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November 29, 2012

9人いれば世界は救える? 石ノ森章太郎 神山健治 『009:RE CYBORG』

009b巨星石ノ森章太郎先生の作品で、最も愛されていると言っても過言ではない『サイボーグ009』。これまでにも三回ずつ映画化・TVアニメ化されてきましたが、この度新たに『攻殻機動隊SAC』『東のエデン』などで知られる神山健治氏の手によってスクリーンに甦りました。『009:RE CYBORG』、ご紹介します。

世界各地で高層ビルを狙った自爆テロが頻発。犯人たちに明確なつながりはなかったが、彼らのうちの何人かは「神の声を聞いて」犯行に及んだと口走る。かつて歴史の影で世界の危機を救ったサイボーグ戦士たちは、この件について調査を始めるが、それからまもなく007と008は行方不明になってしまう。そのころ彼らのリーダーである009=ジョーは、記憶を失った状態でファッションセンター「しまむら」を経営していた・・・

最後の一文だけウソです。
わたしが『009』で最もなじみ深いのは80年代に作られたTVアニメ版。そのときも009たちは「神」という不可解なものと戦っていました。彼らの当初の敵は兵器商人たちの世界規模組織「ブラックゴースト団」だったのですが、石ノ森先生が考えていた「最終回」で彼らを壊滅させてしまった(読者の熱烈な要望で実際は終われなかったのですね)ため、さらなる強敵と戦わねばならなくなったのでした。その「強敵」というのが神と人類全体の「悪意」だったりします。今回のリメイクでもそうした点が踏襲されています。
・・・しかし普通に考えて倒しようがないですよね。神や人類の潜在意識なんて。特に今回の『009』における「神」は一層とらえどころがなく、何が目的なのか、そもそも存在しているのかどうかですら曖昧であります。とりあえず009たちは眼前で行われようとしている大量殺戮をとめようと奔走しますが、相手がそんな「全てが謎」の存在であるゆえ苦闘を強いられます。

と、いうわけで単純に起承転結を楽しむ・・・とは言いがたいお話でした。一応かつての009は子供たちのための漫画でしたが、今回年少の観客はほぼ切り捨てられてしまった感があります。神山監督は今の子供たちではなく、かつて子供だった大人たちに訴えたかったのかもしれません。
ただ石ノ森漫画も体裁は「少年マンガ」でありましたが、子供たちをワクワクさせつつも隙をついて社会風刺やトラウマ描写が盛り込んであったりしました。『009』でいうと004がベルリンの壁を越えようとして恋人を死なせてしまったりとか、008がアフリカの逃亡奴隷だったりとか。キカイダーや仮面ライダーとて例外ではありませんshock たぶん神山先生も少年時代にそういう石ノ森マンガの洗礼を浴びてオトナになったのでしょうね。

そういった全体的に小難しいアニメではありましたが、最新の技術を用いたCG効果は理屈抜きで目を見張るものがありました。まあ一番すごかったのが009が核爆発から全力で逃げるシーンだったというのが、ちとアレでしたが
原作よりもややリアルにアレンジされたサイボーグたちの特殊能力も見ていて楽しかったです。特に002、ジェット・リンクの脚部がカパッと開いてロケット噴射するあたりは良かったです。
逆に気の毒だったのはただ一人能力の見せ場がなかった008・・・ 彼の活躍はパート2に期待しましょう。

Scan2『009:RE CYBORG』はまだやってるところではやってるかな・・・ うちの近所ではすでに終わってしまいました。やっぱ『エヴァQ』と時期がかぶってしまったのが痛かったかも。がんばれ009! あと007も今週末から公開です!


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November 26, 2012

ロケーション・インポッシブル ベン・アフレック 『アルゴ』

Arg1『ゴーン・ベイビー・ゴーン』『ザ・タウン』と監督作品が注目を浴びているベン・アフレック。『パール・ハーバー』や『デアデビル』に出てた時代がウソのようであります(あっ わたし『デアデビル』はそれなりに好きですけど)。そんなベンベン待望の最新監督作は、実話に基づくちょっと変わった脱出サスペンス。『アルゴ』、ご紹介いたします。

