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August 29, 2012

ヴァーチャル鬼嫁日記 レン・ワイズマン 『トータル・リコール』

Tr1サイバーパンク、P・K・ディック好きなら誰でも知ってるあの映画が、なぜか今頃になって帰ってキター!! 1966年に原作が発表され、1990年にポール・バーホーベンが映画化し、そして2012年リメイク公開の『トータル・リコール』ご紹介します。

近未来、化学兵器の使用により地球で人類が生存可能な場所は、富裕層が住むヨーロッパのブリテン連邦と、下層階級が暮らすオーストラリアの「コロニー」のみとなっていた。コロニーの住民達は暮らしの糧を得るために、日々地球の中心を貫く巨大なエレベーターでブリテン連邦まで通勤していた。労働者の一人ダグラスは、不満を抱えながらも愛する妻を支えにロボットの製造に励んでいたが、夜毎同じ夢を見てしまうという悩みを抱えていた。その夢でダグラスは腕利きのスパイとして活躍していて、決まって最後は当局に捕まってしまう。夢について考え続けていたダグラスは、ふと「望みどおりの『夢』を見せる」という「リコール社」の門を叩くのだが・・・


今回は芸がないですけど、半ばネタバレ気味で1990年のオリジナル版と比較しながら語っていきたいと思います。
まず一番の変更は「火星にいかない」というとこでしょうか。主人公が行き来するのはあくまで地球の両側。この地球に穴を開けて反対側に移動するというアイデアは「んな無茶な」とは思いますが、なかなか他所では見られない面白いものでした。ちょっと前に地底版『アルマゲドン』といった趣の『ザ・コア』という作品があったくらいでしょうか。

二つ目に目立った点としては「偽嫁が大活躍!」というところですね。旧作ではあっさり退場となってしまった主人公の偽嫁ですが、今回は監督夫人のケイト・ベッキンセールが勤めているせいかネチネチとクライマックスまで暴れまくります。外人の顔が見分けづらいわたしとしては、真ヒロインのジェシカ・ビールと「黒髪のロングの白人」というとこが丸っきりかぶってしまったのが少々いただけませんでしたけど。それにしても旧作ではあっさり退場した偽嫁のシャロン・ストーンが後にあんなに大ブレイクしたのに、真嫁はその後どこかへ消えてしまったのが不思議です。

当たり前ですが主人公の風貌もかなり違いますね。当時スタローンと並ぶ世界二大筋肉だったシュワルツネッガーと比べると、演技派のコリン・ファレルはそれなりに鍛えてはあるもののなんとも弱弱しく、メンタル的にも不安定に感じられました。ただその分旧作よりもサバイバルの緊迫感は増してました。シュワちゃんなら相手が宇宙人だろうと怪獣だろうとまず大丈夫だろう・・・みたいな安心感がありますが、コリン・ファレルとなると突然ころっと死んでもおかしくないですし(しどい)、健気にがんばってれば応援してあげよう、という気もわいてきます。

あと全体的な監督の作風。趣味の悪いバーホーベン氏は『トータル』に限らずムチムチネトネトした描写が多いです。こちらで言うとシュワちゃんの変装解除シーンとか、酸素が足りなくなって目ん玉が飛び出しそうになるあたりとかね。
それに対してリメイク版は未来都市やメカデザインからしてスッキリしたシャレオツなイメージ。監督が『アンダーワールド』のレン・ワイズマン、脚本が『リベリオン』のカート・ウィマーと聞いて「ああ、なるほどね」と納得しちゃいました。

