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March 29, 2011

八人のためらい グザヴィエ・ボーヴォワ 『神々と男たち』

2011032918090000まだ地震前に見た映画の感想が書ききれてないんですねーwobbly で、今回はこれ。フランスのアカデミー賞と言われるセザール賞最優秀作品賞をはじめ、フランスの内外で数多くの映画賞を受賞した『神々と男たち』、ご紹介します。

1996年アルジェリア。政府軍とイスラム過激派の争いが激しくなる中、山間に立てられた一軒の修道院があった。フランスからそこへ派遣された八人の修道士たちは、キリストの教えを伝えるとともに、ボランティアにも熱心に携わり、村人たちから大いに慕われていた。だが過激派たちは外国人を脅威とみなし、多くの移住者たちがその標的となった。ついには修道士たちにも身の危険が迫る。

これまた実際に起きた事件を元にした話。この事件はフランスを大いに騒がせたようで、わたしもいま思えば「そういえば聞いたような・・・」気がしないでもないのですが、この映画の情報を聞くまではすっかり忘れておりました。そんで別の映画を見にいった際、この映画のチラシを手にとって読んでみたら、なんと事件の顛末がばっちり書いてあるじゃありませんか!!
・・・・そうですね。有名な事件ですから知ってる人は知ってるでしょうね。でも恨むぜ・・・ 配給会社の人・・・

気を取り直して。メインとなるのはもちろん八人の修道士たちですが、特に目立っていた人が四人。まずリーダーであるクリスチャン(名前です)。八人の中では比較的若そうなものの、共同体を取りしきる立場にあり、みなの安全のことを思い深く悩みます。知的なメガネが印象的で勝手に心の中で「メガネさん」と呼んでました。
メガネさんがいかにも聖職者然としているのに対し、きさくなおじいちゃんみたいな雰囲気を持っているのがリュックさん。自身体力が限られているのに医者としても村人のために尽くします。さしずめ「赤ひげさん」とでも申しましょうか。
全体的に高齢者が多い修道院の中でも、ぶっちぎりで最高齢と思われるのがアメデさん。緊迫した状況にあってもいたってマイペースで、周囲の空気を和らげていました。
そしてあと一人名前がおぼつかなくて申し訳ないのですが、少し若くて大柄な修道士さん。とりあえず「熊さん」とでもしておきましょうか。迫り来るテロリストたちの脅威に一番怯えておりました。無理もありません。わたしだったら一も二もなく逃げ出しているでしょう。

修道士たちは身の危険を感じながらも、その場所でいつも通りの生活を送り続けます。残るべきか、去るべきか、何度となく静かに話し合います。
「命を落としてしまっては元も子もないではないか」という人もおられましょう。しかし彼らは自分たちが逃げ出したあとのことを考えます。村人たちに「捨てられた」と感じさせないために、修道士たちはあえてとどまり続けます。

ほかにも信仰や使命感、帰国しても身の置き場がない・・・など理由はいろいろあったようです。ただ、とりわけ大きな理由のひとつは、彼らがその素朴ながらも美しい人々や土地を愛したからではないでしょうか。スクリーンに映しだされる雄大な湖や山の風景を見ながら、そう感じました。

武器を取るでもなく、腕力に訴えるわけでもない。しかし本当に「強い」とはどういうことなのか・・・ そんなことを教えてくれる映画です。

2011032918100000『神々と男たち』は現在東京は銀座のシネスイッチという劇場でもう少しやっているようです。全国の他の都市でもこれから順次公開される予定。

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March 25, 2011

エリ MY LOVE SO SWEET トーマス・アルフレッドソン 『ぼくのエリ 200歳の少女』

2011032512560001太郎を眠らせ 太郎の屋根に雪降り積む
エリーを眠らせ エリーの屋根に雪降り積む

スウェーデンで作られて、世界各国で多くの賞を獲得した吸血鬼映画『ぼくのエリ 200歳の少女』。先日DVDが出た直後になぜか近場の劇場で上映されたので、本日はその感想をば。

雪深い地方都市に住むいじめられっ子のオスカーは、ある日自宅のアパートの庭でエリという美しい少女と出会う。「友達にはならない」というエリだったが、互いに友達のいない二人は次第に強くひかれあっていく。そんな折、彼らの街の周囲で血を抜かれて殺された不気味な死体が発見される・・・・

これは幾つかの境界線を描いた映画だと思います。男と女の境界。子供と大人の境界。人と獣の境界。日常と異常の境界。ありきたりの毎日をすごすオスカー少年でしたが、彼の前にエリが現れたことにより、その境界はどんどん崩されていきます。エリの「そっちに行ってもいい?」というセリフが、それを象徴しています。

オスカーはどこにでもいる平凡な少年であると同時に、どこか危険なものをはらんでいる子でもあります。いじめられたうっぷんを一人ナイフを振り回すことでまぎらわせたり、猟奇事件のニュース記事を嬉しそうにスクラップしたり。そこまではまあわたしもわからないではないですが、エリが吸血鬼とわかっても一向にひるまないあたりは、さすがに唖然としたというか、感心したというか。被害者たちからは悪魔としか思えなかったエリが、彼にとっては退屈でやるせない日常から連れ出してくれる天使に見えたのでしょう。

