カントク故郷に帰る 原恵一 『はじまりのみち』
『アイアンマン3』と並んで、今年上半期最も楽しみにしていた作品。『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』や『カラフル』で高い評価を得ているアニメ作家・原恵一氏が初めて挑んだ実写映画『はじまりのみち』、ご紹介します。
太平洋戦争末期、映画監督・木下恵介は、彼が撮った『陸軍』という作品が戦意高揚に水を差すという理由で軍からにらまれ、仕事をほされてしまう。憤った木下は映画会社に辞表を提出。故郷の遠州に戻り、病気の母の介護に専念する。しかしその地も空襲の危険が高くなり、木下家はそろって疎開することに。病気の母にはバスはきついと、恵介はリヤカーで運ぶことを主張する。
言うまでもありませんが木下恵介氏は実在の人物で、数多くの名作を世に残しております。『二十四の瞳』『楢山節考』『喜びも悲しみも幾歳月』… 恥ずかしながらほとんど観たことないのですが映画ファンならずともそのタイトルは聞いたことがあるのではないでしょうか。
このリヤカーでお母さんを運んで峠を越えた、という話も実話だそうです。
主な登場人物はこの木下監督とお母さんと、ユースケ・サンタマリア演じる恵介の兄。そして単なる脇役かと思いきやこの映画の肝とも言える名も無き便利屋の青年(演じるは濱田岳)の四人であります。
荷物運びのために雇われたこの青年は何かと不平が多く、恵介をイライラさせます(その恵介くんも必要以上にカリカリしているところがあり、観ているこちらまで渋い面になってきます)。
しかし映画を観ることで便利屋くんと道中を共にしているうちに、我々は次第に彼に深い親しみを抱きはじめます。
例えばお昼の休憩時、戦時下ゆえに食べられなくなってしまったカレーやビールを彼がいかにも美味しそうに「食べるフリ」をするシーンがあるのですが、その演技があまりに真に迫っていて、普通にそれらが食べられるわたしたちですら胃袋を鷲づかみにされる感覚を覚えます。
そしてくだらないことばっかり言ってた彼がふとした時につぶやいたある言葉をきっかけに、挫折のどん底にいた恵介は再起のきっかけをつかみます。
原監督はこういう「偉大なる凡人」を描くのが上手なんですよね。ぱっと見どこにでもいるような平々凡々な風貌で欠点も多々あるのに、いざという時主人公の支えになったり救いの手を差し伸べてくれるような存在。『クレヨンしんちゃん 戦国合戦』の又兵衛や『河童のクウ』のお父さん。『カラフル』の早乙女くんやお父さん。そしてヒロシです。
これまでも濱田君は伊坂幸太郎×中村義洋作品などで「いい俳優だなあ」とは思っていましたが、ここまで彼に号泣させられるとは思ってもみませんでした。主演の加瀬亮氏には申し訳ないけれど、彼よりもお母さんよりも濱田くん演じる名も無き便利屋くんがもっとも光り輝いていたように思えてなりません。
話変わって。原監督はこの作品においてかなり大胆な木下作品の引用をしております。普通の監督ならここまではやらないだろう…というくらい劇中に木下映画の映像が流れます。
この映画は決して欠点のない映画ではありません。音楽はちょっとくどく感じる箇所もあるし、先に述べたように人のふんどしで相撲を取っているようなところもなきにしもあらずです。
しかし誰のふんどしであろうと相撲を取っているのは当人であり、そして実に堂々たる取り組みを見せていただきました。今後原監督がアニメに戻ろうと実写を続けようと、彼の作品を追いかけていきたいです。
先日ちょうどテレビで木下作品にして日本初のカラー映画、『カルメン故郷に帰る』を観る機会がありました。これがしんみりするところもあるものの、実にヘンテコな作品でして。映画と実際の木下監督はイコールではないということは承知してますけど、あんなずっと仏頂面だった青年がこんな素っ頓狂な作品を…と思うとなんだか無性におかしかったのでした。
というわけで期待に十分こたえてくれた『はじまりのみち』ですが、かなりお客さんが入ってないようです・・・ どうして『パラノーマン』といいわたしの猛プッシュする映画はこけるんだろう。恐らく上映期間ももうあまり長くないと思うので、少しでも興味をもたれた方はぜひごらんください!
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