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April 27, 2010

パラノイア島奇談 マーティン・スコセッシ 『シャッター・アイランド』

100427_181440今回はネタ抜きで普通にあらすじを述べますcoldsweats01

第二次大戦終了からほどなくしての時代。ディカプリオ演じる連邦捜査官テディは、とある女囚が失踪したとの報を受け、彼女が収監されていた孤島の刑務所へと向かう。そこは精神を病んだ犯罪者のみを扱う、特殊な監獄だった。さっそく女囚の捜索を始めるテディだが、彼は院長をはじめとする職員たちの態度に、不穏な何かを感じとる・・・

予告を見ますといかにも「この頭脳パズルが解けるかな~」というような問いかけがなされています。「スコセッシもそういう本格ミステリーみたいなの作るようになったんだな」と、ちと意外な気がしたのですが、本編見てみますと、実にスコセッシらしい作品でありました。これはゲーム的な推理ものというより、人間の悲しい性を描いた映画だと思います。

スコセッシは「狂気と孤独」を描く作家だと思っています。誰かと寄り添っていたい。誰かに自分の気持ちを知ってほしい。だけど結局人間は一人だ! 一人で生きて一人で死んでいくんじゃ!
そんなうめきが彼の作品には感じられます。わかってほしんだけど結局誰にもわかってもらえず、その結果主人公は狂気へと追い込まれていくわけです。

そしてスコセッシ作品を彩るもうひとつの重要なファクターとして、「暴力」があります。これまでの作品を見たところスコセッシは暴力を病的に描きながらも、あまり否定しているようには感じられませんでした。しかし今回のこの『シャッター・アイランド』では、原作のせいもあるでしょうけど、はっきりとした暴力への嫌悪が感じられました。これはもしかして新境地というやつでしょうか。

ただ「暴力を憂う」と言っても、イーストウッドのように高らかに「みんなで解決しよう!」と訴えるわけではありません。「暴力がいかんとは思ってるけど、人間はわかっちゃいてもやめられないのよ」 そんな明らかにあきらめきった姿勢。つくづくネガティブな方です。ついでに書くと「やばいのはわかってるんだけど、わし、やっぱ暴力好きやねん」というのがリドリー・スコット。なんも考えんと単純に「暴力最高! 超面白え!!」とはしゃいでるのがタランティーノやP.パーホーベンといったところでしょうか。

そんな重苦しいムードの映画ではありますが、島の奇妙な風景や、テディの見る幻想的なフラッシュバックなどがなかなか目を楽しませてくれます。ムダに豪華な所長の私室、断崖絶壁とその下に立つ怪しげな灯台。いかめしい特別棟と、その中に張り巡らされた通路、美しい庭でふらふらと漂い歩く囚人たち、焼け爛れたアパートに立ち尽くすテディとその妻、むごたらしくも静謐なダッハウの収容所・・・・ ざっと振り返っただけで、こんだけの印象的な場面・風景が思い出されます。そんなわけでこれからご覧になられる方たちは、推理クイズ云々よりも、こういう心象描写や、独特なヴィジュアルに注目して見てほしいです。

100427_181459「オチがすぐ読めた」とそれほど評判の芳しくない本作ですが、わが国ではドラえもんの6週連続トップを止めたという快挙を成し遂げました。日本人ってやっぱミステリーがすきなんですかねえ。そんなわけで『シャッター・アイランド』は現在全国で公開中。閉じ込められ系の映画ということで、『アリス』『第9地区』と見比べてみてもいいかも?

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April 25, 2010

ザ・エビフライ ニール・ブロムカンプ 『第9地区』

100412_103449南アフリカはヨハネスブルグに突然現れた巨大宇宙船。故障のため、その中に住んでいたエビ型宇宙人たちは、地球に仮住まいせねばならなくなった。しかしエビ人たちはあまりにも行動がエキセントリックなため、地域住民たちとの関係は悪化するばかり。
事態を嘆いたマンデラ元大統領は、南アフリカでエビ料理の世界大会を開催することを提唱するのだが・・・・

『エビタクス 招かれざる者たち』『エビリューションNo.9』というのも考えました。あ、あらすじは最後の一文以外大体本当です。
さて、今回はネタを割らないとどうも語りづらいので(ここ、「紹介所」だろ)、未見の方はなるべくお引取りください。