しんしんと降りしきる雪の景色や、最小限にとどめられたBGMが、血なまぐさいストーリーとは裏腹に詩情豊かなムードをかもしだしています。そう、これはホラーというよりも、ラブロマンスに近いお話。寒々しい雪国の話だからこそ、人のぬくもりを欲する気持ちが一層強く感じられます。

ヒロインのエリはもちろんのこと、主人公のオスカー少年も裸のシーンが多かったり、妙に女の子っぽい髪型をしていたり、そこかしこに監督の耽美的な趣味が感じられます。猟奇的な事件に純愛といえば、先の『ミレニアム』三部作にもそんな話でした。もうわたくしの中ではすっかり「スウェーデン=アブノーマル」という図式が確定されてしまいましたよ。『パッチギ!』の中でもオダギリジョーが「フリーセッ○スの国」なんて語っておりましたし(スウェーデンのみなさん、すいません)。

囲いの中の家畜は、柵の外の世界に強く憧れるもの。野の獣にひかれ、何もかも捨てて飛び出したその先で、果たして家畜は幸福を得ることができるのか。それは誰にもわかりません。

2011032512560000冒頭でも述べましたように『ぼくのエリ 200歳の少女』は現在DVDが発売中。上映してるところはさすがにもうないか・・・と思ったら、ちょうど明日から高田馬場の早稲田松竹で他一本とともに一週間上映されるそうです。
そんでハリウッドでリメイクされた『レット・ミー・イン』が既に米国で公開済み。エリを演じるのは『キック・アス』での活躍が記憶に新しいクロエ・モレッツちゃん。近々日本でもその姿を目にすることができるでしょう。

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March 19, 2011

シャベクルマン トム・フーパー 『英国王のスピーチ』

2011031918440000そう、一ヶ月前はアカデミー賞の話題でもりあがってたんですよね。ふう、何もかもがみな懐かしい・・・ といつまでも過去に浸ってても仕方ないので、未来に目を向けるためにこの映画の記事を書くとします。今年度アカデミー作品賞・監督賞・主演男優賞に輝いた『英国王のスピーチ』ご紹介します。

時は第二次大戦前夜。英国の第二王子ジョージ(後の六世)は、幼い頃からの吃音症に悩まされていた。万国博覧会の開会のあいさつでも派手にどもってしまい、ジョージの心痛は深くなるばかり。力になりたいと願う妻のエリザベス(笑)は、ジョージを一人の風変わりな療法士のもとにつれていく。彼の名はライオネル。王家の者にも遠慮しない彼の態度にジョージはいらだつが、やがてその胸のうちを明かすようになっていく・・・

いま世界において「王家」というものは非常に数少なくなっていると思うのですが、その中でもいまだ強い存在感を保っているのがイギリス国王。その行動・言動は常に多くの国から注目をあびております。日本の天皇陛下よりははっきりと「人間」に近い存在でありながら、一般人からしたらやはりやんごとなく近寄りがたい方。
我々庶民からしたら豪勢な暮らししてそうで羨ましいな~と思いますが、そのプレッシャーたるや相当なもののようです。父からは容赦なく叱責され、左利きやX脚は矯正され、常に周囲からの視線にさらされている。これではジョージならずとも引っ込み思案な性格になってしまうというもの。ただわからないのは、兄のエドワードも同じ環境に育ったはずなのに、こちらはずいぶんとまた奔放な性格であるということ。いかにも怪しげな年上の女性にぞっこんほれこみ、ついにはその女性のために王冠さえ投げ出してしまいます。普通は長男の方が堅物で、次男の方がフリーダムな性格になるものですけど。

そのジョージの数少ない支えが妻のエリザベス(どうしてこうイギリス王家っておんなじ名前ばっかりなんでしょう)。そして終生の友人となったライオネルです。恐らくその地位と性格のため、ジョージには友人といえるものはほとんどいなかったものと思われます。軍隊でも体調不良のためあんまり目立った働きはできなかったそうですし。ジョージが自身の「吃音」という障害をのりこえられたのは、妻の献身やライオネルの療法もさることながら、この奇妙な友情にあるような気がします。
 
ジョージとライオネルの友情はわたしたちに多くのことを教えてくれます。真の友情には、年齢や身分は関係ないということ。時には物怖じせず、率直に相手に言ってやることも大事だということ。一人では乗り越えられなかった壁も、二人で励ましあうことによって乗り越えられるということ。そうした親友は何ものにも代えがたい貴重な財産だということ。友情・努力・勝利・・・・ まるでどこかの少年週刊誌のようです。そういえば昔『キング』なんて雑誌もあったなあ。まあこんなご時世だからだこそ、一人でつっぱりすぎないで、ともに誰かと支えあっていきたいものですね。一方的に依存するというのはまずいですけど、二人で協力しあうなら可能性はいくらでも広がるはず。

またライオネルはジョージにとって友人であると同時に、父親がわりのような存在だったのかもしれません。いまわのきわに息子のことを誉めていたようですが、ほとんど息子のことを怒ってばっかりいたジョージ五世。『エリックを探して』にもおっかないお父さんが出てきましたが、イギリスにはそういうパパンが多いのでしょうか。
対してライオネルと息子との関係は、それこそ年の離れた友人へのもののよう。一緒にゲームをしたりプラモデルを作ったり。ジョージも息子こそいなかったものの、映画の幾つかのシーンで二人の娘に対してはとてもよいお父さんだったことがうかがえます。そして彼の娘の一人が、後にダイアナさんと確執することになるエリザベス二世。あんなに可愛かった『お嬢ちゃんがねえ・・・・ ま、それはまた別の話。

