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March 31, 2010

ずんどこモル次郎 ホイト・イェットマン 『スパイアニマル・Gフォース』

091023_185417♪Gフォース Gフォース G4フォース
ほじほじほじほじほー
(紫SHIKIBU 『Gフォースの歌』より)

ああ、もう! バカ!

そんなわけでただいま絶賛?公開中の『スパイアニマル・Gフォース』ご紹介いたします。
FBIの末端組織に属しているベンは、小動物を極秘に捕獲。特殊訓練を施して世界最小のスパイチームを作り上げる。しかし最初の任務で思うような成果をあげられなかったGフォースは、上層部から解散を命じられる。だがその間にも、巨大な悪の世界を滅亡させんとする陰謀が、着々と進行していたのだった。FBIと悪の組織の両方を相手取り、Gフォースの過酷な戦いが始まる。

小さな生き物が巨大な相手に大奮闘、という映画、いろいろありますよね。『マウス・ハント』に『スチュアート・リトル』、ピクサーのあれやこれや。その手の映画が大好きなわたしにとって、この『Gフォース』はそれはもうエクセレントな作品でございました。
人間では太刀打ちできない敵。なら人間以外の生き物に任せればいい。そういうわけでネズミがFBIのエージェントとなる。・・・・強引すぎだろ、と思いますがアリです。
加えてこの映画にはト○ンスフォーマーばりのロボットも続々登場。人間でさえ見上げるようなデカ物に身長わずか十何センチのネズミが挑む・・・ 幾らなんでも無理ありすぎだろ、と思いますが、アリです

さらに素晴らしいのは最新のCGで描かれたモフモフ感。全身を毛で覆われたネズミさんたちが飛んだり弾んだりハグしあったりしているのを見ていると、「うお~ッ オレも抱きしめられて~ッ」と叫ばずにはいられません。あれ? これ、人間として普通の感覚ですよね? まあ実際にそうされたら、たぶん「むっ」とするような匂いにむせっかえることと思いますが。

あとですね、この映画ではハエがすごいがんばっています。こんなにハエを可愛らしく、いいヤツに描いた映画がかつてあったでしょうか?(『ザ・フライ2』) 鑑賞後はハエを容易に叩き潰せなくなってしまうので、どうぞご注意ください。ゴキブリも負けじと大活躍。最近のディズニーは『魔法にかけられて』といい、『WALL・E』といい、やけにゴキブリの地位向上に力を入れてますけど、いったい何が狙いなのでしょう? ま、同じ地球に住むものどうし、できれば仲良くしていきたいものですね・・・(歯切れ悪く)

まあそんな感じでお世辞にも深いテーマとか、重要なメッセージがある作品ではございませんが、笑ってやってください・・・ わたしこんな映画で泣きそうになってしまいました・・・・

(以下中バレ)

クライマックスでラスボスから投げ落とされた主人公ダーウィン。何とか途中で踏みとどまるものの、敵を止めるにははるか頭上に行かねばならない。するとそこにたまたま居合わせた仲間のハービーは、「だって君をひっぱりあげなきゃいけないだろ?」と、自分が犠牲になってダーウィンを目的地まで運んでいきます。その言い方がまるで「こともなげ」な感じで・・・ あたしこういうのダメなんですcrying またこのハービーが、それまでことごとく役立たずで、みんなの足をはひっぱってばかりいて・・・・ そんなキャラだからこそ余計にじんわりきてしまいました。

さて、わたくしこういうコメディは「吹替えでもいいじゃん」派なのですが、最後にちょこっと紹介されたオリジナルキャストを見たら、なんだか字幕版も見たくなってしまいました。どんなキャストかというと

・ペネロペ・クルス あのペネロペがネズミを!?
・ニコラス・ケイジ 彼が演じるモグラ、「おいおいそんな簡単に」というシーンがあるのですが、ケイジならアリだと思いました。 
・ジョン・ファブロー あんた『アイアンマン』ほっぽって何やってんだ、と思いましたが、この人もともと役者さんなんですね。
・スティーブ・ブシェミ あんた最近すっかりキッズムービー俳優やね・・・

ただ日本では字幕版公開しないようなので、彼らの怪演を楽しみたければDVDを待つしかないかもしれません。

090307_185421それはともかく、わたしとしては最高に楽しめた『Gフォース』。唯一の不満はあの『Gフォース』の歌が流れなかったこと。

ええい、もう仕方がない! 代わりにみんなで歌おう! さんはい♪

Gフォース Gフォース G4フォース
ほじほじほじほじほー!!

