燃えろファイヤー ジャック・ロンドン 『火を熾す』
お久しぶり~の読書記事。今回は一昨年話題を呼んだジャック・ロンドンの新訳短編集『火を熾(おこ)す』をさくさくっとご紹介いたします。
☆火を熾す
☆生への執着
まずは表題作と、末尾の一編。両方とも極限状況にあって、なんとか生き延びようとあがく一人の男の姿を描いた作品。ジャック・ロンドンお得意のテーマですね。『白い牙』の冒頭にも通ずるような。
ただこの二編、似ているようで微妙に対になっております。前者が極めてシリアスなムードであるのに比べ、後者はなんだか笑えるのです。これは主人公の命をおびやかすものが方や「寒さ」であり、方や「空腹」であるからでしょうか。
それにしてもツバを吐いたら、冷気のあまり空中でそれが弾けたという描写は、想像するだに恐ろしいものがあります。いまの寒さなんてこれに比べればかわいいもんだ・・・ へくしょい!
☆メキシコ人
☆一枚のステーキ
こちらは都会における「戦う男」、および「貧乏」をテーマにした二編。『メキシコ人』はとある反政府組織に属する青年が主人公。組織の金が底をつくと、彼はどこからか大金をもってかえってくる・・・というストーリー。
一体青年は何者なのか、というミステリーっぽい要素に加え、メキシコを搾取するアメリカへの怒りが作品にこめられています。
『一枚のステーキ』は一人のロートルのボクサーが、なんとか生活の糧を得ようと不利な試合に臨む話。巧みなボクシング描写は手に汗握らせます。映画ファンとしては『ロッキー』や『シンデレラマン』などを思い出すところ。
「なんとかして勝ちたい」という男の思いが強く伝わってきて、彼の勝利を願わずにはいられません。果たしてその結果は?
☆水の子
今度は南洋を舞台にしたおとぎ話。ポリネシアの小船の上で、作者と思しき男は、村の古老からひとつの奇妙な話を聞きます。
それまでシビアな話がつづいただけに、骨休みのようにほんわ~としたムードに包まれました。暖かな海の空気や南国情緒に、心癒される一編。
☆生の掟
☆戦争
これまた生と死の狭間を描いた二編。前者はまるで『楢山節孝』のように、部族から捨てられたネイティブ・アメリカンの長老が、迫り来る死を前に物思いにふける話。後者は南北戦争を舞台に、一人の兵士の冒険を描いた話。
先に紹介した二編に比べると、こちらはさらに「死」に対して達観したような、醒めた雰囲気が漂っています。『悪魔の辞典』で知られるアンブローズ・ビアスの作品にも、こんな空気が感じられました。
☆影と閃光
☆世界が若かったとき
「ロンドンさんってこんなのも書けるんだ~」と思ってしまう、H・G・ウェルズ的ホラ話。『影と閃光』は「いかに姿を見えなくするか」という発明に熱中する、二人の天才の競争を描いた作品。『世界が若かったとき』は、突然獣人へと変身してしまう若き資産家の悩みを描いたお話。ウェルズというよりかは『ジキルとハイド』といったとこでしょうか。
ほかの作品には文学的というか、人間・命に対する深遠なテーマがうかがえるのですが、この二編からはあまりそうしたものは感じられませんでした。「バカだな~」とニヤニヤしながら楽しませていただきました。
ロンドン氏はその生涯において二百本もの短編を著したそうです。この短編集はその中でも特に優れたものを厳選した決定版といっていいでしょう。これまでに既に訳された短編が多く含まれているのが、その証拠かと。ちなみに表題作『火を熾す』は、『焚き火』という題で幾つかの短編集に収録されています。
長々続いたジャック・ロンドン特集もこれにてひとまず終了。だって入手しやすいものは大体読んじゃったんだもん。どこぞの出版社の方、なるたけ安く、なんかまた出してくれませんかねえ。光文社新訳古典文庫さん、どうですか? 『海の狼』とか『赤死病』とか・・・・
Comments