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December 08, 2010

灯台もと暮らし 吉田修一・李相日 『悪人』

101208_182133もう公開されてだいぶ経っちゃってますけど、先日ようやっと見ました。三つの賞に輝いた吉田修一氏の小説を、『フラガール』などで知られる李相日氏が映画化。『悪人』、ご紹介いたします。

清水祐一は祖父母と暮らす孤独な青年。ある時祐一は出会い系で知り合った佳乃という女性を、ふとした衝動で殺めてしまう。焦りと不安の日々の中、祐一は光代という別の女性と知り合う。同じ孤独感を抱いていた二人は強く引かれあう。しかし光代のことを愛せば愛すほど、祐一は苦しい気持ちに苛まれるのであった。

非常に多くのテーマが盛り込まれたお話だと思います。というか人によって、それぞれ注目するところが微妙に違うのでは、と思える映画。
人はなぜ罪を犯すのか、本当の「悪人」とはなんなのか。そのことを問うた作品でもあり、混じりけの無い純粋な愛を描いた作品とも言えます。皮肉な運命のすれ違いや、人の孤独をテーマにした物語でもあります。

で、わたしは特にどこに注目したかと言いますと、これは人が突然別の誰かに入れ替わってしまう、そんな怖さが描かれた作品だと思いました。
以下はバリバリネタバレで参ります。読まれる方はそのことをご承知ください。

祐一はぶっきらぼうではありますが、それなりに優しい気持ちを持っている青年であります。文句も言わずに体の弱い祖父の面倒を見ているところからも、それはうかがえます。
そんな祐一が、突然獣のようになって一人の女性を殺してしまう。祐一だけではありません。この映画に出てくる佳乃、増尾、そして佳乃の父の佳男も、誰もみなわたしたちの回りにいそうな普通の人間です。しかしそんな普通の人たちが、なにかのきっかけで突然豹変し、誰かに対して暴力を振るったり、悪鬼のような表情で呪詛をばらまいたりする。うう・・・ 人間って本当に怖い生き物ですね。
作中では鏡が度々意味ありげに出てきますが、この鏡は別人に切り替わるスイッチとして使われているような気がしました。例えば祐一は「鏡を見ていたら、突然金髪に染めてみたくなって」と語っています。
光代もそうです。働いている店で、彼女が不安に鏡をのぞき込むシーンが二回あります。最初に覗きこんだ直後、平凡に波風立てずに暮らしてきた光代が、それまでにないような思い切った行動に出ます。
そしてもうひとつはラスト近く。そこで光代は自分は今まで何をやっていたのかと、ふっと我に返るわけです。これ、本当に怖いなあ
他にも灯台や、「濡れた足」などが象徴的に使われておりました。それぞれどういう意味があるのか、考えてみるのも一興かもしれません。

ここのところ捨て鉢な役が多い満島ひかりですが、今回もまたやってくれました。自分はモテモテと勘違いして、結果山中に放り出され、そのうっぷんを妻夫木君にぶつけたゆえに殺されてしまう役
その亡きアホ娘に懸命に語りかける父親(柄本明)の姿は、涙なくしては見られません。
わたしこの少し前に『川の底からこんにちは』という映画を見たのですが、それを立て続けにもう一回見たくなってしまいました。こちらも満島嬢が捨て鉢な役で出てくるのですが、基本的にムードは明るく、疎遠だったお父さんとの泣かせるエピソードなどもあります。『悪人』でうちのめされてしまった方は、そちらもセットでご覧ください。癒されます。 来年2月発売予定。

101208_182217終盤なぜ祐一があのような行動に走ったのか、最後の光代の言葉の意味は。唐突に見るものに宿題を残して終ってしまうところも、一筋縄ではいかない作品(原作にはも少しはっきり書いてあるみたいですけど)。さすがにもう上映大体終っちゃってますね・・・ 見逃した方はDVDをお待ちください。

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Comments

伍一さん、

またまた、こんにちは。

この映画のDVD、次に日本へ行ったら買ってみようかなぁ、、、と思いました。選んで2-3買いたいと思っても、DVD屋さんでもそんなに時間取れない場合、こういうレビューってありがたいと思いました。
伍一さん、ありがとう。hino氏にも感謝です。

予想外に豹変する人って怖そうです。映画ならでは楽しめるかも。

そうだ!
まみっし というのは、『まみっ死』 じゃないですよねぇ (笑)。
まみっし姉 は、まさか、『まみっ、死ねい!』 なんて事、まさかね。

真密使 より

Posted by: hino氏の義姉 | December 08, 2010 08:36 PM

私は「悪人」てなんだろうって思いました。
皆悪人になりうるし、善人にもなりうるんだけど
それは生まれ持った性格以外にもタイミングや
運もあるんだろうなと。
だって誰が置き去りにしたやつに責任が全く無い
なんでいえますか。><;

Posted by: KLY | December 08, 2010 11:30 PM

>まみっし義姉さま

過分のお言葉を頂いて恐縮でございます
これはまだ映画公開されたばかりなので、DVDが出るのは恐らく来年の3月か4月ごろになりそうです。『告白』と並んで今年の邦画を代表する作品と言っていいと思います

うん、そうそう。急にテンションが急上昇する人って、つきあってると疲れますよね・・・ 遠くでニヤニヤ眺めているのが一番です

義姉さまもその呼び方には多少違和感を感じてらっしゃるのですね(笑) hinoさんのセンスも変わっ・・・いや、独特ですからねえ。まさかキンスコが挨拶代わりになってしまうとは思いもよらなかったし