2011031918460000最近のオスカー映画って小難しいものが多かったですけど、これは分かりやすくて笑えて、元気の出る映画。肝心のスピーチが戦意高揚のためのもの、というのがちとひっかかりますが、やはりこれは国家の問題を描いた作品というよりは、個人的な戦いを描いた話だと思います。『英国王のスピーチ』は、まだたぶん全国の劇場で上映中。たぶんこれは自粛とか中止とかにはならないと思う・・・


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March 16, 2011

3月16日、伊豆の現状報告

昨日夜10時半ごろ、静岡県富士宮市を中心に大きな地震がありました。富士宮では震度6。わが市では震度4。
例によって午前三時過ぎから仕事のわたくしはそのころもうすっかり床に入っておりました。ふと目が覚めて携帯を眺めていたら、急にガタガタと揺れ出すじゃありませんか。そしたらツイッターやメールなどでたくさんの方が「大丈夫ですか!?」と連絡をくださいました。「なんでみんなこんなに心配してくれるんだろう・・・・」と思ってニュースサイトを見て、ようやく地震の中心がこっちの方であることを知りました。いやはやお恥ずかしい。みなさんも大変でしょうにこちらを気遣ってくださって本当にありがとうございます。

幸い最も地震の大きかった富士宮でも目立った被害はなかったようです。重傷者はいまのところなし。津波の恐れもなし。御前崎市の浜岡原発も特に異常はないようです。

そういうわけでわたしは元気です。カスリ傷ひとつありません。今朝も元気に仕事してきました。ついでにこの辺の現状報告をば。

今朝コンビニでは普通にパン、おにぎり、弁当が並んでいました。が、昼になったらパンはほとんどなくなっていました。おにぎりは追加が入ったのかまだ残ってましたが。
ガソリンは「レギュラーは一人10リットルまで」と言われました。いい判断だと思います。モノが来てないわけではないのです。不必要に大量にもっていく人がいるから足りなくなるわけで。

電車は止まったり走ったり。計画停電は「やるやる」と言いながらまだわたしの住む区域では一度も実施されてません。先ほども午後の予定が中止になったと広報がありました。いや、これは大変ありがたいことなんですが

たぶんこういった状況は都市部のみなさんの方がずっとシビアだと思います。先ほども関東でまた震度5の揺れがあったようですし・・・ ましてや東北で被災している方々に比べれば、日常とほとんど変わりありません。

みなさんにどうか笑顔がありますように。それではまた。


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March 15, 2011

あしたがあるさ ちばてつや・曽利文彦 『あしたのジョー』(劇場版)

2011031517170000時は高度経済成長まっただ中。貧しい人々が住むドヤ街に流れ着いた少年・矢吹丈は、その天性の運動センスを老トレーナー丹下段平に見込まれて、ボクシングを強く勧められる。やる気のわかないジョーだったが、少年院で出会ったボクサー力石徹に完敗を喫し、ボクシングへの情熱を抱き始める。やがて出所した二人は、プロのリングで激しく火花を散らすことに・・・

日本の漫画の中でもしばしばナンバー1と称される伝説の作品『あしたのジョー』。それがなぜか21世紀の今、実写版映画となって帰ってきました。本日はその紹介をば。ちなみに『ジョー』の実写版は1970年にも作られていて、ここで少し見ることができます。ジョーを演じるのは青春物で多く活躍された石橋正次さん。山Pとどっちがジョーに近いか比べてみるのも一興でしょう。

わたしは今回は偉大すぎる原作のこと(こんな記事書いてます・・・)はとりあえず忘れ、戦後まもなくの若者のぎらついた感じがそれなりに出せていれば、それでいいかな、と思いました。その点ではまあがんばっていたと思います。そりゃ古い世代の方が見たら違和感あるでしょうけど、今の若者だったら言わないような熱いセリフを言う姿が、それなりに様になっていましたし。

ジョーを演じるはジャニーズの若手スター山下智久くん。感心したのは彼のパンチが目に見えなかったこと。その辺はしっかりトレーニングを積んでいたようです。あと彼は「人を殴る」ということがかなり難しかったようで。「二枚目=いやなヤツ」というわたしのイメージが少しゆらぎました。
でも山Pよりもっとすごかったのが力石を演じた「キャシャーン」こと伊勢谷友介君。力石といえば例の壮絶な減量シーンがあるわけじゃないですか。それを文字通り骨身を削って演じておりました。計量の場面ではあまりに痛々しくて目をそむけたくなるほど。『マシニスト』のクリスチャン・ベールや、『イントゥ・ザ・ワイルド』のエミール・ハーシュにもひけをとってません。

そしてもう一人の熱い男が丹下段平を演じる香川照之さん。なんでも彼は三度の飯より好きだというくらいのボクシング狂だそうで。漫画の丹下にまるで生き写しな演技から、その情熱が伝わってきます。もっとも現場ではあまりのボクシングへの愛情のため、現実ではありえないような演出に悩んだりもしたとのことcoldsweats01 一方で山Pや伊勢谷君が「ボクサー」の体になっていくのがとても嬉しかったそうです。

