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November 29, 2011

沼物語 福本伸行・佐藤東弥 『カイジ2 人生奪回ゲーム』

111123_145333「おかえり、クズのみなさん」 ただいまー! 本日はあの大ヒットマンガ原作の第二作『カイジ2 ~人生奪回ゲーム』ご紹介いたします。ちなみに第一作のレビューはコチラ。

帝愛グループとの死闘から一年(くらい。たぶん)。孤高のギャンブラー(なのか?)、伊藤開司は再び身を持ち崩し、帝愛の奴隷となって地下奥深くの作業場で働かされていた。仲間たちの支援と持ち前の知略で、カイジはなんとか期間限定で地上に出る権利を得る。元手の百万円を膨らませて、なんとか仲間たちの借金を返そうと試みるカイジ。そんな彼の前にかつての仇敵、利根川が現れる。利根川はカイジをとある秘密カジノにある「沼」と呼ばれるパチンコ台に誘う。まるで怪物のようなその台の、一番底にある穴にひとつでも球を入れられれば、いままで「沼」が吸い込んできた10億円を手に入れられるという。果たしてカイジは自由と十億を勝ち取ることができるのか。

前作では全部で三種類のゲームというか勝負が行われましたが、今回は途中で「姫と奴隷」というゲームがあるほかはほぼず~っとパチンコの話です。ちっちゃな球の行方に大の大人たちが青筋立てている様子は、冷静に考えてみれば実にこっけいであります。それどころかそのために○○まで○けちゃったりする。でもこれもまた社会の縮図ってやつなのかもしれません。人はけっこうちっちゃいことやくだらないことに、それと気づかず血眼になっているものです。そして時にはそれがかっこよく見えることもあります。

第1作はひたすら勝利の快感を追い求めた作品だったと思います。ダメダメ人間のカイジが負けて泣いて、最後の最後で華麗に一発逆転を決めてみせる。社会の底辺に生きる者としては、これにカタルシスを覚えずにはいられません(笑)
しかし今回は気持ちいいだけでなく、青少年たちにちゃんと考えさせる内容になっていたと思います。カイジのライバルとなる一条は、かつて仲間を鉄骨から突き落として帝愛の上層部に成り上がった男。「生きるために押すのは当たり前」そううそぶく一条。それに対しカイジが大金を得ようとするのは、あくまで仲間を救い出すため。本当に大切なのは信じられる仲間か、それとも金か。もうすぐ四十郎であるわたしたちの年代からすると、こういうテーマは青臭く感じられることもありますが、10代20代の若者たちにとってはわかりやすくて楽しめるいい教材なのではないでしょうか。

そんなテーマに花を添えるのが、日本を代表するくどいおじさん俳優たち。お調子者がよく似合う生瀬勝久氏・・・は普通にサラリーマンNEOでしたが、香川照之氏(またか)演じる利根川は辛酸をなめたせいか、以前よりも面白みの増したキャラとなっていました。そして今回回想シーンのみでの登場である、光石研氏演じる「おっちゃん」。もう映画版『カイジ』で一番重要な人物はこの人なんじゃないかという気がします。どんなピンチに陥ってもカイジに戦い続けるモチベーションを与えているのは、もうこの世にいない彼にほかならないのですから。カイジが「おっちゃんの死は無駄じゃない!」と叫ぶたびに、年を食って涙もろくなったわたしなどは鼻水をつすーとたらしていましたよ。
そしてもう一人あげておきたいのが(出番はわずかですが)強制労働者を食い物にする松尾スズキさん。「カイジくん~ また会えて嬉しいよ~」とニコニコしながら金を巻き上げる姿は邪悪そのものなのに、なぜか強烈な愛着を感じます。『悪人』で悪人を演じてた時にははらわたがにえくりかえるような怒りを感じたものですが・・・ 人間の感覚って不思議ですね。