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scorpius

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最初、フェイクドキュメンタリー風にお話は進んでいきます。そこに登場するのがエイリアン対策本部の実行部長らしきヴィカスという男。この男、鼻持ちならなくて、軽薄で、ハッタリ君で、偽善的で本当にむかつきます。でもまあ番組?を見てると「あ、こいつもう死んじゃったんだな」ということが察せられ、若干溜飲が下がります。
案の定、身から出たサビというべきか、怪しげな液体を浴びて危篤状態に陥るヴィカス君。ところがここから先の展開は観客の予想を大きく裏切ります。

わたしはこの映画が他のSFバカ映画と一線を画しているのは、この心底どうしょうもないヴィカスという男が主人公なところにあると思います。こんなエビを人とも思わない差別主義者でも(普通か?)、同じ境遇に落ち、同じ苦しみを味わえば自分の過ちに気づくかもしれない。作り手のそんな祈りが作品に込められているような気がしました。
そしてこの映画を、血と暴力に明け暮れてきた南アフリカの人が作った、というところにも深い意味があります。我々は無意識のうちに「同じ人種」「同じ国の人」はみな「同じ意見」「同じ考え」のようにとらえていることがありますが、最も差別がひどいと言われていた南アフリカの白人の中にも、そうした差別に嫌気がさしていた人がいたということです。このニール・ブロムカンプや、『インビクタス』脚本家のアンソニー・ペッカムのように。
この映画の中にも「エビなんか全部殺しちまえ」と思ってる人もいれば、「エイリアンにも人権を!」と訴えている方たちもおりました。後者のような描写は、SF映画ではこれまでほとんどなかったような気がします。


・・・・とまあ、ここまでマジメな話をとうとうと述べてきましたが。
やっぱりこの映画、どうにもおかしいところがありますよ。
まずヴィカスがエビ人へと変身するきっかけとなったあの液体ですが、あれ燃料でしょ? どうして燃料でエビ化病に感染してしまうのでしょう? あとわたしの記憶が確かならば、あの液体顔にかかっていたような気がしたのですが、変身が始まったのはなぜか腕から。腕だけ付け替えパーツのようにエビに変身している。ここでも首をひねらざるをえません。
どうしてエビさんたちがネコ缶ばかりを欲しがるのかもよくわかりません。イヌ缶ではどうしていけないのか。さらに研究所であんなにエビ人を殺すのを嫌がっていたヴィカスが、そのちょっとあとのくだりでは「仕方ないから」とばしゅばしゅホモ・サピエンスを爆殺してたり。まあ、この辺では既にアイデンティティがエビになってたのかもしれません。

誤解しないでください。わたしはこの映画が大好きです。こういううっかりちゃっかりした描写が満載だからこそ、愛しているのです。ただ納得行かないのは、普段そういうミスを逃さず重箱の隅をつついているような人たちまでが、この映画を「大傑作だ!」と絶賛していること。そういう矛盾も気にならないほどの面白さがあったということなんでしょうか。
予定では「まったくこんな馬鹿映画」とみんなから袋叩きにあってるところへ、わたしがさっそうと現れて「なぜこの映画の素晴らしさがわからないんだ!!」とかばいまくるはずだったのに・・・ おかしい。何かがおかしい。

もうひとつ不満を言わせてもらうと、先に見た人から「日本のロボットアニメの遺伝子を正当に受け継いだ作品」という感想を聞いていたのですよ。で、その辺かなり楽しみにしてたのです。ところが確かにロボットは出てくるんですが、幾らなんでも乗り込むまでに時間がかかりすぎなんです。やっと搭乗して細かい描写にワクワクするものの、この時点で既に上映時間はあとわずか。ロボットアニメだとしたら、第一話だけで打ち切りになってしまったような状態です。

100424_211921・・・以上、「オタクって本当に面倒くさいですね!」という話でした。お付き合いいただいた皆様、どうもすいませんでした。&ありがとうございます。
早くも『アリス・イン・ザ・ワンダーランド』に話題をかっさらわれてる感もありますが、『第9地区』、その付き抜けぶりは、ここ最近の映画では類を見ないほど。もうじき公開予定のプレデターさんたちも負けないで!