わたしが一番よかったのは・・・と、ここから先はネタバレです。

rock
rock
rock
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2011031519000000本当に一番最後のシーンですね。久しぶりにおんぼろジムに帰ってきたジョーが力石の幻影を見るところ。これ実は原作にはないシーンですが、原作で言われていたジョーと力石の「奇妙な友情」を上手に表していたと思います。現在関東付近では計画停電のため映画館のスケジュールも混乱しておりますが、力石の耐える姿は、きっといまのわたしたちの励みになるはず。そんなわけでスポ根ものがお好きな方はぜひ見にいってみてください。
立てよ国民、立つんだジオン!(違) イラストは伊勢谷版力石ということで。

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March 13, 2011

彼岸より クリント・イーストウッド 『ヒアアフター』

2011031319520000これはいま非常に紹介しづらい映画なんですが・・・ もういい加減見たのが三週間も前なので、忘れないうちに書いておくこととします。もはや世界を代表するといっても過言ではないクリント・イーストウッド最新作『ヒアアフター』です。

フランスのジャーナリスト・マリーはバカンスの際遭遇した災害で、危うく命を落としかける。息を吹き返す直前に彼女が見たのは、亡くなった人たちが立ちつくす奇妙な光景だった。
イギリスの少年マーカスは、自分の半身であった双子の兄を事故で亡くす。さびしさに耐え切れず、マーカスはなんとかして兄に会う手段を探し続ける。
アメリカの青年ジョージは、かつて霊能者としてその名を知られていた。だが彼は自分の能力を嫌い、いまではその仕事をかたくなに拒んでいた。
遠く離れた地の三つの物語は、やがてどう交差していくのか・・・

今度のイーストウッド作品はオカルト・超常現象を扱った話らしい・・・と聞いて身構えておりましたが、見て胸をなでおろしました。全然怖くない。幽霊やお化けも出てきませんし。そもそもこれは「あの世」の話というより、「あの世」を素材としてこの世の孤独を描いた話だと思いました。

そもそもなぜ親しい人の死が辛いのかといえば、それはその人ともう会えなくなってしまうのがさびしいから。マーカス少年はほぼ同じ世界を共有していた兄ジェイソンを失い、はかりしれない孤独に包まれます。
マリーは自分が見た光景を人々にわかってもらおうと張り切りますが、周囲の人々から理解されず、これまた孤独を味わいます。
そしてジョージですが、彼がなぜ霊能者の仕事をやめてしまったのか。それはその仕事をやればやるほど、自分が他の人と異なることを思い知らされたからではないでしょうか。彼が見る光景は彼にしか見えず、他の誰にも見えません。彼がディケンズの愛読者だったのは、きっとその作品に人の孤独が描かれたものが多いからでは(わたしはそんなに読んでないんですけどwobbly)。ディケンズの作品の主人公に感情移入するとき、ジョージはその孤独をわずかな間まぎらわすことができたのでしょう。

で、ここからは結末を割ってるんですが

book

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最後唐突にジョージがマリーにメロメロになってしまうくだり。あれはたぶんようやっと、自分と同じ世界を見た人を見つけた。思いを共有できる人に出会えた・・・ そういう喜びの表れだったのだと思います。はるか離れた場所に住む運命の二人が、見えない糸に引き寄せられてめぐり会う・・・ ロマンですね。

本好きとしてはこの映画のクライマックスが「ブックフェア」というのが嬉しかったです。この映画にはイーストウッド作品には珍しくネットをカチャカチャやってる場面が幾つかあるのですが、三人をひきよせる直接のきっかけとなったのは紙の本でした。電子書籍もけっこうですけど、やっぱ本は紙ですよ、紙。

まあ文字にせよ電子通信にせよ霊界通信にせよ、人が思いを伝えたがるのはやっぱり「ひとりではさびしすぎるから」。人間というのはつくづく寂しがりやさんな生き物であります。

2011031319520001上陸前の海外での評価はあまり芳しくなかったこの『ヒアアフター』ですが、日本での評判はそれほど悪くないような。たぶんこの映画の「あの世」感って、日本の人々にはなじみやすいものだったんでしょうね。
『ヒアアフター』は現在全国の劇場で上映中。そろそろラストスパートというとこだと思うので、ご覧になりたい方はお早めに。


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March 12, 2011

ジュリエットに傷心 レオス・カラックス 『ポンヌフの恋人』

2011031119520000パリのポンヌフ橋をねぐらにする孤独な青年アレックスは、ある日橋に流れ着いた娘ミシェルと出会う。ミシェルとともに過ごすうちに、アレックスは彼女が自分の中でかえがえのない存在になっていくのに気づく。ミシェルも辛い過去ややがて失明する事実を乗り越え、彼の思いを受け入れる。橋の上で粗末ながらも楽しく暮らす二人。だがその日々は長くは続かなかった・・・

こんな事態であるのにこっそりUPです・・・ 1991年にフランスで公開された名作が、この度デジタル・リマスター版となって帰ってきました。アート系の映画にうといわたしでも、その名はさすがに存じていました。ただ。今回この映画を見てみようと思ったのは、たまたま今年の初めにリバイバル版の予告編を見たから。
大音響とともにパリの夜空を彩る盛大な花火。その下でよれよれになって躍る二人の男女。この映像に、文字通り打ち上げ花火を至近距離で喰らうような衝撃を覚えたのでした。
そして一転して、降り積もる雪の中、橋で抱きしめあったまま動かない二人。ああ、なんかこの人たち死んじゃいそう! このあとどうなるんだろう? ・・・と無茶苦茶彼らの行く末が気になってしまい、銀座まで出張して見にいいってきたのでした。