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March 29, 2010

適当掲示板94&吉祥寺散歩&リサとガスパール&ペネロペ展ほか

毎度どうもっす。SGA屋伍一です。ご意見・ご感想・そのほかありましたらこちらへよろしくです。

さて。前回「どこかへ行きたいわ~ん。あお~ん」と吼えておりましたが、先月末から今月にかけて二度ほど上京しておりました。今回はそのご報告をば。

100227_145405先月末は某SNSの「吉祥寺を散歩しよう」という集まりに参加してまいりました。吉祥寺に来るのは7,8年前にジブリ美術館を訪れた時以来。
で、以前来た時にはあまり気づかなかったのですが、けっこうここは昔ながらの街並みが残ってるところなんですね。画像はその中でも特にせせこましい「ハモニカ横丁」。ここでおいしいタイヤキなどを頂きました。
駅前には今風の開けた場所もあるのですが、不景気の波のせいか、こちらの伊勢丹デパートは先日閉店されました。休日だったからかもしれませんが、わりとにぎわってるように見えたんですけどね。

裁判で訴えられて有名になった漫画家の楳図かずお先生宅ものぞいてきました。確かに赤白の縞模様が入ったカラーリングは変わっているけれど、「景観を損ねる」ってほどではありませんでしたよ。もっと変な家ならこちらにも幾らでもあります。軒先に屹立していたまことちゃん人形がかわいかったです。そうそう、その直後駅付近の横断歩道のところで、偶然楳図先生とすれ違うというサプライズもありました・・・・

100227_154933100227_155225駅から二・三分のところにある井の頭公園も歩いてきました。都会の景色のすぐ近くに、こんな広い森があるというのが、なかなかに驚きです。たしかこちらは『ガラスの仮面』でマヤちゃんが桜小路くんとデートしてたり、『GTO』の鬼塚が酔っ払って鯉と格闘していた公園ではなかったかな。
まだ寒い中、スーツを着たホームレスのおじさんが座ったまま寝ていて、その膝の上に黒猫がじっと座っていたのが印象的でした。
散歩の最後に老舗の居酒屋「いせや」で打ち上げ。楽しい一日でございました。


100319_125347100319_121525今月の19日は松屋銀座というところで行われている「リサとガスパール&ペネロペ展」へ行ってきました。これらのキャラクター、ろくに知らなかったんですが、三日前広告で謎の生き物が三匹並んでいる絵を見て、強くひきつけられるものを感じたのですね。後ろに立ってる「ウサギ犬」のようなものがリサとガスパール。手前の頭部が肥大したコアラがペネロペです。
展示のメインはやはり原画。原色多めなのになぜか物柔らかだったり、ちょっとヘタウマ調のシュールなアートにすっかり魅了されました。

お話のほうも面白そう。ごくごく日常の話もあれば、世界のどこかへ旅行にでかけたりもする。ざーっと見た限りでは、この生き物たちがたいてい何か悪さをしでかして、怒られたり、反省したりといったものが多いようです。困ったやつらだ・・・

あとこの日は恵比寿の写真美術館というところにも行ってきました。建物の外観だけでも撮っておけばよかったんですが、うっかり撮りわすれ。バカ! この日はちょうど森村泰昌さんという方の特別展が行われておりました

これ、どういう展示だったかというと、とにかく会場中森村さんの顔・顔・顔で埋め尽くされていまして。現代の著名人に扮したポートレイトもあれば、ほとんど一人芝居のようなショートフィルムの上映もあり。こんだけ自分の顔を前面に出して表現できるのって、なんかすごいですよね・・・ 

当分の間、彼の顔が夢に出てきてうなされそうな気がします。まあとにかく、大したインパクトでした(^^;

公式HPはこちら http://www.syabi.com/details/morimura.html
連休明けまでやってるようなので、ご興味おありの方はどうぞ。


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March 26, 2010

光を慕いて アンジェロ・ロンゴーニ 『カラヴァッジョ 天才画家の光と影』

100326_182452_2今を去ること400年前、イタリアはローマにカラヴァッジョという名の画家がおりました。その才能は当時の多くの人々の目をひきつけ、一時期は枢機卿自ら彼を援助したほどでした。しかし持ち前の激しい気性の故に、カラヴァッジョは度々周囲と衝突します。やがてその気性が、彼を窮地へと追いやっていくのですが・・・ これはそんな天才画家の鮮烈な生涯を描いた映画。ちなみに彼のフルネームはミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ(長)。最初に「ミケランジェロ」とあるので、「ああ、あのダビデ像を作ったダ・ヴィンチのライバルか!」と思いましたが、別人です。あと通り名の「カラヴァッジョ」は彼の名前というより、出身地の名前だそうです。「ダ・ヴィンチ」が「ヴィンチ村の」という意味であるのと一緒ですね。

