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April 07, 2010

爆弾とバグダッド キャスリン・ビグロー 『ハート・ロッカー』

100407_141845いまだ爆弾テロが頻発する、中東イラク。そこへ降り立った一人の若きギタリスト。「みんな、戦いはやめるんだ! そんなことよりロックだ! オレの心の歌を聞け~~~い!!」

・・・という話ではなく。本年度アカデミー賞で主要三部門をもぎとった、『ハート・ロッカー』ご紹介します。

爆弾処理を専門とし、いつも死と隣り合わせの米軍ブラボー小隊。新任のジェームズ二等兵曹は、その仕事において記録的な数の功績を立てていたが、自らの危険をも顧みないやり方は、周囲との軋轢を呼ぶ。

危険な状況に身をおき続けることが、時として快楽に変わっていくことがある。冒頭でそんな字幕が入ります。
『プラトーン』にせよ『硫黄島からの手紙』にせよ、兵隊さんたちというものは、別に好きで戦場にいるわけじゃありません。愛国心に燃えて、あるいは命令されて仕方なく、といった人たちがほとんどでしょう。そして過酷な環境に身を置くうちに、「早くお家に帰りたいよ~ん」と切実に願うものです。ところがこの映画に出てくるジェームズ君には、ほとんどそういう望郷の念というものが感じられません。それどころか、戦場において水を得た魚のように嬉々として行動しています。この映画はフィクションですが、世の中にはごく稀にこういう「地獄」にこそ、自分の落ち着ける場所を見出してしまう人がいるようです。

気になったのは、そのジェームズ君の前半と後半における落差でした。登場時は「ふんふんふ~ん」と鼻歌混じりでスイスイ爆弾をばらしていた彼が、後半になると途端にミスを連発し、空回りが多くなっていきます。その辺少し自分なりに考えてみました。以後ラストまでどんどんネタバレしていきますのでご容赦ください。

先にも書きましたが、冒頭の彼は明らかに自分の楽しみ・趣味で仕事をやっています。使命感もまったくないわけではないでしょうが、あってもいいとこ1,2割程度でしょう。
中盤における銃撃戦で、背後にまったく注意を払っていなかったり、あんだけがんばったのにあっさり「ひきあげよう」などと言ってるところにも、ゲーム感覚に似たものを感じます。

その彼に使命感らしきものが芽生えるのが、テロ組織のアジトに踏み込む場面。まだ幼い少年の遺体を目の当たりにした彼に、ようやく真剣な表情が浮かびます。
ところが仕事から楽しみを取り去った彼は、明らかに精彩を欠きはじめます。「楽しみ」こそが彼に最大限の力を発揮させていたのでしょう。最後の「人間爆弾」の事件などはどうしようもなかったかのかもしれませんが、冒頭の超人然としたジェームズであったら、もしかしたらなんとかできたのでは・・・とも思います。

国に帰って完全に危険から身を置いたジェームズは、あらためて実感します。義務感でも使命感でもなく、「好きだからこそあの仕事をやっていた」ことに。そのことを再確認した彼は、また危険な戦場へと赴くわけですが。
この時の決意を聞く奥さんの反応が怖いですね。泣いてひきとめるわけでもなく、笑顔で勇気付けるわけでもなく、無表情でただ「ニンジン取って」という。まるでそっけなく「どうせもう決めちゃったんでしょ」とでも言っているかのようです。できたらこの「亭主元気で留守がいい」状態が末永く続くといいんですけど・・・

ま、そんなわけでわたしとしては国家や政治を描いた作品というよりかは、個人の葛藤を主眼とした映画のように感じました。
映画監督の黒沢清氏はこの映画のことを「最低最悪のプロパガンダ」と評したそうです。本当にその部分しか聞いてないので黒沢氏の真意は正直わかりかねるのですが、少なくとも監督のビグロー氏にはそういう意図はないんじゃないかと思います。
本当にプロパガンダがやりたいのであれば、ジェームズが少年をかばって壮絶な爆死を遂げ、イラクの人々が「兵隊さん、ありがとおお~ん」と泣いて感謝するような、そういう形にもっていかなければダメです。
しかしこの映画では米軍はあんまりかっこよくないし、それほど現地の人々の役に立っているようにも見えません。地元の人たちはまるで見世物でも見るかのように、窓から高見の見物を決め込んでいます(こういうの『戦場でワルツを』にもありましたね)。
ただ、ジェームズの「誰からも賞賛されず、何の報いもなくとも、オレはオレの道をいく」という孤高の姿に、ヒロイズムを感じてしまう人はいるかもしれません。

