冷血なテジュさん パク・チャヌク 『渇き』
「復讐三部作」で知られるパク・チャヌク監督最新作。毎度おなじみのフレーズですが、首都圏から二ヶ月ほど遅れて上映。そして既に終了しました。『渇き』。
とある難病の臨床実験に志願した神父のサンヒョンは、ウィルスの副作用のためいわゆる「吸血鬼」へと変身してしまう。超人的な体力と血に対する渇望に悩むサンヒョン。そんな折、彼は旧友の妻であるテジュと出会う。テジュは夫と姑に仕える生活から逃げ出したいという願望を抱いていた。やがてサンヒョンとテジュは強く魅かれあうようになるが、それは果てしない悲劇の連鎖へとつながっていく。
なんでか知りませんけど、韓国ではキリスト教を奉じている方が多いそうで。実に国民の三割がクリスチャンなんだそうです。そのキリスト教の重要な教理の一つに「原罪」というものがあります。つまり人間というのは生まれつき罪深い存在であり、常に神の許しを願う必要がある・・・ そんな教え。
日本人からしたら「何も悪いことなんざしてねえのになんで謝らなきゃいかんのだ」と言いたくなるかもしれませんが、ともかくこの『渇き』もまた、人の罪深さというか「業」を描いた作品であります。
その罪深さを知っているがゆえに、己を律し、欲望を制してきたサンヒョン。しかし欲望というものは押さえ込めば押さえ込むほど、マグマのように内でたぎり続けるもので。それが何かの拍子に縄目を解かれてしまった日には、それこそ目も当てられないことになってしまいます。それでもその暴走をなんとか最小限にとどめようとするサンヒョンの「あがき」が見ていて悲しゅうございました。
一方ヒロインのテジュも家族の中でこき使われて、内に激しいエネルギーを秘めていました。彼女もまたサンヒョンと出会ったことをきっかけにそれを爆発させていくわけですが、興味深かったのはサンヒョンがまだ良心のとがめを感じているのに対し、テジュは精神の方もどんどん怪物化していくこと。これで顔立ちはすこぶる可愛らしいのですから、タチが悪いことこのうえありません。
最初は地味だったのにいつの間にかサンヒョンをいいように振り回していくテジュを見ていて、なんだか『痴人の愛』などを思い出したりしました。
監督パク・チャヌク氏の作品は他に『JSA』と『オールド・ボーイ』しか見てないのですが、まず風変わりな謎や異常な状況を作り、そこから論理的にそれらを解明していくところがすごいな、と思ってました。
しかし今回はもっぱら暴走するだけで、そういう謎解きの要素はほとんどなかったですね。合間合間にポカンとしてしまうようなギャグもあり。これじゃまるでポン・ジュノみたい(笑) まあ論理的に謎を組み立てるよりも、勢いのまま暴走してしまうほうがよほどラクなので、気持ちはわからないでもないですが。
以後、ほぼ結末ネタバレであります。
我慢することをやめて欲望の赴くままに生きたら、それで幸せになれるのか? 少なくともサンヒョンとテジュはそうではありませんでした。やはり願いは願いにとどめ、果たされない方が幸せだったのか。生きるってつくづく難しいものであります。
彼らのやったことはやはり許されないことなんでしょうけど、わがままを言わせてもらえば、わたしはどんなに罪を犯し続けてもサンヒョンとテジュに生き続けてほしかった。だってせっかく死の淵から生き返ってきて、結局死ぬしかなかった・・・ってあまりにも悲しすぎるじゃありませんか。
ただ一つの慰めは、一人で死んでいったサンヒョンが、二度目の時は一緒に死ぬことのできる相手を得られた、ということです。
昨年から話題作が続いた韓国映画ですが、ここらへんでとりあえず一段落、というところでしょうか。それともわたしが単に知らないだけか? どなたか面白そうな情報知っていたら教えてくだしゃんせ~
Comments
コレより後に公開された韓国映画だとヤン・イクチュン監督の『息も出来ない』とキム・テギュン監督の『クロッシング』がいいかな。どっちも素晴らしい作品です^^
この作品、一風変わった作品でしたねぇ。仰るとおり原罪というか人間の根源に関わるような話なのに、チューチュー血吸ってたりするし。(笑)
Posted by: KLY | June 17, 2010 12:34 AM
>KLYさん
こんばんは。
そう、『クロッシング』は『息もできない』の記事にお邪魔した際、おすすめいただいたんでしたっけね
実は少し前、産経新聞のコラムで『クロッシング』について書かれてまして。細かいあらすじはおろか、結末まで全部書いてありました(・・・) その上「ぜひ見て欲しい」ですと。一体どういう神経してるのかと・・・
ま、それはともかく、この映画はこっちには流れて来そうにないですねえ。機会があったら見てみたいと思います
『渇き』は意味もなくガンさまがコウモリのように逆さづりになってるシーンも笑えました。でも全編見終わってみると、そういうしょうもないギャグでしらどこか物悲しかったりして
Posted by: SGA屋伍一 | June 17, 2010 11:05 PM
伍一くん、キンスコーッ
昨日は楽しかったですね!
