熟年よ、拳を下ろせ パディ・コンシダイン 『思秋期』
秋を愛する人は 心・・・ 心なんだっけ? 『メアリー&マックス』『人生、ここにあり!』など、人生の哀歓をしみじみ感じさせる映画を続けて紹介しているエスパース・サロウ。去年の秋ごろから配給してくれているこの作品も心にずずーんと響くものでした。『思秋期』、ご紹介します。
イギリスの地方都市。ジョセフはいつも胸にいらだちを抱えているそんな男。そして不愉快なことがあるとたちまちその怒りを爆発させるのだった。ある時落ち込んでいたジョセフはたまたま立ち寄った雑貨屋の女主人、ハンナと知り合う。聞きなれないハンナの優しい言葉に思わず涙ぐむジョセフ。なかなか素直になれないものの、ジョセフは次第にハンナに心を開いていく。一方ハンナはジョセフの前では平静を装いながら、夫との間にある冷たい空気に悩み続けていた。
冒頭でいきなりゴツーン!と来るようなショッキングなエピソードがありました。これ、平気な人には平気かもしれません。けれどわたしにとっては不意にカウンターパンチを浴びせられたも同然で。映画が始まってものの数分で激しく落ち込んでしまいました。
以後はそこまでひどい衝撃を受けたシーンはありませんでしたが、絶えずヒリヒリとした緊張感を強いられました。グロい暴力シーンや流血場面はほとんどないのに、ラストまでどうにも落ち着かずに身もだえさせられる、そんな映画。ものやわらかな邦題やポスターからはおおよそ想像もつきません。
そんな大ショックを与えてくれた主人公ジョセフは、本来なら到底許せない人間なんですが、これがどういうわけか親しみを覚えさせる不思議な男でして。名優ピーター・マランの力もあると思いますが、そう感じた理由のひとつはジョセフの中に自分と似たものを感じたからだと思います。もちろん自分は怒りを感じたからといって暴れたりはしませんが、「暴れたい!」と思うことはあります。普段は理性や世間体でそういった衝動を抑えているわけですけど、そういった「枷」が完全なものかといえばいささかこころもとありません。怒りをはじけさせるマランさんを「痛快だ」なんて感じたりもしますし。
もちろん思うがままに暴れることでジョセフが幸福感に包まれるかというとそんなことは全くなく。むしろ心身共に深く傷ついていく一方だったりします。そしてジョセフを取り巻く隣の家の親子や親友、そしてハンナとその夫もおおよそ幸福とはとてもいえないような状態から抜け出せずにいます。本当に見事なまでに不幸な人々しか出てきません。
そんな彼らを見ていると、いわゆる「リア充」と呼ばれる人々も、一見しあわせそうな生活の裏側で深い悩みを抱えているのかもな、と思ってしまうのでした。
わたしがこの映画を観ていて思い出したのは先にもあげた『メアリー&マックス』。同じエスパース・サロウ配給だから、ということもありますが、感情をコントロールできないジョセフと内に非常にもろいものを抱えているハンナのコンビは、なんとなくメアリーとマックスに似た組み合わせだな、と思ったのでした。マックスも『思秋期』監督共にアスペルガー症候群であるというところも通じるところがあります。
ただ『メアリー~』は人形アニメだったので不幸の乱れ撃ちでも笑いながら観られたのですが、それを実写でやるとまあやっぱりドス暗い話になるわけです。こちらでは笑えるシーンはほとんどありませんでした。
この映画、原題は『ティラノサウルス』と言います。もちろん恐竜は出てきません。ジョセフが肥大化した亡妻の足音が「まるでティラノサウルスみたいだった」と語るシーンにその語はでてきます。なんとも不可解ですが、このティラノサウルスというのは各人の胸に宿る暴力衝動のことも表しているんじゃないかな、と感じました。こんな風に書くと野暮な気がしてなりませんが・・・
監督のパディ・コンシダイン氏はどちらかといえば俳優が本業の人で、これまで『ボーン・アルティメイタム』『シンデレラマン』『ホットファズ』などに出演されてたそうですが、まったく記憶にございません・・・ ともかくそういったアクション映画に出演してる俳優が、こういう暴力の末路を描いた人間ドラマを作ったことも興味深いです。
さんざん「暗い」「不幸」とネガティブな単語ばかり並べてしまいましたが、見ごたえ十二分にはありましたし、観られて良かったと思えた作品でした。
『思秋期』はこれからまだ回っていく映画館も幾つかあるようです。5月にはDVDも出る模様。
季節はぼちぼち春ですが、あえて秋を思うのもいいじゃないですか・・・
Comments
どうもです。
最近ブログがどうにもほったらかし状態で。。。 観ても落ち着いて書けないというか。Twitterとか、余計なもの見てる時間が多いのもあるが(笑)
さてこちら。こういう骨太な作品が少なくなってきて。その中でこういう真っ直ぐな直球な描き方は目立ちました。
これからの普通の中高年だって希望があるってことで、昨年myランキング堂々の1位!
今でも名画座でかかってるよ。
Posted by: rose_chocolat | March 23, 2013 09:20 AM
>rose_chocolatさん
ども。お疲れ様です。いろいろ受験などで大変だったみたいですね
わたしはいまんとこ映画館で観賞した作品は全部記事にしてるけど、これもいつまで続くことやら・・・
俳優出身の骨太監督というとそれこそイーストウッドやベン・アフレックなどが思い浮かびますが、コンシダイン監督の語り口は彼らよりも細やかでナイーブに感じられました
中年といえど、未来に生きねばなりませんよねえ
Posted by: SGA屋伍一 | March 23, 2013 09:38 PM
こんちは。冒頭のあれは驚きました。
そ、そんな主役、好きになれんだろ。
・・・でもなかった。ああ、犬好きじゃないからなあ、自分。
Posted by: ふじき78 | March 29, 2013 10:43 PM
>ふじき78さん
さすがに生き物を蹴り殺すということはないにせよ、怒りに任せてものに八つ当たりした結果「あーっ!!」となることはたまにありますよね
なんにしても犬好きには噴飯の映画でしょうね。一度ならず二度までも・・・
Posted by: SGA屋伍一 | March 30, 2013 09:33 PM
こんばんは。SGAさん。
これ、今頃の公開なんですね。随分遅いなあとは思いますけど、でも公開されて、良かった良かった!
入りはどのぐらいでしたか?
これ、難しい映画だと思うんです。テーマが砕きにくい。
すぐに分からない人も多いんじゃないでしょうか。
初めは、どうしてこれを選んだのだろう、と思いました。
でも、良く入ったなあと思います。東京ではね。
配給さんの努力の賜物ですね。
Posted by: とらねこ | April 08, 2013 01:02 AM
>とらねこどん
こんばんは。そういえば前にとらねこどんがレビューしたとき「恐竜は出ないの?」とかアホなコメントしたっけね・・・
こちらではこういう小規模公開の映画は三、四ヶ月遅れの上映で、大体二週間限定だったりします。お客は五人くらいだったかな・・・ ま、ここの劇場はいつもそんなもんなんだよ(^^;
最近のエスパースさんは『人生、ここにあり!』もそうだけど「デリケートな精神」というテーマで作品を選んでいるような気がします。次の作品もタイトルが『ヒステリア』だし
Posted by: SGA屋伍一 | April 08, 2013 10:41 PM