1979年、イラン革命が勃発。それまで国民を苦しめていたパーレビ王はアメリカへと亡命。これに憤ったイラン政府はアメリカ大使館を包囲する。だが隙をついて六名の大使館員が脱出。なんとかカナダ大使の邸宅に逃げ込むが、見つかれば恐ろしいリンチの末処刑されることは明らかだった。どうやって国外へ逃亡させるか悩むアメリカ政府に、一人のCIA職員が驚くべき提案をする。それは彼らを映画の撮影スタッフに偽装させて逃がすというものだった。

この「映画スタッフに偽装させる」という案が出るまでにも色々苦労がありまして、「外国人教師のフリをさせる」というわりかしまっとうな案もあれば、「自転車で国境までツーリング」という牧歌的なものもあったようです。しかしどれも成功の確率は極めて低く、主人公のエージェント・メンデスが頭を悩ませていたところ、たまたまTVでやっていた『最後の猿の惑星』を観て思いついたという。これ、すばらしいですよね! 一作目でも『2001年宇宙の旅』でもなくほとんど語られることのない『ラス猿』だってところが! 歴史の影に隠れて『最後の猿の惑星』が人の命を救ってたわけですよ! 

そんなわけでわたしはイランのど真ん中で猿の着ぐるみで撮影をして、その格好のまま検問を突破するものかと想像してたんですけど、そうではありませんでした。うん・・・ やっぱり猿の格好でいったら捕まっちゃうよね・・・
その点はまあ残念でしたが、この作戦のために作られるはずのない映画の製作発表まで行ったり、ストーリーボードや脚本までこしらえるあたりなどはワクワクしてしまいました。

それを除けばこの映画、割と地味な話なんですよね。派手な銃撃戦やカーチェイスがあるわけでもないし。だのにクライマックスにおけるハラハラドキドキぶりは並大抵のものではありません。ハンコがガシャッと押される音、受話器を取り上げる動作、伏せられていた視線が前に向けられる仕草・・・ そのシンプルな動きひとつひとつに「ふうっ」と息を吐かせられたり拳を握らされたりします。いや、本当にベンベンの才能もいよいよほんまもんだなあ、と深く感じ入りました。

「アメリカのゴリ押しを美化しているようでイヤだ」という意見もあるようですが、わたしはそうは感じませんでした。合衆国政府の傲慢な決定がいかに他国の人々を怒らせ、現場の人たちに迷惑をかけるか、ということもちゃんと描いてましたしね。これは国同士の摩擦で失われかけた貴重な命を、一人の男が自分のプライドをかけて救い出そうとした話だと思います。

Arg2タイトルの「アルゴ」とは、この計画のために用意されたウソ映画のタイトルでもあります。ギリシャ神話のアルゴ探検隊をSF化した作品だったのかな?と思いきや「意味なんてねーよ」とか言われてました。それはともかくこのウソ映画、完成品をぜひ観てみたい気がしました。実際に作られたら『宇宙の七人』とか『宇宙からのメッセージ』みたいな作品になったのでしょうか。調べてみたら一応原作は『光の王』という小説だったとのこと。あらすじはコチラに書いてありましたが・・・ ・・・ なんか幸福の○学の大○隆○さんが思いつきそうな話だな・・・

『アルゴ』はまだやってるところではやってますかね。静岡東部はきれいにすっとばされたので久々に平塚まで観にいったのですよ。そしたら途中渋滞に巻き込まれてかなりイライラしたのですが(結局冒頭十分観られなかった)、この映画の大使館の人々のプレッシャーに比べたらオナラみたいなものだと思いました。


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November 20, 2012

サイコロジー青春期 デビッド・クローネンバーグ 『危険なメソッド』

Dm1グログロネバネバ描写には定評ある映画作家デビッド・クローネンバーグ。『イースタン・プロミス』から四年ぶりとなる新作は、心理学草創期を描いたちょっとヘンテコな人間ドラマ。『危険なメソッド』、ご紹介します。

時は20世紀になるやならずやのころ。新進気鋭の精神科医カール・グスタフ・ユングは、スイスの病院で心を病んだ資産家の娘ザビーネを担当することになる。彼女の治療法を捜し求めるうちに、ユングはオーストリアの学者ジーグムント・フロイトと知り合い、親交を深めるようになる。やがてユングはザビーネを一人の患者としてみることができなくなり、妻子ある身でありながら彼女と関係を持ってしまう。