まあ主人公二人の境遇がホームレスという時点で普通の恋愛ものではないだろう、とは思ってはいました。しかしここまで心がひりひりするような話だとは。アレックスもミシェルもあまりに捨て鉢というか自暴自棄なところがあり、時として攻撃的でもある。お願いだからもっと自分を大切にしなさい!と思わずにはいられませんでした。目を刺すような光溢れる映像と、耳をつんざくようなサウンドがまた感覚をひりひりさせます。

わたしが強烈に印象に残ったのは、どちらかというとアレックスの方でした。この男、ミシェルを手放さないためには手段を選びません。後先考えずに全力で行動します。
普通の恋愛ものなら彼女のために身をひいて・・・という場面でも、徹底してエゴイズムを貫きます。たとえミシェルが失明したとしても、アレックスは彼女が自分の前から消えてしまうことが耐えられないのです。その愛情は、恋人に対するものというより、むしろ子供が母を慕うような気持ちに近いと思いました。普通子供にとって母親は絶対不可欠な存在であり、母親の事情がどうあろうが離れ離れになることを恐れるものです。
そういえばミシェルが「橋」にとどまる理由は劇中で語られましたが、アレックスがなぜあそこまで橋にこだわるのかは明かされませんでした。よく「橋の下で捨てられた」などと言いますが、もしかしたら彼も昔そこで母親に捨てられたのかもしれません。そしてそこで待っていればいつか迎えに来てくれる・・・ そんな望みを持っていたのかもしれません。

さて、この作品レオス・カラックス監督の「アレックス三部作」の最後を飾る作品となっております(各作品は主人公の名前と役者が共通するだけで、特に前後関係があるわけではありません)。二作目でもヒロインを務めたジュリエット・ビノッシュと監督は恋人同士だったそうですが、『ポンヌフ』撮影が難航するとともに二人の関係は悪化し、ついには破局を迎えたとのこと。その辺の事情が、あのやや唐突とも思えるラストシーンに投影されているような気がします。まるで「本当はこうなったらいいのになあ」という監督の呟きが聞こえてくるかのようです。
この別れがよほどショックだったのか、以後カラックス監督は八年後の『ポーラX』まで沈黙を保ちます。そしてそれ以後は2008年のオムニバス映画『TOKYO!』のうちに一編しか撮ってないという・・・ きっとものすごくひきずってしまうタイプなんでしょうね・・・ 『ポンヌフ』しか見てないわたしが言うのもなんですが、もっとがんばってほしいと思います。

2011031119520001『ポンヌフの恋人』は現在首都での上映は終ってしまいましたが、引き続き横浜・大阪・福岡などで上映予定。20年経ってもなお鮮烈なその映像、ストーリーを、未見の方はぜひ味わってみてください。

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March 08, 2011

ひょっこり竜宮島アゲイン 鈴木利正・沖方丁 『蒼穹のファフナー HEAVEN AND EARTH』

2011030819580000人類を突如として襲った謎の生命体フェストゥム。その戦いにひとまず決着がついてから二年。かつて幾多の死闘を潜り抜けた少年たちは、竜宮時まで穏やかな日々を過ごしていた。だが敵を消滅させることにこだわる人類群の攻撃により、フェストゥムは再び牙をむきはじめる。
竜宮島にも危機がせまったその時、真壁一騎はフェストゥムの側にとり残された友、皆城総司の声を聞く。そして彼は総司から遣わされたという少年・来栖操と出会う・・・

みなさんは『蒼穹のファフナー』というテレビアニメのことをご存知でしょうか。かれこれ6年まえに放映されたSFロボットアニメでございます。こちらでもこんな記事を書いたりしておりました。キャラクターデザインに『ガンダムSEED』の平井久司氏、脚本・シリーズ構成に人気SF作家沖方丁氏(昨年歴史小説『天地明察』で大ブレイク)を迎え万全の体制で臨んだものの、やはり深夜という時間帯のゆえか一般的にはそれほど知名度は上がらなかったような。その後一本の特別編が作られて以降、久しく名前を聞きませんでしたが、いいかげん記憶も薄れた今頃になって劇場版が作られることになりました。これもまた、パチンコの恩恵というほかありません。見てまず目を奪われたのはブルーレイ上映による画面の美しさ。フィルム派からは嫌がられているようですが、やはりアニメに関していうならば、DLP上映の方が美しくきめこまかであります。

自分実はこのアニメ後の『ゼーガペイン』『グレンラガン』ほど思いいれのある作品ではなかったのですが、久々に一騎くんらと再会して彼らががんばっている姿を見ていたら、なんだか泣けて泣けてしょうがありませんでした。歳を食って涙もろくなってることもあるでしょうけど。なかでも泣かせてくれたのは名前も忘れかけてた近藤剣司くん。旧作ではおっちょこちょいのへタレくんなキャラクターでしたが、今回は亡き友のお父さんの身の回りの世話をしていたり、後輩が自信をつけるために損な役を買って出たり、二年の間にずいぶん大人になったのだなあ・・・と。
ほかの少年少女たちも決して理想的な「いい子ちゃん」ではありませんが、その純粋さやひたむきさに一々心打たれました。