さてこの映画、画家としての、そして人間としてのカラヴァッジョについて多くのことを教えてくれました。まず画家としての彼は、暗い中に差し込む光の描写にこだわったようです。そして映画では彼が生涯を通じて絶えず「死」を意識していたことも語られていました。
幼い頃ペストの大流行を経験した彼にとって、死はいつも身近なものでした。そんな彼にとって救いとなったのは、愛した女性たちであり、芸術であったに違いありません。そうしたものに触れることで、彼は初めて自分の「生」を実感できたのでしょう。それらはまさしく彼にとって、闇の中の光であったのだと思います。一方で彼は刑場に足を運んだり、ヤクザなやつらと剣を交えることによって、死の淵を覗き込んだりもします。
また、当時モデルを使うことは低レベルな書き方とされていたようですが、カラヴァッジョは徹底してモデルを使い、リアルな絵を描くことにこだわりました。「君のこの肌の輝きや透明感を表現できていない」と嘆くシーンがありましたが、彼が目指していたものは限りなく写真に近いものだったのかもしれません。

そしてさらに興味深いのが、彼の人間性。芸術家には激しい気性の人は珍しくありませんが、常に剣を持ち歩いていて、時にはそいつを抜いてチャンバラまでやっていた、なんて画家はちょっと聞いたことがありません。
ただ彼が怒る理由はそれなりに筋が通っていて、それは自分の大切なものを侮辱されたり、愛する人を傷つけられたりした時でした。そんな風にどこまでも一本気で、ブレーキのついていない超特急のような性分ゆえか、彼は非常に多くの人から愛されます。不祥事を起こしては助けてもらい、不祥事を起こしては助けてもらい・・・と常にこの繰り返し。すごい才能と大きな欠点を持った人間というのは、かように「ほうっておけない」という気持ちをかきたてるものなのかもしれませんね。

カラヴァッジョとからむことになる女性たちが、またそれぞれに強い印象を残します。彼を母のように見守り続けたコロンナ侯爵夫人。田舎から出てきて高級娼婦にまで上り詰めるフィリデや、傷ついたカラヴァッジョを優しく慰める街の娘レナ。
そして父殺しの嫌疑をかけられ、断頭台の露と消えるベアトリーチェ。カラヴァッジョは彼女とたった一度しか会っていないのに、それでも彼女を侮辱する言葉を聞いて、烈火のごとく憤ります。ほんまに気の短い・・・と思う反面、たったそれだけの縁の女のために、そこまで怒ることのできる彼が、なんだかいとおしくも思えました(ホモじゃないですけど)。

100326_182517伝記映画ゆえにきれいに起承転結、といかないのが厳しいところではありましたが、それでもとても見ごたえのある映画でございました。
そんな『カラヴァッジョ 天才画家の光と影』は、レビューがもたくさしてるうちに、都市部では上映期間残りわずかとなってしまいましたcoldsweats01  『レンブラントの夜警』『宮廷画家ゴヤは見た』なんかが好きな方は、是非に。

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March 23, 2010

光なし ジョセフ・コンラッド 『闇の奥』

100323_181021趣味?の読書コーナー。今回は1902年に発表されたイギリス文学の傑作『闇の奥』を紹介いたします。ていうか、また『闇』ですか! 

船乗りのマーロウは、出港したばかりの船の上で、仲間たちに奇妙な話を語る。まだ駆け出しだったころ、彼はアフリカの奥地で、絶大な影響力を持つクルツという男の噂を聞く。象牙の交易のため、マーロウはクルツに会いに行くことになる。道中幾つかの困難を経て、ついにマーロウはその男と対面するのだが・・・

まず、この本を読もうと思った経緯から。昨年ジャック・ロンドンにどっぷりとはまり、入手しやすいものは大体読んでしまったワタクシ。で、ほかに似たようなものはないかな・・・と、『白い牙』『野性の呼び声』を出してる光文社古典新訳文庫のラインナップを眺めていたところ、この本を見つけたのでした。
タイトルは折に触れ聞いたことがありました。大学時代、英国文学史の授業で先生が絶賛していたり、キューブリックの名作『地獄の黙示録』の原案と何かで聞いたり、はたまた最近の『キングコング』で船乗りの少年が熱心に読んでいたり。
そんなわけで、前々から興味はあったのでした。きっとロンドンばりのハードでたくましい、海の男たちの物語に違いない!と意気込んで望んだのですが。が・・・・・

これ、はっきり言って難しかった・・・・(笑)

いや、ストーリーは上に書いてあるように極めてシンプルなんですけどね。一言でいや語り手のマーロウが、ジャングルの奥地に謎の男を尋ねていく話。脇筋はほとんどなく(なんせ全部で200ページ弱)、本当にただそれだけ。
難しいのは、「果たしてこの小説が何を言いたいのか?」ということ。それを考え出すと、それこそジャングルの奥地に迷い込むような錯覚を覚えます。これに対しては今までも様々な議論がなされてきたようで、お偉い先生の中にも「なんも意味なんてねーよ」という人もいれば、「当時の植民地支配を風刺しているのだ」なんて人もいたり。極論すれば、話の意味は個々がそれぞれに何かしら見出せればそれでいいのかもしれません。

