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August 25, 2011

メガネと魔法の十年 デビッド・イェーツ 『ハリー・ポッターと死の秘宝 part2』ほか

Scan2むかしむかし・・・ じゃないか。一応現在、イギリスの地方にハリーというメガネの魔法使いっ子がいました。ハリーくんは子供のころからダースベイダーみたいなヴォルデモードという大魔王に因縁をつけられていました。魔法学校に通いながらヴォルデモードのちょっかいをかわしてきたハリーくんでしたが、とうとう最終決戦の火蓋が切って落とされました。

というわけでいまさら説明するのもむなしい大人気シリーズ『ハリー・ポッター』。このたびとうとう完結編『死の秘宝part2』をもって、約十年にわたる劇場版も幕となりました。わたくし『死の秘宝part1』をかっとばした状態で観たのですが、とっても楽しみました。ただ「スネイプ先生に泣けた」とか、「グズのネビルがいいかっこ見せてくれて気持ちよかった」とか、「立てひざで着地する巨人像がかっこよかった」とか普通の感想しか出てきません。ので、今回は勝手にシリーズの印象を自分の思い出とからめて語っていきます。あと怪獣度も。

まず一作目『賢者の石』は2001年の暮れに公開。いまと比べるととってもかわいらしくて、のんきな映画でした。一作目の新鮮さということもあるけれど、私はいまだにこの『賢者の石』が一番好きかもしれません。これが公開された時は朝刊の配達をはじめたばっかりで、眠い目をこすりこすり姉と観にいった記憶があります。怪獣度9。

二作目『秘密の部屋』は翌2002年の暮れに公開。印象としては「一作目とだいたい同じ話だったなあ」と(笑)。この二作目まではいまはなき小田原のオリオン座という劇場で観たのでした。その後シネコンにおされてなくなってしまいましたが、ひなびた感じのいい劇場だったのになあ。神奈川県民ニュースとか、また観てみたいものです。怪獣度8。

この辺までが第一期? 監督はクリス・コロンバス。

三作目『アズカバンの囚人』は少し間をおいて2004年の夏に公開・・・ だったのですが、先に原作も読んでいたせいかなんとなくスルーcoldsweats01 あとで地上波で観て「テレビサイズで十分だな」と思いました。犯人?の意外さはシリーズ中ピカイチだと思うのですが。このくらいかなあ・・・ ネットにはまり始めたのは。それまでは携帯も持たないアナログ人間だったのに。怪獣度4。

四作目『炎のゴブレット』は2005年の暮れに公開。ブログを始めた関係で前より鑑賞本数が増えたため、劇場で観ました。でもこれはスクリーンで観てよかった。やっぱり少年漫画的なスポーツ大会は手に汗に握ります。おまけにドラゴンまで出てくるし。怪獣度8。原作はこの辺から上下に分かれだしたために脱落。

この辺までが第二期でしょうか。監督はそれぞれアルフォンソ・キュアロンとマイク・ニューウェル。
そして以降はデビッド・イェーツがすべてメガホンを取っています。氏の趣味ゆえか、ラドクリフ君がおやじっぽくなったせいか、シリーズはどんどん暗い方向へ突っ走ります。

五作目『不死鳥の騎士団』は2007年の夏に公開。この時期ちょうど原作もめでたく完結を迎えました。これも劇場で鑑賞しましたが、個人的にはイマイチだったかな~ ピンクの電話みたいなおばさんが生徒をネチネチいたぶる描写がくどかったので。怪獣度も微妙で6くらい。このころが一番ブログに熱を入れてましたかね・・・・ あちこちに積極的にお邪魔したりして。去年の暮れからお休みしてる由香さん、元気かしら。

六作目『謎のプリンス』は2009年の夏に公開。これさえ観ればあとひとつ!と意気込んでいましたが、「完結編は二部作」と聞いてなんかサーっと冷めてしまいました(笑) というわけでこちらは先月末のアナログ終了間際にようやっと地上波で観ました。最終章に向けて盛り上がるのかと思ったら、ロンの恋バナとドラの悪バナがメインでハリーの影がえらい薄かったような。怪獣度もシリーズたぶん最低の1か2。でかいクモが死んでたくらい?