以下はラストを割っているのでご了承ください。

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「本当に大切なのは信じられる仲間か、それとも金か」と書きましたが、ラストシーンがまた見事な対比となっております。有り金のほとんどを失って、それでも仲間たちとはしゃぎあって楽しそうなカイジ。そしてその金を見事にだましとったのに、「お前には仲間がいるからいいよな」とさびしげにつぶやく利根川。今年の邦画の中でも(そんなに観てないすけど)最も秀逸なENDのひとつだと思ってます。

111128_212229そういえば今年は『GANTZ』『SP』『あしたのジョー』『電人ザボーガー』と、アニメを除くと見事に漫画原作か漫画っぽい邦画しか観てないなあ。映画通のみなさんにはあまり評価されないこれらの作品ですが、意外とどれも単純なハッピーエンドには終わっておらず、生きることには痛みが伴うこと、それでも前に進んでいかねばならないことを上手に教えていると思うんですがねえ。うん、やはりこれから大人になる青少年たちには、こういう映画も必要ですよ。そんなわけで年末公開の『ワイルド7』も楽しみにしております~

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November 24, 2011

シカゴ線大爆破 ダンカン・ジョーンズ 『ミッション:8ミニッツ』

111123_213400ミッション道々ウン… おっと。『月に囚われた男』で一躍注目を集めた気鋭の監督、ダンカン・ジョーンズの第二作。『ミッション:8ミニッツ』、ご紹介いたします。

アフガンでヘリのパイロットを務めていたスティーブンは、突然見知らぬ列車の中で目を覚ます。向かいの女性は彼に親しげに呼びかけるが、それは聞いたこともない男の名前だった。混乱が加速していく中、ついには大爆発を起こす列車。だがスティーブンは再び別の場所で意識を取り戻す。スピーカーから語りかける声は言った。列車での記憶は、死者の残留思念をもとに高精度に再現されたものであること。そしてプログラムの限界である8分以内に、なんとかして爆破事件の犯人を見つけてほしいと・・・

ぶっとんでるな~(笑) あはは。このあとスティーブンは犯人探しに再チャレンジすることになりますが、映画の上映時間は約二時間あるので、二回や三回で見つかったら到底間が持ちません。そんなわけで何度も何度もどつかれたりキモ悪がられたり死んだりを繰り返すスティーブン。心の底から「お疲れ様」と言ってあげたくなります。
こういう映画、時々ありますね。わたしは勝手に「巻き戻しもの」と呼んでおります。
タイムマシンや超能力を使って、あるいは強引な構成によって過去に戻り、失敗を帳消しにしようとしたり、隠された真実を暴き出そうとする話。どんなのがあるかといえば『バンテージ・ポイント』とかアニメ版『時をかける少女』とか、そのものズバリの『タイムマシン』とか『バック・トゥ・ザ・フューチャー』三部作とか。小説では西澤保彦氏の『七回死んだ男』というのもありました。あと何回もやりなおさないと真のエンディングにたどりつけないという点では、ゲームソフト『かまいたちの夜』なんてのも思い出します。
そう、大抵一度や二度のやりなおしではうまくいかないというのもこの「巻き戻しもの」の特徴ですね。
ただこのスタイル、見せ方・やり方が上手でないと観客としては「またこのシーンかよ。飽きたよ」と言いたくなってしまいます。そういう点ではこの『ミッション:8ミニッツ』、決して単調な繰り返しにはなっておらず、主人公に関する秘密も小出しに明らかにしていったりして、観る者のテンションを下げない工夫がなされています。

監督は最初にも述べたようにダンカン・ジョーンズ。前作『月に囚われた男』ではしきりに「あのデビッド・ボウイの息子が!」ということで騒がれて、邦題までパパの映画をもじっておりました。が、今回はほとんどその手の宣伝はなされず。実力をもって「親の名声は必要ない」ことを証明したってとこでしょうか。
そういえば前作と同様、こちらでも「自分は本当に自分なのか」というアイデンティティの問題を扱っております。たぶん物心ついてからずっと「デビッド・ボウイの~」という扱いを受けていたであろうダンカン監督。自分が誰かの付属物でないこと、自分の存在を証明することは、彼にとって人一倍重要なテーマなのかもしれません。まあこの脚本はダンカン監督が一から作ったものではなく、すでに出来てたものをジェイク・ギレンホールに頼まれて監督することになったそうですがcoldsweats01 それでも作中で描かれる親子の葛藤を観ていると、ついつい「ボウイさんちもこんなだったのかしら」などと憶測してしまいます。