旧シリーズから引き続き受け継がれているのは「実存」というテーマ。総司から使わされた来栖という少年は、フェストゥムでありながら戦いが無くなることを願っております。ですが彼はフェストゥム全体からすればごく一部にすぎません。「おれは指みたいなものだ」と自嘲する来栖君。そんな彼に一騎は例の「お前はそこにいるのか?」という問いをぶつけます。存在するということは物質的な問題ではなく、周囲の流れに飲み込まれずに、自分の意思をはっきりと保つこと。ある意味このテーマに関しては旧作よりもわかりやすく伝わってきました。
そして先の『ガンダム00』劇場版と同じく、この作品も敵の殲滅ではなく、相手との「対話」を成し遂げようとする話です。まあ対話に持ち込むためにドンパチで道を切り開かねばならない、というのが多少ひっかかりますが、ロボットの見せ場も作らなければいけないので、そこはいたしかたなきことでしょう。

で、自分が一番感動したのはやはり・・・・(以下ネタバレ)

sun
cloud
sun
cloud
sun
cloud

ラストで総司くんが帰ってきたところ。「いつか必ず帰る」そう言って終った作品はたくさんありますが、実際に数年後に帰ってきたところまでできた物語がどれほどあるでしょう。
「おおお~ えがったの~ えがった~crying
と例によって鼻水駄々漏れ状態でした。この映画見た時ちょっとスケジュールが厳しかったのですが、がんばって見にいってきて本当に良かったです。また平日の昼間で、既に二週目に入っていたにも関わらず、意外にもお客さんが十四五人入っていたのも嬉しかったです。

2011030819580001『蒼穹のファフナー HEAVEN AND EARTH』は昨年暮れから公開されておりますが、まだまだこれから上映されるところも多いので、かつてテレビシリーズをご覧になった方は足を運ばれてみてはいかがでしょう。
自分はやはり『ゼーガペイン』、あるいは『ヒートガイ・ジェイ』の続編なんか見てみたいのですが、それにはやっぱパチンコ化されないといかんのかなあ。

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March 05, 2011

ようこそ類人猿 今泉力哉 『たまの映画』

110305_183902先日下北沢映画祭グランプリ・準グランプリ作品上映会にお邪魔した際、特に印象に残ったのが今泉力哉監督の『最低』という映画でした。その今泉監督の商業デビュー第一作『たまの映画』が、どういうわけか近場の小田原で上映されていると知り、二週間ほど前に小雪の降る中行ってまいりました。今日はその感想をば。

みなさんは「たま」というバンドを覚えてらっしゃるでしょうか? かれこれ二十年ほど前、名物番組「いかすバンド天国」でデビューした中で、最も人気を博したグループです。あまり興味がなかった当時十代のわたしにも、その名声は鳴り響いていました。しかし時経つうちに、いつしか名前を聞くことはなくなっていったのでした。

で、今回この映画を見て、ようやっとすでに「たま」が解散していた事実を知ったのでした。冒頭のテロップがふるっています。ちょっとうろおぼえですが、確かこんな風でした。

「再結成するわけでもなく 誰かが死んだわけでもなく 結成何周年でもない そんな『たま』の今を描いた映画」

それで企画が成立してしまうところがすごいです(笑) しかも、メンバー四人のうち柳原幼一郎(現・陽一郎)氏からオファーがもらえなかったとのこと。普通ならそこでぽしゃりそうなものなのに、ちゃんと作品が完成しているところがまたすごい。
きっと今泉監督はすごく「たま」のことが好きだったんだろうな・・・と思ったら、パンフを読むとそうでもなかったようで(笑) ただ、この「たま」の熱狂的なファンでもなかった今泉氏が撮ったことにより、本当に彼らの「現在」をとらえた作品に仕上がっておりました。恐らく「たま」に深い思い入れのある人が作ったなら、どうしても過去の映像を入れてしまいたくなるでしょう。しかしこの映画では気持ちいいくらい、彼らがバンドを組んでいた時代の映像は出てきません。

「たま」といえばみんなまず思い出すのは、坊主頭でランニングシャツの石川浩司さんでしょう。この映画を見てやはり最もインパクトが強かったのは彼でした。ライブハウスで型破りな演奏をしたかと思えば、「ホルモン鉄道」なるユニットで、温泉旅館で庶民的な芸を披露したり。はたまたどこかのイベント会場でチュチュを着て玉袋がはみ出た話などしておられる。これほどまでに型破りな「ミュージシャン」は初めて見ました。
しかし舞台を離れてインタビュアーに語る言葉は、非常に真剣で道徳的であったりするところが、また印象的でした。

「たま」でもうひとりみんなの記憶に強く残っている人は、あの甲高い声で「さる~」と歌っていた知久寿焼(ちくとしあき)さんでしょう。彼もまたソロでライブをしたり、時にはユニットを組んだりして音楽活動を続けておられます。石川氏と比べればその演奏スタイルはごくごく普通に見えますが、一つすごいのがお酒を飲み飲み演奏しているところ。「アンケートでそういうのってプロとは言えないんじゃないですか?って書かれたことありますけど、プロじゃなくていいです。飲む方を取ります」 そうあっけらかんと語る知久さん。さながら現代の李白とでも申しましょうか。あと虫好きとしては彼がけっこうな昆虫採集マニアであるところがツボにぴきーんと来ました(笑)