さて、わたしこういうサイバーパンクもしくは仮想現実ものは、一応大団円でまとめておいて、ちょろっとだけ「もしかしたら全部夢かもよ?」と匂わせて終わるのがベストだと思うのです。そういう意味で旧『トータル』は実に理想的でした。サイバーパンクの名作は大概そうですよね。『インセプション』しかり、『マトリックス』しかり。ただ『マトリックス』は変な続編作っちゃったのでその辺の美学がパーになっちゃいましたけど。
で、新『トータル』もそういうのを匂わせてる・・・ような気もするんですけど、かなり曖昧でした。薄味になってしまったのはその前に無理やりなどんでん返しをねじ込んでるせいもあると思います。きっとなんとかして観客をビックリさせようとしてこういうオチを付けたんでしょうけど、レンレンもカータンも、誰も君たちにそんなこと期待してないから! 君たちは普通にシャレオツな映像作ってればいいんだよ!
Tr2とまあそんな風に若干着地に失敗してはいましたが、全体的には近未来のスタイリッシュなおっかけっこを楽しませてもらえました。
(新)『トータル・リコール』はまだ全国の劇場で公開中。20年前と比べると、「仮想現実から帰ってこれない」という話は一層現実的になっていると思うのですがどうでしょう。

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August 27, 2012

宇宙鉄人兄弟 『仮面ライダーフォーゼ THE MOVIE みんなで宇宙キターッ!』

Foze1「はやぶさ」の帰還から始まった日本を覆う宇宙ブーム。そのブームに、いまこの映画がとどめをさす!(のか?) 毎年恒例仮面ライダー夏映画『仮面ライダーフォーゼ THE MOVIE みんなで宇宙キターッ!』ご紹介します。

宇宙の力「コズミックエナジー」を使って怪人「ゾディアック」と戦う如月弦太郎、こと仮面ライダーフォーゼ。ある日弦太郎と仲間達のところへ、宇宙の平和を守る組織「オスト・レガシー」の使者がやってくる。暴走した衛星兵器「XVⅡ」を破壊するために力を貸してほしいというのだ。「破壊するのではなく友達になって止める」と宣言した弦太郎たちは、宇宙へ飛び立つために本格的な訓練を受けることに。だがそんな彼らをXVⅡを開発したアリシア連邦のエージェント、インガ・ブリンクと宇宙鉄人ブラックナイトが付けねらう。

基本「もうひとつの最終回をテレビに先駆けて描く」というスタンスだった夏ライダー映画。しかし『ディケイド』からテレビ版最終回とほとんど時期が変わらなくなってしまったため、最近では「最終回前に起きたもう一つの大事件を語る」というスタイルになってしまいました。でもなんかそういう形だと、あんましわざわざ映画館までいって観てこようかな、という気にならないんですよね・・・ そんなわけで昨年の『オーズ』も好きな作品ではありましたが、とうとう夏映画はパスしてしまいました。やっぱり「大集合!」とか「豪華共演!!」とかそういう華がほしいんですよね。去年も一応豪華共演ではありましたが、「ライダーと暴れん坊将軍」というのはなんか違うと思いました。

そんな特撮オタクの嘆きを感じ取ったのか、今年はやってくれました。一ヶ月ほど前のスポーツ紙を見てわたしは目を疑いましたよ。「懐かしの『宇宙鉄人キョーダイン』35年ぶり復活!!」って・・・ いや、わたしは嬉しいけど『キョーダイン』ってそんなマイナーなキャラで客は呼べるのか!? ニュースにしちゃっていいのか!?と。
手短に申しますと『キョーダイン』とは石ノ森章太郎先生が仮面ライダーが一段落したころに産み出した等身大のロボットヒーロー。その名の通り兄のスカイゼルとグランゼルがいます。ただ今回は「復活」といっても見かけも個々の名前も設定もだいぶ違います。理由の一つは過去の着ぐるみがもう存在しないからだとか・・・ だったらまったく同じの作ればいいじゃないですかね~
そしてもう一人?今回は特別ゲストがいます。それは『キョーダイン』の後番組として放映された『大鉄人17』。一言で言うと石ノ森版『鉄人28号』です。どっちかといえばこちらの方がオリジナルによほど近いのですが、シークレット扱いだったせいか事前にはほとんど知らされませんでした。同じマイナーヒーローなのにキョーダインと比べてこの差はなんでしょう。