無事に帰えれましたか?
教えてもらったチェイサーが面白くて(2回観た)、
今は、丁度オールドボーイをレンタル中です。
「母なる証明」は観ましたっけ?冒頭は観ているこっちのほうが羞恥してしまうシーン。
集中して観れた映画でした。
「渇き」はDVDが出たら必ず観てみようっと。
「痴人の愛」、読んだことあるんですね!私も多感な時期に読みまして、谷崎はずいぶん愛読したものです。谷崎を語る女流作家の作品の中でもエロ爺ぶりが伺われましたが、太宰も武者小路(あの顔で@@)も、作家ってたらしなのね。しょうがないっちゃ、しょうがない。それがネタに、いえ芸術作品に。
三島由紀夫も好きです。
Posted by: hino | June 19, 2010 10:17 AM
>hinoさん
きんすこ~~~っす!!
昨日はどうもお世話になりました! おかげさまでちょいと濡れましたが、風邪もひかずピンピンしております(バカだ・・・)
『チェイサー』そんなにツボりましたか・・・ そうですねえ。わたしも韓国映画で一番ショックだった作品というと、あれになるかも。でも確かになんかひきつけられるものを感じるんですよね
『母なる証明』も見てますよ。レビューあったらお邪魔します。正直言うと『渇き』は『オールドボーイ』ほどではなかったかな~ 『オールド』はドロドロした情念と緻密な推理パズルを見事に両立させた作品です。おすすめ
それにしてもhinoさんの趣味の広さには驚かされますです。まさに文武両道 ・・・違うか
実は自分はそんなに純文学には詳しくなかったりして 『痴人の愛』はガッコの課題でレポートを書いたことがあったのでした。それにしてもこの題、エロいですよね~
やっぱし大概の男には可愛くて小悪魔的な女の子にぶんぶん振り回されたいという願望があるのだと思います。わたしも実際にそんなオナゴに・・・ いや、なんでもありません
Posted by: SGA屋伍一 | June 19, 2010 09:17 PM
伍一くんTBありがとね。
なぜコメントないの~?(笑)
そんなことより!!
翔の作品が観客賞受賞したのでお知らせです。
どうもありがとう!!!
来月はぴあ映画祭あるのでぜひそちらも来れたらよろしくね★
乾き、好きだなぁ、
やっぱりパクチャヌク大好き~♪
ソンガンホをあんなにセクシーに撮るなんて。
DVDでたら買うかも 笑
あ、最初の絵、なにげに似てる!
Posted by: mig | June 21, 2010 04:48 PM
>migさん
おばんです。こないだはどうも~
いや、なんかmigさんすっごい調子悪そうだったから、仕事増やすのも悪いかな、と思って。その後どんなもんかな?