七作目『死の秘宝part1』(2010年冬公開)は前述の通りスルー。せめて復習上映のときに観とけばよかった・・・ そして八作目『死の秘宝part2』にいたるわけですね。怪獣もかなり大暴れで10くらいいってるのではないかと。
ちなみにどうでもいいことですが、この完結編の公開の少し前に長年務めていた新聞屋さんを辞めました。ハリポの十年はわたしにとっては朝刊をくばっていた十年だったのです。

この場を借りて謝罪いたします。1,2作目公開時、わたくし「絶対最後まで映画化できねえだろw」とか思ってました。ところがシリーズ七作すべて網羅しての映像化、脱帽というほかありません。007とかゴジラとか無限に後付けできる一作完結ものはともかく、大長編としての八部作というのは今後少なくとも二十年くらいはでてこないのではないでしょうか? 『ナルニア』が早くも息切れしてるのを見るとなおさらそう思います。

Scanこの十年で、ハリーくんもラドクリフくんも実にたくましく成長いたしました。そして自分はまったく成長していないな・・・・ しゃれになりませんね。ではまた。

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August 23, 2011

猫目ジャンプも見せてやれ Movies-high11 片岡翔スペシャル 『Lieland』『ぬくぬくの木』

Scan6はう! 気がつけばもう観てから一ヶ月近くが経ってしまった… 先日新宿で行われていた自主映画祭(なのか?)「Movies-high11」において、当ブログが勝手に応援している片岡翔監督の特集が一回こっきりだけ上映されました。今回初めて観た『Lieland』『ぬくぬくの木』を中心にご紹介します。

まずは『Lieland』から。小さな人形劇団の団員バンビとダンボは、クリスマスイブの夜、事務所の倉庫にひとりの女の子がしのびこんでいることに気づく。どうやら女の子には帰るに帰れない事情があるらしい。二人は少女を喜ばせるためにある一計を案じる。

この作品のテーマはタイトルにもある「嘘」。自分のためにつく嘘はみにくいものですが、誰かのためにつく嘘は悲しいもの。その嘘がやさしければやさしいほど、悲しみは増します。

主演のひとりは『ごくせん』の太ったヤンキー役で知られている脇知弘さん。わたしは『さよなら、小津先生』などで彼のことを知っておりました。やっぱりヤンキーの役で田村正和の胸倉をつかんでいたりしたなあ(笑・ちなみに共演は森山未來・瑛太 ・忍成修吾 ・勝地涼とすっごい豪華)。そんなこわもてだった脇くんが、これほどまでに情が深いというか、母性豊かな役にはまっていることにとても感心しました。
キャストで他に印象的だったのは、ヒロイン原菜乃華ちゃん。愛らしさ・演技力ともに芦田愛菜ちゃんにも決してひけをとってません。そしてこの乃華ちゃんのお母さんがホラークイーン三輪ひとみ嬢というのが本当にシャレにならないわけですが・・・・


もう一本の『ぬくぬくの木』のあらすじ。ぬいぐるみの供養をしているある神社に、ひとりの女が「これ、おねがい」とボストンバッグを置いていく。中には本物の赤ん坊が入っていた。やはり本当の親から捨てられた巫女のはりこは、赤ん坊に自分の姿を見たのか甲斐甲斐しく世話をするが・・・

これまた「母性」が非常に深く感じられる作品。昨今の「赤ちゃんポスト」や幼児虐待の話題を見ると、人間の母性とはお母さんになったからといって、自動的に備わってくるものではないのかもな・・・という気がします。では母性とはいかにして生じるものなのか? それはやはりその人の生まれ持った性質と、与えられた愛情から生じるものではないのかな、という気がします。

先の乃華ちゃんもそうですが、片岡監督はその作品の空気にぴったりあった女優さんを見つけるのが上手ですね。こちらのハリコさんもまだお若いだろうに菩薩のような眼差しで、縁もゆかりもない赤ん坊をいつくしむ姿が非常に絵になっていました。そしてハリコさんが赤ん坊のために作ったぬいぐるみが、監督自ら「会心の出来」というだけあってキュン死するほど愛らしい。たしかこんなだったか・・・・・
Scan5なんか微妙に違うような・・・・ すいません、うろ覚えなもので・・・

他に上映された作品はおなじみ『くらげくん』(わたしもう五回目coldsweats01)、『ゲルニカ』(四回目…)、『SiRoKuMa』及び『ゆきだるまとチョコレート』