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April 20, 2010

鼻にピアス ニールス・アルテン・オフレヴ 『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』

100420_165357探そうぜ! ドラゴンタトゥー!! 首都圏より二ヶ月ばかり遅れて上映。そして既に終了(またかよっ)。スウェーデン発猟奇ミステリー映画『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』、ご紹介します。
『ミレニアム』誌の敏腕記者ミカエルは、とある企業の大物の不正を告発したため、罠にはめられて逆に自分の監獄行きが決まってしまう。服役までの間ヒマをもてあましていたミカエルに、一人の富豪がある依頼をもちかける。依頼の内容は、40年前自宅から忽然と姿を消した姪の消息をつきとめてほしいというものだった。調査を始めたがなかなか進展しないミカエルに、一人の女が現れてアドバイスを与える。彼女の名はリスベット。ゴス・スタイルに身を包み、天才的なハッカーの腕を持つ女。ミカエルは彼女に強力を頼み、二人は事件の真相へと迫っていく。

みなさんはスウェーデンっていうと何を思い浮かべます? わたしはとりあえず「寒そう」ということと、ノベール賞の授賞式開催地ってことくらいしかありません(平和賞のみスイスで行われます)。あと映画監督でいうとラッセ・ハルストレムさんがこちらのご出身ですね。ほかにもムニャムニャやムニャムニャが盛ん、なんてことも言われてますけど、まあ真偽のほどはよくわかりません。

この映画の原作は、スウェーデンでバカ売れしたというミステリー小説。「読んでないと職場での会話についていけないゾ!」ってくらい売れまくったそうです。全部で五部作の構想があったそうですが、原作者のスティーグ・ラーソン氏が途中でお亡くなりになったため、とりあえず三部までが発表されております。

「千年紀」「ドラゴン」「ミカエル」といったキーワードや、目にクマの入ったお嬢さんの顔がバーンと入ったポスターは、なにやら超自然的な内容を予想させますが、そんなことはなく、どっちかというとやや現実的な内容。怖いのは怪獣や悪魔ではなく、人間の心に巣食う闇であることを訴えたお話であります。そういやデビルマンさんもおっしゃってましたっけ。「悪魔はお前たちの心の中にいる!」って。

で、一番インパクトを放っているのはやはりヒロインのリスベット。強烈なルックスと激しい気性、謎めいた過去に類稀な推理能力と、これでもかっていうくらいキャラ立ちしまくっています。様々な才能を有している反面、時に虐げられたり、心のどこかに危うい一面を持っている。・・・こんなキャラクター、どこかで見たような・・・ そう、彼女は吉田秋生先生の名作『BANANA FISH』のアッシュ・リンクスとよく似てるんです。まあ男女の違いはありますけんど(^^; そしてアッシュには英ちゃんがいるように、リスベットにも悲しみを癒してくれる存在がおります。それがパートナーとなるミカエル(オヤジ)。他者から傷つけられることがほとんどだった彼女にとって、ミカエルは初めて「一緒にいたい」と思う相手だったのやも。理想の父親像を重ね合わせていたようにも思えます。

そんな風にリスベットの方がやたらエネルギッシュなため、普通のサスペンスものと男女の立場がまるで逆なんですよね。だいたいピンチに陥るのは男のほうで、助けに来るのは女の方。女子の方はピンチになっても自分で解決したりしてます。
恋愛部分でも男のほうが総じて受身系でした。いい雰囲気になってもオッサンのほうは「ちょっと待って。まだ心の準備が」みたいなことを言っていたり。男子の草食化の波は、北欧にまで広がっているのか!と暗澹たる思いに包まれました・・・

まあそんな二人に与えられたのが孤島における不思議な事件。それがやがてスウェ-デン全土へとひろがる猟奇犯罪へとつながっていきます。そう、この映画中の上くらいのサド描写がちょくちょくあるんですよね・・・
変態って大都市のうらぶれた一角とかに主に棲息しているのかと思ってましたが、自然の美しいスウェ-デンのような国にもけっこう存在しているようです。しかし全ての人間が変態なわけではありません(当たり前だ)。げんなりくる変態描写の一方で、人が純粋に誰かをいつくしむ姿なども描かれていて、本当に人間ってやつは幅が広いな~と思わせられました。

081212_183127そんな『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』はまだまだ全国で展開中。すでに続編も待機中で、クエンティン・タランティーノがハリウッド版リメイクを熱望している、なんて噂まであります。
この原作、各上下で計六冊もあるので、ちょっとトライするのに気が引けます。そんなわけで続けて映画公開してくれると大変助かります。よろしくー


