ドーバー海峡冬景色 フィリップ・リオレ 『君を想って海をゆく』
本日はフランスのアカデミー賞と言われるセザール賞に10部門ノミネートされた社会派映画の力作『君を想って海をゆく』をご紹介します。
フランスの港町、カレ。そこにはイギリスを目指して密航しようとする多くの難民が集まる。混乱したイラクから、恋人に会うためにはるばるやってきたクルド人の少年、ビラルもその一人だった。だがビラルはトラウマから二酸化炭素を出さないようにする袋をかぶることができず、税関で捕まってしまう。なおもあきらめないビラルが思いついたことは、自力でドーバー海峡を泳ぎきってイギリスへ渡ることだった。元メダリストのコーチ、シモンのレッスンを受けに、わずかな所持金を費やして水泳教室に通うビラル。初めは少年をいぶかしんでいたシモンだったが、彼のひたむきな姿を見ているうちに、いつか献身的に応援するようになる・・・
原題は『WELCOME』。全然違うやん!とツッコミたくなります。まあ映画を見るとわかるんですけど、イギリス政府もフランスの人々も全然難民たちに対して「ウェルカム」ではないんですね。そんな大いなる皮肉のこめられたタイトルなのでした。
ドーバー海峡を泳いで渡ろうとする・・・というあらすじからスポ根のようなノリを想像しがちですが、どちらかといえばメインはビラルとシモンの世代・国境を越えた交流にあります。最初は難民たちと関わりたくない、という気持ちを露にしていたシモンですが、奥さんからのイメージを向上させるために、ビラルを家に泊めるようになります。
この辺からわたしが思い出したのは昨年サンドラ・ブロックがオスカーを取ったことで話題になった『しあわせの隠れ場所』。二作品とも、ろくに素性のわからぬ少年を、ふとした思いつきから自分の家で世話するようになるという話なので。実話が元で、スポーツが関わってくるあたりも一緒です。
ただ『しあわせの~』のマイクがリー・アンの愛情によって多少の逆風も乗り越えていくのに対し、こちらではビラルを取り巻くあまりの厳しい現実に、やるせない思いを抱かずにはいられません。
人によってはシモンが、なぜビラルに対し心を開いていったのかわかりづらい、という感想を抱く方もおられるようです。ただ、シモンとてかつてはトップアスリートだった男。自分が全てを注いだ水泳で、大きな目標に挑む少年の姿を見ているうちに、いつしか「力になってやりたい」という気持ちが強くなっていったのでしょう。。そして子宝に恵まれなかった彼は、きっともし自分に子供がいたなら、こんな子供がよかった・・・と思うようになったのではないでしょうか。当局や周囲の容赦ない仕打ちに暗い気分にさせられる中で、二人の心が通い合っていく様子には心温まるものを感じました。
そしてやはりビラル少年のどこまでもまっすぐな姿に心打たれます。シモンがいかにそれが無理なことを解こうとも、彼は決してあきらめません。恋人に会うために極寒の果てしない海を迷うことなく乗り出していきます。「目の前の君でさえ、オレは諦めてしまうのに」 ・・・・そうつぶやくシモンの言葉が、胸を突きます。わたしたちはビラルような情熱を持って、誰かを想うことができるでしょうか。
以下は結末を割っておりますので、ご注意ください。
わたくしてっきりこの話、少年が努力と根性でもってイギリスまでたどりついた、そういう話だと思っていたのですね。しかし実際はご覧になった方ならおわかりのように、とても悲しい結果に終わりました。シモンが見つめるテレビの中でビラルが活躍していた・・・そんなラストを一瞬期待したのですがね・・・ やはり現実は甘くないです。
ただわたしはこの話を、「かわいそうな話」というだけで終わりにしたくありません。確かに死んでしまっては何にもならない・・・という気持ちもあります。でも、こんな一途で純粋な少年がいたこと、そしてそれを知れたことを素晴らしいと思いたいです。
「クルド」とはトルコ語で「狼」を意味しているそうです。狼は雄々しく、情愛豊かで、美しい生き物であります。これはそんな狼のような少年と、それをつかの間のあいだ見守った男の話。「狼少年」というとなんか違うものを連想してしまいますが。
『君を想って海をゆく』はメインの東京の劇場ではあともう一週間、というとこですが、その他の都市ではこれから初夏にかけてゆっくりゆっくり回っていく模様。本当にフィルムの本数が少ないのね・・・
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Comments
はい、オフでも話した通り実は最後10分落ちてます f^^;
ですがいろいろな話を突き合わせるとラストはわかるよね。
そこに持って行ったところを映画として評価したい。
実話としては残念ですが。。。
ビラルくんの絵はわかるけど、最初のはスズメ? w
Posted by: rose_chocolat | January 29, 2011 10:22 PM
>roseさん
こんばんは
あーなーたーはー あんな肝心なところでー
でも確かにあまりにもあっさり・・・・となってしまったので、しばし呆然としてしまいましたよ。壮大な音楽でどどーんと盛り上げずに、物静かに淡々と語るあたりがフランス流でしょうか
最初の絵は連続テレビ小説『ウェルかめ』のOPに出てきた亀です。わかりづらいですね!
Posted by: SGA屋伍一 | January 30, 2011 07:51 PM
「ドーバー海峡横断部」でも無理だったからねぇ。
にしてもやるせないですね。しかも彼女も親には結局逆らえなかったし。シモンの中で何かは変わったんだろうけど、結果だけ見たら結局は目に見えない大きな力に押し潰された形だったってのが、リアルだったと思います。
Posted by: KLY | January 30, 2011 08:48 PM
伍一さん!
私、絵がカメって分かったです!凄いでしょ!
あ、それと、忙しくなってもタマに覗かせていただくので、どうぞ宜しく。癖は簡単に治らないかも。
移民。。。。。以前、「日本人は別なんだよ」と聞いて何ともいえない気持ちになった事があります。今はちょっと状況も変わってきているようですが。
Posted by: まみっし | January 30, 2011 09:08 PM
>KLYさん
こんばんは! おかえしありがとうございます
あ、ウッチャンナンチャンもダメだったんだ。わたしゃあれもてっきり成功したものとばっかり・・・
ええ、確かにやるせない話でありました。だけどこの映画が公開されることで、たくさんの人々に難民の苦しい状況が伝わればいいな、と
実際フランスではヒットしたようですが、その後多少は状況はよくなったのかな・・・
Posted by: SGA屋伍一 | January 31, 2011 10:10 PM
>まみっしさん
こんばんは~
おお、よくこの絵で「亀」とわかりましたね。推理小説発祥の国に在住しておられる方は、推理能力も達者なようで
で、イギリスでもやはりそうした問題は少なくないのでしょうか。自身の恵まれた立場をありがたいと思うとともに、どうすることもできない無力感にとらわれます
せめて彼らの状況・問題を知ることくらいは努めたいと思いますが
>忙しくなってもタマに覗かせていただくので
どうぞどうぞ、気が向いた時にはいつでもいらしてください
Posted by: SGA屋伍一 | January 31, 2011 10:19 PM