ワタクシ最初に観た片岡作品が『Mr.バブルガム』、ついで『くらげくん』だったゆえに氏の作風がコミカルなもの、というイメージがあったのですが、今回6本通して観るとなんというか「無力感」が伝わってくる作品が多いな、と感じました。『SiRoKuMa』(これはコミカルでしたが)のお父さん、『ゲルニカ』の少年、そして『Lieland』のバンビと『ぬくぬくの木』のハリコ。子供たちや愛しい誰かをなんとかして助けたいのだけど、どうしてあげることもできない。いま世界でも多くの子供たちが泣き、悲しんでいる子供たちがいますが、そんな子供たちに対しわたしたちはほとんど何もしてやることができません。できることがあるとするなら、それは「思うこと」「忘れないこと」それだけなのでしょうか。

・・・・といつになく暗くなってしまいましたが、今回も見ごたえのある特集上映でした。今後も新作そのほか上映の機会があるようなので、ひきつづき片岡監督のいっそうのご活躍を願っております。
とりあえず渋谷のユーロスペースにおいて近々『Lieland』か『ぬくぬくの木』、両方だったかどちらかだったか(またうろ覚えだよ)レイト限定で上映されるそう・・・なのですが、まだ公式にはあがってないな。ご興味わいた方はこの機会にぜひ。


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August 21, 2011

かいじゅうたちがいるあたり ギャレス・エドワーズ 『モンスターズ/地球外生命体』

Scan11昨年暮れ、S・キングのベストや映画秘宝なんかで興味をひいた一本の映画がありました。宇宙人・怪獣もので超低予算ながら、独特の手法で注目をあびているという。なにやらあの『第9地区』と同じ匂いがぷんぷんするじゃありませんか! というわけで今回は先ごろから日本でも公開となったその『モンスターズ/地球外生命体』、ご紹介しましょうか。

数年前、宇宙より飛来し、メキシコに墜落したある物体があった。以来、メキシコでは巨大なクラゲのような怪物が徘徊するようになり、事態を重く見た米軍は空爆などで怪物を排除しようとやっきになっていた。
そんな中、現地に赴任してきたカメラマン・コールダーは雇い主からある依頼を受ける。それはメキシコに滞在している娘を、なんとかして無事合衆国まで連れ帰ってきてほしいというものだった。

ちょっと前に公開された『スカイライン』も低予算ということで話題になっていました。それでもまあ、『スカイライン』は一応8~9億円はかかってるんですよね。それに対しこの『モンスターズ』の予算はたったの130万円という! これならわたしでもがんばれば(たぶん)貯められそうな額です。しかしこんだけのお金で怪獣映画が撮れるものなのか?その答えは、「なるたけ怪獣を出さない」というものでした(笑) 
つまり、演出をおさえた「水曜スペシャル」のようなものでしょうか(これ、若い人にはわからんだろうな・・・)。カメラは現地の様子や怪物の残した痕跡をずっと追っていきますが、怪物の姿はなかなか映し出さない。そして時折それらしいものの影がよぎったりします。果たして探検隊は幻の生き物をカメラに捉えることができるのだろうか・・・・ 思わずなつかしのナレーションが脳裏によみがえってきます(笑)。これならさほどお金をかけずとも、「怪獣映画」を作ることができるというわけ。

この手法、演出がヘタクソだとただの「ごっこ遊び」にしか見えないわけですが、なるほど、各所で賞賛されてるだけあって、要所要所で上手に緊迫感を高めてくれます。そして主人公たちが通り過ぎる荒廃した街や、雄大な自然の風景がなんとも美しい。そんな風に一風変わった紀行番組のような楽しみ方もできます。

ただ、やはり怪物がバンバン暴れまわる様子を期待していた人にとっては、案の定評判が悪いようです(笑)。これはやっぱりタイトルがよくないんじゃないかなあ。『モンスターズ』っなんてタイトルだと、普通みんなそういうに期待しちゃいますよね。もっとこうあいまいな感じにして『THE THING』とか『IT』とか・・・ って両方もうありますねcoldsweats01

怪物の恐怖がメインのようで、実際に強く伝わってくるのはUSAの横暴さや傲慢さだったりするところも普通のモンスター映画とは違うところです。以下はややネタばれなのでご了承ください。