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April 17, 2010

今日から半パイア ポール・ワイツ 『ダレン・シャン』

100417_173729ダレン・シャンは平凡な高校生。ある日彼は社会科見学の際訪れた奇妙なサーカスで、吸血鬼の遺伝子を持つクモに噛まれてしまい、半分だけバンパイアのバンパイダーマンとなってしまう。一方ダレンの親友のスティーブは、自分の父親を殺したのはダレンだと勝手に思い込み、二人の少年はやがて宿命の対決へと・・・・ どこかで何かとまざってしまったようです。本当のあらすじは公式サイトをご覧ください(なげやり)。

『ハリポ』の大ヒット以来、日本でも続々と翻訳されるようになった現代ファンタジー。この『ダレン・シャン』はそん中でもわりと早く紹介されたほうではなかったかな? 全部で12巻もあるのに、完結も『ハリポ』より早かった気がするし。少年サンデーにおいてコミカライズが連載されたのも、独自の展開でありました。

さて、この映画、個人的にはなかなか気に入りました。まずこの映画・・・というか作品の特徴は、とりあえずダレン君がその辺にいるごく普通の男の子であるということ。ハリポにせよ、先のパーシー・ジャクソンにせよ、彼らが超人的な能力を有しているのは遺伝的な要素によるもので、本人の意思とはあんまし関係なかったりします。しかしダレン君がハーフバンパイアとなったのは、とある事情のため自ら望んでのこと。そんな「自分の道は自分で切り開く」ところに好感を抱きました。

また、この映画、他のファンタジー作品と比べるとかなりおどろおどろしい。ハリポも最近暗くなったと言われてますが、ストーリー面ではなく、設定やキャラクターが著しくブラックなのであります。なんせダレン君が身を寄せるのが、社会からチャレンジされてる方たちのサーカスだったりするので。んでこのサーカスが、一昔前によくあった怪しい「見世物小屋」的なものに近いものであったり。この辺かなり乱歩的で、どっかの団体に見つかったら厳しく糾弾されてしまうんではないでしょうか。ガールフレンドがお姫様ではなく○○のある下働きの女の子というのも、変わってます。

わたしが気に入ったほかの部分は、ダレンと彼をバンパイアの世界に誘うクレプスリーの関係。最初は明らかにあまり友好的ではなく、どちらかといえば利用し、利用されあうようなそんなドライな関係。しかしお話が進むにつれ、次第に何を考えてるのかわからなかったクレプスリーの真意が見え隠れするようになります。それにしたがって二人の間にも兄弟のような、年の離れた友人のような空気が流れていきます。このべたつかないさらっとした友情みたいなものがいいな、と。一方でもともとに親友だったスティーブとはこじれるところまでこじれてしまいます。
この友情や裏切りを前面に出した男くさーい脚本は原作のせいもあるでしょうが、『LAコンフィデンシャル』を手がけたブライアン・ヘルゲランドのカラーも出ているんではないかと思います。

運命を予告する絵本や、バンパイアの特殊能力である高速移動の表現なんかも、なかなかインパクトがあってよかったです。

100417_173912んで今回の映画化ですが、原作ファンのお話によりますと3,4巻くらいまでを扱っているので、恐らく三部構成くらいになるのでは、ということ。映画独自のアレンジも色々加えられているそうです。やっぱり既に完結してから取り組んだ方が、いろいろといじりやすいってもんですよね(笑) ただアメリカでも日本でもあんましヒットしてないような感じなので、本当に続きが出来るかは微妙なとこかも・・・ うーん。なんとかならんもんですかね。
左の方は今日から再登場記念ということで。

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April 13, 2010

地球への遠い旅 『ギャラクティカ』

100413_184925これまた当ブログにしては珍しい~海外ドラマ記事。現在地上波にて第二シーズンが放映中の傑作SF『ギャラクティカ』ご紹介いたします。

時は遠未来。人類は宇宙広くに勢力範囲を広げていたが、自らが作り出した人工生命体「サイロン」の急襲を受け、あっという間に壊滅状態に。わずかに生き残った者たちはアダマ艦長と宇宙戦艦ギャラクティカを旗頭に、伝説となっている人類発祥の地・地球を探す長い旅に出る。

1978年、空前のスターウォーズ・ブームを受けて作られた一本のSFドラマがありました。日本では『宇宙空母ギャラクチカ』の名前で知られているそれです。ところが便乗モノの宿命ゆえか、このドラマ、あまりいい評判を聞いたことがありませんcoldsweats01 しかしまあそれなりにファンはいたようで、全21話が放映された後も劇場版や続編が作られました。

