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March 29, 2013

真夜中のマヤ キャスリン・ビグロー 『ゼロ・ダーク・サーティー』

20070901094246いま世界で「最も男らしい女性監督」と噂され、82回アカデミー賞では『ハート・ロッカー』で監督賞・作品賞を受賞したキャスリン・ビグロー氏。その新作でこれまたアカデミー賞にノミネートされた『ゼロ・ダーク・サーティー』、先日観賞してきたの紹介いたします。ちなみにタイトルの意味は「深夜の0時30分」だそうです。

9.11以降、テロの首謀者であるウサーマ・ビン・ラディンを血眼で捜し続けてきたCIA。だが多くの関係者を捕らえ尋問を繰り返しても、その居場所はなかなかつかめない。そんななかパキスタン支局にやり手と評判の女性分析官マヤが派遣される。彼女はその熱心さで同僚達から敬意を得るが、それでもやはりあと一歩というところでビン・ラディンの影を捕らえられずにいた。そして次第に彼女の身の回りにもテロの危険が及ぶようになる。

前作『ハート・ロッカー』は政治問題を扱いつつも、スリル溢れるエンターテイメントとしても観られる作品でした。しかし今回はストーリー的に派手に盛り上げるような演出があるわけでもなく、事実のみを淡々と追っていくようなタッチ。なんせ映画で一番のキモとも言えるパートで、ヒロインがその場にいません(笑)。ところどころハラハラする場面もあるんですが、娯楽作品を観ている時の心地よい感覚ではなく、痛々しく気まずい気分でスクリーンを眺めておりました。それはやっぱり事実をなにがしか反映してるとはいえ『ハート・ロッカー』が一応フィクションだったのに対し、本作品はモロ実話だったからだと思います。もちろん実話ベースの映画でもワクワクドキドキ楽しめるものもあります。しかし実際のテロや拷問や死人が出た事件を真に迫った形で描くとなれば、普通はそんな無邪気な気持ちにはなれないでしょう。

大体この映画、冒頭から生ナマしい拷問場面から始まります。わたしこういうシーンだと決まっていたぶられる側に感情移入してしまうもので、たちまちゲンナリしてしまいました。そしてゲロッちゃったあとでテロリストと拷問係が交わす会話の、なんと気まずそうなこと(笑)
この場面ひとつとっても、アメリカ・・・CIAが正義の組織だとはとても思えず。幼い子供たちの目の前で容赦なく米軍が銃をぶっ放すシーンもあります。かといってもちろんタリバン側が一方的な被害者とも思えません。ただひたすらに「むなしいなあ」という思いがつのるばかりにございます。「じゃあお前はもっといい解決方法を知ってるのか?」と言われれば「知りません」というほかないのですけど。

そんな映画をなぜ観にいったかといえば、やはり骨太監督キャスリン・ビグローの手腕が観たかったということと、あれほどてこずっていたビン・ラディンの居場所をどのようにして突き止めたのか、興味があったからです。
そんなに興味を持って追っていたわけではありませんが、あのころ耳にするビン・ラディンの情報といえば「砂漠に隠れているらしい」とか「もう死んでいるかも?」とかあやふやなものばかりでした。そんでいい加減忘れかけたころに、突然「米軍が襲撃に成功した」というニュースを聞いて狐につままれたような気分になったのはわたしだけではないはず。
この作品を観るとCIAとマヤがどのようにしてビン・ラディンに一歩一歩近づいていったのかがわかるようになっております。
ただそれでもやっぱり疑問なのは、どうしてアメリカはビン・ラディンを拉致してアメリカに連れてくるのではなく、いきなり射殺してしまったのかということ。あとで処刑するにしても普通はまず生かして色々情報を引き出そうとするもんじゃないでしょうか。フセインの時だって無茶な形ではありましたが、一応取調べして裁判してそれなりの手順は踏んでたはず。それともすぐに殺してしまわないとそれこそ自爆する恐れがあったからか・・・
でもやっぱりこの強引な「処刑」に疑問を抱く人はたくさんいるようで、ネットで「ビン・ラディン偽者説・生存説」で検索すると色々出てきますね。

