に押し込められたグループは、上層階級の奴隷として最低限の食事と劣悪な環境を強いられていた。グループのリーダー・ギリアムとカーティスはより良い暮らしのために、列車の独裁者であるウィルフォードを倒すべく仲間たちとともに武器を取るが…

「雪原を走る列車」というとなんとなく川端康成の『雪国』が思い浮かびますが、内容的には小林多喜二の『蟹工船』の方が近いかもしれません。
ハリウッドデビューということでポン・ジュノのカラーが充分発揮されてるかあやしみながら鑑賞に臨みましたが、ちゃんとポン氏らしい要素があちこちにちりばめられておりました。
わたしが思う「ポンらしさ」とは、まずシリアスな場面で場違いとも思えるような変なギャグが入ってくるところ。『殺人の追憶』における「犯人はあそこの毛が全然ないやつなんですよ!」とか、『母なる証明』におけるカラオケ紹介シーンとか。今回でも中盤あたりでいろいろ炸裂してました。あと「こどもがひどい目にあう」とか、「権力(政府)は役に立たないか悪」という点もこれまでの作品と一緒でした。

一見王道のアクションものと見せかけて、徐々に変化球的な展開になっていくあたりもポン監督らしいといえばらしい。普通娯楽的に盛り上げるのであれば、ストーリーがラストに近づくにつれどんどん強い敵を出してくるものだと思います。ところが『スノーピアサー』ではバイオレンス面での盛り上がりは真ん中辺あたりで頂点を向かえ、あとは「この列車がいかにヘンテコか」ということを主人公たちの目を通して語り続けます。ひとつドアを開けるたびに、予想だにしなかった光景に唖然とするカーターたち。まるで次から次へとビックリ箱を開けていくような楽しさがありました。

この「スノーピアサー」という列車は世界や国の縮図でもあります。その中には様々な人たちが暮らしていて、軋轢もあれば内紛もあります。そして常に一定の状態にとどまらず変化を続けている=走り続けております。
作品の中では資本主義にしろ共産主義にしろ、多くの国家が抱えるであろうジレンマが語られます。国家は秩序を維持するために人々を管理し、法に従わせようとします。しかしそれが行き過ぎると国民を虐げて抑圧しているのと変わりなくなってしまう。かといって法や警察の力が弱ければ治安は荒れ、やはり弱者は苦しむことになります。観ている側としては弱き者たちのために立ち上がったカーティスを応援したくなりますが、やがてその行動が本当に正しいのかどうか、列車の先に進むほど彼と共に悩むことになるでしょう。

15635593そうそう、「結末がもやもやする」というのもポン・ジュノ作品の大きな特徴でありました。果たしてこの映画もそうだったのかは、自分の目で見て確かめてください。
『スノーピアサー』はまだたぶん全国の映画館で公開中。ただわたしの住んでるところの近くでは上映予定がなかったので、プチ遠い平塚まで車で観にいったら雪に苦しめられたのはいい思い出です。


| | Comments (0) | TrackBack (2)

« February 2014 | Main | April 2014 »