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April 24, 2013

悪いヤツほどイノセンス リッチ・ムーア 『シュガーラッシュ』

Sgrs1『RED』『エクスペンダブルズ』『アヴェンジャーズ』と豪勢な「大集合」映画が続くこのごろですが、今度はゲームの人気キャラが大集合? ディズニーが贈る本格的TVゲームアニメ『シュガーラッシュ』ご紹介します。

みんな大好きテレビゲーム。しかしそのテレビゲ-ムの中のキャラが、本当は一人一人自我を持っていたとしたら・・・ アーケードゲーム「フィックス・イット・フェリックス」のキャラのラルフは、悪役として来る日も来る日もビルを壊し、来る日も来る日もビルから投げ落とされていた。しかしラルフはいつしかそんな立場がいやになり、悪役をやめられたら・・・と思うようになる。ある日「フィックス~」の30周年記念パーティーに自分だけ呼ばれなかったことをきっかけに、彼の不満はとうとう爆発する。ラルフは善玉だけがもらえるメダルを持ってくることとひきかえに、みんなと同じマンションに住ませてもらえる約束をとりつける。そして別のゲームの世界へメダルを探しに行くのだが・・・

すいません。最初に「人気キャラ大集合!」と書きましたが、中心になっているのはあくまでオリキャラです。クッパとかパックマンとかソニックなどの有名キャラはカメオとしてその辺をうろちょろしてるだけ。でもちょうどゲームウォッチや初代ファミコンに親しんでいた世代としてはそれだけでも心和みます。
たぶんラルフは初代ドンキーコングあたりがモデルなんだと思います。ビルのてっぺんで吠えまくり、チンチクリンの修理屋にやっつけられる姿は本当に昔のドンキーコングそのもの。ただこの映画のメインの舞台となるのは、全てがお菓子でできた世界のレースゲーム『シュガーラッシュ』。こちらは『マリオカート』をもっとメルヘンチックにしたようなものでしょうか。

で、この映画のゲーム世界なんですがメルヘンの裏でなかなかに厳しい事情もあったりします。人気がなくなったり不具合を起こしたゲームは電源を抜かれて「消滅」。消えたゲームのキャラたちは難民や失業者としてケーブルの間で生きていかなくてはならないんですね・・・ 誰だよこんなシビアな設定考えたの!
一時は脚光を浴びても、人が集まらなくなればひっそりと消えていったり、暗黙のうちに善玉悪玉のキャラが決まってるあたりは芸能界とも色々通じるものがあります。 

最初に予告を見た時は「『トイ・ストーリー』と『モンスターズ・インク』を組み合わせたような感じだなあ」と思いました。『シュガーラッシュ』は確かにいい意味でこの二つの作品のスピリットを受け継いでおりました。人でないものたちの冒険を語りながら、生きることのさびしさとか人と人の絆が描かれているという点で。
ラルフは作中で執拗にメダルを欲しがるわけですが、なんでそんなにメダルを欲しがるのかといえば、それは「皆の仲間に入れてほしい」からなんですよね。そんな「悪者」の心情を思うとハラハラと泣けてくるのでした。
そんなラルフが「シュガーラッシュ」の世界で会うのが同じようにつまはじきにされてる少女ヴァネロペ。このヴァネロペがまた最初こそ強がって悪ぶってたりするんですが、ラルフに優しくされた途端に父親を慕う娘のようにデレデレになるんですね。これにやられないオッサンはいないと思います。いや、違います! わたしはロリコンじゃありません! ちょっとストライクゾーンが広いだけ・・・ じゃなくて純粋な意味でいとおしいんです!(何を言っても泥沼だな!)

お菓子らしくさわやかに毒々しい「シュガーラッシュ」のビジュアルや、迫力満点のレースシーンも見所です。あとラルフが途中で立ち寄る中に今風のCGバリバリのシューティングゲームの世界もあるんですが、そこでの彼の「いつの間にゲームはこんなに過激になったんだ!?」という嘆きには全く同意でした。あくまで好みの問題ですが、やっぱりTVゲームは単純なキャラが単純な背景をぴょんぴょん飛び回るようなものが一番痛快だと思います。

Sgrs2最近日本ではCGアニメはあんまるうけないので『シュガーラッシュ』もそうだろうな・・・と予想してたらこれがなかなかのヒットぶりで嬉しい誤算でした。やはりなじみのゲーキャラがうろちょろしてるのが効を奏したんでしょうか。
ちなみに今大人気のマンガ『進撃の巨人』の作者もこんな興味深いを書いておられます。そんな悲しい展望はいやだあああ!