話を映画に戻して。ヒロイン・マヤを演じるのは新鋭ジェシカ・チャスティンさん。『ツリー・オブ・ライフ』のブラピ夫人役ではか弱くはかなげなイメージでしたが、こちらでは並み居る野郎どもを相手に一歩もひかず「F△ck!」を連発していました。「マヤ」さんだけに大した演技力だと感心しました。
そんなジェシカさんでとりわけ印象的だったのがラストシーン。ばらしちゃうので避難されてください。
ミッションが終わったあとでだだっぴろい飛行機に乗せられ、初めてハラハラと泣くマヤ。
自分が「殺した」ビン・ラディンの顔をまともに見たのがショックだった・・・とも考えられますが、どちらかといえばその直前のパイロットの「どこへ行きたい?」という言葉が関係しているような気がします。長年全力で打ち込んできた仕事をようやく終えたものの、充実感はなく、これから何も目指せばいいのかもわからない。涙の意味はそんなところかな・・・とわたしは受け止めました。


0dt_2『ゼロ・ダーク・サーティー』は観るのも書くのもモタモタしているうちに大体公開終わってしまいました・・・ が、これからかかるところも幾つかあるようです。わたしの行動範囲の静岡県清水町もそのひとつ。アカデミー賞関連映画も残すところはあと『リンカーン』と『ハッシュパピー バスタブ島の少女』くらいですかね。これらも楽しみです。

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March 25, 2013

猿と魔法使い:創世記 サム・ライミ 『オズ はじまりの戦い』

Oz1『オズ』といえば世界的に有名な名作童話シリーズ。まあわたしはあんまり知らなくて『ガンダムW』の敵組織が思い浮かんだりするのですが(←こんなキャラ出てました)、その前日談を『死霊のはらわた』『スパイダーマン』のサム・ライミが監督。『オズ はじまりの戦い』、ご紹介します。

エジソンが名を馳せていた時代、カンザスで奇術師として活動していた青年「オズ」は、色恋の問題で働いていたサーカスから気球で逃げ出す。しかし気球は乱気流に巻き込まれ、オズを遥か彼方の不思議な国「オズ」へと運んでいく(ややこしいので以降は青年の方を小津とします)。そこで小津は純情な西の魔女と遭遇。彼女と姉の東の魔女は、国と同じ名前の魔法使いがオズを救う・・・という預言を小津に語って聞かせる。財宝に目がくらんだ小津は深く考えもせず、国に荒廃をもたらしているという南の魔女の退治を引き受けるのだが・・・

西、東、南ときて北だけがありません。ならばオズが「北の魔法使い」に当たるのか?と思いましたが、その辺の設定にはこんな変遷があったようです。まあこの称号にはあまり深い意味はなさそうですね・・・

この映画、わたしが豪快に寝てしまった「『アリス・イン・ワンダーランド』のスタッフが送る!」という触れ込みで宣伝してました。が、かぶってるのは製作の一人(ジョー・ロス)と音楽(ダニー・エルフマン)くらい。いくら『アリス』がヒットしたからって、あこぎな商売しますな~ ただ先日ハナクソをほじりながらその寝てた『アリス』を観ていたら、驚くほどストーリー展開がいっしょだったのでちょっとビックリしました。
結婚という問題に突き当たった主人公が、ヘンテコな生き物が住む魔法の国に迷い込み、女王たちの争いにまきこまれる。で、周囲から救世主として期待されるものの、「わたしはそんな大した者じゃない」とそれを否定します。しかしヘンテコな生き物たちと触れ合っていくうちに自分の使命に目覚め、本気でその国を救いたいと願うようになる・・・・そこまで一緒です。 脚本家よ、パ○るならもっとわかりにくいようにやらないと!

でもそんな兄弟のように似た二つの作品をいろいろ比較してみるのもまた面白いものです。まずバートンのアリスは凛とした少女が主人公でしたが、こちらはかなりいい加減そうなニヤけた青年です。スパイダーマンのころから思ってましたが、どうしてこうジェームズ・フランコって笑顔がやらしいんでしょうね。
あとバートンのセンスがかなりシュールで人を選ぶのに対し、ライミの方は子供たちにも親しみやすいような世界観を築いていておりました。この辺は原作のカラーの違いもあるかもしれません。
それと『アリス』がなんだかんだ言って最後はジャバウォックを斬殺していたのに対し、こちらは徹底して不殺を貫きます。「戦争はするけど殺しはいけない」 世の中そんな戦争ばかりだったらいいんですがね・・・ こういうのあんまりライミらしくない作風ではありますが。