わたしとしては、ひとつの探求を描いたお話だと感じました。得体のしれない謎を知った時、人は恐怖を感じながらも、その正体を見極めてみたいと思うものです。しかしいざその謎に迫ってみると、さらに深い謎がその後に続いていたり・・・というような。わたしが言えるのはこの程度です。お偉い先生方、どうぞ笑ってやってください

単純に当時のアフリカの様子を知るための、探検物語として楽しむこともできます。その場の空気が匂ってくるようなねちっこいタッチは、作者のコンラッドが実際に船乗りとして働いていた経験により培われたものでしょう。全体としてはフィクションであるものの、そこに書かれていることの多くは、100年前のアフリカの真実の姿なのだと思います。

現代は『Heart Of Darkness』。Heartはご存知のように心臓を表す語ですが、「中心」という意味で使われることもあるようで。そこを「奥」としたあたり、最初の訳者さんのセンスを感じます。たしかにこの人外魔境へズンズンとわけいっていく感じは、「心臓」より「中心」より「奥」という言葉が一番ぴったりくるような気がします。

100323_180850読書コーナー、次は本当~~~に久々の『指輪物語』を扱う予定。中つ国もまたなかなかに険しいところでありまして。


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March 20, 2010

名探偵初登場 ガイ・リッチー 『シャーロック・ホームズ』

100320_182330世界最初にして最大の名探偵を、ガイ・リッチーが新解釈で映像化。『シャーロック・ホームズ』、紹介いたします。

19世紀ロンドン。若い娘がさらわれる事件が相次いでいた。名高い探偵のホームズとその助手ワトソンは、事件の裏に怪人ブラックウッド卿が関わっていることをつきとめる。ホームズの活躍により獄につながれるブラックウッドだったが、彼の陰謀はまだ終っていなかった・・・

えー、この映画、いろいろと意外ずくめの作品でございました。まず予告を見た限りでは、ホームズがとてもホームズとは思えませんでした。物静かで知的な紳士、というのが大方のホームズのイメージだと思われます。ところが怪しげなところで賭けボクシングはやってるわ、股間だけ隠して素っ裸になってるわ、ワトソンに殴られて「ひどいよ~」と涙目になってるわ(笑) 「こりゃミステリーとしては期待できんな」と。それほどホームズに思い入れのないわたしですら、ちょっと不安になりました。
それが実際にみてみたら、ちゃんと探偵らしく、頭も使ってる! 推理してる! やれやれと胸をなでおろしましたよ。そりゃ濃いファンからしたらごくごく初歩的なトリックでしょうけど、小学生時代ポプラ社のルパン・ホームズ・少年探偵団に親しんでいた身としては、あのころのドキドキワクワク感を思い出させてもらいました。

意外な点の二つ目は、この映画、個性派監督のガイ・リッチーさんが撮っておられるんですね。わたくし彼の作品は『リボルバー』というのを見たことがあるんですが、これがもう、なんとも言いがたいくらいアレな映画でして(笑)。さんざんストーリーを入り組ませた結果、収拾がつかなくなって丸投げ、という作品でございました。
ところが今回、大変わかりやすく、大衆が十分に楽しめる仕上がりになっていました。さらに各所にちりばめられた伏線があとでちゃんと生かされていて、重要な謎はすべて解決されます。とても同じ人が作ったとは思えません。

意外な点の三つ目は脚本家が、まだ記憶に新しい『インビクタス』のアンソニー・ペッカムである、ということ。方や重厚で堅実な人間ドラマ。方や茶目っ気たっぷりの活劇エンターテイメント。これまたとても同じ人が書いたとは思えませんでした。
いやー、人間って、色々な顔というか、可能性を秘めているものなんですねー

個人的な萌えどころとしては、当時のロンドンのごみごみした町並み。『パフューム』や『オリバー・ツイスト』の舞台もそうでしたが、自分はこういう一昔前の雑踏を見ていると、なにやら嬉しくなってきてしまうんですよね。ロンドン名物ビッグ・ベンや、意外な(またかよ)形で登場してきた跳ね橋なども、こちらを観光気分にひたらせてくれます。
あとスタッフのみなさん、原作のマイナーなネタもいろいろ拾っていて感心しました。その上で新たなホームズ像を築こうされたんでしょうね。さすがに「暇になるとヘロインでラリる((注・正しくはコカインでした)」というのはやりませんでしたが(笑) いい事件がなくて憔悴している時のホームズは、まさにそんな設定を思い出させましたcoldsweats01

100320_182416というわけでアクションあり、推理あり、お笑いあり・・・・と実にバランスよく組み合わさったエンターテイメントでございました。期待値が低かったせいもあるでしょうけど、かなり楽しませてもらいましたです。
ちなみにわたしがこれまでの「ホームズ」で一番好きなのは、宮崎駿も関わっていた犬版(アニメ版)ホームズ。なんかまた、見たくなってきましたねえええ。

