吾輩は泥棒猫である アラン・ガニョル ジャン=ルー・フェリシオリ 『パリ猫、ディノの夜』
『ベルサイユのバラ』『ノートルダムの鐘』『レミーのおいしいレストラン』… パリを舞台にした名作アニメも色々ありますが、この度また風変わりな1本がそれに加わりました。2012年のアカデミー賞アニメーション部門の候補ともなった『パリ猫、ディノの夜』ご紹介いたします。
ディノはパリに住む少女ゾエに飼われている勇ましい猫。先に父を亡くし、母は警察の仕事で忙しく、ゾエはさびしい毎日を送っていたが、ディノは彼女をなぐさめてくれる数少ない友人であった。ある日ゾエは好奇心に誘われて、夜の散歩に出かけたディノのあとをこっそり付いていく。ディノが向かった先はなんと警察が追っている凄腕の怪盗ニコの家であった…
原題は「UNE VIE DE CHAT」。直訳すると『猫の生活』ってとこでいいのかな? もしこの訳があってるのだったら、チャップリンの名作『犬の生活』をもじったのかもしれません。
最初はその独特なデフォルメ感覚に当惑させられますw 同時期に公開されている欧州アニメ『しわ』と比較するとよくわかるんですが、明らかに通常の人体のシルエットをくずして描いています。フランスだからというわけではありませんが、全体的にヌボーってしてる感じですし、おっぱいの膨らみ方もなんだか不自然。しかしそのシンプルで個性的な描線が画面にやわらかみをそえています。
やわらかみといえばこの作品は最近新作では珍しくなったフィルム上映でありました。わたしゃあまりフィルムとデジタルの違いがわかりにくい人間なんですが、久しぶりにアニメをフィルム上映で観てみたら、漠然とフィルム特有のじんわりとした色合いがわかってきたような。そういえば特にアニメに関してはデジタルとフィルムの差がはっきり出る、とどこぞのコラムで読んだ記憶があります。
ストーリーもハリウッドの作る冒険モノとはちょっと違います。米国のアニメ映画では大抵主役の動物キャラは愉快でかわいらしく、人語を話してストーリーをひっぱっていくものですが、こちらのディノくんはワイルドでミステリアスで、普通に猫語しかしゃべりません。というかタイトルにはなっているけれど、ディノ君は主人公ではないような。
お話をひっぱっていくのはゾエとスマートな怪盗ニコ。ディノは二人を結ぶキーパーソンならぬキーキャットであり、気の利くサポート役であります。映画ではなんでか猫がかっこよく描かれることはまれなので、その一点だけとっても貴重な作品と言えます。
あとディノと同じくらいしぶいかっこよさ漂わせているのは大泥棒のニコです。やってることはコソ泥なんですが、屋根を駆け抜け、大胆な手口で誰も傷つけずにお宝をゲットする仕事ぶりはフランスを代表する怪盗アルセーヌ・ルパンを彷彿とさせます。しかもたまたま知り合っただけの少女を救うために、危険を犯してギャングと戦う姿は大抵の女子であればコロリと参ってしまうでしょう。
一方でニコやゾエの母の敵となるギャングのコスタは見かけも行動も醜悪に描かれています。この辺のフランス人の微妙な善悪の感覚も面白いところ。泥棒であっても女子供に優しく血を流さないニコは善玉、同じ犯罪者なのに私欲のためには殺人もいとわないコスタは誰が見ても極悪人であります。こういう犯罪者の個性の書き分けなどは池波章太郎先生の『鬼平犯科帳』を思い出させます。そんな子供アニメには似つかわしくないフィルムノワールっぽさも、アニメ作品にしては珍しいです。
あとどういうわけか『ゴジラ』をオマージュしたようなシーンもあるので怪獣好きは観ておいた方がいいでしょう。そういや『ペルセポリス』でも一場面が映って?いたし、先の『ホーリー・モーターズ』でも音楽が使われていたり、フランスの文化人にはゴジラ好きが多いのかもしれません。親近感を感じます。
『パリ猫、ディノの夜』は現在東京は新宿ピカデリーのみで上映中。遠からずDVDも発売されるでしょうが、もっと多くの人にスクリーンで味わってほしいものです。
となりの画像はコスタ親分が狙うお宝「ナイロビの巨像」。うろおぼえで描いたので細部はやや異なるかもしれません。
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