そしてこの映画に出てくる三人目の「たま」がベーシストでありギタリストの滝本晃司さん。滝本さんはこれまた石川・知久両氏と異なる、とてもかっこいというか、ミュージシャンらしい方(石川さん、知久さん、どうもすいません)。
その音楽スタイルも三人の中では一番アーティスティックなように感じられました。公園でかつての「たま」のことを淡々とクールに語る滝本さん。その姿がまたかっこいい。個人的にちょっと驚いたのが、彼が劇団ヨーロッパ企画に楽曲を提供されていたこと。ヨーロッパ企画に関しては名前くらいしか知らないのですが(爆)、ブログで仲良くさせていただいているkenkoさんがたしかファンだったので、そんなところでつながるとはなあと。

特に好きなシーンは、石川さんと知久さんがかつて住んでいたアパートのあった場所を尋ねるあたり。「(空中を指差して)この辺にぼくたちの青春があったんですね~」と言う石川さんが、おかしくも少し物悲しくもあり。
あと知久さんのインタビューもいろいろ胸に残るものがありました。健康マニアだったのにあっけなく亡くなってしまったお父さんの話とか、インタビュアー(恐らく今泉監督?)に対し突然「その座り方腰を悪くするよ」と心配したり(笑)。あとシミか何かを食べていた「地中性の」生き物に「また会う日まで~」と語りかけておられたのも、かわいらしかったです。あの生き物、いったいなんだったんだろう・・・ カエルの一種でしょうか? 非常に気になります。

もちろん彼らの演奏場面もふんだんにもりこまれております。なかでも感動したのが、石川・知久両氏が参加されているバンド・・・というかオーケストラ「パスカルズ」の演奏シーン。これは映画館ならではの音響と大スクリーンでこそ、じんわりしびれる演奏だったと思います。

「玉袋はどんどん成長し続けるんです」と語る石川さん。「たま」の四人も解散してなお、それぞれ自分の道を歩み続けておられます。その姿に大いに元気を頂いたのでした。

110305_183819『たまの映画』は記事を描くのがぼやぼやしてるうちに上映が終ってしまったところもありますが、まだまだ吉祥寺や長野・仙台などで上映中・上映予定です。ご興味おありの方は公式サイトをご覧ください。
また俊英・今泉力哉監督の他の作品も、現在下北沢トリウッドやポレポレ東中野で上映中であります。下北沢は短編の特集上映。東中野は長編『終ってる』。『たまの映画』とは少し違ったユーモラスでシュールな世界を、お近くの方は体感されてみてはいかがでしょう。

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March 04, 2011

猫目キックを見せてやれ 『Mr.バブルガム』『くらげくん』『ゲルニカ』 片岡翔作品特集

110304_183729みえたみえたぞ あやしいかげだ
きいたきいたぞ あやしいこえだ
がんばれ がんばれ ねこめくん
(『猫目小僧の歌』より)

先日当ブログで勝手に応援している自主映画作家、猫目映画主催の片岡翔氏の特集上映を見にいって参りました。ので、今回はさらっと氏の作風等についてご紹介できればと思います。
今回上映されていたのは『Mr.バブルガム』『くらげくん』『ゲルニカ』の三本。各作品に関するつっこんだ感想は、タイトルを踏んだ先に書いてありますが、一応ごく簡単にあらすじを紹介しておきましょう。
『Mr.バブルガム』は遺書をしたためていたサラリーマンの前に、突然ポエムクラブの女の子が現れ、強引に遺書作りに強力する話。
『くらげくん』はいつも女の子のかっこうをしている少年「くらげくん」の、友達コタロウくんへの淡い思いを描いた作品。
『ゲルニカ』は父を失った少女ミナミと、その幼なじみシズクの切ない別れをつづった作品。

これらの作品すでに一度見た(『くらげくん』は二度・・・)ものなのですが、通して見て気づいたのは、全体的に「死」の匂いがうっすらと漂っているなあ、ということでした。
時にコミカルに時にシリアスに。そんなムードがまったくないように見える『くらげくん』も、『Mr.バブルガム』と『ゲルニカ』の間に見ると、二人の小さな旅行がまるでくらげくんの「心中ごっこ」のように見えてくるから不思議です。

まあ普通「死」を描いた話というのは、どどーんと陰鬱jになったり大仰になったりするものですが、わたしが見た片岡作品においてはそんなことはなく。淡々と物静かにそれは語られていきます。血が流れるシーンもありません。これらの短編における「死(し)」は限りなく「止」に近いものであります。

そんな風に感じたのは、現在YOUTUBEで唯一見られる片岡作品『食卓』を見たせいもあるかもしれません。食卓を囲んだ不気味な人形たちがくねくねと動き回る3分ほどの短編ですが、これまた「死」の匂いが濃厚に立ち込めております。そしてこの映像においては本来動かないものである人形をコマ撮りで撮影することによって、反対に擬似的な命を与えてもいます。

上の三作品に出てくるヒロインたち(くらげくん含む)も、どことなくお人形さんに似ています。美しい顔立ちで、生活観に乏しく、可愛らしい衣装を身にまとっていて。そしてよくできた人形というのも、じっと見ている内に時として「これ生きてるんじゃね?」という錯覚に囚われることがあります。片岡作品に出てくる登場人物(特にヒロイン)たちは、まるで彼によって命を与えられた人形のようです。彼の手により息吹を宿し、時として取り去られ。氏の撮る映画にはそんな魔法のような不思議さが秘められています。