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April 17, 2013

進撃のジャイアントキリング ブライアン・シンガー 『ジャックと天空の巨人』

G90ティム・バートンの『アリス・イン・ワンダーランド』の成功を受けてか、アメコミのヒットシリーズを手がけた監督のファンタジー映画が二本続きました。一本は先日紹介したサム・ライミの『オズ 始まりの戦い』。そしてもう一本が本日紹介するブライアン・シンガーの『ジャックと天空の巨人』です。

昔々、たぶんイギリスで。かつて天空から凶暴な巨人が地上を襲いに来たことがあった。だが王と僧侶の知恵と勇気で巨人たちは空に送り返される。
それから長い年月が経ったある日、農夫のジャックは市場で何者かに追われてる僧侶から、馬と引き換えに「すごい力を秘めている」という豆をもらう。案の定養父から激怒され、しょぼくれるジャック。そんな彼の家にまたしてもワケありそうな客が雨宿りに来る。客は家の事情で城から逃げ出した王女だった。巨人の話が好きだったせいか意気投合するジャックと王女。そんな時床に落ちた例の豆に雨滴が当たり、豆はたちまち天に届くほどにつるを伸ばし始める。

・・・そしてラピュタ(違)に住む怪物どもとの一大バトルが始まるわけです。原作は言うまでもなく有名な童話『ジャックと豆の木』。予告を見ていて「『ジャックと豆の木』に巨人なんか出てきたかな?」と思ったのですが、ネットで調べてみたらちゃんと出てるみたいですね。なんせも~だいぶ昔に読んだ話なもんですから。
ただ今回の映画は『豆の木』だけでなく、もうひとつ英国で親しまれている『巨人退治のジャック』という童話もリミックスしているようです。これまたジャックという農夫と巨人が出てくる話だそうで・・・ まぎらわしいぜ! もう!
整理するとジャックが空で巨人から逃げる話が『ジャックと豆の木』。地上で巨人をぶち殺す話が『巨人退治のジャック』(二人のジャックは別人)。そんでこの二つを無理やり混ぜたのが今回の映画・・・と。

先の『オズ』は幼女にも安心して見せられるほのぼの穏やかなファンタジーでしたが、『ジャック』の方は原題に「Slayer」と入ってるくらいなのでバリバリ殺しがメインのお話です。
わたくし前にある記事で「『パイカリ』『タイタンの戦い』がヒットして『三銃士』『プリンス・オブ・ペルシャ』が微妙な結果になったのは、後者にグロ要素が乏しかったから」と書きました。その論が正しいとすればグロ要素満載のこの映画なんか大ヒットして当然なはずなんですが、これが日本はもとより本国でもメタメタの大赤字となってしまったようで。
・・・・・
訂正。グロ要素さえあればヒットするってもんでもないようです(当たり前だ)。

でもグロ大好きな男児たちにとっては、なかなか面白い映画になっていたと思います。この映画の醍醐味は特に超能力ももたないボンクラ青年が、自分の十倍以上はある怪獣どもを倒していくところにあります。やっぱりちっこい者がでっかい者をぶったおすというのってなんとも言えないカタルシスがありますよね。マンガ『進撃の巨人』がヒットしてるのもその辺の理由によるものかと(わたしゃまだアニメ2話まで見ただけなんですけど)。
しかし常人が怪獣に立ち向かっていったら普通はぺしゃんこにされるのがオチです。では一体どうやって倒すのか? そこでものを言うのが昔話でおなじみの「とんち」ですw いやあ、ほんととんちも馬鹿になりませんね。一休さんや彦一どんのそれに比べるとずいぶんと殺伐したとんちでありましたが。

こういう「ちっこいもんがばかでかいもんを倒す話」、他に何があったかな・・・と考えてみたら和田慎二先生のマンガ『ピグマリオ』がありました。あと映画化もされた『GANTZ』にもよくあります。万が一怪獣や恐竜に襲われたときにうまく生き延びるために、この辺のマンガ。映画を研究しておくことをおすすめします。

まあわたしも正直言うと「しょせん『豆』の話でしょ」と小馬鹿にしておりましたが、けっこうこの豆描写がものすごくて。本当にこれほど豆ひとつでドキドキワクワクできる映画もそうないですよ! ビールに枝豆で観賞すれば一層味わい深いかもしれません。