翔さんの受賞よかったね~ こちらにもわざわざ報せてくれてありがとう。まだ来月の予定はさっぱりわからないんだけど、ぴあの方も行けたら行きたいなあ。予定がわかったらまた教えてください
この映画は実は『オールドボーイ』ほどではないかな~と思ったり。でもインパクトは確かに抜群だった。ソン・ガンホ、セクシーというより、もっさりしたヨンさまみたいだったな(笑)
パク・チャヌク作品、まだまだ未見のものが多いので、おいおいみて行きたいです
Posted by: SGA屋伍一 | June 21, 2010 07:53 PM
クムジャさん観ました?
本作って基本あれと同じテイストです。 私に言わせれば「ドリフ」(笑)
どっちも、どっかギャグなんだよね~。
そうそう、これも絵が似てる(笑
韓国映画はちょっとウルサいですよ。 でも最近はあんまり観てないかな。。。 みなさんと鑑賞のポイントが違うし(爆
Posted by: rose_chocolat | June 23, 2010 12:29 AM
>rose_chocolatさん
ご来訪どうも♪
パク・チャヌク作品はほかに『JSA』『オールドボーイ』しか見てないんですよ。『クムジャさん』と『サイボーグでも大丈夫』はその内見たいと思ってます
ドリフかあ・・・ 言われてみれば「うしろうしろ!」みたいなギャグが幾つかあったかな(笑)
わたしが韓国映画に求めているものは「個性」とか「熱さ」とか
いろんなところで言ってますけど、今までのベストは『トンマッコルへようこそ』。去年は『チェイサー』『グッド・バッド・ウィアード』が良かったです
Posted by: SGA屋伍一 | June 23, 2010 07:19 AM
『トンマッコルへようこそ』、いいよねー。
あれなかなか日本では評価されなかったから。 ああいうのいいと思うんだけど。
『チェイサー』もよかったね。 おやじ系好きなんで。 笑
でもすいません、『GBW』『母なる証明』は。。。 むっ無理
今年韓フェスで観た『あなたは遠いところに』、スエ主演なんですが、これ大変よかったです。
Posted by: rose_chocolat | June 23, 2010 08:03 AM
>rose_chocolatさん
またまたどうも
『トンマッコル』お好きとは嬉しいですね。北側の兵士が橋の爆破を命じられて号泣するシーンを思い出すと、わたしもフラッシュバックで鼻水が噴出します
『GBW』はアート系がお好きな方たちに総じて評判がよくなかったので覚悟してました(笑)が、『母なる証明』がダメだったとはちと意外
『あなたは遠いところに』、タイトル覚えときますー
Posted by: SGA屋伍一 | June 23, 2010 08:25 PM
こんにちは!
ガンさんがフエ吹きながらブホッ!ってなるシーン好き(笑)
不謹慎ながら笑ってしまいました。
最初、病院で患者にフエ吹いてあげようとするシーンって
完全にこのための前フリですよね。
『オールドボーイ』は実はちょっと苦手で、『渇き』のほうが好きです。
『復讐者に憐れみを』と『親切なクムジャさん』もわりと最近観たんですが
復讐三部作の中では『復讐者〜』がいちばん気に入ってます。
ラストは悲しかったけど、いろいろあった二人があんな風に抱きしめあって死ぬのは、ある意味しあわせを感じもしました。
Posted by: kenko | July 10, 2010 05:14 PM
>kenkoさん
こんばんばんです。わたしはあの笛からブシュッと血が噴き出るシーン、すごいと思いましたよ。残酷なのになんかユーモラスで
あちらの監督さんって、よくこんなの思いつきますよね・・・ 『母なる証明』で豆腐の上に蝋燭立ててたりとか
mixiの方でも「『オールドボーイ』苦手」という方がいらっしゃいました。人によってはあの作品に強い嫌悪感を催すこともあるようで。わたしはほとんど感じませんでしたが
ラストはもろ歌舞伎の心中ものでしたね。あと『俺たちに明日はない』を思い出したりもしました
Posted by: SGA屋伍一 | July 11, 2010 08:37 PM
伍一くん
キンスコッポラ 生きてるかーい?
ようやく借りれて観たらコメントに来ようと思ってたら、
前にもカキコしてた〜。
絵の謎がわかって嬉しい(笑)
ゴボゴボシーンみて、リコーダー吹きたくなりました。
点滴チュウウ〜もツボ。
この映画観てる間、コメディ?官能映画?ホラー?