あんまりモノを知らないわたしでもさすがにユングとフロイトの名前くらいは知ってます。心理学という学問の基礎を築いた20世紀の偉人たちですよね。でも彼らの学説とか主張がどんなものだったのか・・・と言われると???となってしまいますcoldsweats01
で、この映画ですが幹となっているのは「心理学とはこういうもんじゃー!」と語ることではなく、ユングという一人の青年の、愛と友情と青春の物語のように感じられました。もちろんそこはクローネンバーグなんで変態描写もちょこちょこ盛ってあります。
「映画なんだから面白く作ろうとするのはわかるけど、『患者に手を出した』ことにされてるなんてユング先生がちと気の毒だなあ」と思いながら観てたのですが、あとで調べて驚きました。これ、ほぼ本当にあった出来事なのですね・・・ 才能のある人って人格に問題がある場合が少なくないですが、その点ユング先生も例外ではないようです。ちなみに一応はがまんしてた先生に「やっちゃいなよYOU!」とけしかけるのがヴァンサン・カッセル。『ブラック・スワン』でもけしかける立場で、『マンク 破壊僧』では逆の立場で・・・ 忙しいことであります。
まあ映画を観てるとユング先生の気持ちもわからなくはないんですよね。この人のために力になってあげたい・・・という思いがいつの間にか愛に変わるということはよくあります。それが妙齢のカワイコちゃんで向こうからも迫ってきたらなおさらでしょう。
というわけで『失楽園』(古いなあ)よろしくふらふらとよろめいてしまうユング先生。かといって全てを投げ出して彼女の元に走る勇気はなく・・・ 結局そういう中途半端な優しさが一番女を傷つけるのよね! 最低! 
話が変な方向に行きました。以下は大体ネタバレで。

heart
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drama
sandclock

まあそんな風にスキャンダラスではありますが、このころがユング先生にとってもっとも活気に富んだ時代だったわけですよね。このあと先生は師であるフロイトと決別し、愛人のザビーネも遠くへ去り、ついにはノイローゼ寸前にまで追い詰められてしまいます。そんなユングの精神は当時の世界情勢とシンクロしていきます。穏やかで華やかだったベル・エポックの年代から、重苦しく陰惨な世界大戦の時代へ。そして人類は二度と20世紀最初期のような希望に満ちた時代を取り戻せなくなります。人も時代も、いつまでも若々しいままではいられない。それは当たり前のことですが、同時にとても残酷なことでもありますね。ふうううう・・・

こうした哀愁漂うムードは、紛れもなくクローネンバーグ作品のそれであります。ザビーネの症状に見られる「自分の内に潜むものが自分を食いつくそうとする」イメージも、監督の映画によくでてきたものでした。ただそれがこれまでのように直接的なグロ描写ではなく、あくまでお上品な範囲で語られるので、長年のファンは少々物足りなく感じられるやもしれません。

Dm2そんなクローネンバーグ監督の最新作はすでに北米で公開されている『コスモポリス』。予告編を見ただけではよくわかりませんが、ちょっと彼らしいエグさが戻ってきた感じ。
『危険なメソッド』は現在関東・近畿を中心に公開中。その後ほかの地方を回っていくようです。


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November 15, 2012

ねらわれた団地 ジョー・コーニッシュ 『アタック・ザ・ブロック』

Atb1クエンティン・タランティーノが2011年の映画ベスト第7位に選んだ一風変わったジュブナイルSF。渋谷で四ヶ月前に公開されて、ようやくこちらにも流れてきました。『アタック・ザ・ブロック』、ご紹介します。

ロンドンの団地で不良少年をたばねているモーゼスは、ある晩隕石の墜落現場に出くわす。隕石の近くに寄ってみた彼らは不気味な謎の生物に襲われる。さして大きくもなかったためあっさりと怪物を退治できたモーゼスたちだったが、それは団地に降りかかる災厄のほんの手始めにすぎなかった。

極地、森林、ド田舎、ビル街・・・ と、これまで地球の様々な場所を襲ってきてくれたエイリアンさんですが、今回のターゲットは「団地(ブロック)」。ロンドン全体ではなく、あくまでピンポイントで団地を襲ってきます。いったいなんでそんなに団地にこだわるのか? アンドロイドが電気羊の夢を見るように、エイリアンは団地妻がお好きなのか? その答えは「○○○○」でございました。伏字部分が気になった方は本編を観てご確認ください。