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お話が進むにつれだんだん怪物の生態が明らかになっていきます。そして彼ら?がそれほど凶暴な生き物でないことも判明していきます。そして最後は怪獣たちを通して「大切なのは愛だろ、愛」。ということを教えられます。この結論、上手に伏線も張ってあるのですが、人によっては大爆笑してしまうかも(笑) とりあえず単なる映画としても怪獣映画としてもめったにみられないもん見せてもろたわ・・・という感じで、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

Scan10『モンスターズ/地球外生命体』は現在渋谷の名物劇場・シアターNを中心に公開中。その後ぼちぼちと全国を回っていくようです。怪獣映画ならどんなものでもチェックしておきたい、という方におすすめします。
ちなみにこの監督、この映画での手腕を買われてハリウッドでの新作『ゴジラ』新作を撮ることになったそうです。ゴジラがほとんど出てこないゴジラ映画・・・・ そんなのになったらどうしようと思いつつ、ダメでもともとくらいの気持ちで待っております。


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August 18, 2011

ダンシング・オールライフ マイケル・パウエル&エメリック・プレスバーガー 『赤い靴』

Scan8みなさんおわかりでしょうか・・・ とうとう当ブログでもスキャナーを導入しはじめました!(六年目にして!) まあいかな機械を使おうともヘボはヘボに変わりないわけですが… で、今回はこのたびデジタルリマスター版が公開となった、バレエ映画の名作『赤い靴』、ご紹介します。

舞台はたぶん第二次大戦後まもなく。バレエが人気を博していたロンドンで、夢を追う二人の若者がいた。一人はプリマを目指すビクトリア・ペイジ。もう一人は作曲で身を立てることを願うジュリアン・クラスター。ビクトリアとジュリアンは共に名高いバレエ団のオーナー、ボリス・レルモンコフに見込まれ、童話をもとにした『赤い靴』の舞台で華々しい評価を得る。彼らの未来は栄光に満ちているかに思えたが・・・

製作されたのは1948年。実に終戦からたった三年後であります。イギリスだって戦時中はバカスカ爆撃受けただろうに、次から次へと映し出される豪勢な映像は、まったくそのことを感じさせません。
特に目を見張るのは中盤における『赤い靴』の上映場面。舞台の上で踊ってたはずなのに、急にバックが果てしない荒野になってたり、すんげー奥行きのある宮殿になっていたり、明らかに現実ではない映像になっております(笑) しかしこの一連の場面、ひとつひとつが実に美しく、かつ迫力があります。月並みな文句ですが、いま観てもまったく古びておりません。「いったいどこまでいってしまうんだ!?」とエキサイトせずにはいられませんでした。

バレエ映画といえば先ごろ『ブラック・スワン』がありましたが、この映画もまた、芸術への執着心が生み出す悲劇が物語られています。ヒロインをおいつめていくのはあらすじに書いた二人の男。
バレエ団のオーナーであるレルンコフは、自身にとって「バレエは宗教である」と語ります。それゆえ彼はプリマが恋に落ちて、専心の対象が別たれることを激しく嫌います。そして結婚を選んだプリマや、ヒロインと結ばれたスタッフを迷うことなくクビにします。これには求道精神だけでなく、嫉妬心も含まれているんじゃないかな・・・と感じました。彼にとってプリマとは自分にとっての理想の女性ということなのでしょう。だとしたらその女神が他の男に思いをよせているのを知って、面白いはずがありません。ゆがんだ愛情ってやつですねw
そういえば『ブラック・スワン』にも問題のある振付師が出てきましたが、彼がバレエに色恋をどんどん持ち込もうとしたのと実に対照的であります。芸術を極めるのにもいろんな考え方があるのですね。

考え方の違いといえば、ヒロインをめぐってだけではなく、音楽の捉え方に関してもレルモンコフとジュリアンは衝突します。バレエ崇拝者であるレルモンコフにとって音楽はバレエの一部にしかすぎませんが、作曲家であるジュリアンにとって本来音楽というのはそれだけで成り立っているものであり、「バレエの曲なんて二流の仕事」とまで言い放ちます。バレエが上か音楽が上か・・・ こういうのって「どっちが上」ってもんではないと思いますが、まあその道に人生ささげちゃった人にはそれじゃ納得いかんのでしょうね~