マイナーマイナーと繰り返し申してますが、実はわたしがリアルタイムで見た最初の記憶があるヒーローがこの辺なんですよね。あと東映版スパイダーマンとか。このころは一時期ものすごかった特撮ブームも落ち着きを見せ、東映としてもなんとか生き残ろうといろいろ新機軸を試みた様子がうかがえます。でもやっぱりかつての『ライダー』人気には遠く及ばず。実際今回スポットが当たるまでほとんどの人は知らないか忘れてたかだったと思います。そんなマイナーな(まだ言うか!)キャラと今をときめくフォーゼを共演させるとは・・・ さすがオタクの星、中島かずきであります。よく企画会議通りましたよね・・・

そんなわけでこの映画はフォーゼよりもキョーダインと17目当てで観てまいりました(少数派)。以下ネタバレ入ります。

17に関しては問題ない、というか期待以上でした。弦太郎と17が友情で結ばれるあたりがオールタイムベストの『アイアン・ジャイアント』を彷彿とさせて、こんなガキんちょ映画で涙ぐみさえしましたし・・・
一方キョーダインの方は不満が残りました。せっかく鳴り物入りで復活したのに、今回ははっきり言って悪役以外の何物でもなかったので。しかも改心の機会さえ与えられず粉々に破壊されてしまうcryingcryingcrying ひどい・・・ ひどいよ・・・ 大鉄人とは友達になれても宇宙鉄人とは友達になれないのですか!? ロボット差別反対!! オリジナルのキョーダインが登場して、新キョーダインが善の心に目覚めるとか、そんなあまーいストーリーを勝手に期待してたんですがね・・・ あーあ。

Foze2ここのところ『宇宙刑事ギャバン』など昔のヒーローの発掘にいそしんでいる東映さん。次はわたし『カゲスター』とか『怪傑ズバット』とか期待してます。あ、でも宇宙がらみじゃないとダメなのか。じゃあ『キャプテンウルトラ』とか・・・

『フォーゼ』本編はちょうど昨日大団円を迎えましたが、映画はもうちょっと続くようです。17やキョーダインのファンはぜひ劇場で!(だからどれほどいるのかと)

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August 22, 2012

バットマン・イズ・オーバー クリストファー・ノーラン 『ダークナイト・ライジング』

Dkr1あの『ダークナイト』から四年、クリストファー・ノーラン版バットマン待望の第三作が公開となりました。本当はもっと盛り上がってるときに記事をあげたかった・・・ 『ダークナイト・ライジング(原題はライジス)』、ご紹介いたします。

ジョーカーがゴッサムシティを恐怖のどん底に叩き落してから八年。バットマンとゴードンとの間で交わされた密約により犯罪は激減。街はかつてない平和な日々を享受していたが、一方繁栄の裏で貧富の差は拡大していった。そんなゴッサムでかつてバットマンと戦った革命家の後継者が暗躍を始めていた。鍛え上げられた肉体と絶大なカリスマ性を持つその男の名はベイン。ベインの陰謀は長らく姿を消していたバットマンの復活を呼び起こし、ゴッサムに再び嵐が吹き荒れようとしていた。

第一作『バットマン・ビギンズ』の記事はコチラ。第二作『ダークナイト』の記事はコチラ

公開されるやいなやツイッターでは「絶対ネタバレすんなよ! したらぶっ殺すぞ!」みたいな殺伐とした空気が流れていました。まあネタバレは誰しも嫌がるものですが、ここまでそれが顕著に現れた例も珍しいでしょう。でもここはブログですし、もう上映されて一月近く経ってるのでほぼネタバレで参ります。これから観ようかという方は避難されてください。

ラーズ・アル・グールが冷徹な革命家、ジョーカーが悪魔的な愉快犯だとすれば、ベインは「怒りに燃える狂信者」といったところでしょうか。ただこのベインさん、一体何がやりたいのかよくわからないところがありまして、ネット上で色々叩かれてました。貧民たちをたきつけて革命を起こすのが目的なのかと思ったら、「どの道ゴッサムは核で吹き飛ばす」とか言うし。
たぶんこのベインさん、重度の「罰フェチ」なんだと思います。「その人(物)にぴったりあった罰をコーディネートする」、そういうのに異常なまでの情熱を燃やすタイプなんではないかと。そうでもないとすぐにでも殺せる状態のバットマンをわざわざ遠くの国の穴倉まで放り込みにいったりはしないでしょう。
ゴッサムに対してもただ吹き飛ばすだけでは物足りないので、その欺瞞を世界中に見せ付けてさんざん羞恥プレイを加えてから全員消滅させる・・・というのが彼の考えた「ピッタリの罰」だったのではないでしょうか。うわあ、ねちっこい! まるでボクみたい! ただそのまわりくどさが、結局計画の破綻を招いてしまった気はします。