イカはラストについて触れてるので、これから観ようかという方はご遠慮ください。
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映画の終わり方というのも難しいもので。ハッピーエンドで万事解決、という映画も悪くはありません。むしろ好きな方です。ただそういう映画って悲しいかな、よほどカタルシスがぶっちぎりでない限り、あっという間に忘却の彼方に消えてしまうんですよね。ひどい時なんて劇場を出て一時間もするともう忘れてる時もあります。
かといってあまりにも悲惨だったり救いようのないENDも当然気持ちよくありません。それどころか「なんでこんな映画金払って観てるんだろう…」ととことんむなしい気持ちになるものです。
いい加減わがままで申し訳ありませんcoldsweats01。要するにわたしにとって理想的なエンドとは、決してハッピーエンドではないけれど、悲劇の中にかすかに慰めや希望の光を感じさせるような、そんな締め方。
その点ではこの映画、なかなか理想的でした。ラスト五分前までは(笑) そこで終わってくれりゃあ感動の涙に埋もれて「ウンウン、よかったねcrying」という気持ちで映画館を出られたのですが、本当にそのあとの五分で涙はひっこみ頭はパープリンになってしまいました。ほんとうにあの時の涙を返してほしいですcoldsweats01
まあそうですね。まあとりあえず印象に残るエンドではありましたが。

111123_213549そんな『ミッション:8ミニッツ』、すでに公開がだいぶ縮小気味になってきました。あと一週間がヤマでしょうか。ご興味持たれた方はお早めに。
仮に過去に戻れたとしたら、どの辺を修正しようかな~ ・・・ありすぎて困るwobbly


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November 20, 2011

ネットで観られる猫目映画 片岡翔 『蹴缶-第5回全日本缶蹴グランプリ』『象煮』ほか

coldsweats01111118_214418_2ひょんなことから追っかけ続けてきた自主映画作家の片岡翔氏。年末より公開される『missboys』二部作で脚本という形ではありますが、いよいよ商業デビューされることになりました。パチパチ
そこで本日はネットで観られる片岡作品を中心に、氏のこれまでの歩みを概観してみることにします。

まず氏の実質的なデビュー作と言える2006年の『蹴缶-第5回全日本缶蹴グランプリ』。いきなり記事タイトルに偽りありですが、これはネットでは観られません。TUTAYAディスカスでレンタルできます。
ストーリーは作品タイトルにあるように、全国から集まった缶蹴りの猛者たちが、日本一の座をめぐって死闘を繰り広げる(缶蹴りで)・・・というもの。この猛者たちというのがコナン君似の小学生、侍風の黒人、忍術?を使うオタッキー、その辺のおばちゃん、仮面をかぶった謎の男…と実に個性豊か。前半のうちは特にこれといった主人公がいないものの、参加者が減っていくに連れだんだん一人がクローズアップされていくという構成も面白い。
さすがに後の片岡作品から比べると、少々たどたどしい部分もありますが、それを補って余りあるエネルギーに満ち溢れています。ぜひ今の実力で続編なりリメイクなりを作っていただきたいところですが、いかがでしょう。

続けて紹介するのは2008年の作品『ニタンカサンソ』(タイトルをクリックすると動画ページに飛びます)。
毎年行われているショートショートフィルムフェスティバルの「STOP!温暖化部門」に応募された作品。氏の代表的なキャラクターである「コタロウ君」が登場いたします。地球温暖化をどうしたら防げるのか子供なりに必死に考えるコタロウ君とガールフレンドのお話。子供と世界、1対1で進んでいくストーリー、「なんとかしてあげたい」という思いなど、片岡作品の基本形がすでにもうできあがっております。