今回のデジタルリマスター版ですが、名称マーティン・スコセッシが監修となって、二年半の歳月をかけて完成させたとのこと。それほどにスコセッシ氏はこの映画に心酔しているようで。血しぶき飛び交うスコセッシ映画と、絢爛豪華な『赤い靴』。かなりかけ離れている気もしますが、なるほど、ひとつのことにのめりこみすぎたために常軌をいっしていく描写などは、確かにスコセッシ作品と通じるものがあります。

Scan5『赤い靴』はまだこれから秋にかけて全国を巡回していくようです。バレエに興味はなくとも、突き抜けた映像センスに興味がある方はぜひスクリーンでごらんくだされ。

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August 10, 2011

坂の上を向いて歩こう 宮崎吾朗 『コクリコ坂から』

110810_21574880年代の少女マンガを60年代の日活映画風にアレンジしたスタジオジブリ最新作『コクリコ坂から』。さっそくあらすじまいります。

朝鮮戦争が終わって数年経ったころの港町横浜。戦争で父を失った少女海(通称メル)は、さびしさを抱えながらも祖母が営む下宿「コクリコ荘」で元気に暮らしていた。メルはある時ふとしたことがきっかけで、一人の快活な上級生風間と出会う。風間は戦前から残っているクラブハウス「カルチェラタン」の取り壊しを阻止するべく、仲間たちと奔走していた。海は成り行きでその活動を手伝っていくうちに、次第に風間にひかれていく・・・

今回はなぜこの映画がいいのか、なぜ私は好きなのか、だらだらだらだら書きます。ネタもどんどんばれていくのでその点ご了承ください。

まず心惹かれたのはカルチェラタンでした。最初のあたりはすげーとっちらかってて『千と千尋』の温泉街を彷彿とさせます。そしてそこにたむろしている男子学生たちの「自分酔い」が大変面白おかしい。通りすがりの学生を捕まえては哲学談義をふっかけたり、わざわざ声に出して「太陽の黒点は今日も動いているぞ!」と叫んだり。私にも心当たりがないでもないですが、まあ、ああいう年頃の男子というのは何かと誇大妄想な状態に陥りがちなものです。そんな作品にとっちゃどうでもいいような連中まで生き生きと描かれてるところに、この映画に注がれた愛情と情熱を感じました。

最近の宮崎父があまり描かなくなってしまった「男らしさ」も心地よいものでした。海の父、風間の父、そして風間自身のぶっきらぼうでありながら、人を思いやるやさしさや、こうと決めたら迷いなく行動するまっすぐさ。そんな風に気負いのない自然体の男らしさというのは、実は意外とあんまり見当たらないものであるような気がします。

そしてその「男らしさ」もそうですが、「もう今はいない親から子供に受け継がれていく」という話にわたしはすんごく弱いのですね。たとえば海ちゃんは劇中で「お父さんが自分の代わりに風間さんをよこしてくれた」というセリフを言います。ここでずっと父親を想っていた少女のけなげさにまずホロホロと泣きました。そのあとそれがある意味本当だったことがわかり、ダラダラと泣きました。前作『ゲド戦記』の「命はそうやってつながっていくんだよ」という言葉が、ここに至ってようやく生きてきます。

物語のクライマックスでさらにダメ押しするかのように、「あいつらの子供のこんな立派な姿が見られて、本当にうれしい」と言う父たちの親友。わたしはなぜかそこでジブリ最大のトラウマ作品『火垂るの墓』を思い出しました。思えば、「戦争で親を失った兄妹」というところで二つの作品は微妙につながってるような気がします(我ながら強引だ・・・)。もし『火垂る』の兄妹もこんな頼もしい大人たちに出会えていたなら、あるいは生まれ変わっていたなら、海や風間のような健やかな少年少女に成長したのではなかろうか・・・ そんなことを想い、滝のように鼻水を噴出したのでした。

そしてもひとつ感動したのはこれが宮崎吾朗監督作品であること。前作であれほど酷評をうけ、実際「一作でやめる」と言っていた吾朗氏。もう一度映画を作るということは相当なプレッシャーだったと思います。それでも再び立ち上がり、これだけの作品を作り、冷ややかな目で見ていた一部の観客たちからも賞賛を得ております。その頑張りと成果に、心から感服いたしました。

110810_215904息子の頑張りぶりを見てか、おとうさんも再びやる気を出し始めたようで、先ごろ新作に取り掛かってることが鈴木Pの口から漏れてしまいました。その言葉によると今度は自伝になるとか・・・・? ちょっと想像もつきませんが、これまた楽しみにしたいと思います。