という感じでむりやりこじつけてみましたが、他にも苦しいところは色々あります(^^; それでもこの映画、そしてクリストファー・ノーランには欠点を補って余りある力を感じました。例えば八年ぶりにゴッサムに現れるバットマンのシーン。これひとつとっただけでも三部作を追いかけてきた者としては全身があわ立つような興奮を覚えさせられました。

今回特に気づいた点は子供に関して印象的な描写が多かったということ。ゴッサムの孤児院の明日無き少年たち、牢獄で生まれた不幸な赤子、セリーナが養っている不良少女、飛んでいくバットマンを見上げてはしゃぐ子供達、などなど。良家の男の子が国家を歌うところでベインが「美しい・・・」と感じ入るシーンもなにやら意味深げでした。そして幼き日のブルース・ウェイン・・・

この映画からわたしが受け取ったメッセージのひとつは、当たり前のことですけど、「大人は子供のよい手本、あるいは庇護者でなければならない」ということでした。悲劇に打ちのめされているブルース少年を救ったのはゴードンがかけてくれた暖かいコートでした。その手本を見て、ブルースはゴッサムの子供達の守護者になったのです。それに対して大人たちが欲望をむき出しにした「牢獄」の子供は成長してああなってしまったわけで・・・
まあわたしも「ちゃんとした大人」かといえばいささかこころもとありませんが、それでも泣いている子供がいたら「かわいそうだな」「なんとかしてやりたい」と感じる気持ちは大切にしたいものです。

3作全部観て、やはりこのシリーズはブルースとゴードンの絆の物語だったのだと思いました。腐敗と暴力にまみれた街を、なんとか日の射す場所にしたかった二人の物語。お互いがいたからこそ彼らはラースにもジョーカーにもベインにも立ち向かえたのだと思います。くどいようですが終盤にわたしが『ビギンズ』で特に好きだったシーンを挿入してくれたので、細かいアラはすべて見逃すことにしました。そして彼らの精神は次世代に受け継がれていく。ノーラン監督、わたしのこの記事や『ダークナイト』レビュー読んでいてくれたんだなって胸がほっこりいたしましたよ(んなわけねーだろ)。ノーラン版のブルース・ウェインは実の父親はいなくても、「父親代わり」には本当に恵まれていますね。その代わりといってはなんですが、女性にはふられたりだまされたりばっかりで・・・ 

20120820_212327_3というわけで「壮絶に」完結となりましたノーラン版バットマン。ここまで完璧にやられちゃうともう今後十年くらいはリブートもないんじゃないでしょうか。ただDCは近々自社のスーパーヒーローを勢ぞろいさせた『ジャスティスリーグ・オブ・アメリカ』を製作予定。恐らくバットマンも出るものかと思われますが、間違いなくノーラン版とは別人の「ブルース・ウェイン」になるでしょう。頭を切り替えて、楽しみにしたいと思います。


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August 17, 2012

ウルフガキ 細田守 『おおかみこどもの雨と雪』

Photo♪わーお わーお わおー どどんがどんどんどんがどんどどど
『時をかける少女』『サマーウォーズ』でその名を不動のものにした細田守監督が次に描いたのは、人間と狼男の壮絶なサバイバルバトル・・・ではありません。『おおかみこどもの雨と雪』、ご紹介します。