Jtkk1『ジャックと天空の巨人』は大コケといってもまだ一応上映してますね。あと一週間くらいはやってそうです。
あとこの手のファンタジー映画ではジェレミー・レナー主演の『ヘンゼルとグレーテル』が今年1月に全米で公開されているのですが、日本での配給がなかなか難航しているようで。まあ今『ヘンゼルとグレーテル』を日本の子供たちが熱心に見たがるか言えばねえ。うーんうーん・・・

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April 15, 2013

地面の下にも三年 アニエスカ・ホランド 『ソハの地下水道』

20080203213453ポランスキー、キェシロフスキー、スコリモフスキーと、小国ながらスキーのつく名監督を輩出してきたポーランド映画界。とはいうものの・・・わたしこれまで映画館で観たこと1回もありませんでした。さいわい先日よく観にいく劇場で、アニエスカ・ホランド監督(あ、スキーつかない)の手によるポーランド映画がかかってたので、チャンスとばかりに観て参りました。『ソハの地下水道』、ご紹介します。

第二次大戦時、ナチス支配下にあったポーランド。特定の居住区に閉じ込められていたユダヤ人たちは、いつ殺されてもおかしくない状況にあることを感じ取り、ひそかに地下水道へ通じるトンネルを掘る。
やがて居住区に銃を持ったナチス軍が押し寄せる。トンネルへと逃げたユダヤ人たちは、たまたま出くわした地下水道の職人ソハに金と引き換えに案内を頼むのだが・・・

ブームに左右されず、定期的に作られ続けるナチスもの映画。しかしどれだけ作られても「こんな切り口が」「こんな実話が」と思わされる傑作が後を絶ちません。決して観ていて気持ちのいいジャンルではありませんが、それほどにこの史実には幾ら語っても語りきれない奥深さがあるのでしょう。
この『ソハの地下水道』の特色は主に支援者の目線からお話が語られているところ。被害者であるユダヤ人の視点で語られる映画はよくありますが、こういう題材のものはちょっと珍しいのでは・・・ と思いましたが御大スピルバーグ監督の『シンドラーのリスト』がありました。 でもシンドラーがそれなりの財力があってナチス高官も一目置かざるを得ない人物なのに対し、ソハさんは吹けば飛ぶような低所得労働者です。こっそりユダヤ人たちを援助してるのがばれたら速攻で銃殺刑でしょう。ではなんでそこまでの危険を犯してユダヤ人を助けるのか? まあそれはぶっちゃけ金のためだったりします(最初は)。あと「たぶんバレないだろ♪」という楽天的な性分も関係しています。
相手が困っているのをいいことに大金をふっかけるソハさん。「なんて野郎だ」と初めのうちは思います。まあこの時代は欧米全体で「ユダヤ人はキリストを死に追いやった守銭奴ども」みたいなイメージがあったので、「多少食い物にしてもかまわんだろう」と思うのが当たり前だったのかもしれません。
ところが途中からソハさんはあまり儲けがないのがわかったにも関わらず、必死になってユダヤ人のために奔走します。それはたぶん初めこそ「無関係のむかつくやつら」だったユダヤ人が、接していくうちに「かわいそうな友人たち」へと変わっていったからでしょう。見ず知らずの赤の他人も、顔を合わせ、話していくうちにいつしか情がわくというもの・・・だと思います。でもやっぱり幾ら親しくなっても、普通は命の危険を犯してまで助けようとはしないものでしょうか。そういうところでその人間の本質みたいなものが見えてくるような気がします。

あともうひとつこの映画が印象的だったのは、ごく普通の町並みの、ごく普通の人たちが暮らす中で、当たり前のように人々が殺されていくところ。ナチスものの映画も色々ありますが、厳粛に受け止めなければいけない史実と思いつつも、あまりにも私たちの日常とかけ離れているがゆえにいまひとつ現実味が感じられないのも確か。でも『ソハの地下水道』はそういった市井の風景の中でお話が進んでいくので、とても身近に感じられる作品でした。もし自分の住んでいる町で一部の人たちが迫害を受け、殺されていったとしたら・・・ そんな風に考えると背中を薄ら寒いものが走ります。もちろん現代の日本で同じような惨事が起きることはまずないでしょうけど、虐殺事件が起きた国の人だって前日までそんな悲劇が起ころうとは予想だにしていなかったはず。そう思うと「絶対ないとは言い切れないよな・・・」という気がしてくるのでした。