それに対しやや変化球的なのが次の二本。
一本目は山本周五郎の人情ものを彷彿とさせる『象煮』。病弱な女房を力づけたいと思った男は、「象の肉」だと言って怪しげな煮物を持ってくるが・・・
老人が主人公で時代劇、というところが氏のキャリアの中では珍しい作品。もっとも上にあげた「誰かを思いやる気持ち」があふれている点では後に続く作品と共通しています。「象の煮物」をめぐる夫婦のトンチンカンな会話がしみじみおかしかったです。
二本目はやはり2008年のショートショートフィルムフェスティバルに出品された『28』。蒸し暑い夜。女の子が冷房を強めに入れていたら、部屋に何者かの気配が・・・ これまた氏にしては珍しいホラー風味の一本。そんなに派手な演出があるわけではないものの、小心者としては十分怖い作品でした。まあ、オチはシュールというかなんというか(笑)
この時期はご自分の方向性を探ろうとして、いろんなものに挑戦されていたのかな~と憶測しております。

さらにネットで観られる片岡作品としてはシンガー「黒色すみれ」の楽曲『月光恋歌』PVや、これもどちらかといえばPVに近い人形アニメ『食卓』。そして以前こちらでも紹介した『Mr.バブルガム』(2009)や『SiRoKuMa』(2010)があります。特に『SiRoKuMa』は先のSSFFで三冠を達成しただけあって、演出・脚本ともにこの中では最も洗練された一本。いまそんなに時間がないという方は、とりあえずこれだけでもご覧ください。

それからすでに始まってしまったんですが、現在渋谷はユーロスペースで「NO NAME FILMS」という若手作家たちの特集上映が行われています。このうちのBプログラムで氏の『ぬくぬくの木』が上映されています。さらに30日には「片岡翔DAY」と銘打って、代表作『くらげくん』と新作『Party』『超スーパーギガゴーレムSVプラス超リーサルウエポンⅡアンドギガ』もあわせて上映。ああ・・・ 行きたい・・・ でも平日の上に終電行っちゃうから今回は行けないんだ・・・・ こういう時は地方在住の身の上が本当に恨めしいです。

111118_214359片岡監督はジブリの信奉者だそうですが、ジブリで一番片岡作品に近いものというと・・・『火垂るの墓』かしら・・・
あとフランス映画の『赤い風船』『プチ・ニコラ』などが好きな方はきっと気に入られると思います。この機会にぜひ。

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November 15, 2011

赤いシグナル非情のサイン うしおそうじ・井口昇 『電人ザボーガー』

111029_143719♪いーかりーのでんーりゅうー! ほっとおーばしーるー!
本日は正直「え!? なんで!?」という思いが否めないのですが、ともかく35年ぶりの復活をとげた伝説の特撮ヒーロー『電人ザボーガー』、紹介いたします。

時代はたぶん昭和。政治家が次々と誘拐され、生気を吸い取られるという奇怪な事件が起きていた。それは怪人悪ノ宮博士率いる秘密結社「∑」の仕業だった。父を∑に殺された熱血青年・大門豊は、秘密刑事となってパートナーのロボット、ザボーガーとともに悪ノ宮に立ち向かう。
色々あって25年の歳月が過ぎた。大門はある悲劇のためにすっかり抜け殻のようになっていた。そんな大門の前に、「私を助けて」と請う謎の少女と、宿敵悪ノ宮が姿を現す。