女子大生の花は、ある日同じ講義を受けている謎めいた青年に目を留める。彼のことが気になった花は思わず声をかけてしまい、以来二人の仲は急速に深まっていく。だが青年には秘密があった。彼は現代に生き残った狼男の末裔だったのだ。それでも気にせず、青年を受け入れる花。やがて結ばれた二人の間に、雪という女の子と、雨という男の子が生まれる。しかししあわせな四人の日々は長くは続かなかった・・・

例によって徐々にネタバレしていきます。
狼男といえばわたしが思い出すのは平井和正氏の『ウルフガイ』。無頼と孤高を気取りながら、弱き者に対しては限りなく優しい。そんな青年犬神明と、本作品の「おおかみおとこ」はイメージ的にかなり近かったです。
ただこちらのウルフ君は死に様があまりにもあっけなかった・・・ 鳥を獲ろうとして車にはねられたのか、高いところから落ちたのか。そしてワンコのままゴミ収集車行きって・・・ ここ、とても哀しいくだりだと思うのですが、わたしはなんだか笑えてしょうがありませんでした(感動した人スイマセン)。
ですが、一人で獣人の子二人を育てなければならなくなった花さんにしてみればたまったものではありません。線の細い人ならたちまちノイローゼになりそうな状況で、それでも花さんは笑顔を絶やしません。「咲く」という言葉には「笑う」という意味もあるのですが、まるで野の花が咲くように彼女は笑い続けます。やがて成長していく子供達。雨も雪も花の上に一時降り積もることはあっても、やがて通り過ぎ、どこかへ消えてしまいます。それでも花は土に根を生やし、穏やかにそれを見送っていく・・・ そんなお話でありました。

わたくしなんでこれ、「おおかみ」の話なんだろうと思ったのですが、細田監督としては狼に育てられたという少女、アマラとカマラの話が念頭にあったのかもしれません。もしかしたら人は狼としても生きられるのかもしれない・・・と。まあ狼少女の話は実際は発見した牧師の捏造だったらしいのですけど、それはさておき。
人として生きる、とはこの場合、人と関わって生きていくことをさしているのだと思います。一方狼として生きるというのは、誰にも頼らず己の力ひとつで生きていくことをさしているのかな・・・と。作品はどちらの生き方にもエールを送ります。

ただねえ、幾ら山の管理人が必要だからってまだ12歳なのにお母さん一人をおいて山の奥へと去っていってしまうのは薄情すぎやせんかと思いました。山から家へ通うことはできないのか? パンダコパンダのパパパンダはちゃんと家から通ってたぞ!・・・おっとまた宮○駿と比べてしまった・・・

とまあちょいと不満もありましたが、終盤の台風にさらされる学校のシーンはため息が出るほど神々しかったです。雨に覆われていく校庭。取り残された少年と少女。暗闇の中ゆらめくカーテンに見え隠れする少女の姿が、奇跡と言えるほどに美しく。アニメ映画のみならず、日本映画史上屈指の名シーンだと思います。

Photo_2今敏氏が亡くなったのは日本アニメ界にとって本当に痛手でしたが、宮崎吾朗、原恵一、そしてこの細田監督と、ポストパヤオを担う作家は着実に力をつけているのだなあ・・・としみじみ感じ入りました。『おおかみこどもの雨と雪』は、現在全国で『海猿』の次くらいに大ヒット上映中です。

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August 15, 2012

本当は恐ろしいアニメ童話 マーク・アンドリュース ブレンダ・チャップマン 『メリダとおそろしの森』

Photo第一作『トイストーリー』からピクサー作品はすべて映画館でチェックしてきたわたくし。当然今回も観てきました。『メリダとおそろしの森』、ご紹介します。

10世紀ごろのスコットランド。王女メリダは乗馬と弓が大好きなお転婆な女の子だったが、母はそれを快く思わず、厳しく礼儀作法を教え込んできた。やがてメリダが思春期を迎えると、王妃は王と計らって周囲の部族からふさわしいものを婿に迎えようとする。だがまだまだ結婚したくないメリダは、一計を案じてなんとかそれを逃れようとするのだが。