そして2003年。この「ギャラクティカ」を復活させようとするプロジェクトが立ち上がります。ただし今度は続編ではなく、設定を一から作り直した「リ・イマジニング版」で。パイロット版は大きな好評をもって迎えられ、やがて正式に放映されたテレビシリーズは「アメドラ史上最高傑作」とまでうたわれるようになります。
いやー、ブームにのっかって作られた作品の、そのまたリメイク版がここまで受けるとは、世の中わかんないもんですね。

さて、この新しい『ギャラクティカ』の特徴ですが、まず状況がものすごくシビア。必死の逃亡を続ける人類はサイロンの執拗な追撃を受けるわけですが、「全員が助かるには、○○人を犠牲にしなければなりません!」「じゃ、切捨て」「もちっと悩まんかい!」みたいなエピソードが頻発します。
ですがこのサバイバルな状況だからこそ、つかの間にふれあい、愛し合う人々たちの姿がとても感動的なのですね。

あと敵となる「サイロン」の設定も面白い。彼らは大きくわけてロボット型と人間型がいて、人間型はそれこそ本物の人間とまるで区別がつきません。何食わぬ顔をしてギャラクティカの内部にも忍び込んでいるのですが、そいつが誰で何人いるのかなかなか判明しません。これって海洋冒険小説のお約束的な展開ですよね。

そして魅力的なキャラクターたち。うじゃうじゃいるのでとりあえず本当に主だった8名をご紹介いたします。

☆ウィリアム・アダマ  ギャラクティカの艦長。還暦は過ぎたか、というくらいのおっさん。クルーのみんなから慕われる温厚な人物だが、時々切れたり物陰で泣いてたりすることも

☆ソール・タイ ギャラクティカの副艦長。それなりに能力もあり、艦長への忠誠は人一倍だが、性格にやや問題があるため、クルーたちの評判はよくない。っていうかかなり悪い

☆ローラ・ロズリン 政治家。これまたいい年のおばさん。乳がんで余命わずかなのだが、上の連中がそろってお亡くなりになってしまったため、大統領に任命されることに。

☆ガイアス・バルター 著名な科学者。実はそれと知らずにサイロンの手助けをしてしまい、人類壊滅の引き金をひいてしまった大罪人なのだが、今のとこまだみんなにはばれていない。罪の意識か始終サイロンの美女の妄想?と話していたりと、かなりあぶない人物

☆リー・アダマ(アポロ)  パイロットたちのリーダーで、アダマ艦長の息子。好人物で部下たちからの信頼も篤い。ただパパとはよくケンカする

☆カーラ・スレイス(スターバック) パイロット。暴れん坊でビッチ系だが、操縦の腕はピカイチ。昔アポロの弟と恋仲だった

☆シャロン・バレリー(ブーマー) パイロット。メカニックで部下のチロル(通称チーフ)と道ならぬ恋に落ちてしまい悩む

☆カール・アガソン(ヒロ) パイロット。自ら貧乏くじをひいて壊滅状態の惑星カプリカに残る。そこで意外な人物と会うことに。

この新生『ギャラクティカ』、既に本国では最終第4シーズンの放映が終了し、近々日本でもそのDVDが発売される予定。

100413_184955人気があるからといってダラダラ続けず、いいところでスパッと終わりした姿勢は見上げたものです。
ただそれでも、まだあと50話以上あるんだよね・・・・ わたし、最後までついていけるかしら? ここにそう願う。


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April 10, 2010

サイドでブロック ジョン・リー・ハンコック 『しあわせの隠れ場所』

100410_182437本年度ゴールデン・ラズベリー賞を獲得した直後、アカデミー賞までゲットしてしまったサンドラ・ブロック。そのアカデミーの方の作品をご紹介いたします。『しあわせの隠れ場所』

夫と二人の子供を持つ、勝気な女性リー・アン。彼女はある雨の晩、傘もささずに歩く、一人の大柄な少年を見かける。感じるものがあったリー・アンはその少年、マイク・オアーを家に呼ぶ。行き場のない彼を世話するうちに、いつしか本当の子供のように愛し始めるリー・アン。また、マイクは学校のフットボール部で次第にその才能を開花させていく。

