お前とオレとの兄弟墓場 アゴタ・クリストフ 『第三の嘘』
15年ぶりの再読をしてみた『悪童日記』三部作もいよいよ完結編のレビューとなりました。第一部『悪童日記』、および第二部『ふたりの証拠』を読まないと意味をなさない作品なので、まずはそちらを読んでからトライされてみてください。この記事もまあまあネタバレすちゃってるので、できたら読了後に来てくれた方がいいかも。
ではあらすじから。双子の兄弟を故郷に残し、国境を越えた男「リュカ」は何十年かぶりに帰国を果たす。だがそこに再会を熱望した兄弟「クラウス」の姿はなかった。そして男が「クラウスが書いた」と主張した日記は、すべて彼自身が書いたものであった。失意のうちに故郷をあとにする「リュカ」。だが彼は別の街で、生き別れた兄弟「リュカ」と思しき男を見つけ出す。
第一作・第二作と、おおむねクーセグの村で時間通りに進行していたお話ですが、この第3作では位置的にも時間的にも入り組んだ構成となっております。過去にいったかと思えば現在に戻ったり。舞台もクーセグ、国境の向こう側、そしてブダペストと転々と変わっていきます。お話の語り手も前半と後半で、バトンタッチしております。
また、一作目と二作目では衝撃的な結末でもってわたしたちを呆然とさせてくれたアゴタさんですが、完結編ではこれまでの謎に一応合理的な決着がつけられます。前二作のどこまでが真実だかわからなくなる、そんな幻惑的なムードが気に入っていた方には、この辺やや興ざめかもしれません。
『ふたりの証拠』では「置いていかれることの哀しみ」が描かれていました。対してこちらでは「故郷を失ってしまった哀しみ」が描かれております。どちらの方がより辛いのか・・・ それは両方経験した方にしかわからないでしょう。
ただ、作者クリストフ女史に近いのは、今回第一部の語り手を務める「リュカ」の方でしょう。政治運動に参加したために国外逃亡の道を選んだ彼女ですが、東西の壁が崩壊した後も、ハンガリーには戻っていないようです。生活そのほか色々な事情もあるのでしょうけど、かつての政権が滅んだとはいえ、もう彼女が愛したかつての故郷はそこにはない・・・ そんな風に感じているのかもしれません。ちょうど長年の歳月を経て再会した兄弟たちの絆が、元にはもどらなかったように。
わたし自身は十五年前読んだ時には、「三冊もかけたわりにはずいぶんとそっけないラストだなあ」なんて感じたものでした。しかし一応しそれなりに年を食った今読んでみると、不思議な安らぎが感じられるような気がいたしました。とても悲しい結末ではありますが、彼らが再び「家族」となるには、確かにこの方法しかなかったのかも。
アゴタ先生の第四長編『昨日』についても少し触れておきましょう。生まれ故郷の村を離れて異国の地で働く青年の、やるせない恋や日常を描いた作品。三部作と通ずるところも色々あり、訳者の堀茂樹氏は異国の地での「リュカ」の物語と考えることもできるのではないか、とおっしゃっておられます。ですが主人公の名前からして完全に違うので、やはりこれはこれで別のお話としてとらえるべきでしょう。三部作にあったような衝撃も、こちらにはなく、ただ淡々とお話は進んでいきます。でもまあこちらも読み返してみたら、また新たになにか発見できるかな?
今夏の読書は、この三部作の再読でなんとなく終ってしまいました。そんな暗い夏休みはちょっとイヤだなあ(笑) でもまた折にふれ手にとってみたいものです。この物語にはそんな魔法のような吸引力が確かにあります。ハヤカワepi文庫より今もなお発売中。
Comments
書かれたんですね~第三の嘘^^❤
いや~~この3部作には翻弄されましたよ。
出会ったことのない衝撃を味わいました。
で、、、前から散々言っていますが、結局どういう事だったのか―今でもよく分かっていませ~ん(泣)
必ずや再読をして、もう一度じっくり味わってみます★
Posted by: 由香 | October 31, 2010 05:12 PM
>由香さん
さびれた記事にコメントありがとうございます
本当にいろんな意味で「特異」な三部作でしたね。ほかに似た作品がまったく思いつかないというか。今回は結末がわかっているにも関わらずグングンと一気読み・・・いや、三気読み?させられてしまいました
それにしてもこれ、映画化はまず無理でしょうね・・・ そう思いながらも、ついつい頭の中でキャストを考えてしまったりして
Posted by: SGA屋伍一 | October 31, 2010 08:35 PM