さっちゃんとのんちゃんとトイレの花子さん 今泉かおり 『聴こえてる、ふりをしただけ』
昨年から自主系の映画祭で度々作品を見かける今泉力哉監督。その奥さんも映画を撮られていると聞いたときには「へえ~」と思った程度ですが、その作品がベルリンの映画祭で「子供審査員賞」を撮った時は「すげえ・・・」と思いました。幸い先日近隣の市でも上映されたので観にいってまいりました。『聴こえてる、ふりをしただけ』紹介いたします。
小学五年生の少女さっちゃんは、突然の事故で母を亡くす。それ以後、さっちゃんは「人は死んだらどうなるのか?」ということを折りにふれ考えるようになる。そんな時さっちゃんのクラスに風変わりな転校生がやってくる。その転校生・のんちゃんはトイレに行くことを「オバケが出るから」と異常にこわがっていた。仕方なくトイレにつきそっていくうちに、さっちゃんはのんちゃんと少しずつ仲良くなっていく。一方気丈にふるまっていたさっちゃんの父は、妻を亡くしたショックから次第に奇行が目立つようになる・・・
こうやってあらすじだけ見てみると、それこそ「霊」が出てきそうな映画のように思えますが、そういったものはまったく出てきません。一人の女の子が大切な人の死に直面し、戸惑いながらどうやって折り合いをつけていくか、という話・・・なのかな。一人ぼっちで放り出されたように立ち尽くすさっちゃんの姿は、なんだか吉田戦車氏書くところの「かわうそ君」に似ておりました(ごめんね・・・)。そしてすぐに怖い考えがエスカレートしてしまうのんちゃんは、まるでいがらしみきお先生のマンガの「ぼのぼの」ちゃんのようでありました。
お母さんを失ったさっちゃんを、まわりの大人たちは口々に「お母さんは見守っていてくれているから」と言って慰めようとします。大人たちだってまるっきりのウソで言ってるつもりはないのだろうし、実際ほかになんと言えばよいのでしょう。そう思っていてもやっぱり「お母さんは完全に消滅したんだよ」とは言えないでしょう。
しかしそうした大人たちの矛盾が、さっちゃんの悩みを深いものにしていきます。
監督の今泉かおりさんは元々看護師をされていたとのこと。恐らく自身も大切な家族を失った人たちにどのように接したらいいのか、悩み続けた経験があったことでしょう。
そしてさっちゃんをさらに追い詰めていくのがさっちゃんのおとうさん(おーい)。子供のさっちゃんが一生懸命がんばってるのに、大人のあなたが先に参ってしまってどうするんですか!と説教したくなってしまいました。でもいま日本でも15人に1人がうつ病になっている、という話も聞きますからねえ。メンタルのデリケートな人であれば、最愛の妻を亡くしたらこんな風になってしまうのもいたし方ないことなのかもしれません。
やがて学校でも家庭でも居場所をなくしてしまいそうになるさっちゃん。この辺の真綿でゆっくり締めていくような主人公への追い込み方は、独特なものがあります。『火垂るの墓』とも似てるようで、またちょっと違う。さっちゃんの深刻な環境が、学校での子供たちのごくごく自然な日常と並行して描かれているところにそんな特殊な空気を感じました。
さっちゃんに感情移入していくとこちらまで胃が重苦しくなっていきますが、本当に苦しい時にも、思いがけない偶然や嬉しいこともひょこっとあったりするもので。そういうものを糧にして人はなんとか生きていくものなのかもしれません。
お母さんは消えてしまったのかもしれないし、どこかにいるのかもしれない。でもそれははっきりとわからなくてもいいこと。そんな「あいまいさ」を受け入れることによって、少女はちょっとだけ成長していきます。
しかし大人でもちょっと重苦しいと思えるこの作品を、ドイツの子供たちが評価したというのは驚きです。それほどに子供たちの目線に近い映画だったってことなんでしょうね。
『聴こえてる、ふりをしただけ』はこれから上映のところはもう新潟の某劇場くらいしかないですけど、そのうちDVDが出ることと思われます。子供のころの新鮮な感覚を思い出させてくれる一本でした。
Comments
伍一くん~☆
カワウソくんとぼのぼのというのん気な生き物の組み合わせだというのに、エヴァ並みにきっつい映画みたいね。
小学校5年生という多感な時に、辛い体験をして乗り越えて行くことができたら、後はもう怖いものないでしょう。
なんだか興味深い映画です。
Posted by: ノルウェーまだ~む | December 17, 2012 06:28 PM
>ノルウェーまだ~むさん
こちらにもありがとうございまする
わたしも悲しいなりにもっとほのぼの心温まる話を予想してたんですが、想像以上にハートにきりきり来る映画でした。この子供に対する容赦なさはスペイン映画『パンズ・ラビリンス』や『ブラック・ブレッド』にも通ずるものがありました。一応「救い」めいたものも残して終わってくれるんですけどね
一見の価値はある映画なのでDVDが出たらぜひどうぞ
Posted by: SGA屋伍一 | December 17, 2012 09:45 PM
これも公開あってよかったね。
こっちでも上映館少なかったし。今泉監督の奥様の作品なんだけど、クオリティ高いと思う。
でも現実このくらいキツい思いをしている子も多いと思うんだよね。子どもの世界は残酷です。
Posted by: rose_chocolat | December 24, 2012 12:09 PM
>rose_chocolatさん
本当にこの映画は近場で上映されたのが奇跡みたいなもので。こんな田舎でも年に二三回はこういうサプライズがあります
当たり前ですけどご主人とはまた全然違った作風でした。次の作品もまた観てみたいですね
こういう映画を観ると自分の幼少時代は恵まれていたのだなあ、としみじみ思います
Posted by: SGA屋伍一 | December 25, 2012 10:30 AM