リー・アンはマイクを家にひきとった理由を、「キリスト教精神」と説明します。確かに聖書には「汝の隣人を愛せよ」とか「受けるより与える方が幸福である」といった言葉があります。しかし、わたしには単にそれだけではないように思えました。たぶん彼女はこの少年(青年?)の持つ暖かい人柄とか、彼がいかに愛情を欲しているかとか、そういったものを直感的に感じ取ったんじゃないかな、と。そして何より彼女自身が愛情の豊かな女性でなければ、いくら未成年とはいえ、見ず知らずの者を家に泊めたりはしないでしょう。

マイクが学校で適正を診断された時、「保護本能がずばぬけている」という結果が出ます。そう、「誰かを助けたい」あるいは「誰かを守りたい」と願うことは、一種の才能なのではないかと思います。

世の中には自分のモノを分けてでも、誰かが喜ぶところをみたい、と思う人がいます。一方でその感覚がなかなかわからない人もいる。自分のモノをわけてしまったら、それは自分にとって損にしかならないではないかと。
この辺はその人の生い立ちも大いに関係していると思われますが、やはりもって生まれた性分というものが重要なポイントのような気がします。またこの才能にも当然レベルの低い・高いがありまして、上級者になるとそれこそ自分のすべてをなげうってまで、他の誰かのために尽くそうとします。この映画は、そんな二つの大きな才能が奇跡的にめぐりあったお話と言えるでしょう。

「彼がわたしを幸せにしてくれている」と語るリー・アン。そしてマイクも一生懸命その愛情にこたえます。

前にもどこかで書きましたが、ワタクシ「他の誰かのために必死になってる姿」とか「やせ我慢して自分の感情を押し殺している姿」に弱いんですよね。この映画はそんな描写がてんこ盛りだったため、わたしの鼻水をいたく噴出させてくれましたcrying 以後、ネタバレ

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「泊まる家はあるの?」と聞かれてありもしないのに「あります」と答えるマイク。マイクを怪しむ友人の言葉に憤然とするリー・アン。親しい友人から奇異の目で見られても、マイクの側へ勉強しにいくコリンズ。S.Jを心配してズタズタになった腕を気にも留めないマイク。ささいな行き違いから家を飛び出したマイクを、必死になって探すリー・アン。自分の「ママ」を侮辱されて鬼のような形相を浮かべるマイク。
そして別れの場面で、「じゃあね!」とつっけんどんに言ったあと、車の中でこっそりと泣いているリー・アン。

わたしには彼らのような才能はありません。その点から言えば限りなく凡才です。しかしそれゆえに努力して、なけなしの才能を育てなければいけないんだな、と思いました。まあいまのところやってることといったら、車道の真ん中で居座っているカエルを、脇によける程度のことですけんど。

100410_182625この映画は実は見ようかどうか迷っていたのですが、ちょっとサンドラっぽい友人に「いいからゴチャゴチャ言わずに見とけ! ああ?」と半ば脅されるようにして見ました。でも、見て本当に良かったです。感謝の意味を込めて、これからはその友人のことを、こっそり心の中で「ママ」と呼ぶことにいたしますhappy01

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April 07, 2010

爆弾とバグダッド キャスリン・ビグロー 『ハート・ロッカー』

100407_141845いまだ爆弾テロが頻発する、中東イラク。そこへ降り立った一人の若きギタリスト。「みんな、戦いはやめるんだ! そんなことよりロックだ! オレの心の歌を聞け~~~い!!」

・・・という話ではなく。本年度アカデミー賞で主要三部門をもぎとった、『ハート・ロッカー』ご紹介します。

爆弾処理を専門とし、いつも死と隣り合わせの米軍ブラボー小隊。新任のジェームズ二等兵曹は、その仕事において記録的な数の功績を立てていたが、自らの危険をも顧みないやり方は、周囲との軋轢を呼ぶ。

危険な状況に身をおき続けることが、時として快楽に変わっていくことがある。冒頭でそんな字幕が入ります。
『プラトーン』にせよ『硫黄島からの手紙』にせよ、兵隊さんたちというものは、別に好きで戦場にいるわけじゃありません。愛国心に燃えて、あるいは命令されて仕方なく、といった人たちがほとんどでしょう。そして過酷な環境に身を置くうちに、「早くお家に帰りたいよ~んcrying」と切実に願うものです。ところがこの映画に出てくるジェームズ君には、ほとんどそういう望郷の念というものが感じられません。それどころか、戦場において水を得た魚のように嬉々として行動しています。この映画はフィクションですが、世の中にはごく稀にこういう「地獄」にこそ、自分の落ち着ける場所を見出してしまう人がいるようです。