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August 08, 2011

三つの体がひとつになれば トム・シックス 『ムカデ人間』

110808_180312映画界のお騒がせ男、叶井俊太郎氏がまたまた変な映画を買い付けてくれました。その名も『ムカデ人間』! ではさっそく紹介いたしましょう。

アメリカの片田舎の森で、用を足しにトラックから降りた男を、ひそかに狙っていた影があった。彼の名はハイター博士。ハイターはシャム双生児の分離手術で名をはせた名医だったが、その心の奥で「人間をつなぎあわせたい」という欲望に取り付かれていたのだ。難なく一人目の実験台を手に入れる博士。その執念が呼び寄せたのか、その森にさらに二人の若い女性が迷いこんできた・・・

世の中には・・・変なことを思いつく人がいるものですね・・・・
最初タイトルを聞いたとき、ムカデと合成されたショッカーの怪人みたいなのが出てくる映画なのかと思ってました。しかし実際は三人の人間の消化器官を一直線で結んだ姿が、ムカデに似てる(上図参照)ということでムカデ人間なのですね。アホか!

わたくしそれでもできる限りこの博士の思考にせまってみようと試みてみました。ほら、登山家ってなぜ山に登るのか?とか聞かれて、「そこに山があるからだ」って答えますよね?  つまりそういうことかも。そこに人間がいるからつなげたくなるのだと。 ・・・・っていやいやいやいや・・・・ そんなこと考える人間はいねーよ(笑) 大体わたし、山があっても登りたいなんてちーとも思わないし。

一人ではさびしいから誰かとつながっていたい、という話はよく聞きます。でもこの博士は自分でつながりたいわけではなく、他の誰かをつなげて遊んでるだけなのでこれも違う。

三つの異なる存在を合体させることによって、人間を越える存在を作りたかったということか? いわゆる三位一体の神とか、合体ロボットのような発想ですね。しかし博士は作り出したムカデ人間にこれっぽっちも敬意を払っていないのでこれも違います。

切り離す手術ばっかりやってたから、たまには真逆のことをやってみたくなったとか? これが一番近いかなあ。でもそれだったらサイドに普通くっつけますよね。なぜ管と管を直結させる必要があるのかと(食費は一人分で済むという利点はありますが)

結局、「変な人の考えることはよくわからない」という結論に落ち着きました。はにゅ~ん。
ただ、日本にもそれに近い変なことを考えてた人はいます。一人は江戸川乱歩。氏は『○○の○』という作品には(これじゃわかんねーだろ)二人の人間を無理やりくっつけて人口的なシャム双生児を作り出す、というネタがでてきます。そんなことになんの意味が? はい、もちろんそこに意味はありません。
もう一人は山田風太郎。氏はエッセイでたびたび「人間は口から肛門までの一本の管」と申しておられました。この医学的かつユーモラスな発想、この映画と一脈通じるものがあります。もしかしたらムカデ人間の先頭になる男が日本人なのは、この二大作家に敬意を表して、ということなのかも・・・・ いや、ないですよね、うん。

そんなブラックユーモア満載であほらしい映画なのに、うっかりムカデ人間に感情移入してしまうとだんだん物悲しくなってきてしまうから不思議です。残酷な運命に翻弄されながら、お互いはげましあい、慰めあうムカデ人間の先頭・中継ぎ、最後尾。しかしゴジラや透明人間やハエ男と同じように、科学が生み出した異端の生物は滅びゆく定めなのです。泣ける! 超泣ける! これを観てなかない人は人間じゃありません! ・・・・と言いすぎました。たしかに他に類をみない超個性的な映画ではありますが、観なくても人生に何の支障もありません。「変なもの大スキー」という変な方だけごらんになればいいと思います。まあどこをとっても常識的なわたくしもそれなりに楽しみましたが。

110808_180328そんな『ムカデ人間』は東京渋谷のシネクイントにてレイトオンリーで上映中。ちなみに近所のO田原ではなぜかこんなへんてこりんな映画を朝から三回も上映してました。よっぽど小D原ではこういう映画が需要があるということなのか? と思えばたった十三日で終了してしまうし。わからないわからないよコ○ナワールドO田原。でもこれからもへんてこなの、いっぱいかけてね!