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March 17, 2010

我は神の子白波の クリス・コロンバス 『パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々』

100317_182802しかしあれですねえ。『ハリポ』以外はさほど当たったという話を聞かないのに、最近ファンタジー系の映画が多いこと。今回はその中でも特に直球ど真ん中をいく『パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々』をご紹介します。

アメリカの某都市で、母・継父と暮らす少年パーシー。学校生活にはなじめないものの、彼は「いつまでも水の中に潜っていられる」という特技を持っていた。ある時社会科見学に出かけたパーシーは、そこで得たいの知れない怪物に襲われる。助けにきてくれた先生は驚愕の事実を話す。実は君は、ギリシャの海神ポセイドンの息子なのだと・・・・

ぶっちゃけ『ハリー・ポッター』ですね。終了

というのはさすがに乱暴かcoldsweats01 確かに『ハリポ』に影響を受けた箇所(大体1・2作と監督一緒だし)は多々あります。魔法学校みたいのがあったり、ロンとハーマイオニーみたいのが出てきたり、全体的にミステリーっぽい作りだったりとか。

しかしこちらはこちらで、独自の要素もいろいろあります。まず「ギリシャ神話」という定本があること。かの神話には神と人の合いの子が活躍するエピソードが数多くあるわけですが、舞台を現代に置き換えるとどうなるか・・・という試みがなされております。このしっかりした「原作」が、「なんでもアリ」ではない確固とした世界観を作っております。
もうひとつはパーシー君の家庭環境。ハリー君の場合は「両親は幼い頃に亡くなり、意地悪な叔父夫婦にひきとられて・・・・」といかにも童話チックでありますが、パーシー君の場合はかなり現実的。実父は幼い頃に事情で家を出、代わりにいけすかない継父と一緒に生活しなければならない。あまつさえ、台所で母ちゃんのお尻にタッチしたりなんかしている。子供としては果てしなくげんなりする場面です。そんなところで現代アメリカの世相が反映されていたりして。
で、別れてはいても一応「両親がそろっている」というのが、この作品の珍しい点でないかなと。ハリウッドのエンターテイメントって、主人公の親のことは全く語られないか、あるいはすでに死んでたりする場合が多いので。わたしとしては主人公が「母親を助けるためにがんばる」というストーリーにとても好感を持ちました。昔のアニメ・漫画にはこういうのいっぱいあった気がするんですけど・・・ まあパーシー君、一度かなり潔くあきらめたりもしてましたが。あとまだ見ぬ父に反感を抱きながらも、どんな人物?なのか思いを馳せてみたり・・・という描写も良かったですね。

しかしまあ、わたしの一番のヒットポイントは、なんと言っても怪獣がわんさか出てくるというところ。やっぱギリシャ神話ってのは怪獣の宝庫ですから。世界で最も怪獣の多い神話と言っても過言ではないでしょう。ミノタウロスにヒドラにケルベロス・・・ しょっぱなからそんなに出しちゃっていいの?というくらいの大盤振る舞いでした。
とりわけ感動したのがユマ・サーマン演じるメデューサ。ちゃんと髪の毛が生きた蛇になってるんですね。こんなにリアルでうねうねしたキモいメデュ-サは初めて見ました(まあそんなに映像化されることもないキャラですけど)。このメデューサなんかは、まさに技術の進歩があってこそ実現できたキャラクターでしょう。

あと当初主人公が難読症で、相棒が足が不自由(に見える)という設定。この辺は監督のハンデを背負った子供たちへのメッセージなのかもしれません。「君たちは実はとんでもないパワーを秘めているんだよーん!」という。あんまり本気にしちゃってもまずいような気もしますが、尊厳を保つきっかけくらいになればいいですよね。うん。

100317_182820んで、この話のオリジンとも言えるのが、四月に公開予定の『タイタンの戦い』なわけですね。予告を見たらこちらも怪獣てんこもりでかなり期待できそう。いや、これはウルトラマンじゃないと倒せないだろ、ってくらいバカでかいのが映ってました(笑) 怪獣バンザイ。

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March 14, 2010

ド根性なしガエル カルロス・キュアロン 『ルドandクルシ』

100314_190014さー、いよいよワールドカップも近づいてきましたね。そこで今日はこんな風変わりなサッカー映画を。三人の名監督がプロデューサーに名を連ねている『ルドandクルシ』、ご紹介します。

そこはメキシコのバナナ園。後に「ルド」「クルシ」と呼ばれるべトとタトの兄弟は、時にはケンカもしながらも、一緒に野良仕事に精を出していました。そんなある日、彼らの草サッカーの模様を見て、一人のスカウトマンが声をかけます。「君らには才能がある」と。いろいろあってプロ選手になってしまう兄弟(強引だなあ)。ただ実はべトはサッカーよりもギャンブルに目がなく、タトは歌手になりたいという野望を持っていたのでした。