気になったのは、そのジェームズ君の前半と後半における落差でした。登場時は「ふんふんふ~ん」と鼻歌混じりでスイスイ爆弾をばらしていた彼が、後半になると途端にミスを連発し、空回りが多くなっていきます。その辺少し自分なりに考えてみました。以後ラストまでどんどんネタバレしていきますのでご容赦ください。

先にも書きましたが、冒頭の彼は明らかに自分の楽しみ・趣味で仕事をやっています。使命感もまったくないわけではないでしょうが、あってもいいとこ1,2割程度でしょう。
中盤における銃撃戦で、背後にまったく注意を払っていなかったり、あんだけがんばったのにあっさり「ひきあげよう」などと言ってるところにも、ゲーム感覚に似たものを感じます。

その彼に使命感らしきものが芽生えるのが、テロ組織のアジトに踏み込む場面。まだ幼い少年の遺体を目の当たりにした彼に、ようやく真剣な表情が浮かびます。
ところが仕事から楽しみを取り去った彼は、明らかに精彩を欠きはじめます。「楽しみ」こそが彼に最大限の力を発揮させていたのでしょう。最後の「人間爆弾」の事件などはどうしようもなかったかのかもしれませんが、冒頭の超人然としたジェームズであったら、もしかしたらなんとかできたのでは・・・とも思います。

国に帰って完全に危険から身を置いたジェームズは、あらためて実感します。義務感でも使命感でもなく、「好きだからこそあの仕事をやっていた」ことに。そのことを再確認した彼は、また危険な戦場へと赴くわけですが。
この時の決意を聞く奥さんの反応が怖いですね。泣いてひきとめるわけでもなく、笑顔で勇気付けるわけでもなく、無表情でただ「ニンジン取って」という。まるでそっけなく「どうせもう決めちゃったんでしょ」とでも言っているかのようです。できたらこの「亭主元気で留守がいい」状態が末永く続くといいんですけど・・・

ま、そんなわけでわたしとしては国家や政治を描いた作品というよりかは、個人の葛藤を主眼とした映画のように感じました。
映画監督の黒沢清氏はこの映画のことを「最低最悪のプロパガンダ」と評したそうです。本当にその部分しか聞いてないので黒沢氏の真意は正直わかりかねるのですが、少なくとも監督のビグロー氏にはそういう意図はないんじゃないかと思います。
本当にプロパガンダがやりたいのであれば、ジェームズが少年をかばって壮絶な爆死を遂げ、イラクの人々が「兵隊さん、ありがとおお~んcrying」と泣いて感謝するような、そういう形にもっていかなければダメです。
しかしこの映画では米軍はあんまりかっこよくないし、それほど現地の人々の役に立っているようにも見えません。地元の人たちはまるで見世物でも見るかのように、窓から高見の見物を決め込んでいます(こういうの『戦場でワルツを』にもありましたね)。
ただ、ジェームズの「誰からも賞賛されず、何の報いもなくとも、オレはオレの道をいく」という孤高の姿に、ヒロイズムを感じてしまう人はいるかもしれません。

わたしの好きな漫画『パイナップルARMY』(工藤かずや・浦沢直樹)から、あるセリフを引用いたします。例によってうろ覚えなので、細部異なるかもしれませんがご容赦ください。

「あのじいさん、なんでこんな死に方を選らんだんでしょう・・・ もう家でおとなしく孫でも抱いている年齢でしょうに・・・」
「お前にもいつかわかる・・・ 戦場で自分を見つけてしまった人間は、決してベッドの上では死ねんのだ・・・ 戦場にいる自分こそが、本当の自分だと思えてしまう。俺にはまだ向かうべき戦場がある。しかしいつかは俺も・・・」

100407_141905この映画は著名な評者のみなさんが、解釈の違いをめぐってケンケンゴウゴウやりあっておられたのも印象的でした。そういう議論に足る映画は、やはり大した映画なのだと思います。『ハート・ブルー』に感動してたあのおまわりさんの意見も、ぜひとも聞いてみたいものですね!