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August 06, 2011

ある日パパと二人で森へ行ったさ セミフ・カプランオール 『蜂蜜』

090703_130139去年のはじめごろですか。若松孝二&寺島しのぶコンビが、『キャタピラー』でベルリン映画祭をにぎわしていた時、しかしわたしが興味を抱いたのはそちらよりも、グランプリである金熊賞を受賞した作品でした。トルコの森で親子が養蜂を営む話・・・と聞いて、なにやらファンタジックなイメージがむくむくとわいてきたりして。その作品、一年経ってようやく日本でも公開となりました。『蜂蜜』、紹介いたします。

主人公はトルコの森に両親と暮らす少年ユスフ。父親はユスフにとてもやさしく、ユスフもまたお父さんのことを強く慕っています。吃音がなおせないことに悩みながらも学校に通い、ごく普通の子供としての生活を送っていたユスフ。ところがあるときを境に、その平穏に深い影がしのびよっていきます。

これはある意味とてもよくわかる映画ですが、一方でとても難解な作品ともいえます。

「よくわかる」のはユスフの学校生活を描いた部分など。調子にのって目立とうとしたらかえって赤っ恥をかいたり、宿題をやってこなくてあせったり、クラスで自分だけができないことがあって落ち込んだり・・・ 誰もがおさないころに感じ、経験したことではないでしょうか。あまりにささやかですっかり忘れてしまっていたそんな思い出を、ユスフの姿を通して思い出させてもらいました。
もうひとつよく伝わってきたのは、「おとうさん」の姿のギャップ。子供にとって父親というのはほぼ万能の存在であります。なにか困ったことがあっても、お父さんに助けを求めれば大丈夫・・・そんな風に感じているもの。
しかし実際には父親とても悩める不完全な人間にすぎず、ささいなことで失敗したり、明日の生活に不安を覚えたりしています。それは自分がそのときの父親の齢に近づいていくにつれ、だんだんとわかっていくことであります。

で、一方で監督が何を語りたいのか? 何をテーマとしているのか?ということはこちらも思考を働かせないとわかりづらいお話です。作品のほとんどは少年の日常を淡々とおっていくだけなので。
またこの映画ではBGMというものがまったく使われておりません。普通映画ではここぞというとき音楽が流れて、登場人物の悲しみや喜びをわかりやすく伝える役割をはたしているわけですが、この『蜂蜜』ではスピーカーから流れてくるのは、本当にトルコの森で録音された自然の音のみ。ですから受け手の側である程度ユスフ一家の心情を想像する必要があります。

その想像がもっとも必要なのがラストシーン。以下、完全にネタばれしてるのでこれから観ようかという方は避難されてください。

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大好きだった父親の死を知ったユスフ。しかし彼はわっと泣き出すでもなく、無言のまま森へと向かいます。そしておそらくは父親との思い出のある木の下に腰掛け、そっと目をつぶります。
少年にとっては父親はただ形を変えただけで、依然として森の中で目に見えない形で生きているということなのか? だからそれほど深く悲しみを感じないということなのか・・・

相変わらず安直な解釈だなあcoldsweats01 これは、という意見のある方、ぜひお聞かせください。

110806_214901さて、この映画実は「ユスフ三部作」と呼ばれるものの完結編にあたります。第一部『卵』では大人になったユスフが、第二部『ミルク』では十代の思春期の姿が描かれます。後に行くにつれ時間軸が戻っていくこの構成、興味深いというか、ややこしいというか(笑)

第一部、第二部を観ればこの『蜂蜜』を、もっとよりよく理解できそうな気がします。とりあえず三部作はいまのところ銀座テアトルシネマや横浜はジャック&べティで観られます。わたしもなんとか全部観たいものですが・・・

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August 03, 2011

石の下にも六日間 ダニー・ボイル 『127時間』

110803_214730よっしゃ! これでようやく本格再開!(書いてる途中で寝なければ・・・) もうだいたい公開終わってるであろう究極のマゾ映画『127時間』まいりましょう!