そしてもう一つ大きな違いに・・・ あ、これは結末に関してなんで未見の方は読まないでください。

typhoon
typhoon
typhoon
typhoon
typhoon

こういう異世界に迷い込んじゃった系のファンタジーというのは、大抵主人公が現実世界に戻ってきて大団円となります。『アリス』もそうでしたし。てっきり小津もそうするのだとばかり思っていたら、帰りそうなフリして結局こいつ帰らないんですよ! おいおい、現実世界の恋人はほっぽらかしか?
まあわたし知らなかったんですけど小津さんというのはオリジナル?の『オズの魔法使い』でもかなり重要なキャラとして出てくるそうですね。じゃあ帰らせるわけにもいかないか・・・と思いつつも、ちょっと釈然としないものを感じました。

しかし全体的にはヘンテコな生き物とキュートな美女と小津君のハッタリが非常に楽しい映画でした。個人的な萌え具合としては
陶器の少女>>飛び猿=ミラ・クニス>ミッシェル・ウィリアムズ>レイチェル・ワイズというところ。特にこの陶器の女の子はもう本当にかわゆうてかわゆうて。ああもう、俺もアロンアルファで修理してやりてえ!と思わずにはいられません。
Acomes_39469そんな『オズ はじまりの戦い』は日本ではそんなでもないんですが、本国では大ヒットを記録。はやくも続編が決定したそうです。ただライミは「続編ものには興味がない」ということで関わらないそうです。そんなライミの次回作は『死霊のはらわた』の続編だそうです。だからどうしてそうすぐばれるウソをつく!!!!


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March 22, 2013

ロシアより弾をこめて ジョン・ムーア 『ダイ・ハード/ラスト・デイ』

Scan2昨年から「何をそんなに生き急ぐ?」とばかりに出演作が目白押しのブルース・ウィリス。そして彼の原点たるこのシリーズも復活しました。『ダイハード/ラスト・デイ』ご紹介します。

21世紀も干支が一回り過ぎた現代。未だ現役(!)の敏腕刑事マクレーンは行方不明だった息子がロシアのモスクワの刑務所に収監されていると聞いて会いに行く。折りしもロシアでは大富豪ユーリ・コマロフの政治スキャンダルをめぐる裁判が行われようとしていた。マクレーンが裁判所に着くや否や、突如として爆破と銃撃戦が始まる。混乱の中マクレーンは息子のジャックと再会。そして彼がCIAの潜入捜査をしていたことを知る・・・

最初の2作こそほぼピンでがんばっていたマクレーン=B・ウィリスですが、年を取るにつれきつくなってきたのか、三作目以降はバディものとしての側面が強くなってきた『ダイ・ハード』。『3』では黒人の雑貨屋さん、『4』ではオタク青年がパートナーでしたが、この『5』では息子と共にド派手なアクションを繰り広げます。前2作の相棒は戦闘に関しては素人でしたけど今回の相棒は若干頼りなさげとはいえCIAの一員なので、マクレーンもかなり楽そうでした。

実は今回ネット上(主にツイッター)ではずいぶん評判が悪くて、公開前日にはあんなに盛り上がっていたファンたちが、観賞した途端テンションをガクーーーーンと下げていて、封切り日はさながらお通夜のような状態でしたcoldsweats01 映画ってやつは必ずしも自分の期待にこたえてくれるとは限りませんが、それにしたってこんなに極端な例もちょっと珍しいです。実際、予告編見た時は普通にいつもの『ダイ・ハード』のように見えましたしね。

理由はいろいろ考えられますが、ひとつには前述したようにマクレーンが「楽してる」ように見えたからかもしれません。いや、もちろんダイ・ハードですからアクションしてないわけじゃありません。でもほとんど銃撃戦とカーアクションがメインで、取っ組み合ったりよじ登ったり全力でダッシュしたりというのはちょびっとだったような・・・ 派手な飛び降りはありましたけどあれはたぶんスタントかCGでしょうし、本人がやってるにしても飛び降りってあんまり体力は要りませんからね(じゃあお前はできんのかよ!?)