わたくし一昨日の夜久しぶりに『E.T.』を観て宇宙を越えた友情物語にほんわかしてたんですけど、こっちの少年たちはひどいですよ。説得も試みずいきなりぶっ殺しですよ。まあこれにはエイリアンの外見がETと比べてあまりに不気味だ、というのもあると思うのですが、それにしてもひどい。
団地というと日本ではのんびりした印象もありますが、欧州の都市部では「非行の温床になりやすい」という問題もあるようで。その辺の描写はいま地道にヒットを伸ばし続けている『最強のふたり』でもありました。
非行にいたる理由というのは様々でしょうけど、すさんだ環境から仕方なく・・・という例は多いようです。この映画の主人公モーゼスもそうです。最初こそ突然か弱い女性に強盗を働いて「とんでもねえガキだ」と思いますが、お話が進むにつれ根は悪くない子であることがわかってきます。しかしなんとか更正させてあげたい・・・というこちらの願いなどおかまいなしに、モーゼスはギャングのボスや警察、そしてエイリアンたちによってさらなる悪の道にひきずりこまれていくのでした。

・・・おバカな映画の話をしていたのにしんみりムードになってしまいました。でも世間はいつだってテレビの子供番組のように「子供だから」ということで手加減はしてくれません。そんな風に十代の頃から過酷な現実にチャレンジされてる子供たちのことを思うと辛くなります。
「子供にも容赦しない」「それでも健気に戦う子供たち」というところはSFホラー的なムードとあいまって、楳図かずお先生の『漂流教室』やスティーブン・キングの『IT』に似たところがあります。正義のヒーローをあてにできない少年たちは、果たしてエイリアン相手に勝利をつかむことができるでしょうか。

Atb2『アタック・ザ・ブロック』は地方ではまだ公開を残しているところもありますが、さすがにおおむね上映終了しておりますね・・・ 年末にはもうDVDが出るようです。
唐突に思い出しましたが、そういえば『ウルトラセブン』でも宇宙人が一夜の内に団地をのっとる話がありました。宇宙人はやっぱり団地が好きなのかもしれません。

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November 12, 2012

清貧フィンラン道 アキ・カウリスマキ 『ル・アーヴルの靴みがき』

Photo先月は映画館で二度フィンランド映画を観る機会がありました。一本はとんでもSF映画『アイアン・スカイ』。そんでもう一本は名匠アキ・カウリスマキ5年ぶりの新作『ル・アーヴルの靴みがき』。ご紹介します。

南仏の港町ル・アーヴルで靴みがきをしている老人マルセルは、貧しいながらも妻と二人穏やかな日々を送っていた。ある時港でランチを食べようとしたマルセルは、コンゴから逃れてきた難民の少年イドリッサと出会う。かくまえば罪に問われると知りつつも、マルセルは少年のために人肌脱ごうと奔走する。妻アルレッティがひそかに重い病を患っているとも知らずに・・・

というわけで記事タイトルに思い切り「フィンランド」と書きましたが、舞台はフランスです。アキ・カウリスマキといえば珍妙なヘアスタイルのバンドを描いた『レニングラード・カウボーイズ』二部作などで前から存じ上げていましたが、作品を観るのは初めて。わたしが見た時はいつもは片手前後くらいしかお客がいないジョ○ランド沼津に辛うじて十人くらい入っていて、「さすがカウリスマキ!」と思いました。

さて。作品のカラーを一言で申しますと「慎ましやか」というところでしょうか。主人公マルセルの生活は極貧というわけではありませんが、とても質素です。そもそも靴磨きで生計を立てているというあたり、お金とは縁がなさそう。日本でも戦後まもなくはたくさんいらっしゃったんでしょうが、たぶん今はいませんよね、靴磨きのおじさん。そんなところも含めて、この映画現在より三四十年前の設定なのかな、と。21世紀を象徴するネット・パソコンも出てきませんし、音楽が奏でるのはCDじゃなくてアナログレコードだし。あ、でも携帯電話はちらっと出てきたな・・・ 世界にはまだあちこちにこういうゆったりした社会が残されているのかもしれませんね。