わたしの好きな漫画『パイナップルARMY』(工藤かずや・浦沢直樹)から、あるセリフを引用いたします。例によってうろ覚えなので、細部異なるかもしれませんがご容赦ください。

「あのじいさん、なんでこんな死に方を選らんだんでしょう・・・ もう家でおとなしく孫でも抱いている年齢でしょうに・・・」
「お前にもいつかわかる・・・ 戦場で自分を見つけてしまった人間は、決してベッドの上では死ねんのだ・・・ 戦場にいる自分こそが、本当の自分だと思えてしまう。俺にはまだ向かうべき戦場がある。しかしいつかは俺も・・・」

100407_141905この映画は著名な評者のみなさんが、解釈の違いをめぐってケンケンゴウゴウやりあっておられたのも印象的でした。そういう議論に足る映画は、やはり大した映画なのだと思います。『ハート・ブルー』に感動してたあのおまわりさんの意見も、ぜひとも聞いてみたいものですね!

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Comments

最低最悪のプロパガンダかぁ。
そんな風には思わなかったけど・・・観る人によっていろいろ解釈できる映画、議論される映画というのはおっしゃる通り大した映画なのでしょうね。
ドキュメンタリー風に淡々と進むんだけど飽きることはなく、
かと言って登場人物に感情移入することもなく、
地獄に身を置くことに生きがいを見出してしまった男の物語を見つめておりました。
ラストシーンのジェームズはかっこよかったけど、ヒロイズムとは違ったなぁ・・・

戦場での緊迫感がさんざん続いたあとの家族のシーンは印象的でしたね。
もしかしたら奥さんは、過去に泣いて引き止めたこともあるかもしれないけど
もうとっくに諦めてるのかもと思いました。

Posted by: kenko | April 08, 2010 09:15 PM

>kenkoさん

おはよっす。お返しサンキューです
黒澤監督って、けっこう過激なこと言うんだなあ、って思いましたよ(笑) 鼻で笑っちゃうような稚拙なプロパガンダと違って、一見そうと見えないゆえにかえってタチが悪い・・・みたいなことが言いたいのかな、黒澤さんは

ジェームズくんには共感できるところもあれば、ついていきがたいところもあり・・・って感じでしたね。場面場面でけっこう違う顔を見せるので、なかなかとらえがたいキャラクターでした

彼の最後の表情には「悟り」に近いものがあったと思うのですけど、奥さんも十分悟っちゃってる感じでしたね(笑)
ジェームズ君の意思は立派ですが、幾らなんでも新しい勤務期間が365日って長すぎだろ!と思いました せめて四ヶ月くらいにしとけよ!と
・・・・今度帰ってきたら、いよいよ三行半かな~

Posted by: SGA屋伍一 | April 09, 2010 07:37 AM

伍一さんこんばんはー★

観てる時はまさかほんとに受賞する作品だとは思ってなかったけど、、、
伍一さん言ってたように最近のアカデミー賞並べると、、、
実は昔の受賞作よりもけっこうこれかぁっていう感じが多い気も、、、
去年のは私も一番好きだった作品だったけど。

>国家や政治を描いた作品というよりかは、個人の葛藤を主眼とした映画

うん、確かにそんな感じよね

Posted by: mig | April 09, 2010 09:12 PM

>migさん

おはよっす。お返しありがとさんです
あれ? TBが飛んでいかない・・・ 

アカデミー賞のリスト見てるとけっこう面白いですよね。いままで一番「ええ!?」と思ったのは『タイタニック』。いや、いい映画だとは思うけど、あんなバカ売れした作品が受賞するとは思わなかったんで