ただわたしは思いっきりハードルを下げて観にいったせいか、普通に楽しめました。考えてみたら、わたしダイ・ハードに思い入れはあってもこだわりはないですからねえ。「ダイ・ハードはこうでなきゃ!」という気持ちもわからないではないですが、ウィリス氏もあと二年で還暦。スケジュールもかつかつのようですし、多少は楽をさせてあげたいです。モスクワでのカーチェイスは迫力ありましたし、中盤での逆転劇もなかなかスカッとしましたしね。クライマックスの方も少々流れ作業みたくなってる感はありましたが、それなりにドッカンドッカン爆発してましたし。

それにしても前作からもう6年、私が最初に映画館で観た『2』からは23年ってマジですか・・・ ウィリスさんほどでないにせよ、わたしも年をとるわけです。でも多少は動きがゆるくなっても未だにアクション映画で主役張ってる彼を見てると、「まだまだがんばらないかんなあ」という気にもなってくるわけです。早くも次回作の構想もあるようですし、『ダイ・ハード』も『男はつらいよ』並みの長寿シリーズにしてほしいものですね!

Scanおまけに豆知識をひとつ。『ダイ・ハード』シリーズ、実は『2』以降邦題と原題がちょっと違っていたりします。わたしのいい加減な英語力で直訳してみますと
・『Die Hard』→「死ににくい」
・『Die Hard 2: Die Harder』→「死ににくい2:より死ににくい」
・『Die Hard: With a Vengeance』→「猛烈に:死ににくい」
・『Live Free or Die Hard』→「生きやすいか、死ににくいか」
・『A Good Day to Die Hard』→「死ににくいのに絶好の日」
となります。受験生の皆さんはどうぞ参考にしないでね!


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March 15, 2013

痛快ビックリダディ ケン・スコット 『人生、ブラボー!』

Jisb1ひところ「幸せ」とつく邦題の映画が多かったですが、最近「人生」とつく映画もまた多いですね。『人生はビギナーズ』『人生、ここにあり!』『人生の特等席』『人生、いろどり』『わたしの人生』『アルバート氏の人生』『よりよき人生』・・・
私が観てるのは『人生、ここにあり!』くらいなんですが、意外なことにこれらの「人生」映画、評判の高いものが多いんですよね。これからご紹介する『人生、ブラボー!』もその一本です。

1990年代カナダ。父の経営する肉屋に勤める自由人・・・というかダメ男のダヴィッドは、ある事情のために病院に約500回も精子を提供する。
時代は移って現代。借金取りに追われたりして相変わらずダメダメのダヴィッドの元に一人の弁護士が訪れる。かつてダヴィッドが提供した精子から生まれた142人の子供たちが、自分達の「父親」の素性を知りたがっているというのだ。正体は明かさないと断言したダヴィッドだったが、持ち前の好奇心からついつい自分の「子供たち」に他人を装って会いに行ってしまう。

最近「実話に基づいた」映画も多いので、「これももしや!」と一瞬思いましたが、普通にフィクションでありました。うん、そりゃそうだよね・・・
原題はダヴィッドが精子提供の際に書類に記した偽名「STARBUCK( スターバック)」。某大手カフェや『白鯨』『ギャラクティカ』などが思い浮かびますけど、これはカナダで超優良とされた種牛の名前なんだそうです。
もっとも牛さんと比べて人間の方の「スターバック」はかなりダメダメな部類の人間です。いい年こいて仕事はさぼるは、約束は守れないわ、やばい物件につっこんで借金を抱え込むわ・・・ そばにいたらかなり迷惑な人間であることには間違いないです。
ところがこの男、周りの人々からいっつも怒られてるのになぜか同じくらい愛されてもいるのです。それはたぶんだダヴィッドが限りなくいい加減な反面、心の温かい、人の不幸を見過ごせない人間であるからでしょう。そんな彼のキャラクターはなんだか『男はつらいよ』の「寅さん」と通ずるものがあります。