慎ましやかなのはマルセル夫妻の人柄もそう。表情に乏しく、必要なことしかしゃべりません。特に奥さんのアルレッティさんの放つ独特なムードは岸田今日子に非常に近いものがありました。それだけに言葉のひとつひとつに重みが感じられるというか。

なぜ見ず知らずの少年(しかも異人種)にそこまで親身になるのか、マルセルは特に語りません。「自分には社会を変えることはできないし、難民すべてを救うこともできない。でもせめて自分の目に止まった少年くらいはなんとかしてあげたい」そう普通に思っただけのことなのかもしれません。
そんな彼の行動に心動かされて、最初は「ツケ返して」「売るものはないよ!」と言っていた商店街の皆さんも少年のためにできることを行います。職務に厳しい鬼警部も、大岡越前顔負けの「いきなはからい」を見せてくれます。そんな大仰ではない自然な善意の示し方も慎ましやかで、でも力強いものでありました。
こういう遠くはなれた土地の映画を観ても普通に人々に共感できたとき、わたしは「やっぱりどこの国の人間もそう違うものではないんだな」と嬉しくなります。もちろんさっぱり理解できないときもありますが(笑)、そういうのは邦画の中にだってあるしね~
Photo_2『ル・アーヴルの靴みがき』はさすがにもうどこも上映終わってしまったようです。東京では5月にやってた映画だし・・・ ていうかうちが最後尾だったのか? とりあえず来年頭にDVDが出るようです。
『レニングラード・カウボーイズ』も観たいな~ どこぞの名画座で二本まとめてやってくれないかしら。


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November 07, 2012

君の瞳はチャンマクチャロー アヌバウ・シンハー 『ラ・ワン』

Ro1今年の春、久々にインド映画旋風を巻き起こした『ロボット』。そのヒットを受けてか、「姉妹編」という触れ込みでこんな作品まで日本公開とあいなりました。ラジニカーントと並ぶインドの大スター、シャー・ルク・カーンの『ラ・ワン』ご紹介します。

シェカルはイギリスでゲーム制作会社に勤めているサラリーマン。家族をなにより愛しているが、ドジが多く息子のプラティクから馬鹿にされる日々を送っていた。ある企画でシェカルはプラティクの「悪役が何より強い」というアイデアを取り入れ、画期的なTVゲーム『ラ・ワン』を開発する。一転父親に尊敬の眼を向けるプラティク。だがそんな親子の幸せな姿をよそに、ゲームの悪役「ラ・ワン」は自我を持つようになり、モデル用に作られたドールに乗り移って現実世界で暴走を始める。彼を止められるのはゲームの中で「ラ・ワン」と戦う正義のヒーロー、「ジー・ワン」のみ・・・

うっかりちゃっかりしたムードで始まる序盤。このままずっとそんな感じで進むのかな、と思いきや突然急転直下の悲しい展開になってしまって面食らいました。まあ悲しいといってもそんなに深刻ではなく、すぐまたのんきな調子に戻るんですけど。
『ロボット』の記事でわたくし「どんなにアホらしくても、インドの映画にはカースト制度から逃れたいという人々の願望が反映されている」と書きましたが、この『ラ・ワン』はその点かなり薄味でした。強いて言うならジー・ワンが最初ヒロインに邪険にされるあたりに「身分の低い者の悲しさ」が表れているかもしれませんが、それはさすがに深読みしすぎかしら。むしろこの「善の象徴と悪の象徴が真っ向から激突する」というシンプルでゲームっぽい設定は、ハリウッドのB級映画に多い気がします。実際スタッフにもハリウッドの人が数名名を連ねておりますし。

もちろんインド映画でおなじみの歌・ダンスシーンも満載です。『ロボット』では唐突に心象風景のように挿入されていたミュージカル部分ですが、こちらではもう少し自然に織り込まれておりました。パーティーのシーンでそのままダンスに突入したりとか、時間の経過を示すくだりでBGMのように使われてたり。
というわけで、『ロボット』にくらべるととてもよくまとまってる半面、インパクトの点ではいささか分が悪いかも。ただあくまで『ロボット』とくらべてであり、そんじゃそこらの映画なんかよりはよっぽどぶっとんでいます。
特にラ・ワンの猛攻になすすべなし・・・と思われたところへジー・ワンがさっそうと現れるところは問答無用で燃えます。アメコミヒーローが好きな人であればこの場面だけでごはんが十杯はいけるでしょう。