第一作からはや17年。ピクサーもいつの間にやら自分達独自のスタイルを確立してしまった感があります。そのスタイルとは、オモチャとか虫とか謎の物体とか、とにかくヘンテコリンでちっこい物体がうじゃうじゃ出てくるそういう作風のことであります。
で、それからすると今回の『メリダ』はかなり異端の作品であります。普通の人間の女の子が主人公で、ビックリドッキリメカみたいなものもほとんど出てこない(毛むくじゃらのオッサンはいっぱい出てきましたが)。どちらかといえばピクサーというより、ディズニーご本家かドリームワークスが作りそうなアニメ。でもまあ、作風云々はさほど重要じゃありません。問題は面白いか、こちらの胸に響くような何かを残していってくれるかということ。こっから先は徐々にネタバレしていきます・・・


わたしとしては、どうも主人公のメリダにひっかかりを感じざるを得ませんでした。親から無理やり結婚させられそうになる。そこは同情できます。しかし詳しい結果を知らなかったとはいえ、実の母親に一服盛って意見を変えさせようとするってずいぶんおっかなくないですか・・・ そのせいでお母さんがクマになってしまっても、「わたしは悪くない。悪いのは魔女」と反省しないメリダ。こりゃ相当の問題児だわ・・・と呆れ返りました。
ただ、そんな風にわたしが感じるのはこれまでジブリのアニメを一通り見てきたからだと思います。たとえば『千と千尋』の千などは自分のせいではないのに、豚に変えられてしまった親を元に戻そうと懸命に働きます。キキもサツキもシータもか弱い女の子でありながら、厳しい試練に健気に立ち向かっていきます。そうした宮崎アニメのヒロインと比較してしまうと、メリダちゃんがコマッタちゃんに見えてしまうのも致し方なきことでしょう。もしかしたら千尋やキキなどよりも、メリダの方がずっと実際の女の子たちに近いのかもしれません。
リアルといえばメリダと王妃のような親子は確かにそれなりにいそうです。娘のためと思い、厳しいしつけを施し、熱心にバレエやピアノを習わせる母。しかしそれがいきすぎると娘には大きなプレッシャーとなってしまい、まるで『キャリー』や『ブラックスワン』のようになってしまう・・・ ああ恐ろしい!

ま、そこはピクサーのアニメ映画なんでそこまでドロドロギスギスした話にはなりませんが、これがホラー映画として企画されたなら「ガオオオ!! どうしてわたしを怪物にしたのオオ!!」と怪物熊がヒロインを追い掛け回す相当怖い話になったことでしょう。自分は男なんでよくわかんないですけど、母と娘って場合によったらそういう一筋縄ではいかないような感情で結ばれてしまうこともあるのではないでしょうか。

かように考えようによってはなかなか深いお話ではあります。が、これまでのピクサー作品と同じくらいテンションが上がったかといえばちと微妙(笑) 最新のCGで描かれた自然の美しさや、中世スコットランドの風俗、ケルト風のサントラなんかは大変素晴らしかったんですけど。特に坂本美雨さんが歌われている「いにしえの子守り歌」は情感豊かで心に染み入る主題歌でした。

120810_083035『メリダとおそろしの森』は一応現在全国で上映中ですが、日本ではかなりお客さん入ってないらしいです。こんなスレが立ってしまうほどに・・・ 『トイストーリー』や『ニモ』の十分の一しかもうかってないのか・・・ わたしは微妙にくさしてしまいましたが、アニメ好きなら一見の価値はある作品なのでご興味おありの方はぜひ映画館で観てください(急に応援モード)

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August 08, 2012

すべての道はローマ風呂につづく ヤマザキマリ・武内英樹 『テルマエ・ロマエ』

Tmr1原作は800万部を売り上げ、映画もいまのとこ本年度ナンバー1の興行収入を達成した『テルマエ・ロマエ』。先日終了間際に滑り込みで観てきました。いまさら不要かとは思いますがまずはあらすじからご紹介いたします。