最近の傾向で思うのは、ずば抜けてとんがった映画よりかは、映画ファンの好みの平均値みたいな映画の方が選ばれやすいかな、と。わたしもここ五年間の中では『スラムドッグ』が一番好きだな。次いで『ミリオンダラー・ベイビー』

>うん、確かにそんな感じよね

賛同ども。黒澤監督は違うと思うけど、なにかにつけ「プロパガンダ」と決め付けたがる人っているんだよね~

Posted by: SGA屋伍一 | April 10, 2010 07:46 AM

こんばんは

「好き」だけで仕事をやってた時にはパーフェクトな仕事ぶりで
「使命感」や「正義感」が混じるとミスをやらかす・・・・

おお,まさにそんな感じでした。目からうろこというか
的確な描写ありがとうございます!鋭い!

あのお仕事が「心底好き」だなんて
もうそれだけで立派なビョーキなんでしょうが
そういう人もいないと戦争と言うのは成り立たないのかも。

ジェームズのような夫を持つ妻は大変だろうなぁと
ついつい心配してあげていましたが
そうですね・・・確かに「人参とって」とまったく動じていませんでしたね。
単に夫に関心がないのか,肝が据わっているのか・・・
ま,どちらにしてもあの嫁でなければ彼の伴侶は務まらないかも。

Posted by: なな | April 10, 2010 11:17 PM

こんばんは~♪
近所の桜は葉桜になってきました・・・
あまりお天気に恵まれなかったけど、何度か桜を楽しむことは出来ました。

で、、、コチラでも上映してくれて良かったわ~
あまり戦争映画は劇場に観に行かないんだけど、この映画は、普通の戦争映画とはちょっと違っていたので、臆することなく観れてしまいました。鑑賞後はグッタリでしたが。

>戦場で自分を見つけてしまった人間は、決してベッドの上では死ねんのだ・・・ 戦場にいる自分こそが、本当の自分だと思えてしまう。
この漫画からの引用ですが、まさにハート・ロッカーですね~
驚くくらいそのまんまだわん。興味が湧いちゃった。

Posted by: ユカ | April 10, 2010 11:53 PM

>ななさん

こんばんはです。お返しありがとうございます
過分のお言葉いただき恐縮だます
なにぶんジェームス君が滅多に感情をい表に出さない人なので、彼の心を探るのは一筋縄ではいかんのですが、ラスト間際でつぶやいていた「好きなもので残ったのはこれだけ」というあの言葉。あれこそが、彼の一番真意に近いものだと思うんですよね
そっから逆算してこんな風に考えてみました。「ぜんぜんちゃうよ」という人もいるかもしれませんが、わたしはこう考えるのが一番しっくりきます

イラクの人のため、という気持ちもあるのでしょうけど、本当に爆弾がこの世からなくなってしまったら、彼は行き場をなくしてしまうんですよね。その辺になんともいえない皮肉を感じました

お嫁さんの動じなさも印象に残りましたね。わたしは「肝が座っているから」と考えたいところです・・・・ まあ離婚にがんとして応じなかった彼女のことですから、そう簡単には別れないでしょうね。そう願いたい

Posted by: SGA屋伍一 | April 11, 2010 11:36 PM

>ユカさん

こんばんはです。お返しありがとうございます。おや?カタカナでイメチェン?

桜ももう終わりですかね。伊豆高原のほうではまだ残っているという話ですが、あともう二三日でしょう。こないだは久しぶりに小田原城を間近で見られて楽しかったな

わたしは戦争映画そんなに好きってわけじゃないんですけど、やってるとなぜか大体見にいってますね 最近の戦争映画は視点が独特のものが多いからかもしれません。最近で言うと硫黄島二部作とか、『戦場でワルツを』とか。この映画もまたなかなかに強烈な個性の映画でした

パイナップルARMYに興味を持っていただけたとは嬉しいですね。そう、これ漫画だけど上質のハードボイルドストーリーなのですよ。原作がゴルゴ13のスタッフだけあって、浦沢作品の中でも飛びぬけて硬派な作品。大沢在昌さんは「こんな話が書きたかった」と大絶賛してました

古本屋でぜひ探してみてください。でもやっぱりアマゾンの方が確実かな

Posted by: SGA屋伍一 | April 11, 2010 11:50 PM

み~ん。。。八王子のへんな映画館(50席)で、いまごろ見たっち。。。50席しかないくせに、八王子のモラルのない観客たちがこぞってビニール袋から、パンとかお菓子とかガサガサやりやがるその音があちこちで、、、それがまるで画面に映し出されている爆弾処理の現場の音のように臨場感たっぷりに、、、いや、聞こえるはずないんですけど(うるせーよ)。。。

すっごいよかったけど。これ『ハートブルー』とまったく同じ構造の映画なんじゃないのかな? 