迫害から逃れ極限状況の中、共同生活を続けるユダヤ人・・・という点ではダニエル・クレイグ主演の『ディファイアンス』も思い出しました。あちらが「寒い・ひもじい」のがよく伝わってくるのに対し、『ソハ~』は「暗い・臭い」感覚が強調されています。どっちがマシかといえば・・・ どっちもイヤですね。はい。

Photo『ソハの地下水道』はさすがに概ね公開が終わってしまいました。というか数日後の19日にDVDが出ます。
実はわたしも水道屋さんの端くれなのですが、イラストのカリスマにはなれなくても、せめてソハさんくらいにはなりたいな、と思いました。


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April 10, 2013

1987年のサイドウェイ 吉田修一・沖田修一 『横道世之介』

Photo最初はぜんーぜん観る気なかったんですが、ネット等で「今年を代表する邦画」という噂を聞いて、「それじゃ・・・」と観にいってまいりました(流されやすい)。吉田修一原作・沖田修一監督のダブル修一が贈る『横道世之介』、ご紹介します。

1987年、長崎から大学進学のため、一人の垢抜けない青年が東京へやってくる。彼の名は横道世之介。バイトにサークルにごく普通の大学生活を謳歌する世之介。周囲は時に彼をうっとおしく思いながら、次第にその純朴な人柄に魅せられていく。
唐突に時は流れて現代。かつて世之介と親しかった人々はふと彼のことを思い出す。世之介は果たしていまどうしているのだろう・・・と。

世之介君の個性を説明するのは微妙に難しいです。まず彼は決して特別な人間ではありません。変わっているところといえば鳥の巣のような頭くらいで、そのほかは平々凡々でいかにもその辺にいそうな青年です。しかし彼には不思議と人を和ませる力があります。なんでかといえば彼は人にいらだったり怒ったりする表情をほとんど見せないから。かといって朝ドラによく出てくるような「他人の幸せがわたしの幸せなんです!」というキャラでもない。彼は自分に接する全ての人に優しいけれど、その優しさは暑苦しくなく、極めて自然体のものであります。

そしてこの彼の人となりは作品の主な舞台である80年代後半=バブル期を象徴しているようにも思えます。バブル期ってよく軽くて薄っぺらくて・・・みたいな評価をされます。確かにそういう側面や弊害があったこともぬぐえません。でも2013年の現在から振り返ると、とても和やかな時代であったなと思います。冷戦が終わって核戦争で地球が滅亡する脅威はなくなったし、景気はどんどんよくなるし、この先将来もずっと和やかなんじゃないの? ・・・そんな風に思えた時代。まあ今も日本は多くの国に比べればのんびりした国かもしれませんが、長引く不況や先の震災を経た今となっては、かつてのような無邪気さを取り戻せないことも確かです。

わたしがこの映画を観ようと思った動機は冒頭に述べたとおりですが、もう一つ原作が『悪人』の吉田修一氏だったから、というのがあります。しかし『横道』が平凡で和やかで性的に淡白なお話だったのに対し、『悪人』は犯罪がらみで哀切で愛欲ドロドロな内容。何から何まで対照的であります。
それでも不思議と通じる部分もありました。それは「儚さ」ということ。『悪人』の二人の愛がとても儚いものだったように、世之介と彼が生きた時代もまた、とても儚くまぶしいものでありました。あと両作品とも主人公の母親を余貴美子が演じております。

以下は大幅にネタを割ってますんでご了承ください。

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この作品があの新大久保駅乗客転落事故をモチーフとしていることもなんだか象徴的でありました。あの時代決して相思相愛というほどではなかったにせよ、日本と近隣の国の関係も極めて和やかでありました。しかしあの事件が起きた2001年以降、極東の国際関係はだんだんギスギスして参ります。まるで世之介の死と共に平和な時代が終わってしまったかのように。でも映画の中の人々が世之介を思い出して微笑むように、穏やかさを求める気持ちを忘れないでいたいものです。

観た時少し不思議に思ったのが、どうしてあんなに熱烈に愛し合っていた世之介君とショウコちゃんがさくっと別れてしまったのかということ。たぶん彼らはあのあと自分が打ち込むべき道を見つけて、そっちに熱中しているうちに疎遠になってしまったのでしょうね。これもまた青春のよくあるときめきメモリアルです。