このたびの映画化で多少は知れ渡ったかもしれませんが、特撮ドラマ『電人ザボーガー』を実際にごらんになった方はどれほどおられるでしょう。特撮ブーム華やかなりし1970年代、円谷・東映に続く第三の雄、ピープロが製作した意欲作でありました。巨大なものと相場が決まっていたヒーローロボットをあえて等身大のサイズに設定して、主人公(人間)とコンビを組んで戦わせるというところがなかなか斬新でありました。ひいきめに考えてあげると、アシモフの名作SF『鋼鉄都市』を意識していたのかもしれません。
だがしかし、です。当時のガキんちょからすれば「うお、すげー」と思えたザボーガーも、ひねた大人になった今の目でみますと、どうにもおかしいところが色々あります。冷静に考えて、どう考えてもあのバイクがあんなスマートな人型に変形するわけはない、とか。
ですから『ザボーガー』が現代に復活すると聞いても、たぶんまともな形でのリメイクではないだろうな、とは思ってました。大体ピープロヒーローを平成の世に蘇らせてもギャグにしかならないということは、『モテキ』で大ブレイク中の大根仁監督が『ライオン丸G』で証明済みではないですか。しかも監督は『ロボゲイシャ』や『片腕マシンガール』の井口昇氏という。果たして予感は当たりました(笑)

第一印象は「多少は熱のこもった三池版ヤッターーマン」というものでした。たしかにオリジナルへのオマージュ度は半端ではありません。当の昔に忘れ去ったあんなキャラ、こんなシーンをこれでもかと詰め込んであります。しかしなぜなのでしょう・・・ ドラマ版の要素を再現すればするほど、どうしてもギャグになってしまうのです。そのあまりにもかっとんだセンスにいまひとつついていけず、ずっとポカーンとしている内に映画は終わってしまいました(笑) まあよかった点といえば、いつも一緒に映画を観ると大体微妙そうな顔をしているウラヤマさんが「とっても面白かった!」と言ってくれたことくらいかしら。

ところがどすこい。です。鑑賞からほどなくしてこの映画のことを思い出していたら、なんだかだんだんと愛着がわいてきてしまったのですねえ。いや、こんなことはちょっとめずらしい。鑑賞直後は大門やミスボーグのやかましい声にさえぎられて、ザボーガーのひたむきな愛やさびしさに気づかなかったのであります。
ザボーガーは大門に命じられないと動くことができません。そして戦闘用のために言葉を話す機能もついてません。ですから何の感情もないよくできた機械なのかと思ってたのですが、実は彼なりの自我があったことがストーリーの中盤で明かされます。とち狂った大門の命令に逆らい、主人に拳を見舞うザボーガー。それはもしかしたら愛の奇跡だったのかもしれません。この時のザボーガーの心情を後から思い返してみると、泣けて泣けてしょうがありません。

思えばこのロボット、ドラマ版のころからかわいそうなヤツなんですよ・・・(注意:今からドラマ版の結末をばらします)

最後の敵を倒すため、無茶なミサイル連射で壊れるザボーガー。ですが主人の大門は一寸のためらいもなく彼を置いて敵の基地から脱出してしまいます。一件落着したあとに、ダメ押しのようにかぶさる「ザボーガーを失ったが、大門の心に悔いはなかった」というナレーション。少しは悔いてやれよ!
後半は板尾創路が主演ということで是枝裕和監督の『空気人形』とかぶるところも色々あり。必要な時にだけいいように使いまくり、他に好きな対象ができた途端にさくっと忘れられてしまう。本当に男って(板尾って)身勝手だと思いませんか?

111115_185922そんな人形の孤独な愛に胸を打たれた人が多かったのか、『電人ザボーガー』は現在新宿バルトほかで絶賛上映中。でもこの映画を楽しめるのは、非常に限られた人たちだけだと思いますw 特にお子さんを一緒につれていくと若干きまずい思いをすることになりますので、その点くれぐれもお気をつけください!