宣伝の方は「ガエル・ガルシア・ベルナルとディエゴ・ルナのスター競演!」ということで売り出しているようですが、わたくし彼らは「『バベル』にちょこっと出てたなあ」というくらいの印象しかなく。単に仲の微妙な兄弟のコメディって面白そう!という動機で見にいきました。はっきり言ってしまうとちょうど『ダージリン急行』のようなノリを期待して。
あとサッカーがモチーフだったので、手に汗握るプレイのシーンなど拝めるかな、と。

しかしこの二番目の期待は早々にあきらめねばなりませんでした。だって肝心のシュートシーンでガエルさんが画面に映ってないんだもん。
ま、こういう時はサッカーと同じで素早い気持ちの切り替えが必要です。スポ根ものとして見るのはやめよう! うっかりちゃっかりした人間ドラマとして楽しもう! そう自分に言い聞かせて(笑) その甲斐あってか、ルドとクルシの右往左往ぶりをかなり楽しむことができました。

いやー、しかしこのカルロス・キュアロンという方は非常に意地悪な人なんじゃないかなー 兄弟たちがうまくいったな、と思うと、すぐその前に落とし穴を用意するんですよね。ほんで落とし穴の大きさがだんだんスケールアップしていき・・・という展開。まあ穴に落っこちるのは兄弟たちにも責任があるわけですが。

彼らをそんなお笑い地獄に追い込んでいくスカウトマンの男が、とりわけ印象深かったですね。うまい言葉で誘っておいて、実は自分の利益しか考えていないあたり、まるでファウストをだまくらかすメフィストフェレスのよう。なんでもサッカーに例えた警句がまたお洒落です。ほとんど忘れてしまったのが悔しいところですが

わたしはこれを夢の裏面を描いた映画だと思いました。バブル華やかなりしころ、メディアはさかんに「夢」の素晴らしさを説きましたが、夢がかなっても本当に幸せな時というのは、案外あっと言う間だったりして。また夢をかなえたために高い代償を払わねばならなかったり。

兄弟の衝突と和解のドラマとしても見ることができます。なかなかそりの合わない二人が、経験と苦労を重ねることで、ようやく真の兄弟になれる・・・・ そんな話でもあるかと。

そんな人生の甘酸っぱいテーマが、『ダージリン』よりはややのんびりとしたムードで語られていきます。その総決算とも言えるのが、クライマックスにおける兄弟対決。喜べるはずなのに喜べない。やっちゃいけないのにやっちゃった。そんなよくある人生のひとコマに、笑いが止まりませんでしたhappy01sweat01

100314_190103今回監督デビューを果たしたカルロス・キュアロン氏は『トゥモロー・ワールド』などで知られるアルフォンソ・キュアロン氏の弟さんだそうで。彼らもきっとよく兄弟ゲンカとかしたんでしょうねえ。自分の知り合いには「兄貴には腕力でかなわないからストーブをぶん投げた」という方もおられましたが・・・ ま、やっぱ「兄弟は仲良く」ということで。

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March 10, 2010

キャロラインは洋子 ヘンリー・セリック 『コララインとボタンの魔女』

100310_183640人形や粘土を少しずつ動かしてコマ撮りするストップモーションアニメ。本当に、恐ろしく気の遠くなるような作業です・・・ 現在粘土を使う「クレイアニメ」の第一人者がアードマン・スタジオの代表ニック・パークなら、人形アニメの第一人者は恐らく『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』のヘンリー・セリックでしょう。そのセリック久々の新作がついに日本でも公開となりました。『コララインと魔女のボタン』です。

アメリカのとある田舎に引っ越してきた少女コララライン。だが屋敷はなんだか陰気な上に、両親は仕事にばかりかまけていて、彼女は苛立ちをつのらせる。そんなある日、コララインは家の中に不思議な小さな扉を見つける。扉の向こうへ出てみると、なんとそこには別人のように愉快で優しいパパとママがいた。家もお庭も素敵なものに変わっていて、大喜びのコラライン。だがひとつ気になるのは、そこにいる人々の目がなぜか「ボタン」であるということだった・・・

暗い空の下の不気味な屋敷や、閉塞的なムード、うろつきまわる黒猫はなんだかポーの作品世界を連想させます。さらにアメリカというよりは、ヨーロッパの民話を思い出させるようなところもあり。
一方でセリックらしいハチャメチャ、かつシュールな要素もたくさんあります。その最たるものが、この「目がボタン」というアイデア。
皆さんは目がボタンの人を見たことはありますか? わたしは今回初めて見ましたが、かなり怖いです。それにしてもなんで目がボタンでなければならないんだろう? ややこしい理屈を少々考えたのですが、忘れることにします。このわけわかんねーところがこのアニメの魅力であると思うので。
ただ、『スペル』でもボタンがやけに強調されていましたよね。ボタンと魔女には何か深い関わりでもあるんですかね~