しゅーっと炭になって靴ボタっで終った時、何系?観たんだろうって(^^)
韓国ドラマにもやけに修道院育ちのストーリーが出てくるのは、そっか3割がクリスチャンなんだね〜。
只今「緋色の蠢き」の3分の2ほどを読んでいる最チューですけど、この作品も合わせて血祭りな気分になっております。
伍一くんは、ちゃんと感想を書けてすごいね〜。
ショートフィルムでも発揮でしたが、得意分野だね。
私はこの作品から自分なりに咀嚼した感想は書けなかったけど、部分部分がたいへん面白かったです。
おばさんのキョロ目、可笑しかったねー@@
Posted by: hino | September 02, 2010 12:56 PM
>hinoさん
きんすこぶら~
ちょっと死んでました(笑) おお『渇き』ようやくご覧になられたのですね
点滴とリコーダーは忘れられないシーンです。普通吸血鬼が血を吸うといったら美女と決まってるのに、あんなメタボリックなおじさんからチュウチュウと。うまいんだろうか・・・ ビーフのようなポークのような味がするのでしょうか・・・
>しゅーっと炭になって靴ボタっで終った時、何系?観たんだろうって(^^)
ああ、なんかあっけにとられますよね。真っ赤に染まった海でなんでかクジラが潮吹いてるし。クジラの血をムダに流しちゃいかん!とそおゆうことが言いたかったのかな? きっとそうだ!
『緋色の囁き』面白いでしょうか? 解説にもあるけど、あれはダリオ・アルジェントのホラー映画『サスペリア』をかなり意識してるんだそうです。わたしは怖いからもちろん見てませんよ。えっへん
お褒めの言葉いただきありがとうございます。けっこう適当に書いてるだけなんですけど
まあこの映画に関してはああだこうだ理屈をこねるよりも、愛の悲しさ・滑稽さにひたれればそれでいいんじゃないかしら(←きもいぞ!)
Posted by: SGA屋伍一 | September 03, 2010 10:34 AM
こんにちは~
私もやっとこれ見ました~
この監督作品の中では「?」の部類に入りますが
ソン・ガンホさん好きなので(演技がね)
何気にお気に入りの作品です。
そうなんですよ~韓国はクリスチャンの多い国で
信仰の在り様も表現方法も
シャイな日本人よりはずっと過激なんですが
この作品に関してはあまり宗教云々は関係ないかも・・・
主人公が神父である必然性はあったのかなぁと思いながらも
まぁ,「善」の権化であるはずの神父が
当初の自己犠牲的な目的とは裏腹に
ヴァンパイアになり,そして悪女の誘惑に負けてしまい
ドツボにはまる・・・という意味では
やはり彼は神父でなくてはならなかったのでしょうね。
深いテーマがあるのかもしれませんが
私はとにかく展開の面白さと斬新さに度肝を抜かれながら楽しみました~
切なさと悪趣味のさじ加減が絶妙です~~
Posted by: なな | September 21, 2010 03:51 PM
>ななさん
こんばんは~ まだまだ夏ですね・・・
ガンホさんがお好きですか。彼、なにげに「映画秘宝」系の方たちに大人気なんですよね・・・ 作品ごとに違う顔を見せてくれる面白い方であります
クリスチャンも国によってけっこう様々だったりするのですね。というか韓国の人たちの気質に、キリスト教が合ってるということなんでしょうか
これまで宗教色の薄かったパク・チャヌク作品としては、この辺かなり異例な設定でしたね
とはいえわたしも信仰云々が語りたかったわけではなく、「欲望を強く制している者」→「じゃあ神父だろう」くらいのノリで決められた設定だと思ってます
本来魔物をおっぱらう側の神父が、自ら魔物になってしまうというのは、本当に面白いというか皮肉なお話でありました
そして切なかったですね~ 『俺たちに明日はない』のボニーとクライドのことなど思い出しました
Posted by: SGA屋伍一 | September 21, 2010 09:45 PM