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November 12, 2011

地中海美少年伝説 ルキーノ・ヴィスコンティ 『ベニスに死す』

Photo♪美しさは罪~(『パタリロ!』EDより) 本日は最近ニュープリント版が上映されたヴィスコンティの不朽の名作『ベニスに死す』をご紹介いたします。

静養のためにベニスを訪れた老作曲家アッシェンバッハは、滞在したホテルで美の化身のような少年を見かける。少年の名はタッジオ。その美しさに引き寄せられたアッシェンバッハは、以来絶えずタッジオの姿を視界に追い求めるようになる。だが彼が甘い夢におぼれているのをよそに、ベニスでは静かにコレラが蔓延しつつあった。

「名画100選」なんかがある度に決まって選ばれる本作品。初めて観てみて思ったのは、本当にストーリーらしいストーリーが「ね~~~~ッ!!」ってことでした。
主人公の老作曲家は見ていていじらしくなるほどにタッジオに恋焦がれるのですが、だからと言って具体的な行動は何一つ起こしません。部屋の窓から、遠く離れた席から、柱の物陰から、ただひたすらタッジオを見つめるだけ。「いい年こいて・・・ どんだけ乙女野郎なんだ!」と思わずにはいられません。まあ幾ら美しいとはいえ未成年(しかも男)を強引にくどいてモノにしてしまうというのもいかんとは思いますけど。
当のタッジオ少年もどうやらその熱い視線には気づいている様子で、時折意味ありげに見つめ返してくることすらあります。でも二人の接触といえるものは本当にそれくらいです。

なぜアッシェンバッハが夢中になったものが「美少女」ではなく「美少年」だったのか? 理由のひとつはこれが原作者トーマス・マンの実体験に基づいたものだからです。そしてもうひとつは監督のヴィスコンティがバリバリの両刀使いだったからshock もっとも劇中での描写を見る限り、アッシェンバッハ氏はもともとはノーマルな趣味だった模様。真に自分にとっての理想の美を備えた存在を見出したとき、人はそれが男か女かということはどうでもよくなってしまうのかもしれません。実際タッジオ演じる当時のビョルン・アンドレセンは、そっちの趣味が全くないわたしですら「これなら仕方がないかも」と思わせるほどの輝きを放っております。

以下はだんだんネタバレしていきますが・・・

基本的にずっとしかめっ面か当惑した表情のアッシェンバッハ氏。彼が笑顔を見せたのはわたしの記憶が確かならば全部で四回。
一度目は追憶で妻や娘と戯れているシーン。
二度目は一度は去ると決めたホテルに、意を翻して再び戻るところで。
三度目はこっけいな厚化粧をしてタッジオを追いかけるものの、急にへたりこんで力なくヘラヘラと笑う場面。
四度目はラストシーンで遠くにたたずむタッジオを見つめながら。
本当にハッピーな笑顔というのは最初のだけで、あとはいずれも死や老いの気配が濃厚ゆえに、物悲しさを感じずにはいられません。ただどの笑顔も微妙に表情や意味が異なっていて、その辺にもこの映画の奥深さというか、名画と言われる所以のひとつがあるような気がしました(わかったようなことを書いてるな・笑)

ベニスというと紀行番組でよく見る様な華やかなイメージがありますが、コレラの脅威がますにつれ次第にひっそりとしていく乾いた街の風景も不思議な余韻を残します。

Photo_2『ベニスに死す』ニュープリント版は引き続き都内を含め、全国の劇場でぼちぼちと公開されていくようです。たまにはそれこそ美術館で名画の美しさをゆっくりと堪能したい、という方におすすめします。
隣のイラストはどこかのサイトで見かけたおじさんになったアンドレセン氏。ちなみに彼はまったくそっちの気はなかったそうで、撮影中監督にホモのパーティーに連れて行かれて精神的に激しく消耗したとかcoldsweats01 

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November 08, 2011

荒野の一匹トカゲ ゴア・ヴァービンスキー 『ランゴ』

Scan2「パイレーツ・オブ・カリビアン」三部作で大ヒットを飛ばしたゴア監督が次に選んだのは、カメレオンが主人公の西部劇? 今回は今年最も異色かもしれないCGアニメ『ランゴ』、ご紹介します。