「シ」といえばもう一つ、これらの作品は「詩」的でもあります。文字通りの詩が語られたり歌われたりすることもあれば、詩のようにはかなげな会話が交わされたり。
そうした叙情的な詩や、バックを流れるクラシック、キュートな小道具などが、作品世界をとても透明感のあるものにしています。男性でこういう無垢な感覚に溢れている作家というのは、とても稀有な存在であります。

最もわたしはまだ彼の作品の一部しか見ていないので、他の作品も見たらまた印象が変るかもしれません。温暖化の防止を訴えたホラー作品や、「コタロウ三部作」のほかの二作品もぜひ見てみたいもの。いつかそれらを収録したDVDが出ることを切に望みます。

110304_183806そんなわけで片岡翔監督の最新三作品は、現在下北沢はトリウッドにて18日まで上映中(火曜定休)。くわしいスケジュールはコチラをご覧ください。
さらに今月は六本木のミッドタウンホールにおいても新作『Lieland』が発表されます。(詳しくはここを
今年も次々に作品を発表される予定の片岡監督。ますますのご活躍を祈っております。


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March 01, 2011

その街の強盗たち ベン・アフレック 『ザ・タウン』

110227_191314うわああ気がつけばまた一週間更新が空いとったw 本日は日本ではどちらかというとバカ大作の主演俳優として知られている、ベン・アフレックの監督第二作『ザ・タウン』ご紹介します。

全米で最も強盗事件が多いと言われているボストンはチャールズタウン。そこでは驚くべき事に、強盗が職業として親から子へ「世襲」される。ダグもまたその街で育ち、「常習的犯罪者」となった一人であった。だがあるヤマで人質にした女性を監視しているうちに、ダグは彼女と親密な仲になってしまう。彼女と共に街を出、普通の暮らしを営みたい・・・ そんな思いを募らせるダグ。そんな彼の思いをよそに、FBIは徐々にダグとその仲間たちへの包囲を狭めつつあった。

人というのはいろいろな事情を背負って生まれてくるものだと思います。その荷物が、多い・少ないの差はありますが。ダグはその中でも特に重い荷物を背負って生まれ育った男です。親も兄弟のような友人も強盗であり、周囲が自然と彼をそのような道を歩ませるような環境ができていました。一度はそこから這い出るチャンスがあったものの、それを失って以降はアリ地獄のようにしがらみの中でがんじがらめになっていきます。
カタギになるために街を出れば恩知らずになってしまう。さりとて現状のままでは、いずれ一生を塀の中で過ごすことになる・・・・

常習的犯罪者という人種は、我々と異なるルール・異なる世界で生きている人々です。時としてまったく理解できない別の生き物であるように思えることもあります。しかしこの映画ではダグや仲間たちを、彼らもまた我々と同じ感情を持つ人間として描きます。そのタッチはどこか池波正太郎の小説に出てくる盗賊たちを思い出させます。そしてそんな「異なる世界」で生きている人々の、存在感の強烈なこと。

ダグの幼なじみであり、強い暴力衝動を抱えたジェム。膨大な量の懲役を課され、一生刑務所から出ることがかなわないダグの父。ダグたちに仕事を紹介し、その上前をはねる男「花屋」。ジェムの妹で、強盗たちの町で放縦な生活を送っているクリスタ。そして彼らとは対立する領域で生きているものの、やはり人ならざる世界に身をおいているFBI捜査官フローリー。ベン・アフレックの、この印象豊かな群像を生き生きと映し出している才能は、まさしく非凡なものであると言えます。

以下は結末までネタバレで参ります。これから見ようという方は避難されてください。

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強盗たちの鮮やかな手際や派手な銃撃シーン・カーチェイスも目を惹きますが、それ以上に記憶に残っているのは、アクションの合間に静かに交わされる別れの場面。

刑務所のガラスを挟んで淡々と語り合うダグと父。感情にまかせて殴りあったあと、謝罪と決別をジェムに告げるダグ。警官たちに包囲され、銃弾を浴びるジェムを遠くから見つめ、そっと目を伏せるダグ。そしてダグと恋人クレアの最後の電話。
いずれも大仰な音楽が流れるわけではなく、静かな優しい眼差しでもって情景が描かれます。

ダグが官憲の手を逃れ、別の場所で暮らしているラストを「許しがたい」と思われる方もおられるかもしれません。しかし彼はこうして生きることで、また罰を受けているのだとわたしは思います。彼はジェムを見捨てた罪の意識に苦しみ、全米で網を張るFBIの手に怯えながら残りの生涯をすごすことでしょう。そして恐らく父親と同様、クレアと再会することもかなわない。それでも彼は生まれ育った町を出ることを選びました。なにもかもいいことずくめの選択などありません。それでもわたしたちは何かを捨て、何かを取ることを選び続けねばならないのです。

110227_191352確かにツッコミどころはいろいろあります(笑) しかしこの力強さと優しさ、決しておしつけがましくない語り口は、クリント・イーストウッドの名作を彷彿とさせます。そういえばイーストウッドもベンも、そしてマーティン・スコセッシもそれぞれデニス・レヘインの小説を一度映画化しておりますね。「暴力的な世界にいかに向き合っていくか」 レヘイン作品のそんな主題が彼らの心に強く響いたのかもしれません。
『ザ・タウン』は現在全国の劇場で上映中。まだ早いかもしれませんが、紛れもなく今年を代表する映画の一本、と断言しておきましょう。


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