そんなダヴィッドの子供たち、当たり前といえば当たり前なんですが、実に個性豊かであります。父親に似て危なっかしいヤツもいれば、その道でトップスターになっている者もいる。夢をつかもうとがんばっている者もいますし、生まれ持った障害で喋ることすらままならない子もいます。ただ名前も明かさない父親を知りたいって子供たちですから、みんな根はいい子。「人生をくれて、こんなにたくさんの兄弟をくれて感謝している」なんて言うんだから泣かせます。そんな言葉に感動して、他人のフリを続けながらますます彼らのために張り切るダヴィッド(そしてますますそっちのけになっていく仕事)。それだったらいい加減正体を明かしてやればいいじゃん・・・と思うのですが、そうはできない事情もあり。この辺がこの映画の脚本の上手なところですね。

カナダ映画では少し前に『ぼくたちのムッシュ・ラザール』を観たくらいなのですが、アメリカよりも大仰でなく、フランスよりもあたたかい雰囲気が程よいな~と感じました。あとダヴィッドと彼の父親が世間体に囚われない「細けえことはいいんだよ」的な人柄なのは、彼らがロシア系だからかもしれません。男子たるものそうありたいものです。まあ仕事もそれなりに、いやキチンとしなければいけませんけど。

話が横道にそれますが、仕事ができる人というのは人柄的にはクールな場合が多いような気がします。一方人柄があったかい人というのはそんなに仕事をバリバリしない気が(あくまで全体的な傾向があるという程度の話です)。わたしはあらゆる面で能力の低い人間なので、せめて人柄くらいはあったかくありたいものです(だから仕事もちゃんとやれっつーの)。

Photo『人生、ブラボー!』はメイン館のシネスイッチ銀座では今日までですが、これから東北・西日本を回っていくようです。笑いもあるべたつかない人情ものが好きな人におすすめ。すでにハリウッドリメイクの話もあるとか。

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March 13, 2013

熟年よ、拳を下ろせ パディ・コンシダイン 『思秋期』

Img22f2636fzikbzj秋を愛する人は 心・・・ 心なんだっけ? 『メアリー&マックス』『人生、ここにあり!』など、人生の哀歓をしみじみ感じさせる映画を続けて紹介しているエスパース・サロウ。去年の秋ごろから配給してくれているこの作品も心にずずーんと響くものでした。『思秋期』、ご紹介します。

イギリスの地方都市。ジョセフはいつも胸にいらだちを抱えているそんな男。そして不愉快なことがあるとたちまちその怒りを爆発させるのだった。ある時落ち込んでいたジョセフはたまたま立ち寄った雑貨屋の女主人、ハンナと知り合う。聞きなれないハンナの優しい言葉に思わず涙ぐむジョセフ。なかなか素直になれないものの、ジョセフは次第にハンナに心を開いていく。一方ハンナはジョセフの前では平静を装いながら、夫との間にある冷たい空気に悩み続けていた。

冒頭でいきなりゴツーン!と来るようなショッキングなエピソードがありました。これ、平気な人には平気かもしれません。けれどわたしにとっては不意にカウンターパンチを浴びせられたも同然で。映画が始まってものの数分で激しく落ち込んでしまいました。
以後はそこまでひどい衝撃を受けたシーンはありませんでしたが、絶えずヒリヒリとした緊張感を強いられました。グロい暴力シーンや流血場面はほとんどないのに、ラストまでどうにも落ち着かずに身もだえさせられる、そんな映画。ものやわらかな邦題やポスターからはおおよそ想像もつきません。

そんな大ショックを与えてくれた主人公ジョセフは、本来なら到底許せない人間なんですが、これがどういうわけか親しみを覚えさせる不思議な男でして。名優ピーター・マランの力もあると思いますが、そう感じた理由のひとつはジョセフの中に自分と似たものを感じたからだと思います。もちろん自分は怒りを感じたからといって暴れたりはしませんが、「暴れたい!」と思うことはあります。普段は理性や世間体でそういった衝動を抑えているわけですけど、そういった「枷」が完全なものかといえばいささかこころもとありません。怒りをはじけさせるマランさんを「痛快だ」なんて感じたりもしますし。
もちろん思うがままに暴れることでジョセフが幸福感に包まれるかというとそんなことは全くなく。むしろ心身共に深く傷ついていく一方だったりします。そしてジョセフを取り巻く隣の家の親子や親友、そしてハンナとその夫もおおよそ幸福とはとてもいえないような状態から抜け出せずにいます。本当に見事なまでに不幸な人々しか出てきません。
そんな彼らを見ていると、いわゆる「リア充」と呼ばれる人々も、一見しあわせそうな生活の裏側で深い悩みを抱えているのかもな、と思ってしまうのでした。