それはともかく、このアニメ、わたしにはツボなところが数多くありました。まず舞台となるヘンテコハウス。秘密の扉のほかにも屋根裏があったり地下室があったり、探検欲をかきたてられます。メカ好き・ムシ好き・ネコ好きの心をくすぐる要素も多数。特にあまりアメリカ映画では「いいもん」に描かれないネコが、ここではすごいいい役もらっていて、嬉しくなってしまいました。怖いお話とは裏腹の優しげなメイン楽曲も良かったです。

物語の構成もなかなか凝っていました。「起承転結」」という言葉がありますが、この映画は「起承転転転転・・・」という感じ。「これで解決!」と思いきや、そうは問屋が下ろさず・・・という展開が何度も繰り返されます。ヒロインのコララインって、最初はあんまし可愛いとは思えなかったんですが、あきらめずにがんばる姿を見ているうちに、いつしか彼女を応援している自分がいましたcoldsweats01

さて、セリック監督といえば、やはり有名なのは『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』。先日とあるインタビューで、彼は『ナイトメア~』についてこんなことを語っていました。「当時は客なんか一人も来なくたっていいと思いながら作っていた」 ・・・・普通そういうオナ・・・いや、「オレだけが楽しければそれでいいんじゃ!」的な映画というのは、独りよがりな駄作になるものです。しかしそんな姿勢で作ったにも関わらず、あんだけたくさんのファンを生み出したというのはある意味すごい(笑) わたしは第二作の『ジャイアント・ピーチ』の方が好きだったりしますけどね。
この『コラライン』も、作り手が本当に楽しんで作ってるのがよくわかる作品です。

100310_183746そのセリック監督、ウェス・アンダーソン氏の新作『Fantastic Mr. Fox』にも参加する予定だったそうですが、事情でかなわなかったとのこと。こちらは『チャーリーとチョコレート工場』『ジャイアント・ピーチ』のロアルド・ダール原作で、キツネのお父さんが主人公の話。スティーブン・キングは昨年のベストの中で、「どっちかといえば大人向けのアニメ」と語ってましたが・・・・ はてさてどんな作品なのやら。とにかく見てみないことには! 早いトコ、日本公開決めてくださいな~

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March 06, 2010

Hello,darkness my old friend デニス・レヘイン 『闇よ、我が手を取りたまえ』

100306_182501今回は読書記事。日本でもそれなりに知られているようなそうでもないようなミステリー作家、デニス・レヘイン(ルヘイン)の『闇よ、我が手を取りたまえ』、ご紹介いたします。

パトリックとアンジェラは、ボストンで探偵事務所を営む古い友達同士。ある日彼らは精神科医ディアンドラから、顧客とアイリッシュ・マフィアのトラブルを解決してほしいと頼まれる。だが事件を調査するうちに、パトリックはその顧客の話が偽りであることに気づく。折りしも久しぶりに町に戻った女性が、惨殺されるという事件が起きる。
やがてパトリックは二つの事件と、自分の過去に深い関わりがあることを知る・・・

この本を読もうと思った動機は、ブログで仲良くさせていただいている★YUKAの気ままな有閑日記★の由香さんから薦められたので。レヘインさんに関しては、『ミスティック・リバー』や『スコッチに涙を託して』といった代表作の名は辛うじて知っていたものの、実際に読むのは初めて。そしたらこれ、実はシリーズ二作目であることに気がつきました(笑) でもまあ、独立した作品としても十分に楽しめます。

私立探偵もの・ハードボイルド小説もこの世に出でて幾星霜。すでにさまざまなバリエーションが生み出されています。この『闇よ~』の特徴的なところは、探偵が男女二人のコンビであるという点。二人は恋人同士ではなく、それぞれお互いに彼女や、なかなか縁の切れない前夫がいたりします。しかし恋愛感情がま~~~ったくないわけではなく、そのことをなんとか胸に秘めておこうとします。なんだか杏里か竹内まりやが歌いそうなシチュエーションですなあ。

しかし二人の住む町はそれほど甘ったるい場所ではなく。マフィアが暗躍し、死体があがることさえ珍しくない土地柄だったりします。さらにこの作品にはハンニバル博士にも似たサイコキラーも登場。それらに対し、パトリックとアンジーは果敢に立ち向かうわけですが。
顧客をならず者たちから守るためには、彼らとて暴力に訴えなければならないこともあります。実際パトリックは前作で凶悪犯を一人ヌッ殺している模様。その時のことをパトリックはとある人物に「神にでもなった気分だったろ?」と問われたりします。自分の父が暴力的な人間だったことも、彼を苦しめます。そんな暴力大好き人間たちに囲まれて、パトリックは果たして自分の理性を保つことが出来るのか。この暴力という麻薬への誘惑・・・ これが一応この作品のテーマとなっているようです。

久しぶりに読んだ探偵モノですが、ストーリーテーリングのうまさに追い立てられて、ほぼ二三日で読み終えることができました。いいヤツなんだけど、友人のためには恐ろしく凶暴になるブッパや、マフィアの殺し屋で、無敵の伝説を誇るパインといったキャラクターも、強い印象を残します。