Posted by: ハートみ~ん。。。 | May 19, 2010 12:09 AM

>ハートみ~ん。。。さん

はじめまして!よろしくおねが・・・って、あなた、裏山さんでしょう!
・・・ようこそおいでくださいました

八王子かあ。わたし未だに東京の○○市ってどこにどう並んでるのか配置がわからなかったりするのことよ。まあ都会なんでしょうなあ。東京なんだから

なかなか素敵な上映環境だったようですね。自分はアパートの隣の人がうるさいもんだから、映画館でも多少の雑音くらいだったら自動的にスルーできるようになりました
気が散っちゃうのは客同士がケンカとか始める時ね・・・ たまーにあるんだ、これが

「ハート・ブルー」は実は未見です・・・ 「ホット・ファズ」でリスペクトされてたことくらいしか知らない。まさか・・・「ハート・ロッカー」の前作ということはないですよね? タイトル似ているし・・・ みょ~ん。。。

Posted by: SGA屋伍一 | May 19, 2010 07:35 PM

SGAさんこんばんわ♪遅れ馳せながら自分もようやく鑑賞しました。

>国家や政治を描いた作品というより・・

自分もどっちかと言えばこの作品はイラク戦争の原因や問題を問うような堅苦しい話ではなく、単純に知ってるようで知らなかった爆弾処理班たちのヘビー過ぎる日常と言うものをウィリアムたちの視点でリアリティに描いた内容として観てましたねぇ。

そのウィリアムは最初こそ問題児のように見えましたけど、後半に進むにつれて結構繊細な心を持った人物にも見えてしまい、ホント前後半で感情の揺れ動く幅が極端に変わりますね。観てた時はそこまで深く考えてなかったんですが、オスガさんの感想読んだら『あ、確かに・・』と納得出来るとこが・・。最後のどうしようもなかった爆弾処理も、赴任した時のウィリアムだったらもしかして・・・とも思えますね。


※それとあまり関係ないとこなんですが、一応銃器類に興味ある者としては血糊でジャムが起こるというのを本作で初めて知り、そこもちょっとタメになっちゃったりしましたw

Posted by: メビウス | May 19, 2010 10:15 PM

>メビウスさん

たくさんコメントどうもありがとう ただちょっと最近忙しゅうて、返事が少々遅れるやも。申し訳ねいです
ひとまずここだけお返事を

あんまし考えたことなかったけど、やっぱり爆弾処理班って相当厳しい職場ですよね・・・ 線の細い人だったらそれこそクスリにでも頼らなきゃやっていけないかも。いままで軍隊に入ったとして一番いきたくないところは潜水艦でしたが、爆弾処理班も同じくらい嫌なところへ急浮上してきましたよ
ここに出てくる現場に比べれば、『ジャーヘッド』で描かれた戦場は実にゆるかったなあ

ウィリアムの人物造形もなかなかリアルでしたね。というかこういうタイプ、日本の職人さんに多いような気がします。言葉少なで一見何を考えているのかよくわからないんだけど、打ち解けてみるとごくごく普通の人だったり。専門に関しては超一流なんだけど、仕事を離れると本当になんにもできない人だったり(笑) そういう人、メビウスさんの近くにもいませんか?

血糊でジャム・・・というとおいし・・・じゃねえ、ちょっと怖い考えが浮かんでしまいましたよ
まあわたしらも徴兵制がもしかして復活したならどこぞの前線に飛ばされないとも限らないので、しっかり覚えておくこととしましょう。解決法はツバで湿らせればいいんだっけ(バッチィな・・・)


Posted by: SGA屋伍一 | May 20, 2010 07:39 AM

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