わたしがこの映画を観ていて思い出したのは先にもあげた『メアリー&マックス』。同じエスパース・サロウ配給だから、ということもありますが、感情をコントロールできないジョセフと内に非常にもろいものを抱えているハンナのコンビは、なんとなくメアリーとマックスに似た組み合わせだな、と思ったのでした。マックスも『思秋期』監督共にアスペルガー症候群であるというところも通じるところがあります。
ただ『メアリー~』は人形アニメだったので不幸の乱れ撃ちでも笑いながら観られたのですが、それを実写でやるとまあやっぱりドス暗い話になるわけです。こちらでは笑えるシーンはほとんどありませんでした。

この映画、原題は『ティラノサウルス』と言います。もちろん恐竜は出てきません。ジョセフが肥大化した亡妻の足音が「まるでティラノサウルスみたいだった」と語るシーンにその語はでてきます。なんとも不可解ですが、このティラノサウルスというのは各人の胸に宿る暴力衝動のことも表しているんじゃないかな、と感じました。こんな風に書くと野暮な気がしてなりませんが・・・
監督のパディ・コンシダイン氏はどちらかといえば俳優が本業の人で、これまで『ボーン・アルティメイタム』『シンデレラマン』『ホットファズ』などに出演されてたそうですが、まったく記憶にございません・・・ ともかくそういったアクション映画に出演してる俳優が、こういう暴力の末路を描いた人間ドラマを作ったことも興味深いです。

090606_120616さんざん「暗い」「不幸」とネガティブな単語ばかり並べてしまいましたが、見ごたえ十二分にはありましたし、観られて良かったと思えた作品でした。
『思秋期』はこれからまだ回っていく映画館も幾つかあるようです。5月にはDVDも出る模様。
季節はぼちぼち春ですが、あえて秋を思うのもいいじゃないですか・・・

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March 08, 2013

その場で裁判、その場で執行 ピート・トラヴィス 『ジャッジ・ドレッド』

Jgdd2アメコミ映画がまだいまほど盛り上がってなかった95年。低迷していたスタローンが主演で作られた『ジャッジ・ドレッド』というヒーロー映画がありました。出来も売り上げもイマイチで、もう今となってはスタローンが荒地でロボと戦ってたかな・・・くらいの記憶しかないのですが、そいつがなぜか今頃リメイクされたという。そしてなぜだかやたらと評判がいい!?
首をかしげながら観にいってまいりました。『ジャッジ・ドレッド』ご紹介します。

核戦争で荒廃した未来。犯罪が横行する都市の治安を守るのは「ジャッジ」と呼ばれる存在だった。法を法とも思わぬ輩を鍛え抜かれた格闘術と、最新の武装で成敗するジャッジたち。中でも伝説の存在と言われているジャッジ「ドレッド」は、新人のアンダーソンと共に麻薬の密売組織が潜む200階建ての高層ビルに向かう。だが組織のボス「ママ」の策略により二人はビルの中に閉じ込められてしまう。孤立無援・絶体絶命の状況で、しかしドレッドはひるまずボスの居場所へと近づいていく。

最近のアメコミヒーローの特徴とはなにか。それは「悩む」ことです。戦う目的や苦しさ、その他諸々について程度の差こそあれバットマンもスパイダーマンもX-MENもみな悩みます。しかしこのジャッジ・ドレッドは自分の行動について全く悩みません。そのあまりのブレのなさは人間というよりマシンのようです。彼は最初から最後まで一度たりともメットを脱がないので、そんなところが一層非人間性を際立たせています。たまに八方塞になって口元だけ困った表情を浮かべるところもあるんですが、それもなんだかコンピューターがフリーズしているかのようでしたw
一方相棒のカワイコちゃんアンダーソンはしょっちゅうゆらいでいて、迷いのないドレッドと好対照をなしていました。
まあ監督はドレッドの内面を描くことに興味はなかったんでしょうね。かわりに力が入ってるのはドラッグでラリってる状態のアート描写です。この映画にはラリると時間感覚がめっちゃゆっくりになる「スローモー」という麻薬が登場するのですが、その文字通りスローモーになる映像がキラキラ3Dで輝いてとても美しかったのですよ。ちょっとネタバレになっちゃうかもしれませんが・・・