ハイウェイを突っ走る車の水槽の中で、おもちゃたちを相手に一生懸命芝居にいそしんでいる酔狂なトカゲがいた。彼の名はランゴ。ジョニー・デップに良く似た声のキザなカメレオンだ。ドライバーが乱暴にハンドルを切ったためにランゴは突然砂漠のど真ん中に放り出され、小動物たちが寄り集まったしょぼい町へとたどり着く。奇妙な偶然が重なって凄腕のガンマンと勘違いされたランゴは、町で深刻化している水不足を解決しようと奮闘するのだが・・・

う~ん。変な映画(笑)。あるいは変なアニメ?
これまでもいろんな動物がアニメの主人公になってきましたが、トカゲ・・・それもカメレオンのものというのはちょっと記憶にありません。大体カメレオンって表情がありませんからねえ。まあカメレオンに限らず動物というものは本来泣いたり笑ったりしないものですが、いかにキャラ化しても喜怒哀楽を表現しづらいというか。ロボットであるWALLEですらまだ表情豊かだったような。
ただ無表情なのはランゴだけに限らず、その他のネズミもモグラもカエルもその点はあんまし大差ないです。反面セリフだけはやたらとギャースカやかましい。その辺のアンバランスさがこの手の動物アニメとしては大変個性的でした。それを「面白い」と感じるか「ついていけん」と感じるかで評価が別れそうな気がします。あとヒロインの砂トカゲちゃんはやけに研ナオコに似ていました。

このアニメのもうひとつの特徴は西部劇でもあるということ。おそらく「ランゴ」という名前はマカロニ・ウェスタンの名キャラクター「ジャンゴ」のもじりでしょう。『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶカスカベボーイズ』監督の水島務氏によるとマカロニウェエスタンというのはレイプとヴァイオレンスのオンパレードだそうですが、さすがに子供が観るアニメでそれは無理ってもんでしょう(笑) そういえばランゴ君は結局直接には誰一匹として殺してませんでした。西部劇にあって不殺のヒーローとは、ある意味奇跡的な存在と言えるかも。まあでもマカロニ特有の小汚さとか、生きるための執着とか、悪者の怖さとか悪さはよく出てたと思います。
「生きるための執着」といえば、このランゴくん、冒頭のナレーションでいきなり「こないだ死んだ」とかネタバレされちゃうんですよ(笑)。子供向けアニメなのにそんな風に死の気配がところどころに漂っておりまして。ランゴ君なんかラストまでもたないんじゃないかというくらい、全編通じて無理ゲーのように絶えず死につきまとわれております。でも全然暗くなく、むしろカラッとしているところも独特でありました。

わたしが特に気に入ったのはランゴと一緒に水槽に入ってたお魚のオモチャ。時々ランゴの妄想の中でしゃべってたりしていて、これまた当然無表情なんですが、なんかあのうつろな眼差しを見てるとすごくぽやや~んとしたいい気分になってしまったりして。
あと落ち込んだランゴが砂漠をさまようシーンは、大変幻想的で、オチャラケアニメの枠を超えた芸術性を感じさせました。アート好きな人はここだけでも観る価値があるかと思います。Scanあ、あとジョニデのファンも一応観ておいたほうがいいのでは。「あんなのジョニデじゃない!」というあなた。カメレオンの彼も受け入れてこそ真のファンと言えるのでは? ただ前の記事にも書きましたが、この映画本国ではけっこうなヒットを飛ばしたのに、日本ではあんまし興行が思わしくないようです。そろそろ上映終了かもしれないので、観ようと思ってる方はおはやめに。


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November 02, 2011

007VSインディ・ジョーンズ ジョン・ファブロー 『カウボーイ&エイリアン』

Ac昔はピンで主役を張れたエイリアンさんも、見慣れてくると?それだけではお客が入らなくなっていくもの。そんなわけで近年は様々なビッグスターと対決しておられます。プレデター、モンスター、ヴァネッサ・パラディ、ニンジャ・・・ そして今度はカウボーイと対戦です。あら? なんだか相手弱くない? そんな『カウボーイ&エイリアン』、ご紹介しましょう(VSじゃないじゃなん!)

