共産圏ひとりぼっち アゴタ・クリストフ 『ふたりの証拠』
「いまさら『悪童日記』三部作をふりかえる」の第二弾。今回は『ふたりの証拠』を取り上げます。のっけからいきなり第一作『悪童日記』の結末をばらしていますので、未読の方はまずそちらからお読みください。
いいですか?
自らの父親を犠牲にして、一人だけ国境を渡ることに決めた双子たち。故郷に残った片割れのリュカは、村はずれで今までと変わらぬ暮らしを営んでいた。そんなリュカの家に一組の母子が転がり込んでくる。父親の子を生んでしまったヤスミーヌと、足の悪い幼子マティアス。リュカはマティアスを自分の子供のように可愛がる一方で、次第に街に住む未亡人・クララと深い仲になっていく。
舞台はもちろん、前作と同じハンガリー。しかし戦争中だというのに奇妙な活気に満ちていた村は、共産圏の統治下に入ったことにより、やるせない空気で満ち満ちています。
禁書だらけで意味をなさない図書館、すっかりさびれてしまった酒場街、秘密警察の暴挙によりひどい傷を負った人々・・・・
そんなうすら寒い町の様子が、半身を失って孤独に苦しむリュカの姿にとてもよく似合っているというか。
彼がマティアスに愛情を注ぐのは別れた兄弟の代わりとしてであり、クララに魅かれていくのは彼女に母の面影を見たからかもしれません。しかしリュカの身勝手な愛情は当然のことながら実を結ぶことはなく、彼を一層深い孤独の中へと追いやっていきます。
著者アゴタ・クリストフ氏はやはりハンガリーで生まれ育ちながら、戦後の圧政に耐えかねて、スイスに亡命したという経歴の方です。恐らくは故郷への思いに後ろ髪ひかれながら、その決断をくだされたことでしょう。
分かたれた双子の片方は、故郷で生きていきたいという自分を、もう片方は新天地で希望を見出したいと願った自分を表しているのかもしれません。もしかしたらこうなっていたであろうもう一人の自分。彼女は果たせなかった望みを小説の主人公に託しますが、どうしてか彼に充足した生活を与えません。人というものは、どこでどう決断したとしても、結局は孤独と後悔に苛まれるものだと言うかのように。
久しぶりに読み返して印象的だった人物に、リュカが仲良くなる本屋のヴィクトールという男がいます。彼はずっと生涯で一冊の本を書きたいと願いながらも、なかなかペンを進めることができません。この三部作が発表されて十年。世界中の多くのファンがアゴタ女史の新作を心待ちにしていたと思います。しかし第四長編『昨日』はあまり秀でた作品とは言えず、以後彼女はわずかな戯曲・短編しか著していません。結果的に三冊と見ることもできましょうが、この双子の物語こそが、彼女にとっての「生涯で一冊の本」だったと言えるのかも。ただこの世には生きている間に一冊も書くことのできない人がほとんどなことを思うと、その一冊がこれほどな傑作であるというだけでわたしはアゴタさんが羨ましかったりします。
他にも前作に引き続き、多くの印象的な人物・エピソードが登場します。小銭を恵んで少女の股をのぞいていたあの司祭もそのまま出てきます。どうしょうもない男だと思っていましたが、今作では彼とリュカとのやりとりについ涙ぐんでしまったり。人の醜い面を描きながらも、どの人物も不思議と同情を誘うのは、著者の胸に宿っている深い哀しみゆえでしょうか。
長い間待ち望まれた再会がついに果たされる・・・と思いきや、非常に衝撃的な文章でもって幕を閉じる『ふたりの証拠』。しかしまだ彼らの物語は終わりません。完結編『第三の嘘』のレビューも近日中に書く予定です。
Comments
お疲れ様ですぅ~
レビュー書かれたんですね!
私は、この物語の冒頭から???マークが頭に浮かびました。
何故誰も双子の片割れの存在を無視している?ってことで。
自分の思いこみを違う角度から調整するのが苦手な私にとって、おういう物語は斬新でした。
で、、、3作目でもビックリさせられるんですよね~
???続き(笑)
Posted by: 由香 | September 22, 2010 10:02 AM
>由香さん
そしてお忙しいのにこんなさびれた記事にもコメントありがとうございます
あなたのために頑張って書きました・・・(←調子がいい)
わたしはその疑問はとりあえず脇にうっちゃってたな(笑) とにかくこのやるせなくて投げやりなムードがツボにはまってしまって
で、さんざん主人公に同情させておいてあの結末はないでしょが~!と
当初は三作目の予定はなかったそうですが、だとしたらあのまんま煙に巻いて終らせるつもりだったんでしょうか? しどいわ
Posted by: SGA屋伍一 | September 22, 2010 08:44 PM