Photo_2『横道世之介』はあんまし客入りが芳しくなかったらしく、すでに終わってしまったところも多々あり(^^; 名画座なんかで細々とかかってるので、見逃した方はその辺をチェックしてみてください。

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April 08, 2013

ヒューゴの不思議な熱演 ウォシャウスキー姉弟 トム・ティクバ 『クラウドアトラス』

Cdat1『マトリックス』一作目で天才ともてはやされたものの、その後はイマイチなウォシャウスキー兄(姉)弟(『スピード・レーサー』とか好きですけどね)。そんな彼らが『パフューム』(女子シンガーではない)のトム・ティクバと組んでまたなにやらけったいな映画をこしらえたという。こりゃあ観ねばなりますまい! それでは『クラウド・アトラス』、ご紹介します。

いつの時代のどことも知れぬ場所で。片目の老人は静かに六つの物語を語りだす。
19世紀の南洋を旅する若き奴隷商人。
第二次大戦前、作曲と同棲の恋人に情熱を捧げた青年。
70年代、原発に絡む陰謀に巻き込まれた美しき事件記者。
現代、罠にはめられて養護施設に閉じ込められてしまった老編集者。
近未来、奴隷として作られながら、数奇な運命により自我に目覚めるクローンの少女。
そしてはるかな未来、荒廃した大地で文明社会から来た一人の女性とめぐり合う孤独な男・・・ 
彼らは体にある流星のアザに導かれ、時代を超えて何度もすれ違う。

いわゆるひとつのオムニバス形式のようでありながら、各パートがザッピングしながら同時進行で進んでいき、同じ役者さんが各時代ごとに様々な役を演じているのがこの映画の特色です。あと前後する時代で微妙にかかわりあってるところも面白いです。
こういう作品、他に例がないわけでもないですよね。皆さん特に思い出すのは手塚治虫の『火の鳥』だったようですが、わたしはサイレント映画の『キ-トンの恋愛三代記』や、伊坂幸太郎原作の『フィッシュ・ストーリー』などを連想してました。小説『ハイペリオン』やマンガ『ビリー・バット』とも似たところがありますね。
まあクライマックスの盛り上がりで言えば『恋愛三代記』の方が上だし、各部のつながりでいえば『フィッシュ・ストーリー』の方がよく練られてます。それぞれのエピソードもどっかで観た(読んだ)ような話ばかりだし。例えば老編集者のパートは『カッコーの巣の上で』を、クローン少女のパートは『ブレードランナー』を思わせます。
それでも感銘を受けたのは、これだけジャンルがてんでバラバラの話を、よく強引にひとつの映画にまとめたなあ、ということ。6つのエピソードは時代も場所も隔たっていますが、「人は自由を求めて生きる」というテーマで串ダンゴのごとく見事に貫かれております。
あと役者さんたちの百面相のような特殊メイク&演技も秀逸です。エンドロールで誰が誰を演じていたかざーっと明らかになるのですが、それを観ていたら「皆さん、本当にお疲れ様でした!」という気持ちでいっぱいになりました。中でも演技賞をあげるとするなら、『マトリックス』で敵プログラムを演じていたヒューゴ・ウィービングに差し上げたいです。これ、彼の代表作といっても過言ではないかと。全パート皆勤賞なのにどこでも主役でない、というところがまた泣かせます。

どのパートもそれなりにハラハラドキドキしましたが、一番興奮したのは現代の老編集者のパート。ここ、他がシリアスな中でひとつだけギャグ調でなんか浮いてんですけどね(笑) それだけに波長が合ったというか。あと主役が最もかよわそうなおじいちゃんだったんで、特に手に汗握らされました。
他の部分ではジム・スタージェスの人種を超えた友情や、ベン・ウィショーの性を超えた愛情にホロリと来ました。わたしホモじゃないですけれど。

Cdat2いつの時代もどんな場所でも、人はホラ話を愛し続けるのだな・・・としみじみ思わせてくれる『クラウドアトラス』。残念ながら主要劇場ではぼちぼち上映終了です。興味を惹かれた方はお早めに行かれてください。
あと『キートンの恋愛三代記』、これも本当に面白いのでレンタルかどこかで見かけたらぜひ観てみてください。