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もしかした舞台となるビルが200階なのも、ラスボスがこの手の映画にはにつかわしくない微妙美人なのも、そして麻薬の効果がスローモーションなのも、全てはクライマックスのあるシーンのためなんじゃないかと思えてなりません。それくらい全ての要素がそのワンシーンに向けて集約していきます。

だからといって娯楽性そっちのけでアートばかりに力が入ってるわけではありません。ドレッドたちが数限りないピンチを乗り越えて、敵の本丸に迫っていく姿を追っていくストーリーもまことに一級品であります。

Jgdd1そんな(新)『ジャッジ・ドレッド』は三部作を予定しているそうですが、他国での成績がかなりよくないようなので続編は絶望的みたいです。なんでだ・・・ こんなに突き抜けてるのに・・・ 突きぬけすぎちゃったのが良くなかったのか!?
だもんで日本でもほとんど話題になっておらず、すでに上映も終わってしまったところもあるのですが、わたしの近所ではまだ辛うじてやっております! えらいぜ! シ○プラ○サントムーン!
というわけで近くで上映してたら騙されたと思って観てみてください。イラストは上が新ジャッジ、下が旧ジャッジです。顔の中央がバッテンになっているか否かで見分けてください!

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March 04, 2013

小さな恋のノスタルジィ ウェス・アンダーソン 『ムーンライズ・キングダム』

Mrkd2これまた個性的な作風で知られるウェス・アンダーソン。そのアンダーソンがなぜかコテコテダイ・ハードのブルース・ウィリスと手を組んで、大人向けの子供映画をこしらえました。『ムーンライズ・キングダム』紹介します。

1960年代のニューイングランド。ボーイスカウトのキャンプから、隊きっての問題児サムが忽然と姿を消した。養われている家庭に不満を持つ彼は、運命の恋の相手・スージーと駆け落ちを決行したのだ。手に手を取り合って、険しい野山を乗り越えていく二人。そんな彼らをボーイスカウトの団長&メンバー、しょぼくれた警察署長、怒れるスージーの父親らが後を追う。

アンダーソンさんの作品はこれまで『ダージリン急行』『ファンタスティック・Mr.フォックス』と観てきましたが、今回はこれまで以上に「止め絵感」を強く感じました。カメラはスライドしていくんですけど、登場人物があんまり動きません。動いてもかなりゆっくりです。表情も固定してます。アクティブに動いてるのはビル・マーレイ演じるヒロインの父親くらい。しかしそうしたまったり感が映画にまるで一風変わった絵本のような効果を与えていました。
60年代を象徴するレトロな小道具・・・無線機、レコードプレーヤー、当時のファッション、乗り物etc・・・が一層絵本っぽさをかもし出していました。実際アンダーソンさんに絵本を作らせたらけっこう面白いものができるんじゃないかな?と思います。
あえて年代を現代でなく60年代に設定したのはどういう意味があるのでしょう。わたしは単なる監督の趣味だと考えてましたが、あるインタビューによると「人々がイノセンスを保っていた最後の年代だから」ということなんだそうです。そういうもんだったんですかね?
それはともかく主人公のサム君とスージーちゃんは子供だから、ということもあるでしょうが、確かにイノセンスを形にしたようなキャラクターです。一度決めたら迷わない。どんな妨害があろうとずんずん前に進んでいきます。
そんなサム君の姿がなんとなくアンダーソン監督の姿勢と重なります。確かに風変わりではあるけれど、彼は自分の趣味にどこまでも忠実で、周囲の流れを気にすることなくマイペースで映画作りに邁進しております。
そしてサム君の純粋さがいつの間にか多くの人々をひきつけていくように、ウェスさんの作品にも本当に熱心なファンが数多くいます。まあ中にはこの映画に出てくるいじめっ子のように、どうしてもソリが合わない、という人もいるでしょうがw

とりわけインパクトがあったのはやはりカーラ・ヘイワードちゃん演じるスージーですね。子供なのにくっきりメイクしてて最初から最後まで仏頂面。どちらかといえばホラー映画の方がしっくり来るキャラクターのような気もしますが、全体的にほのぼのしたこの作品の絶妙なアクセントになっていました。バイオレンスな作品に多く出てるブルース・ウィリスやエドワード・ノートンがいい感じにしょぼくれてたのもなんか面白かったです。