西暦130年代の古代ローマ。浴場技師のルシウス・モデストゥスは長い間変化のないローマの浴場に、何か斬新なアイデアを盛り込めないものかと日々苦慮していた。ある日湯壷の中で思索にふけっていたルシウスは、浴槽の下にお湯が流れ込んでいる穴を発見。うっかり吸い込まれてしまったルシウスがなんとか浴槽から這い出ると、そこはいまだかつて見たこともない平たい顔の人々の世界が広がっていた・・・

ま、この「平たい顔族の世界」というのが我々の暮らしている現代日本なのですね。なぜ古代ローマ人がお風呂を経由して21世紀にタイムスリップしてしまったのか・・・ その辺の科学的説明は一切ありません。

わたしは漫画界でどやどや騒がれていたころに原作を手に取り、とても面白く読ませていただきました。そういえば2010年末の第七回SGA屋漫画文化賞でギャグ部門の賞をあげてましたね。そのころからそれなりにブームにはなってましたが、まさかこのように映画版まで大ヒットを飛ばそうとは夢にも思いませんでした。わたしのように始終妄想とかくだらないことばかり考えている人間ならこのヘンテコな世界観にすんなりなじむことができるでしょうけど、日本人の大多数を占める常識人の方たちはとてもついていけないんじゃないかな・・・?と思ったものですから。

つらつら考えてみるに、やはりヒットの原因は「風呂」でしょうか。世界ひろしといえど、我々日本人ほど風呂の好きな人種もちょっといないでしょうからね。けれどもこれまで本格的に風呂を題材にした映画といえば、『千と千尋の神隠し』と『クレヨンしんちゃん 爆発!温泉わくわく大決戦』くらいしかない。みんな心の底で「もっと風呂映画を!」と望んでいたのかもしれません。そこへきてローマ史の勉強もできる! これはお得ですよ、奥さん!
あとね、わたしたち現代人は生きていく上で様々な虚飾をかぶっていかなければならないじゃないですか。見栄とか世間体とか見え透いたお世辞とかそういうもんです。そんな我々には一糸まとわず裸一貫で心のままに突っ走るルシウスの姿がとてもまぶしく映ります。ぼくたちは・・・いつから彼のような純真な気持ちを失ってしまったんだろう・・・ さあ、君も君も、よけいなものを脱ぎ捨てて素っ裸で走り出そうじゃないか! ボクに続け! (ウォ~ン ウォ~ン) だ、誰だ、通報したのは!?

・・・しかしこんなに質実剛健、謹厳実直だったローマ・・・というかイタリアが、時代が下るにつれてどんどんヘタリア化してしまったのはどうしてなんでしょう。きっと風呂に浸かりすぎて、人格もモラルもどんどんふやけてしまったのかもしれませんね。お風呂は清潔さを保つ上では欠かせませんが、入りすぎると「やる気」がどんどん蒸発してしまいます。日本国民を同じ轍を踏むことのないよう十分気をつけてまいりましょう。

Photoいつにもましてわけのわからんレビューになってしまった。『テルマエ・ロマエ』はさすがにどこも上映終了してしまったようですが、まあその内DVDが出るでしょう。見逃した方はそれまで原作を読んでおくのも一興かと。ちなみにハドリアヌス帝には映画では描かれなかった大変「あら~ん」な趣味があります。気になる方はぐぐるか原作を手にとって確かめてみてください(ヒント:名前の後半)

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August 06, 2012

影は生きている ミッシェル・オスロ 『夜のとばりの物語』

『チェブラーシカ』『動物農場』『イリュージョニスト』など、新旧のアート性高いアニメを次々と配給してくれている三鷹の森ジブリ美術館ライブラリー。『キリクと魔女』『アズールとアスマール』に引き続き、異才ミッシェル・オスロの新作をまたもや持ってきてくれました。『夜のとばりの物語』、ご紹介します。

そこはとあるアニメーションスタジオ(なのか?)。若い二人の男女と学識豊かな一人の老人が、世界の様々な民話を掘り起こし、六つの影絵として再現していく・・・ という話なのかと思っていたら、公式によると「夜な夜な好奇心旺盛な少年と少女が、古いお映画館で映写技師と共にお話を紡ぎ、6つの世界の主人公となります」となっていました。ギャフン。
と、とりあえず予告編の動画をごらんください。