Posted by: SGA屋伍一 | December 09, 2010 07:34 AM

>KLYさん

毎度ありがとうございます
まあ観客からすれば一番の「悪人」はマスオさんですよね。あいつがあそこであんなことしなけりゃ、誰も不幸になることはなかったのに

わたしは「悪人」という言葉の持つ残酷性についても考えさせられました。たぶんそう呼ばれてる人たちも、多くはわたしたちと同じ感情や優しさを持ってるはずなんですよね
その上で「やはり殺人はいけない」ということも語られてましたが

Posted by: SGA屋伍一 | December 09, 2010 07:38 AM

こんばんは!
深いテーマの作品でしたが、なんせ地元ロケが多かったせいで
ロケ場所が気になってしまって・・・(笑)
スッピンの深っちゃんもすごかったですが、
樹木希林や柄本明は素晴らしかったです。
マスコミに追われる樹木希林にバスの運転手の一言は
心に響きました。
でも、何があってもやっぱり人を殺しちゃった祐一は
その場から逃げてるし悪いと思います。

Posted by: ルナ | December 11, 2010 11:56 PM

伍一くん こないだ別記事にコメくれたときにTB入ってこなかったよ〜
もう書いてたのね☆

「ほんとうの悪人とは?」をテーマにした作品
皆それぞれ人間にはどこかに悪の部分を持ってると思うけど、それが出るか、出ないか 普通の人間だってどこかで異常者になりえるというか、、、、。

主演たちよりも周りの豪華共演者の素晴らしさが私には光ってみえた映画だったな。

Posted by: mig | December 13, 2010 10:09 AM

>ルナさん

そういえば福岡はルナさんの地元でしたね。わたし冒頭であんまり大きなビルが立ち並んでるものだから、てっきり東京なのだと思い込んでました
深津絵里さんはどちらかというと『踊る大走査線』のイメージが強い方でしたが、こういうしっとりした役もうまいんだな~と
バスの運転手さんのシーンは、この映画で最もホロリときたところのひとつです

>何があってもやっぱり人を殺しちゃった祐一は
その場から逃げてるし悪いと思います

現場で佳乃の父とすれちがった光代が「やっぱり・・・悪人なんですよね」というセリフが、それを物語っていると思いました

Posted by: SGA屋伍一 | December 13, 2010 06:41 PM

>migさん

こんばんは。ちょっと恥ずかしい絵というかネタを書いてしまったので、こちらからは送りづらかったのでした 来てくれてありがとう~

わたしもそんなに交友範囲が広いわけではないけれど、100%悪人という人はそういるものじゃないよね。100%善人という人がそういないのと同じように
誰でも自分の尊厳や大事にしてるものをてひどく扱われたら、鬼のようになるのも無理はないわけで。まあそこで思いとどまれる人の方が、実際はかなり多いと思うけど

共演者ではやっぱり柄本明さんが一番光っていたかな~ 満島ひかりちゃんもキラキラ光ってるシーンあったけどね(笑)

Posted by: SGA屋伍一 | December 13, 2010 06:56 PM

どうも、おくればせです。

SGAさんのイラストの祐一と光代・・・
ブッキーと深津絵里にはあんまり似てないけど
映画のふたりが美男美女すぎなだけで、原作のイメージは
こういう感じなのかもーと思いました。

鏡!そうか、別人に切り替わるスイッチ。
それはまったく思い至りませんでした。なるほどー

『川の底からこんにちは』は結局みのがしてしまったんですよねー 癒されたい。
あと満島ひかりちゃんと言えば、『カケラ』も観たかったんだけど。

Posted by: kenko | December 16, 2010 07:29 PM

>kenkoさん

おかえしありがとうございます
ええ!? こんなにそっくりなのに!? ・・・冗談です。いつにも増して似てませんね。ブッキーファンに見つかったら怒られるだろうな・・・

原作ではもう少し平凡なルックスだそうですね。でも先に映画を観てしまったからか、ほか他のイメージがわきません。重たい話だったので原作を読む気にもなれませんし(笑)

鏡説は思いつきというか、あてずっぽうです(笑) ただ、じーっと鏡をのぞき込む光代の姿には、何か意味がありそうな気がしました

ひかりちゃん関係ではわたし『愛のむきだし』をまだ見てないんですよね。四時間というのに気後れしちゃって。あと機会があったら『ウルトラマンマックス』のアンドロイド役もいっぺん観て欲しいです

Posted by: SGA屋伍一 | December 17, 2010 08:42 PM

伍一くん、さらに遅ればせながら、ようやくみました☆
なるほど!(ポンッ)
鏡がそのような意味で使われているとは、気が付かなかったわ。さすが洞察力バッチリね。
「プレシャス」では鏡の中に妄想の世界があるけど、「悪人」では我に帰る瞬間なのですね。

「愛のむきだし」の満島ひかりちゃんは、すっごくキュート。彼女を堪能したいなら、是非!

Posted by: ノルウェーまだ~む | January 03, 2011 07:50 PM

>ノルウェーまだ~むさん

こんばんは 遅れてかかってる劇場があったのでしょうか。観られてよかったですね

上の説は例によってあてずっぽうですが、鏡をのぞき込む光代さんの表情がなんとも意味ありげだったので、ついそんな風に思ったのでした

あとこの記事書いたあと読んだインタビューで、妻夫木くんが「スイッチが入ったように祐一の気持ちがわかった」と言ってたり、満島さんが「あの時の妻夫木くんはスイッチが入ったように別人になってた」なんて言ってたのが印象的でした

『愛のむきだし』ではやはり拝めるのでしょうか。彼女のパンチ・・・ いえ、なんでもありません・・・

Posted by: SGA屋伍一 | January 03, 2011 08:47 PM

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