きままなアマチュア冒険家アーロンは、その日いつものように誰にも行き先を告げず、ユタ州の荒野へ出発した。途中ピチピチのギャル(死語)ハイカーと楽しい思いを過ごしたのもつかの間。岩山の上で足を滑らせたアーロンは、あとから落ちてきた岩石に腕を挟まれてしまう(左上の図をご覧ください)。腕を引っ張り出そうと試行錯誤するアーロン。しかし状況はなかなかに厳しく、やがて青年は次第に衰弱していく・・・・

一昨年オスカーを手にしたダニー・ボイル監督作品。そしてこの作品もまたアカデミー作品賞にノミネートされました。それで作品の一覧を観たとき、わたし知ってしまったんですよね・・・・ この映画の結末を。ばらしてくれてありがとよ、スポーツ紙。
それはともかく、前半のあらすじだけでとても痛そうな映画だということは十分わかります。だから最初は観る気なかったんですよ。だのになんかこう、時間とかちょうどよかったんでついふらふらっと観にいってしまいまして。

冒頭なんかはけっこう楽しかったりするんですよね。まるでアーロンやギャルたちと一緒に自然の中でキャピキャピ遊んでいるような気分になれて。そんでいい気持ちでいるところに、突然例のアクシデントのシーンがやってきます。ここですごくがっかりします。え・・・ この映画まだ一時間以上あるわけでしょ・・・ この状態をわたしらその間見守ってなきゃいけないわけ・・・ あああ~~~あ~~~ わかっちゃいたのになんでこんな映画観にきちゃったんだろ~~~ と、自分で自分がよくわからなくなりました(笑) いや、単に退屈なのならまだいいんです。辛いのは痛いのに一時間以上つきわなきゃいけないこと

さらに痛さに拍車をかけるのが、ダニー・ボイルお得意の感覚にびんびんと訴えてくる映像。まあ彼にもそれなりの思いやりはあるようで、時々回想場面や幻想シーンなどを盛り込んで、終幕までなんとか耐えられるようなつくりにはなってます。それでもやはり、下手なホラー映画なんかよりはとっぽど胃袋にギュルギュリと来るでしょう。

痛みのほかにもうひとつ際立っているのが「乾き」の描写。それこそありとあらゆる映像テクニックを用いて水のおいしさや、水が少なくなっていく不安感をみせつけてくれます。そういや減量中のボクサーも、食べ物より何より水が猛烈にほしくなる、という話を聞いたことがあったっけ。まあそんなわけで見ている間は非常にのどがかわきます。お金をけちってコンセッションで飲み物を買ってこなかったことを非常に後悔しました。

しかし・・・・以降はたいがいネタばれですが・・・・・

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sun

それだけの苦行を乗り越えたあとにはすさまじい開放感がまっています。やっぱり真に爽快な気持ちを味わいたいなら、できるとこまでガマンしなきゃいけないんだな、ということをこの映画から教わりました。
そして鑑賞後に飲むビールがものすごくうまい。東のビール映画代表が『カイジ』だとすれば、西のビール映画代表はこの『127時間』としてまずまちがいないでしょう。ただし飲んでる途中でうっかり劇中のあるシーンを思い出してしまうと、せっかくのビールも吐き戻してしまうかもしれません。まあビールってのはぱっと見アレによく似てるものでね・・・ あわ立ってるところなんかが特にまた。

自然でサバイバルで実話というと、少し前の『イントゥ・ザ・ワイルド』を思い出したりもしました。主人公がちょっと若気の至りで「痛い」ところもよく似ております。そういえば『イントゥ~』のエミール・ハーシュ君は『ミルク』で主演のジェームズ・フランコ君と共演して・・・いるのかな?

110803_214852『127時間』は東京のメイン館ではおおむね上映終了してしまったようですが、地方ではこれからかかるところもいろいろあるようです。ガマン大好き!という方やもっと痛くして!という奇特な方に特におすすめします。


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August 01, 2011

舌の根も乾かぬうちに・・・ ココログ続行のお知らせ

数少ない常連の皆々様、こんにちは。おかげさまで無事リアルのひっこし終了しました。
さて、引越しに伴いココログからライブドアに移転すると先日申し上げたばかりですが、ニフティさんに最終的に退会の旨伝えたところ、「月額600円でメアドとブログ残せますよ」とのこと。なんですとー!! 最初に電話したときはそんなこと言ってなかったじゃんよー!!

・・・・というわけでやはりなじんでるこちらの方が使い勝手がよいので、ココログで続行いたします。ブックマーク等変更してくださった皆さん、もしいらしゃったら大変申し訳ありません。猫に免じて許してやってください

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ブログにせよリアルにせよ、引越しって本当に面倒くさいですね・・・
それではどうかお見捨てなきよう~

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