冒頭で『ロボット』の姉妹編と書きましたが、ではどの程度関係あるのかというと、ほとんど関係ありません(笑) 中盤のある場面でチッティがさっそうと現れ、なにもせずに去っていくというただそれだけ(一応ラジニ本人が演じてはいますが)。これだけで堂々と「姉妹編」と宣伝してしまうとは・・・パ○コさんア○プリンクさん、あんたらもなかなかやり手やね! しかしまあそんなことはどうでもいいと思えるくらい、痛快な作品でした。

Ro2『ラ・ワン』はできれば映画館で観て欲しい映画ですが、もうこれからやるとこ新潟と沖縄くらいしかないな・・・ とりあえず今月末にはDVDが出ます。
インド映画ではこのあと12月頭にラジニの『ボス、その男シヴァージ』が公開されます。あとインド映画じゃありませんがゲームの悪役が自分のアイデンティティーに悩む『シュガーラッシュ』が来春公開予定。どっちも楽しそうですね!


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November 02, 2012

カラスと共に去りぬ ジェームズ・マクティーグ 『推理作家ポー 最期の5日間』

Photo今年はエドガー・アラン・ポー生誕203周年、没後163周年にあたります。・・・どっちも半端じゃん! にも関わらず突然こんなポー記念映画のようなものが出来てしまいました。『推理作家ポー 最期の5日間』ご紹介します。

1849年アメリカ。詩人・作家として名高いポーは久しぶりに古巣のボルティモアに戻ってきたが、酒とスランプのため懐はすっからかんであった。そんな折り、彼が書いた小説『モルグ街の殺人』『落とし穴と振り子』に酷似した殺人事件が起こる。犯人にまったく心当たりがなく、当惑するポー。さらに追い討ちをかけるように、殺人鬼の魔の手はポーの恋人エミリーにも忍び寄る。

いきなりネタバレしますと最後にポーは死んじゃいます。まあこれは歴史がそうなってまして、タイトルもそうなってますから。しかし彼の死には謎が多く、その真相に関しては様々な説があるそうです。記録によると恋人と将来を誓い合ってルンルン(死語)だったはずのポーはなぜか「異常な泥酔状態」で発見され、そのまま帰らぬ人となったとのこと。この作品はもちろんフィクションですが、その謎に関して想像と遊び心を働かせて独自の答えを提出しております。

ポーの作品を想起させるアイデアがあちこちに盛り込まれていますので、彼の作品を知っていれば知っているほど楽しめると思います。と言いながらわたしもそれほど読んでるわけではなく、その上かなり前の話。とりあえず子供の頃読んだ『落とし穴と振り子』はかなり面白かったなあ・・・ と思っていたら序盤でめっちゃえぐい形で使われておりました。そこ以外はそれほど大したことないんですけど、とにかくこの「振り子シーン」のえぐさは相当なものなので、残酷シーンの苦手な人は目をつぶっていてください。
他は『モルグ街の殺人』『大鴉』『赤き死の仮面』『アッシャー家の崩壊』などが重要なところで使われております。特に『大鴉(The Raven)』はこの映画の原題でもあります。どういう内容の詩かというとこういう内容なんですが・・・ 暗いポエムだな、おい。日本の作家でいうと太宰治にも近いものがあると思うのですが、ポーという人は女性に救いを求めている一方で、どこか死にも強い魅力を感じているところがあります。映画ではそんな彼の相反する二つの面が上手に描かれていたと思います。
あとわたしが評価したいのは、おおよそハッピーエンドにはならなそうなお話なのに、クライマックスの後でなんかすごいさわやかな気持ちにさせられたこと。振り子ギロチンではあんなにおえっぷな気分になったのにねえ。振り子だけに振り幅の広い映画でありました。
ほかにも片っ端からなんでも酷評する批評家とか、作品の評価をめぐって大炎上とか、この頃からあったんだな~なんてところにもニヤニヤいたしました。
Photo_2『推理作家ポー 最期の5日間』は現在全国の劇場で上映中ですが、そんなにヒットしてないので上映期間も残りあと一週くらいかと思われます。
もひとつ言わせてもらえるならこの人、60篇以上書いてる小説の中で推理小説はたった5篇しか書いてないんですよね。ですから正しくは「怪奇・幻想作家」だと思います。


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