シベリア超脱走 ピーター・ウィアー 『ウェイバック 脱走6500km』
わたしのオールタイム・ベストの一本にピーター・ウィアー監督の『いまを生きる』があります。多感なころというかまさに中二だった時代にこの映画を観て、鼻水が噴出するほど感動したのを覚えています。それから二十年(・・・)。ウィアー監督の作品は大体追いかけてきました。ところがこのブログを始めた前年の『マスター・アンド・コマンダー』からしばらく新作の噂が聞こえてこない。ようやく出来たかと思えば本国から二年近くも経って、規模の小さい公開で・・・ ま、観られただけよかった。『ウェイバック 脱出6500km』、ご紹介します。
第二次大戦時の欧州。ポーランド人の青年ヤヌシュはソ連政府からスパイの疑いをかけられ、極寒のシベリア収容所へと送られる。寒さと飢え、重労働、収容者同士の争い。ここにいては永くは生きられないと悟ったヤヌシュは、アメリカ人の老人スミスや凶悪犯のヴァルカら数人の仲間と脱走をはかる・・・
これまた「事実に基づいた物語」だというから驚きです。
普通こういうお話というのはネチネチとしつこい追っ手が主人公らを苦しめるものですが、この映画ではその手の描写はほとんどありません。彼らを追い詰めるのはもっぱら寒さや暑さ、飢えや渇き、そして蚊です。
以下はウィアー監督の特色と共にこの作品を語らせてもらいます。
ウィアー作品は「閉鎖的な社会」を舞台にしたものが多いです。『ピクニックatハンギングロック』『いまを生きる』では全寮制の学校。『刑事ジョン・ブック』ではアーミッシュの村。『トゥルーマン・ショー』ではドーム状の町。『マスター・アンド・コマンダー』では船・・・といった具合に。で、今回はそれが「共産圏」というわけです。閉鎖的には閉鎖的ですが、あまりにスケールがでかすぎて「ウィアーさんらしくない!」と思いました(笑)
二つ目の特徴は「主人公がピュア」ということ。『ウェイバック』で申しますと旅の途中でひとりの可憐な女子が一行に加わります。長年オナゴに触れてない野郎共の中に突然いたいけな女子が放り込まれたら・・・ 普通はメチャクチャにされてしまうものではないでしょうか?
ところがこの映画ではヤヌシュを始めとしてメンバーの誰もが一貫して彼女に優しくふるまいます。自分の欲望に忠実に生きているヴァルカ(コリン・ファレルが似合いまくり)でさえ、無体な真似をしません。
これは「意気地なし」ではありません。彼らがジョナサン・ジョースター言うところの「紳士」だからです。そういえば『ジョン・ブック』も突然ボインと遭遇しても紳士な態度を崩さなかったっけ。
三つ目の特徴。ここがわたしが特に好きなところですが、監督の視線の優しさが感じられるというところ。ウィアー映画は時折登場人物に対し容赦ないところもあります。何の罪もない少年少女が死んでしまうこともよくあります。それでも監督はそんなはかない命を美しく、愛情をこめて撮ります。
いたずらにエグいだけの映画も多いこのごろ、ウィアー氏の映画には「本当に人間が好きなんだな」と思わせられるものが色々込められていて、なんだか慰められるのでした。
『ウェイバック』は惜しまれつつ閉館が決まっている銀座シネパトスを中心に公開されていたのですが、もうほとんど終わってしまったようです。残っているのは新橋文化劇場と近畿の数箇所の劇場。とりあえず来年3月にDVDが出ます。
ウィアー監督は現在ベストセラー小説を原作とした『城』という作品にとりかかっている模様。「ニューヨークの囚人レイは、監房でヨーロッパのどこかにある城を訪れる少年の物語、『古城ホテルの物語』を書き続けるが、小説の中の出来事と現実の出来事が交錯していく。」なんか面白そう! そしてやっぱり閉鎖的!
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