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April 05, 2010

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・タイランド トニー・ジャー 『マッハ!弐!!!!』

100405_191659最近政情不安に揺れている微笑の国・タイより、あのトニー・ジャーの新作が満を持してやってまいりました。といっても、首都圏より二ヶ月遅れで、さらに既に上映終了という状態でありますが・・・ 『マッハ!弐!!!!』ご紹介いたします。

アユタヤ王朝の勢力が増大していた時代・・・というから、大体14世紀くらい? 邪悪な皇太子と対立した東の国の王は、妻もろともその命を奪われる。家臣の犠牲により辛くも生き延びたその一子ティンは、人買いの手に落ち、見世物としてワニと対決することになる。その場でティンは山賊の長・チューナンと運命的な出会いを果たすのだった。

『マッハ!!!!!!!!』『トム・ヤム・クン!』で名を馳せたアクション俳優、トニー・ジャー。彼はこの映画で二つのことに挑戦しています。
ひとつはアクションの幅をさらに広げること。これまではムエタイ風のアクションがほぼ専門だったトニーですが、今回は剣も振るいますし、投げ技や怪しげな酔券まで披露してくれます。なんせCGなし・スタント無しを売りにしているタイアクション。でかい刃物がぶんぶん振り回されていると、「大丈夫なんかな・・・coldsweats02」と思わず心配になってしまいます。
ティンが加わる山賊の一味はものすごく無国籍でして、少林寺風のおじさんがいるかと思えば、明らかに日本のサムライらしき男までいたりします。まあこのころは日本も相当ごちゃごちゃしていた時代だったので、流れ流れてタイに渡っていた人もいたかもしれません。あと首領がどことなくイスラム風なのは、かの教団の一派が暗殺組織(アサシン)を育成していたことから来ているんでしょうか。

わたしがこの映画で特に楽しみにしていたのは、ゾウをからめたアクション。観る前に、幾つかのところで「トニかくゾウがすごい」という噂を聞いてまして。怒りに燃えたゾウ軍団がどどーんと突進していくシーンなどあるのかな、と想像してました。
しかしまあ実際はゾウさんはあまり動かず。その周りでトニーさんたちがひゅんひゅん動き回っているようなアクションが多かったです。しかしまあこれはこれで見ごたえがありました。ゾウさんがよくしつけられていることにも感心しましたし。

で、もうひとつ挑戦しているのが監督業。これまではプラッチャヤ-・ピンゲーオ監督のもと演技をしていたトニーですが、今回は自ら監督をも務めております。ではその結果がどうだったかというと・・・・ 以下はラストまでネタバレしております。先を読まれる方はその点ご了承ください。

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絶体絶命のピンチに陥り、敵に取り囲まれるティン。「ここからどうやって脱出するんだ!?」と手に汗握ってみていると、「戦いはむなしい」みたいなナレーションがかかって、映画は唐突に幕となります。その時の静まり返った劇場の空気は、なんとも言えないものがありました(笑)
確かに9.11以降いまだに安定を取り戻していない世界。平和を願い、戦いを憂う気持ちはよくわかります。だけどあんだけ超絶的なアクションを見せ付けられて、血がたぎる人はいても「復讐は何をも生み出さないわ!」と思う人がどれだけいるでしょう?

やっぱりこの映画、あのあとにもう一山なければ絶対におかしいんですよ。で、調べてみると現場では資金難・制作サイドとのトラブル・撮影の遅れ・さらにはトニーの失踪など、本当にいろいろあったらしいです。実際はもう三十分ばかりつけたしたかったのだろうけど、もろもろの事情で途中で無理矢理終わりにした、というのが真相ではないでしょうか。

いやー、ラスト直前までは大変いい流れで来ていたので、それだけに「惜しい」という気持ちでいっぱいです。そしてアクションと監督を両立させていたバスター・キートンやジャッキー・チェンの偉大さをあらためて思い知ったのでした。

100405_191734最後のナレーションではこんなことも言っていました。「君たちが祈ってくれれば、ティンは生まれ変われるかもしれない」
あの・・・ それは興行成績次第では、また続編ができるかもしれない、ということですか?

もしやと思って『マッハ参』でぐぐってみたら、なんと既に今春タイでは第3作『Won Bak3』の公開が決まっているとのこと。ぽかーんcoldsweats02

・・・・まあ、いいでしょう。この不始末は、さらなる超絶アクションでもって雪いでください。それが男の生きる道!

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