主人公であるパトリックの人物造形も興味深いです。彼にはこれといって強烈な特徴があるわけではありません。わたしたちと同じように、恐怖におびえたり、ミスに落ち込んだりする等身大のキャラクター。サム・スペードやフィリップ・マーロウに比べれば、おおよそ「ハード」とは言いがたい人物です。そんな彼ですが、周囲からの人望は絶大に近いものがあります。このギャップは、恐らくこの小説が一人称で書かれているからでありましょう。パトリックは自分のことを決してよくは語りませんが、他人だからこそわかる、その人の良さというのもまたあるわけで。
そんな謙虚な男が自分を奮い立たせて、得体の知れない敵と対峙するお話というのは、やはり手に汗握って読んでしまいます。

100306_182325いつになるかはわかりませんが、一作目・三作目も読んでみたくなりました。
ただレヘインさんの著書って、町の本屋さんではいまひとつ目にしなかったりします。来月スコセッシ&ディカプリオという強力布陣で、別のシリーズの一作である『シャッター・アイランド』が公開されるので、その関係で少し増刷がかかるといいなと。
イラストはDVDスルー作品(・・・・)『ゴーン・ベイビー・ゴーン』でパトリックを演じたベン・アフレックのイメージで(追記というか訂正:パトリックを演じたのはベンではなく、弟のケイシーでした。ボクのバカ!)

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March 03, 2010

おさかな煉獄 ピーター・ジャクソン 『ラブリーボーン』

100303_180936『ロード・オブ・ザ・リング』『キングコング』のピーター・ジャクソン最新作は、ラブリーな少女の幽霊譚。怪獣の出てこないピージャクなんてピージャクじゃない! と思いつつ見に行ってきました。『ラブリーボーン』です。

1970年代のアメリカ。平凡だが皆から愛される少女、スージー・サーモンは、殺人鬼の手にかかってあえなくその生涯を終えた。だが彼女の精神は消滅せず、現世と隔たれたある場所から、家族の様子をずっと見つめ続ける・・・・

予告ではたしか「大変! 家族のためになんとかしなきゃ!」みたいなセリフがありまして、『ゴースト ニューヨークの幻』みたく現世にバリバリ関わってくるのかと思いきや、お話はそういう方向には行きません。
スージーはあの世とこの世の中間地点から、基本的には人々の様子を見守ることしかできません。まるでガラスの容器に閉じ込められたかのように。
殺された少女、隔絶された世界、あの世とこの世の境界・・・・そんなキーワードは、スペイン映画の名作『ミツバチのささやき』を思い出させないでもないですが、こちらは『ミツバチ~』よりかはまだわかりやすいお話です。

たぶんこの作品の中心にあるのは、主人公のスージーではなく、スージーの家族の方なんでしょう。スージーがなぜ成仏できないかといえば、それは家族が彼女の死からなかなか立ち直れないからであって。
無理もありません。家族がむごい仕方で死んだ・・・ それはこの世で最も深い苦しみのひとつであると思います。特に死んだのが子供であるなら、親の胸中はいったいどのようなものになるのか、想像しただけでも暗澹たる思いに包まれます。
そんな深い絶望の中から、家族たちがどうやって這い上がり、スージーの死を受け入れていくか。この映画の主なテーマは、そこにあると考えます。

もうひとつ思ったのは、この映画は「願い」でもあるということ。今の時代、悲惨な形で亡くなる子供たちは後を絶ちません。そんな子供たちにわたしたちができることは何もありません。知った時にはもう死んでいるのですから。だからせめて人々は願うわけです。完全に消滅せず、どこかに存在していてほしい。どれほどむごい死に方をしたとしても、その苦しみから解放されて、心健やかでいてほしい・・・ と。
「甘ったるい」という方もおりましょうが、なんせこの映画は『ラブリー(ボーン)』なので、そう思ったって別にいいんじゃないでしょうかねええ。

一方でピージャクは殺人犯の造形にも手を抜きません。やっぱりこの人は人間の気高い面と同じくらい、ダークサイドにも興味があるんでしょう。欲望のためにあの手この手と策を巡らすその姿に、ゴラムの影がちらついたりして。
また、スージーがとどまる不思議な空間の描写もピージャクの真骨頂であります。わたしはスノードームの中に入っていたでかいペンギンが特にツボでした。
時に幻想的であったり、時に現実的であったり。センチメンタルな部分もあれば、情け容赦ない部分もある。そんな風にいろいろ相反する要素が、いっしょくたに混ぜ合わされたような映画でした。

100303_175211ちなみに家族を亡くされた方には、その人の話をあえて避けるのではなく、むしろ普通にあんなこともあったこんなこともあったと話してあげるほうがいいそうです。わたしも色々気を回したあげく、けっこうまずいことを言ってしまったりするので、なるべくならそういう場には立ちたくないものですが・・・・

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