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April 02, 2013

新・マカロニ用心棒 クエンティン・タランティーノ 『ジャンゴ 繋がれざる者』

Django1個性的な血みどろ映画で多くの熱心なファンを有するクエンティン・タランティーノ。その最新作は彼が初めて手がける西部劇。もちろん曲者のタランティーノのこと、普通の西部劇で収まるわけがなく・・・ ともかくご紹介しましょう。『ジャンゴ 繋がれざる者』です。

舞台は南北戦争に近い時代のアメリカ。無慈悲な商人に連れられて雪山を歩いていた奴隷ジャンゴは、突然現れた風変わりな賞金稼ぎシュルツの手によって自由を得る。標的の顔を知っているということでジャンゴを買い入れたシュルツだったが、腕っ節も射撃も達者なジャンゴにほれ込み、やがて彼に仕事のパートナーを任せるようになる。そしてどこかへ売り飛ばされたジャンゴの妻の救出まで買って出るのだが・・・

わたしもそんなに詳しいわけではないのですが、西部劇にも大きくわけてわりかし上品な「本家米国系」と、血みどろグジャグジャドロドロな「マカロニ系」とがあるようです。
「マカロニ系」とは60年代から70年代にかけてイタリアで作られた一連のウェスタンのこと。イーストウッドの出世作『荒野の用心棒』を初め、『続・荒野の用心棒』『続・夕陽のガンマン』『殺しが静かにやって来る』などの名作が作られました。マカロニ・ウェスタンの特色といえばなんといっても暴力描写が情け容赦ないこと(たまたま観た『荒野の1ドル銀貨』はそれほどでもなかったけど)。そういえば『カリギュラ』『ソドムの市』『食人族』もこのころのイタリア映画でしたっけ。どうして一昔前のイタリアってこう・・・ まあそれはともかく、この度の『ジャンゴ』はまさしくマカロニ・ウェスタンにオマージュを捧げた作品であります。そもそも「ジャンゴ」というのは『続・荒野の用心棒』初めマカロニ・ウェスタンで何度か用いられてきた主人公の名前だったりします。
そしてスイカがカチ割れたようにバシャッと四散する血しぶきも、明らかに本家アメリカン西部劇とは違うノリでありました。
しかし何から何まで旧作のコピーではなく、タランティーノ独自のアレンジも十分に利かせられています。まず目を引くのは当時奴隷だった黒人が主人公であるということ。このジャンゴの目を通して、当時アメリカでまかりとおっていたであろう残酷な奴隷への虐待がこれでもかというくらい語られます。
あと序盤はガンガンテンポよく進んでいくんですが、中盤になると彼お得意の長い会話シーンが多くなり、人によっては「ちょっとたるいなあ」と思われるかも。しかしまあこれが彼の個性といえば個性。ちょっとスイッチを切り替えて、イヤミタラタラのディカプリオの怪演ぶりを楽しみましょう。ディカプリオといえばこの映画のプレミアで来日したとき環境保護について熱く語っていたそうですが、そういうこと言うの役のイメージが崩れるんでやめてほしいと思いました。

そのディカプリオもよかったですが、わたしがとりわけ「面白え」と思ったのがジャンゴの師であり友ともなるシュルツ医師。もともと歯科医だったのに賞金稼ぎとなり、当時蔑まれていた黒人にさえも敬意をもって接するという実に興味深いキャラクター。彼を主人公にしたスピンオフを作ったら相当面白いものができると思うんですが。
たぶん作中で監督に一番近い存在がこのシュルツなんだと思います。ドンパチや黒人スターが大好きで、ひょうひょうとしていて、自分の欲望に忠実。というか、我慢が苦手w そんなところがよく似てます。
まあ米国とは無関係なわたしなんかは無邪気に楽しめるわけですが、こういう自国のもろ人種問題にふみこんでいる(そして表向きはエンターテイメントでもある)作品を観て、アメリカの皆さんはどんな気持ちになったのだろう・・・とそこが少し気になりました。今のところどっかの劇場で暴動が起きた、という話は聞いてませんが。

Django2『ジャンゴ 繋がれざる者』は関東あたりではそろそろ終わりそうな雰囲気なんですが、東北や北陸、九州・四国ではこれから本格的に公開されるようです。
『ランゴ』『カウボーイ&エイリアン』と変り種が続く西部劇。さらに予想の斜め上をいくような新作を期待してます。


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