オスロ監督の作品は『アズールとアスマール』を観たことがあります。あれも非常に独特な技法のアニメでしたが、今回もまた新たなチャレンジを試みています。それは「影絵」。人間にしろ動物にしろ妖怪にしろ、基本的に動くものは全て真っ黒なシルエットで表現されています。対照的に背景はパステル調で色彩豊かに描かれています。一歩間違えれば「手抜き」とも受け取られかねない極めて大胆な手法。しかしオスロ監督の卓抜したセンスゆえか、この真っ黒なキャラたちがくにゃくにゃと動く画風が美しく、かつ面白い。わたしが思い出したのは『ヘルボーイ』原作で知られるマイク・ミニョーラ氏のスタイル。こんな感じ。
120806_082158漫画とアニメの違いこそあれ、影で覆われた世界というのは、操る人によってはこんなにも魅力的なものになるのですねえ。

それでは全六話の感想を手短に書いていきます。

shadow狼男
恐らくトルコかペルシアあたりが舞台。実は狼男だった貴族の青年と、彼を一途に慕う少女のお話。ストーリーの先が読めたせいか六話の中では少々印象が薄かったです。
萌え所:青年が狼に変身するシーン。いま日本でも似たようなのやってますね・・・

shadowティ・ジャンと瓜二つ姫
ポリネシアの島々の民話。とある島を訪れたティ・ジャンはその島の王様が娘婿を探していると知り、ひょいひょいと宮殿に訪ねにいくが・・・ お調子者で行き当たりばったりで、でも心優しいティ・ジャンの冒険が楽しいお話。南洋のほんわかしたムードも手伝って、六篇の中で一番人を食った話でした
萌え所:ティ・ジャンになつくバカでかい蜂

shadow黄金の都と選ばれし者
南米インカ・アステカあたりを意識したお話。噂に高い黄金の都を訪れた青年は悲しげな美女に会う。彼女は都の反映と引き換えにこの地の神に捧げられるのだという
日本のヤマタノオロチ退治やギリシャのアリアドネの物語を彷彿とさせるストーリー。最初は「都のために仕方ないこと」と諦めていた人々が、青年の情熱で心を動かされていくところは音楽とあいまって感動的でした
萌え所:ダイナミックに動く大怪獣(笑)

shadowタムタム少年
アフリカの民話。太鼓の大好きなタムタム少年はいつも何かをポムポム叩いているが、そのたびにみんなから「うるさいからあっちに行け」と煙たがられる。それでも叩くことをやめないタムタム少年は、ある日太鼓の達人らしき老人とめぐりあう。「黄金の~」と並んで最も気に入った一編。「戦いに勝るのは平和と音楽とダンス」というテーマが実にオスロ監督らしい
萌え所:乳首の形まではっきりわかるお姫様。アフリカが舞台だからなんでしょうけど・・・

shadow嘘をつかなかった若者
チベットに材を取った、少年と少女と喋る馬の三角関係(!?)を描いたお話。とにかくこのヒロインがむかつきます。冒頭でレギュラーの女の子が嫌がっているのも大納得。そして「お前はそれでいいのか!?」と拳を握りたくなる結末には大疑問
萌え所:「あかぬけ一番!」のヒカリキンみたいな喋り馬

shadow鹿になった娘と建築家の息子
これは普通にヨーロッパのおとぎ話だったかな。邪悪な魔術師と結婚させられる娘を、その恋人の青年が助け出そうとするお話。ストーリーや青年がお城をひょいひょいと渡っていくあたりは宮崎駿氏の某名作を思い出させます。また後半出てくる「妖精の家」に入っていくくだりは「アズールと~」にも似ておりました
萌え所:カリオストロの城(違)

Photo『夜のとばりの物語』はもうレイトオンリーになっちゃいましたが、まだメインの新宿バルトでかかっているようです。わたしこれ3Dで観たかったんだけど、行ったらもう完売で時間的に2Dしか観られなかったのよね・・・ しかも5時間も待って。
許すまじ、新宿バ○ト(逆恨み)


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