父を尋ねて四千キロ モハメド・アルダラジー 『バビロンの陽光』
2003年、フセイン政権が崩壊した直後のイラク。果てしない荒野を旅する老婆と少年の姿があった。少年の名はアーメッド。祖母と二人、ようやく面会がかないそうな父の元へと旅を続けていたのだった。トラックの運転手、タバコ売りの少年、武装集団に所属していた男・・・ 様々な人たちとの出会いと別れを繰り返し、アフメッドは父を探し続ける。
これまでアメリカから中東を見た映画は、日本でも数多く公開されてきました。『キングダム』『ワールド・オブ・ライズ』『ハート・ロッカー』『グリーン・ゾーン』etc しかし中東、それも混乱の中にあるイラクの人たちが、祖国を自分たちの手で撮った映画というのはほとんどなかったのではないかと。だいたいイラクは現在も混乱のただ中にあり、各地で武装集団が小競り合いを繰り返しているという有様。そんな中をロケしながら映画を撮るというのはとても危険なことであります。実際幾つもの問題にぶつかり、撮影は困難を極めたとか。それでもなんとか完成にこぎつけたこの『バビロンの陽光』は、ひとつの奇跡であり非常に貴重な作品と言わざるをえません。
主人公の少年アーメッドはそんなに行儀のいい子ではなく、ヒマをもてあますとおばあちゃんをおいてどこかへ行ってしまったり、お父さんの置いていった笛をぴーひゃららと吹き出して周りを閉口させます。でもそんな「いい子」でないところが、リアルというか、その辺にいる子供とあまり変らず、親しみやすかった気がします。またよく困らせながらもその実とてもおばあちゃんのことを慕っていて、本当はいい子なんだな・・・と感じさせました(どっちなんだよ)。
距離的にも環境的にも我々から遠く離れているイラクの人たち。果たしてこの映画を観て、彼らの心情がわかるのか、不安もありました。時々ありませんか? なじみの薄い国の映画をたまたま観て、ちっともお話についていけなかったということが。
しかしこの『バビロンの陽光』はとてもわかりやすい。アーメッドとおばあちゃん、そしてイラクに生きる人々の感情がビンビンと伝わってきます。やはり人間、国や言語は違えど、根っこのところはあまり変らないのでは、と思わせられます。ニュースを見ると、いつ果てるともしれぬ同士討ちを続ける彼らは、あまりにも非人間的に思えるかもしれません。しかしイラクでも多くの人々が争いをやめたいと思っているであろうことは、この映画を観るとよくわかります。また、流血シーンや残酷シ-ンがほとんどないにも関わらず、イラクに残された戦争の爪あとを通して、その悲惨さが強く伝わってきます。
『イントゥ・ザ・ワイルド』もそうでしたが、アーメッドとすれ違う人々たちがいちいち人間くさく、深い印象を残していきます。最初はぼったくろうとしていたのに、いつか二人に同情してしまう運転手の親父さんや、かつて犯した罪のために深く苦しんでいるムサなど。そんな風に悲しいだけではなく、暖かい多くのものも込められています。
モハメッド・アルダラジー監督は公式サイトでこのように語っておられます。「今日本は危険だから行かない方がいいと多くの人に言われました」「でも母だけは行ってきなさいと言いました」「人々が困難な時を過ごしている今こそ我々の支援の気持ちを見せるべきだと」
このような監督とお母さんの気持ちに応えたいと思った方は、ぜひ劇場で(難しければDVDでも)ご覧になってみてください。『バビロンの陽光』は現在東京はシネスイッチ銀座や大阪の梅田ガーデンシネマにて上映中。その他の地域でも順次公開される予定です。
Comments