Mrkd1『ムーンライズ・キングダム』は現在全国の一部の映画館でぼちぼちと上映中。子供のころ図書館に入り浸るのが好きだった人におすすめ。


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March 01, 2013

西欧ふしぎ発見 ラウル・ルイス 『ミステリーズ 運命のリスボン』

H17_11_112アカデミー賞関連映画が続々と公開されているこのごろ。この辺の作品は長尺のものが多いですよね。わたしはできれば映画は二時間ちょうどくらいが望ましいと思ってるんですが、先日沼津でかかっていたこの映画は上映時間なんと4時間半。普段なら「じゃあサイナラ」となってしまうところなんですが、面白そうだしたまたま時間も空いたので行って参りました。『ミステリーズ 運命のリスボン』ご紹介します。

19世紀ポルトガルはリスボン。生まれたころから教会で育った少年ジョアンは姓を持っていなかった。自分の出自について尋ねても育ての親であるディニス神父は何も教えてくれない。ある時ケンカをして気絶したジョアンは、夢うつつで枕元に一人の女性が立っていることに気づく。彼女こそはジョアンの母親だった。やがて彼は自分がなぜ親から引き離されて育てられたのか、その秘密を徐々に知ることになる。

みなさん、ポルトガルというと何を連想されるでしょうか。スペインの横にへばりついてる(失礼)とか、鉄砲伝来とか・・・ そんなもんでしょうか。一時は海運国としてはぶりが良かったものの、イギリスに追い抜かれてどんどん失速していったポルトガル。これはそんな時代のお話です。植民地がそれなりにあるせいか貴族たちは優雅な暮らしをしてるのですが、フランスなどの大国にくらべるとやや小ぢんまりしてる感じが出ておりました。

最初お話は先ほど述べたジョアン君を中心に進んでいきます。ところがやがてその中心はジョアンの母になり、さらにディニス神父になったり、はたまたディニス神父の父親になったり(!?)。四時間半という尺の余裕か、ストーリーの語り手が舞踏会のお相手のようにくるくる変わっていきます。さらにはポッと出てきた何気ないキャラクターがあとでかなりの重要人物になったりするので、まことに油断なりません。
そんな風に入れ替わり立ち代り登場するオシャレな男女たちは、奇妙な縁でむすばれていて、みなで複雑な網目をこしらえているかのようです。ただこの網はきれいな長方形になっているわけではなく、あらぬ方向へ広がったり途中で不自然に切れていたりもしますw

そんな迷宮じみた大作をこしらえたのはチリ出身のラウル・ルイス監督(一応原作となる小説があるとのことですが)。wikiの項目を見ると「1960年代から精力的に活動しているが、日本公開作は少ない」とありましたw
以下は結末に触れていますのでご注意ください。

typhoon
typhoon
typhoon
typhoon
typhoon

実はこの映画、4時間半かけて「は!? 夢オチ!?」とも取れるようなシーンで終わってしまいます。一応全体的には楽しめたお話だったので頭に来たりはしませんでしたが、少々モヤモヤしたものを感じたのも確か。
ただあとでルイス監督がこの作品を撮ってほどなくして亡くなられたと知り、なんとなく腑に落ちた気がしました。もしかすると遠からぬ死を予感したルイス監督は自分の人生を振り返るとともに、「人の一生なんて夢見たいなもの・・・」と思われたのかもしれません。

02878いやいや、自分がこれまで映画館で観た中で、一番長い作品でした。強いて言うなら『チェ』二部作を一本の作品として見るなら同じくらいの長さになりますが、あれはやっぱり2回にわけて観ましたので。しかし世の中さらに上には上があります。5時間とか8時間とかいう作品もそれなりにあるようで・・・ いつかチャレンジしてみたいものです。なんてことはあんまり思いません。
『ミステリーズ 運命のリスボン』はもう大体上映が終わってしまったようで、あとは北海道、沖縄、静岡などで公開が予定されております。そして5月にはDVDが出るとのこと。エレガントな人間模様が好みという方にお勧めです。

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