役者VS犯罪者(&編集者) 内田けんじ 『鍵泥棒のメソッド』
昨年暮れから『サラの鍵』『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』『ヒューゴの不思議な発明』といった外国の「鍵映画」の傑作が幾つか公開されました。それからやや遅れましたが、わが国代表の「鍵映画」もようやっとお目見えです。『アフタースクール』の鬼才・内田けんじ監督による『鍵泥棒のメソッド』、ご紹介いたしましょう。
売れない役者の桜井はあるショックなことがあって自殺を図るが、見事に失敗。なんとなしに銭湯へいく。桜井が体を洗っていると、後ろで一人のいかめしい男が豪快にすっころんで気を失ってしまった。桜井は出来心で男のロッカーの鍵を、自分のものとすりかえてしまう。その鍵でラッキーなことに大金と立派な車をゲットする桜井。だが車のトランクからはなんと血まみれのナイフが出てきたのだった・・・
一方頭を打ったことで記憶を失ってしまった男は、すりかえられた鍵から自分が「サクライ」なる人物だと思い込んでしまう。演技の仕事をしていればやがて記憶が取り戻せるかと、男は懸命に芝居に励むのだが・・・
これに事情で早急に誰かと結婚しなければなくなった、水嶋香苗なる女性編集者や、桜井を伝説の殺し屋だと思い込んで仕事を依頼する暴力団組長などがからみます。
『アフタースクール』ではクライマックスで世界がぐるりと回転するようなどんでんがえしがありましたが、今回はそういう仕掛けはございません。「意外な事実」も途中で幾つか判明しますが、前作のようなド派手な一本技ではなく、要所要所で上手に有効をとっていくような感じ。ですからこの映画の面白みはオチよりも、こんがらがったストーリーがどんな風に転がっていくか・・・そういうところにあります。
一方で『アフター~』と共通しているのは「奇妙なズレ」「ちぐはぐ感」が満載なところでしょうか。「明らかにおかしい!」ってほどではないんだけど、どことな浮いてるというか、不自然なセリフやしぐさ。この映画でいうと香川照之氏演じる「男」が、桜井のちゃらい服を自分のものと思い込んでがんばって着ている様子とか、堺雅人氏演じる桜井が一生懸命「殺し屋」らしく振舞っている様子などです。
この二人の演技は堺氏には申し訳ないけれど、香川さんの方が断然面白かったです。すくなくとも中盤まではこの映画は「香川照之で笑う映画」と言っても過言ではありません。堺さんも悪くはないんですけど、最近彼はいろんな面でウッチャンナンチャンのウッチャンに非常に似てきた気がします。とはいえクライマックスでは彼も「勧進帳」並み(と言うほどでもないか?(^-^;))の大一番を見せてくれます。
そんなうっかりちゃっかりした話の合間に、心温まる人生へのメッセージが織り込まれていたりして。「何もかもうまくいかなくても、生きていりゃいいこともある」ということとか、「やっぱり人間、お金がありゃいいってわけではない」ということとかね。特に後者は自主映画出身の内田監督がさらっと言ってる点がすごい。なんか自主映画の人っていつも資金繰りに苦労している印象があるので・・・ 偏見でしょうか。
ちなみにタイトルの「メソッド」とは、直訳すれば「手法」ですが、ここでは「メソッド・アクティング」という演技法を指しているとのこと。例えば大工を演じるのであればしばらくの間実際に大工として働いて、限りなく本物の大工に近い演技をする・・・ということでいいのかな・・・ マーロン・ブランドは『波止場』で、ジェームス・ディーンは『エデンの東』で、それぞれそんな演技法を試みたとのこと。緒方拳さんも『魚影の群れ』では実際に地元の漁師さんたちに混じってマグロ漁をやったんじゃなかったかな? 一つの役のためにそこまで努力する方って本当に頭が下がりますね。
この映画では殺し屋になりきろうとする役者や、自分を役者だと思い込んでる素人さんが出てくるわけですが、そんな彼らが下手なりに一生懸命演技に取り組んでいる姿を見ていると、お芝居って面白いなあ、奥が深いなあとあらためて思うわけです。素人なりに。
『鍵泥棒のメソッド』は現在全国の映画館で上映中・・・ でありますが、「メガヒット!」ってほどでもないようで、フランス映画の『最強のふたり』にすら抜かされてる有様(^^; なぜだ・・・ 派手さはありませんがよく作りこまれててよく笑える一本。おすすめです! 猫も出ます!
Comments
そんな素晴らしい演技を見せてくれる香川さんなんですが、昨日、録画していた66月新橋演舞場の『ヤマトタケル』の帝(タケルの父親)の役の下手さに愕然としました。
同月の新橋演舞場『小栗栖の長兵衛』の主役は様になってたんですけどね。
帝らしい風格を演じるには、まだまだ時間がかかりそうです。
役者道は奥が深いです。
Posted by: サワ | October 11, 2012 05:26 PM
>サワさん
こんばんは。あいかわらず歌舞伎鑑賞も熱心にされてますね
そういえば香川さんは時代物では野卑というかハングリー精神溢れる役をやることが多いですよね。確かに「帝」という雰囲気ではないなあw また年齢を経ていけばそういう役も似合うようになるのでしょうか?
ともあれ、歌舞伎もやって映画も出演作が四本同時公開と、相変わらずのご活躍ぶりです
Posted by: SGA屋伍一 | October 11, 2012 11:05 PM