西部開拓時代のアメリカ。荒野から「大佐」が治める町にふらりと現れた一人の男。彼はごつい腕輪をはめていて、自分の記憶をなくしていた。男の正体は意外なところから判明した。列車強盗の人相書きの中に、その顔「ジェイク・ロネガン」があったのだ。一通り暴れた後、保安官の馬車につながれる男。だがその夜町は巨大な飛行物体に襲われる。人々が逃げ惑う中、男の手から放たれた光が、その物体を撃ち落した。果たして男は何者なのか? そして飛行物体の正体は・・・

あらすじを読んで「なんて強引な・・・」と思われた方もおられるでしょう。なんせ大西部にUFOですからw お江戸の町に宇宙人がやってくるくらい大したミスマッチですw(まあ平安京エイリアンとか大江戸ロケットなんてものもありますが)。このあとにも「実は○○○○の正体も○○○で、○で○○したら○○○った」なんてぶっ飛んだストーリーが展開します。
それもそのはず。原作は2006年に発売されたグラフィック・ノベル・・・まあ、ちょっと立派なアメコミです。この強引さというか、ひいきめにいうとセンス・オブ・ワンダーこそがアメコミの真骨頂なのです。

だのにそれと反するように、キャストには実に渋い演技派がそろっています。哀愁漂うボンド役でおなじみのダニエル・クレイグ、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』の怪演が印象的なポール・ダノ、『月に囚われた男』でほぼ一人芝居に挑んだサム・ロックウェル。そしてひさびさに貫禄を見せ付けた大御所ハリソン・フォード。
これだけのメンバーがいれば、エイリアンとか出さずに普通に重厚で人情豊かな西部劇を作る道もあった気がするんですが 実際、主人公が登場してから町を訪れてすったもんだするくだりは、十分普通の西部劇として面白かったりして。
でも、空飛ぶ円盤とか出てこなけりゃ、わたし観にいかなかったかもしれんしなあ。そして何より『アイアンマン』のジョン・ファブローにそんな現実的な話作ってほしくないし。ほんとのところどっちがよかったんだよ! 自分で自分の気持ちがわからない!

それはともかく、キャストで特に印象に残ったのはやはりまず「大佐」役のハリソンさんでしょうか。今回のハリソンさん、登場時は「あれ、この人誰だっけ?」ってくらい悪人の顔をしてます。てっきり悪代官のような役どころで、クレイグさんと壮絶な殺し合いでもはじめるのかと思いきや、ストーリーは意外な方向へ(笑)
もう一人脇役で目をひいたのは、町で酒場を営むドクを演じるサム・ロックウェル。先にも述べた『月に~』や『アイアンマン2』で、それぞれタイプの異なるへなちょこを演じていましたが、今回も出てくるなり奥さんにくどくどグチを垂れ続ける見事なへなちょこぶり。
そんな風に最初はヒーロー然としたキャラが一人もおりません。主人公のロネガンにしてからが、冒頭から保安官の一家を馴れた手さばきで瞬殺してますし。しかしお話を追っていくうちにそれぞれに好感をもたせていくような脚本は見事。まあ最初の印象が最悪なら、あとは良くなるだけ、みたいな。

元が元なロネガンが正義感に目覚めていくあたりにひっかかりを感じる方もおられるかもしれませんが、凶状持ちが記憶を失った途端に純真な少年のようになってしまうということは、まれにあるみたいです。このブログでだいぶ前にその実例を紹介したことがありましたが、それを覚えておられる方は果たしておられるやら。

090116_183005そんな『エイリアン&カウボーイ』は現在全国の劇場で公開中。ハリソン効果かまあまあのヒットを記録しているようです。一方公開日がかぶったやはり異色西部劇の『ランゴ』は、日本ではいきなり圏外と不遇のスタートを切ることになりました。同じ日に観て来ましたので、次はこの『ランゴ』を取り上げます。


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